Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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お待たせしました。


Episode49 ~希望~

 電話を終え、対策室へ戻って、隼翼(しゅんすけ)たちへ成果を報告を行う。

 

「話しは付きました。明日の昼前には、こちらへ使いを寄越してくれるそうです」

「使い? この施設の所在を伝えたのか......?」

 

 情報漏洩を懸念する熊耳(くまがみ)の言葉に同調して、隼翼(しゅんすけ)たち創設メンバーに緊張が走ったのが分かった。数ヶ月前に情報漏洩で施設の存続が危ぶまれる大事件が起きたのだから、当然の反応。けど、問題はない。なぜなら明日来る使いと言う人は、元々ここを知っている人物なのだから。

 

「ここを知ってる人? あっ、それってまさか......!」

 

 目時(めどき)の反応で、隼翼(しゅんすけ)たちも気がついた。無事に懸念が払拭されたところで、今日の作業は終了。片付けをして一息ついていると、同施設内の特殊能力研究所から、俺と奈緒(なお)宛に内線が入った。対策室を出て、一緒に特殊能力研究室へ向かう。

 

「ずいぶん騒々しいっすね」

 

 奈緒(なお)の言うように、施設お抱えの科学者たちは、とても忙しなく作業していた。空港からここへ来る間に聞いてはいたけど、前回ここを訪れた時以上の慌ただしさを感じる。

 

「とりあえず行きましょうか」

「はい、一番奥の部屋ですね」

 

 作業中の科学者たちの邪魔にならないように奥の部屋へ。

 部屋に入るなり、一番最初に目に飛び込んで来たのは、装飾が施された円状の枠で区切られたキャンバスに描かれた、幼子を抱く女性の絵画。

 

「なぜ、研究室に絵画が......?」

「ニールの趣味ですよ。研究の合間に描いて気分転換してるんです。これは、ラファエロですね」

 

 ダヴィンチやミケランジェロと同じルネサンス時代に活躍した画家ラファエロの模写。相変わらず良い趣味をしている。

 

「ショウ、久しぶりだね。トモリも」

「いらっしゃい。忙しいところすまないね」

 

 白衣を絵の具で汚したニールと、この研究所の責任者の堤内(つつみうち)が、同室内に完備されている休憩室から姿を現した。

 

「ニール、堤内(つつみうち)さん、お久しぶりです」

「ご無沙汰してまーす。綺麗な絵ですね。ところで、どうしてライトアップしているんですか?」

「これ? これは今、焼いてるんだよ。本当は、オーブンが欲しかったんだけどね。火事になるとことだからって却下されちゃった」

「オーブン? 絵を焼くんすか?」

「紫外線ライトを当てて、絵具や材質の劣化具合を再現しているそうだよ。私も初めて見た時は、驚き、呆れもした。描き上げた絵に、粉ふるいで埃を撒くなど普通は考えないだろう。それほど細部までこだわるものかとね。しかし――」

 

 不思議そうに小さく首をかしげた奈緒(なお)に、微笑みながら答えた堤内(つつみうち)の目が、絵画の方へ向く。

 

「繊細に、緻密に、そして時には大胆に。これでいいと安易に満足しない姿勢が、些細なことでも妥協しない精神こそが、未知なる発想を生み出すのだと改めて教えられた」

 

 話の内容から推察すると、何か新しい進展を見せた。それも、相当に重要な事案――。

 

「何が、あったんですか?」

「うむ......実は今、能力の発症を抑制するワクチンの生産を一時停止して、改良実験を行っているのだよ」

「ワクチンの改良を?」

 

 堤内(つつみうち)を中心に作り出したワクチンは、発病前の子どもに投与すると特殊能力を発病しなくなると言う画期的なワクチン。それを更に改良している。発病後の能力者にも効力を発揮するワクチン......いや、それはないな。もしそうであるならば、俺たちが旅を続けていた理由がなくなる。すぐにでも連絡が入ったハズだ。

 

「はいこれ、最新の実験データ」

 

 ニールから受け取ったデータに目を通す。人と遺伝子がほぼ同じ、マウスを使ったよくある実験のデータ。新型のワクチンが投与されているらしいのだが、以前に拝見した従来型ワクチンのデータと比べて見ても大きな違いが分からない。ページを捲り、次の検体のデータを見る。

 

「DNAが近いな、この類似は......親子か」

「そうだよ、改良中のワクチンを投与したマウスの子ども。因みに産まれた子どもには、ワクチンの投与は行っていない」

「ん?」

 

 データに目を戻す。投与していないとニールは言ったが、検体にはワクチンを有していることが記されていた。つまり、それは――。

 

「もしかしてこれは、“遺伝するワクチン”なのか......!?」

「最初の子どもに受け継がれる確率は、まだ五割程度だけどね。でも最初に遺伝したDNAを持った子の子孫たちには、確実に遺伝することが実証された。あとは、最初に受け継ぐ精度を高めるだけだよ」

「この新型ワクチンの生産・量産が軌道に乗れば、親から子へ、子から孫へと、これから先産まれくる新しい命へと受け継がれていく。繰り返されてきた悲劇の連鎖は、Charlotte(シャーロット)彗星の次回接近を前に、終焉の時を迎えることになるだろう」

「そう、ですか......」

 

 ――終わる、のか......? 初めて過去へ飛ばされた、時空を越えた、あの日から始まった。永遠に続くとも想った長い、長い旅がようやく終わる......。

 

「そんなワクチンを開発するだなんて、スゴい......!」

「実は、トモリのおかげでもあるんだよ」

「えっ? あたしっすか? 特に協力した覚えはないっすけど?」

「自覚がないのは当然だよ、直接的な協力じゃないからね。記憶を引き継げないハズのトモリが、前世の記憶を取り戻すと言う奇跡を起こした。ショウの能力――自身を引き継ぐ“継承”と、他者と繋がる“共鳴”。この二つの能力が、奇跡を起こした二人の絆が、未知なる可能性を新たな希望を示してくれたんだよ」

「ふふ、キミたちが驚くのも無理はない。特殊能力の発症を抑制するワクチンと特殊能力を結合させるなどと言う発想は、私には思い浮かばなかった。なぜなら先ず、なぜ記憶を取り戻せたのかと言うことの原因究明へごく自然と思考が向かってしまう。それが、科学者の(サガ)と言うものだからね」

 

 新型ワクチンは、特殊能力と科学の融合させた代物。

 二人から告げられた、あまりにも衝撃的な事実に俺と奈緒(なお)は、どちらかともなく自然と向き合い、目を見合わせることしか出来なかった。

 

 

           * * *

 

 

 食堂で夕食を食べ、使わせてもらっている部屋のベッドで仰向けになる。真っ白な天井を見つめながら、ニールと堤内(つつみうち)の話しを思い返していた。

 まさか、これほどまで研究が進展していただなんて夢にも思わなかった。あとは“消去”能力さえ完成すれば、本格的に救済への道が現実味を帯びてくる。そのためにも先ずは、研究の妨げになる今回のテロ計画は、確実に阻止しなければならない。明日ここへ来る、使いからもたらされる情報が頼りだ。すぐさま行動を起こせるように準備をしておかないと。

 身体を起こしたところで、部屋のドアがノックされた。簡易ベットから降りて応対する。

 

「こんばんはー」

奈緒(なお)さん?」

 

 来客は、奈緒(なお)だった。他には誰も居ない。

 

「お邪魔していいっすか?」

「どうぞ、何もないですけど」

 

 ベッドを椅子代わりにして、並んで座る。

 

「それで、どうしました?」

「一緒にCDを聴こう思ったんすけど、音楽プレーヤーもないんすね」

 

 元々仮眠を取るためだけの部屋のため、本当に必要最低限の家具しかない。

 

「ノートパソコンでも借りてきましょうか?」

「いえ、次の機会に取っておきます。と言うことで、お話をしましょう。いろいろ聞かせてください」

「それは構わないですけど、帰らなくても?」

「明日は休日っすよ、ほら」

 

 スマホのカレンダーによると奈緒(なお)の言った通り、明日は休日だった。旅の間、曜日のことなんて気にも止めなくなっていたから休日と言われても、正直なんだかピンと来ない。

 

「それと今日は、歩未(あゆみ)ちゃんの部屋に泊めてもらうことになりましたのでご心配なく」

 

 黒羽(くろばね)高城(たかじょう)も今日は、施設に泊まるとのこと。二人は今、歩未(あゆみ)たちと一緒にレクリエーションルームにいるそうだ。

 

「何を話しましょうか......」

「じゃあ、さっきの旅の話しの続きでっ。東南アジア諸国の能力を奪ってから、アフリカ大陸へ上陸したところからです。砂漠の都市は、いかがでしたか?」

 

 あえてなのか、奈緒(なお)は研究所での話しは切り出さなかった。

 

「とにかく暑かった、なのに夜になると寒いんですよ。昼夜で二十度以上の気温差があって。ホテルが取れない日は大変でした......」

「おお~、過酷な旅っすね」

「でもその分、星空は綺麗でしたよ。宝石を散りばめたみたいで」

「それは、ちょっと見てみたいっす。それでアフリカでは、どんな能力を奪ったんですか?」

「主な収穫は、“完全翻訳”と“探査能力”ですね」

 

 前者は、文字だけじゃなく言葉も自動で翻訳してくれる便利な完全通訳も兼ねて、英語が通じない国では本当に世話になった。後者の方は、奪った能力が頭の中でイメージとして浮かぶ能力。この能力でおかげで、以前までに奪った能力についてもある程度把握出来るようになったことが収穫だった。

 

「他にも攻撃能力と防御能力を複数所持......順調に化け物に近づきつつありますね。異常の方は?」

「大丈夫ですよ。しっかり休養を取りながら進めていましたので。結構普通に観光気分で楽しんでいました」

「そうっすか、でしたら安心です」

 

 その後は、欧州に渡って現在に至る。

 今度は、俺が訊く。

 

奈緒(なお)さんは、どうでしたか?」

「あたしですか。あたしは、まあ、普通に学校に通っていました。能力がなくなったことに気を使ってくれてか、調査も安全な能力者が対象になりましたし。それに最近は、依頼自体もほとんど......」

 

 奈緒(なお)は責任感が強いから、能力を失ったことを理由に調査を割り当ててもらえないと、少し負い目に感じてしまっているのかもしれない。

 

「それは熊耳(くまがみ)さんが、能力を失いつつあるからですよ」

「でも対策室の地図には、多くの未調査の能力者が表示されてましたけど?」

「あれは俺の能力で、強制的に引き出して見つけた能力者が大半ですよ。元々任意で見つけられる能力ではなかったですし、熊耳(くまがみ)さんたちは三年生ですから。みんな、徐々に失い始めているそうです」

「あっ、そう言えば、さきほど来た前泊(まえどまり)さんも能力が使えなくなったと......そう言うことだったんですね」

 

 固かった表情が和らいだ、どうやら誤解と解けたみたいだ。

 

「そうだ、お菓子を持ってきていたんでした。飲み物もありまーす」

「いただきます」

 

 キャスター付きの小型キャビネットをテーブル代わりにして、チョコレートがコーティングされた定番の菓子と無糖の缶コーヒーをいただきながら、話しの続き。順を追って話すことしばらく、話題は先月末のクリスマスライブの話しになった。“電撃”の能力者の時と同じく、黒羽(くろばね)から関係者席のチケットを貰って、歩未(あゆみ)と一緒にライブを観にいったそうだ。

 

「ステージバック席で観ていた高城(たかじょう)は、引くぐらい号泣して感動していました」

 

 それほどまでに喜んでくれたのなら贈った甲斐があると言うもの。高城(たかじょう)と同じく黒羽(くろばね)の大ファンの歩未(あゆみ)は、初めてのライブに少し興奮して鼻血出してしまうハプニングがあったりと、いろいろと大変だったと小さくタメ息をついた。だけど、話しをしている時の奈緒(なお)は、なんだか楽しそうに思えた。

 

「ん? 誰か来たみたいっすね」

「ですね。出てきます」

 

 奈緒(なお)が来た時よりも、大きめで元気な感じのノック。来客は、ちょうど話題に上がっていた黒羽(くろばね)歩未(あゆみ)、それから目時(めどき)を加えた女子たち三人。二人より一歩前に出た目時(めどき)は、やや探るように、そして意味深に声を潜めて訊いてきた。

 

「今、平気......?」

「ええ、どうぞ」

「そう、ならよかった。奈緒(なお)ちゃん」

 

 室内が見えるように半身になると、出来た隙間から目時(めどき)は手招きして、奈緒(なお)を呼んだ。

 

「三人揃って、どうしたんすか?」

「みんなでお風呂に入ろうと思って誘いに来たのよ」

「そうなのですー!」

「ですですっ」

「はぁ......」

「じゃあ~、宮瀬(みやせ)くんも一緒に入る?」

「はわっ!?」

 

 一緒に行くか迷っている奈緒(なお)を後目に、わざといたずらっぽく言った目時(めどき)の爆弾発言に、黒羽(くろばね)は盛大に取り乱し、奈緒(なお)からは冷ややかな鋭い視線を向けられた。

 

「入りません、四人でどうぞ。ごゆっくり」

「だってさ。それじゃあ行きましょ。ここには、天然の温泉もあるのよ」

「へぇー、そうなんすね。それはちょっと興味あります」

「泳げるくらいとっても広くて、思い切り足を伸ばせるのですー!」

「わぁ~、それは楽しみですねーっ」

 

 おしゃべりをしながら賑やかに廊下を歩いて行く奈緒(なお)たちを見送ったあと部屋に戻った俺は、明日に備えて必要になりそうな物のピックアップ作業に取りかかる。

 リストを作成しながら、願う。

 有宇(ゆう)による、中東諸国に数多く存在する武装組織の能力消失・組織殲滅行動をきっかけに、日本での......世界での無差別攻撃(テロ)を思い止まってくれることを――。

 

 

           * * *

 

 

 翌日午前十時ぴったりに、俺の投資の先生の使い人が施設へやって来た。

 

「お久しぶりです......!」

 

 その人は対策室へ入るなり、隼翼(しゅんすけ)たちへ向かって深々と頭を下げた。熊耳(くまがみ)は頭を上げるようにうながし、その人の名を口にする。

 

「顔を上げてください。古木(ふるき)さん」

 

 そう、昨夜寄越すと言っていた使いとは、以前ここで熊耳(くまがみ)たちの送迎係を長年に渡って務めていた、古木(ふるき)。彼は今、俺が師とあおぐ先生の元で付き人兼運転手を務めている。

 

「元気そうで安心しました」

熊耳(くまがみ)くん......」

 

 関係の薄い俺たちとは違って、きっと感慨深いものがあるのだろう。熊耳(くまがみ)だけではなく、今朝早くここへ来た七野(しちの)も含めて創設メンバー五人全員が、古木(ふるき)との久しぶりの再会に浸っている。

 

古木(ふるき)さん、例の情報(モノ)は?」

「そうでした。先生から、これを預かってきました」

 

 B5サイズの茶封筒を受け取り中を確認すると、先生直筆のメモが複数枚とUSBメモリが入っていた。ノートパソコンに差し込み、データの読み込みが完了するのを待ちつつ、メモに目を通しながら話しを訊く。

 

「ご家族は?」

「おかげさまで。不自由なく過ごさせて貰っています」

「そうですか。でも、大変でしょう。いろいろと」

「ははは......」

 

 あからさまに乾いた笑い、それだけで苦労のほどは十二分に伝わってくる。

 

「今付き人をしているのは、宮瀬(みやせ)くんの知り合いの方なんですよね? どんな方なんですか?」

「そうですね。抽象的な表現になってしますが、とてつもない方と言う表現が適当かと......」

「とてつもない、ですか。具体的は?」

 

 目時(めどき)に続いて、前泊(まえどまり)に突っこんで訊かれた古木(ふるき)は、黙って考え込んでしまった。まだ半年も経っていないのだから無理もない。代わりに俺が答える。

 

隼翼(しゅんすけ)さんは、どうやって株で利益を出しましたか?」

「どうやってって、未来で高騰する株を記憶して“時空移動(タイムリープ)”で戻って、事前に買い集めて天井で売りさばいてた」

「ですよね」

 

 安値で買って、高値で売る、その差額が利益になる。ハイリスク・ハイリターンの信用取引など別の方法もあるが、これが株投資・投機の基本的なスタイル。特に短期間で利益を求める投機は、秒単位で目まぐるしく動き回る数字の波を見極めて乗りこなすセンスが求められる。

 だが、伝説の相場師と謳われる先生のそれは、まさに別次元。変動する波を乗りこなすのではなく、先生の売買に合わせて勝手に波が動く。

 

「なんだよ、それ......あり得ないだろ!」

「おい隼翼(しゅんすけ)、どう言う意味だよ? 俺たちにも分かるように説明しろよ」

 

 最低限の株投資に関する知識を持つ隼翼(しゅんすけ)は、さすがに異常なことに気がついたが、資金面についてほぼすべて任せきりにしていた七野(しちの)たちは、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

「わかりやすく言うと、買うと必ず高騰し、売ると逆に必ず暴落するんです」

「それはつまり、株価を自由自在に操れると言うことっすか?」

「そうなりますね。まあ正確には、先生が売買を行うと意図せずに同調してしまうんですよ。先生が買うと同じ銘柄の株を買い求める投資家が増えるため高騰する、逆に売ると手放す投資家が増えるため暴落すると言った感じに。ついでに関連する企業の株価も同調して大きく変動します」

「はあー!? なんだそりゃ、それじゃあ儲け放題じゃねーかッ!」

 

 そう、七野(しちの)の言う通りだ。好きな銘柄を好きな値段で売買出来る。

 

「......確かに、とんでもない方ですね。ですがそれは、法に触れないのですか?」

 

 前泊(まえどまり)の、ごく自然な疑問に答える。

 

「もちろん触れません。証券外務員から個人投資家へアドバイスを行いますが、乗るか乗らないかはあくまで投資家個人の判断ですので、金融商品取引法の相場操縦には該当しません」

 

 ただし、ある程度キャリアを積んだ個人投資家は必ず乗る。

 なぜなら、何十年もの長い年月を常に勝ち続けて地位と信頼を築いてきた来た人だから、投資家として乗らない選択肢はない。ただ影響力があり過ぎるが故に、政財界の要人たちも常に先生の顔色を窺っている。もし仮に、大企業の株が大量に売却されるようなことになれば日本経済の根幹が揺らぐことに為りかねないためだ。先生自身も自覚しているから今はもう、ほとんど投資家としては引退した状態に近い。とは言っても、株を保有する企業の株主総会や政財界主催の政治パーティーなどへ招かれることが多いから多忙であることは間違いないけど。

 

「先生のご自宅には、政財界の要人などから引っ切りなしに連絡が来ます。私の主な仕事は、スケジュール管理と送迎ですね」

「政財界との太いパイプ......伝説の相場師と言う呼び名は伊達じゃないってことか」

「おかげでこう言った、裏からの情報を得られるんですよ」

 

 話し終えた頃、ちょうどメモに目を通し終えて、大型スクリーンにもデータが映し出された。陸海空すべての交通関係を管理する国交省の情報。企業・個人が保有する航空機と船舶が、いつどこで、どこを通るかが分刻みで表示されている。

 

「スゴいっすね、旅客機のフライトルートや近海を航行する船舶までぜんぶ分かります」

「しかし、日本の、それも東京周辺だけでこれほど多くの飛行機や船が往き来しているとは驚きました。正に日本の大動脈ですね」

「はわぁ~」

宮瀬(みやせ)くんの話を聞いて、先生も既に動いています。入管管理局の情報よると、例の写真の人物は、数人を引き連れ既に入国しているとのことです。滞在先も特定しました」

「本当ですか!」

 

 隼翼(しゅんすけ)の言葉にうなづいた古木(ふるき)は、ノートパソコンを操作して、ホテルの防犯カメラが撮影した人物の写真を表示させる。サングラスにハデなデザインの金色の指輪を付けている、背格好も同じだ、この男で間違いない。

 

「今、警察と公安が合同で探っています。ですが証拠がないため、現時点でしょっぴくことは難しいとのことです。もしもの時は、キミたち能力者の協力が必要になることも......」

「今まで散々実験動物扱いしてやがったクセに、いざ自分たちもテロの標的になってるって知った途端に協力しろってか! ふざけやがってッ!」

 

 行き場のない怒りを拳に込めテーブルにぶつけた七野(しちの)を、目時(めどき)がなだめる。

 

七野(しちの)、私たちも同じ気持ちよ。でも今は、抑えて。冷静に対処しないと大変なことになるわ」

「チッ、わーってるよ! だからムカつくんだろ!」

 

 ――頼まれなくてもやるに決まってる。七野(しちの)の目は、そう言っていた。

 

「何にせよ、一般人を巻き込んで良い理由にはならないからな。隼翼(しゅんすけ)

「ああ、わかってるよ、プゥ。古木(ふるき)さん、政府との協力についてですが条件を提示します。『現在も虐げられている能力者の即時解放、責任と過ちを公式に認め、今件に関わりを持つ政治家及び科学者、関係機関の責任者全員が法による厳正な裁きを受けることが条件です』と伝えてください」

「わかりました。私から、先生を通して政府高官へ伝えてます」

 

 古木(ふるき)は一切顔色を変えず、スマホを持って対策室を出て行った。こうなることは事前に想定済みだったと言うことなのだろう。

 隼翼(しゅんすけ)の提示した条件は、間違いなく受け入れられることはない。再交渉で代替案を提示して来るだろうが、決して折り合わない。この交渉は、必ず決裂する。はなっから協力関係を築けないことは承知の上、お互いに干渉し合わない共闘と言う形で手打ちに終わる。だから、これだけ詳細なデータを事前に提供してくれた。

 

「メモには、何が書かれていたんすか?」

「例の男が、私的にヘリでの遊覧飛行の予約を入れていると言う情報です。日時とルートは、これです」

 

 ノートパソコンを操作して、別のファイルを開く。点線で表示された一機のヘリコプターの飛行予定ルートは、都内の飛行場から都市部の名所を巡り、東京湾を回って戻るルートが予定されている。

 

「ただの観光とも思えるルートっすね。まあ、ヘリコプターでの遊覧飛行なので贅沢とは思いますけど」

「それよりも発着地のヘリポートは、我々の星ノ海学園の近くではないですか!」

「はわわっ!」

 

 比較的冷静な奈緒(なお)とは、正反対の反応を見せる高城(たかじょう)黒羽(くろばね)。二人の場慣れしていない普通の反応が、なんだかとても新鮮に感じる。

 

「別に驚くことでもないっしょ。ここはセスナなどの免許も取れる民間の飛行場ですし、機体の手配や保管も、お金さえ積めば多少の融通は利きますよ」

「そう言うことですね。それから当初の予定日から日程を繰り上げています。おそらく近いうちに動きがあると思われます。熊耳(くまがみ)さん、飛行ルート上を意識してください」

「ああ、わかった」

 

 熊耳(くまがみ)の肩に手を置いて、能力を引き出す。

 

「......見つからないな。今現在、特殊能力者は居ない」

「そうですか。では、俺たちも動きましょう」

 

 俺たちも、それぞれ行動に移る。

 最悪の事態を避けるため、この大勝負に勝利し、新しい未来へ希望を繋ぐために――。


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