砂漠の都市から欧州へ渡って数週間、数カ国の能力をすべて奪い、あえて奪わない国をひとつフェイクとして交え、保護組織があるイタリアへ到着。地図に表示される能力者の能力を奪いつつ、最大限の警戒をしつつ保護組織の施設へと向かう。
「なんか、ヨーロッパって感じの街だなぁ。人も多いし」
中世の空気が残る街並みを眺めながら
「この辺りは、手つかずの街を観光の売りにしてる。まあイタリアは、国全体が観光地みたいなものだけど。古代ローマ、水の都とか」
「ふーん。それにしても、ずいぶん警備が多くないか?」
確かに、有名な観光地だからなのか、近隣の街と比べると見回りをしている警備の数が若干多いように思える。ただ、ゴミ箱を覗いてみたり、ベンチに置かれたの荷物の所有者を確認したりと、特定の人間を探している感じじゃないから必要以上に警戒することないだろう。むしろ過剰に反応すると怪しまれる。自然に観光を装っているのが一番。
それに理由は、すぐに判明した。
配られていたビラによると、今いる近くの会場で、著名人や実業家、民間企業などを協賛のチャリティーイベントが開かれているらしい。要するにテロを警戒した巡回。この辺りは、路上マーケットもあったりして、人通りが多いから警備を強めているのだろう。
郊外の保護施設に到着して早々施設の所長に、CA大学の教授からの伝書を受け取った。
「あれ? “翻訳”でも読めない。存在しない文字なのか?」
「大学で使ってた暗号だよ、このまま読んでも文章にならないんだ」
「それでか、なんて書いてあるんだ?」
この暗号は、決して外部に漏れないよう細心の注意を払うときに使ってた暗号だ。つまり、重要な案件と言うこと。法則に当てはめて暗号を解き読む。そこに綴られていたのは、信じがたい内容だった――。
「......日本を含めた、世界同時テロ計画が実行に移されようとしているらしい」
「えっ、そんな! 僕たちは、そうならないためにも能力を奪い続けてきたのに......!」
――もしかしたら......このテロ計画の指針を進めたのは、俺たちなのかもしれない。世界中の能力者たちから能力が消えていることに気づき、消え去る前に
「......二手に分かれよう。
「大丈夫だ。攻撃系も防御系の能力も使いこなせる」
「そうか。俺は、日本へ戻る。既に潜伏されていることも考えられるが、能力を使ったテロであるなら、俺の
仮に別の手段を用いるとした場合も、手段は限定される。同時に行うことに何か特別な理由があるとすれば、上手く立ち回れば、テロ行為そのものを事前に回避することも可能なはずだ。時間がない、急がないと。
俺たちは施設を出て、敷地内の中庭へ移動した。
「急いでいても、“不眠”の能力は使うなよ。あれは、体力と精神を削る」
「ああ、わかってる。じゃあ、行ってくるよ。すべてを奪い終えたら僕も、すぐに日本へ帰る。日本で会おう!」
そう言って空を見上げると、“空中浮遊”と“瞬間移動”を同時に発動させ、大空へ飛び上がった。青空の向こう、遙か彼方へと消えていく、人影。
「俺は、もう足手まといだな......」
旅の間時間を見つけては鍛錬を重ね、徐々に能力を使いこなせるようになっていった。今では、同時発動も完璧に使いこなしている。本来であれば、もっと早く目標の数字に届いていただろう。今回のテロ計画その物もさえも存在しなかったのかもしれない。
でも
「よし、行くか」
ひとつ大きく息を吐いて、顔を上げて歩き出す。
――今、俺に出来ることをする。
日本への直航便に空席がなかったため、イギリスのハブ空港を経由して帰国。国際線のターミナルを出ると、見知った人物が迎えに来てくれていた。
「あっ、こっちよっ!」
「
「おかえり。外に車を待たせてあるわ、急ぎましょ!」
ロビーを早足で抜け、玄関前のロータリーに停車されている車の後部座席に乗り込む。
「じゃあ、お願い」
「ああ」
運転席から聞こえた声も知っている声だった。身を乗り出して運転席に座る人物の顔を確かめる。
「
「よう、久しぶりだな」
「びっくりしたでしょ? 能力者調査と同時進行で免許を取ったの。今、施設の職員はみんな忙しくて。年齢順に取ることにしたのよ」
「そう言う訳だ」
「そうなんですね。ところで、いつ本試験を?」
「先々週。そう心配するな、俺が一番上手い」
はたして俺は、無事に辿り着けるのだろうか。そんな不安など関係なく、
「例の話、どこまで掴んでいますか?」
「正直、ほとんど掴めていないわ。日本も標的になってるって情報だけ......」
予想はしていたけど、研究室に入り浸っているニールを通して同じ情報を得ているだけ。つまり具体的には皆無に等しい。俺と同じだ。
「能力は、まだ使えますか?」
「頻度は落ちたが、俺はまだ使える。だが、
「私も、少し力が弱まってきてる。
年齢的にちょうど今、転換期を迎えている。
厳重なセキュリティを抜け、いつも
「
机に片肘をついて難しい顔をしていた
「
「どういたしまして。私、ちょっと電話してくるわね」
スマホを見せて
「
「ですね。この地図の表示の意味は?」
「能力者の分布だ。赤は調べ終えた能力者、緑は現在調査中、青はまだ手つかずの能力者を表してるんだ。これは、お前と
「なるほど。赤を消せますか?」
「
「ああ」
ノートパソコンのキーボードを操作して、赤丸を消した。だいぶ見やすくなったけど、まだ大まかで見づらさが残っている。
「関東近郊をクローズアップ出来ますか?」
「ちょっと待ってくれ」
画面が切り替わり、東京都全体と周辺の県が映し出された。
テロは基本、人が多い場所を狙う。おそらく首都圏内を狙うハズだ。
「能力者が固まってる様子はないですね」
「未調査を含めて全部で30人ほど居るが、ほぼ全員が調査中で、テロとの関わりはないとみてる」
「
「大丈夫、策はあります」
「なんだ? なっ......これは――」
「どうした?」
「......能力者の居場所と能力が分かった」
「また唐突だな。まっ、いつものことだけど」
「違う、今回は一人じゃない。一気に二人も見つかった」
「二人?
「いや、二人はそれぞれ違う場所で見つかった」
「上手くいったみたいですね」
「お前の仕業か!」
旅で得た最大の収穫は、自分の能力を実践で使えたこと。能力の精度は、旅立つ前と比較にならないほど向上した。
新しく見つかった能力者の居場所を能力を
結局帰国当日のこの日は、この作業にすべての時間を費やして終わった。
* * *
「ふぅ......」
「休憩しましょう」
施設内の空き部屋に泊まらせてもらった翌日も、朝からぶっ通しで能力者探しをしていた。それも自然にではなく、俺の“共鳴”の能力で強引に引き出しているんだ、疲れるのも無理はない。けど、収穫はあった。続けているうちに頭に思い浮かべてもらうことで、ある程度の範囲を限定して見つけることが出来ることに気がついた。だがそれでも、それらしき能力者は見つかっていない。やはり、能力を使ったテロでないのかもしれない。となれば、考えられる可能性は――。
「ん?」
「誰か来たみたいだな」
紙コップに注がれたコーヒーを口に運びながら地図に目を向けて考えていると、突然、部屋のドアが開いた。
「おはよー。お客さまよ」
最初に入ってきた
「お帰りなさいですっ」
「ご無沙汰しております!」
「ひさしぶりですね、ほんと......」
久しぶりに見る二人の後ろに、彼女がいる。
旅をしている間、片時も想わない日はなかった。
「
「はい、おひさしぶりです」
とても業務的な返事が返ってきた。
「えっと......怒ってます?」
「別に。怒ってませんが」
言葉とは裏腹に、
「すみません」
「なにが、ですか?」
取り付く島もない、とはこう言うときに使う言葉なのだと実感した。でも、やっぱり笑顔が見たい。
「......もういいっす。おかえりなさいませ」
一瞬照れくさそうに足下へ目をやって、上げてくれた表情は少し和らいでいた。
「あ、そうだ。これ、お土産です」
「ん? CDっすか。おおっ、“
日本ではまだ発売されていない“
「
「そうなんですか?」
「はいっ。お昼休みとか、放課後も、時々ぼーっと遠くを眺めたりしてまして――」
「そこ、なにを話しているんですか......?」
「い、いえ! なんでもないです! あ、あはは......」
慌てて両手を振って、苦笑いをする
「ところで、
「今朝、連絡が来た。一つの国を奪い尽くし、隣国へ渡ったそうだ。今のペースなら、たぶん、一週間もしないうちに帰国すると思うぞ」
「だそうです」
「そうですか。我々の能力は、役立ちましたか?」
「もちろんですよ」
あれは、旅立ちの日のことだ――。
* * *
「お前たち、来てくれたのか」
「もちろんですよ」
「
「ああ、終わらせる旅に出る」
「そこでだ、アタシらの能力も持っていきな。少しでも力になれるかもしれねぇ」
「え? でもそれだと、お前とは、もう......」
彼女の“発火"の能力を奪うと言うことは、同時に妹の
「そう言うこった。ここらがセンスのいい引き際だぜ」
「
自分の存在を消す覚悟を決めた
「なんだよ?」
「ニケツは、絶対にダメですよ?」
「今さら言われても、もう死んじまってるし......」
「それでもです」
しつこく念を押す俺に、
「......わかった。もう二度としねぇよ、絶対にな!」
「はい」
俺と
「じゃあな、お前ら! 短い時間だったけど、最高に楽しかったぜ!」
「ああ、僕たちもだ」
その言葉を合図に、
姉の
「......姉は、いつも......みなさんと一緒にいたんですね......」
「ああ、僕たちも楽しかったよ」
「ですね」
「それなら......よかったです」
真実を知った
「
「ああ......」
「ありがとうございます。絶対に帰ってきてくださいね。なんてったって私たちは同じ病を持ち、苦しみながらも共に高校生活を過ごした、友だちなのですからっ」
「だなっ!」
そう言って
「はいっ!」
「お二人もっ」
まだ涙が残る笑顔の
「行きましょうか」
「はぁ......仕方ないっすねー」
三人の輪に加わり、同じように拳を合わせる。
「
空港内に案内放送が流れた。搭乗時間が迫っている。
「じゃあ、兄さん、行ってくるよ」
「ああ、行ってこい」
俺も、
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませっ」
* * *
「そうですか、役立ちましたか」
「きっと、お姉ちゃんも、よろこんでいると思いますっ」
旅の思い出話をしながら、つかの間の休息。
「しかし、本当にテロは起こるのでしょうか......?」
「この表示が、能力者の居場所を表しているんすよね?」
「ええ。緑が調査中、青が未調査の能力者です」
「ふむ、未調査が多いようですし、我々も手分けして調べましょうか?」
「いえ、ほとんど無関係と思われる能力者なので。それに――」
「ある程度の目星は付きました」
「マジか!」
別のテーブルで、
「それで?」
「ここか、ここです」
地図上の二カ所を指差す。
「なにもありませんけど?」
そう、俺は能力者の印がないところを指差した。
「なあ、どこを指したんだ?」
「都内の民間空港と東京湾沖だ。この根拠は?」
「日本は島国ですから」
「......なるほど。実行犯を送り込むとすれば、空か海からしかないってことか」
「潜伏していないこと前提ですけどね。
「
「そうですか......」
「連絡する? 二時間もあれば戻って来られるところだから」
「お願いできますか?」
「任せて」
「
「分かってます。
「訊きたいこと?」
これだけ探して、まとまった能力者は見つからない。おそらく実行犯は、まだ日本に潜伏していないとみて間違いないだろう。 その可能性が膨らむにつれ、あることが頭を過ぎった。
今回の黒幕は、
そして、その人物を
――そう、