お止めくださいエスデス様!(IF)   作:絶対特権

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ネコ丸大王様、luy様、@ドラゴン様、Marduk様、saq様、怠者様、中二秒様、kera様、爆弾人間15号様、エクシェ様、評価いただきありがとうございましたぁ!
luy様には最高評価いただきました!


涙を斬る

カツ、カツ、と。

 

腰から腿を囲うように開いた板のような装甲に付随してきた黒いレアメタル製のブーツが蹄鉄のような音を鳴らす。

後方の少女をプリズムのような覆いで守り、胸の赤石を茫洋と光らせながら迫る黒地の金鎧を纏った騎士に対し、帝国兵は僅かに下がった。

 

既に二人が額を砕き抜かれ、脳漿を撒き散らしながら死亡。もう一人は利き手を鎧ごと砕かれている。

 

全く強そうに見えなかった、纏う鎧が本体に見えるような優男が徐々に強そうに見えてきたことも、彼等の恐怖を助長していた。

 

重い金属で軽い金属音を鳴らしながら一歩踏み出すごとに増していくその恐怖を感じぬとばかりに、一人の帝国兵が立ちはだかる。

 

「っがァァあ!」

 

利き手を砕かれた帝国兵の決死の反撃は、手に持った剣によって行われた。

利き手を潰されようが、年を喰った帝国兵ならば片手で銃を、片手で剣を持って戦える。

 

その足運びにも怒りで増幅された力があり、常よりも速いことは確かだった。

 

「お前も怒っているのか」

 

後一寸で刃が届く、その刹那に満たぬ一瞬。

ハクが突き出した黒と金の手甲に覆われた指で描いた円から剣が現れ、片手の手首から先を潰された兵士の心臓にその黄金の刃が突き刺さる。

 

心臓を捉えた瞬間に凄まじい熱と光が剣刃から放出され、貫かれた兵士の肉体が灰と黒ずんだ炭へと変わった。

足元まで落ちてきた灰と炭を踏みつけ、騎士は更に前進する。

 

珍しく順手で持たれた柄から伸びた黄金の刃は暴力的なまでの光を納め、その力の解放を待つかのように鈍く光っていた。

 

「奇遇なことに、私もだ」

 

人が貫かれた瞬間に灰に変わるという異常事態に対して逃げることすら覚束ない帝国兵に、ハクは静かに剣を突き出す。

 

なんの抵抗も肉を裂く独特の音すらも無く入っていく刃に、貫かれた本人すらも呆然と黄金の刃を見つめた。

周りの兵も驚愕に支配されて後退りすらできず、制御が可能となったかのように無駄に苛烈ではなくなった光と共に灰に変わっていく二人目の兵を見つめ、気づく。

 

「ヒィィィィイ!?」

 

目の前の黄金より黒の目立つ物へと変貌した鎧を纏った騎士が、人外の力を持つものだと。

 

後方から響くゆったりと歩をすすめる馬の蹄鉄を思わせる足音に恐怖をかき立てられながら、逃げ出した彼等の最後尾を走っていた兵の心臓を一条の光が穿いた。

 

「あ……が……」

 

光線を受けたことに気づいた兵はまず穿かれたことに気づき、驚き、痛みに苦しむ間もなく灰と炭の混合物に変わる。

残り四人。束になって逃げていく彼等を、新たに生まれた灰と炭の混合物を踏み締めながら静かに見つめた。

 

幼き頃にはチェルシーを背中に乗っけて駆け回っていた脚が曲がり、力がバネのような膝に篭もる。

 

「まあ、待て」

 

彼には珍しい溜めのある行動から放たれたのは、瞬間移動めいた超速移動。

最後尾の一人の肩を掴み、心臓に黄金の刃を突き立ててその身体を灰に返させながら、死神のような騎士はやっと開かせた距離をゼロにして立っていた。

 

「う、馬……ッ!」

 

軍馬にさえ乗れば、軍馬にさえ乗れば、何とかなる。逃げ切れる。

この死神が一息に詰めたのは精々5メートルから7メートル。馬でそれ以上の距離を開くことに成功すれば問題ない筈だった。

 

あの瞬間移動のような変態機動を繰り返すことができるなど、彼等は想像すらしたくなかったのである。

 

「なるほど」

 

残った一人が飛竜と馬に乗って逃走を計ったことを察知し、ハクは剣を利き手である左手に持ちながら、ギアを一段一段上げていくようにして駆け始めた。

 

危険種と従来の馬を掛け合わせた帝国軍の軍馬は、速い。軽装備の帝国兵が乗っていることもあり、一般に普及している馬の五倍の速さを持っている。

たとえ俊足のランナーが全力で駆けたとしても人である以上は馬には敵わない、はずだった。

 

「ハァッ、ハァッ……」

 

死を告げる蹄鉄めいた金属音が奏でる音曲が一気に加速し、恐怖に負けて振り向いた瞬間に黄金が真横に並ぶ。

 

「逃げるなよ」

 

下から鋭利な鷹の目で見据えられ、馬上にある帝国兵の身体が竦んだ。

ガチガチと歯が鳴るのを感じる。

 

灰と炭になって消えていった仲間たちの死ぬ瞬間を思い出し、彼の身体は反射で動いた。

馬に思いっきり鞭打ったのである。

 

「軍馬より速い人間なんて、いない、いない、いないんだ!」

 

「否定するな。現実を見ろ」

 

鞭打たれて一時的に加速した馬に軽々追いつき、あまつさえ追い越し、楽々と彼は馬の進行方向である前方に立った。

 

二秒も経たず、射抜くように突き出された黄金の魔剣に男が胸から突き刺さる。

 

加速を心臓に対する無理矢理なつっかえ棒によって止められたその骸は、勢いのまま前に進んだ。

そして、血を潤滑油として止められた反動で後ろに向かい、意思無き肉塊は灰と炭へと変わる。

 

残りは、一人である。

 

「空か」

 

とりあえず駆け、剣を光に変えて仕舞って銃を出す。

武器をとっさに切り替えられることがこの帝具の最大の長所だと、ハクは正気で思っていた。

 

実際のところ、この帝具の長所は光で織られた様々な武装と赤石による無敵の再生能力、強固な外甲と優秀な副武装などの多岐に渡る。

彼が思っている武器の切り替えの速さは確かに長所ではあるが、無敵の再生能力と強固な外甲の方が常人からすれば『長所』なのだ。

 

残った一人が乗っているのは、飛竜。危険種の代表的存在である竜種であり、竜騎兵の主な足となる知名度の高い生物である。

この飛竜には『航続距離が短い』という欠点があるものの、これに乗って行動する竜騎兵の移動速度は全兵種の中でもピカイチであり、始皇帝の覇業に大きく貢献したという確固たる実績と実力を持っていた。

 

それに対し、脚が速いとは言っても所詮は陸上生物であるハクはどう対処すればよいのかということになる。

 

「……む」

 

短距離だけならば軍馬より速い飛竜になんでもない事のように追いつき、ハクは手元に出現させた銃で飛竜の頭を狙って光弾を放った。

 

彼のオーソドックスな装備は、帝国兵のスタンダードである長剣と銃あと盾。環境が違ったならばまた違う武器を使用していたかもしれないが、西の異民族の暴威を受け続けていた身としては彼等の軍の主な構成員である騎士の使う長剣と盾、馬対策の銃というのがベストな選択であろう。

 

盾と剣を持って突っ走り、平均レベルでしかない背丈の持つ僅かな膂力で苦心しながら敵を高速で叩き斬るのが彼の主な戦法だった。

時々遠距離から狙撃する為に銃も扱うこともあるが、弾速よりも遥かに速く動ける以上、自分が弾丸になって突っ込む方が効率的だったのである。

 

かといって、狙撃が下手なわけではない。

 

「くぅ……」

 

飛竜単体ならばともかく、人を乗せて飛んでいる以上は高度を上げるより、下げる方が素早く避けることができた。

 

飛竜が翼をはためかせながら僅かに高度を下げた瞬間、飛竜の後方、尾方に凄まじい衝撃がかかる。

 

脚が速いということは、脚力に優れているということである。

まあ、脚が速いということと跳躍力が高いことはイコールでは結べないが、やはり人並みに脚力が無ければ高くは跳べない。

 

そして彼は先ほどの屋根跳びで見せたように、割りかし跳躍力がある方だった。

チェルシーの『言われた時にすぐ来てよ』という無茶ぶりによって強化された脚力が、完璧に活かされていると言える。

 

「お前で最後だ」

 

銃が光の粒となって消え、代わりに手には件の黄金と銀の彩色を持つ剣が顕れた。

 

背中から刃の鋒が見え、一瞬の閃光の後に骸すらも残らぬ、灰と炭との混合物へと身体が変わる。

 

その黄金にはまだ輝くような煌めきはなく、単純に日光を受けて光っているだけに過ぎなくとも、飛竜の操縦者の網膜には、これまで念入りに心臓を貫かれて死んでいった同僚たちの姿が写っていた。

下がろうとした身体の頸の根を黒と金の手甲に包まれた右手が掴み、骨が軋むような音が上がる。

 

気道を抑えられ、視界が何かに遮られるように明滅した。

 

「終わりだ」

 

左手に構えられた剣が胸に突き刺さり、心臓が極光で痛みの一つすら感じることなく灼き尽くされたことを不思議と実感する。

 

一瞬で灼き払われた意識と共に、人であった肉塊は灰と炭へと焼け落ちた。

 

「…………」

 

その灰と炭の混合物を味気無い目で見たハクは、飛竜を町中の広場に着地させるべく駆る。

飛竜を収納できるところは、その巨大さ故に限られていた。

 

このエイという巨大な街でも、灰と炭へと姿を変えたこの男が飛び立ったこの場所でしか飛竜の着地や飛翔は不可能だろう。

 

無言で飛竜の額を撫で、彼はすぐさまチェルシーの元へと駆け寄った。

彼の身体に、鎧はない。意志の固さと凶暴さが同居した攻撃的な鎧は、最後の一人を貫いた瞬間に解かれていたのである。

 

「ハクさんが怒ってるのって、似合ってないね」

 

「こちらの台詞だ」

 

庇護すべき対象を光の迷彩で隠すプリズムのような防壁が揺れながら消え去り、彼の目には鮮やかな夕陽の色が映し出された。

目に少し泣いた様な痕があったことが、ハクの罪悪感を更に煽る。

 

彼は、チェルシーが泣くのが嫌いだった。弾けるような、陽のように明るい笑顔でいて欲しかった。

 

「お前に涙は似合わない」

 

「知ってる」

 

あくまでも陰鬱な感情を表に出すことなく、明るく軽く―――いつものように振る舞う彼女の頬に手をやり、親指の腹で涙を拭う。

 

「お前の笑顔は、私が守ろう」

 

まだ僅かに震える華奢な身体の両肩に手を乗せ、跪いたハクは安心させるように視線を合わせた。

心底から遅れた自分を嫌悪しているハクは、剥き出しになった感情を誓いに変えながら言い切る。

 

基本的に他人を助けることを厭わず、優先順位などはつけない質であるハクの極めて珍しい『人らしさ』がそこにあった。

 

「もう泣かないから、大丈夫。他の人のところ行ったげてよ」

 

「…………チェルシー」

 

「私は、ほら。今中途半端に甘えるより、後でまとめて甘えたいから、さ。行ってよ」

 

震えていながらも気丈な態度を崩さないチェルシーの両肩から、ハクはゆっくりと手を離す。

強く眩しい意志の輝きが、彼女の瞳に宿っていた。

 

「私は、さ。人が泣いてるのを見るのがイヤなんだ。だからこうして、いっつもいっつも貧乏くじ引いてるわけよ」

 

悪政を敷いていた太守を殺したのも、元々はそれが原因である。

 

悪政に対してどうすることもできない人が泣いているのに、どうにかすることができる自分が見てみぬふりをしていて、いいのか。

あのままいけば、彼女の人生は円満だった。だが、自分の円満な幸福を維持するために虐げられている他者を見殺しにできるほど、彼女は強く在れなかったのである。

 

全ては無理でも、一人でも減らせればそれでいい。それが彼女が修羅の道を選んだ理由だった。

 

「ハクさんの力も、貸してよ」

 

彼の戦う理由など、それ以外には有り得ない。チェルシーの現実味のある理想に釣られる形でここに来たのだから、少なくとも彼女の賛同していることだけは確かであろう。

 

「勿論だ」

 

力強く頷き、もう一度プリズムのような盾を貼り直す。

 

「無事に、戻ってきてね」

 

その言葉に一度だけ振り向き、頷いて。

彼は風の如く駆け出した。




感想・評価いただけると幸いです。

ハク

近接:80
遠距離:25
帝具練度:15



・武器出しカウンター

防御→攻撃の起点になることが多い技。手元に武器を出現させる。必中。レンジ・近。

・刺突

チェルシー発案。心臓から光を全身に巡らせて身体を灼き尽くす。相手は死ぬ。レンジ・近。

・斬る

出現させた剣の刀身から光の刃を生成して敵を切り裂く。レンジ・近〜遠。

・盾出しカウンター

敵の骨や武器が折れる。攻撃の起点になることが多い。


エスデス

近接:70
遠距離:80
帝具練度:80

・斬る

腰に佩いたレイピアで斬りつける。切り口から凍らせることも可能。レンジ・近。

・突く

貫いて内部から凍らせる。八割方、相手は死ぬ。レンジ・近。

・近接氷結

肉体的接触を介して対象を凍結させる。八割方、相手は死ぬ。

・遠隔氷結

適当なところから氷を生成する。レンジ・中〜遠。

・奥の手

???





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