Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Epilogue
Epilogue ~未来~


 レースカーテンの隙間から差し込む眩い朝日で、自然と目が覚める。穏やかな朝。身体を起こそうとしたところ僅かに抵抗があった。温かくて、とても柔らかな感触を腕に感じる。

 顔を横に向けると、腕に抱きつきながら奈緒(なお)が小さく寝息をたてて眠っていた。

 

「......すぅ......すぅ.......ん、くぅ......」

「ああ、そっか......」

 

 日本に帰国し、奈緒(なお)と再会を果たしてから約二週間。今俺と奈緒(なお)は、一緒に暮らしている。

 

奈緒(なお)さん、起きてください。朝ですよ」

「んっ......」

 

 なぜ今、こんなことになっているかと言うと帰国した日から始まった。

 

           *  *  *

 

 軽い熱中症で搬送された一希(かずき)さんのお見舞いを終えて、病院の廊下を三人で歩いていると突然、隼翼(しゅんすけ)が思い出したように訊いてきた。

 

「そういえばお前、どこに住むんだ?」

「ああ、そうですね。しばらくはビジネスホテルになるかと」

 

 “時空移動(タイムリープ)”の後、すぐにアメリカに飛んだから今、日本に特定の住居は存在しない。とは言っても、今さら元の施設へ戻る気はない。新居が決まるまでの間は必然的に、空いているビジネスホテルを転々とすることになる。

 

「それなら、今は学生寮になってる併設のマンションに住むといい。星ノ海学園の生徒になる訳だから手続き上の問題はない」

「それでもいいんですけど......」

 

 奈緒(なお)を見ると、何かを訴えるような表情(かお)をしていた。まあ、普通に遠い。

 

「とりあえず近いうちに、不動産屋を訪ねてみます」

「じゃあ、あたしも一緒に行きます。明日行きましょう。ちょうど休日ですし」

 

 そんな訳で新居を探すため、一緒に不動産屋へ行くことになった。

 

「こことか、どうっすか?」

 

 不動産のカタログを見せてもらう。

 

「吉祥寺ですか」

「はい」

 

 星ノ海学園と奈緒(なお)の学校のほぼ中間地点、お互いに往き来しやすい場所だ。候補のひとつにして、カタログをめくり他の物件も見る。すると、とある物件が目に留まった。

 

「ここ......」

「ん?」

 

 覗いてきた奈緒(なお)は、開いたページに掲載されている物件の住所を確認。

 

「でも、遠いっすよ?」

「六本木からと大差ないですから」

「いいんですか?」

「はい。ここにします」

 

 決めた物件は、古き良き路地裏が残る石畳の街。

 都心とは思えない落ち着いた街並み、何処かノスタルジックな雰囲気が漂う街、神楽坂。他にもいくつか候補はあったけど、彼女が通っている学校と実家からも近いこの街を選んだ。

 後日最寄り駅で奈緒(なお)と待ち合わせをして、挨拶へ行く。彼女の、母親の元へ。

 実際に対面して話した印象と、未来で聞いた印象とはだいぶ違ったものだった。初対面にも関わらず優しく接してくれて、ふたりのことを本当に大切に思っていると感じた。

 挨拶を済ませた帰り際、母親に呼び止められた。最近奈緒(なお)が、少しよそよそしくなったらしい。それは正直俺も、感じていた。ただ、よそよそしいと言うよりも、どう接したらいいのか戸惑っている......そんな感じだった。

 おいとまして、自宅近くのカフェでそれとなく聞いてみたところ。

 

「えっと、実はですね......」

 

 奈緒(なお)の迷いは、ある意味必然とも言える事情だった。前世の記憶を取り戻したことによる弊害。母親に、科学者たちへ売られた記憶も思い出してしまい。今は違うと頭では判っていても、心のほうがどうしても割り切れないみたいだ。

 奈緒(なお)の葛藤にどんな言葉をかけてあげればいいのか、俺は答えを出せなかった。父親は物心ついて間もなく他界、母親もその後を追うように亡くなってしまった。それからは基本的にひとりの生活を送ってきた俺には、正直なところ家族という存在がよく判らないからだ。

 自分に何ができるのか、何をすればいいのか、何をしてあげられるのか、ベッドで横になって天井を見つめながら考えていた。そんな時ふと、前世での黒羽(くろばね)姉妹と両親との出来事を思い出した。有宇(ゆう)は旅立つ前に、黒羽(くろばね)姉妹に会えるうちに家族に会いに行けと諭し、突然の事故死でこの世を去ってしまった美砂(みさ)が、両親と最期の別れをする時間を与えた。あの時の彼女の素直な気持ちを、心からの言葉を、今でも良く覚えてる。

 ――よし、やるべきことは決まった。投資稼業はしばらく休業。

 翌日俺はひとりで、奈緒(なお)の実家を訪ねた。忙しいところ時間を作ってもらって話しをした。もちろん、前世で起きた重要な部分は隠して。翌日も、彼女の母親を訪ねる。いろいろなことを教えてくれた。俺の知らない奈緒(なお)のこと、一希(かずき)さんのこと。とても優しく穏やかに微笑みながら話す姿に、確信を持てた。

 この人は決して金に目が眩んでふたりを売ったんじゃない――脅されたんだ、と。

 翌日からは、自分の話をすること。と言うのも今日も平日、普通なら学校へ行っている時間帯。娘の彼氏が学校をサボっているとなれば、母親として心配......というよりも不信感を覚えるのは当然のこと。

 その不信感を払拭してもらうため、生い立ち話した。両親は他界していること、アメリカの大学を卒業していて先日日本へ帰国したこと。二学期からは俺の後見人で投資の師匠でもある先生が理事長務める、星ノ海学園へ転入する予定であることを伝え。今は投資家として、安定した収入を得ていること話すも、にわかには信じられないといった感じだったが、卒業証書やアルバムなどの物的証拠を見せることで信用してもらえた。

 そして、ようやく本題に入ることができた。母親の話しを聞いた後、ペンとメモを借りて書き記した連絡先を手渡し、あるお願いをしておいとました。

 そして、引っ越し後初めての週末。昼前に奈緒(なお)が、初めての新居を訪ねてきた。

 

「おじゃましまーす」

「いらっしゃいませ」

 

 淡いピンクを基調とした、涼しげなサマーセーターにポニーテール......ではなく、今日は見慣れたツーサイドアップにしている。

 

「わっ、なんすか?」

「懐かしかったのでつい。奈緒(なお)さんって感じです」

「まぁ、いいっすけどー」

 

 久しぶりに見る懐かしいシルエットについ頭を撫でてしまっていた手を離して、予め頼まれて用意しておいた食材で昼食作り。

 

「なんだか、久しぶりっすね」

「そうですね」

 

 持参したエプロンを付けた奈緒(なお)は、機嫌良さそうに鼻唄を歌いながら手際よく調理していく。曲はもちろん、ZHIEND(ジエンド)

 

「はい、できましたー!」

「おお~」

 

 テーブルの上に、色とりどりの料理が並ぶ。

 懐かしい。初めてご馳走してもらった時と同じく、野菜をふんだんに使った料理と肉じゃが。コップなどの食器を用意し終えたと同時に、呼び鈴が鳴った。

 

「ん? 誰か来たみたいですね」

「そうみたいですね。ちょっと出てきます」

 

 断りを入れて玄関へ向かい、客人を迎え入れる。

 

「お邪魔します」

「お、お母さんっ!?」

 

 思わぬ来客に目を丸くした奈緒(なお)は、勢いよく俺に顔を向けた。とりあえず笑顔を返すと、すかさず寄ってきて小声での抗議。

 

「なに爽やかに笑ってんっすかっ。これは、どういうことっすかっ?」

「招待しました」

「なっ......なんで黙ってたんですかっ!?」

「そっちの方がおもしろいかなー、と思いまして」

 

 睨まれてる気がするけど、スルーしておこう。何はともあれ席に着いてもらい、三人で昼食を食べることに。奈緒(なお)は俺の隣に、母親は彼女の向かいの席に座っている。

 

「美味しい。これ、奈緒(なお)が作ったの?」

「う、うん」

 

 これは......想像以上だ。思っていた以上によそよそしい。

 

「この肉じゃがも食べてみてください。スゴい美味しいんですよ」

「ええ、美味しいわね」

「ですよねー」

「本当に美味しい。いつの間にこんな作れるようになったのかしら?」

 

 結局俺が、奈緒(なお)の母親と話すだけで、親子の会話はぎくしゃくしたまま食べ終わってしまった。食卓の片付けて、シンクで洗い物。

 

「どうして......」

「こんなことを、ですよね」

 

 一緒に食器を洗っている奈緒(なお)は、無言で小さく縦に首を振った。

 

「早い方がいい思ったんです」

「それは、分かってますけど」

 

 タオルで濡れた手を拭いて、そっと抱きよせる。

 

「大丈夫、そばにいるから」

「......はい」

 

 肩に身体を預けてくれた。残りの洗い物を済ませ、お茶を用意してから母親が待つリビングへと向かう。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 ソファーに座り、しばらく沈黙が続いた。待っている母親に、奈緒(なお)は意を決して話しだした。

 夢の中という形で、前世で起きた悪夢の出来事を。夢の中とは言え、母親に裏切られたことが本当にそうなるんじゃないかと不安に想っていたことを話した。

 彼女が話し終えると、真剣に聞いていた母親がとった行動は、予想外の行動だった。頭を下げて、奈緒(なお)へ謝罪。

 

「お、お母さんっ?」

「ごめんなさい」

 

 驚きのあまり奈緒(なお)は、俺に顔を向けた。首を横に振り、わからないことを伝える。これは本当に予想外だった。奈緒(なお)は戸惑いながらも、母親に向き直す。

 

「お母さん......」

「不安にさせちゃって、ごめんなさい」

「でも、だって夢の話だよ?」

「それでもよ。奈緒(なお)が不安に思ったのは確かだから......。それをわかってあげられなかった、ごめんなさい」

「......お母さん」

 

 奈緒(なお)の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 ぽんっと、優しく彼女の肩に手を乗せてから席を立つ。

 

「冷めちゃいましたね、入れ直してきますね」

 

 リビングの扉を閉めて、玄関を出る。どこまでも青空が広がっていて、降り注ぐ夏の日差しが眩しくて、暑かった。

 今日もいい天気だ。そのまま散歩に出て近くカフェに入りアイスコーヒーを飲みながら奈緒(なお)の母親に聞かされたことを思い返す。

 四年前の秋頃、とある学校法人が一希(かずき)さんと奈緒(なお)を特待生として迎え入れたいと申し出た。二人の進路は既に決まっていたこともあって、その申し出は断ったそうだ。そして学校関係者は、二度と姿を見せることは無かった。理由は、ひと月後に判明した。その学校法人から複数の逮捕者が出た。学校の生徒たちに対し検査と称して人体実験を行っていたことが判明。解体後に発足した新政府の下、携わっていた政治家や科学者は裁かれ、学校そのものが廃校になった。

 そう、ぎりぎりで間に合ったと。

 しばらくして携帯が鳴った。発信者は、友利(ともり)奈緒(なお)。「ありがとうございました、もう大丈夫です」と明るい声。溶けた氷で味気なくなってしまったアイスコーヒーを飲み干し、店を出て自宅に戻る。リビングに入ると、奈緒(なお)と母親は隣に並んで待っていた。

 

宮瀬(みやせ)さん。奈緒(なお)のこと、よろしくお願いします」

「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」

「じゃあ奈緒(なお)、お母さん帰るわね」

「うん、またね、お母さん」

 

 ――......またね? その返しに何となく違和感を感じた。そしてそれは、当たっていた。

 

「荷物は、まとめておくから」

「うん、ありがと。あとで取りに帰るから」

「荷物?」

「はい。今日から、あたしもここで住みます」

「......はい?」

「あの言葉を忘れたんですか?」

 

 あの言葉、と言うと転校を諦めさせるためにした提案のことだろうか。「合鍵を預けます、いつ来てくれていいですよ。許可出たら泊まってもいいですよ」と、許可は絶対に出ないと計算していった言葉だったんだけど。

 

「思い出しましたか?」

「いや、あれはあくまでも許可が下りたらの話しで......」

「許可はもらいました。まあ、条件付きですけど」

 

 母親を見ると、ニコニコと微笑んでいた。

 そんな母親から出された条件は、ふたつ。

 ひとつは、奈緒(なお)本人に出された条件。一日一度以上電話をすること。もうひとつは、俺と奈緒(なお)の二人に出された条件。週末には必ず二人で顔を見せに行くこと。

 

「学校に知れたら、退学になりますよ?」

「その時は、星ノ海学園に転入します」

「本気ですか?」

「もちっす。責任取ってくれますよね?」

「それは、もちろん取りますけど......本当にいいんですか?」

 

 彼女の母親に、改めて伺う。

 

「はい、お願いします」

「......わかりました」

 

 ひと休みしてから実家に荷物を取りに行き、一度荷物を置きに自宅に戻り。今度は、生活必需品と家具を選びに買い物に出る。注文した商品は取り寄せの物もあったため後日まとめて配達してもらうことにした。

 夕食を食べ終えて、22時を過ぎた頃。

 

「やっぱり、ソファーで寝ますよ」

「いえ、大丈夫っす」

 

 間接照明が灯った薄暗い寝室のベッドの上で、会話をしている。ベッドのサイズは、セミダブル。シングルより広いとはいっても、二人で横になるとやっぱり窮屈に感じる。それを考慮して、リビングのソファーで寝るという提案は脚下されてしまった。

 

「そんなに嫌なんすか?」

「ん?」

「あたしと暮らすの......」

「それは、すごくうれしい」

 

 じとーっと疑いの眼差しを向けられる。

 

「その割には渋っていたように思えたんですがー?」

「あの状況で手放しで喜んだらどう思いますか?」

「最低っす」

 

 即答。身体を起こして、ベッドを椅子代わりに並んで座り直す。

 

「ならよかった。やっぱり、俺の判断は間違ってなかった」

「はぁ......まったく」

 

 起き上がって、肩に身体を預けて来る。ふわっといい香りがした。

 

「なんだか、懐かしいですね」

 

 少しの間、未来で一緒に過ごした生活を思い出した。

 それは、彼女も同じで。

 

「はい。あの日から五年戻って、五年待ったので十年ぶりです」

 

 その試算だと、俺はどれだけの時を......いや、これは無粋だな、悪い癖だな。今こうしてまた一緒に居られる、それだけで十分過ぎる。

 

「十年か......長いですね」

「ほんとっすよ」

 

 彼女の手に、自分の手を重ねる。

 握ってくれた手を、握り返す。

 

奈緒(なお)さん――」

「――はい」

 

 長い時を超えて、一時も忘れることのなかった心からの想いを言葉にして伝える。

 

「あなたのことが、好きです」

「あたしもです」

 

 どちらからともなく、距離が縮まって行く......。

 そして、次の瞬間――まるで失った時間を取り戻すように、月明かりが照らす部屋の中で、初めてのキスをした。

 

           *  *  *

 

 そして、現在に至る。

 まだ眠っている、奈緒(なお)の髪を撫でる。とてもなめらかで、サラサラした髪の感触が心地いい。くすぐったかったのか軽く身じろぎした。このまま眠らせておいてあげたいところけど、それは時間が許してくれない。

 

「起きてください」

「んぅ......」

 

 とても重そうに、ゆっくりとまぶたを開いた。

 

「う~ん......ん?」

 

 腕に抱きついていることに気がついたみたいだ。以前にも、こんなことがあった気がする。あの時はすぐに飛び引いたけど、今度は抱きついたままだった。

 

「暑くないですか?」

「......お構いなく」

「さいですか。でも本当に起きないと、遅刻しちゃいますよ?」

 

 抱きつかれていない方の人差し指で、部屋の掛け時計を差す。時刻は、七時半を回ったあたり。そして今日は、月曜日。目を大きく開いた奈緒(なお)は、慌てて飛び起きた。

 

「なっ、なんで起こしてくれなかったんすかっ!?」

「何度も起こしましたよ」

「むぅ~っ、シャワー浴びてきますっ!」

 

 まだ整理し終えていない荷物の中から着替えを引っ張り出してバスルームへ走って行った彼女を見送ってから、俺は朝食の支度を始めた。ちょうど出来上がった時バスルームから、奈緒(なお)が姿を現した。目を細めて、何か訴えたそうな表情(かお)をしている。

 

「どうしました?」

「......今日から、夏休みでした」

「ああ~、そうだったんですね。髪の毛、濡れてますよ?」

「......知ってますよ」

「ふぅ、こっちに来てください」

 

 テーブルの椅子を引いて、ぽんぽんっと軽く叩いて呼ぶ。洗面所から持ってきたドライヤーを、奈緒(なお)の濡れた髪に当てる。

 

「髪、キレイですよね。細くて、ふわふわしてて」

「そうっすか? でも、くせっ毛っすよ?」

「そこも可愛いんですよ」

 

 恥ずかしいのか黙ってうつむいてしまった。

 髪が乾くと、いつものナチュラルにウェーブがかかった艶やかな髪になった。

 

「はい、乾きましたよ」

「ありがとうございまーす」

 

 手ぐしで軽く整えると、手首に付けていたヘアゴムで髪の毛を結っていく。あっという間に、見慣れたツーサイドアップになった。

 

「よし、じゃあ朝ごはん食べましょ......わっ!」

 

 立ち上がった奈緒(なお)を、後ろから優しく抱きしめる。

 

「なんっすか?」

「おはよう。奈緒(なお)さん」

 

 朝の挨拶をするのを忘れていた。

 腕の中で振り向いた奈緒(なお)は、答えてくれた。

 それはまるで、これからの未来を思わせてくれるようで、とても明るい。

 

「おはよう。(しょう)くんっ」

 

 今までで一番の、とびっきりの笑顔だった。




本編完結となります。
回収していない伏線につきましては「https://syosetu.org/novel/78113」アフターストーリーの方で補完しております。

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