お止めくださいエスデス様!(IF) 作:絶対特権
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ハクは、チェルシーを探さねばならない。これは決定事項である。
約束は何が何でも果たさねばならないという心情を持つ彼にとって、彼女と交わした日数制限を設けぬ物は即ち、『可及的速やかに実行しなければならないもの』だった。
これはもしも、の話だが。
彼女と交わした約束の期限が三日と決まっていれば、三日の後に確実に会える為・最高のコンディションで会う為の準備を整えただろう。
だが、彼は無意識的にチェルシーの精神力がそこまで強くないということを察していた。
一人でフラフラ気ままな猫の癖して案外一人にしておくと精神的に参っていく様を、彼は彼女が太守を暗殺した時に学んでいる。
あの時は、ハクが居なかった。故に彼女は相談する相手も居らず、甘える相手も居なかった。
心の主柱がないまま、彼女は自分の無力感に打ちのめされていたのである。
その結果が、無謀と自己犠牲を爆発させたような単身による太守暗殺だった。
究極に切羽詰まってしまえば、彼女は決して強くない。心理的・肉体的な面で唯一の武器である知恵と用心深さまでもが無効化されては、彼女の勝ち筋はゼロに近いといえるだろう。
「……どうするか」
まさか街中で一目で女とわかるような名前を連呼するわけにもいかないし、鎧の不完全さによって血の赤黒さがポツリポツリと見て取れるような恰好では、警備隊の詰め所に同行することになりかねなかった。
恐らく、ストーカー行為の取り締まりとかで。
それに、彼女は街を歩くときに適当な人物に変装しながら歩く傾向にある。視認で見つけることは不可能に近い。
そこで彼が取り出したのは、棒付きキャンディだった。
正確に言えば、『棒付きキャンディの残骸』が正しい。しかし、ここでは別にどうでもいいので突っ込まない。
残骸になっている理由はと言えば、何故残骸になっているのか、と聞かれれば『当たり前だろう』としか返せないものであろう。
この飴は、エスデスとの戦いで大破した物だった。
「……ふむ」
包み紙を解き、割れている飴の匂いを嗅いで歩き出す。
この時点で相当なレベルの不審者であることを、彼は幸か不幸かまだ知らない。
「こちらだな」
ダウジングでもしたように、或いは何を見つけた犬のように。ハクは迷い無い足取りで西を向いた。
チェルシーがいつも舐めている飴は、カンチュウでしか生産されていないというレア物である。
そして、極めて閉鎖的なカンチュウから人は出ていかないし、品物もまた出ていく傾向にはない。
つまり、その匂いを辿ればチェルシーがいるということになるのだ。
彼の一見しようが百見しようが不審者でしかない行動を解説すると、こうなる。
どうしようもなく不審者でしかないことを除けば、己の身体能力を活かした極めて合理的な探索法であった。
「…………」
チェルシーは、ハクの帰りを待っていた。捨てられた仔猫のように項垂れ、心無しか蝶のようなリボンも萎れ、いつも明るさの絶えない顔も曇っている。
常識的に考えれば南門から帰ってくるであろう彼を、彼女は南門の側でずっと待ち続けていた。
しかし彼は、西門から帰還した。
理由は単純に、流されていたからであろう。
というか彼は、自分が西門から入ったことすら知らなかった。
馬車もどきの操縦に任せていた為、適当に目のついた門から帰還したのである。そこかチェルシーからすれば予測不可能の点となった。
「チェルシー」
「!」
稲妻のような速さで細い首が後方に振り向こうとし、そのあまりの勢いと可動域の限界から、彼女自身が座り込んでいた石から落ちる。
「大丈夫か」
ハクは、苦笑した。
振り向き損ねて尻から地面に落ちた彼女の腕をとって立たせてやり、ぽん、と。変わらぬ橙の髪を靡かせて南門側の石に腰掛けて佇む彼女の右肩に右手を乗せる。
「約束は守ったぞ」
「うん」
黄金の鎧が光の粒となって消え、血塗れの軍装が露わになった。
空気を読んだのか、たんに傷の治療が終わったのかは不明だが、ともかく鎧は右手の環に収まる。
そして、鎧の代わりにチェルシーが血塗れの軍装にまったく怯むことなく身体を付けた。
「おかえりなさい」
「ああ」
めそめそと泣き続けるチェルシーの頭に手をやり、撫でつける。
泣き止まない子供を慰めるように、ハクはゆっくりと背を叩いた。
「私は借家をすることになると思うが、お前は何処に住んでいる?」
「一軒家」
「ほう」
「買ったの」
めそめそ泣き続けながらポツリポツリと言葉を吐き、チェルシーはハクの服の裾を掴みながら歩く。
地味に地価の高い南都というべきエイで平然と一軒家を買える辺り、彼女の財力が伺えた。
「金はどうした」
「カンチュウで鉄屑と廃材とかで色々作ったり、売ったりしてた時のお金があるから、それで」
「いちいち持ち運んでいたのか」
「南方で好まれる宝石とかにしてるに決まってんじゃん」
めそめそ泣き、はぐれないように血塗れの裾をギュッと掴みながら吐いている台詞ではないと思うほどに勝ち気な言葉を吐いたチェルシーを、ハクは再び軽く撫でる。
どこでどう育とうが、彼は女性の髪が好きだったろうと思われるほどに、彼は髪が好きだった。
無論慰めるといった意味も含まれているが、数多ある方法の中から撫でるという選択を無意識の内にしているのだから、それは否定できないことだろう。
「着いた」
「門に近いし、巨大だな。防衛上あまりよろしくないのではないか?」
「だって、一瞬でも長く門に居たかったんだもん」
夜になればお世辞にも治安がいいとは言えない帝国内の都市であるエイでは、ただの女である彼女が独り歩きするにはあまりにも危険だった。
払暁あたりに弁当を持参して行って、日が沈み切る前までに帰って、深夜まで内職するというのがここ三日間のチェルシーが過ごしてきた日常である。
「心配をかけたが、今の私は健康だ」
「そんな希少すぎる服装しててよく言うね。そこまで説得力がないのも珍しいって位の格好だよ、それ」
ザ・血塗れとでも言うべき古典的落ち武者ファッションなハクが言っても、その健康宣言が持つ説得力は無に等しかった。
痩せ我慢ということも、充分にあり得る。
「服はお風呂場で脱いで、これに入れて。捨てるから」
「ああ」
血まみれのまま放置された服など、洗ってもどうにかなるものではない。
チェルシーは袋に突っこまれた服一式を燃えるゴミに突っ込み、一応従卒としての役割で預かっていた代え服を台の上に出す。
彼女がやるべきことは、色々あった。
「む」
「長風呂だったね」
身に纏っていた血と鉄の匂いではなく、石鹸といつもの陽だまりのような匂いをさせながら、風呂から出たハクは背もたれ付きの椅子に腰掛ける。
「随分といい匂いだな」
「ゴハン作ってるからね。お腹空いてるでしょ?」
チェルシーは料理がかなりできる少女だった。
まだ十八かそこいらの小娘いえども、彼女の腕は熟年の主婦のそれを上回っているだろうと確信させるほどに、彼女のレパートリー及び味はハクの好みに合致していたのである。
待つこと、暫し。リボンとカチューシャと耳当てがセットになったような自身特注の謎道具を外したチェルシーは、ころもをつけて揚げた鶏肉を盛りつけた皿を運び、炊きたての白米を椀に盛りつけ、南瓜のスープをよそった器をカタリと置いた。
白米を炊く時にも謎の機械を使うのが、チェルシークオリティーというところであろう。
「いただこう」
「召し上がれ」
席についたチェルシーに向かってちょっと拝む様に手を合わせ、ハクは返事を待ってから食事に箸をつけた。
カラリとしたころもが香ばしい鶏肉と、胡散臭い謎の機械を使ったとは思えない程に程好い硬さ、柔らかさをもつ白米。
それらを食べた後のデザートのような感覚で食べられる、食材の甘みを活かした温かみのある橙色をした冷たいスープ。
調理時間の短さが味に比例するものではないと証明するような美味の数々をハクは珍しくガッついて食べ、チェルシーはテーブルに向かうように座り、肘をついてそれを眺める。
こういうぬるま湯のような日常を、彼女は心から望んでいた。
「食わないのか」
「もう何か色々いっぱいだからいいの」
風呂に入る前までの泣き顔はどこへやら、いつもの明るさを取り戻して軽い調子で返事を返すチェルシーを不思議そうな顔をして見つめ、ハクはスープを飲み干す。
「おかわり、いる?」
「スープをもらえるか?」
先程まで南瓜のスープで満たされていた器をチェルシーに突き出し、ハクは一番の好物を要求した。
甘すぎない甘さが、彼の好みである。甘さが全開なデザート物は苦手だが、控えめな野菜そのものの甘さならば寧ろ好き、というのが彼の面倒くさい味覚の最たるものだった。
「はいはい」
とっくに胃袋を掴み終えているチェルシーは、嬉しさと満足感ではずむように厨房に戻る。
この後は彼の帝具の解析でもするかと思いつつ、チェルシーはスープをサラリとよそった。
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