Charlotte ~時を超える想い~   作:ナナシの新人

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Episode5 ~朝練~

 昨夜セットしておいたスマホのアラームが鳴る前に、カーテンの隙間から差し込む朝日で、自然と目が覚めた。今日は、日曜日。いつもならもう少しのんびりしてから能力者の調査へ出かけるところですが、今日は先日約束を取り付けた関内学園野球部と、私たち星ノ海学園生徒会一同と野球部と合同チームとの試合当日。

 朝ごはんをしっかり食べて、少しゆっくりしてから身だしなみ支度を整え、自宅を出る。実は、試合開始まではまだ時間がある。だけど私にはやることあるので、ひと足先に星ノ海学園の野球グラウンドへ向かう。

 

友利(ともり)さーんっ」

「ん? ああー⋯⋯」

 

 マンションの玄関を出たところで、誰かに呼び止められた。私を呼ぶ人なんてあまりいないので誰かと想えば、黒羽(くろばね)さん。因みに、妹の柚咲(ゆさ)さんの方です。彼女は、星ノ海学園併設マンション一室のベランダから私に向けて手を振っている。そして「待っててくださーいっ!」と、お願いされてしまったので、歩道の入り口で待つことに。

 

「お待たせしましたー」

「それで、なにか?」

「洗濯物を干そうと思ったら、友利(ともり)さんをお見かけしたので!」

 

 同じ制服に身を包み、屈託のない笑顔で言ってのけた黒羽(くろばね)さんに、少しあっけにとられてしまった。結局、流れのまま一緒に学校へ行くことに。

 

「まだ、時間ありますよね?」

「試合の前に少し練習を、と思いまして」

「あ、そうなんですねー」

 

 普段女子ソフトボールが使用している女子更衣室を間借りして(許可を貰い済み)、動きやすい学校指定ジャージに着替え、まだ他に誰も来ていないグラウンドに出た私たちは、適当な距離を取って向かい合う。

 

「左利きですか?」

「はい?」

「右利き用のグラブを反対に着けているので」

「えっ? はわわっ!?」

 

 私が左手にグラブを付けているのを見て、左手に着け直した。

 

「お訊ねしますが、野球は?」

「えっと、お父さんがテレビで見ているのを、わ~! なにかやってるっ、て感じで――」

「そうですか、わかりました」

 

 予想通り、まったくの素人と判明。ま、スポーツも芸能も興味がないと積極的に見ないですし、なにより彼女は多忙を極める現役のアイドルな訳ですから知らなくても当然。とりあえず、ボールの握り方と投げ方、取り方を簡単に教えて、キャッチボールをしてみました、が――。

 

「す、すみませんっ」

 

 山なりのゆっくり投げたボールも怖がって避けてしまい、練習になりませんとはいっても、当たりどころが悪いと大ケガになりかねない硬球ですし、すぐに慣れろってのは酷な話しですが。

 

「あっ!」

 

 転がったボールを拾いに行った黒羽(くろばね)さんが、グラウンドに現れた人影を見つけた。私も、その人を目視出来た。

 

宮瀬(みやせ)さん、おはようございますっ!」

「おはようございまーす」

 

 昨日の放課後試合当日の朝練を約束した宮瀬(みやせ)さんが、約束の時間10分前にグラウンドに姿を現した。着替えも既に済ませていて準備万端といった感じです。

 

「お二人とも、おはようございます。黒羽(くろばね)さんも、いらっしゃっていたんですね」

「はい、友利(ともり)さんと一緒にキャッチボールしてました!」

「それは楽しそうですね」

「はいっ、とっても楽しいですっ!」

 

 なにがそんなに楽しいのやら。そもそもキャッチボールは成立してませんし、とそんなことをいってる場合じゃありませんでした。

 

「さて。では、さっそく始めましょう」

「いいんですか?」

「いいもなにも本来の目的はそっちですから」

 

 グラブをベンチに置いて、バックから取り出した別のボールが入った袋を宮瀬(みやせ)さんに手渡し、野球部の備品の金属バットを持って、右のバッターボックスで構える。宮瀬(みやせ)さんは袋を持ってマウンドに立ち、軽く足場をならしてから袋の中のボールを手に取った。

 

「あの~、なにをするんですか?」

「見ての通り練習っすよ。相手投手が多投するナックルの」

「なっくる? ――って宮瀬(オマエ)、ナックルを投げれんのかっ!?」

 

 口元に人差し指を添えて頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた黒羽(くろばね)さんに、突然、姉の美砂(みさ)さんが降りてきた。

 

「いいえ、投げれませんよ」

「はあ? どういうことだよ?」

「見てればわかるっすよ。お願いしまーす」

「あ、はい、いきます」

 

 腕を組み、訝しげな顔で首を傾げる美砂(みさ)さんを後目に特訓開始。セットポジションから足を上げた宮瀬(みやせ)さんの投げたボールは、やや山なりのまっすぐな軌道を描き、途中から急激に揺れ始め、手前で小さく縦にストンっと落ちた。かろうじてバット先端に当てることが出来た打球は、ファースト方向へのボテボテのファウル。

 ――う~ん、やっぱりそう簡単には打てないっすね。でも初球で当てられたのは幸先良い証拠。昨日は、三球かかりましたし。

 

「ちょっと待て!」

 

 構え直して、二球目に入ろうとしたところで、血相を変えた美砂(みさ)さんが割って入ってきた。

 

「今、めっちゃ揺れたぞ! ナックル投げられないんじゃなかったのかよ!?」

「簡単なことです。このボールを見てください」

 

 拾った先ほどのファウルボールを美砂(みさ)さんに見せると、彼女はすぐにボールの異変に気がついた。

 

「これ、なんだ? 何か付いてるぞ」

「鉛テープっすよ」

「鉛テープ⋯⋯?」

 

 先日、関内学園へ調査に出向いた放課後。相手投手の特殊能力を使用して操るニセナックル対策として、ホームセンターで購入した代物。ボールに鉛テープを貼って意図的に重心をずらし、疑似的にナックルの揺れを再現しました。ちなみに鉛テープは、マスキングテープの上から貼ってあるのでボールを痛める心配はありません。とはいっても、さすがにローター式のピッチングマシンでは使えないので、宮瀬(みやせ)さんに投げてもらっています。

 

「スゲーな、アタシにも打たせてくれ!」

「ま、いいっすけど。どうぞ」

 

 バットを受け取った美砂(みさ)さんは意気揚々と左打席に立ち、バットを持った右腕を宮瀬(みやせ)さんに向けて伸ばし、左手を右肩に添えるような仕草を見せた。イチローさんみたいっすね。

 

「よし、来やがれ!」

「いきますよ」

「ふんっ!」

 

 宮瀬(みやせ)さんの投げた疑似ナックルを盛大に空振った。次も空振り、その次も空振りで迎えた四球目を真後ろへのファウルを打った。

 

「ハァ、ようやく当たったぜ。とんでもねぇな、ナックルってヤツは」

 

 そう言いながらも四球目で当てるんですから、運動神経は良いみたいですね。切りのいいところで交代し、何球か普通の打ったあと、接戦の試合展開を見越して送りバントの練習に切り替える。これも、ナックル対策と一緒に話し合ったこと。

 

「ふぅ、ありがとうございました」

 

 失敗が続く中、時間的に最後の一球を狙い通りに転がせた。

 そろそろ他の人たちがやって来る時間、野球用具を一旦片付けてレーキでグラウンドを馴らす。

 

「じゃあお前らは、いつも放課後に二人で練習してたのか?」

「ええ、お互いの用事が済んでからだったので短時間ですけどね」

「なんだよ、アタシも誘えよな!」

 

 別に除け者にした訳ではないのですが。作戦上、高城(たかじょう)乙坂(おとさか)さんにも声をかけてないですし。それに、彼女の場合は――。

 

「いつもすぐにいなくなったじゃないっすか。妹さんの方ですけど」

「そりゃあな。柚咲(ゆさ)は今、すげーがんばってんだ」

 

「詳細な理由は言えねぇけど!」と、スゴい得意気な表情(かお)⋯⋯いえ、自慢気の方が正しいのかもしれません。

 

「まあ、そういう訳さ。じゃあ、柚咲(ゆさ)に変わるぜ――あれ?」

 

 意識が戻った黒羽(くろばね)さんは、キョロキョロ辺りを見回してから気まずそうに苦笑い。

 

「わたし、また寝てたみたいですね、お恥ずかしい。あはは~」

「少し疲れが溜まっているのではないですか。最近忙しいようですし」

「あ、いえ、全然大丈夫ですっ、ご心配をおかけてすみませんっ」

 

 宮瀬(みやせ)さんのフォローに黒羽(くろばね)さんは、心配ご無用と笑顔を見せる。疲れがあるのは確かみたいですが、無理して笑ってるって感じではなさそう、どちらかといえば充実してるという感じでしょうか。

 

「さあ、グラウンド整備も終わりましたし。ベンチでひと休みして待ちましょう」

「はーいっ」

「飲み物買ってきますね」

「ありがとうございまーす」

 

 一塁側ベンチに座って、タオルで汗をぬぐう。宮瀬(みやせ)さんが奢ってくれたスポーツドリンクをいただき話をしながら他の人たちの到着を待った。

 

           *  *  *

 

 星ノ海学園生徒会の男子二人、両校の野球部、そして審判を務めてくださる審判員がグラウンドに到着。整列して礼、それぞれのベンチへ戻る。

 相手のベンチ前では今回のターゲット、念動力の持ち主である福山(ふくやま)さんが、バッテリーを組むキャッチャーと話をしている。距離があるので会話の内容は聞き取れませんが、だいたい見当はつきますけど。

 ――おっと、キャッチャーの顔つきも変わりましたね。

 最初は、ユニフォーム姿の正規の野球部は四人だけ、加えて私たち女子が混ざってるのに試合をする意味があるのか? って感じでしたが、説得が上手くいったらしく、キャッチャーも本気になったみたいです。私は、スタメンをベンチ前に集め、円陣を組む。

 

「おまえら~、負けたら全員ケツバットだからなー、しまっていくぞー」

「お、おおー.⋯⋯」

 

 ちょっとテキトーに言ったとはいえ、一体感はまるでゼロ。まあ、急造チームなんてこんなものっす。後攻の私たち星ノ海学園が先にグラウンドへ出て守備につく。

 

「プレイボール!」

 

 先発投手の投球練習が終わり、関内学園の一番バッターが打席で構え、主審のコールで試合が始まった。

 

「よしっ!」

 

 星ノ海学園(うち)のエースは初回を三者凡退に抑え、マウンドで軽くガッツポーズ。なかなか上々な立ち上がりを見せる。それにしても――。

 

「うちのピッチャー打てないなんて、相手バッターもひでぇーな」

「そうなのか?」

 

 乙坂(おとさか)さんとの会話が聞こえたらしく、エースが回り込んで怒鳴ってきた。

 

「オイッ! 休日返上して本気だしてやってるのになんだその言いぐさは――!」

「事実ですので」

 

 実際、去年の夏も秋の予選も初戦敗退でしたし。

 

「ちょっ、試合放棄するぞ!?」

「えっ? それは困ります。投げてください」

「なら、もう少し言葉を選べよ!」

 

 涙ぐみながら訴えて来られた。感情が高まってる今、なにを言ってもこれ以上は押し問答になるだけ。

 ――はぁ、まったく。

 

黒羽(くろばね)さん、お願いしまーす」

「はいっ!」

 

 現役アイドルの彼女に、この場を委ねる。

 

「おまっじない~、おまっじない~、れいせいになるのおまじないっ!」

 

 ビシッと敬礼した黒羽(くろばね)さんは、転入初日に教室の空気を一変させた不思議な踊りとゆるい歌を披露。それを聞いた高城(たかじょう)が、どこからか取り出したはっぴを着て、すかさず横から飛び出してきた。

 

「でたぁーッ! ゆさりんのおまじないシリーズNo.9! 冷静になるのおまじないッ!」

「まったく冷静じゃないけどな」

「はいっ。これで冷静になりましたぁ~」

 

 テンションMAXの高城(たかじょう)の咆哮、冷静にツッコミを入れる乙坂(おとさか)さん、エースも彼女のファンだったらしく非常にだらしない表情(かお)で、満面の笑みの黒羽(くろばね)さんを見つめて惚けている。

 

「ひくなっ!」

「はっ!?」

 

 私がツッコミを入れると、我に返ったエースはやや気恥ずかしそうに軽く咳払いをして、平静を装いながら逃げるように小走りでベンチへ。

 

「何ですか? 今の」

「お前も知らなかったんだな。僕も最近知ったんだけど、柚咲(ゆさ)は現役の人気アイドルなんだ」

「アイドルですか?」

「僕もよく知らないんだけどさ。何年か前まで、朝の番組のコーナーでやっていたらしい」

「へぇ、そうなんですね」

 

 この初めて見るやりとりに理解が追い付かなかったのか宮瀬(みやせ)さんは、近くにいた乙坂(おとさか)さんに黒羽(くろばね)さんのことを訊いていた。あの反応からして、アイドルにはあまり興味が無いご様子。私と同じっすね。

 

「ところで彼女は――黒羽(くろばね)さんは、多重人格ですか?」

「いえ、違いますよ」

「あ、友利(ともり)さん」

 

 編入した直後から教鞭、試験勉強、野球の練習とずっと多忙で黒羽(くろばね)さんのことをまだ話していなかったことを思い出した私は、黒羽(くろばね)さんの能力は死者を自身に降霊させる"口寄せ"で、事故死した美砂(みさ)さんが"発火"の能力を持っていることを、宮瀬(みやせ)さんに説明する。

 

「なるほど、それで人格が替わったように見えたんですね」

「それと黒羽(くろばね)さんは、お姉さんが自分に降霊している自覚がありません。このことは――」

「はい、黒羽(くろばね)さんには内密にしておきます。すぐ近くにいるのに会えないのは酷な話ですから」

「――はい、お願いします」

 

 最後までいう前に、私の考えを汲み取ってくれた。

 それにしても⋯⋯今、一瞬、すごく哀しそうな表情(かお)をしたような。でも、次見た時にはもう、いつもの表情(かお)に戻っていた。

 ――あれは、気のせいだったんでしょうか。

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