Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode Final ~愛~

 過去へ戻った俺は計画通り、救済への道を歩き始めた。

 先ず手をつけたのは、前世で隼翼(しゅんすけ)たち組織の科学者とニールが共同で開発した、遺伝型の新型ワクチンの量産化。相場の師匠である、先生の協力を得ると同時に無謀な計画に巻き込み。莫大な資金源と強力な人脈を得た俺は、日本を先生と坂本(さかもと)さんに任せて、アメリカへ飛んだ。新型ワクチンのデータは頭に叩き込んでいたから比較的簡単に再現できた。量産をニールと教授たちに任せて、俺は日本へ帰国、本格的に計画を実行へ移した。

 ここからは、本当に速かった。

 日本屈指の資産家である、師匠の人脈をフルに活用して政財界、教育界など、あらゆる権力者たちを引き込み。元々実験に反対している、良心的な科学者たちの協力を取り付けることにも成功。こうなることを予め見越していた先生は、既にいくつかの倒産寸前の製薬会社の株を買い集め買収していた。そこらを中心に、世界中に点在している保護組織の科学者たちとも連携して、ワクチンの大量生産を開始。

 ある程度目処が立たった頃を見計らって、世界中で子どもたちが実験台にされている現状を、内部へ潜入調査していた科学者からもたらされた実験映像や静止画等を言い逃れが出来ないほどの莫大な数の資料を、世界へ向けて告発した。

 これらがネットやメディアを通じて拡散され、子どもを実験台にしていた科学者は糾弾。実験を容認・指示していた世界各国の政治家を始めとした官僚、教育、国家・地方公務員、民間企業から。延べ何千何万と言う単位の人間が拘束・断罪された。

 当然のことながら、いっぺんに中枢を失った世界では大小様々な混乱が起こった、反発する国家も。ただ、各国の首脳不在のまま臨時に開かれた世界会議では新政権発足後に新型ワクチンの無償投与が各国共通の条約として義務付けることが拒否権を行使しようと目論んでいた国家も含めて満場一致で可決された。抑止のため、違反した場合は経済・武力を含めた厳しい制裁が下されることも同時に決まった。元々根回しをしていたとはいえ、これほどまでに順調に進んだのはそもそもが、特殊能力の軍事転用導入を一番最初に考えた国家へ対抗するために国や軍事産業で研究が広まったため。特殊能力その物がなくなってしまえば頓挫することは必然だった。

 ともあれ、目的の第一段階はクリア。

 ただし、このワクチンは既に発症した特殊能力には効果がない。前世で身に付けた“消去(デリート)”を使う時がやってきた。

 特殊能力を消せる範囲は、自分を中心に円状で最大半径5km以内。円状に発動出来る利点を活かし、ヘリやセスナなどを使って、空からしらみ潰しに消して回った。決して取りこぼしが起こらないように、世界を何周、何十週もして。特殊能力を消し始めてから約三年後、全ての特殊能力は葬り去られた。

 俺が、俺たちが目指していた“救済計画”は、長い年月をかけて成し遂げられ、終焉を迎えた。

 そして今、腕の中には――。

 

奈緒(なお)さん?」

 

 飛び込んで来た彼女は顔を埋めたまま、やや不満げに言う。

 

「茶髪、似合わないっすよ? チャラすぎです」

「あはは、仕方ないですよ」

 

 命を狙われていた身としては、常に細心の注意を払う必要があったから素顔は絶対に晒さなかった。「じゃあ仕方ないっすね」と、奈緒(なお)は小さく笑って腕から離れる。

 ちょうど一人分の距離を取って、向かい合う。涙で潤んだ瞳、頬を伝う涙の跡に、とてつもない罪悪感を感じる。

 

「メガネで、よくわからないっす」

 

 両手を伸ばす、奈緒(なお)。ゆっくりダテメガネが外された。俺は、彼女に問いかける。

 

「どうですか?」

 

 彼女は、小さくうなづいた。

 

「......うん。(しょう)くん、おかえりなさい」

「......ただいま、奈緒(なお)さん」

 

 もう一度、強く抱き合った。

 懐かしい匂い、懐かしい温もり。ああ、本当に帰ってきたんだと改めて思った。

 どのくらいの時間だろうか。しばらくして、腕の中にいる奈緒(なお)が、少し苦しそうに声をあげた。

 

「う~ん、なんかちょっと痛いっす」

「たぶん、これですね」

 

 肩を抱いていた手を胸元へ持っていき、首から下げていたネックレスを取り出して見せる。シルバーのチェーンに通っている、ふたつの物にすぐ気がついた。

 

「あっ! これ......」

「前世で買ったのと同じ、ペアの指輪。受け取ってくれますか?」

 

 奈緒(なお)は、黙ったまま頷いてくれた。ネックレスを外して、小さい方の指輪を手に取る。

 

「あ、こっちの薬指でお願いしまーす」

 

 右手を差し出した奈緒(なお)は、左の人差し指で右手の薬指を差した。ご所望通りに右手の薬指に指輪を通す。サイズもぴったり。だけど、指輪をはめた右手ではなく左手を夕日にかざした。

 

左手(こっち)は、とっておきます!」

 

 そう笑顔で言った奈緒(なお)は「貸してください」と、もうひとつの指輪を手に取った。

 

「はい、右手出してください」

「どうぞ」

 

 右手を差し出す。今度は、奈緒(なお)が薬指に指輪をはめてくれた。お互いの右手と右手を重ねる。

 

「お揃いっすね」

「お揃いですね。そろそろ戻りましょうか?」

「はいっ!」

 

 病院へ続く道を、手を繋いで歩幅を合わせて並んで歩く。

 

「いつ、日本に帰ってきたんですか?」

「今朝ですよ。奈緒(なお)さんは、どうしてここに?」

 

 正直、帰国当日に再会できるなんて思ってもみなかった。

しかも、この思い出深い岬で――。

 

「兄が、この病院にいるんです」

「え? まさか、科学者に――」

「いえ。野外ライブのリハーサルで、調子に乗りすぎて軽い熱中症で運ばれたんです。明日には退院できるそうですので、ご安心を」

「そう、ですか......」

 

 間に合わなかったかと思った。そんな俺の気を知ってか知らずか、代弁するかのように「まったく。ホント、人騒がせで困ります」と大きなタメ息をついた。

 

「ですが。彼女を泣かせたのは減点です。普通なら破局案件っすよ?」

「はい、すみません」

 

 戻りかけの記憶を取り戻すきっかけになれば、とは言え。泣かせてしまったのは事実だから、ここは素直に謝っておこう。

 

「まったく。でも命を狙われていたのは、本当なんでしょ? 革命家のような活動をしていたわけですし」

「それは、まあ......」

 

 内部に内通者が潜んでいることは早い時期に判明・特定していたから、逆に利用させてもらった。目の前で死んだと思い込ませられたおかげで自由に動けた。

 

「許します。無事に帰ってきてくれたのでっ」

 

 繋いでいた手を解いて、腕に抱きついて来た。

 

「これくらいはいいっしょ? さあ、行きましょー」

 

 野外ライブの話しを聞きながら歩いていると、あっという間に病院へ到着。裏庭から表玄関へ回る。入り口前のベンチに見知った顔の男子が座っていた。

 

「よう、ご無沙汰だな......で、いいんだよな?」

 

 ベンチを立って、俺たちの前へ来た隼翼(しゅんすけ)

 

「ええ、ご無沙汰してます。どうして、ここに?」

「理事長から連絡をもらったんだよ。お前が、帰ってきたってな」

「そうでしたか。先生が......」

「ん~?」

 

 奈緒(なお)は、隼翼(しゅんすけ)の顔を見ながら不思議そうな表情をしている。

 

「どうしたんだい? 奈緒(なお)ちゃん」

隼翼(しゅんすけ)さん、ですよね?」

「ああ。有宇(ゆう)歩未(あゆみ)の兄の乙坂(おとさか)隼翼(しゅんすけ)だよ」

「ですよね......あの、目は?」

「見えてるよ。こいつのおかげでな」

 

 爽やかな笑って見せた隼翼(しゅんすけ)は、俺を指差した。

 

「“消去(デリート)”は、特殊能力に関する全てを“消滅"させる特殊能力なんです。だから、特殊能力が原因の代償も消え去ったんです」

「急に見えるようになったから驚いたぞ。医者もビックリしてた『学会で発表するレベル』だってな。けど、俺にとっては驚き以上に安心材料だった。ことが上手く進んでる証拠だからね」

「なるほど。うーん......でも、それならどうして、あたしは前世の記憶を思い出せたんですか? 隼翼(しゅんすけ)さんも、記憶を持っているみたいですし。消えるんすよね?」

「ああ~、それは......いや、ここで理を通すのは不粋ですね、止めておきましょう」

「ええ~、なんっすかー? 教えてくださいよー」

 

 興味津々で上目使いで見つめてくる。

 

「そうですねー。簡単にいうと“愛”です」

 

 一瞬で真顔になった奈緒(なお)は目を細めて、指輪を外そうとする仕草を見せた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「真面目に答えないと破局っすよ?」

「いや。結構真面目に答えたんですけど......」

「別れましょう」

「あっはっは、尻に敷かれてるな!」

 

 俺たちのやり取りに隼翼(しゅんすけ)は、白い歯を見せて笑った。

 

「笑いごとじゃないんですけど」

「真面目に答えないあなたが悪いんです」

 

 と言うことらしいので、簡単にかいつまんで話す。

 有宇(ゆう)の“時空移動(タイムリープ)"の時、無意識に“共鳴"も発動していた。それはきっと「忘れて欲しくない」と想いが働いたため、奈緒(なお)も“継承”の影響を受けた。けれど、無意識下の不完全さゆえに完全には継承されなかった。それを、サラ・シェーンの歌をきっかけに眠っていた記憶を呼び起こした。

 

「ってことは、つまり......」

「愛です」

「って、本当に愛だったのかよ!?」

「だから、言ったじゃないですか」

 

 “消去(デリート)”には、能力者自身の能力は消せない制約が存在する。つまり、“共鳴”で“継承”の能力を受けた奈緒(なお)。“共鳴”で能力を引き出されて過去へ飛んだ隼翼(しゅんすけ)も本来の“時空移動(タイムリープ)”は消滅してしまったが、記憶保持については“消去(デリート)”の影響を受けなかった。関係性が近いほど、“記憶保持”にも強い影響を及ぼす。

 

奈緒(なお)さん? 大丈夫ですか?」

「は、はい!? な、なんっすか?」

「ぼーっとしていたみたいでしたので」

「なんでもないっす!」

 

 夕日のせいでそう見えただけなのか、ほんのり頬を赤く染まって見える。まあ、反応を見る限りはストレートに言ったから恥ずかしかったんだと思う。仕切り直すように隼翼(しゅんすけ)は、真面目な顔をして訊いてきた。

 

「ところでだ。これからどうするつもりなんだ?」

「そうですね、どうしましょうかね......」

 

 身を隠してる間に大学は卒業したし、特にしたいことも思いつかない。

 

「まだ何も決まっていないのなら、星ノ海学園へ通うってのどうだ? お前の席は、用意してあるぞ」

「復学......じゃないか。転入するのも悪くないですね」

 

 さっきまで赤かった奈緒(なお)の表情が、少し曇っていた。

 

「どうしたんですか?」

「いえ、別に......」

「そうか、奈緒ちゃんは......」

 

 今になって気が付いた。奈緒(なお)は、星ノ海学園とは違う制服を着ている。髪型も、ZHIEND(ジエンド)のライブの時と同じ青いリボンでまとめたポニーテール。

 

「あたし、附属の学校です......」

「そうだったな」

「転校しま――」

「それはダメです」

 

 ――転校する、と言い出そうとしたところを食い気味に止める。

 

「なんでっすかっ? 嫌がらせっすかっ!?」

「違いますよ、むしろ逆です」

「だな。奈緒(なお)ちゃんの学校は星ノ海学園よりもレベルが高い、転校はもったないよ」

「でも......」

 

 さらに表情が曇る彼女に提案する。

 

「じゃあ、こうしましょう」

「......なんですか?」

 

 耳元に口を近づけて奈緒(なお)にだけ聞こえるように、小声で話す。

 

「マジっすか?」

「はい」

「それなら、別々の学校でもいいでーす」

 

 そう言って俺の腕から離れると、一足先に病院の入り口へ駆けていった。

 

「お前、何を言ったんだ?」

「さあ」

「まぁ、いいか。これで俺も、ようやく約束を果たせる」

「約束?」

「おいおい、忘れたのか?」

 

 隼翼(しゅんすけ)は思い切り両手を広げて、大きな声で言った。

 

「愛する有宇(ゆう)歩未(あゆみ)を抱きしめるんだよ。心からなっ!」

「ああ、してましたね。そんな約束」

 

「何してるんですか! おいて行きますよーっ?」と、病院の入り口から催促する奈緒(なお)

 

「じゃあ、行きましょうか」

「俺も、一緒に行っていいのか?」

「もちろんですよ」

 

 近況を聞きながら、前を行く彼女を追って歩き出す。

 

「転入は、二学期からにします。今からだと中途半端ですし」

「オーケー。その間は、どうするんだ?」

「しばらくは、投資稼業に専念します。先ずは、生活基盤を構築しないと。これからのために」

 

 奈緒(なお)へ顔を向けながら、疑問に答える。

 

「そっか。そう言えばお前は、天才投資家だったな」

「ええ、天才です」

 

 伝説の相場師唯一の弟子。

 前世では、荒れ狂う数字の波を自在に乗りこなすことから、こう称された――比類なき天才、と。

 

「自分で言うなよ」

「事実ですので」

 

 俺と隼翼(しゅんすけ)は、お互いに前を見たまま笑い合った。こんなに笑ったのは、いつ以来だろう。こんなくだらないことで笑える。それは本当に気が遠くなるほど遠い昔のことで、とてつもなく久しぶりだった――。

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