暖かな春の日差しが差し込む一面ガラス張りの窓辺の席に座って、窓の外に広がる景色を眺める。時折春の風の吹かれて、薄紅色の桜の花びらが空に舞う。
「
「そうか。じゃあ行くか」
生徒会室を出て、呼びに来た
「なあ。お前はどうして、星ノ海学園へ来たんだ」
「今さらだな」
本当に今さらだ。
あの日、全ての能力者が消えた日、近いうちに星ノ海学園へ転校することを、
「
そうだ。目が見えなかったから探せなかったけど、今なら探せる。まずは帰って、
「彼女のことだが。今は、そっとしておいてあげて欲しい」
「それは......探すな、と言うことですか?」
「うむ。実のところ所在は判っている。だがこれは、彼の願いでもあるんだ」
「
中庭へ顔を向けた理事長の横顔は、どこか愁いを帯びていた。
「本来過ごせていたであろう日々を生きて欲しい、と願っていた。あまり口にしたくはないが、彼は危険な道を歩いている。それこそ、死と隣り合わせの茨の道だ」
もしものことも――と言うこと。そうだよな。もし最悪の事態になれば、心に深い傷を残すことになる。知らない方が幸せなこともあるのかも知れない。俺が、
理事長の言葉に共感した俺は、
それなのに、
「あの時のお前の目は、俺たちを導いてくれた時と同じ。決意に満ちた目をしていた。だから今度は、手助けをしたいと思った。きっと、
――ったく、ほんと最高だな、コイツらは......。
想えば本当に険しい道だった。特殊能力による力業が使えないことが、あんなにも厳しいことだったなんて、失って初めて知った。本当に特別なチカラだったんだと。それでも
「痛いぞ。突然叩くな......」
「あっはっは、急ぐぞ、プー!」
「まったく、ゲンキンなヤツだな」
そう。なんてたって今日は、星ノ海学園の入学式。
転校してからの悪戦苦闘の日々を振り返りながら、廊下を入学式が行われる講堂へと向かう。
講堂の中は、真新しい制服に袖を通した新入生たちが集まっていた。所定の位置に着き、式が始まるのを待つ。新入生の中に弟の
『間もなく星ノ海学園高等部の入学式を行います。新入生ならびに関係者の方々は、着席してお待ちください』
話し声で騒がしかった講堂は徐々に鎮まり、いよいよい入学式が開会。理事長の祝辞から始まり、俺の出番を迎える。
『続きまして、生徒会長挨拶。
席を立ち、壇上へ上がる。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。星ノ海学園生徒会長の
決まり文句の祝辞を述べながら、新入生たちを見回す。
前日に確認した新入生の名簿に載っていなかったのだから、
『生徒会長ありがとうございました。続きまして――』
その後入学式は滞りなく進行し無事に終えた。
講堂を出ていった新入生たちを見送って、生徒会室へ戻る。
「ふぅ」
席に着き、一息つく。
「おつかれ。ほら」
「お、サンキュー」
いつかと同じように、安っぽい缶コーヒーを差し入れてくれた。生徒会室中央のテーブルへ移動し、向か合う形で座る。
「
「式の後片付けだ」
「そっか、それはまたご苦労だな。あ、悪い、電話だ」
マナーモードにしておいたスマホがテーブルの上で振動した。缶コーヒーを置いて、代わりにスマホを持つ。発信者は――理事長だった。
「はい。
『
電話に出た時点で大丈夫なのは判っているけど、一応の確認。世間で一般で言うところの社交辞令というやつだ。
「はい、大丈夫です」
『それは、よかった。式はどうだったかね? 挨拶のあとすぐに外へ出なければならなかったから少し気になってね』
「滞りなく終了しました。ご心配なく」
『そうか、優秀な生徒会役員たちのおかげで安心だ。しかし、夜空にも夏の星座が見えるようになったが、いささか寒さは残る。体調には気をつけるように、と』
「......判りました、伝えておきます」
スマホをしまって、立ち上がる。
「理事長か?」
「ああ。ねぎらいの言葉と、季節の変わり目だから体調に気をつけろってさ。さてと、
「ああ、わかった」
留守にする生徒会室は
今の電話は、ただの業務連絡ではない。話題にあった星座は、理事長と決めたキーワード。星ノ海学園だから「星」。まあ、単純な理由だ。夏の星座......つまり、夏頃に帰国の目処が立ったってこと。合わせて俺の行動にも制限が外れたことを意味する。これで本格的に動くことが出来る。急がないとな。
「
「あ、兄さん。どうしたの?」
「HRが終わったら、生徒会室へ来てくれ」
「生徒会室に? わかった」
「ところで、これは何の騒ぎなんだ?」
「同じクラスに現役の人気アイドルがいたんだよ。ほら、
「あぁ~」
騒ぎの中心は、
「来たか、どうぞ」
「失礼します......」
やや控えめ声と共に扉が開き、
「よく来てくれたな、
「兄さん、何の用?」
「それはな、
「――はあ?」
「おい、弟! 次は、これを運べ!」
「は、はいっ!」
資料の束を両手に抱えて走り回る
「おい
「
「いいんだよ、これでな」
「お茶を入れておきますね」
「ああ、頼むよ
そう、これでいい。実績を作るには、これが一番手っ取り早い。
「お帰りなさいませー!
中等部の制服の上にクリーム色のエプロンを着た
「ただいま、
「えへへ~」
頭を撫でてやると、
「......た、ただいま」
「って、わっ!
ボロボロに疲れきっている
「......なんでもない」
「
「えっ!?」
「
「ええっ? いや、そんな話しは......」
「しかも次期会長候補だ。スゴいだろ?」
「はあッ!?」
「それは、とてつもなくスゴいことなのですー!」
「ちょっと待ってー!」
全力で抗議をした
そんなこんなで、入学式から約二ヶ月経った放課後。
「――ということで今日から、こいつらが生徒会の手伝いをしてくれることになった」
「
「
「なんであたしまで......」
「お姉ちゃん?」
「ちっ。
さすが
「三人ともよく来てくれた、助かるよ。俺は、
「はいっ」と姉妹の妹で、現役の人気アイドルの
「オーケー。それじゃあ
「ああ」
理事長室に到着。ノックもせずに中に入る。理事長室の中は誰もいない、もぬけの殻だ。
「さてと、始めるか......」
事前に用意したメモを手に、とある場所へ電話をかけた。
* * *
「三人はどうして、星ノ海学園を選んだんだ。三人とも実家は、地方だよな?」
一番最初に答えてくれたのは、
「わたしは、お姉ちゃんがいる学校だったのが一番の理由ですねー」
「じゃあ、その
「......あたしは、なんか、この高校に行かないと後悔する。そんな気がしたんだ」
「そう思ったきっかけとかあるか?」
「どうして、そんなこと聞くんだ?」
「なんとなくだよ。嫌なら別に答えなくていいさ。プライバシーに関わるからな」
「......あたしは」
――おっ! 素直に話してくれるのか、意外だな。
「あたしは、中学の頃やんちゃばかりしてた。学校はサボるし。夜は遅くまで出歩くし。そんな時ショウとコウタって奴と知り合って。そいつらは弟みたいなヤツで......」
「ある日ショウが、原付に乗ってきてさ。その時に......ショウと同じ名前の奴に『絶対に、ニケツしない』って、そんな約束をしたような気がして......それが、ずっと頭から離れなくて......。それで――」
話していた
「ショウが、原付で事故って......もちろん生きてるけどな。でも......もし、ニケツしてたらって思うと怖くなった......」
「そんな時、進路を決めないといけない時期になって。
「えへへ~っ」
可愛らしく笑う
「そんな訳で、
「ふーん、女の勘ってやつかい?」
「ああ、何でかわからないけど。あたしは勘が鋭いんだ。それに
「そっか。
「私は、自分の学力と相談してというのが主な理由です。ですが、
「それな! 寮も広くて豪華だし、スゲー快適だ!」
「わたしも申請したら、お姉ちゃんと同じお部屋にしてくれたので嬉しいですっ」
なるほど経済面でもか。理事長が星ノ海学園を買収してから、設備とは釣り合わないほど学費も寮費も格安だからな。おかげで今は、受験者数と比例して偏差値も評判もかなり上がってる。
「なるほどな。ちなみだけど、音楽とかよく聴く方かい?」
「わたしは、聴くよりも歌うことの方が多いですねー」
「私は、その天使のような歌声を毎日聴いていますっ!」
胸をドン! と叩いた
「もちろん、新曲も既に予約済みです!」
各店舗の予約券を、これ見よがしに広げて見せた。全部で、十枚近くあるんじゃないか。
「あ、ありがとうございます」
「あたしは、高速ツーバスを聴きながらビートを刻んでるぜっ! けど、なんか最近聴いてると変な感じがすることがあるんだよなー」
「おや。
やっぱり音楽がファクターか。CDの音源で既視感を覚えるなら、月末の“
「ありがとう。いろいろ聞けかせてくれて。参考になったよ」
あとは、
* * *
「ただいま。封書を預かってきたよ」
「ごくろうさん。理事長には、俺から渡しておく」
受け取った封筒は、一旦机の引き出しの中へしまっておく。
「どうした?」
黙りこんでいる、
「あっ......いや、どうして今時手渡しなのかな、って思って」
「そうだな。向こうの校長先生に、何か言われたか?」
「......しっかりしているって言われた」
少し照れながら、校長に褒められたことを話した。
「それだよ」
「え?」
「電話やメールにはない、相手の印象を含めて判断できる。手渡しには、そういう利点があるんだよ」
「なら、生徒会長の兄さんが行った方が......」
「俺は、
「......ちょっと疲れたから先に帰るよ」
面と向かって言われたことが気恥ずかしかったのか、くるりと踵を返した
手紙の内容は、俺が理事長名義で出した生徒会主催による、学校交流の提案の返事。返ってきた相手側の手紙は、二通。提案の承諾を伝える旨の返事と、もう一枚は理事長個人へ宛てた手紙が同封されていた。
「よし、後は......」
これで、とりあえずの下準備は整った。経過を報告するためスマホを取り出し、理事長へ電話を掛ける。まあ、全部事後報告だけど。この件に関しては、すべて一任されているから問題ないだろう。数回のコールで、電話は繋がった。
「
『そうか、わかった。ご苦労さま』
「届けますか?」
『明日は、少し時間が取れる。机に置いておいてもらえるかい?』
「了解です。例の件は?」
『うむ、近日中になるだろう。はっきり判り次第、こちらから連絡を入れる』
「判りました。それでは失礼します」
通話を終え、理事長宛ての手紙を理事長室の机の上に置いて、商店街へ寄り道をしてから帰宅した。
そして翌日。生徒会役員たちを翌朝に呼び出し、国立大の附属との学校交流の話を議題に上げた。
「まあ、そう言うことだから。今日の放課後、国立大の附属高校の生徒会が星ノ海学園に来校する」
生徒会一同固まっている。沈黙を破ったのは俺の側近で、親友で、副会長の
「また唐突だな。毎度のことだが」
「ああ、まったくだっ!」
「仕方ないだろ。相手の都合上、今日を逃すと来週以降しか空いてないんだ」
本当はこっち、というより俺の都合だけど。可能な限り早いうちに進めておきたかった。教師の許可を貰い、午後の授業を欠席した俺たち生徒会は、客人を迎える準備を大急ぎで進めていた。
「兄さん、何してるの?」
「ちょっとな......よしっ、と」
視聴覚室から拝借したオーディオコンポに昨日、商店街のショップで購入したCDをセットしておく。そして、約束の時間が来た。来客用の玄関で、附属の生徒会一行を出迎える。
「本日はお忙しいところを、遠くまでご足労いただきありがとうございます。星ノ海学園生徒会長の
「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。私は――」
お互いに挨拶を済ませ、生徒会室へ案内する。
生徒会室に入ると、一面ガラス張りの豪華な造りの内装に附属の生徒たちは驚きの表情を見せている。一人を除いて。青いリボンで髪をまとめたポニーテールの女の子は他の女子たちと違って。そう、まるで迷子になってしまった子どものように、若干怯えにも似た表情をしている、この子が......そうなのだろうか。
「昨日は、お世話になりました」
「いいえ。ところで、
「はい。
「やっぱり! 素敵なご兄弟ですねっ」
「あはは、恐縮です。さあみなさん、どうぞおかけください」
「あ、そうでしたね。失礼します」
あのポニーテールの女の子が
「――では、そのような流れで進めて行きましょう」
「はい、お願いします」
書状と共に内容を添付しておいた甲斐があってか、学校交流会の話は思いの外すんなりとまとまった。予定時間よりも早く話がまとまったため、余った時間で校内を案内することにした。
「
「ええ。どうぞ、こちらへ」
「大丈夫!?」
附属の生徒会長が慌てて声をかけたが、どうやら気分が優れないようだ。
「無理しない方がいい。保健の先生を呼んできてもらえるかい?」
「うん、すぐに呼んでくる!」
案内役を頼んだ
「兄さん......」
「どうした?」
自販機のスポーツドリンクのボタンを押しつつ話しを聞く。
「......僕は、あの女子を知っている気がする。昨日すれ違った時から、ずっとそんな風に感じて......」
――そっか。やっぱりあの子が、
「
「......えっ?」
生徒会へ戻ると、ちょうど見学を終えた附属の生徒たちとばったり出会った。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって......」
「いや、気にすることはないさ。誰にだって体調が優れないことはある。ところで、音楽をかけてもいいかな? BGMがないと、どうも書類作業がはかどらなくて」
「はい。どうぞ、お構いなく......」
「ありがとう。
「あ、うん、わかったよ」
静かなスローテンポのメロディと、澄んだ綺麗な歌声が響き渡る。
――なるほど、これが“
心地良い歌声を耳を澄ませて聴いていると、
さっきのことと言い、もしかしたらライブじゃなくても思い出せるきっかけになり得るのかも知れない。その証拠に、横になっていた身体を起こした
曲が終わった。停止ボタンを押して、取り出したCDをケースにしまい、
「あげるよ」
「えっ? でも......」
「気に入ったんだろ?」
遠慮しなくていいよ、と微笑みかけると躊躇しつつもケースを受け取ってくれた。
「......ありがとうございます」
「体調の方も良くなったみたいだな。下まで送ろう」
「兄さん、あのCDって......」
「なんだ、
「そうじゃなくて......」
「いらないのか? なんならDVD付き限定版を買ってやるぞ? 経費でな」
「職権乱用じゃないか! 本当に落ちるの?」
――さてと、俺に出来るお膳立てはここまでだ。
早く帰って来い。そして、
* * *
「
「兄さん。どうしたの、そんなに慌てて......って!」
帰宅早々、
「ちょ、ちょっと――!?」
「帰って来たぞ、アイツが!」
「帰って来た? アイツって......あっ、もしかして――」
照れていた
「ほんとに帰ってきたの!?」
「ああ、無事に帰ってきたんだ。
「そっか......
感無量って感じの
「いったいなにごとでしょーか? あっ、
お玉を持った
「ちょ、痛いって!」
「うぅ~っ、
「あっはっは! 悪いな。でも約束だったんだ」
「約束? なんのことでしょーか?」
「ああ、それはな――」
愛する家族を、
ようやく果たすことが出来た、あの日の誓いを。
長い、長い時を越えて......。