――アラームが、鳴っている。
目を閉じたまま、手探りで枕元の目覚まし時計のスイッチを押す。だが、アラームは鳴り止まなかった。おかしいな、と思って重いまぶたを開くと、目覚まし時計の横に置いてある、携帯のランプが点滅した。
「ああ......電話か......」
目覚ましを手放して携帯を取り、発信者を確認することもなく通話ボタンを押して、耳元へ持っていく。
「はい、
『
「はあ......?」
『そっちへ車を向かわせた、それに乗れ!』
睡眠薬の睡魔のおかげで、まだ頭が上手く回らない。ただ、電話越しから聞こえる声は、何やら緊急事態を。なのだけれど......。
「......どちらさまでしょうか?」
『俺だ、
通話を終え、少し気だるさが残る身体を強引に起こす。ベッド脇に
「う~ん、どーしたんすか~......?」
背中越しに、
「すみません、起こしちゃいましたね」
「いえ......キズが痛むんですか?」
「そうじゃないですよ。
「えっ、こんな時間にっすか?」
スマホのデジタル時計に目をやって、不思議そうに首をかしげた。無理もない。今の時刻は、午前三時を少し回ったところ、草木も眠る丑三つ時なのだから。
「緊急の用件みたいです。ここへ迎えを寄越しているそうですので行ってきますね」
「そうですか。ではあたしも、すぐに支度します」
「寝ててくれていいですよ。早いですし」
「もう目が冴えました。と言うことで、着替えますので」
「あ、はい。外で待ってますね」
「はーい」
簡単に身仕度を整え、寝室謙自室を出て、一足先に玄関を出る。
季節は、夏。日が昇るのも早いとはいえ、外はまだ闇の夜の錦。深夜帯のため人気もまったくなく、とても静かな夜だった。やや絞られた柔らかな常夜灯とライトグリーンの非常灯が灯る廊下の手すりに片手を置き、手入れが行き届いた中庭を四角に囲った造りのマンションの吹き抜けから、空を見上げる。都心から離れているからなのか、静寂の夜空の向こうには、まるで宝石をばらまいたかのように、夏の星座がキラキラと輝きを放っていた。
――こんなにも静かな夜に突然の呼び出し、よほどのことがあったのだろう......。
無数の星々が瞬く夜空を眺めていると、後ろで静かにドアが開いた。
「お待たせしました。さぁ行きましょー」
身支度を済ませて出てきた
「どんな用事なんすかね?」
「さあ。けど、こんな時間に呼び出すと言うことは――」
「大ごとですよね、きっと」
「おそらく......」
もしかしたら、奪ったDNAから有力な物を得たのかも知れない。もしそうだとしたら何かが大きく動く。そんな予感が頭に浮かんで離れなかった。
「ところで、それは?」
「救急道具です。いつもの時間には帰れないと思って持ってきました。怠ると大変なことになりますから」
「ああー......ですね」
つい先日、すごい剣幕で主治医に叱られたことを思い出した。毎日朝晩必ず傷口を消毒することを言いつけられ、通院時の診察で処置を怠ったと判断した場合は、問答無用で即再入院と言う、とてもありがたいお言葉をいただいた。
ただ、その主治医の迫力より恐ろしかったのが、隣に立っていた看護士の無表情で発せられる威圧感。俗に言う“目で殺す”とは、ああ言うことなのかと深く思い知らされた出来事だった。
「着いたら、すぐに消毒します」
「はい、お願いします」
マンションを出てしばらく、特殊能力研究施設へと続く山中の広場で車は停車。職員に礼を言って、ライトを受け取り、暗い足下に注意を払いながら山道を上る。施設入り口の大岩の前に、人影があった。
「いらっしゃい、二人とも。さあ入って」
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
「
「ああ、ありがとう。
「お邪魔でしたか?」
「そんなことはないよ。って言うか悪いな、こんな時間に呼び出しちまって」
「いえ、それで?」
「本題に入る前に背中を見せてください」
「あ、はい」
上着を脱ぎ、
「はっはっは、順調に尻に敷かれてるみたいだな!」
「みたいだね」
「で、用件は......?」
「ああ、そうだったな。研究所の方で重要な発見があったらしい。それで呼んだんだ」
「発見? 詳細は?」
「わからない。急いでお前を呼んでくれって頼まれただけだ。研究所は今、ごたついていて話しを聞ける状況にないんだ」
「そうですか。では、すぐに行きます」
「まだ動かないでくださいっ!」
「あ、はい! す、すみません......」
俺たちのやり取りに
「これでよしっ、と。はい、終わりました。もう上着を着ていいっすよ」
「ありがとうございます」
お礼を言って、上着を着る。
そして、
「騒々しいっすね」
「そうですね」
「こう言う状況なんだよ」
なるほど、確かに気軽に話しを聞ける雰囲気じゃなさそうだ。
「
「待ってたぞ」
「なあ、プー。これは、いったいなんの騒ぎなんだ?」
「詳しくことは奥で話す。着いて来い」
「
「ああ、ありがとう」
「もう歩けるようになったんすね」
「ああ、リハビリには苦労したけどな」
俺も最初の頃は、苦労したからよく分かる。
「
「おお、そうか、ありがとう」
礼を言った
「朝早くすまないね」
「いえ、それで用件は?」
「うむ、これを見てくれるかい?」
数枚綴りの資料を受け取り、内容を確認する。
そこに書かれていたのは、まったく予想していない
「これは......」
「なんっすか? あたしにも見せてください」
「何が書いてあったんだ?」
「
「
「驚きの結果ですよ、これは......」
「そう。私も、彼も得られるは“略奪"だけだと思っていたが......。これは嬉しい誤算だった」
「では、“消去"の能力開発の研究が進みますね」
「その通りだよ、
――いや、これはそんな次元の話しじゃない。もっと、とてつもない可能性を秘めている。それこそ、時計の針を一気に数十年先へ進めることが出来るかも知れない。
「どうした?」
足下に目を落として考え込んでいた俺に、
「いえ、なんでもありません。ニールは、どこにいますか?」
「今は、実験室にいる。案内しよう」
ニールは、同室内の無菌室で能力開発の実験を行っていた。大学のラボで見慣れた光景にどこか懐かしさを感じつつ、軽く窓をノックする。ノックの音に気がついたニールは、手を止めて部屋を出てきた。
「やぁ、ショウ」
「ああ、とんでもないことになったな」
「うん、そうだね、驚いたよ。まさか、たった一人から七つも得られるなんて思いもしなかった」
「そうだな。なあ、ニール......作れるか?」
俺の問いかけに、「何を?」とは聞かずに答えた。
「......出来てるよ」
「――ホントか!?」
「本体が手に入ったからね。ゼロから作るよりも簡単に出来た」
「なあ、なんの話しをしているんだ?」
主語がない俺たちの会話に、
「“略奪"を得る投薬の話しですよ」
「“略奪"を!?」
“略奪”と訊いて、資料を読むことに集中している
「どこにある?」
黙ったまま俺に背を向けたニールは、医療品用の冷蔵庫の奥から小瓶を取り出し、テーブルに置いた。
「これが、そうなの?」
「想像よりも小さいですね」
「っんだよ、俺にも教えてくれよ」
「小さな瓶だ。三センチくらいのな」
「これは、科学者として言わせてもらうよ......」
「何だ?」
珍しく真剣な
「......最後だ。これを打ったら、命の保証は出来ない」
それほど危険なのか、と全員が絶句している。
ただ一人......俺を除いて。
「覚悟は、もう既に出来てる」
「知ってる。でも、万全を敷いていたあの時とはワケが違う。もう次はない。身体は限界なんだ」
「......そうなのか?」
深刻な顔の
「“偽り"、“共鳴"、今回の大怪我。死線を三度越えた。病院で検査をしたけど、生きているのが奇跡だ」
「......そこまでなのか?」
「ショウの考えは分かってる。この投薬で“略奪"の能力を得て、世界中の能力者から特殊能力を奪い、オレたちの悲願である“消去"を完成させる。だろ?」
――言い当てられた、その通りだ。
特殊能力を使えなくなる時期には個人差がある。早ければ、あと二年持たないかも知れない......時間がない。だが、“略奪”を使えば、他の組織からデータを奪うより確実で、なおかつ短時間で莫大な数のデータを集めることが出来る。俺が特殊能力を使える間に“消去"を作り出すには、この方法しかない。命を賭ける価値は十分だ。
「......寄越せ」
「ち、ちょっと、
「お、おいっ!?
普段とは違う俺の声色に、
「ここは、いったん落ち着いて話しを――」
「邪魔だ、どけ......」
「時間がないのは分かっているだろ......他に方法はない。寄越せ......」
「だとしてもだ。死ぬのが解ってるのに渡すわけないだろ?」
険悪な空気が部屋中に流れる。
だが、この空気を一変させる言葉が放たれた。
「打ってください。あたしが、“略奪”の能力者になります」
「
「トモリ!?」
覚悟を決めた、迷いのない力強い声。
「絶対にダメだ!」
「そうだよ! これは命に関わるんだよ!?」
さっきまで言い争っていたのに、俺たちは二人で止めに入っていた。
「わかっています」
「だったら――」
「時間がないんですよね?」
「それは......」
「いつも守ってもらって......今度は、あたしがあなたの力になりたいんです」
「何を言ってるんですか? 入院していた時も、退院した後も、ずっと助けてくれたじゃないですか」
「ぜんぜん足りないです」
「いいえ、もう十分過ぎます!」
「ニールさん、打ってください」
俺の横をすり抜けて前に出た
「ダメだっ!」
後ろから抱き止める。
「ニール、絶対に打つなッ!」
「邪魔しないでくださいっ」
「離してくださいっ」
「......考える。他の方法を考えるから......だから、お願いします。こんなことやめてください。あなたが居なくなったら、俺は......」
抵抗する力が、次第に弱くなっていくのが分かった。
「......本当ですか、今の言葉。本当に、他の方法を考えてくれますか?」
「......はい」
「......もう“略奪"の投薬を打つなんて、絶対に言いませんか?」
「......はい、言いません」
「約束......してくれますか?」
「はい、約束します」
「今度は、絶対っすよ?」
「はい、必ず守ります。だから――」
「じゃあ離してください。ちょっと苦しいっす」
「あっ! すみません......」
その言葉に慌てて腕を離すと、
「はい、それでは他の方法を考えましょう」
「お前、切り替え早いな」
冷静な突っ込みを入れた
「時間がないと言ったが、“
「却下」
間髪入れずに俺は答える。
「オレもショウと同じ意見だよ。“
「......だな。俺も、
「そう言うことです。“
「それで、“略奪"なのね」
「ええ、“略奪"なら能力者を説得する必要もなく、確実に奪えますから。でも――」
隣に居る
「なるほどな。さて、どうしたものか......」
「ちょっと考えさせておくれよ」
目を閉じて言った
「さっきは、すみません。つい感情的になってしまって......」
「気にしないでください」
別室へ向かいながら謝罪すると、
「ねぇ、
「......そうだね。やっぱり先ずは、組織が保護している能力者たち全員から協力を得て、DNAを採取するのが近道じゃないかな?」
「急がば回れ、ね」
「あれ?
「あなたですか。
「兄さんに?」
「先ずは部屋に入ろう。
着いた時と同じ部屋に入り、
「で、どうする?」
「
「お前、まさか......!」
「忍び込みます」
「ダメだ!
血相を変えた
それは、分かっている。だが――。
「他に短時間で集める方法がありますか?」
「それは......」
「......
「任意で探せますか?」
「いや、俺の能力は前触れもなく唐突に発動する。任意では無理だ」
強制型の探知・探査能力。居場所と能力を把握出来る代わりに自在には使えない制限がある。今、
「あなたたちは、三年生ですよね? なら、能力を消失するまで長くてあと半年ほど。到底集められるとは思えません」
「因みに、どれぐらいの数が必要なの?」
「最低でも、あと三千は必要です」
「三千!? そんなに必要なのっ?」
「新しいモノをゼロから創り出すのは大変なんです。近い能力があれば別ですけど」
議論は止まり、場が静まり返った。
その沈黙を破ったのは、ずっと硬く口を閉ざして話しを聞いていた、
「......僕が、やる」
「
「
「いやいや、無謀ですって。聞いていたっしょ」
「正気ですか?
「正気だ。僕は、お前たちには恩がある」
「恩って、前世の話しっすか? 動機としては薄いっすよ。当たり前のことをしただけですし」
「薄くないっ! お前たちは、僕と
――関係を断ってまで......。そう言いたそうだったが口にはしなかった。
「だから今度は、僕がお前たちの力になりたい」
「どう言う意味か分かっているんですか?」
「えっ......?」
「特殊能力を奪うというのは、身体や脳へ尋常じゃない負荷がかかるんです」
「そうっすよ、考えてみてください。特殊能力を持っているだけでも常人からしたら化け物じみた力です。それを
「............」
「あなたは今のところ正気を保てていますが、能力を奪い続けたらどうなるかは分かりません。それこそ、あなた自身を滅ぼしかねません」
「二人の言う通りだ、
手探りに
しかし、
「......それでもいい、壊れてもいい! 世界中の能力者から能力を奪ってみせるッ!」
「
「なら、他に方法があるのか!?」
誰も反論出来なかった。
確かにその通りだ。机で何時間、何日議論を重ねたところで結論は出ないだろう。はっきり言って無駄な時間でしかない。いくら知恵を絞っても他に有効な策を見いだせない。なんて無力なんだ、俺は――。
さっきの
「
「
「......わかった」
「
「ただし、条件がある。俺も一緒に行く。お前が壊れないように、俺がお前を支える。それが条件だ」
「でも、それは......」
「あたしは、いいと思います」
「
「大丈夫ですよ、
「......
「
「
「何だよ?」
「あたしの能力を奪ってください」
「えっ?」
「あたしの能力が使えることは、学校潜入の時に実証済みです。必ず役に立ちます」
「だけど......」
俺は頷いて、
「わかった......すまない」
「謝る必要なんてありません。これで真っ当な人間に戻れるので」
「......そっか、じゃあ行くぞ?」
「んっ、ありがとうございます......」
きっちり五秒後、意識を取り戻した
「兄さん、もうこれで引き返せない」
「
「
「兄さんっ!」
「
今、組織が保護している能力者と元能力者を含めて三百人強くらいの数はある。必要な数の一割とは言え、これは大きい。それに大学との連携が円滑に進めば、合わせて三割近くは稼げるハズだ。全てが上手く回れば、半年かからないかも知れない。
そして何より、奪う数が少なくなれば
「でも、二人はどうやって探すの?
「それは、ご心配なく。海外には大学と協力関係を築いている保護組織がいくつもあります 。そこから探知・探査系能力の能力者の情報を得ることができますので、現地調達出来ます」
「そうか、それなら大丈夫だな。ただ気をつけろ。今、世界中で能力者たちを束ねる組織が一斉蜂起し、身の危険を脅かす科学者や政府関係者を狙った大規模テロを行おうとしている動きがある」
ならば、なおのこと急がなければならない。