過去へ戻った俺は計画通り、救済への道を歩き始めた。
先ず手をつけたのは、前世で
ここからは、本当に速かった。
日本屈指の資産家である、師匠の人脈をフルに活用して政財界、教育界など、あらゆる権力者たちを引き込み。元々実験に反対している、良心的な科学者たちの協力を取り付けることにも成功。こうなることを予め見越していた先生は、既にいくつかの倒産寸前の製薬会社の株を買い集め買収していた。そこらを中心に、世界中に点在している保護組織の科学者たちとも連携して、ワクチンの大量生産を開始。
ある程度目処が立たった頃を見計らって、世界中で子どもたちが実験台にされている現状を、内部へ潜入調査していた科学者からもたらされた実験映像や静止画等を言い逃れが出来ないほどの莫大な数の資料を、世界へ向けて告発した。
これらがネットやメディアを通じて拡散され、子どもを実験台にしていた科学者は糾弾。実験を容認・指示していた世界各国の政治家を始めとした官僚、教育、国家・地方公務員、民間企業から。延べ何千何万と言う単位の人間が拘束・断罪された。
当然のことながら、いっぺんに中枢を失った世界では大小様々な混乱が起こった、反発する国家も。ただ、各国の首脳不在のまま臨時に開かれた世界会議では新政権発足後に新型ワクチンの無償投与が各国共通の条約として義務付けることが拒否権を行使しようと目論んでいた国家も含めて満場一致で可決された。抑止のため、違反した場合は経済・武力を含めた厳しい制裁が下されることも同時に決まった。元々根回しをしていたとはいえ、これほどまでに順調に進んだのはそもそもが、特殊能力の軍事転用導入を一番最初に考えた国家へ対抗するために国や軍事産業で研究が広まったため。特殊能力その物がなくなってしまえば頓挫することは必然だった。
ともあれ、目的の第一段階はクリア。
ただし、このワクチンは既に発症した特殊能力には効果がない。前世で身に付けた“
特殊能力を消せる範囲は、自分を中心に円状で最大半径5km以内。円状に発動出来る利点を活かし、ヘリやセスナなどを使って、空からしらみ潰しに消して回った。決して取りこぼしが起こらないように、世界を何周、何十週もして。特殊能力を消し始めてから約三年後、全ての特殊能力は葬り去られた。
俺が、俺たちが目指していた“救済計画”は、長い年月をかけて成し遂げられ、終焉を迎えた。
そして今、腕の中には――。
「
飛び込んで来た彼女は顔を埋めたまま、やや不満げに言う。
「茶髪、似合わないっすよ? チャラすぎです」
「あはは、仕方ないですよ」
命を狙われていた身としては、常に細心の注意を払う必要があったから素顔は絶対に晒さなかった。「じゃあ仕方ないっすね」と、
ちょうど一人分の距離を取って、向かい合う。涙で潤んだ瞳、頬を伝う涙の跡に、とてつもない罪悪感を感じる。
「メガネで、よくわからないっす」
両手を伸ばす、
「どうですか?」
彼女は、小さくうなづいた。
「......うん。
「......ただいま、
もう一度、強く抱き合った。
懐かしい匂い、懐かしい温もり。ああ、本当に帰ってきたんだと改めて思った。
どのくらいの時間だろうか。しばらくして、腕の中にいる
「う~ん、なんかちょっと痛いっす」
「たぶん、これですね」
肩を抱いていた手を胸元へ持っていき、首から下げていたネックレスを取り出して見せる。シルバーのチェーンに通っている、ふたつの物にすぐ気がついた。
「あっ! これ......」
「前世で買ったのと同じ、ペアの指輪。受け取ってくれますか?」
「あ、こっちの薬指でお願いしまーす」
右手を差し出した
「
そう笑顔で言った
「はい、右手出してください」
「どうぞ」
右手を差し出す。今度は、
「お揃いっすね」
「お揃いですね。そろそろ戻りましょうか?」
「はいっ!」
病院へ続く道を、手を繋いで歩幅を合わせて並んで歩く。
「いつ、日本に帰ってきたんですか?」
「今朝ですよ。
正直、帰国当日に再会できるなんて思ってもみなかった。
しかも、この思い出深い岬で――。
「兄が、この病院にいるんです」
「え? まさか、科学者に――」
「いえ。野外ライブのリハーサルで、調子に乗りすぎて軽い熱中症で運ばれたんです。明日には退院できるそうですので、ご安心を」
「そう、ですか......」
間に合わなかったかと思った。そんな俺の気を知ってか知らずか、代弁するかのように「まったく。ホント、人騒がせで困ります」と大きなタメ息をついた。
「ですが。彼女を泣かせたのは減点です。普通なら破局案件っすよ?」
「はい、すみません」
戻りかけの記憶を取り戻すきっかけになれば、とは言え。泣かせてしまったのは事実だから、ここは素直に謝っておこう。
「まったく。でも命を狙われていたのは、本当なんでしょ? 革命家のような活動をしていたわけですし」
「それは、まあ......」
内部に内通者が潜んでいることは早い時期に判明・特定していたから、逆に利用させてもらった。目の前で死んだと思い込ませられたおかげで自由に動けた。
「許します。無事に帰ってきてくれたのでっ」
繋いでいた手を解いて、腕に抱きついて来た。
「これくらいはいいっしょ? さあ、行きましょー」
野外ライブの話しを聞きながら歩いていると、あっという間に病院へ到着。裏庭から表玄関へ回る。入り口前のベンチに見知った顔の男子が座っていた。
「よう、ご無沙汰だな......で、いいんだよな?」
ベンチを立って、俺たちの前へ来た
「ええ、ご無沙汰してます。どうして、ここに?」
「理事長から連絡をもらったんだよ。お前が、帰ってきたってな」
「そうでしたか。先生が......」
「ん~?」
「どうしたんだい?
「
「ああ。
「ですよね......あの、目は?」
「見えてるよ。こいつのおかげでな」
爽やかな笑って見せた
「“
「急に見えるようになったから驚いたぞ。医者もビックリしてた『学会で発表するレベル』だってな。けど、俺にとっては驚き以上に安心材料だった。ことが上手く進んでる証拠だからね」
「なるほど。うーん......でも、それならどうして、あたしは前世の記憶を思い出せたんですか?
「ああ~、それは......いや、ここで理を通すのは不粋ですね、止めておきましょう」
「ええ~、なんっすかー? 教えてくださいよー」
興味津々で上目使いで見つめてくる。
「そうですねー。簡単にいうと“愛”です」
一瞬で真顔になった
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「真面目に答えないと破局っすよ?」
「いや。結構真面目に答えたんですけど......」
「別れましょう」
「あっはっは、尻に敷かれてるな!」
俺たちのやり取りに
「笑いごとじゃないんですけど」
「真面目に答えないあなたが悪いんです」
と言うことらしいので、簡単にかいつまんで話す。
「ってことは、つまり......」
「愛です」
「って、本当に愛だったのかよ!?」
「だから、言ったじゃないですか」
“
「
「は、はい!? な、なんっすか?」
「ぼーっとしていたみたいでしたので」
「なんでもないっす!」
夕日のせいでそう見えただけなのか、ほんのり頬を赤く染まって見える。まあ、反応を見る限りはストレートに言ったから恥ずかしかったんだと思う。仕切り直すように
「ところでだ。これからどうするつもりなんだ?」
「そうですね、どうしましょうかね......」
身を隠してる間に大学は卒業したし、特にしたいことも思いつかない。
「まだ何も決まっていないのなら、星ノ海学園へ通うってのどうだ? お前の席は、用意してあるぞ」
「復学......じゃないか。転入するのも悪くないですね」
さっきまで赤かった
「どうしたんですか?」
「いえ、別に......」
「そうか、奈緒ちゃんは......」
今になって気が付いた。
「あたし、附属の学校です......」
「そうだったな」
「転校しま――」
「それはダメです」
――転校する、と言い出そうとしたところを食い気味に止める。
「なんでっすかっ? 嫌がらせっすかっ!?」
「違いますよ、むしろ逆です」
「だな。
「でも......」
さらに表情が曇る彼女に提案する。
「じゃあ、こうしましょう」
「......なんですか?」
耳元に口を近づけて
「マジっすか?」
「はい」
「それなら、別々の学校でもいいでーす」
そう言って俺の腕から離れると、一足先に病院の入り口へ駆けていった。
「お前、何を言ったんだ?」
「さあ」
「まぁ、いいか。これで俺も、ようやく約束を果たせる」
「約束?」
「おいおい、忘れたのか?」
「愛する
「ああ、してましたね。そんな約束」
「何してるんですか! おいて行きますよーっ?」と、病院の入り口から催促する
「じゃあ、行きましょうか」
「俺も、一緒に行っていいのか?」
「もちろんですよ」
近況を聞きながら、前を行く彼女を追って歩き出す。
「転入は、二学期からにします。今からだと中途半端ですし」
「オーケー。その間は、どうするんだ?」
「しばらくは、投資稼業に専念します。先ずは、生活基盤を構築しないと。これからのために」
「そっか。そう言えばお前は、天才投資家だったな」
「ええ、天才です」
伝説の相場師唯一の弟子。
前世では、荒れ狂う数字の波を自在に乗りこなすことから、こう称された――比類なき天才、と。
「自分で言うなよ」
「事実ですので」
俺と