ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

4 / 60
2015年10月15日
矛盾解消の為の設定変更に伴い、本文の一部を改変しました。


チュートリアル・ゴブリンズ・アーミーとリーベ村:事前準備編

 ルードルット親子に先導されて村に急行しながら、イヨはこの世界は一体何処なのかという疑問に囚われていた。

 

 ユグドラシルからイヨの姿のままで途切れ無しに移動したし、ゴブリンというモンスターが存在し、ユグドラシルと同名かつ同じような効果をした魔法も存在するらしいので、てっきり此処は現実と化したゲームの世界、本物のユグドラシルなんだと考えていたのだ。

 もしかしたらユグドラシルというゲームそのものこそ、この世界をモデルにして作られたのではないかと考えを巡らせていたほどだ。ゲームがある日突然現実と化すよりは、ゲームのモデルとなった別世界に何かの拍子で来てしまったという方がまだあり得そうな事象に思えたから。

 

 だけども、どうやらその両方とも違うらしいという現実を、イヨは突き付けられつつあった。

 

「では──ミズガルズ、ニヴルヘイム、アルフヘイムなどの名称に心当たりはありませんか?」

「……申し訳ありません。どれも聞いた事が……」

「イヨちゃ──さんって、本当に遠くの国から飛ばされて来ちゃったんですね? あたしと父さんが知ってる名前が何一つ無いもの。でも、そのお蔭であたしたちは命を助けてもらえたのよね? イヨさんと、イヨさんとの出会いを与えて下さった四大神様に感謝しないと」

 

 ──これだ。

 

 今は走っているこの森はゴフの森だか樹海だかで、そのすぐ傍にあるのが二人の住むリーベ村。そのリーベ村は公国という大公が統治する国に属するらしく、公国の周辺にはバハルス帝国やリ・エスティーゼ王国といった国家があるらしいが──どれもこれも聞いた事の無い名前だ。

 

 ルードルット親子に聞く限り、この世界にユグドラシルと同じ地名は存在しない。名前だけが違っていて、本当は同じなのかもしれないが、それは地図を見るなどして地理と地形を把握しない限りは何とも言えないので、今は考えないことにする。

 極めつけは四大神だ。周辺の国々──二柱を足した六大神を信じる法国という例外はあるが──で主に信仰されている神様で、火の神、風の神、水の神、土の神の四柱を指すらしい。これも、ユグドラシルには存在していなかった。

 

 ユグドラシルは北欧神話の世界観を基幹として、世界中のあらゆる神話や伝承から様々な要素を取り込み、RPGの風味と掛け合わせたゲームだ。信仰系魔法詠唱者がクラス取得時に選択できる神だけで百柱以上が存在していて、更に課金や特定クエストのクリア、特殊職業の取得などによって選択可能になる神々も含めれば、その総数は二百にも届かんと云う数になる。それらの神々の殆どは固有名詞で呼ばれる。火の神や水の神と云った抽象的な呼ばれ方をする神はいないと云っていい。

 

 ──独自の地理、独自の信仰。同じ魔法にモンスター。この世界はユグドラシルそのものでは無く、しかし、ある程度の関係性をもった別世界なのだろうか。

 

「──僕も、あの土壇場で力を授けて下さった事を僕の信仰する神様、妖精神様に感謝してるよ。あ、僕の事はイヨって呼んで。僕も十六歳だし。あと、こう見えて僕は男だから」

 

 ええ!? と、歳と性別で二度びっくりする親子である。イヨは現実でも同じ種類の勘違いをよくされたが、ここまで大きいリアクションは中々お目に掛かれなかったものだ。

 

 イヨは自分の境遇を二人に説明する際、『ゲームの中からついさっき飛ばされて来ました!』とはとても言えなかった。ゲームの中などの概念が通じるか分からなかったし、通じたら通じたで狂人扱いされかねない。なので二人に境遇を伝える際、イヨは目いっぱい頭を捻って、この世界の住人にも恐らく意味が通るだろうニュアンスを考えた。

 

 その結果、イヨは遠い他国で探検家のような仕事を営んでおり、侵入した遺跡のトラップで突然見知らぬ場所に飛んできてしまった、という設定になった。

 

 この設定が受け入れられるかどうかは賭けだったが、幸いにしてルードルット親子の反応は『世の中、数奇な事もあるものだなぁ』といった程度だったので、なんとか許容範囲といった所か。

 これで、この世界で生きていたら知っていて当然の事も堂々と質問出来る。

 

 先の情報は全て、それで手に入れたものだ。

 魔法に関しては、幼い頃に少し習ったが才能が無く、土壇場になって初めて使えたと取り繕った。イヨは内心でアステリア様ありがとう、と誰にともなく呟く。やっぱりザイアかル=ロウドの方が良かったかもなんて二度と考えません、とも。

 

 この世界における神官とは基本的に尊敬を受ける立場である様で、見ず知らずの自分達を何故助けたのかと云う疑問をルードルット親子は、この人は本当に善良な神官様なのだろうと自己解決してくれた。

 

 それでもお礼の為に家財を売り払う発言を撤回してくれないのは、正直義理堅いにも程があるとイヨは思うのだが。折角助けたのに、今後の生活を傾けるレベルのお礼などされても困ってしまう。

 

「それはそれとして、お二人が見たオーガとゴブリンの群れはどの程度の数でしたか? 何か特殊な武器を持った個体や、特に強そうな個体などはいましたか?」

 

 走りながら問うだけでも、平坦とは程遠い地面の所為で舌を噛みそうになる。なにせイヨにとっては生まれて初めて走る天然の森林である。舗装された路面とは全く心地が異なり、気を抜くと転んでしまいそうであった。

 そんなイヨの前方を、身体能力と云う面では劣る筈の親子二人が軽やかに、音を殆ど立てず滑る様に駆けていく。流石は狩人といった所か。

 

「総数は正確には分かりませんが、把握できただけでもゴブリンは二十体を超えていたと思います。殆どが剣か棍棒で武装していましたが、中には粗末な弓矢や槍を持ったものもおりました」

「そんで、オーガが七体! 馬鹿でっかい棍棒を持って獣の毛皮を纏ってて、一際大きい一体だけが、巨大な剣を持ってました!」

「魔法の武具を身に着けた個体は何体位いましたか? 他に、知性を感じさせる個体は?」

 

 ユグドラシルの基準で言うならば、武装の立派さは大雑把なレベルを表すと思って良い。最低レベルの亜人種系モンスターは今二人が言った様な、非常に原始的で薄汚れた武装をしている。そういった連中は十レベルもあれば十分以上に余裕を持って倒せるし、戦法如何によっては数が多くても勝利を収めるのは難しくは無い。ましてやイヨは二十九レベルの拳士。たとえ雑魚が百体いようが物の数では無く、むしろそれらを纏めている上位個体の数が勝敗を分ける、のだが──

 

「……魔法の武具を纏ったゴブリンやオーガなど、聞いた事もありませんが」

「あたしも無いわ……あ、お伽噺で小耳に挟んだ事はあったかも?」

「え、いなかったんですか? 一体も? 全部素のゴブリンに素のオーガですか? 魔法詠唱者も?」

 

 イヨは安堵すると同時に、ほんの僅かに拍子抜けした。村が滅びると予想されるほどのゴブリンとオーガの軍勢と聞き、最悪の場合、自分が殿を務める間に村の人々を退避させねばならないかと考えていたのだが。

 本当にそれだけならば、イヨだけでも相手を殲滅する事は容易だろう。

 

「安心しました。それだけならば、皆さんを無事にお守りできそうです」

 

 ほっと一息をついたイヨに、親子が浮かべたのは唖然とした表情だった。ゴフの樹海と云うモンスターの領域に隣接する土地柄ゆえ、リーベ村に生きる者ならば、奴らの脅威は身に染みて知っている。ただの獣でさえも家畜や人間に被害を及ぼすし、ましてやモンスターともなれば戦士でも無い村人にとっては相当な脅威である。

 それらが三十体近くともなれば冒険者を雇って討伐隊を組むべき事案であり、対応の速度次第では村落の存続の危機となり得る。それだけと言ってのけるイヨは、この世界の一般人の基準からすれば異常である。

 

 

 

 

 リグナードとリーシャは背後の、湿った苔や朽ちた倒木で滑る地面を身体能力でねじ伏せる様にして走っている少年──には見えないが自称を信用するとなるとそうなってしまう──を見る。

 

 輝く白金の三つ編み、純真さを表しているかのような澄み渡った金の瞳。桃色の艶めいた唇、雪色の歯、沁み一つと無い肌。神懸った美貌とまでは行かないが、恋愛詩に詠われる様な可憐さだ。

 

 そしてその身を包む武装は、容姿とは別の意味で輝いている。

 

 貴金属の輝きを放つ白いシャツと、爬虫類の鱗と革を原材料とした薄青色のベスト。同じ素材で出来た上着とズボンは各所に鈍色の金属の装甲を追加しているが、仕立ての良さが防具と云う無骨な印象を与えない。衣服の延長にある様な外見だ。

 拳足を覆う腕甲と脚甲は美麗でありながらも毒々しく、二人が知る如何なる金属とも違う光沢を持つ。その他、治療の際に見せた指に嵌められた二つの指輪や、頭部を彩る髪飾り、耳朶に下がるイヤリング。恐らくはベルトもネックレスもブレスレットも、装飾品すらも全てが魔法の品。神官を名乗った割には聖印を所持していないが、転移の際に紛失したのだろうか。

 

 魔法の武具と云うのは恐ろしく高額である。最もランクの低い品であっても、狩人である二人の数年十数年分の収入に値するだろう。そんな代物を複数個所持するなど、山を成す金貨が必要だ。

 ましてやイヨが身に着けているそれらは、素人目にも大きな力を持っていると分かる品。一体どれだけの価値があるのか想像すら出来ない。

 

 そして、その強さ。

 

 リグナードとリーシャとて狩人、人外の支配する領域たる樹海に入る以上、危険な存在との接近を事前に避ける知識や、最低限身を守るだけの腕っぷしは備えている。だがそれでも三十と云う数に驚いて不意を打たれ、手傷を負ってしまった。重傷を負った我が子が背中で気を失い、流出する血が為に追手を振り切れず、遂に囲まれた。絶体絶命のその時だ。

 

 二人の救い主、遥か遠い異国から飛ばされてきてしまったらしい少年は、ゴブリンを瞬く間に打ち倒した。

 

 ゴブリン自体はモンスターの中でも弱い部類であり、リグナードとリーシャでも倒し得る。だがしかし、イヨの強さは、傍から見ても次元が違った。

 

 まず動きが目に見えなかった。リグナードは凛々しくも可愛らしい声でやめろと叫んだイヨを、それこそ藁にも縋る様な必死の思いで見つめていたのだが、イヨの動きを捉えることが出来たのは、一体目のゴブリンが殴り飛ばされた後だった。速度自体も常人の全力疾走など及びもつかない高速だったが、何よりを驚いたのは、初動が悉く捉えられない点と、一連の動作全てが遅滞も途切れもなく流麗だった点だ。

 

 リグナードには何も見えなかった。直立した状態から走り出す一瞬も、走りながら拳を突き出す刹那も、何も。目が追いついたのは動作が起こった後である。

 

 此処は平地などでは無い。歩くことにさえ訓練を要する土地、息をするにも気を使わざるを得ない場所。樹海とは、人類の領域の外とはそういう領域なのだ。地面は波うち、傾ぎ、歪んでいる。地表を覆う苔は不意の滑りを齎し、その下の柔らかな腐葉土で出来た土の所為で足は沈み、踏ん張りはまるで効かない。かと思えば、土中の岩が硬い手ごたえを返す。乱雑かつ無造作に繁茂する木々の枝葉や雑草が全方位から視界を狭め、無数の虫や小動物は雑多な気配を撒き散らす。

 

 その中にあってあれだけの戦闘を行うのは、通常ならまず不可能と言って良い。

 

 余りにも常識はずれな身体能力、何千何万という反復の末に身体に染み込ませたのだろう技術、幾多の冒険の末に獲得したのであろう武具。

 

 探検家にして神官である、と本人は語った。

 

 幼き頃に神官を志したが才に恵まれず、神から力を授かる事が出来なかったらしい。所作や言葉遣いからして、恐らくは裕福な家の生まれだったのだろうに、彼は探検家になったのだそうだ。

 

 当然の事だが、格のある家に生まれた子供とは、保持する富や技術、地位を次代に継承する事を念頭に育てられる。神官は誉れある聖職であるし、上り詰めれば権力を持つ事も適う。家格の高い家柄に生まれた子供が就く職としては、当人にとっても家にとってもマイナスにはならない。

 貴族などで直接の家督相続が難しい三男坊四男坊が身の頼みとする定番として、腕に覚えがあれば士官、知に長ければ文官、才あらば神官とある位だ。

 

 恐らく、イヨもそういった事情があって神官を志したのではないだろうか。リグナードなどはそう考えた。しかし、神官とは魔法使いと同じく、生まれ付きの才覚によって成否が定まってしまうものである。いくら信仰心があろうとも、万人が歩める道ではないのだ。そして、少なくともその時点でのイヨは、才が花開かなかった。

 お偉方の考えなど狩人である親子には分からないが、少なからず家中での立場を悪くしただろう。現在が探検家のなどと云う根無し草も同然の、職業とも言い難い職に身をやつしているのだから、もしかしたら勘当の憂き目にあったのかもしれない。

 

 想像が飛躍し過ぎていると思われるかもしれないが、イヨの年齢は自称を鵜呑みにするとしても十六歳である。一応成人には達しているが、純真無垢の少女染みた外見は十三か十四が精々といった所だ。

 

 そんな子供が、先にも語った様な煌びやかな武装に身を包み、常人離れした腕っぷしを持っているのだ。しかも神官を志したが挫折し、後に探検家となり、遺跡に残された罠により何処とも知れない異国に来てしまったというという経歴付き。

 

 そしてそんな人物に、二人は絶体絶命の窮地から救われたのだ。

 

 先祖代々お伽噺を聞かされて育った村人の想像力を刺激するには、十二分も過ぎるというものだろう。

 

 ──当人が生まれて初めての大自然を堪能し、虫や小動物を見つけるたびに喜色を浮かべているその前方で、リグナードとリーシャの狩人親子の想像は恐ろしい勢いで広がり、その像を確かなものとして行ったのであった。

 

 

 

「見えました! あれが村です!」

 

 体感時間で一時間ほども走っただろうか。木々が段々と密度を薄れさせ、頭上から陽の光が直接地面を照らすようになった頃、リーシャが前方を指で指しながら叫んだ。

 

 イヨが目を凝らすと確かに、なにか物見櫓のような木造建築物や、長く続く柵らしきものが見えた。柵は太い支柱が一定間隔ごとに地に埋められており、その間に横木を渡して塞ぐ丈夫な構造になっている。ずっと遠くまで続いているのを見るに、恐らく村を一周しているのだろう。

 しかしそれらはまだまだ遠く、漸く視界に入った程度であった。遠目から見る限り、家々は殆どが木造の一階建てで、稀に石造りやレンガ造りが混じっているようだ。

 

 今までを倍する速度で走ると、やがて門らしき場所まで来ることが出来た。門の脇には、麻の服の上に申し訳ばかりの防具を纏い、簡素な槍を構えた見張りと思しき村人が二人いる。

 ルードルット親子を視界に捉えた門番達は一瞬顔を明るくしたが、後ろに続くイヨを訝し気に見た後、二人の衣服に染みついた血に気付くと一気に狼狽えた。

 

「リグナードさん、リーシャちゃん! その血は如何したんです、怪我を!? それにその子は、ああいや、今はそれより直ぐに治療をしないと──」

「もう傷は治っている。細かい説明は後だ、ロッシさん。森の中でゴブリンとオーガの大群を見た、数にして三十近くのな。この村を襲う気だろう。直ぐに村の皆に伝えてくれ」

「ゴブリンとオーガですか!? それも三十!?」

「わ、分かりました! 直ぐに伝えます!」

 

 ロッシと呼ばれた男性は血相を変えて村の中に走っていた。一人残された相方の青年は不安気に槍を握りしめ、やや青い顔で口を開いた。

 

「リグナードさん、俺は──」

「お前は此処でこのまま見張りをしていてくれ、ボルド。恐らく、奴らは半刻もしない内に来る。もしかしたらもっと早く、準備が整う前に来るかもしれない。そうしたら練習した通りに角笛を鳴らして、門を閉めるんだ」

「は、はい!」

「リーシャ、お前は手近にいる連中と一緒に防衛戦の準備を頼む。矢をありったけ用意して、それが終わったら投石用の石を拾い集めるんだ。外れる事も考えると、準備していた分だけじゃ足りないかもしれない」

「分かったわ、父さんとイヨさんは?」

 

 緊張感溢れる切羽詰まったやり取りに気圧され、借りてきた猫状態で息をひそめていたイヨは、ここでびくっと身を震わせた。

 

「村長の所に行って、大まかに事情を話してくる。イヨさん、一緒に来ていただけますか?」

「了解です!」

 

 

 返事をすると同時に、時代劇などで耳にする甲高い金属音の連打──緊急事態を知らせる半鐘の音が響き渡った。叩き手の感情を媒介しているかの様な、不安と恐怖を孕んだ音色だった。

 

 一気に周囲が慌ただしくなる。イヨがリグナードの背を追う合間にも、家々から血相を変えた住人が飛び出したり、畑から急いで戻ってきたらしい女性が子供たちを集めて避難させたり、長い槍を携えた逞しい男性が走って行ったりした。

 

 辺境の村がモンスターに襲われて、そしてそれをプレイヤーが助けると云った光景はユグドラシルでは初期のクエストなどでよく見られるものだ。イヨも友人と一緒に何度もやった事がある。特定の条件を達成した上でクリアすると有用なレアアイテムが貰えるという偽情報に騙されて、三日間もひたすら同じクエストを回し続けた、今となっては良い思い出となった記憶もあった。

 あの時などは、友達と一緒に笑ったものだ。

 

『何回襲われるんだよ、この村。いや、私たちがクエスト受けるからだけどさ』

『あのバカでっかい蟲もよく絶滅しないよね、もう千匹くらいは狩った気がするよ』

『クリスタルがアイテムボックスを圧迫して来てるけど、こいつらが落とす奴ってあんま高く売れねぇんだよな』

『なあ知ってるか? あのモンスターって大昔に実在したカマキリっていう昆虫がモデルらしいぜ』

『うそ、あんな大きな虫が本当にいたの!?』

『昔は危険な生き物が沢山いたって言うしな。私たち、今の時代に生まれてよかったな』

『……イヨも白玉さんもお馬鹿か? あんなデカい昆虫がいる訳ないだろ、本物は掌サイズだぞ』

 

 当然の事だが、そこには村人の心配や危機感など全く無かった。だってユグドラシルにおける村人は所詮NPCで、数百のパターンを組み合わせて生成された外見と、定められた説明やある程度のランダムな会話を繰り返すだけの存在だったから。

 プレイヤーがクエストを達成しなくても村は滅びたりはしない。何時までも襲われる直前の状態のままだ。助けても、クエストが終了すればまた元に戻る。

 ゲームなのだから、それが当然だった。

 

 ここでは違う。この人達は生きているのだ。

 表情があり、血が流れ、感情を持ち、自らの意志で生きている。

 

 今訪れている危機は本物の危機で、間違いなく多くの人が危険に晒されているのだ。

 

「村長!」

「リグナード! 戻っていたのか、一体何があった!?」

 

 慌てて立ち止まる。イヨは完全に思考に没入しており、前から走り寄って来る壮年の男性と、男性に駆け寄ったリグナードが見えていなかったのだ。無意識に背中を追っていたので離れる事は無かったが、危うくリグナードの背中に追突する所だった。

 

「樹海の中でこの村を目指して行軍中とみられるゴブリンとオーガの群れに遭遇しました。数は大凡三十。あと半刻もしない内に攻めてくるものと思われます」

 

 要点だけを絞った報告に、村長は苦鳴を漏らした。

 

「例年の通り、森の中での競争に負けた部族の残党だろうな……。ただ、今までとは数が段違いだ。ゴブリンも不味いが、なにより柵を壊す事の出来るオーガは何体だ、何体いた?」

「目視できただけで七体です。二十体以上のゴブリンの中には弓を持った個体もいました」

「なんて事だ……半刻もしない内にだと? 避難すらも間に合わんな。兎に角、年寄りと子供たちを地下壕に匿い、他の者全員で迎え撃つしかあるまい」

 

 弓手の人数と矢の配分に話が続こうとした時、イヨはリグナードと並び立つように一歩進め出た。イヨの存在には無論気付いていたのだろうが、それよりも優先するべき課題に直面していた村長が、初めてイヨに視線を向けた。

 

「リグナード、こちらのお嬢様は? 見ない顔だが、誰のお客様かな?」

 

 イヨの恰好から富裕層の子女とでも予想したのか口調は丁寧だったが、事態が事態だけに、今は引っ込んでいてくれという本音が表情に滲み出ていた。

 当たり前だ。集団存続の危機的事態の真っただ中で、赤の他人との自己紹介に時間を割くことは無駄でしかないだろう。お互い生きていたら後で幾らでも相手をするから、今は物陰にでも隠れていてくれ、というのは真っ当な意見である。

 

「村長、この方は樹海の中でゴブリンどもの追手に殺されかけていた私と娘を助けて下さったのです。探検家でありながら異国の神に仕える神官でもあられる方です。今回の事態に際し、ご助力して下さると」

「イヨ・シノンと申します。微力ながら手を貸させて下さい」

「なんと! 神官の方ですか、幼い──いやお若いのに、これは心強い。先程は失礼いたしました」

 

 篠田を西洋風にもじった姓と名──金髪金眼に日本式の名は合わないかと思ったが故の措置だが、この世界では日本も西洋も無いので、名を変える必要は本来無い──を告げ、イヨと村長は互いに頭を下げ、握手を交わした。

 

 村長は、名をティルドスト・ウーツと云うそうだ。小柄ながらも分厚い筋肉質な肉体と陽に焼けた肌、白髪交じりの茶髪が特徴的な男性だった。

 

 ルードルット親子にも話した境遇をイヨが伝えると、信心深い村長は、村が危機に陥ったこの日この時に神官様に来ていただけるとは、これも四大神の思し召しに違いないと酷く感動している様だった。

 

 ここら辺つくづく、神が実在し、魔法が存在する世界で良かったとイヨは思う。これが現実世界の中世だったら、訳の分からない恰好で知らない言葉を話す異邦人として、馴染む事は難しかっただろう。

 

 ──そういえば何故、この世界では日本語が通じるのだろうか。それに、今まで会話をした三人が三人とも、遥か遠方から来た他国人であるイヨが、自分たちと同じ言葉を話している事に違和感を持ったり不思議に思ったりしていない。

 一瞬考えるが、今は他にやるべきことがあると判断し、イヨは思考を一時放棄した。

 

「回復魔法を使える神官様のご助力を頂けるとは、九死に一生を得た思いです。僅かながら希望が見えてきました。貴女には、後方での支援と救護をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「いえ、最前線にてお役に立ちたくあります」

「イヨさん、それは無茶です!」

「心配していただけで嬉しいです、リグナードさん。でも、僕が一番役に立てることはこれです。魔法の腕はたかが知れていますし、僕は殴るしか能の無い人間ですので」

 

 殴る事なら──人並み以上だと自負できるだけの自信がある。現実でも十年以上に渡って格闘技の練習を続け、ユグドラシルでもひたすらにモンスターと戦っていたのだから。

 小学生の時には全国一位に輝いた実績があり、ゲーム内での対戦でも同レベル帯との勝率は高い。二十九レベルの力と元日本一の技は、間違いなくゴブリンとオーガを撃滅しえる筈だ。

 

 他の誰が戦うより、イヨが戦うべきなのだ。

 

「僕は神官として未熟も良い所です。それに、さっきまでの会話を聞いていると、皆さんだけではかなりの被害が出るものと予想されていた筈です」

「かなり腕に自信がお有りな様ですが……相手は三十にもなるモンスターの群れです。一人で如何にかなるとはとても……」

「それに、イヨさんが単身で敵に突っ込んでしまうと、我々は誤射を恐れて飛び道具を使えなくなります。結果として多くの敵がフリーになり、村内に侵入を許してしまう可能性が……」

 

 二人によると、こういった事態は辺境の村落では珍しくない事で、事実今まで何度もモンスターの襲撃があり、少なくない犠牲を出しながらもそれを撃退してきたのだそうだ。此処までの数が襲ってくるのは滅多にないことだが、神官がいてくれれば怪我人も治療できるし、きっと勝てる筈だと。

 

「我々が普段使う手段は人数を頼りとしたものです。剣や槍が使えなくとも戦力になれる投石が駄目となれば、勝ち目は無くなってしまいます!」

 

 作戦は先ず、相手が弓の射程に入った段階でリグナードを筆頭とした弓手五人が出来るだけ敵の数を減らし、次に従軍経験のある男性達が柵の後ろから槍を突き出して足止めをする。そして柵の前で固まった敵に、従軍経験の無い男性、少年期を脱したばかりの若い男、十分な体力があると認められた女性でなる投石班が後方からひたすらにスリングで石を投げつけるのだそうだ。

 拳大以上の大きさの石が雨あられと降ってくればただで済む筈も無く、怯んだところを弓と槍で追い打ちする。

 

 これは事前に襲撃が察知でき、相手に関する情報が一定程度ある場合の最善の手段であり、普通ならば村人が犠牲になってから初めてモンスターの襲撃と分かる場合も多いのだとか。

 

 しかし、村長もリグナードも分かっている事だが、この作戦では今回の場合は厳しい。ゴブリンならばまだしも、オーガは人を遥かに超えた膂力を持つモンスターだ。その身長は柵と同じくらいに大きく、体躯と筋力に物を言わせて柵を壊す事も容易い。

 

 一体二体ならば攻撃を集中して柵に到達する前に倒す事も可能かもしれないが、今回は最小で七体。弓手の矢も必中では無いし、敵に防がれる事もある。奇跡でも起きない限りは柵に何体か辿り着いてしまう。一か所でも穴が開けば、其処から水が染みる様に内部に浸食されてしまうのだ。

 

 そうなれば、最終的に全ての敵を倒せたとしても、それまでの時間に壊滅的な被害を受ける事になるだろう。養う親が死んでしまっては、地下壕に籠っていて助かった子供たちも死ぬしかない。

 そうすれば村は滅ぶ。生き残った者達も田畑を維持できず、他の村や町に移住してしまうのだ。

 

 このリーベ村は長い歴史の中で幾度となくモンスターの襲撃を経験し、多数の犠牲を出しながらも、その対策を数世代にわたって準備してきた。

 それが村を囲う頑丈な柵であり、緊急事態を告げる半鐘であり、いざと云う時に村と家族を守るべく訓練を積んだ村人たちなのだ。

 しかし、その村人たちと防備であっても相当の被害を覚悟した上で、壊滅すらもあり得る脅威。それが三十体にもモンスターの群れなのである。

 

「投石と矢……ですか。ちょっと試したことがあるんですが、協力してください」

 

 言うと、イヨはそこら辺に転がっている大きめの石を手に取り、リグナードに手渡した。

 

「それを僕に向かって投げてくれませんか? 強めの下手投げで、放る様に」

 

 リグナードはちょっと──いやかなり不思議そうな顔をしたが、命の恩人の真剣な表情を顧みて素直に従う事にした。

 言われた通りに強めの下手投げで、少年の細い胴に向けて石を放る。山なりの放物線を描いて飛ぶ石は、事前に知っていれば誰でも避けられる程度の勢いだ。子供ならば怪我をするかもしれないいが、たとえ直撃しても高価な武具に身を包んでいるイヨにとっては痛くも痒くもないだろう。

 この行いになんの意味があるんだ、そんな気持ちで放物線を見ているリグナードと村長の眼前で──石は中空で壁にでもぶつかったかの様に弾かれ、ぽとりとイヨの足元に落ちた。

 

「おおっ!?」

「これは……マジックアイテムの効果、なのですか?」

「そうです。僕が装備しているマジックアイテム──えっと、確かこのブレスレットによる、ある程度の威力までの射程を持つ攻撃に対する耐性、だったと思います」

 

 射撃に対する耐性では無い。『射程を持つ攻撃』に対する耐性である。

 目を見張る二人の眼前で、内心に成功して良かった安堵の息を漏らしたイヨであった。

 

 ──ユグドラシルのマジックアイテムはこの世界でも有効に作用している。

 

 ゴブリンに腕甲の毒が効いたのでそうだろうとは思っていたが、目に見える形で実証されて良かった。

 

「今度はもっと勢いよく、それこそモンスターにやる様に思いっきり石を投げてください」

 

 基本的に脳筋というか、【殴って倒す】のがイヨのスタイルだ。

 格闘戦においては人一倍だという自信がある為、勝負をそこに持ち込めれば、後は実力で勝利をもぎ取る事が出来るという思想が少年にはあった。

 故にイヨの装備するマジックアイテムは直接的な防御力よりも、移動に対するボーナス、状態異常等のバッドステータス・デバフに対する耐性、各種魔法への抵抗を主眼として揃えられているのだ。

 中でも特に飛び道具、魅了及び支配などの精神作用魔法、移動阻害に対しては高い耐性を持っている。この三つに限ってはレベル相応を遥かに上回るほどだ。

 

 試した結果、リグナードの全力投石──大丈夫そうだとは分かってはいても恩人に石を投げるのは気が引けたのか、数度やり直した──も、マジックアイテムによる飛び道具への耐性を突破する事は出来なかった。

 

 ユグドラシルでの効果と同一の性能を発揮しているとすれば、スキルによる強化や魔法による威力増幅などをされていない低レベルの飛び道具ならば完全に防ぎきるのだから、当然と言えば当然だろう。

 

「──このように、僕に投石や矢は利きませんので、誤射を気にする必要はない訳です。僕ごと攻撃してくれてかまいません」

「しかし……三十体にもなるモンスターの群れですよ? いくら強いと云っても、数の暴力でなぶり殺しにされるのでは……」

「上位種でもないただのゴブリンやオーガなんて、百体いても負けません。リグナードさんは、僕がゴブリンを倒すところを見たはずです。手加減しなければ一撃で倒す事も容易い。そしてそれは、何体いても同じです」

 

 ゲーム内における実体験を元に判断すると、二十九レベルのイヨに、一桁台のレベルでしかないモンスターはあまり傷をつけられない。ただ黙って攻撃を受け続けたとしても、イヨが倒れるまでには長い時間を要するだろう。

 

「僕が戦えば怪我をする人や死んでしまう人を減らせる筈です。もしかしたら、誰も傷つかないで済むかもしれない。お願いです。やらせてください」

 

 初対面も初対面のリーシャ一人が死にかけた時でさえ、イヨの心は千々に掻き乱れた。自分には、目の前の人達を救えるだけの力があるのだ。看過する事は絶対にできない。

 

 此処に至るまでにすれ違った人々は、皆が必死だった。

 

 震えるほどに怖いのだろうに、決死の表情で走っていく男たち。死ぬかもしれない現実が分かっているのに、それでも気丈に振る舞い子供を避難させる女たち。自分も辛いのだろうに、泣き続ける弟妹を優しく抱き締める年長の子供たち。柵が突破された時、もはや死は避けられないその瞬間に子供たちの盾となる覚悟を決めた老人たち。

 

 イヨにとっては全員が、名前も知らない赤の他人である。でも、すれ違う一瞬に見えただけのその人々を、イヨは助けたかった。

 だって、誰かに殺されて死ぬなんて、イヨにとっては余りに非現実的で、受け入れがたかったから。

 

「……何故、其処までして下さるのですか?」

「え?」

 

 呟いたのは村長だった。彼は感極まった様な困惑した様な、戸惑いと喜びを綯い交ぜにした表情をしていた。リグナードも近い表情を浮かべている。

 

「イヨさん、何故なのですか? 例えば貴女が冒険者で、売名や報酬を目当てにしているのであれば理解できるのです。神官様でしたら、お布施などでも」

「……失礼を承知で言いますが、私も分かりません。あなたは、回復魔法の代価に相応しいだけの謝礼をする、その為に田畑や家財を売る事も厭わないといった私に、そんなものはいらないと仰いました。自らの行いに対して対価を要求するのは当然の権利です。たとえ自分から要求するのが憚られる場面でありましても、相手から申し出られれば受ける。普通はそういったものでしょう」

 

 何故──

 

「──貴女は、見ず知らずの私たちの為に身を粉にすることが出来るのです?」

「──……」

 

 何故、と云われても。

 

 イヨは正直混乱する。だって、困っている人が目の前に居たら助けるのは普通ではないだろうか。

 道を歩いていて、泣いている子供が、重い荷を背負った老人が、身に迫る危機に気付いていない若者がいたら、多くの人は手を差し伸べるのではないだろうか。

 

 もちろん、用事があって急いでいるので仕方なくとか、何らかの事情によってそれが叶わない事は誰しも有り得るだろうけど。

 

 時間にも精神的にも余裕があり、自分に助ける事の出来る能力や力が備わっていた場合、あえてそれらの人々を見捨てる人間は少数なのではないだろうか。

 

 理由なんてものは所詮理由でしかない。理由が無くても行動する事はあるし、理由があっても行動しない事もある。人の行動を条件やパターン、利益や利害、感情で完全に解明する事は出来ない。こうすべき、こうせねばならないと縛る事も。

 科学文明と云う点では遥かに進んでいるイヨの世界であっても、それは変わらなかった。

 

 物事とは、結局の所──

 

「う、上手く説明できないですけど、僕がそうしたいからです。貴方たちの不幸な所や、辛い所を見たくないんです。助けなかったら後悔するから、僕も辛いから──自分勝手ですけど、僕は助けたいから助けるんです」

 

 真剣な答えを聞きたかっただろう二人に申し訳なくて、イヨは頭を下げた。

 頭上に感じる気配では、二人は茫然としている様だった。こんな訳の分からない答えを聞かされたらそうなるだろうと思い、イヨは更に低頭した。

 

「──ぁ、い、イヨさん! 頭をお上げ下さい、あなたは既にわが村の住人を救ってくださった! 私たちが頭を下げる事はあれど、貴女がそうせねばならない理由はありません!」

「そ、そうです。あなたは私と娘の命の恩人、これからも数多くの命を救うであろうお方です!」

 

 二人に諭されてイヨは、頭を急いで上げた。訳の分からない事を言ってごめんなさいと思ってした事なのに、それで相手を混乱させたのでは何のためにしたのか分からない。

 またまた申し訳がなくて、でも、もう頭を下げるのはやめた方がいいだろうしと、イヨが大規模な混乱の渦を心中で巻き起こしていると、

 

「イヨさんの提案をお受けします。是非とも力を貸していただきたく思います」

「良いんですか!?」

「勿論、イヨさんの足を引っ張らない様に、こちらでも出来るだけの事は致します」

「恩人をみすみす死なせるわけには参りません。及ばずながら、私を始めとした弓手を筆頭に、出来る限りの援護をいたします」

「──ありがとうございます!」

 

 反射的にまた頭を下げそうになるのを、慌てて止める。そんなイヨを、村長とリグナードは、眩しいものを見るような目で見た。

 

「イヨさんは──私たちが遥か昔に失ったものを持っておいでなのですね」

「今が間違っている訳では無いのですが──懐かしい。誰しもこんな時期があるものですな、村長」

「……? えっと……若いって事ですか?」

 

 そんなようなものです、と二人は笑う。どうにもその視線が子供に向ける様な暖かさで、イヨはちょっとむず痒い。

 自分は実際十六歳の子供だし、外見ではその年齢にすら満たないのだから、子供扱いは当然なのだけども。

 

「では、集まっている者たちの所へいきましょうか。村の者にもイヨさんを紹介せねばなりませんし、作戦の打ち合わせもあります」

「あっ、はい。よろしくお願いします!」

「防衛が成功し、この事態の後でも村が存続していた暁には、否と言おうとなんだろうと謝礼を受け取って頂きますぞ? 孫ほどの年齢の娘を矢面に立たせて戦わせ、挙句お礼も出来なかったとなればリーベ村の名折れですからな。是が非でも、村を上げて歓待させていただきます」

「なに言ってるんですか、村は残りますよ。一人の被害も出させません! お礼の方も、ちょっとだけなら頂きます。冷静に考えると、身一つで飛ばされて来ちゃったので、僕は無一文ですし」

 

 今日明日帰れるとは思えないので、考えてみればお金は必要だ。ユグドラシルの時のアイテム類や金銭も持ってこられていたらこんな心配もいらなかったのだが。

 

 襲撃を事前に察知できた場合は、あらかじめ決められた防戦パターンの中から定められた陣容に従って、村民による防衛部隊が布陣するらしい。

 しかも今回は襲って来るモンスターの種類までわかっているので、より実情に沿った防衛が可能だ。

 基本的にゴブリンもオーガも余り知能が高くなく、しかも三十もの数を揃えているとなれば気が大きくなり、真正面から絡め手無しで突っ込んでくるという想定でほぼ間違いないだろうと。

 ドベル街道──リーベ村の近くを通っている街道だ──を正面として後方にあたる、ゴフの樹海から真っ直ぐに、村の背面をつく様に攻めてくるだろうとの事だった。

 

 既に既定の取り決めに従ってそこに集合しているだろう村人たちの所に、三人は急いで向かう。

 

「あっ、村長さん。紹介していただく前に訂正しておきたいんですが、僕は男です。あと十六歳です」

「はっ……こ、これは失礼しました! てっきり女性かと……申し訳ありません!」

「いいえ、慣れてますから。リグナードさんやリーシャさんも最初は勘違いされていましたし」

「知っていたのか?」

「は、ですが、当人を差し置いて言うのもどうかと思いまして……私も半信半疑でしたので……」

 

 ──世界が変わり容姿が変わっても、僕の外見に対する初対面の人の誤解は変わらないなぁ。

 

 イヨは遠い目になりながらそんな事を考える。

 

 現実でも元々童顔で低身長の女顔であったし、誤解は慣れている。

 ユグドラシルを始める時のキャラクターメイキングの際、ゲームの先達でもあった友人に、あまりにリアルの自分と身長体格が異なると操作しにくい場合が多いと言われて作ったのがこのアバターだった。

 

 身長を百五十センチちょっとの設定にすると大人な外見や渋くてかっこいい顔立ちが余りに似合わないので、ファンタジー風に髪色や瞳の色を変えつつも、結局はリアルの自分をスキャニングしてほぼ同じ顔立ちのキャラクターを作ったのである。

 

 ログイン早々、『外国人になっただけでほとんどお前のまんまじゃねぇかwww』や『いっそリアルでも三つ編みにしろよwww』などとさんざん揶揄われたものだ。

 

 走りながらイヨが見上げた空は、生まれて初めて見る綺麗な蒼穹だった。

 

 

 




カルネ村と比べてリーベ村は歴史が長く裕福で、ハムスケの縄張りの中という恩恵も無かったため、防衛戦に対する意識も努力も数段上に設定しています。

イヨの容姿は『女性的で可憐かつ大らかそうな感じ』という設定ですが、ナザリック勢と比べると明確に劣ります。
ナザリックの女性陣は現実に存在する事が信じられないレベルの神懸った容姿、イヨは現実的にあり得る範疇で飛び抜けた容姿です。
まあ、「人間=下等生物・餌・虫けら・玩具」という蔑視や見下しの感情が無い分、親しみやすさや馴染みやすさという点ではイヨが圧倒的に勝ってますが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。