ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公都:面接申し込み

 公都の冒険者組合で働いている名物受付嬢、パールス・プリスウは、今日も今日とて頑張ってお仕事に勤しんでいた。本人的には至極真面目に一生懸命なのだが、今まで積み上げた輝かしい実績の数々の所為か、一挙手一投足にはらはらされがちである。

 

「ちょっとあんた、今その書類に同じハンコを二回押さなかった?」

「えっ。……大丈夫ですよ、ちゃんと正しい箇所に一回ですよ?」

「そう? ならいいんだけど……」

 

 信用されていない訳では無い。無いと思う。仕事は普通に任せられているし、処理能力に劣る訳でも無い。なのに如何にもチェックがキツイというか、信頼が条件付き染みている気がした。その条件とは、一人っきりで繊細さや正確さが要求される仕事をさせない、と云う物だ。

 

 冒険者の方たちなどはもっと酷い。依頼票の誤字精査や正誤を他の受付嬢に見てもらう位はパールスの目の前で平然とやってのける人がいる。

 

 曰く『君はちょっと抜けてる。しかも自覚が薄い』だとか。

 

 そう言う人に限ってパールスの事をまるで小さな子供の如く扱うのである。パーちゃんやスウちゃん等と気の抜ける仇名で呼ばわるほどだ。

 パールスはこう見えて十九であり、大人の女性である。子供の時分から冒険者組合で細々とした下働きをこなし、成人を期に受付嬢を任されている。身長は成人する少し前から伸びていないが、身体と中身はしっかり成長している。足りないのは身長だけだ。他の部分は全て大人の女に相応しいボリュームを備えている。

 

 自分が子供扱いされがちなのは全て身長の低さ故に違いないと、パールスが少々ズレた事を考えていた時である。冒険者組合の玄関が開かれ、一人の小さな人影が入ってきた。

 白金の三つ編みが歩みに合わせて尻尾の様に揺れている。金の瞳が気持ちキッっとしていて、なんだか子供なりに決意の表情である。パールスはその可憐な少女の如き容姿の人物に見覚えがあった。昨日冒険者組合を訪ねて来た少年である。

 

「あ、イヨちゃんだ」

「あんたね、友達じゃないんだから……」

「先輩、あの子あれで男の子なんですって。信じられます?」

「はぁ? あのね、人には色々と事情ってモノがあるのよ。本人がそう言ってるんだったら建前上でもそう扱うの。組合が冒険者と認めた以上はね」

 

 先輩受付嬢はなにか理由があってそんなあからさまな嘘をついているのだと思っているらしい。ならばそれを酌んで、そう扱うべきだと。

 本当に男だという現実は、どうやら可能性としてすら頭に浮かんでいない様だ。

 

 ──んー? でも本人は本当に男だって言ってるんだよね。書状にもそう書いてあったし……でも見た目は完全に女の子だよね。どっちなんだろ?

 

 パールスはちょっと悩んで、性別を区別せず『可愛い子供』として判断する事に脳内で決定した。イヨが十六歳だという事実は、彼女の頭からすっぽり抜け落ちている。

 

「あれあれあれ?」

 

 てっきりプレートを受け取りに真っ直ぐパールスの所に来るかと思えば、イヨは途中から鉄プレートの男性冒険者に引っ張られ、掲示板の方へ方向を転換した。依頼が貼ってある掲示板では無く、その横にある比較的小さな掲示板の方である。各チームがメンバー募集の広告を張ったり、組合の告知などが張り出されたりする連絡掲示板だ。

 

 よくよく見れば、イヨの周りには十人近い冒険者が付いて歩いている。偶然一緒のタイミングで来たのかと思えば、何やらイヨの付き添いの様な雰囲気だ。銅から銀位までの冒険者チームのリーダーたちであり、パールスも知っている顔ばかりだった。

 

 連絡掲示板が小さいと云ってもそれは依頼票が貼られる掲示板と比較しての話だ。小柄なイヨと比較すれば身長より遥かに高く、横幅も大きい。

 

 彼ら彼女らは身長が足りないせいでに全体を見渡せていないイヨに変わって、なにやら特定の掲示物を探している様だ。やがて見つかったのか、やはり小さいせいで手が届かないイヨに代わって、それを取ってあげている。

 

「……あの子、冒険者やって行けるのかしら?」

「え、でも強いらしいですよ? 書状に書いてありました」

「ひ弱そうな感じこそしないけど……本当に子供じゃないの。しかも女の子よ?」

 

 男である。十六歳である。公国の定めた法で云えば、立派な成人男性である。

 

 如何に外見が日向で和む猫の如き飼い慣らされた愛玩動物感を醸し出していようと、その一挙手一投足は岩をも砕き鋼を両断するのである。転移前の篠田伊代の身体ですら、その気になれば素手で鉄板を折り曲げただろう。

 スペックだけを抜き出して考えれば、イヨは相当に屈強な男なのだ。例え道端で予兆なく暴漢に襲われたとしても、即時に回避と反撃を行えるだけの実力と精神性を培っている。

 

 生まれ持った可憐な容姿と育んだ稚気溢れる人格が、ひたすらにそれらを感じさせないだけで。

 

「何をしてるんでしょうね。プレート貰う前に仕事を受けることって出来ましたっけ? ん? 出来たとして、やる意味ありましたっけ?」

 

 先輩受付嬢からの返答は無かった。パールスが隣に視線を送ると、彼女は金級の冒険者パーティーと依頼の受理手続きの真っ最中であった。彼女は正面を向いて滞りなく仕事を遂行しながら、パールスに向かって『前を向け!』と手付きで合図してきた。

 

 あ、はい。とばかりに前を向くと、

 

「あれ、イヨちゃん」

「え? は、はい。イヨですけど……」

 

 受付嬢からの突然のちゃん付けであった。イヨは不可思議とびっくりが入り混じった器用な表情を浮かべている。周りの冒険者たちは、またかと言いたげな生暖かい視線を彼女に送ってきた。

 

 パールスの足がカウンターの下で横からコツンと蹴飛ばされる。無論蹴ったのは先輩受付嬢である。円滑に笑顔で仕事を進めながら上体を全くぶらす事無く蹴りを入れ、パールスに向かってだけ怒気を放つと云う熟練の離れ業を行使する彼女に、パールスの肌が恐怖で粟立つ。

 

「も、申し訳ございませんっ。少々気が抜けておりました。……プレートはもう出来ておりますので、今受け渡しを──」

「あ、いえ、その前にちょっと要件がありまして」

 

 先程よりも強く蹴りが入った。放たれる怒気は最早殺気と同等の鋭さでパールスを刺す。『真っ直ぐ来たらいい所をわざわざ連絡掲示板に寄ってから何か持ってきているのだから、そっちが先でしょう!』と肉体言語でパールスに伝えているのだろう。たかが一蹴りでそこまでの情報量を伝達しうるとは、控えめに言って神業だ。

 

 先輩受付嬢ことリリュー・ムーは、結婚を機に引退して冒険者組合の職員となった元ミスリル級冒険者である。未だに現役時代の八割近い強度の鍛錬を熟しているだけあって、その戦闘力は恐らく受付嬢界では最高位であろう、不死殺しの異名を取った対アンデッド戦の名手だ。

 

 如何にパールスが自覚無しに鈍いとはいえ、流石にこれ以上の粗相は不味いと、心の中で深呼吸。

 少年がおずおずと手渡してきた通知に眼を通し、

 

「……こちらの掲示物が如何かいたしましたか?」

 

 少年が持って来たのは、公国内最高峰のオリハルコン級冒険者チームのメンバー募集要項が記載されたものだった。少年の意図が読めず、パールスは彼の周囲に控えた冒険者たちに目線をやるが、何やら口を出したいのを堪えている様な表情を浮かべている。

 

 パールスは真剣に疑問だった。書類に不備でもあって、親切心から持ってきてくれたのだろうか──あれでも最初からこれを探していたような素振りだったし? 等と思っていると、

 

「メンバーを募集していると伺ったもので、僕が──立候補? 志願? したいのですけど、【スパエラ】の皆さんは今は組合にいらっしゃると聞きましたので、宜しければ案内していただけないかと」

 

 ああ成程、とパールスは一人納得する。成り立ての新人さんだから、クラスやランク関係の事が良く分かっていないのだろうな、と。

 その辺りの事は昨日説明したのだが、一回では把握出来なかったのだろう。まだまだ遊びたい盛りの子供なのだから仕方が無い。自分もこの頃はそうだったものだ。

 

 そう思うと、パールスは急にこの少年に親近感が湧いてくる。同類の臭いがするというか、お友達になれそうな感じの子である。そう言えば身長も同じ位だ。

 

 此処は一つ、お姉さんが小さな親切をしてあげようと決め、

 

「えっとですね。イヨさんはですね、昨日登録したばかりなので、いきなりオリハルコン級のチームに、というのは無理かと。宜しければ私の方で銅か鉄プレートのチームを何件か」

「いえ、分かってます。僕は横紙破りを承知の上で、オリハルコン級のチームに入れて頂きたく参りました」

「ふえ?」

 

 漸く其処まで話が進んだかと、控えていた冒険者たちは揃って一歩前に出た。

 

「俺達は合同で、イヨの飛び級措置を組合に求めに来たんだ。今いるのは各チームの代表だけだが、他の面子も同意してくれてるぜ」

「この子の力は本物よ。実力だけなら今すぐにでもアダマンタイトを名乗れると保証しよう」

「前例は無いかも知れないが、門前払いせずに【スパエラ】と引き合わせてくれたら十分だよ。最悪後で直接会えば済む話だが、事後承諾じゃなく、組合認可の下でチーム入りさせてやりたいんでね」

「え……ええええええええ!?」

 

 素っ頓狂なパールスの悲鳴が一階ロビーに響き渡り、周囲の者たちは『またパールスが何かやらかしたのか』と慣れた様子でそれを聞き流していくのだった。

 

 

 

 

 組合長との会談の後、今後の活動についての話し合いを終えたリウル等は、だれた様子で愚痴っていた。話し合いの為に冒険者組合から借りた一室は、大きな机と十脚ほどの椅子の他は殆ど物が置かれていない殺風景な部屋だ。

 リウルは机に突っ伏し、他の二人は静かに座してその様子を見守っている。

 

「あーあー、どーすっかなー……」

「パーティーを組んでいないオリハルコン級の冒険者がその辺に落ちてる訳が無いしのう」

「また前みたいに、白金かミスリルの奴を鍛えるしかないだろう。暫くは仕事の難度を加減せねばならんが、致し方ない」

 

 公国内に三つしかないオリハルコン級冒険者チームの一角、実力では最もアダマンタイトに近いと噂される【スパエラ】は、昔から兎に角メンバーの入れ替わりが激しいチームだった。死亡や行方不明こそ少なかったものの、やれ引退だ結婚だと、何かにつけて仲間が去っていった。

 

 つい先日も、攻撃の要と支援の要が一気に抜けたばかりである。

 

 攻撃の要としてモンスターを切り裂いていた大剣使いの剣士は、故郷である帝国で道場を開きたいと言って帰郷してしまった。

 いやまあ、それ自体は良いのだ。

 彼は元より道場を開くための箔付けと武者修行の為に冒険者になったと公言していたし、何時かはチームを抜ける旨を常日頃から口にしていたから、来るべき時が悪いタイミングで来てしまっただけの話とも言える。

 

 しかし、支援の要である神官が時を同じくして脱退を打ち明けてきたのは不意打ちであった。

 

 話をよく聞くと、彼女は故郷の町に立派な神殿を建てる為に冒険者になったのだと言う。本人曰く白金級になった時点で目標金額には達していたらしいのだが、其処でなんとも聖職者らしい欲が湧いたのだとか。

 

 ──もう少しお金が溜まったら、神殿の隣に孤児院を構える事が出来る。

 ──もうちょっとだけお金があれば、神学を教える小さな私塾も建てられる。

 ──あとほんの少しだけ稼げば、大きな街から薬師や魔法詠唱者を招いて診療所を作る事も出来る。

 

 どう考えても少しとかちょっとで済まされる額では無いが、高位冒険者が一般人とは比較にならない金銭を稼ぐのは確かな事だから、努力次第で可能ではあったのだ。

 

 彼女の中の理想はどんどん膨らんでいき、結局当初の予定を超えて冒険者を続ける事となった。やがてミスリル級になり、気付けば欠員の出たオリハルコン級冒険者チームの新たな一員として活躍していた。

 

 節制と清貧を旨としていた彼女は私生活において全く浪費をせず、必要経費や消耗品代、チーム資金を差し引いた手取り額の殆どを貯金していた。そうして日々を過ごし、ある日ふと気付けば金庫には数えるのも怖いくらいの大金が貯まっていて、あまりの額に恐れをなしたのだと云う。

 辞めようと思いながらもアダマンタイトになるのだと意気込むリウルを見ては開きかけた口を閉じ、悶々としながらもずるずると時間は過ぎていき、本当にアダマンタイト級に手が届きかねない時までチームに居残り続けてしまったのだ。

 

『ミッツさんが国に帰ると仰った時、天啓だと思ったんです。この時を置いて他に打ち明けるタイミングは来ないと思って……今まで言い出せなくてすいませんでした!』

 

 こうして彼女はチームを抜け、故郷で夢を叶える事になった。五人での最後の仕事は、夢を実現する為に貯めた金銭と共に、彼女を故郷に無事送り届ける事だった。

 町の人々から笑顔と歓呼、測り切れない位の感謝で迎えられた彼女を見て、他の仲間たちは不覚にも涙腺が緩んだ。

 

 良い話である。仲間の夢が叶ったのだ、仲間として嬉しくない訳が無い。しかし、

 

「もっと早く言ってくれてたら良かったのによー」

「メリルは少々真面目過ぎる所があったからのう」

「控えめで遠慮しがちだったしな、良い子だったんだが」

 

 事前に言ってさえくれていたら、もっと前から次のメンバーを探す事も出来たというのに。別に、最初に言ってさえくれていたら何の文句も無かったのに。

 辞めるのは個人の自由でもあるから、事情があるなら仕方ない。しかし、その人物が熟していた仕事を後任に引き継ぐ都合上、最低でも一月前には申し出ていて欲しかった。前触れなく急に居なくなられるのは困るのである。高位の神官も腕の立つ戦士も、どこでも引く手数多だ。故に、代わりは中々見つからない。

 

「二人とも、誰かいい知り合いとかいねぇのか?」

 

 問いつつも、望みは薄いとリウルは理解していた。なにせメンバーの脱退が起こる度に投げかけて来た質問である。答えはいつも決まって同じなのだ。それでも問うてしまうのは、この現状をどうにかしたいという焦りからの足掻きである。

 

「儂はお前さんに工房から引っ張り出されるまで、引き籠って魔法の研究に打ち込んでおったのじゃ。知り合いなどおらんし、おっても儂以上の年寄りで根性曲がりばかりよ」

 

 役になど立たぬわい、と禿頭の老人は言い放つ。

 

 矢鱈と肌艶や血色が良く、皺が無ければ老人には見えない精気を感じる人物だった。長身の背筋は真っ直ぐに伸び、捻じれた杖を持つ腕には筋肉がしっかりと乗っている。服装や装備品は定型的な魔法詠唱者といった所だが、その肉体や外見は引退した元戦士かと思うほどに頑健そうだった。

 

 【スパエラ】の頭脳にして魔法火力担当、ベリガミニ・ヴィヴリオ・リソグラフィア・コディコスだ。長く複雑な名前の為、普段は爺やら爺さんと呼ばれているチームの最年長者である。

 

「知り合いは多いが、オリハルコン級チームのメンバーとして付いてこれそうな人物は殆どいないな。実力的に適任な数少ない連中も、自分のチームがあったり仕える家があったりだ」

 

 誘ってみても多分乗って来ないだろう、と巌の如き巨漢は首を振った。

 

 兎に角巨大な人物であった。身長は二メートルを楽々上回っているし、鍛えあげた分厚い筋肉で縦にも横にも常人離れして大きく太い。体重は百キログラムを遥かに超えて二百キログラムにも迫るか、もしくは上回っているのではないだろうか。そんな巨大な身体を全身甲冑が包み込んでいる為、ただそこにいるだけで圧迫感と威圧感を発している。壁に立てかけたタワーシールドや複数種類の武器を構えた彼と相対した場合、不破の城壁と対面した様な気分になるだろう。

 

 【スパエラ】の防御と統率を担当する重戦士、ガルデンバルド・デイル・リブドラッド。外見に反してお茶目な所もあり、チームのムードメイカーだ。仲間からはバルドと呼ばれている。

 

「リウルこそ誰かおらんのか? 心当たりは」

「一人もいねぇよ。いっそ副組合長でも勧誘するか?」

「はは、元アダマンタイトだからな。現在でも俺達に勝るとも劣らない力量だろうが、流石にご老体を引っ張ってくるの組合長が許さんだろう」

 

 英雄の領域に達した二人の剣士が率いた公国最後のアダマンタイト級冒険者チーム【剛鋭の三剣】の最後の生き残り、そして現在の公都冒険者組合副組合長。彼は奇刃変刃の異名で知られた二刀の軽戦士だ。既に六十も半ばを過ぎた老齢だが、その実力は未だ高位冒険者に匹敵するとされる。

 

 彼と云う前例がある為、公国の冒険者組合には多くの元冒険者がいて、より冒険者に親身になって寄り添う事が出来ている。甘ったれた事を言っていると尻を蹴飛ばされて鍛えなおされたりもするが。

 

「白金とかミスリルの奴を鍛えるって言っても、そもそもそいつらだって数が少ないんだよな。尚且つチームを組んでなくて、俺達と組むのには前向きで、伸びしろが有りそうな奴っているか?」

「まあ、そう簡単には見つからぬじゃろう。今までは比較的短期間で見つかっておったが、全体数から考えれば信じられぬ位の強運だったとしか言えぬ」

「三人でも簡単な仕事なら出来なくも無いが、安定性を欠くからな。人員の補充が出来るまでは大人しくしていた方が良いだろう」

 

 現在残ったメンバーである三人だけでオリハルコン級チームとして活動するのは、かなり厳しいものがある。

 

 今いるのは盗賊にして斥候であるリウル、魔力系魔法詠唱ベリガミニ、防御型重戦士のバルド。一見前衛中衛後衛がそれぞれ一人ずつで、人数が少ないながらもバランス自体は取れている様にも見える。しかし、実際にこのメンツで仕事を受けると考えると不安定な事この上ない。

 

 人間より遥かに強大なモンスター達と戦う上で最も重要なのは、多様で効率的な戦い方だ。エレメンタル系等の非実体モンスターと戦う時には魔法やマジックアイテムの力を用い、アンデッドを倒す時は打撃武器や信仰系魔法、炎を用いる。強い肉体を持ったモンスターを罠に嵌めて有利な状態を作り出す。

 

 時には後衛が魔法で前衛を支援し、また逆に前衛が自慢の技で後衛を生かす。中衛が両者を臨機応変に助ける。そうした連携と多種多様の手段でもって相手を倒すのが冒険者の戦い方である。

 

 人数が少ないという事はそれだけで一人ひとりの負担が増し、取れるパターンが減り、他者を援護する余裕がなくなるという事だ。勿論余りにも大人数での戦いとなるとそれはそれで弊害が出てくるのだが、今は置いておく。

 

 バルドは防御型の重戦士だ。守りに特化した構成をしている為、守勢に回る分には並のアダマンタイト級を上回る活躍が出来るが、その分攻撃はあまり優れていない。最も持続性が高い直接的な物理力による相手へのダメージが減る以上、それをカバーするために中衛と後衛が奮戦せねばならなくなる。

 

 だが、中衛であるリウルは盗賊であり斥候だ。接敵以前の警戒や探索で真価を発揮する職業を主とする以上、正面切っての戦闘では各員の補助と支援が主な役回りとなり、火力的にはそこまで期待できない。負担の多くは後衛に流れる。

 

 後衛であるベリガミニの魔法は強力無比。火球や雷撃の魔法は大抵の敵を葬る事が出来るだろう。しかし魔法の出番は戦闘だけではなく、行使する度に魔力を消費し、消耗の度合いによっては体調の悪化さえ伴う。そして一度魔力を使い切ればもう何も出来ない。時間経過によって魔力が回復するまで、戦力がほぼ零近くにまで落ちる。魔法詠唱者は瞬間的には戦士を遥かに上回る火力を投射可能だが、持続性が余りに無さすぎるのだ。

 

 負担が増した前衛を助けるために後衛の負担が増し、負担が増したせいで速くバテてしまった後衛をカバーするために前衛と中衛の負担が増し、負担の増したたった一人ずつの前衛と中衛をカバーできる者は一人もいないという悪夢の無限螺旋の如き惨状の出来上がりである。

 

 バルドとベリガミニのタレント【生まれながらの異能】は強力だが、決定してしまった不利を覆せるようなものでは無い。希少で有用には違いないが、持っていない他の者に比べれば戦いで有利だと云う、行ってしまえばそれだけの異能だ。

 

 こうなってしまった冒険者は、肉体的に強大なモンスターに磨り潰されるしかない。

 

 回復役である信仰系魔法詠唱者がいないのも不味い。それだけで冒険の危険度は一段どころか二段も三段も増す。単純明快な事実として、戦えば傷付き、その傷を癒せねば弱り、弱ったまま次の戦いに挑めば死ぬのである。

 ポーションや治癒の魔法が込められた巻物で補う事も出来るが、金銭的にも手間的にもベストとは言い辛い。やはり専門家が欲しい。

 

 当座に必要なのは、バルドが引き付けた敵に止めを入れる前衛の攻撃役と、後衛で回復や支援を熟す魔法詠唱者。欲を言えばもう一人、状況に応じて攻撃と支援を兼ねる中衛がいれば安定感が増す。

 前衛後衛中衛が二人ずつの六人チームだ。層が厚く、前衛同士後衛同士でも助け合ってやっていければ最上である。

 

 勿論理想的にであって、これから入る面子の力量や職業次第で幾らでも変わり得る理想なのだが。

 

「儂が言えた事ではないが、リウルはもう少し人と交流すべきじゃな。年端もいかぬ女子を寝台に引きずり込んでいる暇があったらな」

「爺さん、なんと驚く事にあの子は男らしいぞ? つまりは同性愛じゃなくて異性愛だ」

「何という事じゃ、儂らを冒険者の道に引きずり込んだリウルが寿引退か」

「なんだかんだでこの三人だけは変わらなかったのになぁ。まあしょうがないさ。仲間の幸せを祈ってやろうじゃないか」

「老けるより先に死亡で引退したいのかクソ爺ども」

 

 このネタで向こう三年は弄られ続けるのではないだろうかと、リウルは般若の如き顔で二人を睨み付けながらそんなことを思った。

 仲間二人の急な脱退が続いていらだっていた時だったのだ、イヨに出会ったのは。普段だったら特に注視せずにスルーしただろうが、半ば八つ当たりの様な気持ちで睨みつけてしまった。

 

 ──自分と一緒にいる所を大勢の人に見られた訳だから、多分絡まれたりすることは無いだろう。しかし、あのお子様が果たして冒険者としてやって行けているだろうか? 

 

 彼女らしくも無く一瞬心配するが、誰にでも懐いて結果的に上手いこと事を運びそうだな、と心配は霧散した。

 

 問題は何も解決はしていないが、仲間内で軽いやり取りを交わして雰囲気だけは良くなった。そんな時だ、控えめにドアを叩く音がしたのは。

 

「どうぞー」

「失礼します……」

 

 何故だか青い顔で入ってきたのは、名物受付嬢のパールスであった。ただでさえちまっこい身長をしている彼女がうなだれ気味になると、そのまま溶けて消えるのではないかと心配になる位に陰鬱そうな見た目になる。

 まあ、その外見を心配して気を使ってやると、内心そこまで萎れている訳では無いので結果的に損をした気分になるのだが。

 

「あの~皆さんのチームへ入りたいと仰る人がいましてですね?」

「ほう」

 

 リウルが姿勢を正し、三人ともが話を聞く体勢に入る。広告を掲げたその日に申し込みがあるとは幸先が良い。

 

「えーっとー、それで、皆さんにお会いしたいと」

「なんか妙に歯切れが悪いな、言い辛い事でもあるのか?」

「銅のプレート、それも昨日登録手続きをしたばかりの方なんですが……」

 

 リウルは一瞬渋面を作りかけるが、直ぐに思い直す。

 

 何も銅プレートである事が弱い事に直結するかと云うとそうでは無い。レアケースだが、騎士団や傭兵などで経験を積んだ強者などでも、成り立てならば大体一律で銅なのだから。

 実際こうして組合が自分たちの所に話を通している所を鑑みると、その可能性はかなり高いと見える。

 

「なんでも他国から来たばかりで、元は探検家を営んでいらしたとか。国内で登録以前にこなした仕事の実績などを書状で頂きましたし、複数の冒険者チームの方々がこぞって推薦を」

「ほほう、大したものじゃな」

「その実績の内容と、推薦している者たちの名は?」

「えっと、護衛として雇われて、数十のゴブリンやオーガ、それにトロールをほぼ単身で撃破しているそうです。まるで危なげなく、圧倒的であったと記してありました。推薦の方々は【ヒストリア】のバルドルさん、【独眼の大蛇】のレラーナさん、【ディバイン・フォース】のカルレさん──」

 

 俄かな期待で三人の目が輝く。実績の方が本当ならば大したものだ。後衛でも前衛でも合格点と云える。複数の冒険者チームの推薦などもかなり期待できる。パールスが告げた名前は銅から銀のチームとその代表の名だが、殆どは経験と実績のある者達ばかりだ。現在は銅や銀でも、これからの修練によって更に上に進めるだろう可能性が有る面子である。

 

 三人でアイコンタクトを取り、会ってもよさそうだと合意する。代表としてリウルが口を開き、

 

「いいぜ、会おう。案内してくれ」

「は、はい。了解しました~」

 

 そうしてパールスに先導されて案内される【スパエラ】の面々。その顔には隠し切れない期待が見え隠れしている。

 本当に傑物であったら良いのだが、冒険者に求められるのは強さだけではない。

 強さと同じ位に、仲間として信頼できる人格も求められるのだ。糞野郎としか思えないような輩はいくら強くても御免である。信頼も信用も出来ないし、チームワークを損なう。

 その点、前の仲間であるミッツとメリルは良い奴だったのだ。ミッツは竹を割ったような性格ながらも少し強情だったが、思いやりのある憎めない男だった。メリルは少し遠慮しいな所もあったが、やる時はやる意志の強さも併せ持っていた。

 

 これから会う奴が、あいつらと同じ位の良い仲間になれる奴だったらいい。そう期待しながらも、こんな少しの時間で新たな仲間が見つかるなど都合が良すぎるとも思っている。

 だが今回は多くの冒険者からの推薦を得た人物という事で、期待が勝っている。昨日登録をしたばかりの新参が、仮にもオリハルコン級冒険者チームへの推薦を得ているのだ。少なくとも性格や人格の部分は大丈夫だろう。

 無論猫を被っている可能性もあるが、冒険者たちの眼はそこまで節穴では無い。可能性として排除し切るまでは行かずとも、ごく低確率と思って良かろう。

 

「そやつはどんな面構えをしておった?」

「えっと、とても可愛らしかったですよ。何だか飼い慣らされた猫みたいな感じで」

「へえ、女性か? 歳は?」

「そうとしか思えないんですけど、男の子らしいんですよねぇ。十六だって言ってました」

「……んん?」

 

 親爺二人は何やら若いな、子供じゃないか等と話しているが、リウルの脳裏に引っかかるものがあった。

 

 可愛らしく、飼い慣らされた猫の様な雰囲気。

 女性にしか見えない外見で、十六歳の男。

 

 そんな奴と昨日知り合ったような。もっと言うと、変な意味では無く一夜を共にしたような。

 

「……そいつさ、すっげえ純粋かつ単純そうな見た目で、詐欺師に騙されそうな感じじゃなかったか? 年の割に幼い容姿で能天気っぽい」

「あ、良く分かりましたね、その通りですよ!」

 

 そんな話をしている内に、目的地に到着していた。パールスがやり取りを交わしてドアを開けると──其処にいたのは複数人の男女、知った顔ばかりだ。推薦者たちだろう。そしてそんな連中の前にいる、一人の可憐な顔付きの少女、にしか見えない少年。

 

「あ、あの! 僕、イヨ・シノンと言います! 皆さんのチームに是非とも加入させていただきたく思いまして、参上いたしました!」

「──やっぱりお前か、イヨ」

 

 向こう三年どころか、現役でいる限りは一生揶揄われ続けるかもしれない。緊張した様子のイヨを見て、リウルはそう思った。




いやはや進まない進まない。執筆も展開も全く進まない。

今回で面接の会話部分まで終わらせる予定だったのですが、やっぱり短く出来ませんでした。書く事と書かない事の取捨選択が出来ないのですね。文章力にも欠けるから、分かり易くて簡潔な文章が書けず、結果長々と書くしかない。力量不足を痛感です。

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