Epilogue ~未来~
レースカーテンの隙間から差し込む眩い朝日で、自然と目が覚める。穏やかな朝。身体を起こそうとしたところ僅かに抵抗があった。温かくて、とても柔らかな感触を腕に感じる。
顔を横に向けると、腕に抱きつきながら
「......すぅ......すぅ.......ん、くぅ......」
「ああ、そっか......」
日本に帰国し、
「
「んっ......」
なぜ今、こんなことになっているかと言うと帰国した日から始まった。
* * *
軽い熱中症で搬送された
「そういえばお前、どこに住むんだ?」
「ああ、そうですね。しばらくはビジネスホテルになるかと」
“
「それなら、今は学生寮になってる併設のマンションに住むといい。星ノ海学園の生徒になる訳だから手続き上の問題はない」
「それでもいいんですけど......」
「とりあえず近いうちに、不動産屋を訪ねてみます」
「じゃあ、あたしも一緒に行きます。明日行きましょう。ちょうど休日ですし」
そんな訳で新居を探すため、一緒に不動産屋へ行くことになった。
「こことか、どうっすか?」
不動産のカタログを見せてもらう。
「吉祥寺ですか」
「はい」
星ノ海学園と
「ここ......」
「ん?」
覗いてきた
「でも、遠いっすよ?」
「六本木からと大差ないですから」
「いいんですか?」
「はい。ここにします」
決めた物件は、古き良き路地裏が残る石畳の街。
都心とは思えない落ち着いた街並み、何処かノスタルジックな雰囲気が漂う街、神楽坂。他にもいくつか候補はあったけど、彼女が通っている学校と実家からも近いこの街を選んだ。
後日最寄り駅で
実際に対面して話した印象と、未来で聞いた印象とはだいぶ違ったものだった。初対面にも関わらず優しく接してくれて、ふたりのことを本当に大切に思っていると感じた。
挨拶を済ませた帰り際、母親に呼び止められた。最近
おいとまして、自宅近くのカフェでそれとなく聞いてみたところ。
「えっと、実はですね......」
自分に何ができるのか、何をすればいいのか、何をしてあげられるのか、ベッドで横になって天井を見つめながら考えていた。そんな時ふと、前世での
――よし、やるべきことは決まった。投資稼業はしばらく休業。
翌日俺はひとりで、
この人は決して金に目が眩んでふたりを売ったんじゃない――脅されたんだ、と。
翌日からは、自分の話をすること。と言うのも今日も平日、普通なら学校へ行っている時間帯。娘の彼氏が学校をサボっているとなれば、母親として心配......というよりも不信感を覚えるのは当然のこと。
その不信感を払拭してもらうため、生い立ち話した。両親は他界していること、アメリカの大学を卒業していて先日日本へ帰国したこと。二学期からは俺の後見人で投資の師匠でもある先生が理事長務める、星ノ海学園へ転入する予定であることを伝え。今は投資家として、安定した収入を得ていること話すも、にわかには信じられないといった感じだったが、卒業証書やアルバムなどの物的証拠を見せることで信用してもらえた。
そして、ようやく本題に入ることができた。母親の話しを聞いた後、ペンとメモを借りて書き記した連絡先を手渡し、あるお願いをしておいとました。
そして、引っ越し後初めての週末。昼前に
「おじゃましまーす」
「いらっしゃいませ」
淡いピンクを基調とした、涼しげなサマーセーターにポニーテール......ではなく、今日は見慣れたツーサイドアップにしている。
「わっ、なんすか?」
「懐かしかったのでつい。
「まぁ、いいっすけどー」
久しぶりに見る懐かしいシルエットについ頭を撫でてしまっていた手を離して、予め頼まれて用意しておいた食材で昼食作り。
「なんだか、久しぶりっすね」
「そうですね」
持参したエプロンを付けた
「はい、できましたー!」
「おお~」
テーブルの上に、色とりどりの料理が並ぶ。
懐かしい。初めてご馳走してもらった時と同じく、野菜をふんだんに使った料理と肉じゃが。コップなどの食器を用意し終えたと同時に、呼び鈴が鳴った。
「ん? 誰か来たみたいですね」
「そうみたいですね。ちょっと出てきます」
断りを入れて玄関へ向かい、客人を迎え入れる。
「お邪魔します」
「お、お母さんっ!?」
思わぬ来客に目を丸くした
「なに爽やかに笑ってんっすかっ。これは、どういうことっすかっ?」
「招待しました」
「なっ......なんで黙ってたんですかっ!?」
「そっちの方がおもしろいかなー、と思いまして」
睨まれてる気がするけど、スルーしておこう。何はともあれ席に着いてもらい、三人で昼食を食べることに。
「美味しい。これ、
「う、うん」
これは......想像以上だ。思っていた以上によそよそしい。
「この肉じゃがも食べてみてください。スゴい美味しいんですよ」
「ええ、美味しいわね」
「ですよねー」
「本当に美味しい。いつの間にこんな作れるようになったのかしら?」
結局俺が、
「どうして......」
「こんなことを、ですよね」
一緒に食器を洗っている
「早い方がいい思ったんです」
「それは、分かってますけど」
タオルで濡れた手を拭いて、そっと抱きよせる。
「大丈夫、そばにいるから」
「......はい」
肩に身体を預けてくれた。残りの洗い物を済ませ、お茶を用意してから母親が待つリビングへと向かう。
「どうぞ」
「ありがとう」
ソファーに座り、しばらく沈黙が続いた。待っている母親に、
夢の中という形で、前世で起きた悪夢の出来事を。夢の中とは言え、母親に裏切られたことが本当にそうなるんじゃないかと不安に想っていたことを話した。
彼女が話し終えると、真剣に聞いていた母親がとった行動は、予想外の行動だった。頭を下げて、
「お、お母さんっ?」
「ごめんなさい」
驚きのあまり
「お母さん......」
「不安にさせちゃって、ごめんなさい」
「でも、だって夢の話だよ?」
「それでもよ。
「......お母さん」
ぽんっと、優しく彼女の肩に手を乗せてから席を立つ。
「冷めちゃいましたね、入れ直してきますね」
リビングの扉を閉めて、玄関を出る。どこまでも青空が広がっていて、降り注ぐ夏の日差しが眩しくて、暑かった。
今日もいい天気だ。そのまま散歩に出て近くカフェに入りアイスコーヒーを飲みながら
四年前の秋頃、とある学校法人が
そう、ぎりぎりで間に合ったと。
しばらくして携帯が鳴った。発信者は、
「
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃあ
「うん、またね、お母さん」
――......またね? その返しに何となく違和感を感じた。そしてそれは、当たっていた。
「荷物は、まとめておくから」
「うん、ありがと。あとで取りに帰るから」
「荷物?」
「はい。今日から、あたしもここで住みます」
「......はい?」
「あの言葉を忘れたんですか?」
あの言葉、と言うと転校を諦めさせるためにした提案のことだろうか。「合鍵を預けます、いつ来てくれていいですよ。許可出たら泊まってもいいですよ」と、許可は絶対に出ないと計算していった言葉だったんだけど。
「思い出しましたか?」
「いや、あれはあくまでも許可が下りたらの話しで......」
「許可はもらいました。まあ、条件付きですけど」
母親を見ると、ニコニコと微笑んでいた。
そんな母親から出された条件は、ふたつ。
ひとつは、
「学校に知れたら、退学になりますよ?」
「その時は、星ノ海学園に転入します」
「本気ですか?」
「もちっす。責任取ってくれますよね?」
「それは、もちろん取りますけど......本当にいいんですか?」
彼女の母親に、改めて伺う。
「はい、お願いします」
「......わかりました」
ひと休みしてから実家に荷物を取りに行き、一度荷物を置きに自宅に戻り。今度は、生活必需品と家具を選びに買い物に出る。注文した商品は取り寄せの物もあったため後日まとめて配達してもらうことにした。
夕食を食べ終えて、22時を過ぎた頃。
「やっぱり、ソファーで寝ますよ」
「いえ、大丈夫っす」
間接照明が灯った薄暗い寝室のベッドの上で、会話をしている。ベッドのサイズは、セミダブル。シングルより広いとはいっても、二人で横になるとやっぱり窮屈に感じる。それを考慮して、リビングのソファーで寝るという提案は脚下されてしまった。
「そんなに嫌なんすか?」
「ん?」
「あたしと暮らすの......」
「それは、すごくうれしい」
じとーっと疑いの眼差しを向けられる。
「その割には渋っていたように思えたんですがー?」
「あの状況で手放しで喜んだらどう思いますか?」
「最低っす」
即答。身体を起こして、ベッドを椅子代わりに並んで座り直す。
「ならよかった。やっぱり、俺の判断は間違ってなかった」
「はぁ......まったく」
起き上がって、肩に身体を預けて来る。ふわっといい香りがした。
「なんだか、懐かしいですね」
少しの間、未来で一緒に過ごした生活を思い出した。
それは、彼女も同じで。
「はい。あの日から五年戻って、五年待ったので十年ぶりです」
その試算だと、俺はどれだけの時を......いや、これは無粋だな、悪い癖だな。今こうしてまた一緒に居られる、それだけで十分過ぎる。
「十年か......長いですね」
「ほんとっすよ」
彼女の手に、自分の手を重ねる。
握ってくれた手を、握り返す。
「
「――はい」
長い時を超えて、一時も忘れることのなかった心からの想いを言葉にして伝える。
「あなたのことが、好きです」
「あたしもです」
どちらからともなく、距離が縮まって行く......。
そして、次の瞬間――まるで失った時間を取り戻すように、月明かりが照らす部屋の中で、初めてのキスをした。
* * *
そして、現在に至る。
まだ眠っている、
「起きてください」
「んぅ......」
とても重そうに、ゆっくりとまぶたを開いた。
「う~ん......ん?」
腕に抱きついていることに気がついたみたいだ。以前にも、こんなことがあった気がする。あの時はすぐに飛び引いたけど、今度は抱きついたままだった。
「暑くないですか?」
「......お構いなく」
「さいですか。でも本当に起きないと、遅刻しちゃいますよ?」
抱きつかれていない方の人差し指で、部屋の掛け時計を差す。時刻は、七時半を回ったあたり。そして今日は、月曜日。目を大きく開いた
「なっ、なんで起こしてくれなかったんすかっ!?」
「何度も起こしましたよ」
「むぅ~っ、シャワー浴びてきますっ!」
まだ整理し終えていない荷物の中から着替えを引っ張り出してバスルームへ走って行った彼女を見送ってから、俺は朝食の支度を始めた。ちょうど出来上がった時バスルームから、
「どうしました?」
「......今日から、夏休みでした」
「ああ~、そうだったんですね。髪の毛、濡れてますよ?」
「......知ってますよ」
「ふぅ、こっちに来てください」
テーブルの椅子を引いて、ぽんぽんっと軽く叩いて呼ぶ。洗面所から持ってきたドライヤーを、
「髪、キレイですよね。細くて、ふわふわしてて」
「そうっすか? でも、くせっ毛っすよ?」
「そこも可愛いんですよ」
恥ずかしいのか黙ってうつむいてしまった。
髪が乾くと、いつものナチュラルにウェーブがかかった艶やかな髪になった。
「はい、乾きましたよ」
「ありがとうございまーす」
手ぐしで軽く整えると、手首に付けていたヘアゴムで髪の毛を結っていく。あっという間に、見慣れたツーサイドアップになった。
「よし、じゃあ朝ごはん食べましょ......わっ!」
立ち上がった
「なんっすか?」
「おはよう。
朝の挨拶をするのを忘れていた。
腕の中で振り向いた
それはまるで、これからの未来を思わせてくれるようで、とても明るい。
「おはよう。
今までで一番の、とびっきりの笑顔だった。