Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode50 ~フェイク~

 遊覧飛行予定日の前日の夕刻、事態が動いた。ターゲットが滞在しているホテルの表玄関付近で張り込みをしていた前泊(まえどまり)から、ホテルの裏口からやや離れたコインパーキングに車を止めて、ホテルが見渡せるカフェに居る俺と熊耳(くまがみ)の元へ連絡が入った。熊耳(くまがみ)は、スマホを操作してスピーカーモードに切り替え、ややボリュームを落とし、テーブルに置き直した。

 

『今、こちらで動きがありました。ターゲットと思わしき男が、仲間と共にホテルを出ました。どうやらチェックアウトしたみたいです。僕と七野(しちの)は、今から追跡を開始します。それから写真を送信します』

「わかりました、お願いします」

 

 通話を終えると、七野(しちの)のスマホからタブレット端末へ写真が送られてきた。サングラスと金色の指輪をはめた、例の大陸系の男が、仲間たちと共にホテルを出て、横着けされたタクシー二台に別れて乗り込むところが写っている。

 

「俺たちも追うか?」

 

 車のカギを手に取る熊耳(くまがみ)に、俺はタブレット端末で同ホテルの予約状況を確認しながら答える。

 

「いえ、ここは様子を見ましょう。卵は一つのカゴに盛るな、です」

「何のことだ?」

「投資家の心得の一つです。割れやすい卵を同じカゴに盛ると、落とした時に全部割れてしまう。一つにまとめずリスクを分散しろと言う意味です」

「そう言えば、裏口(こっち)の公安たちも動いていないな」

「おそらくホテルに確認を取っているんですよ。今ホテルを出た男たちが、本当にチェックアウトしたのかを」

「なるほどな」

 

 タクシーの尾行は前泊(まえどまり)たちに任せ、待つこと十分ほどで、裏口の近くで停車していた警察と公安の車両が動き出した。

 

「動いた。どうやら裏が取れたようだな」

前泊(まえどまり)さん、今、どの辺りを走っていますか?」

 

 繋いだままの状態にしてあるスマホへ声をかける。

 

『タクシーは二台とも、大田区を羽田方面へ南下しています』

「羽田? まさか、空港へ向かっているのか?」

『おそらく、そう思われます』

「そのまま追跡してください」

『わかりました。新たな動きがあれば、すぐに連絡を入れます』

 

「追わないのか?」と、再度聞いてきた熊耳(くまがみ)にタブレットを見せる。

 

「同部屋ですが、空室になりません」

「どういうことだ? 警察か、公安が押さえた......なら、捜索に入ってるか」

 

 所詮、タレコミ情報、令状は下りない。現行犯でない以上一般人を、それも外国籍の人間相手には迂闊に手を出せない。下手を打てば、外交問題に発展しかねない事案。

 ただ、このホテルは、ビジネスホテルじゃない。決して単価も安価ではないし、特別観光シーズンでもない今、グレードの高い部類に入る同じタイプの部屋が他にもある中で、あの男が泊まっていた部屋が空室にならないまま埋まっている。そして、他の仲間が泊まっていた部屋は先ほど、空室と表示されてたまま残っている。

 

「予め予約が入っていたとしても、偶然にしては少々できすぎているな」

「ええ、ですので調べます」

「どうやって?」

「もちろん、ホテルへ行くんですよ。昼過ぎに、正面の部屋に空きが出来たので取っておきました。戻ってくる前に、別室で待機します」

「抜かりないな」

 

 会計を済ませて、カフェを出る。辺りは、すっかり夜になっていた。コインパーキングの車をホテルの駐車場に停め直し、念のためダテメガネをかけて変装。

 

「よし、じゃあ行くか」

「ええ」

「はい」

 

 妙な違和感を感じた。返事が一つ多い。同じ違和感を共有した俺と熊耳(くまがみ)は、同じタイミングで後部座席を振り返る。すると、ここに居ないハズの人物が澄ました顔で座っていた。

 

「な、奈緒(なお)さん、どうして?」

「学校が終わったので、手伝いに来ました」

「いや、そんなことよりお前、どうやって乗った!?」

「ん? 車のキーは、ちゃんと施錠しておいた方がいいっすよ。車上荒らしも多いっすし」

 

 熊耳(くまがみ)に、批難の視線を向ける。

 

「しっかりロックしたぞ、お前も見ていただろ。そう言えば、出かけにスペアキーが見当たらなかったような」

 

 再び奈緒(なお)を見ると、勝ち誇った顔をしていた。スペアキーを返すことを条件に、彼女も一緒にホテルへ行くことに。広いエントランスを、フロントへ向かいながら話す。

 

「俺は、ターゲットが泊まっていた両サイドの空いている部屋を借りる。お前たちは、二人で正面の部屋に入れ」

「了解っす」

「わかりました。入室以降は、電話やメッセージでの連絡はなしで。用件がある場合はさり気なく、部屋のドアをノックしてください。このラウンジで落ち合いましょう」

前泊(まえどまり)七野(しちの)、聞こえてたな。今から通話を、無線イヤフォンに切り替える。インカムじゃないから俺たちの声は聞こえなくなるが、そっちの声は届いている、気にせずに話してくれ。じゃあな」

 

 フロント前で、熊耳(くまがみ)と別れる。空き部屋の確認をする熊耳(くまがみ)より一足先に宿泊代を支払い、代わりに部屋のカードキーを受け取り、エレベーターに乗って部屋の階で降りる。足が沈むほど深い絨毯が敷かれた廊下を、奈緒(なお)と並んで歩く。

 

「スゴい廊下っすね。何だが逆に歩きづらいです」

「ですね。この部屋です」

 

 部屋に入って、ドアを閉める。

 

「おお~、部屋も豪華ですね。あなたの家ほどじゃないっすけど」

「広さだけですよ、家には必要最低限な家具(もの)しか置いてないですし。さて」

 

 先ずは、簡易機器で盗聴器の有無を調べる。

 

「盗聴器の類いはなさそうです」

「でしたら、安心して話せますね。何をするんですか?」

「ドアスコープから正面の部屋の人の出入りを調べます」

「このカメラを付ければいいんですね」

 

 床に置いた機器の中から細工を施した小型カメラを持って、部屋のドアスコープの前に立った奈緒(なお)が、カメラを取り付けてくれている間に、カメラから延びるコードをタブレットに繋いで、カメラからの映像へ切り替える。

 

「どうっすか?」

「ばっちりです」

 

 タブレットの画面には、廊下の様子が映し出されている。

 そして、ちょうど今、熊耳(くまがみ)が部屋の前を通り過ぎた。

 

「ばっちりっすね」

 

 部屋の奥から持って来て椅子に座って、今までの経緯を簡単にまとめて話しながら、タブレット越しに廊下を見張る。

 

「では、確証があるわけではないんですね」

「ええ、ぶっちゃっけ勘です。取り越し苦労で終わるといいんですけど」

 

 ――落ちてくるナイフは掴むな。

 これも教わった言葉、空中でナイフを掴もうとすると大ケガをする。落ちてから拾えば、ケガはしない。常に焦らず慎重に物事を見極めて行動しろという意味。

 

「あたしは、当たってると思いますよ」

「どうして?」

「女の勘です」

 

 ――何でだろう。先人たちの言葉より妙な説得力がある。たぶんきっとあれだ、黒羽(くろばね)を泊めたことを言い当てられたからだろう。

 

「今、ノックされませんでしたか?」

 

 一瞬離していたタブレットに目を戻すと、熊耳(くまがみ)が部屋を通り過ぎていくところが見えた。前泊(まえどまり)たちの方で、何か進展があってその報告だろうか。

 

「このタブレットとあたしのスマホと同期させます。これなら外へ出ても映像が見られますので」

「お願いします」

 

 一旦部屋を離れ、ラウンジに一人で座る熊耳(くまがみ)と背中合わせで話す。

 

「それで?」

「今しがた、例のグループが全員揃って搭乗手続きを行ったそうだ。パスポートでターゲット本人と確認された。出国まで見届けるそうだが、ここで調査は打ち切りになるだろう」

「そうですか」

 

 ――空振り。事前に防げたとポジティブに考えるべきだろう。これで研究の方に専念できる。それで終い。

 

「あっ、見てください」

 

 隣に座る奈緒(なお)が、血相を変えてスマホを見せてきた。

 

「これは......。熊耳(くまがみ)さん、すぐに出ます。詳しい話しは車の中で」

「わかった」

 

 ホテルを出て、車に乗って待機。

 

「それで、何があった?」

「これを見てください」

 

 奈緒(なお)のスマホを見せる。

 ドアスコープに取り付けたカメラからの動画には、空港にいるはずの大陸系の男らしき人物が荷物を持って、部屋を出ていく場面を捉えていた。

 

「どういうことだ? 空港にいるはずの男がなぜ、ホテルにいる......!?」

「鉄砲。昔からある古典的な詐欺です」

 

 鉄砲は、投資における詐欺。偽装した身分証で開設した口座で投資の実績を積み、ある程度の信頼を築いたところで大勝負に打って出る。仮に損失が出た場合そのまま行方をくらまし、損失を銀行と証券会社へ押し付ける詐欺。存在しない人物だから足も付きにくい。

 

「騙されていたんです。俺たちが追っていた男は、最初から別人だった。サングラス、特徴的なデザインの金の指輪、同じ背格好から本人だと思い込んでしまった」

古木(ふるき)さんが持ってきた写真のターゲットは、既に偽者だったのか」

「おそらく、来日した時から影武者だったんでしょう」

「しかしこの男は、どうやって入国したんだ?」

「本人確認でサングラスを取る訳ですから、顔立ちも似ているはず。パスポートを交換するか、もしくは偽造するか。方法はいくつかあります」

「あっ、出てきましたよ!」

 

 奈緒(なお)が、後部座席から声を上げた。ターゲットが、表玄関から堂々と出てきた。動きに合わせるように黒塗りの高級車が入り口前に止まり、ターゲットが後部座席に乗り込むと、車は空港とは別の方へ向かって動き出した。熊耳(くまがみ)の運転で後を追う。

 

前泊(まえどまり)さん、七野(しちの)さん、そのターゲットはフェイクです。今、本物を追跡しています」

『マジかよ!? いつすり替わったんだ!?』

『フェイク。知らせますか?』

「いえ、伏せておいてください。今下手に動かれると獲物を逃しかねません」

『敵を騙すなら味方からですね。分かりました、伏せておきます。僕たちも空港で待機します』

「お願いします。熊耳(くまがみ)さん、対象車から最低一台以上間に挟んで追跡してください。居なくなった場合は、最低でも150メートル以上の車間距離を取ってください」

「初心者に無茶な注文をするなよ......」

 

 自信なさげに言っていたが、四人の中で一番運転が上手いと豪語していただけあって尾行は上手いこといった。高速道路を走り、東京を離れ、神奈川に入る。とあるインターを降りた車は徐々に南下していく。

 

「車通りが少なくなって来たな」

「都心と比べたら、どこもそうじゃないっすか?」

「まーな」

「あっ、中華料理屋だ。おお~、いかにも地元の常連さんが通ってそうな感じの年季の入った店構えっすねー」

「お前には、緊張感はないのか?」

「だって、まだ晩ご飯食べてないですし」

 

 二人の会話を聞きつつ、カーナビの地図を広域化して行き先を予測しながら走路を指示する。

 

「ここで一旦離れましょう。相手の出方次第ですが、次の信号を左折してすぐに右折出来る道があります。絶対に横は見ないでください。そうですね、晩ご飯の話しでもして気を逸らしましょうか」

「じゃあさっきの中華料理屋さんで! あ、でも中華は前に横浜で食べたしー」

「なら、カレーはどうですか?」

「海軍カレーっすか、いいっすね。近くにお店あるか探してみまーす」

「お前たち、緊張感なさすぎだからな?」

 

 信号に引っかかって並列する形で止まったが緊張感皆無の会話で乗り切り、道を一本隔てて再び追跡を開始。頃合いを見計らって同じ道へ戻る。どんどん車通りの少ない道路へと進んでいくが、ナビによるとこの先は一本道のため尾行を一旦止めて、少し時間をおいてから後を追う。

 

「ここは......埠頭か」

「倉庫とかコンテナが、沢山ありますね」

「ですね。一度戻ってから車を探しましょう」

 

 コインパーキングに車に止めて、改めて埠頭へ戻り、ターゲットの車を手分けして探す。探し始めること数分後、奈緒(なお)から車を見つけたとメッセージが入った。指定された場所で合流。

 

「あそこです、あの倉庫の影に止めてあります」

「本当だ。よく見つけたな」

「調査で慣れてますのでっ」

 

 やや得意気に胸を張る。幸い多く点在するコンテナの物陰で、冷たい真冬の浜風を凌ぎ、ターゲットが現れるのを待つ。ターゲットの男は一時間足らずで倉庫から姿を現した。来たときと同様に車の後部座席に乗って、倉庫を離れていった。

 

「では、調べに行きます。中に見張りがいることも十分にあり得ます。細心の注意を払って行動してください」

「ああ、わかってる」

「はい......!」

「行きましょう」

 

 小走りで倉庫へ向かい、指紋が残らない様に手袋をはめた手でドアノブを回す。しかし、カギが掛かっていて開かなかった。だが、中から反応がないと言うことは見張りなどはいない可能性が高い。これは好都合だ。ピッキングで開けるか、それとも、セキュリティ対策を取っているとみて慎重に動くべきか――。

 

「あの、あの窓、開いているみたいです」

「窓?」

 

 奈緒(なお)が指を差した先は、建物の二階に相当する高い位置の窓。確かに一カ所だけ施錠されていないように見える。

 

「あそこから入りましょう」

「だが、どうやって登る? 登れるような足場はないぞ」

「ここから登ります」

 

 雨樋のつかみ金具に足をかけ、一歩一歩慎重に登り、窓枠を掴み開けようと試みたが開かなかった。窓は実際には開いておらず、カギが中途半端に閉め損なっている状態だった。薄い金属片の先端を隙間に差し込みカギを開けて、倉庫内へ侵入。後から登ってくる奈緒(なお)たちに手を貸して、引っ張り上げる。

 

「手分けして証拠を探しましょう」

 

 各々、ライトを手に暗い倉庫内を物色を始める。

 正規の入り口付近のデスク上に一台のノートパソコンが置かれていた。引き出しを調べると、テロリストを入国させる手筈の書かれた書類を見つけた。

 

「ビンゴ、奈緒(なお)さん」

「はい」

 

 倉庫内を撮影していた奈緒(なお)を呼び、カメラで書類を撮影してもらう。その間に他の書類を調べる。東京湾沖に停泊させたタンカーから実行犯を乗せることを示唆する内容が記されていた。

 ――なるほど、それで遊覧飛行か。遊覧飛行の最中にタンカーに立ち寄り実行犯人を回収する。タンカーは、足が付きにくいパナマ船籍。東京湾沖を数多く航行する船舶だが、飛行ルート上から拾うならある程度絞り込めるだろう。

 

宮瀬(みやせ)、来てくれ」

 

 熊耳(くまがみ)に呼ばれた。撮影は奈緒(なお)に任せて、ライトの灯りを頼りに熊耳(くまがみ)の元へ向かう。

 

「これを見ろ」

「自動小銃に弾薬、手榴弾(パイナップル)。それと自爆用の爆弾が括り付けられたベストですか......」

「ガチなテロ計画だな」

「ええ、洒落になりません」

 

 こんな物が使用されれば、被害は計り知れない。

 これらの重要な証拠はすべて奈緒(なお)にカメラに収めてもらって、倉庫を後にした俺たちは、これからの対策を練るため施設へ急いだ。


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