昨夜セットしておいたスマホのアラームが鳴る前に、カーテンの隙間から差し込む朝日で、自然と目が覚めた。今日は、日曜日。いつもならもう少しのんびりしてから能力者の調査へ出かけるところですが、今日は先日約束を取り付けた関内学園野球部と、私たち星ノ海学園生徒会一同と野球部と合同チームとの試合当日。
朝ごはんをしっかり食べて、少しゆっくりしてから身だしなみ支度を整え、自宅を出る。実は、試合開始まではまだ時間がある。だけど私にはやることあるので、ひと足先に星ノ海学園の野球グラウンドへ向かう。
「
「ん? ああー⋯⋯」
マンションの玄関を出たところで、誰かに呼び止められた。私を呼ぶ人なんてあまりいないので誰かと想えば、
「お待たせしましたー」
「それで、なにか?」
「洗濯物を干そうと思ったら、
同じ制服に身を包み、屈託のない笑顔で言ってのけた
「まだ、時間ありますよね?」
「試合の前に少し練習を、と思いまして」
「あ、そうなんですねー」
普段女子ソフトボールが使用している女子更衣室を間借りして(許可を貰い済み)、動きやすい学校指定ジャージに着替え、まだ他に誰も来ていないグラウンドに出た私たちは、適当な距離を取って向かい合う。
「左利きですか?」
「はい?」
「右利き用のグラブを反対に着けているので」
「えっ? はわわっ!?」
私が左手にグラブを付けているのを見て、左手に着け直した。
「お訊ねしますが、野球は?」
「えっと、お父さんがテレビで見ているのを、わ~! なにかやってるっ、て感じで――」
「そうですか、わかりました」
予想通り、まったくの素人と判明。ま、スポーツも芸能も興味がないと積極的に見ないですし、なにより彼女は多忙を極める現役のアイドルな訳ですから知らなくても当然。とりあえず、ボールの握り方と投げ方、取り方を簡単に教えて、キャッチボールをしてみました、が――。
「す、すみませんっ」
山なりのゆっくり投げたボールも怖がって避けてしまい、練習になりませんとはいっても、当たりどころが悪いと大ケガになりかねない硬球ですし、すぐに慣れろってのは酷な話しですが。
「あっ!」
転がったボールを拾いに行った
「
「おはようございまーす」
昨日の放課後試合当日の朝練を約束した
「お二人とも、おはようございます。
「はい、
「それは楽しそうですね」
「はいっ、とっても楽しいですっ!」
なにがそんなに楽しいのやら。そもそもキャッチボールは成立してませんし、とそんなことをいってる場合じゃありませんでした。
「さて。では、さっそく始めましょう」
「いいんですか?」
「いいもなにも本来の目的はそっちですから」
グラブをベンチに置いて、バックから取り出した別のボールが入った袋を
「あの~、なにをするんですか?」
「見ての通り練習っすよ。相手投手が多投するナックルの」
「なっくる? ――って
口元に人差し指を添えて頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた
「いいえ、投げれませんよ」
「はあ? どういうことだよ?」
「見てればわかるっすよ。お願いしまーす」
「あ、はい、いきます」
腕を組み、訝しげな顔で首を傾げる
――う~ん、やっぱりそう簡単には打てないっすね。でも初球で当てられたのは幸先良い証拠。昨日は、三球かかりましたし。
「ちょっと待て!」
構え直して、二球目に入ろうとしたところで、血相を変えた
「今、めっちゃ揺れたぞ! ナックル投げられないんじゃなかったのかよ!?」
「簡単なことです。このボールを見てください」
拾った先ほどのファウルボールを
「これ、なんだ? 何か付いてるぞ」
「鉛テープっすよ」
「鉛テープ⋯⋯?」
先日、関内学園へ調査に出向いた放課後。相手投手の特殊能力を使用して操るニセナックル対策として、ホームセンターで購入した代物。ボールに鉛テープを貼って意図的に重心をずらし、疑似的にナックルの揺れを再現しました。ちなみに鉛テープは、マスキングテープの上から貼ってあるのでボールを痛める心配はありません。とはいっても、さすがにローター式のピッチングマシンでは使えないので、
「スゲーな、アタシにも打たせてくれ!」
「ま、いいっすけど。どうぞ」
バットを受け取った
「よし、来やがれ!」
「いきますよ」
「ふんっ!」
「ハァ、ようやく当たったぜ。とんでもねぇな、ナックルってヤツは」
そう言いながらも四球目で当てるんですから、運動神経は良いみたいですね。切りのいいところで交代し、何球か普通の打ったあと、接戦の試合展開を見越して送りバントの練習に切り替える。これも、ナックル対策と一緒に話し合ったこと。
「ふぅ、ありがとうございました」
失敗が続く中、時間的に最後の一球を狙い通りに転がせた。
そろそろ他の人たちがやって来る時間、野球用具を一旦片付けてレーキでグラウンドを馴らす。
「じゃあお前らは、いつも放課後に二人で練習してたのか?」
「ええ、お互いの用事が済んでからだったので短時間ですけどね」
「なんだよ、アタシも誘えよな!」
別に除け者にした訳ではないのですが。作戦上、
「いつもすぐにいなくなったじゃないっすか。妹さんの方ですけど」
「そりゃあな。
「詳細な理由は言えねぇけど!」と、スゴい得意気な
「まあ、そういう訳さ。じゃあ、
意識が戻った
「わたし、また寝てたみたいですね、お恥ずかしい。あはは~」
「少し疲れが溜まっているのではないですか。最近忙しいようですし」
「あ、いえ、全然大丈夫ですっ、ご心配をおかけてすみませんっ」
「さあ、グラウンド整備も終わりましたし。ベンチでひと休みして待ちましょう」
「はーいっ」
「飲み物買ってきますね」
「ありがとうございまーす」
一塁側ベンチに座って、タオルで汗をぬぐう。
* * *
星ノ海学園生徒会の男子二人、両校の野球部、そして審判を務めてくださる審判員がグラウンドに到着。整列して礼、それぞれのベンチへ戻る。
相手のベンチ前では今回のターゲット、念動力の持ち主である
――おっと、キャッチャーの顔つきも変わりましたね。
最初は、ユニフォーム姿の正規の野球部は四人だけ、加えて私たち女子が混ざってるのに試合をする意味があるのか? って感じでしたが、説得が上手くいったらしく、キャッチャーも本気になったみたいです。私は、スタメンをベンチ前に集め、円陣を組む。
「おまえら~、負けたら全員ケツバットだからなー、しまっていくぞー」
「お、おおー.⋯⋯」
ちょっとテキトーに言ったとはいえ、一体感はまるでゼロ。まあ、急造チームなんてこんなものっす。後攻の私たち星ノ海学園が先にグラウンドへ出て守備につく。
「プレイボール!」
先発投手の投球練習が終わり、関内学園の一番バッターが打席で構え、主審のコールで試合が始まった。
「よしっ!」
「うちのピッチャー打てないなんて、相手バッターもひでぇーな」
「そうなのか?」
「オイッ! 休日返上して本気だしてやってるのになんだその言いぐさは――!」
「事実ですので」
実際、去年の夏も秋の予選も初戦敗退でしたし。
「ちょっ、試合放棄するぞ!?」
「えっ? それは困ります。投げてください」
「なら、もう少し言葉を選べよ!」
涙ぐみながら訴えて来られた。感情が高まってる今、なにを言ってもこれ以上は押し問答になるだけ。
――はぁ、まったく。
「
「はいっ!」
現役アイドルの彼女に、この場を委ねる。
「おまっじない~、おまっじない~、れいせいになるのおまじないっ!」
ビシッと敬礼した
「でたぁーッ! ゆさりんのおまじないシリーズNo.9! 冷静になるのおまじないッ!」
「まったく冷静じゃないけどな」
「はいっ。これで冷静になりましたぁ~」
テンションMAXの
「ひくなっ!」
「はっ!?」
私がツッコミを入れると、我に返ったエースはやや気恥ずかしそうに軽く咳払いをして、平静を装いながら逃げるように小走りでベンチへ。
「何ですか? 今の」
「お前も知らなかったんだな。僕も最近知ったんだけど、
「アイドルですか?」
「僕もよく知らないんだけどさ。何年か前まで、朝の番組のコーナーでやっていたらしい」
「へぇ、そうなんですね」
この初めて見るやりとりに理解が追い付かなかったのか
「ところで彼女は――
「いえ、違いますよ」
「あ、
編入した直後から教鞭、試験勉強、野球の練習とずっと多忙で
「なるほど、それで人格が替わったように見えたんですね」
「それと
「はい、
「――はい、お願いします」
最後までいう前に、私の考えを汲み取ってくれた。
それにしても⋯⋯今、一瞬、すごく哀しそうな
――あれは、気のせいだったんでしょうか。