星ノ海学園生徒会一同と対面した翌朝。普段の起床時間より三十分早く起きて自宅を出た俺は、桜並木の長い坂道をひとり歩いていた。
久しぶりに歩く長い坂道、桜並木が続く通学路。街全体を見渡せる小高い丘の上に正門を構える光坂学校へ登校していた頃は、薄紅色の小さく可憐な花が無数に咲き誇り、学校へ続く坂道一面をピンク色に染めていたが、今はすっかり葉桜になっていた。遮るものがない坂道を吹き抜ける早朝の爽やかな風を体に感じながら、他に登校する生徒は誰もいない、この長い長い坂道を上り。上り終えた終えた先に立つ光坂高校の敷地の中へ約ひと月ぶりに足を踏み入れた。
登校時間前の昇降口のカギは閉まっていたため、職員用の玄関から校舎に入る。来賓用のスリッパを拝借し、まだ登校している生徒もいない静かな校舎を、二階にある職員室へ向かう。自分の足音だけが響く物静かな廊下、階段を上り職員室の前に立った俺は、軽く戸をノックをしてドアノブに手をかけた――。
* * *
「なん、だと⋯⋯?」
「な、なんと!?」
「はわわっ?」
昨日、自宅を訪ねてきた四人のうち三人が慌てふためいている。ただ唯一彼女は、
「
第一印象が、とても大事。丁寧に頭をさげてから顔をあげてニコッと愛想よく微笑んでおく。すると女子生徒からは黄色い声、同時に男子生徒からは刺すような痛い視線をいただいた。そんな転校生が来た時に起こる特有のざわめきの中、クラス担任は騒ぎを治めるため声を張り上げた。
「静かに! えー、大事な連絡事項がある。彼には少しの間だが、ケガをされ入院された
「はぁーっ!?」
大声をあげて、バン! と大きな音が校舎中に聞こえるほど、机に勢いよく両手をついて立ち上がった
どうやら、英語教師の
「そこ、うるさいぞ。
担任の言葉を聞いて、先ほどとは別の意味でざわめき立ち「ウソだろ?」や「マジかよ」など、クラスメイトたちからは驚愕と困惑が入り交じった声があがる。しばらく収まりそうにない状況に担任はやれやれとひとつタメ息をついて、強引に終わらせるかかる。
「連絡は以上だ。では
「はい。それでは皆さん、教科書を開いてください」
* * *
午前の授業は無事に終わり、学校は昼休みに入った。職員室で担任と授業の進行などについて談笑を交えながら午後の授業の準備を済ませたのち、生徒会室へ向かう。その途中午前に授業を受け持った、他のクラスの女子生徒に呼び止められた。何やら廊下では話をし辛いと言うことで、校舎裏へ場所を移動して話を聞くことに。
「
校舎裏に着くなり目をつむりながら、スマホを差し出された。彼女の言う「
「すみません。スマホではないのでrailは出来ないんです。ごめんなさい」
「あ、そうですか⋯⋯」
校舎へ歩いていく女子生徒の後ろ姿に罪悪感を感じながら見送り、気持ちを切り換えるため大きく深く息を吐いて空を見上げる。
朝と同じ、雲ひとつない晴天。ふと、校舎の窓辺からこちらを見ている女子生徒と目が合った。
「うっわぁ~、女子にあんな
――急ごう。校舎へ戻り、当初の予定通り生徒会室へ向かった。
「いったい、どうなっているんだ!」
生徒会室の前に着くと、中から大きな漏れ聞こえてきた。この声は、
「
「でもでも、授業はとっても分かりやすかったですよ」
「はいっ。ゆさりんの言う通り、とても分かりやすかったですねっ」
「ま、担任も頷きながらメモ取っていたくらいだからな⋯⋯って、そんなことはどうでもいい! いったい何が目的か探らないと!」
他の生徒会役員の声も漏れ聞こえるけど、さすがに盗み聞きを続けるのには少々気が引ける。極力会話を気にしないように努めながら、スタイリッシュな両開きのドアの片側を開けて、生徒会室に入る。
「すみません、遅くなりました」
「なん、だと⋯⋯?」
「な、なんと!」
「はわわっ」
三人は、俺の訪問に驚いている。
様子から見て、ここへ呼び出したことは聞かされていない。
「な、なんでお前が、
「あたしが、呼びました」
「
昨夜のやり取りが不穏だった事もあってか、
「はい、そうっすよ。しっかし、驚いたなー」
「英語の授業を受け持ったことですか?」
教鞭を執ることになったことは急遽決まったため話していなかった。
「いえ、まあそれもですけど。さっきので、三人目っしょ?」
「ああ、そっちのことですか」
「ちょっと待て! お前、いったい何が目的なんだ!?」
「おかしなことを聞きますね? 特殊能力者を実験台としている科学者たちから、特殊能力者を保護する。それが、この星ノ海学園⋯⋯そして、生徒会の目的ではないのですか?」
「はい、その通りです」
「僕が言っているのは、そういうことじゃない! お前、昨日は転校を拒否してたじゃないかっ!」
「
「え? あ、あれ? そうだったっけ?」
「なるほど、転校については確かに了承していましたね。最終的に物別れに終わってしまいましたが」
「そういえば、そうでしたね~」
「あの、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「なぜ、教鞭を?」
「ああ~、それは、校長先生にどうしてもと頭を下げられたので仕方なくですよ」
それは、昨夜のこと。転校手続きの書類を提出するため星ノ海学園へ出向いた時のことだ。すっかり日も暮れて、夜空に星が瞬き出した頃星ノ海学園を訪ねた。来賓用の玄関から職員室前の窓口へ行くと、職員室の中はどこか妙に慌ただしい様子だった。
とりあえず、窓口で事務員に転入手続きの書類を手渡し、帰宅しようと廊下を歩いていたところ突然後ろから声をかけられた。振り向いて、声の主を確認すると、呼び止めたのはのちのクラス担任。事情も分からぬまま、教師に校長室に連れて行かれて室内に入ると、校長と思われる人物がとても判りやすく頭を抱えていた。
その理由は、この学校の人事について。星ノ海学園には学年ごとに一人ずつ教科担当教師がいるらしいのだが。現在、三人の内の一人は定期的な研修で長期出張に出掛けていて、実質二人で回しているとのこと。しかし、もう一人がケガをして、救急車で都内の病院に救急搬送されたと連絡が入った。診断の結果は、全治約三週間の負傷。しばらく、入院が必要。つまり現在、英語の教師は実質一人しかいない状況。今から代理を探すのも時間的に難しく、アメリカの大学で教員免許を取得していた俺に白羽の矢がたった。
そして翌日、つまり今日。光坂高校を出たあと、ケガをされた英語教師――
「ゴメンね。
「いいえ。お大事になさってください」
「この借りは必ず返すからねっ!」
といった感じで、こういうことになってしまった。
因みに、
「なるほど、そのような事情でしたか」
「いきなり授業を任されちゃうなんてスゴいですっ」
「って言うか、本当に教員免許持ってるんだな⋯⋯」
順を追っていきさつを話すと、みんな、ある程度納得してくれた。しかし、卒業に必要な単位のために取っただけだったが、このような形で役に立つとは思いもよらなかった。
「ところで、その制服は光坂のものですよね?」
「昨日の今日だったんで制服は間に合わなかったんですよ」
「ああ、それでか」
それに実はまだ、正式な転校手続きは済んでいない。提出したのが夜だったため書類の処理も間に合っていない。そんな訳で、手続き上は体験入学という形だったりする。星ノ海学園の制服は二、三日もすれば届くそうだ。
「はいはい、話はまた次の機会にしてください」
「じゃあ始めましょう。テスト勉強」
「今日も、やるのか⋯⋯」
「当たり前っしょ。それに昨日出来なかった分を取り戻さないとならいんすから。今日は、下校時間ギリギリまで残ってもらいます」
「――なァッ!?」
露骨に嫌そうな顔をする
「と言うことで、さっそく始めましょう」
「はい。それでは私はまた、
「よろしくお願いしま~すっ」
どうやら、何日か前から来週の中間試験に向けて試験勉強をしていたようだ。
「
「⋯⋯そんなこと一言も言っていないんだが?」
と言いながらも、思いきり目を逸らしている。とりあえず、部屋の隅のパイプ椅子を引っ張り出し、二人で
「それで、苦手な教科は?」
「⋯⋯ぜんぶ」
「と言うことですので。この人は、赤点回避が目標っす」
「了解。それじゃあ数学からいきましょうか」
試験範囲をチェックしてから、テーブルを挟んだ正面に座っている
「数学とか一番難しいじゃないかっ! もっと簡単な
「難しいそうに見えますけど、暗記する項目については文系の半分くらいです。それに試験範囲は分かっているので、理解するのに時間がかかる応用問題、文章問題は捨てます。残りの問題は、足算・引算・掛算・割算が出来ればどうにかなりますから解き方ルールを理解すれば赤点回避くらいは簡単ですよ」
「⋯⋯そんなことしなくても、お前の予知能力で答えを教えてくれれば――」
「はぁ~」
大きなタメ息をついた
「あたしたちの能力は、いずれ消えるんです。前にも言ったっしょ?」
「⋯⋯分かったよ、やればいいんだろっ! クソッ!」
悪態をつきながらも、問題を解き始めた。
そして時間は過ぎ、中間試験を明日に控えた休日の夕暮れ。
「それでは、ここまでにしましょう。おつかれさまでした」
「はい、おつかれさまです」
「おつかれさまでしたーっ」
「お、終わった⋯⋯」
「まだ終わってません。本番は明日なんですから」
「わかってるよ。じゃあ、僕は帰るからな」
「はいはい、おつかれさまっす。みなさんも夜更かしはせず明日に備えてください」
「はいっ、がんばりまーすっ」
「おまかせください。それでは我々もお先に失礼します」
そのオレンジ色に輝く光の中で、彼女は振り返った。
「閉めますよ」
「はい」
俺たちは、一緒に生徒会室を出る。
「どうですか?」
「そうですね。数学と英語はいけると思いますよ」
「そうっすか」
英語は授業を活用出来たのが大きい。数学以外の他の科目はあまり時間を割けなかったから正直ギリギリだと思う。それを分かっているから、彼女の顔から楽観の色は一切見受けられない。
「ところであたしも教えて欲しいことがあるんですが」
「あ、はい、どうぞ」
階段の踊り場で、彼女は不意に立ち止まる。
『Please tell me your true ability.(あなたの本当の能力を教えてください)』
『It is a secret.(それは秘密ですよ)』
英語で訊かれ、英語で返す。すると彼女は、少し不機嫌そうに目を細め、そっぽを向く。表情豊かな子だな、と思いつつ、その豊かな表情に笑いそうになったのを堪える。
そして試験は終わり、生徒会役員全員無事に赤点を回避することが出来た。