Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode51 ~旅立ち~

「複数人の完全武装のテロリストによる自爆テロ、か。都心のど真ん中で実行されたら、いったいどれほどの被害がでるか......」

「絶対に阻止しないと!」

 

 鬼気迫る目時(めどき)の言葉に、隼翼(しゅんすけ)も険しい顔でうなづいた。ホテルで機材を回収したのち、施設へ戻って、奈緒(なお)が記録してくれた動画を投影しての対策会議は、難航していた。

 

「この情報は、共有しているのか?」

「いや、まだ政府側には通達していない。古木(ふるき)さんのところで止めてもらっている」

「なぜですか? 相手が能力者ならまだしも、訓練されたテロリストであるなら、専門機関へ任せる方が賢明では?」

「頼るのは癪だけどな。チッ!」

「まあ、それはもっともなんだがな......」

 

 壁により掛かって腕を組んでいた熊耳(くまがみ)は、俺に視線を移した。そう、止めているのは俺の独断。情報を通達するのであれば、最速で実行当日。それも、相手が飛行場へ姿を見せてから。そうでなければ、警備配置で計画を悟られ逃亡されてしまうおそれがある。もし仮に今回、事前に危機を回避することが出来たとしても、体勢を立て直し、いずれまた仕掛けてくることが十分考えられる。そして今度は、更に入念に準備をしてくる。

 結局のところ、テロを支援する母体を潰さなければ根本的な解決には至らない。

 

「理屈はわかった。けどお前、まさか真っ向から対峙するつもりじゃないよな」

 

 以前相手したチンピラとは格が違う。その場しのぎで対峙できるほど、生ぬるい相手ではないことは重々承知の上。

 

「可能な限りの手は打ちます。ただ、最悪は常に想定しておかなければなりません」

「最悪か。考えたくないわね」

「奪った能力で武装した弟が戻ってくれば、どんな相手だろうが問答無用でぶっ潰せるのになー」

「弟さんは今、どの辺りに?」

「......今日はまだ、連絡がないんだ。奪取の邪魔にならないよう、基本的に電源は切っているからな。こっちから連絡は取れない」

 

 眉をひそめる深刻な表情で言った隼翼(しゅんすけ)の言葉を聞き、アイツの身に何かが、まさか正気を失ってしまったのではないかと心配と同時に緊張が走る。だが、それもつかの間、緊張が張り詰める対策室内に着信音が鳴り響いた。隼翼(しゅんすけ)は、手探りで手に取ったスマホに大声で呼びかける。

 

有宇(ゆう)か!? あ、ああ......悪い。今、音声を切り替えるから、ちょっと待ってくれ。目時(めどき)、頼めるか?」

「うん」

 

 頼まれた目時(めどき)は、スマホの音声を切り替える。どうやら、話題に上がっていた張本人と連絡が付いたようだ。しかし、これ以上ないタイミング。まるで話しを聞いていたかのように――ああ、なるほど、そういうことか、それなら話しは早い。これで、大胆な立ち回りが出来る。

 

「それで、正気は保てているか?」

『うん、問題ないよ、兄さん』

「そうか、それなら安心した。歩未(あゆみ)も元気だ、有宇(ゆう)に会いたがってる。あとで電話かメールをしてあげてくれ」

 

 隼翼(しゅんすけ)との受け答えもしっかりしている、本当に問題ないみたいだ。

 

「それはなによりで。それで今、どこに居るんすか?」

『その声は友利(ともり)か、お前も居たんだな。中東で、最後で最大規模のグループを狙ってる。けど、武装した護衛が厚くてちょっと苦労してるんだ』

「そうですか。ところで、日本地図は持っていますか?」

『日本地図? あるにはあるけど、日本を含めた東アジア広域の地図しかないから細かいところはわからないぞ』

「構いません。今、東京湾沖近辺に能力者が居ないか調べていただきたんですが」

『東京湾沖? わかった、ちょっと待ってくれ......』

 

 ガサガサとバッグをまさぐる音がして、ほどなく声が戻る。

 

『居たぞ。東京湾沖東へ約100キロの位置に、能力者がひとり居る。けど、あまり動きがないな』

 

 おそらく、海上で停泊している貨物船(タンカー)。飛行ルート上から更に東の房総半島沖の位置、こちら側の探知能力を警戒してなのかは不明だが、これだけ正確な居場所が分かれば十分に探り当てられる。

 

熊耳(くまがみ)さん、意識してください」

「見つかった。能力は、“物体移動”」

「“物体移動”か。文字通り、物を移動させる能力なんだろうけど。有宇(ゆう)、どんな能力か分かるか?」

『無理だよ、兄さん。奪えばイメージは浮かぶけどね』

「そっか、だよな」

 

 ――物体移動。倉庫の武器も、同じ能力者による密輸と考えるのが自然。迎えのヘリの移動に合わせて、タンカーが日本へ近づき、能力を使ってテロリストをヘリへ送り込む算段。可能であれば、直前に潰しておきたい能力――やれるか? 合図をくれ。

 

『あっ、ごめん、こっちで動きがあった。切るよ』

「ああ、くれぐれも無理はするなよ」

『分かってるよ。じゃあまた――』

 

 ツーツーツー......と、通話が終わったことを告げる音が対策室内に鳴り響いた。有宇(ゆう)は、動き始めた。俺も、本格的に仕掛けるとしよう。最後で最大の大勝負(ディール)を――。

 

           *  *  *

 

「本当に、一人で行くのか......?」

 

 日が暮れ始めた夕刻、テロリストを迎えに行くヘリが飛び立つ予定の飛行場付近まで送ってくれた熊耳(くまがみ)は、止めた車の運転席の窓から険しい顔を覗かせた。

 

「ええ、ここで潰すべき相手ですから。策は何重にも施してありますので、ご心配なく」

「......ならいいが。目時(めどき)からだ。今から、埠頭の倉庫へ捜査が入るようだ。海保の巡視船も、東京湾沖へ展開を開始している」

「そうですか。じゃあ、俺も行ってきます」

 

 入国は既に確認済み、種は蒔いた。

 連絡を合図に準備した荷物を背負い、事前に細工しておいたフェンスを破り、飛行場内の格納庫へ向かう。だが、ヘリコプターは既に格納庫からヘリポートへ移動され、エンジンに火が入っていた。

 予定時刻よりも動きが速い、焦って速めたか、それとも動きを読まれているのか。建物の影を利用して近づき、ドア付近にしゃがんで、機体の影に身を潜める。

 

「どうするんすか?」

「そうだな......」

 

 整備中に侵入して、ヘリ内部に盗聴器とGPSを仕掛けるつもりだったけど、もう遅い。機器の入った荷物を放り込んでも捨てられる。こうなったら乗り込んで時間を稼ぐしか......。

 

「――って、奈緒(なお)さん、どうしてここに!?」

「作ってもらったスペアキーで、隠れて乗ってついてきました。得意な人がいるっしょ?」

 

 ――ああ......思い当たった、研究所で画を描いてるアイツだ。まったく、余計なことをしてくれる。

 

「あっ、誰か降りてきました! 行きましょう!」

 

 止める間もなく奈緒(なお)は、整備士が降りた隙をついてヘリに乗り込んでしまった。予定変更、直接乗り込む。動いてくれ。ドア横の取っ手を掴んで、ヘリに乗り込む。するとドアは自動で閉まり、機体は重力に反して地面から浮き上がった。

 

『なんだ、このガキどもッ!?』

 

 俺たちに気づいた例の大陸系の男が、スーツの懐へ右手を持っていき、威嚇するように英語で大声を上げる。

 

『待て』

 

 別の男の声、操縦席からじゃない。大陸系の男の後方から聞こえた。内部で話しが出来るほど防音対策は完璧のようだ。大陸系の男の影から、白いスーツを着た欧米系の男が姿を現した。

 

『ようこそ、と言いたいところだが、キミたちを招待した覚えはないのだがね』

 

 ――間違いなく本物、近年欧州諸国を中心に近年急成長を遂げた軍事産業のトップ。引きずり出せた。咄嗟に奈緒(なお)を背中に庇い、欧米系の男と対峙する。

 

『それは、失礼しました。特殊能力者と言えば、分かりますか?』

『ほう』

『能力者だと? そうかテメェか、アイツらをやったのは......!』

 

 あの連中を差し向けたのは、この大陸系の男と判明。予想通りだ。男は怒気を強めながら詰め寄って来る。

 

『待て。うかつに近づくな』

『しかしッ!』

 

 一瞬後ろを振り向いた隙に、左の懐へ手を伸ばす。

 

『二度も言わすな』

『......申し訳ありません』

 

 有無を言わさぬ迫力に気押されて、後ずさり。相当な力関係が、この二人の間には存在しているようだ。

 

『ボス』

『こちらは構わなくていい。予定通りに飛べ』

『了解しました』

 

 地上を離れたヘリは、東京湾方面へ向かって動き出した。

 ボスは椅子に座って、足を組む。

 

『さて、化かし合いは苦手でね。単刀直入にいこう、どのような用件かな?』

『こちらの要求はひとつです。即刻ヘリを戻し、日本から退去していただきたい』

『フッ......なるほど、確かに分かりやすい。だが、その願いを聞くことは出来ない。見ての通り、これからスカイクルージングを楽しむ予定でね。私も、何かと忙しい身だ。せっかくの休暇を台無しには――』

『こんな輸送ヘリで、ですか?』

 

 表情が変わった。

 

『お前たちの目的は分かっている。今から、東京湾沖のタンカーに待機させているテロリストを迎えに行くんだろ』

『テロリスト? いったいなんの話しかな』

『とぼけるな。もう計画どころじゃないだろ』

『そうか、キミか、仕掛けてきたのは......!』

 

 立ち上がろうとしたところで、機体が突き上げられたように縦に揺れた。もう少し穏やかにいかないものなのか。まあ愚痴を言っても仕方ないか。とりあえずこれで準備は整った。

 

「大丈夫ですか?」

「平気っす」

 

 突然の衝撃に少し驚いて腕にしがみついてきたけど、平気そうだ。一方、男たちの方はと言うと不測に事態に状況確認を急いでいる。

 

『うおっ!?』

『くっ......何ごとだ?』

『レーダーには何も。おそらく、突風かエアスポットと......』

『この機体が揺れるほどのか? まあいい......』

 

 機体の揺れが収まり、改めて立ち上がったボスは、俺に向き直した。

 

『......あの攻撃は、見事だった。わずか一週間足らずで株価は元値の三分の一以下まで大暴落。自社買いでかろうじて支えてはいるが、世界中の投資家たちは今も株を手放そうと躍起になり、金融機関の信用も完全に失い追加融資を受けられないほどのダメージを負った。まさか、キミのような少年の仕業だったとは......!』

 

 俺が仕掛けた、相場師としての大勝負(ディール)

 師匠から学んだ知識のすべてと、日本に帰国してから荒稼ぎして貯めた全財産をつぎ込み、世界中の投資家たちを巻き込んだ相場操縦――風説の流布。証券取引法に抵触する犯罪行為。

 しかし、罪に問われることはない。裏付けとして、奈緒(なお)一希(かずき)さんが囚われていた学校で行われていた非人道的な実験データ等を、内部リークという形に見せかけて流失させた。

 株主は当然、事実関係の確認に動く。例え口で否定したところで、植え付けられた疑念は簡単には拭えない。真犯人は存在しないため、処分することすら出来ない。完全否定しえないため徐々に株価は下落し、あとは滝のように堕ちる。公的資金を投入しなければならないほどのダメージを与えた。

 しかし、公的資金投入となれば。政府役人により、企業の実態を調べられる。つまりは、今まで行ってきた非人道的な行為だけではなく、テロ支援行為が白日の下にさらされることになる。国家プロジェクトの可能性のある前者はともかく、後者のテロ支援行為は完全にアウト。他国にバレた時点で、現政権は崩壊する。

 秘密裏に支援していた他国の政府・企業なども損切りへ動いた。

 破滅は、もう時間の問題。だが、駆け引きは、ここからが本番。何としてでも引き出す。“物体移動”の能力の本質を――。

 

『埠頭の倉庫も、“物体移動”の能力者を乗せた東京湾沖のタンカーもつきとめて既に包囲している。もう終わりだ、諦めろ』

『これが、証拠です』

 

 横から手を伸ばした奈緒(なお)は、目時(めどき)たちが現場を撮影しているライブ映像が共有されたスマホを、男たちに突きつけて見せた。

 

『大方の見当はつくが、どうやって知った?』

『お察しの通り、その男を尾行した』

『なッ!? も、申し訳ありません......』

『まあ、いい。どうにせよ、無意味なこと。接近せずとも“移動”は可能なのだよ。武器も、人も、自在に!』

 

 はったりだな。無制限に移動させられるのであれば、輸送ヘリで迎えに出向く必要などない。ある程度の接近は必要と見て間違いない。おそらく、距離か一度に運べる物量に制限がある、どうだ? 問いかけに返答がきた。

 

『能力者が視認できる距離まで接近する必要があるんだろ』

 

 俺の答えに対し一瞬驚いた表情(かお)を見せ、顔を伏せると不気味に笑い出した。

 

『クックック......もったいない、もったいないな。キミほどの才気があれば世界でも十分に戦える! 攻撃の出所を探りに自ら極東の島国まで足を運んだ甲斐があったというもの。どうだ、私と共に、世界を相手に勝負する気はないか!?』

『そう言って取り入ったのか、今までも』

 

 俺に向かって差しだそうとした手が止まる。

 

『おたくが開発した最新兵器......あれは、現代の科学力では到達しえないオーバーテクノロジー。何人犠牲にした、答えろ』

『......その質問に答える前に、ひとつ忠告しておこう。頭が切れすぎると長生き出来ないぞ。さて、どうだったかな......十から先は数えていない。キミと、キュートなガールフレンドも加わるか? 特殊能力者――』

 

 胡散臭い薄ら笑いが消え、目が据わった。ようやく本性を現した。奈緒(なお)の手に力が入ったのが分かる。怒りと一緒に緊張感が伝わってくる。俺は、ボスの額に狙いを定めて銃を構えた。

 

『ん? そんなオモチャでどうしようと?』

『オモチャかどうかは、そいつに訊け』

 

 アゴで、大陸系の男を指す。

 

『ああん? なっ、ない......!?』

 

 懐の銃が無くなっていることに気づき、慌てふためく男。銃が本物であることを悟った途端、顔色が急変した。セーフティを外し、狙いを定めて引き金に指をかける。

 

『ま......待て、よく考えるんだ。倉庫も、タンカーも、我々の能力者の情報も押さえたのなら、キミたちの勝ちだ。こんなことをしても得はしない、キミの手が汚れるだけだ。な? そうだろう......』

 

 ゆっくりと両手を上げ、じりじりと下がっていきながら一瞬目をシートへ落とした。

 

奈緒(なお)さん、しっかり掴まっていてください」

「はいっ!」

 

 彼女が力強くうなづいたのを合図に、隠されている武器を取られる前にフロントガラスへ向けて引き金を弾き、空いている左手で非常口のドアを開け放つ。同調するように、メインドアも同時に開いた。外の空気が一気に流れ込み、機体が大きく左右に揺れる。

 

『な、なんてクレイジーなヤツだ! 高高度高速飛行中にドアを開けるなど、下手をすれば墜落するぞ!?』

『では、その前に失礼します』

『ボ、ボス、前が――!』

 

 銃を放り投げ、男たちに背を向けて別れを告げる。

 

「Good-bye」

 

 奈緒(なお)を抱いて、ヘリコプターから飛び降りた。

 

           *  *  *

 

 下に光が見える。都心の光。徐々に地上が近づいていく。

 体勢を立て直し、夜空へ目を向ける。さっきまで乗っていたヘリコプターが、視界を失い蛇行飛行していた。だが、次の瞬間――その場から突如として消え去り、代わりに水平線の向こうが赤く光った。

 

奈緒(なお)さん、身体をめいっぱい広げて!」

「はい!」

 

 両手を繋いで、身体を大の字に広げる。ほんの少しだけブレーキがかかった。けれど、落下の勢いは増していく。風を切り裂く音、真冬の冷たい空気も相まって、手の感覚がなくなってきた。でも、この手は絶対に離さない。離すわけには、いかない。

 100メートル、200メートル、どんどん地上が迫ってくる。

 徐々に大きくなる風切り音の中、別の音が聞こえた。

 ――人の声。目を向ける。夜空に輝く月を背に突如、人影が現れた。俺と奈緒(なお)は片手を離して、その人影に手を伸ばす。

 

「掴まれ!」

有宇(ゆう)!」

乙坂(おとさか)さん!」

 

 煌びやかな高層ビルが建ち並ぶ地上まであと数百メートルのところまで迫ったところで、俺たちの手が繋がった。そして、そのまま東京の夜空を滑空し、ゆっくりと星ノ海学園の屋上に降り立った。

 

「ナイスキャッチ!」

 

 褒め称えながら有宇(ゆう)の背中を叩く。

 

「いてっ! 無力化して叩くなよ! 僕たち、能力の相性悪すぎだろ......」

 

 大袈裟に背中をさすりながら愚痴をこぼす有宇(ゆう)を笑い飛ばし、手ぐしで髪の毛を整えている奈緒(なお)に目を移す。

 

「ケガは、ないですか?」

「あ、はい、大丈夫っす。乙坂(おとさか)さん、ありがとうございました、助かりました。ところで、ヘリコプターはどこへ消えたんですか?」

「ん? ああ、奪った“物体移動”の能力でタンカーの甲板上に飛ばした」

「さっき海で光ったのは、それっすか。大丈夫なんすか?」

「どうなったかはまでは責任持てない」

 

 ヘリコプターが消えてから少し間があったから、たぶん脱出してるだろう。まあ、海保がタンカーを包囲してるからどのみち終わりだ。テロリストの資金源は潰した。これで研究に専念できる。

 

「さあ、施設へ帰りましょう」

「ああ、さすがに疲れた......」

「はい、お腹もすきました」

 

 熊耳(くまがみ)に連絡して、車を星ノ海学園へ回してもらう。

 

「そう言えば友利(ともり)、どうしてお前まで居たんだ?」

「もちろん言い逃れ出来ない証拠を押さえるためっすよ。じゃーんっ」

 

 得意気な表情(かお)でスマホを取り出して、映像を再生させる。さっきのヘリコプター内でのやり取りが、バッチリ録画されていた。言い逃れできない完璧な物証。

 

「見てくださいっ、この緊張感と臨場感! この高画質・高音質が“ZHIEND(ジエンド)”のロゴ入り、高機能スマホケースの実力っす!」

「はあ......さすがだな、こう言うところは」

「まったく。ハラハラさせられるけど」

 

 屋上から降りて、校門前まで迎えに来てくれた熊耳(くまがみ)の車に乗り、俺たちは保護施設へ向かった。施設へ到着後さっそく、有宇(ゆう)が持ち帰った目標の三千を越える能力の採取が行われ、“消去"を産み出すための実験を開始した。

 そして、約ひと月。冬の終わり頃、ついに特殊能力に関するすべてを消し去る特殊能力――“消去(デリート)”が完成した。

 俺は自ら被験者になった。“消去(デリート)"の投薬を打つと告げても、今回は誰にも止められなかった。最悪の場合に備えて“時空移動(タイムリープ)”を使える有宇(ゆう)がいることと、俺が能力を得ることが必須である分かっていたからだと思う。しかし、代償を覚悟して投薬を打ったが意識を失うことはなく。それどころか、身体に異常は何もおこらなかった。詳しく検査をすると、保有する能力のひとつ“偽り"が消えていることが判明した。

 これが“消去(デリート)"を得るための代償......能力の消失。俺は、三つ能力を所持していたため、その中のひとつが消失した。

 そして俺は、最終目的である、救済の道を歩み始める。

 一希(かずき)さんが入院している病院近くの岬で、水平線へ沈んでいく夕日を見つめていた。

 

「本当に行くのか?」

 

 背中越しに隼翼(しゅんすけ)が、改めて意志を問う。

 

「はい。完成した新型ワクチンのデータも記憶しました」

「お前一人で、出来るのか?」

「大丈夫です。道筋は立てました、必ず終わらせます。それに――」

 

 顔だけ動かし、隼翼(しゅんすけ)を見る。

 

「俺は、天才だから。まあ、本物ではないですけど」

 

 事実、“時空移動(タイムリープ)”に巻き込まれた恩恵だ。

 やや自虐的に笑って見せ、顔を戻して再び空を見上げる。

 

「そうか......。だけど、奈緒(なお)ちゃんのことはどうするんだ?」

「......絶対にまた逢うと約束をしました」

 

 夕日は沈み、オレンジ色だった空がスミレ色に染まり始めた夜空に、無数の星々が瞬き始めた。刺すような冷たい北風が頬をなでる。

 

「なあ、俺を一緒に連れて行ってくれ」

「あなたはもう、能力を使えないじゃないですか」

「ここへ来る前に調べてもらった。消えかかってはいるが、まだ残ってた。お前の“共鳴”は、自身の身体を媒体に発動する。だったら、俺の目が見えなくても引き出せるハズだ。違うか?」

「記憶を保持したまま過去へ戻って、どうしようと?」

「もう一度、星ノ海学園を買収する。お前が、帰って来られる場所を作ってやる」

「......能力を失います、力業は使えませんよ」

「だとしてもだ、絶対に作ってやる......!」

 

 決意に満ちた、とても力強い目をしている。

 ――そうか、熊耳(くまがみ)たちは、隼翼(しゅんすけ)のこの目に惹かれたんだな......。

 

「何を言っても無駄ですね。分かりました。もし俺が、あなたの前に姿を見せなかったら計画は順調に進んでいると思ってください。それから――」

 

 口頭で、俺の師匠の住所と名前を伝える。

 

「身体に変化が起きたら、その人を頼ってください。必ず力になってくれます」

「......分かった」

 

 隼翼(しゅんすけ)は、俺に手を差し出した。

 その手を取ると、強く握り返してきた。

 

「じゃあ、行きます」

「ああ、また過去で。そして、未来で会おう!」

 

 “共鳴"を使い、眠っていた隼翼(しゅんすけ)の”時空移動(タイムリープ)"を引き出す。視界が歪む、世界が戻っていく――。

 

 そう、すべてはこの時のため。

 すべての特殊能力者を救済する。

 そのために俺は、過去へ飛んだ。

 

           *  *  *

 

 意識が戻る。気がつくと俺は、ベッドに横たわっていた。自宅とも、奈緒(なお)の部屋とも、保護施設とも違う天井が視界に入ってきた。知っている天井、かつて俺が生活していた養護施設の天井だった。

 ベッドから降りて、カレンダーを確認する。初めて“時空移動(タイムリープ)”で戻された、あの日だった。どうやら時空を越えることが出来たらしい。隼翼(しゅんすけ)は、どうだろうか......考えても仕方ない。知るすべを持っていないのだから。もう一度、カレンダーに目を戻す。

 ――届かなかった、か......。よし、始めよう。

 小さく息を吐いて顔を上げ、しっかり前を見て歩み始める。

 悲願を成し遂げるために――。

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