ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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本日投稿する二話の内、二話目です。まだ読んでいない方は一話目「帝国と重爆」を先にお読みください。


バハルス帝国と【スパエラ】

 月日は過ぎ、【スパエラ】は帝都へと到着した。流石は関係良好な二国間を結ぶ主要街道だけあり道中は全くの安全で、何度も街道を警備巡回する騎士とすれ違った位で盗賊にも魔物にも出くわさず、何の苦労も無く国境を越え、幾つかの村や街を経由して、そして今日到着したのだ。

 

「でっかくない? お城も大きいよね?」

「そらでかいよ、帝都だし帝城だぞ。でかいに決まってるだろ」

「道が全部綺麗に舗装されてる……」

「流石に全部が全部じゃないだろ。いくらなんでも探せば舗装されてない道だってある筈だ……裏道とかに」

「冬なのに活気がすごいよ、今日はお祭りなのかぁ」

 

 ついで、道行く人の雰囲気も全体的に垢ぬけている。つまり、此処に暮らす多くの人々は服装や身なりのお洒落に気を使うだけの生活の余裕があるのだ。公都在住歴が長くなるうちに都会に慣れたと思っていたイヨの感覚の更に上を行く大都会──それが帝国首都アーウィンタールであった。

 

 馬車道と歩道が機能的に整備され、道路脇には魔法の明かりを灯す街灯が立ち並ぶ。ほぼ全ての道路は石や煉瓦で舗装され、新しい建物が次々と立つ。

 冬であるにも関わらず人通りは多く、寒気にも負けない騒がしいほどの熱気が渦巻いていて、市民一人一人の顔も明るく希望に満ちていた。都市としても資材や人材の流入は活発であろう。

 

「人口的にも発展度合的にも公国の上位互換、それが帝国だ。アダマンタイト級も二組いるぜ。しかしお前って本当に、おのぼりさんの見本みたいな奴だよな……あんま現実逃避してんなよ」

「……うん」

「……事が事だもんなぁ」

 

 リウルが遠方に目を向ける。視線の先には正に支配者の住まい、帝国の象徴たる威風溢れる城があった。

 

 今からあそこに行くのである。相手は人類最高峰の魔法詠唱者、生ける伝説フールーダ・パラダインと──やがて三国を統一してバハルス帝国の黄金期を築き上げるに違いない若き大皇帝だ。

 

 町一つを壊滅させる様な化け物相手だって恐れず戦う、それが冒険者の頂点アダマンタイト級──なのだけど、流石にちょっと緊張する。なにせ【スパエラ】はアダマンタイト一年生である。

 

 許可は得ているし事前に訪問の予約も入れてあるので、本当なら緊張する謂れも無いのだけども。

 

「緊張は無理もない、リウルの言う通り事が事じゃ。今から身震いがしよるわ。皇帝陛下とパラダイン様相手に主に喋るのは儂じゃろ? 嫌じゃ嫌じゃ」

「今ほど専業の戦士であって良かったと思う時は無いな。なにせ専門外だから殆ど喋らずに済む。俺は端っこでデカい置物になっておくから、イヨと爺さんは頑張ってくれ」

「俺にコイツのお守りを全部押し付ける気かよ……」

「夫婦は互いの行動に責任を負うものだろう?」

 

 夫婦という言葉にリウルは眉を顰め、イヨは幸福感を滲ませて微笑んだ。そしてその手指が左手の薬指に嵌まった指輪を撫で、

 

「その癖は外でするなって言ってんだろ。見る度にこっぱずかしいんだよ」

 

 辛辣さを意識してリウルが言うが、赤い頬では棘も何もあったものではない。事実イヨは欠片もダメージを負っていなかった。

 

「いやぁ、あの時のリウルさんはカッコ良かったなぁ。プロポーズの時が人生最良の瞬間だと思ったら軽々と更新してくるんだもん、もう嬉しくて幸せで……僕が会ったばかりの時になんとなく話した事を覚えててくれたなんて、しかもサプライズプレゼントなんて……」

「その乙女顔やめろ、外でそう言う事話すな。つか指輪外せ。仕事中はマジックアイテムの方の指輪と交換しろって言っておいただろ!」

 

 完璧に決まった自身の策と圧倒的な勝利感に酔ってかなり恥ずかしい台詞を連発してしまったその瞬間を思い出し、リウルは尋常でない羞恥を感じた。感動の涙まで流させてやったのだからもう疑い様も無く自分の勝ちだ、との驕りが今の恥ずかしさを生んでいるのだと思うと身がしまる所ではない。

 

 ちなみに二人の新居は公国に帰る頃には完成している予定なので、その時にも何かひと悶着ありそうな予感がしていた。

 

「さて、緊張も解れた所で行くか。話は通っているが、あまり遅くなるのも不味いだろう」

「この国で厄介事に巻き込まれる可能性は低いじゃろうが、最低限の警戒は怠るなよ。目立っておるぞ、この上なく」

「っ!」

 

 言うまでも無いがアダマンタイト級は目立つ。アダマンタイトプレートという身分証明を首から下げている分だけ、下手をすると王侯貴族より人目を引く事もあり得る。しかも少し前に他国で誕生した新しい最上位冒険者、『帝国では殆どの人が知らない有名人』なのだから相当目立つ。

 

 ガルデンバルドなどは物理的に巨大なのでそれはもう、人ごみの中ですら頭二つ三つ抜けていてまるで広告塔の如く目立ちまくる。『なんだあのデカいの──あ、アダマンタイトプレート!?』といった具合に、四人に注目する衆目はどんどん数を増してきていた。間違いなく噂になるであろう。

 

 好奇心に負けた誰か一人が寄ってこようものならそれに釣られて人だかりが出来かねない。歩くだけで噂になり、その存在が常に人々の耳目を集める──それがアダマンタイト級冒険者というクラスだ。

 

 かつて僅かな間王国で過ごした時、【蒼の薔薇】や【朱の雫】のそうした姿を見ていたリウルからすれば、自分がそういう立場になった事について感慨深さもあったが、今は無用な注目を集めて浸っている場合ではない。

 

「……行くか」

 

 四人は足早に歩き出した。無論皇帝陛下の下へ向かってだ。

 

「ああ、モンスターと戦っておった方が余程気が楽じゃい。……それはそれとして、フールーダ様にお会いするのが楽しみじゃな。儂がこの世に生まれる遥か以前から大魔法詠唱者じゃったお方よ。第六位階魔法到達者、三重魔法詠唱者──幼い頃はその荒唐無稽さに空想上の人物だと思っておった位じゃ……人間としての人となりは分からぬが、魔法詠唱者としてあの方以上はあり得ぬ、頂点じゃ。僅かな時間でも良いから講義の一つも受けたいものよ……」

 

 きらきらと輝く子供の目をしたマッチョな禿頭の老人から視線をずらし、リウルは全身鎧の巨漢を見る。こちらはベリガミニよりかまだ冷静さを残していたが、

 

「早くこの一件を済ませたいモノだよな……四騎士の一人に不動と称される防御の達人がおられるだろう。盾を二つ持つという異端の流儀のお方だ。盾二つだぞ、二刀流だって現実的な戦闘の合理性と難易度から満足に扱える者は少ない。持つだけなら誰だって出来るが極めるのは至難だ。俺だって一度やってはみたが猿真似の域を出ん。同じ防御を得意とする戦士としてその技術を学びたいものだ……」

「実は楽しんでるじゃねーか」

 

 学習意欲溢れるその姿は立派だけども。嫌な予感がしてリウルはイヨを見た。予感に反し、少年は普通に緊張していた。

 

 

 

 

 皇帝の後を追って帝城の廊下を歩むフールーダ・パラダインの内心には、少なからぬ期待があった。皇帝の護衛として隣を歩むバジウッド・ペシュメルなどは普段とは僅かに拍子の異なる歩調からそれを察知していたし、ジルクニフに至っては尚の事。

 

 希少で貴重で重要な魔法の品。アダマンタイト級が託したいと願う程の品物。そんな逸品に対して、魔法に全てを捧げ生きてきた男の心が沸き立たぬ筈は無いのだ。

 

 一体どのような品物であろうか。話を聞いてからまるで誕生日を心待ちにする子供の様にこの日を待ち侘びていたと表現しても決して言い過ぎではない。

 

 なにせ、その品物の所有者たる新アダマンタイト級冒険者チーム【スパエラ】のメンバー、イヨ・シノンは他に例を見ない特異な経歴──『文献にすら見当たらない様な超高位の転移魔法によって別の大陸から来た人物』だ。

 

 大陸間等と言う一般の転移魔法とは比較するのも馬鹿らしい程の度外れた超長距離を転移する魔法の罠──正直言ってそれだけでも話を聞くに値する興味深い情報である。数百年を生きてこと魔法の知識に関しては他の追随を許さないフールーダだが、それ程の超高位魔法を直接体験した人物との接触は余りに希少である。

 ましてやそんな人物が自分を頼るほどの物品──興味は尽きない。老いた心身が抑えられぬ知的好奇心と渇望で浮足立つようだった。

 

 だが一方で、何処かそんな自分の感情に抑制を掛ける心情も存在していた。期待が大き過ぎると、その分期待外れだった時の失望も大きいという経験則から来るものだ。

 

 数百年という時間は長すぎた。自分以上の魔力系魔法詠唱者には、ここ二百年以上出会っていない。

 

 第六位階魔法という常人の遥か及ばぬ高みに達してから、どれだけの時間が過ぎただろう。より進んだ事で見えてきたより深き深淵に挑み、既にどれだけの時間が経っただろう。

 

 第六位階は前人未到の領域。フールーダに並ぶのはかつての十三英雄くらいだろう。誰もがフールーダを讃え恐れ敬う、大魔法詠唱者、三重魔法詠唱者、第六位階到達者と──しかし第六位階というのは余人の遥か及ばぬ逸脱者の高みではあっても、第十位階まで存在するとされる魔法の下から七番目でしかないのだ。

 第七、第八、第九、第十位階の魔法。研究者の間でも実在を疑問視される信用性の若干乏しい超々高位の魔法、遥かなる深淵──第六位階に至ったフールーダだからこそ、より深き深淵、それらに焦がれる。それらの存在を追い求め、至らんと足掻く。

 

 ──未だ至らず、未だ遥か遠く。暗中模索で道を切り開く浪費を他に回せていれば──自分の弟子たちが自分の作った道を歩んだように、自分にも師が、教え導いてくれる存在がいれば──

 

 遅々とした歩みに焦り、老いを、魔法の深淵を覗く事無く死ぬという未来の事実に恐怖し、早く効率よく位階を駆け上がる後進の弟子たちに嫉妬し、そんな自分を慰め──そんな日々を過ごす年月は長すぎた。

 

 只人の何倍にもなる長き時を生き、もう痛いほど嫌なほど分かっている──そう都合の良い事は起こらない、分かりやすい飛躍など早々望めないと。

 

 勿論フールーダ・パラダインの魔法への渇望はまるで衰えず、むしろ年を経るごとに強くなる一方だ。帝国の首席宮廷魔術師となったのも、時間を割いて弟子を育成するのも根本の部分で言えば、より充実した研究環境を得て、より魔法研究を大規模かつ活発にし、己が進歩の糧とする為──という言い方だって出来る。

 

 此度の一件、イヨ・シノンが自分に見せてくれるだろう『何か』には大いに期待している。そして程度の差こそあれ、それは自分にとって得難い糧、貴重な研究材料であろうと客観的に判断できる。

 

 ただ何処か期待し過ぎる事を避け、冷静でいようとする心の動きもある。要するにそれだけの話だ。

 

 もしさほどの物でも無かったとしても、他にも得る物はある。アダマンタイト級冒険者には希少品の入手などで依頼を出す事もある為、ただ面識を持って伝手を得るだけでもプラスだ。

 イヨ・シノンは残念な事に甚だ未熟ではあるものの、信仰系魔法詠唱者でもあるという。つまりは他の大陸からきた魔術師だ。例え初歩的な物であったとしても、此方の大陸のそれとは異なる魔法理論や魔法体系の一片でも得られれば、それはこの上ない刺激、新たな知識となるだろう。

 第七位階魔法と推測される魔法を扱う可能性のある吸血鬼の眷属や、アイテムを用いたとされるデスナイト召喚の詳細も是非聞いておきたい。既に公都に派遣した高弟から報告は受けているが、当事者による一次情報からは、紙面に文字で記された顛末からとは違った何かが掴めるかも知れないからだ。

 

 【スパエラ】に所属する魔法詠唱者たるベリガミニ・ヴィヴィリオ・リソグラフィア・コディコスも、第四位階到達間近の凄腕だ。第四位階に手を掛ける所まで自身を高めた人物は、帝国魔法省ですら非常に数が少ない。フールーダの直弟子たる選ばれし三十人の中でも中々いないのだ。

 

 そうした人物との魔術談義、魔法討論──十分に心躍る。自身が教育した弟子たちとの会話でも時として自分からは出ない発想、既知のそれとはかけ離れた視点からの新論が出て糧になったりするものだ。

 

 外来の、自分の弟子では無い高位魔法詠唱者との接触は新たな魔術的知見を得るには有用だ。

 

 と、其処まで考えて、フールーダは目指す場所、【スパエラ】の面々がいる応接室まで来ていたことに気付く。なんだかんだ言いつつ、やはり己は高揚していた様だ。何時の頃からか皇帝の背中を負って無意識に歩きつつ、思考に没頭していた。

 

 帝城に存在する幾つもの応接室の内、其処はアダマンタイト級冒険者に相応しい最高位の部屋だ。

 

 入室する皇帝ジルクニフの後に続き、フールーダも部屋に入った。

 

 

 

 

「すまない、少し待たせてしまったようだ」

「いえ、そんな。我々の為に貴重なお時間を割いて頂き、感謝しております。──お初にお目に掛かります、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下。お会いできて光栄です」

 

 最上位者であるジルクニフに続いて、【スパエラ】の面々はフールーダやバジウッドにも敬意の籠った礼をして見せた。七人で使うには少しばかり広すぎる応接室だったが、品物を出来るだけ人目に触れさせたくないという【スパエラ】の事情があってこうなったのだ。

 

 如何にアダマンタイト級冒険者とは言え、いざという時を考えれば皇帝の傍にいる者がたった二人と言うのは如何にも問題である。だが大公の保証と、そのたった二名をジルクニフの部下の中で最も強く信頼のおける戦士であるバジウッドと帝国の守護神たる大魔法詠唱者フールーダ・パラダインとする事で実現した。

 

 逸脱者フールーダ・パラダインが傍らに侍るのならば、それは帝国全軍に匹敵する戦力を従えている事とほぼ同義だ。例え英雄の域に至った者を相手にしたとしても、魔法発動に必要な一瞬の時間さえ前衛が稼げば眼前から逃げおおせる事が可能である。『皇帝の身を守る事』を可能とする最小の人員だ。

 

「我が友の国を救った新たなる英雄と会えて私も嬉しい──君たちの話はライザから聞いているが、折角だ。是非とも君たちの口から紹介してくれないかね」

 

 ライザとの呼称に【スパエラ】は一瞬不可解そうな顔をした。無理もない、一度改名している公国の大公の名を、しかも愛称で呼ぶ人物はそうはいない。単純に、一瞬誰だか分からなかったのだろう。

 

 そうした無難に、しかし丁寧に互いは自己紹介。フールーダも長く宮廷で──宮廷文化にはほぼ興味は無かったが──生きてきただけあってこの辺りはまるで問題ない。

 

 見るからに屈強で精強で、一目で強力な戦士である事を他に理解させる外見の戦士、ガルデンバルド・デイル・リヴドラッド。広々とした応接室が彼の存在でやや手狭に感じる程の、並外れた全身鎧の巨漢だ。ヘルムを外したその顔貌は岩を削った様だが、同時に声や目の輝きに知性を感じる。彼がチームのリーダーらしい。

 

 暗色のフード付きローブに捻じ曲がった木の杖、そして全身の各所にマジックアイテム。我こそは魔法詠唱者であると言外に叫んでいるが如き魔法詠唱者然とした姿だが、全身に乗った戦士並みの筋肉がその服装と何処かちぐはぐな禿頭の老人、ベリガミニ・ヴィヴィリオ・リソグラフィア・コディコス。フールーダのタレントを通して見える魔法のオーラも力強く、第四位階到達間近という話だったが、既に到達しているのではないかと思えた。

 

 革と軽金属を巧妙に組み合わせた防具は一見すると衣服の様にも見えるが、良く見るとそこかしこに何か忍ばせている風情だ。無手の様でも、バジウッドなど戦士の目から見ればそれこそ、斥候兼盗賊らしく全身を武装している姿だろう、リウル・シノン。目付きは悪く顔立ちは整いつつも何処か青年的に尖っているが、珍しい黒髪黒目を考慮しても【スパエラ】のメンバーの中では最も一般大衆に溶け込む外見だった。

 

 そして今回の一件における最大の主要人物──イヨ・シノン。

 

 男だと事前に知らされなければまず気付けない程に、相当可憐で可愛らしい容姿である。歳も実年齢よりか、下手をすれば二つか三つは幼く見える。薄く汗を掻いていて見るからに緊張しており、そうした様子も相まって、フールーダの目からはとても高い戦闘力を持つようには見えない。

 

 白金の髪も金の瞳も、細い肢体に柔らかに整った容姿も。着飾っていれば問題なく『容姿に恵まれた育ちの良いご令嬢』で通っただろう。それ故マジックアイテムを身に着けている姿は冗談にも見える。こうした外見をジルクニフが感想した様に魔法で保っているのならば驚異的であろうし、その魔法的技術にも興味は湧いたのだが、生来の生身ではしょうがない。

 

 異なる姿と能力に変形する性能を持つとされる鎧も、今はただの金属の意匠──実際は要所を守る装甲らしいが──で飾られた上等な衣服の様だ。フールーダとしてはこの防具がどの様に魔化されたのかにも興味があった。

 

 さてさてこの人物は自分にどんなアイテムを見せてくれるのか──

 

 ジルクニフと【スパエラ】の面々が本題の前に社交辞令を交わす間、フールーダは皇帝の臣下として言葉少なに彼らを眺めていた。その興味は彼ら自身にも僅かに向いているが、圧倒的大部分はやはり見せてくれるのだろう魔法の品に集中している。

 

 「そうか、すると君たちは──これはすまない。どうやらフールーダが待ちきれない様だ。せっつく様で悪いが、時間も限られている。例の品物を見せてくれないかな?」

 

 そんな内心が、抑えているつもりでも表に漏れ出ていたのだろう。ジルクニフが先を促すと、皇帝とその側近に完全懐柔されてニコニコ笑顔でジュースを味わっていたイヨ・シノンがびくついた。外見年齢相応かつ実年齢不相応なその仕草に、横に座った妻たる女性が肘で腹を突く。

 

「こ、これはすいませんでした。ご多忙の折に無理をして時間を作って頂きましたのに──」

 

 アダマンタイト級冒険者に対するジルクニフの友好的な態度にすっかり緊張感を取り払われていた少年は、再び『すごく偉い人』を相手にしている事に気付いて身を固くするが、其処は矢張り、ジルクニフは元よりフールーダもバジウッドも人の上に立つ者だ。

 

 アダマンタイト級冒険者は身分や地位の上下に囚われない例外的存在だが、あえて半ば以上子供に対する様な鷹揚さを見せて、先を促した。

 

「お気遣い痛み入ります──えーとそれでその、本題のアイテムなのですが、エル・ニクス皇帝陛下とパラダイン様は大公殿下からどの様に」

「シノン殿が冒険の末に手にした物で、死蔵するには貴重で有用、悪意ある者の手に渡れば危険。同質かつ低価値の物は市井にも存在するがその希少価値は伝説級──貴方方が殿下に仰られた事をそのまま伝え聞いておりますぞ」

 

 意図せずして食い気味に反応してしまったフールーダに、ジルクニフがちらりと目を向けた。その視線は明らかに、自らの恩師にして親の様にすら思っている臣下を宥めている。『気持ちはわかるが少し落ち着け』、と。

 

 その視線によって、フールーダも少し冷める。フールーダは魔法以外の事を煩わしいと感じそれらに殆ど関心を持たないが、流石に自分の振る舞いが帝国の威信を傷つけるのは望む所ではない。

 なにより、目の前の【スパエラ】の面々は『アイテムを扱い得る力量と良識を持つ者に託す』目的で動いている。此処まで来て『振る舞いがおかしいから渡したくない』等と言い出されては生殺しも良い所だ。

 なので、殊更丁寧に謝罪しておき、再度イヨ・シノンに水を向ける。少年は緊張のぶり返しを堪えながら言い辛そうに話し出した。

 

「あ、あの、えーと……説明する前に、まずは現物をご覧いただきます。私のものではありますが、これらはもう私の手には到底収まり切らない物なので──」

 

 言って、イヨ・シノンが懐に手を入れて一つ、二つ、三つ、四つと件のアイテムを取り出していく。さして大きくも無いそれらは、魔法詠唱者でなくとも冒険者や高位の騎士ならば見慣れたものだ──フールーダに至っては何百年も慣れ親しんだなんら特別感の無い物。

 ──魔法の巻物と短杖二つだ。それと、外見からは内容の察しが付かぬ題名も何もない古びた本。

 

「──第五、第六、第七、第八位階の魔法が込められたものです。これを、陛下とパラダイン様に託したく」

 

 告げられた内容に、フールーダの呼吸が止まった。

 


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