ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公都

 公国最大の都市である公都は、周辺村落と合わせて人口三十万を越える大城郭都市である。公国の総人口がおよそ三百万とされているため、この一帯に国民の約十分の一が居住している訳だ。

 

 規模的にはリ・エスティーゼ王国やバハルス帝国の首都に及ばずともその賑わいは相当な物があり、特にここ数年は経済成長のお蔭か、居住する多くの人々の顔にも活気が見て取れる。

 特に大通りともなれば早朝でも道行く馬車やごったがえす人、人、人の波で真っ直ぐ歩くのにもコツがいる有様だ。近々大規模な区画整理が為されるとの発表もあり、〈コンティニュアル・ライト/永続光〉の掛かった魔光灯を主要な道に設置する計画が進んでいたりもするらしい。

 

 そんな活気あふれる早朝の公都に一人の少年がいた。

 

 あっちにふらふらこっちにふらふら、高い建物を見上げては『うわぁ!』立派な馬車が通るたびに『おお……』と感嘆の声を挙げるその子供は、絵に描いた様なおのぼりさんであった。詩を諳んじる吟遊詩人の声に耳を傾けては立ち止まって聞き入り、大道芸人の披露する軽業や手品に拍手を送る。見るもの全てが物珍しいとばかりに、あらゆるものに興味を示しては引き寄せられていた。

 

 三つ編みにした白金の長髪を尻尾の如く揺らしながら軽やかに歩いて行くその少年を良く見れば、シャツは貴金属の輝きを帯び、衣服の所々に鈍色の金属装甲が当てられていて、身を飾る装飾品の数々がマジックアイテムである事に気付けたかもしれない。

 齢十代半ばにも届かなさそうな少女の如き容貌をした少年の名は──イヨ・シノン。本来の名を篠田伊代と云う、十六歳のユグドラシルプレイヤーであった。

 

 思いっきり寄り道を繰り返してはいるが、彼の目的地は冒険者組合である。猫を追って横道に入ったりはしても、動物的感覚が優れているお蔭か、迷ったりはしない。猫を見失った段階で来た道とは違う細道を通って元の大通りまで帰還し、またふらふらと蛇行しながら進んでゆく。

 

 途中で空腹を覚えたのか、露店で串焼きなどを買って小腹を満たし──お代は金貨三枚等と云う露店の親父の冗談を真に受けて本当に払い、絶句した親父から説教を受けていた──イヨはとうとう昼頃になって、公都の冒険者組合まで辿り着いた。

 

 冒険者組合は街の中心から東に外れた位置にあり、貴族街に市民街、商人や職人たちの拠点が軒を連ねる地所など、どの地区からでもアクセスが良い場所に建っていた。

 何気に大公のおわす公城も近く、ちょっと離れて視界を広げれば一緒に眼に入った。公城は他の建物よりも高所にある為、下半分が冒険者組合の建物で遮られて天空城の様に見える。

 

 『あそこに偉い人──大公様だっけ? がいるんだよね』などと思ったイヨは、校長室を遠巻きに眺める小学生の様な気分になる。気にはなるが何となく怖くて近づきがたい、そんな感情だ。

 

 暫しして、イヨは冒険者組合に踏み入った。両開きの戸を静かに開け、閉める時も音を立てない様に静かに閉める。そうして前を向くと、多くの武装した男女──パッと見た所、受付嬢らしき職員たちを入れても、男女比は七対三ほどだ──の視線がイヨに殺到した。

 殺到した視線は僅かな時間で逸れたが、未だ多くの人間が自分に意識を向けているのをイヨは感じた。同時に、子供だから悪目立ちしているんだろうな、と納得する。

 

 イヨの他に十代と思しき人物は殆どいないし、ほんの僅かな例外も皆大人びた体躯や顔つきをしている。十代とは言っても十九か十八歳ほどの者達だろう。確か殆どの国では十六歳で成人として扱われているらしいから、そう考えると立派な大人なのだ。

 イヨも十六歳だが、自分の外見が実年齢より幼く見える事は自覚している。高卒から五十代までの大人で構成されていた空間に十代半ばの子供が一人紛れ込めば、それは違和感を覚えるだろう。

 イヨは努めて前だけを見ながら──気分は職員室に入ってしまった小学生である──受付らしきところまで歩みを進め、丁度手が空いたらしい一人の女性に話しかけた。

 

「冒険者として登録したいんですが」

 

 少し小声になったのは、何となく周りの人が聞き耳を立てているような気がしたからだ。別に聞かれて困る話ではないが、聞かれていると思うと何故か声を潜めたくなる。

 

 そのせいでもないだろうが、イヨに話しかけられた女性、栗色の髪の受付嬢は目を丸くした。視線をはっきりと動かしてイヨの身体を上から下まで見渡し、もう一度顔をまじまじと眺め、数瞬の間を置く。受け取った言葉が余程予想外だったのだろう、理解するのに時間が掛かっている様だった。

 

「はぁ……依頼では無く、登録でよろしいのですか 」

「登録です。冒険者になりたいんです」

「……ええと、本来こういう事を言うのは私の仕事では無いのですが、止めておいたほうがよろしいのでは? 冒険者は危険な仕事ですよ。大の大人の男でも危ないのに、お嬢ちゃんには荷が重──」

「こう見えて十六歳です。あと、僕は男です。実戦経験もありますよ」

「ええ?」

 

 受付嬢を責める事は出来まい。イヨだって、高校の部活動に、小学生にしか見えない子供が入部申し込みに来たらちょっと事態の把握に時間が掛かる。この国ではあまり戸籍制度がしっかりしていないそうだから、確認も困難であろう。

 

「えっと……こう言っては何ですが、年齢制限と云うのは実際有って無いようなものです。やろうと思えば幾らでも誤魔化しが利きますし、確認も証明も困難ですから。女性は冒険者になれない、という事もございません。実際、王国のアダマンタイト級の冒険者チームの蒼の薔薇は全員女性で構成されたチームですからね。公国のオリハルコン級チームにも何人もの女性がいますし……」

 

 歯切れ悪く長々と喋った女性は、更に言い募る。

 

「しかしですね、あからさまな虚偽を申告されても困る訳です。こちらとしては、本人が強く希望されたなら断る事は困難な訳ですよ。基本的には誰でもなれる職業ですし、自己責任の世界ですから。でもちょっとですね、えっと、流石に幼い子供は──」

 

 口は達者では無い様だが、余程真面目なのだろう、この女性は。言わんとすることも何となくは察せられる。本当に何となくだが。

 

「一応ですね、リーベ村と商人のベーブ・ルートゥさんの所で雇われの仕事をしたことがありまして、その時の顛末と実績、報酬などを書き記したものを書状として頂いているんですよ。それぞれ印と署名付きです。外見はこうですけども、性も歳も偽ってはいませんよ」

 

 この辺などはSWの導入でよくある『君たちは○○という冒険者の店に所属する冒険者だ』で流せたら楽なのだが。住所不定無職の子供が職に就けるだけでも有り難いと思わねばならない所か。

 

「ベーブさんは冒険者組合とも取引があるとのことで、事がスムーズに行くように口利きをして下さると言って下さったんですよ。そちらにもイヨ・シノンという名の人物が登録に来ると云うのは伝わっていると思っていたのですが」

 

 予めアイテムボックスから取り出しておいた書状を手渡す。

 

 イヨの外見では登録に際して手間が掛かるかもしれない、と予測した商人の配慮は間違っていなかった訳だ。リーベ村の村長が認めてくれたのと同じ書類を即座に用意してくれただけでなく、公都に着いてすぐに部下を冒険者組合に走らせてくれた彼に感謝の念をイヨは抱く。

 

 受付嬢は何かを思い出したのか様に手元の書類──厚手の紙で、あまり質は良くない──を漁り、やがて見つけた目的の一枚に素早く目を通し、眼前のイヨから手渡された書状と見比べた。

 

「オーガ、ゴブリン、トロールを一蹴……!? しょ、将来はアダマンタイト級にも至るだろう人材……!? こんな小さな女の子が、あ、いや、男の子? が……!?」

 

 その口でパクパクと譫言めいた言葉を口ずさみ、数秒掛けて落ち着きを取り戻した彼女は、イヨに向かって静かに低頭した。

 

「──申し訳ございません、確かにご連絡を頂いておりました。署名捺印もご本人様のもので間違いないようですし、直ぐに手続きをさせて頂きます」

「よろしくお願いします」

 

 イヨもしっかりと頭を下げる。冒険者組合の職員さんとは長く付き合う事になるだろうし、お互いに気持ちよく仕事がしたいものだと思いながら。

 

 イヨは元居た世界においてバイトさえもしたことが無い、ある意味箱入り息子であった。

 

 地方公務員の両親は高いお金を出してイヨを学校に通わせてくれたが、イヨ自身が空手の実績を積み重ねていくにつれて推薦と奨学金を獲得し、より良い条件の進学を叶えることが出来るようになった。二人の弟妹も小学校に通えているが、三人分の学費を賄うには相当に厳しかっただろう。イヨの学費が比較的低く抑えられているから、弟妹達が学校に通えているという面もある。

 

 その事について両親に『何時も助かっているよ、ありがとう』と言われた時、イヨは不思議な気持ちになった。

 

 部活や道場から帰って来て、忙しい両親の代わりに出来る限りの家事をこなすのは空手の練習と同じくらいに当然の事だったし、弟妹が生まれてからは二人の世話も増えたが、愛しい家族との触れ合いを億劫に思った事は無い。弟妹が小学校に上がってからはある程度余裕も出来たので、自分の時間を作ってゲームで友人と遊んだりもできるようになった。

 

 イヨは自分の好きな事を好きな様に続けているだけの気持ちであったし、両親の頑張りのお蔭で自分は暮らしていけていると強く意識していたから、まさか感謝されるとは思わなかった。

 

 その時からだ。強く在り続けるだけでは無く、勝ち続ける事にも意識が向いたのは。

 ただ強くより強くと思って熟していた練習時に、両親と弟妹の助けでいられるように在りたいとの思いが加わったのも。

 

 受付嬢が流れるように語る規約やら心得やらを聞き覚えながら、イヨは思う。

 両親の様に頑張って働こう、と。

 

 

 

 

「……以上で手続きは完了です。プレートの受け渡しは明日正午頃になります」

「ありがとうございました。ではまた、明日のお昼に」

 

 受付嬢と会釈を交換し合い、三つ編みの少年は冒険者組合を出ていった。

 

「今の女の子、妙に長く話してたな? よりによって冒険者組合に道を聞きに来たって訳でも無いだろうし、一体どうしたんだろうな」

「何処かの商家の下働き──って風でも無いな。物腰もえらく丁寧だったし、貴族家の子弟か何かじゃないのか? 書状を手渡してたみたいだし、依頼を届けに来たんだろう」

 

 そう話し合っているのは、依頼票の貼ってある掲示板の前でたむろしていた冒険者チームだ。五人組で、下げたプレートは鉄だ。鎧を纏った戦士が三人、軽装の野伏が一人、ローブに身を包んだ魔法詠唱者が一人と云った構成の様で、やや前衛に偏ったチームだった。

 

「なあ。丁度いいやつも無いみたいだし、どんな依頼が入ったのか聞いてみないか? 予想通りに貴族家からの依頼、それもわざわざ子弟に届けさせる様な代物だったら、報酬も期待できそうだしさ」

 

 野伏があげた意見に、リーダーらしき男は改めて掲示板を見渡し、ややあってから頷いた。

 

「ん……だな。ゴブリンやウルフなんかを相手にする様な身の丈に合ったのも無いみたいだし、前みたいに背伸びしてサンダーバード【雷の鳥】とかち合いたくはないしな」

「こっちの開拓村へ物資を運ぶ馬車の護衛依頼は? 悪くなさそうな条件だが」

「馬鹿、良く見ろよ。デナ平原を通るルートだぞ? 万が一フレイムホーン・ライノセラス【炎角の犀】なんかとぶつかる可能性も無い訳じゃないんだ、今の時期は止めといた方がいいだろ」

 

 意見の一致を得たらしい一行は鎧をガチャガチャと鳴らしながら受付へと歩いて行き、ちょっと天然が入っている事で有名な受付嬢、パールス・プリスウに、リーダーが代表して声を掛けた。

 

「すまん、さっき入った依頼の詳細を教えてほしいんだが」

「え? 依頼は掲示板に張り出してあるので全部ですよ?」

 

 見知った顔の冒険者チームだからか、パールスの態度は若干気安い。年甲斐も無く小首をかしげて疑問を表現する彼女に、冒険者たちは何時ものぼんやりが出たのだろうとさして気にする様子も無く再度問うた。

 

「さっき来ていただろう? 書状を持った女の子だよ、のんびりした顔で金髪三つ編みの。あの子が持って来た依頼の詳細を知りたいんだ。掲示板の物には丁度いい難度の依頼が無かったからな」

「え、あの子ですか。あの子は依頼者じゃないですよ?」

「あの子が依頼者じゃないのは察しが付くよ。あの子が持って来た依頼は、って聞いているんだ」

 

 お互いに思い込みがある為、微妙に意思疎通がかみ合っていない。しかも、パールスは『冒険者の人達ってあんまり人の話聞いてくれないのよねぇ』などと思っているし、冒険者たちは冒険者たちで『またこの女は適当な事を言いよってからに』と思っているので尚更だ。

 

 そのまま口論とまでは行かずとも、あーだこーだと云い合いが始まる。半分以上は見知った者同士のじゃれ合いの様なやり取りだが、終始天然扱いされていたパールスがつい口を滑らせた。

 

「だから、あの子は冒険者になりに来たんですよ! いいですか、依頼を持って来たんじゃないので、新しい依頼は入ってません!」

「はあ!? あんな小さな子が冒険者に!?」

 

 両者の声は大きかった。それはもう、冒険者組合の一階ロビーにいたすべての人間の耳に入る位に大きかった。

 

「おいおい、まさかそれを許したんじゃないだろうな!? あんな子供が冒険者になったって野垂れ死ぬかモンスターに喰い殺されるだけだぞ!?」

 

 イヨの年齢はこの国で成人として扱われる十六歳に達している。しかしそれはこの世界において証明しようのない真実であり、外見年齢は十三か十四歳ほどでしかない。

 

 勿論その年齢で働きに出ている子供は幾らでもいるが、イヨの外見はのんびりおっとりとした少女の如く可憐である。ただでさえ冒険者という職業は危険極まりないものとして認知されており、当たり前のように人死にが出る。

 子供がやっていける仕事ではないのは火を見るよりも明らかであり、常識的な人物なら当然引き留める訳だ。

 

「わ、私だってそう思いましたよ! でもほらこの書状に、すっごく強いって、将来はアダマンタイト級にも届く人材だって、そう書いてあるから……」

「ちょ、あんた、何を部外者に内容漏らしてんのよ!?」

 

 慌てて声を挙げたのは、隣の席の受付嬢であった。今の今までは暇であったために見逃して見物していたが、パールスが書状の文面に言及し、あまつさえ大声で内容を喋った事で、それどころでは無くなってしまった。

 

 道義的にも職責的にも、関係の無い人間に書状の中身を知らせるなど言語道断である。たとえ中身がどうでもよい内容だったとしても問題だが、今回のそれは組合と取引のある商人からの、特定の個人の推薦、口利きをする内容だ。

 不正、非合法の類では断じてないが、無関係な人間の耳に入れて良い事では絶対に無い。

 情報管理の在り方について、組合長からお叱りを受けるだろう事案である。

 

「あんたはもうほんっとに……! それさっさと仕舞いなさいよ!」

「す、すいません~!」

 

 イヨが去ったあと、冒険者組合は何時もよりももっと賑やかになっていったのであった。

 そして勿論、『十代前半の少女が冒険者となる事を組合が認めた』『さる商人から推薦を受けた大型新人が現れた』『道に迷った少女がよりによってあのパールスに道を尋ねて大層難儀したらしい』などの、真実をみじん切りにして練り物にしたような噂が広まったのであった。

 

 

 

 

 さて、そんな事は知る由も無いイヨはと言えば、冒険者御用達の宿屋に来ていた。大通りや組合の前などと違い、路面は舗装もされていない。だからと言って穴ぼこだらけであったり汚物が道端に捨てられている訳では無いものの、通りに立ち並ぶ建物の雰囲気と相まって、何となくアウトローな印象を見る者に抱かせる場所であった。

 

 宿屋は三階建ての木造で、良く言えば古色蒼然、悪く言えば蹴っ飛ばしたらそのまま倒れそうなぼろっちい建屋であった。好景気に沸く公都の中でこの建物周辺だけが時代から置き去りにされているかのような陰気さを放っており、今見ただけのイヨが、景観を害するとかいう理由で近隣住民から苦情が来ていたりはしないのだろうかと心配になって仕舞う有様である。

 

 それでいて出入りする人々の顔は暗くもなく普通なので、一層アンバランスな一角と化していた。

 

「ピカレスク風のキャンペーンをやった時のPCたちの根城がこんな風だったかなぁ……」

 

 裏通りにヤク漬けの廃人やら死体が転がっていれば、まさにその通りの塩梅になる。汚職役人と情報屋辺りがあれば役満だろうか。

 

 そう考えていると、何だかイヨはワクワクしてきていた。

 

 宿屋に向かってずんずんと歩を進めながら考える。やっぱり店主は強面筋肉質の大男で、『ミルクはねぇよ。此処は酒場だ、酒を頼め』みたいな事を言うのだろうか。

 

 ドアを元気に開けて中に入る。

 

 やはりそこはテンプレートと云うか、メジャーな造りをした内装だった。

 丸いテーブルに椅子が置いてあり、あまり清掃の行き届いていない薄汚さで、筋肉質で思い思いの武装をした人々が座って酒を飲み、もしくは煙草をふかしながらカードゲームに勤しんでいた。

 

 奥のカウンターにはやっぱり筋肉質で大柄で、熊の様に毛深い店主がいて、酒瓶を入れ替えたりグラスを拭いたりしている。全体的に賑やかで、イヨも嫌いでは無い雰囲気であった。

 

 イヨが入店した瞬間に店内は静まり返るが、本人は沸き立つ気持ちの所為でそれに気付かない。軽やかな足取りでカウンターに接近し──

 

「嬢ちゃんよ、何処と間違ってきたのかは知らねぇが、此処はお前さんみたいな娘が来る所じゃねぇぞ。警備兵の詰め所が通りをずっと歩いて行った所にあるから、道ならそこで──」

「違います、僕は此処に来たんです! 一泊お願いできますか?」

 

 店主は毛深い顔をぎしりと歪めた。そのままイヨにずずっと顔を近づけて眼を付け、

 

「間違って入ってきたんじゃあねぇとすると、お前さんはまさか冒険者って事か?」

「はい! 今日登録手続きをしてきました! あと、僕は嬢ちゃんじゃありません! 十六歳です、れっきとした男です!」

「かっ!」

 

 嘆かわしい、と言わんばかりに店主はそっぽを向いてしまった。肩を大きく上げて落とし、全身で苛立ちを露わにしている。

 

「お前さんみたいなチビが冒険者だと、十六歳だと! 嘘も大概にしろよ小娘、あんまり舐めてると女子供でも容赦しねぇぞ」

「嘘じゃないです、本当です!」

 

 事実本当なのだからそう言うしかないのだが、ぶっちゃけイヨ本人も年相応の外見には見えないという自覚があるので、店主の怒りは理解できた。

 イヨが店主だったとして親元に帰るように説得しただろうから。

 

 その後も押し問答が続いたが、結局は村長とベーブ・ルートゥの書状で押し通した。書状に眼を通した店主は尚もイヨを睨み付けたが、イヨが目を逸らさずに見つめ返すと、苦々しい顔で宿泊を認めてくれたのだった。

 

 相部屋に止まるという事で銅貨を数枚払い、朝食に肉を大盛りしてもらう分で三枚を追加で払って、イヨはめでたく本日の宿を手に入れたのだった。ちなみに、ユグドラシルの金貨はアイテムボックスに突っ込んである為、今払ったのはリーベ村と荷馬車の護衛で手に入れた現地の通貨である。

 

「イヨ・シノンと言います! 諸先輩方、これからよろしくお願いしまーす!」

 

 腰を直角以上に折り曲げて、イヨは居並ぶ面々に大声で挨拶した。そして踵を返し、二階への階段へと歩んでゆく。当然その道すがら、冒険者たちが屯しているテーブルの間を進むわけだが──

 

 イヨは与り知らぬ事だが、新入りの冒険者がこういった店に来た場合、先達から課せられる通過儀礼として、居丈高にいちゃもんを付けられたりあからさまに難癖で絡まれたりする事が良くある。

 

 先輩冒険者が新人に舐められない様にすると云う意味合いもあるにはあるが、本来的には危機的事態への対応を見る事によって、当人の人格やら能力やらを見測る目的があった。

 

 例えばこの通過儀礼で余りにも情けない様を晒せば、冒険者稼業を続けていく限り何時までもついて回る傷となりかねない。『あいつはいざという時、ビビるばかりで碌に喋れもしなかった』などの情報が公然の事実として出回ってしまう為だ。

 モンスターとの命の奪い合いを日常とする冒険者たちにとって、いざという時に頼れる人間かどうかは、仲間を選ぶ上でとても大きな判断基準である。いくら魔法の腕が良かろうとも恐怖で足が竦んでしまうようでは足手まといにしかならないし、いくら強かろうと危なくなれば味方を見捨てて逃げ出すような奴には背中を預けられないのだ。

 

 無論そういった物事は一朝一夕で分かるものでは無く、この通過儀礼もあくまで判断の一助でしかない。しかし、殆どの冒険者たちにとって、最初の関門が此処である。

 

 華麗に切り抜ける事が出来れば引く手数多だし、無様を晒せば嫌厭される。この第一歩を如何に踏み越えるかが重要なのは間違いが無い。

 

 さて、その第一関門はイヨにどう襲い掛かるのか、イヨはそれをどう潜り抜けたのかと云えば──

 

 ──何も起こらなかった。

 

 

 

 

 トントントン、とリズミカルな歩調で二階へ上がってゆく少年を見送り、先達の冒険者たちはお互いに視線を交わし合った。

 

 ──おい、何で誰も掛かっていかねぇんだ。知るか、おめぇが行けよ。そもそもあの子供は何者だ? なんで店主はあのガキを追い返さなかったんだよ。店主の子供か何かじゃねぇのか? 嘘だろ、あの猛獣みてぇな面からあんな娘が生まれるかよ。矢鱈と元気に挨拶していったが、まさか冒険者になろうってんじゃないよな。あんな子供は組合が弾くだろ、どっからどうみても年相応のガキにしか見えなかったぞ。店主に聞いてみたらいいんじゃないか。いやだよ、元白金級冒険者だぞ、おっかねぇよ。全く情けねぇ奴らばっかりだな。うるせぇ、だったらてめぇが行けってんだ! 

 

 視線を言葉に変換すればそんな所か。

 

 要するに、イヨは余りに子供過ぎたのである。会社の中を子供がうろついていても社員だとは勘違いしない様に、彼らの中の常識がイヨを『新人冒険者』として判断させなかったのだ。

 

 店に子供が入って来た時は驚いたが、危機意識の薄い迷子の箱入り娘が道でも聞きに来たのだろうと云うまだしも常識的な判断をしてしまったために、誰もイヨと店主の会話に耳を傾けておらず、それゆえに、イヨが金を払って二階に上がっていった時は訳が分からなかったのだ。

 

 ──迷子じゃなくて客なのか? 

 

 湧いた疑問に脳が判断を下す前に渦中の人物がさっさと行ってしまったから、ただ疑問だけが残ってしまったのだ。

 

「もし、もしだぞ? さっきのが新人だったらだ。明日改めて突っかかっていきゃいいのか? なんつーかよ、あんなちいせぇ子供に絡むのは罪悪感が先に立つんだが……」

「だからってお前、あの小娘が自分の実力を勘違いしてよ、野垂れ死にしちまったらそれはそれで後味が悪いじゃねぇか。速いとこ現実を教えてやるのが大人ってもんだぜ」

「武器は持ってなかったし、首から下げてた物は見慣れない形だったが多分聖印だろう? それで何か勘違いしてるんじゃねぇのかな、後衛なら直接戦わなくてもやっていけるとかさ」

 

 イヨは【ハンズ・オブ・ハードシップ】と【レッグ・オブ・ハードラック】を、公都に入る直前から外していた。触れただけで麻痺を齎す鉱毒の塊をぶら下げたままでは人混みを歩けなかったからだ。当然の配慮ではあるのだが、武装していないイヨなど本当にただの子供にしか見えない。だからこうなるのである。

 

 やがて冒険者たちの話題は徐々にイヨを心配するものになっていった。彼らは強面だし態度も荒っぽいが、だからと云って人の命をなんとも思っていない悪漢かというとそれは違うのだ。

 人並みに心を持っているし、仲間に対する思いやりもあり、家族を愛する心もある。いわば普通の人間たちなのである。

 

「多分相部屋に行っただろうし、誰か同じ部屋の奴は呼んできてやれよ。あんな小さな子供流石に見捨てられねえ。早いうちにやめとけって話だけでもしとこうぜ?」

「推定神官たって、あんな匙より重いものも持った事が無さそうな娘っ子はなぁ……いくら何でも無理だろう。説得すんのは速い方が良いやな」

 

 荒れくれの冒険者らしからぬ善意的で良心的な判断が纏まり掛けた時だ。一人の男ぼそりと声を挙げたのは。

 

「今日ってよ……リウルがいるんじゃなかったか? ほら、あの……」

 

 リウルと云う人名は、冒険者たちに雷鳴の如く響き渡った。さっきまで腰を浮かしかけていた男がどすんと椅子に落下し、他の席の男たちと気まずそうな視線を交換する。

 

「……俺は無理だ、最初の頃にモロ本人に言って怒りを買ってる」

「この前蹴っ飛ばされたばっかりだし、今日は一段と機嫌が悪そうだったからな、俺も遠慮するよ」

「あの外見じゃあパッと見分かんねぇよなぁ……無理だ、俺もパス」

 

 

 さっきまでの意見をかなぐり捨てても、そのリウルという人物には関わらないという意見で男たちは一致している様だった。

 苦虫を噛み潰した様な表情で酒を飲み下し、男たちは口々に呟く。

 

 

「公国に三つしかねぇオリハルコンチームのメンバーが、なんだってこんなしけた宿なんかに……」

「財布の紐がかてぇんだよ、飲食と仕事以外ではな。寝るとこなんか安ければ何処だって構わねぇってやつだからな」

「さっきの三つ編みの嬢ちゃん、無事だと良いがなぁ……」

 

 

 

 




SW2.0の超越者リプレイを呼んでいたら遅くなりました。

皇帝陛下強くてびっくり。
ライダー技能が生きててほろり。
やっぱマギシューは強いやと手を打ち。
ジークの姉ちゃんそれでええんかとツッコミ。

伝承に出て来たエンシェントドラゴンに乗った超越者ライダーって、一体どんだけ超越したらそんなのに騎乗できるようになるんですかね……。



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