お止めくださいエスデス様!(IF)   作:絶対特権

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授受を斬る

彼女のことをどう思っているのか。彼にとってその質問は、一瞬の逡巡も見せずに答えられるであろう問いだった。

 

護るべき人。たった一人、この世の全てから庇護してやりたいと心底から思わされた唯一無二の、掛け替えのない存在。

 

まだ幼く、漠然とした善意でしか動けなかった自分の力に対して、明確に掲げられた指針。

 

そんなことは、彼女もわかっているだろう。彼はそれを口に出すことこそしなかったが、行動で示してきたという自負があった。

 

では、何故今更わかりきったことを聞いてくるのか。それは最早、ただの一つの要因に寄るとしか考えられなかった。

 

「失望させたか」

 

「……ちょっと寄りの、かなり」

 

なまじ文脈的にヘンテコでなかったぶん、動転していた彼女の耳と第六感にはいつもならばわかる『相互認識のズレ』のようなものが届かない。

故にそのズレは、気づかれぬままに加速する。

 

「悪かったと思っている」

 

「そこまで気に病まないでいいけど、やっぱり、その……チェルシーさんにも怖さとか色んなものが巡ってたわけよ。そこら辺を察してくれると、嬉しいかな」

 

「ああ」

 

前者は泣かせてしまったことを、後者は女としての覚悟を裏切られたことを。

全く違うことを話しているにも関わらず、二人の話は表面上は噛み合っていた。

 

余談ではあるが、この会話にはチェルシーの死因となりかねない『動転すると判断力・洞察力が八割方崩れ去る』という欠点がものの見事に現れていたと言える。

 

取り敢えずこの会話は、ハクが直接的な答えを以って問いに答えなかったという僅かな異変を残して決着した。

 

そして、帝国兵の襲来と言う嵐から束の間、再び嵐が舞い込む。

 

「失礼する!」

 

本来の歴史ならば片腕を喪ったことによるリハビリの為にろくに動けなかった眼帯を付けた銀髪の将。

 

ナジェンダが今回の嵐の目だった。

 

この将はエスデスと言う人という生物を卒業したナニカとの戦いとも言えない一方的な弾幕ごっこにより、片眼を喪っている。

彼女はこの『片眼を喪う』という常人ならば死にかけ、或いはリハビリに相当な期間を要するであろう怪我をこの戦に際して無理矢理切り上げた。

 

そして、自ら残兵を率いて城外に居た―――つまり、ハクの辻斬りとも交通事故とも言える突破によって多少の犠牲を出した帝国軍主力部隊を撃滅したのである。

その後、掃討戦は新たに選出した副官、ハクに至極真っ当ながら間違った反論を返した部隊長に任せ、彼女と親衛隊は城郭内部に侵入した敵を潰しまわっていた。

 

つまりその親衛隊であるラバックも単騎でフラフラ来たわけではなく、この作戦の一環として斥候の任を受けたら偶々囲まれ、逃げに逃げてハクの付近まで来た、ということになる。

 

「ラバックから聞いた時はまさかと思ったが―――」

 

火事場のクソ力とも言うべき超反応と歴代最高クラスの適性に任せた帝具との相性で黄色い石という無機物に化けたチェルシーには当然ながら目もくれず、彼女はハクの手をとった。

 

「―――感謝する」

 

その瞳には犠牲にしてしまった命が生きていてくれたことへの感謝があり、その感謝の底には自分の身を賭して己と兵を生かしてくれたことへの感謝がある。

 

これ程までに純粋な感謝の念を受けたことのないハクは、僅かに面食らった。

彼にとっての己とは他者を守る為の糧に過ぎず、極言するなれば『己の生まれ持った傲慢さ』を満たす為の器に過ぎない。

 

その傲慢さに嫌悪を向けられども、感謝される謂れはなかったのである。

 

「貴女と旗下の兵を救った私の行動は、私の欲と課せられた義務による物です。感謝される謂れはありません」

 

私欲に塗れた己の行動は、決して賛辞には値しない。無私の善行こそが彼女の瞳と言葉に宿る感謝を浴びせられるに相応しい。

 

例えばそれは、後方でこちらを軽く睨らもうとしながらも睨みきれていない緑髪の少年のような。

 

「義務と、欲?」

 

「兵足る者、将の盾とならねばならず、それを指した言葉が義務です。欲とは鼻持ちにならず、また満たされない私の傲慢さのことです」

 

思わず失笑する程に烏滸がましい、鼻持ちにならないほどの傲慢さ。

 

「私はとある人を泣かせない為に、何よりも私のエゴの為にも、目の前の命をむざむざ見捨てたくはありません」

 

見た目の押しは弱いが相当な実のところは自信家である彼には、あの状況でも生き残れるという確信と、それをなす為の覚悟があった。

 

彼が戦闘前に躊躇いを見せるとするならば、それはその自信に翳りが差した時であろう。

 

「それは、エゴか?」

 

「はい」

 

清々しいほどに明朗に答えるハクの内面の複雑さに一種の慎重さを抱きつつ用件を切り出そうとして離したナジェンダの手に、金と銀の輝きが鮮やかな一輪の腕輪が収められた。

 

自分が帝国を脱する時、戦力の慚減も兼ねて持ってきた曰く付きの帝具。

使用者を尽く灰と化してきた呪いの帝具が、彼女の手の内に握られている。

 

「そして、お返しします」

 

「やはり、他の物がいいということか?」

 

「いえ、そもそもそれは私のものではありませんので」

 

使える物ならば使わせ、本人が呪いの帝具など嫌だと言うならば革命軍の倉庫に押し込んである他の帝具をあてがおうとしていたナジェンダからすれば、それは意外な対応だった。

 

戦士からすれば、普通帝具というものには執着を持つものである。

使っている帝具が弱きに過ぎたものであればわからなくもないが、彼の帝具は紛いなりにも『亜強』と呼ばれる強力な物。

 

ならば、『他の帝具を見せていただけませんか』とか『正式に戴いてもよろしいでしょうか』とか。そういうふうに切り出してくるのが普通ではないか、と。

つまり、帝具という力の塊に執着を持たないのは少しおかしいと、ナジェンダは手に持つ呪いの帝具を見てそう思った。

 

「いや、貴方には正式にいずれかの帝具が授けられることになっている」

 

「そうでしたか」

 

またもや非常に淡白な返事にあって面食らいながらも、ナジェンダは一般兵を相手にしているとは思えない程に丁重に革命軍の倉庫まで案内し、一々目録を読む。

 

放てば必中を誇る弓の帝具。

 

プロトタイプを経て安全性が増した鎧の帝具。

 

炎を操る槍の帝具。

 

分裂し、盾にも鎧にもなる剣の帝具。

 

近接戦闘と言うよりは武芸特化型ならばということで用意されたそれらの帝具は、革命軍が対エスデス用の戦力として如何に彼に対して期待の念を抱いているかの裏返しでもあった。

 

現時点で革命軍内で最強といえる槍の使い手も、エスデスの互角に戦えるとは言えない。自身に問うてみたところ、謙遜もあろうが『精々手傷を負わせられるくらいで、倒すどころか生還も難しい』という答えが返ってきている。

これに対し、ハクは勝った。

 

勝ってなどいないと彼は認識しているが、血ほ赤色が滲む包帯で傷口を止血しながら去っていく馬上の姿を見た革命軍の密偵からすれば、それは明確な勝ちに見える。

 

そもそも瀕死になるまで撃ち合った挙句限界を超えた奥の手を放ち、負けた数日後に馬に乗れているのがおかしいのだが、それはハクも同じことなのでどうでもいい。

問題は、今まで不敗だったエスデスに黒星をつけた者が居るということだけだった。

 

だから革命軍は、彼を『英雄』として讃えた。戻ってきたら多額の報奨と相応の待遇を約束することですぐさま名乗り出てくれることを期待したのである。

 

その目論見は失敗したが、だからと言って待遇が変わるわけではない。

 

ハクはただの一般兵ながら、ナジェンダと同格かそれ以上の待遇、つまり特別扱いを受けていた。

 

「どれがいい?」

 

この将軍直々に案内するというのもデモンストレーションの一種と考えれば、納得がいく。

どうやら自分は他者と比べて別枠の扱いに遇することになるらしい、と。

 

決して馬鹿ではない彼はこの時点で己を取り巻く環境の変化を看破していた。

 

「……」

 

それらの帝具の他にも少数とは言え様々な帝具があり、その中には暫定的にとは言え嘗ては己の物であった帝具も含まれている。

 

明らかに『止めておけ』というふうに隅っこにおいてあるとは言え、候補としてそこに在った。

 

近接戦闘用の帝具をすべて見せろと言われた都合上、ナジェンダはこの呪いの帝具をどっかにうっちゃるわけにはいかなかったのである。

 

「では、やはりこれを」

 

「……正気か?」

 

ハクが手にとったのは、件の呪いの帝具。

一応注釈しておくと、彼は別に正気でなくなったわけでもなければ力に魅せられたわけでもなかった。

 

どうせ誰かが使うことになるのであれば、今のところは大丈夫な自分が使っておいた方が良いと判断したのである。

無論使い慣れているということもあったであろうが、これ以上この帝具による被害者を出したくないというのが彼の嘘偽りない本音であった。

 

「さて、帝具も決まりました」

 

「ああ」

 

見透かすような眼差しを向けられ、ナジェンダは改めて肝を据え直す。

何も帝具の授受だけが、彼女に与えられた任務では無かった。

 

「遥か北西にある峡谷地帯・プトラに、軍資金の調達に向かってもらいたい」


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