中間試験も終わり、目標であった赤点回避を生徒会役員全員が無事に達成した、テスト結果発表日翌日の昼休み。職員室で午後の準備をしていると、机に置いた携帯が振動した。着信は、メール。送り主の欄には
――緊急の用事。
どういった用件かは判らないが、緊急と至急と書かれている以上待たせる訳にはいかない。昼食はあきらめて、手早く授業の準備を済ませ、生徒会室へ向かう。職員室から生徒会室までは少し距離がある。授業を受け持ったことのあるクラスの生徒たちに授業のことで声をかけられたりしながら、清掃の行き届いた廊下を少し早足で歩く。
それにしても、この学校⋯⋯天井へ目を向ける。
設置されている監視カメラの数が尋常じゃない。転入して一番最初に思ったことだ。この廊下だけで、五台の監視カメラが設置されている。それに廊下だけではなく、その他の教室に必ずもある。トイレの中にはさすがになかったけど、これほどプライベートがない環境は異常。この学校の存在意義からして、能力者の監視が目的なのだろうが、果たしてここまでする必要があるのだろうか、と微かに疑問が湧く。
「おっと、失礼」
考え事をしながら歩いていたせいで、出会い頭にぶつかりそうになった。相手が女子ならロマンスが始まりそうなシチュエーションだが、ぶつかりそうになったのはまったく見覚えのない男子。受け持っていない三年生だろうか。
「いや、いい。気にするな」
低いテンションの男子はズボンのポケットに両手を突っ込んで、俺が上ってきた階段を下っていく。その後ろ姿に目を離せなかった。なぜなら、鎖骨付近まである前髪で顔が隠れ、おまけに全身ずぶ濡れという異様な姿だったから。
しかし、こんなことをしている場合じゃない。急いで生徒会室のドアをノックして中に入る。一緒に試験勉強をした四人が揃っていた。
「お待たせしました」
「何してたんすかー?」
生徒会長の椅子に座っている
「そうですか、そういった理由でしたら仕方ありませんね。遅くなる場合は連絡をください」
「わかりました。気をつけますね」
いつもの表情に戻った
「ん? なんすか」
「あ、いや、あまり怒らないんだなって思って」
なぜかおそるおそる訊いた
「事情が事情ですから。あたしたちの能力は、いずれ消えます。その先は、普通の人間に戻る訳ですから、進学にしても、就職にしても学業は必須事項っしょ」
「ああー、そっか」
「そういうことです。さて、では本題に入りますよ。
「はい。水滴が示した場所は、都立関内学園のグラウンドです」
――水滴。さっきのずぶ濡れの男子が頭に浮かんだ。何か関係がありそうな気がするが、真意は不明のまま話は進む。
「よし、ビンゴ! これを見てください!」
「いや~、前から目をつけていたんすよー」
広げられた新聞記事を手に取った
「ナックルボールを操る超高校級投手。三試合連続完全試合プロ入り即戦力間違いなしの逸材、競合必須⋯⋯」
後ろから覗き込んで記事を見ると、完全試合を達成した投手が写真付きで掲載されていた。
「完全試合って、すごいんですか?」
「もちろんですよ。そうですね、ゆさりんに分かりやすく説明すると、リリースしたシングルが三枚連続でダブルミリオンセラーを達成するといったところでしょうか」
「はわわっ!? そ、それは、とてつもないことなのではないのでしょうかっ?」
「だから、おかしいって話なんだろ」
記事の投手、
「この記事が何か?」
「あなたが来る前に見つかった、新たな能力者の情報です。能力は、"念働力"。百聞は一見に如かず、これを見ていただければ納得していただけるかと」
いつも持ち歩いているカメラとTVをケーブルで繋げて、再生ボタンを押した。すると、記事に出ていた関内学園の
「この映像は、記事が出たあと実際に練習を見学に行って撮影した動画です」
投手の手から放たれたボールはバッターの手前で大きく変化して、捕手のミットに収まった。
「想像以上に凄い落差の変化球ですね」
「これが、ナックルってヤツか。道理で完全試合達成出来るわけだな」
「ところがどっこい。今度は腕に寄った映像に切り替えます。ピッチャーのリリースポイントに注目して見てください」
画面が切り替わり、リリースポイントに寄った映像が写し出された。
「ん?」
スロー再生された映像を見て、途轍もない違和感に気がついた。
「どうなさいました?」
「握りが通常のフォーシームですね。リリースした直後に回転が始まっていますから、おそらくバッター到達までに10回転前後はしていると思います」
「気が付きましたか、流石の洞察力っすね。その通りです」
「どういうことだよ?」
「ナックルって、指をこう立てて押し出すように投げるんです」
机の引き出しから取り出した野球の硬球を使って、
「このようにして、ボールの回転を極力殺すことでナックル特有の変化が生まれます」
「はわー」
「じゃあ、回転がかかってるのに揺れるってことは――」
「"念動力"で変化させている紛い物ということになりますね。そもそも、ストレートも立派な変化球なんですよ」
ストレートにしても、変化球にしても必ずボールに回転が加わる。その回転により進行方向後方の空気の圧力に変化が生じ、物体は圧力の小さな方向へボールが引き寄せられ曲がる。一方、ナックルボールは、打者まで殆ど無回転に近い状態で到達することにより、自然と縫い目が空気抵抗を拾い、それによりボールの後ろを流れる圧力に不規則な乱れが生じて独特の変化を生み出す。
「ストレートは、進行方向へ進むボールがバックスピンの影響を受け、揚力が働き他の球種より落下が小さいんです」
「よ、揚力?」
「なるほど、気圧と風の関係に似ていますね」
「えっと、訳がわかりませんっ!」
「どうあれ、正当な方法でないことは間違いありません」
「では彼が、我々の次のターゲット“念動力”の能力者で間違いないようですね」
「そういうことです。さっそく、調査に行くぞー」
「早退して行くんですか?」
今は昼休み。まだ午後の授業が残っているし、関内学園までは結構距離がある。昼休みの時間内に戻って来られるとは到底思えない。
「ご心配なく。生徒会特権で遅刻や早退をしても、あたしたちの内申点には影響ありません。あなたの時も同じように早退して会いに行きました」
「そうだったんですね。申し訳ないですが、午後の授業がありますのでご同行できません」
「授業を受け持つのも大変だな」
意外なことに
「わかりました。では今回も、あたしたち四人で調査に向かいましょう」
「はい、参りましょう」
「はいっ」
「わかった」
生徒会室を一緒に出て、ドアの前で四人を見送る。
「お気をつけて、いってらっしゃい」
「はいっ、行ってきまーすっ」
「行ってまいりますっ」
「ああ」
「行ってきまーす」
――やはりこの学校には、能力を探知出来る能力者がいる。
生徒会室でのやり取りからして、おそらくあの全身ずぶ濡れの男子が探知能力を持っていると仮定して問題ない。どういった制約で発動しているのかはまだ分からないが、レアな能力であることは間違いない。
それにしても、これだけの能力者を束ねるこの学校の
* * *
今日の授業をすべて終えて、職員室に立ち寄ってから生徒会室へ向かう。ドアをノックをすると「どうぞー」と、
一呼吸おいて、ドアを開けて中に入る。生徒会室には返事をした彼女が一人、椅子に座ってパソコン画面を眺めながらぽりぽりと、お菓子を食べていた。
「おつかれさまです」
「おつかれっす」
顔を上げて、労いの言葉を返してくれる。
「お帰りなさい。おひとりですか?」
「
「ありがとうございます。いただきます」
生徒会長の席の一番近くにあったパイプ椅子に座って、ひとつお菓子をいただき、話を伺う。
「能力者の方は、首尾よく片付きましたか?」
「今度の日曜日に試合をすることになりました」
「試合ですか?」
「はい、野球の試合です。あたしたちが勝てば、能力の使用を止めることを了承してもらいました」
「そうですか。勝算の方は?」
「こちらも能力を使い対抗します。まあ、それでも五分に持ち込めるかどうかっすけど」
頭の後ろで手を組んで背もたれに深く身体を預けた。勝算は、おそらく三割弱といったところ。
「なかなか大胆な賭けにでましたね。頑張ってください」
「何他人事みたいに言ってるんですか? あなたも出るんすよ」
自分で自分を指を差し、確認を求める。
「当然っしょ。協力するって言ったんですから。というわけで、今から対策を練りましょう」
そんな訳で、二人で作戦会議をすることに。
「具体的な策はあるんですか?」
「抑える方は、
大きなタメ息をついて、今度は机に突っ伏してしまった。どうやらこれといった対策はないらしい。
「"略奪"で奪ってしまえば早いですよ?」
「それはダメです、倫理的によくありませんので!」
あくまでも能力者に納得して使わないことを約束させたい、と彼女は言った。優しい人。そういう考えなら全力サポートしよう。
「先ほどの映像を見せていただいてもいいですか?」
「どうぞ~」
許可を貰いカメラをテレビにケーブルを繋ぎ動画を再生。スロー再生で注意深く付け入る隙を探す。
――完全に回転している。それにしても、この握り⋯⋯家庭用のカメラでここまで鮮明に写っている。予選が始まれば取材は殺到するし、当然他校にも解析もされる。こんなの不正行為をしていると教えているようなもの。彼女の言うように即座に止めさせないと、とりかえしがつかないことになる。
「何か見つかりましたかー?」
やる気のなさそうな声で訊いてきた。
「ええ、いくつか」
「えっ? まじっすかっ」
がばっと勢いよく起き上がり、隣に寄ってくる。
「で? でっ!? 何がみつかったんすかっ?」
「少し落ち着いてください」
「落ち着いてるっすよ!」
と言いながらも、元々大きな彼女の瞳がもっと大きくなっているのが微笑ましい。
「彼のニセナックルですが、大きく分けて二種類あります」
「二種類ですか?」
「これを見てください」
二種類の映像を交互に再生して、気づいたことを説明する。
「カウントを稼ぐ時や打ち取りたい時に使う変化の小さいナックルと、空振りを狙う決め球の変化の大きいナックルの二種類」
「それで?」
「序盤は特に、変化の小さいナックルを多投します。体力、精神力、もしくは両方の消費を極力抑えたいんだと思います」
「大きく動かそうとすると比例して消費も激しくなると読んだわけですか」
「ええ。特に初球は、この小さな変化のナックルが多いです。手を出してくれれば儲けものって考えなんでしょう」
「つまり、狙い球は初球になりますね」
「はい。ですがこれは、第一打席の初球にしかチャンスはないと思います」
「なぜですか?」
「それは――」
その意図を話すと、難しい
「なるほど。ですが、あのナックルを一球で仕留められる自信はあるんですかー?」
「アメリカで、バッティングゲージに通いつめていた時期があったんで勘を取り戻せれば。それに、あのナックルには致命的な欠点があります」
「甘いコースだとヒットにされる可能性がある、でも球数は抑えたい。だから、あの小さな変化のナックルは内か外の低めのストライクゾーンにしか来ません」
「盲点でした。ナックルと聞いて、てっきり変化はランダムだと思い込んでいましたが、揺らしながらコースを狙って投げていたんですね」
所詮コースは内か外――ふたつにひとつなら十分に狙える。
でも当然、確実という訳じゃない。しくじった場合の保険は必要不可欠。彼女も同じことを考えていた。
「仮に失敗した場合、あたしたちでどうにかするしかない訳ですが。コースは絞れても実際に打てるかどうか」
ニセナックルとはいえ、ナックルと同じように左右上下に揺れながら向かって来ることは事実。揺れに惑わされれば、コースを絞れても打つのは至難の業。少しでも確率をあげるしかない。
「
「はい、少し歩きますが、ご案内します。あたしもー、ホームセンターへ行きたいんですがー」
そう言った彼女は笑顔だった。
それも何かを企んでいるような――。