時計が午後を回ってから数時間が経ち、荷物を取りに一旦東京へ帰った
「お待たせしました、この封筒でよかったっすか?」
「はい、ありがとうございます」
頼んでいた封筒を受け取る。帰国してから一度も開くことなく、一年以上の間ビジネスルームの机の引き出しの奥に入れたままになっていた封筒は、まるで時間が止まっていたかのように、色あせることもなく、制作当初のままの姿を保っていた。
少し感慨深く眺めていると、
「見ますか?」
「見ていいんですか?」
「どうぞ。あの時、見せるつもりだった物ですから」
元々、過去を話した時に信用してもおうと見せるつもりだった資料だから問題はない。持ってきてもらった理由は、もう一度初心に返って、今回の失態の戒めとするため。
荷物の仕分けていた手を止めた
「『Relief plan.』直訳すると救済計画ですか。内容は......全文英語っすか」
「かいつまんで読みましょうか? 専門用語も多いですし」
「お願いしまーす」
資料に書かれている内容を、要約して話す。
1、特殊能力を“消去”できる能力を作り出す。
2、数百人規模の“消去”の能力者を量産し、世界中に送り込み、全ての特殊能力者の特殊能力を“消去"する。
3、新たな能力者が現れる時に備え、常に“消去"の能力者を一定数維持する。
「なるほど、それで“救済”っすか」
「新たな能力を生み出すことに成功した時、一番最初に立てた実用性の無い無謀な計画です。今は、もっと具体的な計画になっていますけど本質的には、あまり変わりません」
「確かに、この計画を遂行するには課題が山積みです」
「中でも特に問題なのが、この計画では、新たに生まれる能力者を“救済”するために払う犠牲が大きすぎるんです」
「特殊能力を使うには、能力を使える思春期の子どもの協力が必須なんですね。それも何百と言う単位で」
「その通りです。更にこれには、“
「“
「ええ、計画の基盤となる“消去"を作り出すためには、長い年月と大量のDNAが必要なんです」
「能力者のDNA......」
「能力を発生を抑制する抗体が出来れば、最後のひとつは解決出来るんですけどね」
実のところ、もうひとつ重要な問題がある。
“消去"の能力を作り出せたとしても、どんな制約と代償があるかわからないと言うことだ。命に関わるような能力である可能性も否定出来ない。結局のところ、俺たちが成そうとしている“救済計画”も、能力を使える思春期の協力者が居なければ成し遂げることは出来ない。能力者を、ただの実験道具としてしか見ていない科学者と変わらない、同じ穴の狢。救済を謳いながらこの様だ。情けない。
本来、特殊能力者を生み出す元凶である、75年周期で地球に接近し、発症原因の粒子を振り撒く“
「
「......この計画とは別として、大量に能力者の情報を得られるであろう方法があります」
「えっ......本当ですかっ?」
「......はい。ですが、スゴく危険な方法です」
「教えてください」
一瞬顔を背け、やや躊躇しつつも方法を話してくれた。
「......あたしと兄が居た学校です」
「なるほど......」
「あの学校には、あたしたち以外の生徒も検査を受けていたので、能力者のデータが数多く保管されていると思います。無謀でしたね、忘れてください」
「いいえ、考えもしなかった画期的な方法です」
大学では、情報を共有している組織の情報を頼りに実験を行ってきた。
そんな考えだった俺に、
保護組織でも、実験材料の消耗品としか見ていない組織でも、能力者を集めている機関や組織は日本だけではなく、世界中に数え切れないほど存在している。当然、能力者のDNAを採取して、保管しているに違いない。上手くいけば、とんでもない成果を得られる可能性がある。
「ありがとうございます。さっそく――」
「ダメです! 危険過ぎます!」
潜入準備を進めるため、
「あの、返して――」
「......ダメです!」
携帯を抱きかかえるようにして、手放そうとしてくれない。
「
「......いやです、絶対に返しません。もう危険なことは欲しくないんです、あんな大ケガまでして......。あたし、気が気じゃありませんでした。それなのに、やっと起きてくれたのに、どうして......どうして、自分の身体の心配してくれないんですか......?」
震えるような小さな声、それでも彼女の悲痛な想いは痛いほど伝わってくる。だけど、だからこそ、俺は――成し遂げなければならない。
「特殊能力者が犠牲にならない世界。それが大切な人たちを、
「......ズルいです、言わなければよかった。守ってもらっても、そのせいでケガをされたら、どう思うか分かりますか? 守ってもらった方は、自分のせいだって思って辛いんすよ......」
答えられなかった。どう答えればいいのか、分からなかった。だから代わりに、身体を起こして、
「大丈夫、悲しませるようなことしません。信じてください」
「......信じたいです」
「それなら――」
うつむいたまま顔を上げてくれない彼女に、ある提案をすると顔を上げてくれた。
「......本当ですか?」
大きな瞳が潤んでいた。こんな顔を、想いをさせてしまっていることに、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はい」
「わかりました、考えておきます。絶対っすよ?」
「はい、必ず守ります」
信じてもらえたのか、
* * *
「潜入って、本気かよ!?」
「もちろん」
「けど、危険じゃないのか?」
「リスクはあります。ですが――」
「ハイリスクだが、成功した場合のリターンは大きい。勝算は?」
作戦意義を説明するまでもなく、
「なければやりませんよ」
「具体的には、どうするんだ?」
「当然のことながら、先ずは情報収集です」
潜入するにあたって調べて欲しい具体的なことを伝える。
「お願いできますか?」
「なんだか地味だな」
頭の後ろで手を組んで、
「情報収集ですから、バレたら困ります」
「問題は誰がやるか、だな」
「
「なるほど、うってつけだな。けど、少し難しいかもしれない......」
腕を組んだまま
「何か、問題があるんですか?」
「今、星ノ海学園の生徒会は
「そう言うことだ。能力者の調査の方も今は、ストップさせている。ゆりさん......英語教諭の
そうか、俺も、
「
「
「明日、退院しようと思います」
「退院って、まだ起きて二日だろ。さすがに無茶だ」
「もう問題ないです。歩けますから」
「お前がそう言っても、主治医が許可してくれないだろう。傷口だってまだ塞がっていないんだからな」
「あたしが、看病します」
病室の入り口から聴こえた声に、注目が集まる。
声の主は、
「
「スマホを忘れたんです。
ベッド脇にあるスマホを指差し、改めて続きを話し出した。
「あたしが、看病します」
「さすがに、それは......」
「看護士さんから、ケアの方法を教わっています。眠っている間の傷口の消毒や包帯の交換も、あたしがしていました」
「そこまで......」
予想外だった。まさか、そんなことまでしてくれていたとは思いもしなかった。
「ですので、大丈夫っす」
「ならいいんじゃないか?
「そうだな......わかった。主治医に話してみよう......」
枕元のナースコールを押して、主治医と看護士を呼んだ。
「ダメだ、認めない」
予想通りの反応が返ってきた。
「人手不足なら、他の生徒を生徒会に入れればいい」
「星ノ海学園の生徒会は特殊ですので......」
「それは知っている。だが、この件とは別だ。俺は医者として、主治医として認められない」
「そうね、今の状態での退院は難しいわ」
「そう言うことだ。話しは終わりだ」
そう言って、主治医はひとり病室を出ていった。
「彼を責めないで。あなたたちの事情はわかってるわ。あなた、ひとり暮らしよね?」
看護士は、俺に問いかけた。
「はい」
「なら、なおさら認められないわ。容態が急変したらひとりでは対応できないでしょ? 連絡してくれる人がいないもの」
「そう、ですね......」
「そう言うことよ」
看護士も病室を出て行く。
「見事に一蹴されたな。さて、どうする?」
「やっぱり、
「そうだな、それしかないか......」
俺は黙ったまま、看護士の言葉を思い返していた。彼女の言葉には別の意図が隠されていることに気がついた。そして、それに気づいたのは、俺だけではなかった。
「
「ん? なんだい、
「あたしの部屋に、ベッドを用意していただきたいんです。お願い出来ますか?」
「はぁ......?」
「看護士さんが言ったのは、ひとり暮らしではダメと言うことです。ですので、不測の事態が起きた時に対処できる人が側に居れば良いということです。六本木からも、東京の病院からでも通学には不便ですので」
「なるほどな。それで併設マンションの奈緒ちゃんの部屋にベッドを用意したいんだな」
「はい、あたしならケガの手当ても出来ますし。いざという時はすぐに連絡が出来ます。適任だと思います」
「そうだな、よし、わかった。
「ああ、わかった」
当人を無視して話しは進んでいった。さすがにそれは出来ないと一度は断ったが、けど他に方法がなことと「責任がありますので」と、彼女の固い意志に押しきられてしまった。
そして、翌日。主治医を説得して、毎日東京の病院へ通院することを条件に退院の許可をいただいた。
「お世話になりました」
「必ず毎日通院すること、いいな?」
「はい、大丈夫です。あたしが責任を持って連れてきます」
「頼みます」
「はい、お任せください」
「ありがとうございました」
二人で主治医と看護士に向けて頭を下げて、お礼を言う。
「お大事に。ゆりによろしくね」
「
「学生時代からの友だちよ。私も、彼もね」
看護士が、主治医に顔を向けた。
「お前たちのことは、あいつから聞いてる。まったく、あいつには昔から振り回されてばかりだ」
大きなタメ息をついて愚痴を漏らした。でも、それは嫌な感じじゃない。むしろ声は穏やかで、どこか懐かしむような感じだった。
「あら、あの頃のあなたたちは、とても楽しそうに見えたけど?」
「まぁ......そうだな、楽しかったよ。大変だったけどな」
「今度、詳しく聞かせてください」
「ええ、また今度ね。私たちも東京の病院に戻るから、よろしく伝えて」
「はい、分かりました。伝えておきます」
もう一度お礼を言ってから、
「どうぞー」
と言われても、ここに立つやはり躊躇してしまい足が進まない。
「ほら、早くしてください」
腕を取られ、半ば強引に玄関の中へ。
「......お邪魔します」
「違います。しばらく一緒に生活です」
「えっと、じゃあ......ただいま?」
なぜか疑問系になってしまった。
「はい、それでいいっす。おかえりなさいませ。さあ上がってください」
先に部屋へ上がった
「どうしたんすか?」
「あ、いえ、何でもないです」
「そうっすか? こっちでーす」
靴を脱いで部屋に上がり、
誰かに「ただいま」と言ったのも、「おかえり」と言ってもらえたのも、いつ以来だろう。なんとなく、こそばゆい気持ちになった――。