お止めくださいエスデス様!(IF)   作:絶対特権

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レモンジーナ様、トペンル様、l爺l様、野良犬様、yutana様、リョウタロス様、glare様、評価いただきありがとうございます。

リョウタロス様には十評価いただきました!正直、これが一番嬉しいです!


アカメを斬る 一

その足音は、長らく南西方面に駐屯している帝国兵たちのトラウマとなった。

余りにも特徴的に過ぎ、到底隠密行動には向きそうもないその馬蹄のような足音が響くけば、幾人かの首が飛ぶ。

 

「……彼我の戦力差は見せた」

 

通りがかりにすれ違った帝国兵十数人と向かってきた二小隊を、手に持つ黄金の剣から繰り出される剣技のみで全滅させ、ハクは馬上にあった将の頸に剣を突きつけた。

 

彼は、無用な殺生は好まない。この程度の実力しか持たぬ帝国兵、それもたった二千程度ならばものの五分で彼等を二千の首と肉塊に変えられるだろう。

だがそれは、通らねばならない過程であって目的ではない。

 

ハクの目的は、一人でも多くの民の笑顔を守ることだった。敵を殺すのは二の次でいい。

 

「疾く退け。退けば私は手を出さん」

 

――――しかし、退いたふりをして戻ることがあるようならば。

 

「四方百里、どこに居ようと私の刃が貴様等を討つ」

 

先に軍馬と飛竜に追いつく光景を見せられていた将と二千の兵士に、それは実質的な死刑宣告に聞こえた。

 

「ひ、退く」

 

「ならば、こちらも退こう」

 

頸に突きつけられていた剣が霧散し、単身で二千を圧倒した騎士は凡そ5メートルはあろうかという壁を助走無しで跳び越える。

 

一瞬で見えなくなった騎士と、遠ざかる馬蹄の如き足音。

それから更に逃げるように、南門方面を任された二千の帝国軍は退却を開始した。

 

無論ハクが向かってくる全ての敵を感知できるわけではない。そんなことは冷静に考えれば誰でもわかることだろう。

しかし、彼等は尋常な状態でなければ冷静になれる頭でもなかった。

 

彼等の頭には、得体の知れない怪人を見た後に残る恐怖しか存在していなかったのである。

 

こうして南門の帝国軍も退き、東門、北門と撤退は続いた。

そして三軍が撤退したことを知らぬ西門の帝国軍に、蹄鉄の騎士が向かうことになる。

 

「ん?」

 

略奪品を手に不思議そうな顔で振り向いた帝国兵の首を飛ばしながら脇を通り抜け、ハクは地面を僅かに砕きながら駆けていた。

血の雨が彼の歩んできた道を舗装し、肉塊と首がそれを彩る。

 

ハクは、まだ己の身体の中に怒りの感情が残留していることを感じていた。

 

(壁か)

 

一区画間を駆け回り、ひたすら帝国兵の首を落として回っていた彼は、再び壁を前にする。

このエイという都市は大きく東西南北の四区画に分かれており、その四区画がそれぞれ商業区画・住居区画の二つに分かれていた。

 

つまりこの都市は、全部で八つある区画で構成されているのである。

 

彼が駆け回って帝国兵を駆逐したのはこの内の七区画。残るは西門の商業区画だけであった。

 

「フッ!」

 

蹄鉄を思わせる独特の歩行音の発生源である黒鉄と金のレアメタルで構成された足裏が寸前まで踏んでいたタイルが粉々に割れる。

凄まじい負荷と脚力が掛かったことの証明の様に割れたタイルの破片が宙を舞い、黒と金の鎧に包まれた身体が飛翔したかの様に軽やかに越えた。

 

跳んだ時とは違ってタイルが砕けない程の巧妙な力配分で着地し、ハクは辺りを見回す。

正面から右、ついで再び正面。更に左。

 

睨め回すようにじっくりと見回したハクの視界に、見覚えのある緑が移った。

 

「あの時の少年か」

 

複数人を相手にしてどうやら苦戦しているらしいことが、誰の目にもわかる。

 

三対一での戦いなどは、単純に数的な不利であった。

囲んで棒で叩くというと馬鹿らしく聞こえるが、実際囲まれた上でその囲んでいる者達が全員棒を持っていならば、確実にその囲まれた者は死ぬだろう。

 

囲まれた時点で死が確定すると言うのが、乱戦における鉄則であった。

 

右に回り込まれた兵が剣を突き出せばそちらに気を割かれ、割かれた気の隙間を突くようにして左に回った兵が斬りかかり、それを避けても正面の兵が一歩後方に追い詰めるように圧し込んでいく。

 

このままではその剣の扱いの拙さもあって壁に圧し込まれて死んでいたであろうところを、ハクは偶然発見した。

 

「―――シッ!」

 

気づかれぬ程素早く駆け、すれ違いざまに一人の首を斬り落とし、袈裟がけに両断。

 

残る一人の頸に蹴りを食らわせて首の骨を折り、彼は緑髪の少年を軽く蹴った。

 

「どぉ!?」

 

味方だと思っていた存在に唐突な攻撃を繰り出され、緑髪の少年ことラバックは完璧に予想外だと言わんばかりの悲鳴をあげて地面に転がる。

 

そして彼が寸前まで居た地点に銃弾が突き刺さった瞬間、『生きていたのか』と言う驚愕を上塗りした『こいつは裏切ったのか』という疑念が解けた。

 

「スナイパーが居る、のか?」

 

「私の側から動くな」

 

質問に口で答えるよりも先に行動で示し、ハクはただ一点を凝視する。

ちらりと見えたその姿は、女。

 

それも自分よりも相当に背の小さい、少女と言うべき存在だった。

 

(……八人か)

 

狙撃手と同じチームだと思われる戦士が、後七人。いずれも手練であることを、ハクの鋭敏な感覚が彼に的確な情報を齎す。

多対一ならば慣れ切っているが、これほどの手練を一気に相手にするという経験には慣れていなかった。

 

「ラバック、退け」

 

「そう言っても、どこから―――」

 

ラバックの問いごと、ハクが乗り越えてきた壁がただの一蹴りによって砕かれる。

人一人がやっと通れるくらいの楕円の穴を顎で示し、ハクは周囲へと気を散らした。

 

変わらず、八人。チェルシー風に分類するならば、上の中が一人、上の下が三人、中の上が四人。決して侮ることのできない戦力であるし、今まで見せている一糸乱れぬ追い込みから推測される高度な連携を加味すれば、下手すればこれからの戦闘は上の上を二人相手にすることよりも過酷なものとなるだろう。

 

過ぎ去っていく足音を背後に、ハクは再び思考を巡らした。

ラバックを追おうとする者は、一人としていない。つまり狙いはラバックではなく、自分であろう。

 

(否、私と言うよりはこの帝具か)

 

呪われているらしいこの帝具も、元はといえば帝国の四十八の超兵器の一つ。取り返しに来たというのは、如何にも筋が通っていた。

 

彼からすれば、別段この帝具に愛着があるわけでもない。返せと言われればすぐさま返却するつもりであったが、一時的にせよこれはナジェンダ将軍の管轄下にある軍によって管理・使用されている。

 

大本の筋を通すならば帝国に慎ましやかに返却すべきであり、今仕えている主への筋と返すことによる不利益を鑑みるならば、彼は渡さないべきだった。

 

「おい、そこの」

 

だらしなく伸ばした長髪と、佩いている如何にも呪われてそうな刀が特徴的なその男を見、ハクは早々と実力を悟る。

 

上の中。あの長く蒼い髪の美しい帝国兵にかなり負けるが、それでも相当な実力者だった。

 

「その帝具、渡してくれるか?」

 

「……筋はそちらにあることは認めるが、渡す訳にはいかん」

 

一考の後、彼は筋を通すことよりも主の不利益とならないことを選択した。

あっさりと決めたような間ではあるが、そこには彼なり苦悩がある。

 

「即断だな」

 

この男は外面だけ見てそう評したが、この場合は正しくなかった。

尤も、外見的には冷酷かつ一顧だにせずに断ったに過ぎないのであるから仕方ないと言える。

 

「なら、力づくでいかせてもらうぜぇ!」

 

心眼による気配察知を介さずに傍から見たら唐突に、足元の土中から口元だけでた黒いスーツを着た屈強そうな男がズボリと生えた。

言うまでもないが、軽いどころではなくホラーである。

 

「―――そうか」

 

生えてきた瞬間に脚を掴んで地面に引き摺りこもうとした男が身構える暇もなく、ハクの脚が二歩下がった。

未だ、ただの一度も公の場で認められたことのない武技を暗幕のように包み隠す押し出しの弱さは解除されていない。

 

しかし。

 

「ガイ、避けろ!」

 

「ッ手ぇ出すな、潜れ!」

 

暗幕が見せた僅かなブレに、赤眼黒髪の少女と目の前のザンバラ男が反応する。

 

嘗て死闘を繰り広げた髪の美しい一般兵ことエスデスは、ブレる前から察知した。

そしてこの二人は、僅かなブレから察知した。

 

素質における上の上とそれ以外との差がこれ程までに出た例も無いだろう。

 

「む」

 

二歩下がり、一歩腿を振り下げて顎を蹴り飛ばす。

単純に言うならば、二歩下がってからボールでも蹴るように顎を弾いただけ。

 

鍛えに鍛えられていた筈の暗殺者チームのナンバー2は、スポーツのような一撃をまともに喰らった。

振りも大きい、見ればどうくるかわかるほどの単純かつ一般的な攻撃とすら言えないモーション。

 

ただ速いだけのその一撃を顎に喰らい、ガイと呼ばれた男は引っこ抜かれ、そのまま放り投げられた人参のように地に沈めていた胸から下を外気に触れさせながら仲間の元へと蹴り飛ばされる。

 

地中からの不意打ちでアドバンテージを取り、一気に叩く。それは彼等暗殺者チームの定石であった。

現にその定石は強い。『普通、地から人など生えてこない』わけであるし、『地表に何の鳴動を与えずに地中を移動できるわけがない』のだから。

 

しかし、ハクは何もないはずの空中から氷が生成される瞬間を見た。

自分の鎧の内部からノータイムで氷が生成されるのを見た。

挙句の果てには弾いたはずの剣が何故か手に収まっていた、という『階段を登っていたと思っていたら下りていた』並みの異常現象に出くわしている。

 

今更、地から人が生えたからなんだというのか。

 

「さぁ、こい」

 

一種超兵器への諦めにも似た感情を抱きつつ、ハクは帝具を纏うでもなく無に構えた。




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