初回は両校共に無得点で終わり、試合は二回の攻防に入った。
先攻の関内学園はこの回先頭打者の四番が、ツーベースヒットで出塁。続く五番ピッチャー
「はわぁ~っ」
「ヤバイ、やっぱり
ファーストの
「くそっ、
口寄せで
「お願いします」
「行ってきます」
真剣な眼差しで送り出してくれた
「なあ、何かあるのか?」
「どうしてですか」
「まあ、なんとなく」
何かを感じ取った
「おおっ! 落合みてぇーなセンスのある構えだな!」
「あいつ、アメリカで野球やってたのか?」
威圧感のある大きなバッティングフォームにも、マウンドの
「きたっ!」
ここまでは、事前の想定通り。いくら揺れたところで外か内の二択、確率は
「なに!? ナックルが!?」
「うそ!?」
関内バッテリーからはありえないと驚愕の声が上がり、味方ベンチからも驚きの声が飛び交う。
「あのナックルを!?」
「打った!?」
「なんてセンスだっ!」
ただ一人、彼女を除いて。
「いっけー!」
思い切り引っ張った打球は大きな放物線を描きながら、レフトポール際へ飛んでいく。打球ゆくえを見届けながら、ベースをゆっくり回る。
「ギリギリか?」
「切れろ、切れろー!」
マウンドの
「判定はっ!?」
「惜しかったな」
「ええ、あと数センチでしたね」
「くっそぉー!」
味方ベンチから、落胆の声が聞こえる。誰よりも悔しがる彼女の期待に答えられなかった。そんな星ノ海学園ベンチとは対照的に安堵の表情の関内バッテリーはすかさず、主審にタイムを要求。キャッチャーはマウンドへ駆け寄り、ピッチャーと短めの言葉を交わすと、主審に礼をいいポジションに戻り、主審のコールで試合再開。
だがここで、試合前から危惧していたことが起こった。
「おいおいっ!」
「ちっ」
――敬遠。この試合で一番怖いのは一振りで試合が動く、ホームラン。油断がある初球をひと振りで仕留められなかった場合、勝負を避けられることは想定済み。だから、次の手は用意してある。
「男が敬遠なんて、センスねぇーなっ! 勝負しろっ! 勝負っ!」
ベンチでバットを振り回しながらヤジを飛ばす
「
あまりの剣幕に少し動揺しかけた
理想の展開は潰えたが、当然想定内。ここからが本番。
ネクストバッターの
彼女の指示は確実に伝わっている。投手の牽制、クイックもお世辞にも上手いとは言えない。仕掛ける条件は整った。上体は起こしたままさり気なくリードを半歩ほど広げ、投手がモーションを起こした瞬間スタートを切る。
「ランナー走った!」
「えっ!?」
セカンドのかけ声を受け、モーションが乱れた。
「
「しまっ――!?」
手を離れた瞬間から、明らかにワンバウンドになる暴投。
もし上に動かそうものなら不正投球が白日の下にさらされる、当然不可能。捕手はベース手前で弾んだボールを体に当てて止めることで精一杯、盗塁成功。
牽制を1球挟んで大きくウエスト、バッター有利のカウント。
「クソ!」
「
「あ、ああ」
返事に力があった。逸らしてもおかしくない投球を止めた捕手に絶大の信頼を置いている。そこを崩すことが出来れば、この試合は優位に運べる。挑発するように広めのリードを取り、ほぼほぼ完璧なスタートを切る。
「ストライク!」
「くっ!」
投球は外角ボール球のストレートだったが、フルスイングした
しかし問題は、ここから。相手も空振りのリスクが高いスクイズがないことはわかってる。あとは、投手が強気でくるか、弱気でくるか。ワイルドピッチを怖がり甘いコースなら、いくらナックルといえど当てることはできる。当てさえすれば、ツーアウトでない限りゴロでも一点入る場面。ただ、キャッチャー信じて投げきられたら厳しい。
「よっし!」
――お見事。
心の中で賛辞を送りつつ、ベンチに戻る。
「ありがとうございます」
「おしかったっすね」
「気迫に圧されましたね」
「次、あれ使いますか?」
「そうですね~」
先制したいけど、切り札は勝負所まで取っておきたいところ。
「温存しておきましょう。まだ悟られたくないですから」
「終盤の勝負どころでっすね。では先ずは守りましょう」
「はい、行きましょう」
三回表。関内学園は下位打線八番からの攻撃。星ノ海学園のエースは八番、九番とテンポ良く打ち取りツーアウトを奪い。ふた回り目の一番バッターの打球はピッチャーの頭を越えてセンターへ抜けそうな当たり、予めセカンドベース寄りに守っていた俺は、セカンドベースの後方で捕球し、流れのまま一塁へ送球。ボールはバシッ! と音を鳴らして、
「ナイスっ!」
「どうもです」
賛辞を送ってくれた
「今のよく追いついたな、予知能力か?」
「そんな
「では、行ってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
三回裏。この回先頭バッターの
「
「ん、なんだ?」
「フルスイングでお願いします」
「僕もか? 当たる気がしないんだが」
「お願いします」
「⋯⋯わかったよ」
指示通り三球ともフルスイングで空振り三振に倒れた。続く一番バッターも三振倒れ、チェンジ。四回表も何とか抑えて、裏の攻撃。二番、三番と連続で三振を奪われるも、ツーアウトで四番の打順で、バッテリーは明らかなボール球を二球続けて放った。
「やられたっすね」
「ええ、あのキャッチャー相当切れますね」
四球目も外れてストレートのフォアボール、主審が一塁を指差す。
「さて、行ってきます」
「いってらっしゃいませ~」
バッターボックスに立つも、キャッチャーは立ち上がったまま試合続行。初球、二球と連続で大きくウエスト。三球目も外した。揺さぶってみるか。四球目、バットを振る。敬遠を疑わなかった球審のコールがややうわづる。
「ス、ストライク」
五球目も振り、フルカウント。
わざとカウントを悪くし一球勝負の状況を作った。二死のため、一塁ランナーは自動的にスタートを切る。打球方向次第ではホームランでなくても一点が入る。ただ、打ち取られれば相手が勢いづく。
――さあ、どう出る。
「⋯⋯なんのマネだ?」
「惑わされちゃダメだ!」
捕手の忠告を聞き入れ、結局、二打席連続で敬遠。二死二塁一塁のチャンスもツーアウトのため盗塁を無視して、バッター勝負。
その後は、両投手の好投でゲームが進む。
そして七回表、四番ヒット、五番フォアボールの後、六番の内野ゴロの間に進塁し、一死二、三塁のピンチ。ここで
「仕方ない、こちらも能力を使いましょう。
「ああ、わかった」
今度は、エースに向かって話す。
「あなたは、ワイルドピッチにだけ気をつけてください」
「⋯⋯わかった」
自分の不甲斐なさを感じながら帽子を深くかぶり、顔を隠して
「くっそ! こんなところで⋯⋯!」
直後、サードランナーの四番の顔つきが変わった。
――不味い。成功体験が散漫を生んだ。ランナーが出ているにも関わらず、投手のモーションが大きくなったところを狙われた。
「走ったっ!」
「くっそー! ここまで読んでなかった!」
「ホームスチールか!?」
「タイムお願いします」
「うむ、タイム」
マウンドへ行って、バツが悪そうにしている投手に声をかける。
「この失点は気にすることありません。むしろ、ここまでゼロに抑えてくれたお陰で勝てます」
「え?」
「とにかく、後続を抑えましょう。話はそれからです」
「あ、ああ、わかった」
ポジションに戻る。
「なにを話していたんですか?」
「クイックを怠るなって言っただけですよ」
「そうっすか」
エースは気を取り直して、後続を抑えた。
そして試合は、一点差のまま九回裏星ノ海学園最後の攻撃。ここで関内バッテリーは先頭バッターの四番と勝負した。さすがに逆転のランナーをノーアウトで出したくないのだろう。
俺が最後の打席に立つと、キャッチャーも立ち上がった。
「また、敬遠かよ」
「徹底していますね」
「でも、ここまでするか?」
「それだけ、甲子園へ行きたいのでしょう」
試合を見ながら
「
「バントですか? ですが、当てるのも難しいですよ?」
「大丈夫です。前に転がすだけなら出来ます」
「しかし、視認されるでしょうか?」
「証拠は、カメラのハイスピードモードで撮っておきますので」
「わかりました」
それを聞いて、バッターボックスでバントで構える
「ファースト!」
その刹那、何かがフェンスに激突した。
今のが
「ほらぁ! ほらぁ! 見てくださいっ! ファーストベースに触れてるっしょ? セーフっしょ?」
「セ、セーフ!」
担架で運ばれて行く
「よくやったっ、
「文字通り犠牲バントじゃないか!」
「
「任せろっ、アタシのセンスで打つ!」
宣言通り、初球をセンター前へキレイに弾き返した。
「見たか、アタシのセンス!」
「おおっ! すっげー、ホントに打った!」
一打同点、逆転のピンチに関内学園の捕手は再びタイムをかけて、内野陣をマウンドに呼び寄せた。
「
「あ、ああ⋯⋯」
滝のように流れる汗をぬぐう、
「あったれー!」
外角やや高めにきたナックルをバットの先端近くで捉えた。右方向への流し打ち、打球は前進守備の間を破って、ライト前ヒット。同点。セカンドランナーもサードベースを蹴ってホームに突入するも、ライトの返球でホームタッチアウト。二死二塁一塁。キャッチャーは、再び声をかけにマウンドへ走った。
「くっそ!」
「落ち着け、まだ終わってない!」
「けど、勝てなかった⋯⋯!」
この試合は、あくまでも練習試合として組まれているため延長戦はない。つまり、同点になった時点で関内学園の勝利は無い。
「
「⋯⋯オレの、勝ち?」
「ああ、そうだ。あと一人だ、抑えよう!」
「あ、ああッ!」
「靴紐が切れました。誰か、代走お願いしまーす。
「僕の能力じゃ打てないぞ?」
「たまにはガチで挑んでみたらどうですか? カンニング魔の
黙り込んでしまっている
「大丈夫です。
「⋯⋯行ってくる」
「お疲れさまでした」
「ここで決めたかったんですけどね」
「あれはライトの返球が完璧でした、相手を褒めましょう。けど、ナイスバッティングでしたよ」
「あのバットのおかげっすよー」
「いいえ、きっちり捉えたのは、
遡ること試合が決まった日の放課後。
案内してもらったスポーツ用品店で買い求めた代物は、中距離打者向けの通常のバットよりも芯が広めのバット。
通常のナックルの握りとは違って爪を立てて投げない
「
「キャッチャーの機転で二打席目以降盗塁を封殺されたのは計算外でしたけど。ま、セカンドランナーをタダで貰える美味しい展開になりましたし、結果オーライっす。さて」
試合に意識を戻す。
バッターボックスで構える
試合再開後の初球をファウル。二球目もカットし、ファウル。空振りを奪い続けていたマウンド上の
「ようやく目に見えました」
「ええ。粘られましたけど出来るだけのことはしました。あとは、
「おぉーっ!」
「僕が中継に入る! ホームカバーに入ってくれ!
「行けるっ! アタシのセンスならっ!」
ホームベース手前からのヘッドスライディングからワンテンポ遅れて、
「セーフ! ゲームセット!」
「よっしゃ! 見たかっ!? アタシのセンスっ!」
「すごいぜ! ゆさりん!」「野球部に入って欲しいぞ!」などなど野球部員が、
「よっし! なんとか勝てたっすね!」
「ええ。さぁヒーローを出迎えに行きましょう」
笑顔の
「勝ったのか?」
「はい、あなたのお陰です」
「ナイスバッティングでしたよ。
二人で、労いの言葉をかける。
「そっか、勝ったのか。よっし!」
小さく握った拳を開いて見つめる、
「なにしてんすか? 行きますよー」
「約束です。今後はこの能力は使わないでください」
「⋯⋯僕は、平凡なピッチャーだ。でも、
「私利私欲ではなく、友情のために能力を使ったんですね」
「ああ⋯⋯」
「あたしたちはズルをして勝ちました、あなたもズルをして投げました。でも、ちゃんと見てくれる人はいます。大学でも、社会人野球でも、彼の親友として見守っていけばいいと思います。そしていつか『あいつは、僕の親友なんだぜ』って言える日が来ます。大丈夫っす。絶対っす」
「ああ、そうですね」
「あのっ!」
「なんでしょうか?」
「最初の打席、あなたも能力を使ったんですか?」
「ええ、使いましたよ」
「⋯⋯そうですか」
あまり納得いっていないようだが、
「
「は? なんで?」
「ちょっとした実験です」
「ん? ⋯⋯わかった」
「――ん? わぁっ!?」
「お疲れさまです」
「いったいなんなんだ⋯⋯?」
「今はまだわかりません。さ、帰りましょう」
星ノ海学園対関内学園の試合は、星ノ海学園のサヨナラゲームで幕を閉じた。