お止めくださいエスデス様!(IF) 作:絶対特権
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帝国のかなり南に、山賊の住み着いたファームと言う山がある。
この山賊は役所を襲撃し、役人や太守を殺して去っていくというかなり腕の立つ部類に入る賊であった。
ここに居る山賊を討伐する為にナジェンダ率いる帝国軍は一万の兵を以ってやってきた、はずだったのだが。
「皆、よく聞き、よく考えて答えて欲しい」
彼等一万の将であるナジェンダは、一度も高揚に将としての面貌を崩したことのない彼女としては珍しく、たかが山賊を相手にする前であろう今、その顔に高揚を浮かべていた。
そして、両隣に立っている副官にも覚悟と高揚が見て取れる。
(解せんな)
その槍働きで一万の内に百しか居ない親衛隊の一員になるまでに出世したハクは少し片眉を顰めて訝しんだ。
その卓犖とした武技で以って何度か敵の将の首を挙げたハクは、ナジェンダに何回か拝謁している。
これは何時如何なる時も冷静な仮面を被っていた彼女らしからぬと、彼は一人思っていた。
従卒に化けているチェルシーのニヤニヤっぷりを横目に、ハクは不景気な顔に似合わぬ整然とした姿勢で直立不動に立つ。
ともあれ主将が眼前に現れた以上、規律に則って行動せねばならないことは軍隊の基本であった。
「諸君。真に討つべき敵は、ここにあると思うか」
怜悧に見える口調ながらも口吻に激情を漲らせ、ナジェンダ将軍は語り掛ける。
(思います?)
主将の演説中に隣で口を開いた従卒の足を軽く踏みながら、ハクはチェルシーに問われた事柄に頭を回した。
正直、唐突に真の敵はどこにあるかと聞かれても答えに困る。これが民の安寧を目指す為に行われる討伐であったならば、真に討つべき敵は帝都に在り、役人に安寧をもたらす為の討伐ならば革命軍という組織そのものを踏み潰すべきであろう。
ナジェンダ将軍は、帝国でもかなりの良識派。その彼女が腐敗役人を庇護する為に兵を率いているとは考え難いから、この場合は前者に答えを誘導させたいのだろう。
(因みにですね。襲われた役人は腐敗役人って奴だってこと。これを広めたのはチェルシーさんで―――ぉう!?)
軍隊という組織を舐めきっているとしか思えない私語に対し、ハクはまたもや足を踏むことでこれに答えた。
つまり、黙れということである。
「真に討つべき敵は!悪政で皆を苦しめる佞臣達だ!」
ナジェンダ将軍の紡いだ、続きの一言。これに対する共感を深める為に暗躍していたのがチェルシーならば、彼女はナジェンダ将軍の意向をとうに看破していたことになった。
つまるところ、彼女は感じたのだろう。どことなく香る同族の匂いを。
「私はこれより革命軍に身を投じ、新しい国を作る。
民が安らかに暮らせる国を!」
チェルシーは本来、なんの影響も受けなかったならばこちらよりの思想である。
内からチンタラ治すより、破壊し切って新調する、といったような。
尤も、オネストという保身の怪物がいる現在の帝国では内から変えることはほとんど不可能に近い。変革を望む大多数が、後者の方法を取ることは容易く想像できた。
「激しい戦いになる。残してきた家族が気になる者も多いだろう!
強制はしない!
去る者も追わない!」
激しい戦いになることを告げ、兵士の身を慮っていることを告げ、強制せず、去就すらも自由であることを、ナジェンダ将軍は明朗に告げた。
それは流石に演説なれした将軍らしい弁論だと言えたし、巧みな意志高揚と燻っていた母国への不満を再燃させるような巧緻な魔力を持っている。
誰しも、不満はあるのだ。というか、帝国が圧政を敷いている以上は無い筈がない。
誰もが圧し殺し、奥深くに仕舞って見てみぬふりをしていただけ。何も自分がやることはない、自分にはどうすることもできない、と。言い訳に言い訳を塗り重ねて避けてきただけ。
その無念を掘り出され、逃げてきた自分を無理はないのだと肯定され。
「だがそれでも私についてきてくれる者がいたら―――力を、貸してほしい!」
そして、改めて協力を求められたならば。
それに返ってくるのは莫大な喝采と歓呼の叫びしか有り得なかった。
不満の燻りと人の持つ正義感を擽り、呼び覚ますような演説が功を奏し、実に全兵員の九割七分が元将軍となったナジェンダに賛同。帝国ではなく彼女本人に忠誠を誓うことになる。
この後、ナジェンダは実は山賊どころか革命軍の別働隊であったファーム山の一軍と合流。ナジェンダ軍は正式にファームへ入山し、暫しの休息の後に手狭になったファーム山から駒を進め、更に革命軍本隊へと合流しようとした。
が、この暫しの休息が命取りになろうとは、この時は誰も知らなかった。
「ハクさーん」
「何だ」
チェルシーは用意し終えた寝具に包まりながら、特徴的な伸ばすような発音で一応主人であるハクを呼ぶ。
彼は生真面目且つ几帳面なところがあり、それは親衛隊であろうとも兵である彼に支給された支給品である銃と剣に対しても発揮されていた。
彼は、どんなに疲れていようが武具の手入れを怠らないのである。
「チェルシーさん、偶にはそっちと代わろうか?」
チェルシーは、寝袋のような携帯用の寝具をピラリとはだけさせ、表情に僅かな罪悪感を見せた。
従軍して以来、彼は支給品である寝袋をチェルシーに使わせ、自らは大地に臥して寝ている。
その何気ない気遣いは嬉しいことには嬉しいが、やはり人の善意を利用してまで贅沢を出来るほど面の皮が厚くはないチェルシーにとっては平気な顔をしていられることではなかった。
「いや」
鏡のようになるまで武具の類を磨き上げ、ハクは刀身を鞘に収めて枕代わりの布の側に置き、銃を剣の隣に置く。
お休みとも何も言わず、ハクは身の丈程もある長剣を収めた鞘を一撫でして眠りについた。
彼が持っている帝国兵の一般武装には、帝具という始皇帝の御世に造られた四十八の超兵器に利用された技術が使用されている。
四十八の超兵器には滅んだ国の技術や失われた秘術などが惜しげもなく使われており、更には素材もこの世の生態系の頂点に君臨する超級危険種の生態部品を使っていた。
現在では到底再現が不可能なロストテクノロジー、オーパーツのたぐいであると言っても良いだろう。
その技術で実現可能な物を低コストで普及させたのが、今上帝から百年前。数百年前の大規模な内乱によって失われた帝具を補填する為、『戦いは数』という思想を体現したような政策だった。
故に帝国兵は強い。精鋭を揃えることこそ強国の道だとか何だかんだと言っても性能の良い武器を揃え、そこそこの練度を持った兵が使うことが一番手っ取り早いのである。
現に、帝都直属であり地方軍よりも性能が優越した兵器を持つナジェンダ軍は勝っていた。
二個の帝具に、研ぎ澄まされた練度と高い士気。これこそが手狭になったファーム山から革命軍本隊に合流せんとするナジェンダらを止めることのできない要因であろう。
だからこそ、ハクは訝しんだ。
「ハクさん、ちょっとの間だけ逃げません?」
従卒に扮した、この障子紙以下の耐久力しか持たない女の発言を。
「何故だ」
これはお前も望んでいたことだろう、と。
ナジェンダに気づかれない程度にはその叛旗を翻すための下準備を更に盤石なものへと備えてやっていたチェルシーらしからぬ翻意の理由を問い質す。
どうにも彼女はナジェンダ軍に敵軍が近づく一時間前になるときまってビクリと肩を震わせ、チラッと一時間後に敵が姿を見せる方角に目をやる傾向にあった。
本人は気づいていないのかもしれないが、今までは基本的にビビリ、その後にチラッと見た後は余裕ぶっこいていたのである。
つまり常識に沿って考えれば、彼女はこれまでにない脅威を感じ取った、ということになる。
「ヤバイのが来る、気がする」
「ほう」
「ハクさんが中の上くらいの実力だとしたら、上の下が二人と上の中が一人。後、上の上もきてる」
帝具を持っているナジェンダが上の中。同じく帝具持ちである彼女の仮面の副官が中の上だから、その迫りくる敵は十中八九帝具持ちであることに間違いはなかった。
「再起を謀ろうよ、ハクさん。確かにハクさんは強いかも知んないけど、帝具なしじゃあどうにもなんないよ」
「まあ、お前の見立ては外れんからな」
このまま動かなければ、彼等を含む一万数千人の状態は重傷を負って尚傷を治そうともしないそれに等しい。
流石にこれには、人類屈指の強心臓の持ち主であるハクも僅かに焦るほどに考え込まされた。
「皆で逃げるというのは、どうだ」
「追いつかれるに決まってんじゃん。相手は騎兵集団なんだよ?」
こちらは親衛隊であるハクすら徒歩であることからわかる通り、馬という生物の普及率が極めて悪い。精々馬術を心得ているのは親衛隊の隊長を含む幹部連中だけなのではあるまいか。
「抗戦しても勝ち目はないのか?」
「ない。絶対無い。だからほら、逃げましょうって言ってるんですよ。チェルシーさんは」
彼女は明らかに声色が乱れ、目には生死の懸かっていることを強調するかのような必死の思いがある。
彼女にとって他人などはどうでもいい。唯一繋がりを持つ目の前の一般兵の命こそが彼女の中では何よりも重かった。
常識的な判断である。皆、命に価値の差などはないと言う。しかし、個人から見ればそれはあるのだ。
自分の命プラス大事な命と、その他大勢。天秤にかけるまでもなく結論の出ることである。
だが、ハクは常識的なそれとは異なる結論を出した。
「結論から言うならば、それはできない。逃げるならば止めはせんが、私は義務を果たさねばならない」
「義務?」
「兵士の義務だ」
それきり彼は、彼女に対してひたすら黙る。
余計な理由を話せば、変なところで義理堅い彼女がどう動くか。それが彼にはわからなかった。
だが、ハクがなんの行動も取らなかったわけではない。
副官の中でも一番の下っ端であり、親しみやすい性格をしていると噂の一将校に包み隠さずこれから来るであろう危険を述べ、対策を求めたりなど様々なことをした。
当然ながら一兵の戯言に近い忠告―――というより予言―――は身を結ばなかったが、何もやらないよりは遥かにマシだろう。
彼はごくごく当たり前の反応であるところの冷ややかな眼で見つめられながら、一人ごちた。
その間、チェルシーは文句と愚痴を散々溢しながらもついてきている。
死ぬとわかり、それまでの時間が迫りくるという恐怖に怯えながらも何だかんだでふらふらついてきてしまうところに、彼女の独りでは居られないような弱さがあった。
「チェルシー、分かれ道だぞ」
「…………私を守るって言ったくせに」
「だから勧めているのだろうが」
口には出さないが、いざとなれば彼は自身の命を的にしてでも彼女を逃がす覚悟は決めている。
命を投げ出す程の覚悟をさっさとしてしまったが為に、この男は見ててムカつくほどの精神的不動さを持っていた。
「あと二分だからもう無理だよ……」
「そうか」
なら自分の命は、速くて三分。遅くて三十分といったところだろう。
ハクは極めて怜悧に己の命数を数え終えた。
そして、二分後。
氷の魔神がやってくる。
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