ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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大変お待たせしました、本日投稿する二話の内、一話目です。


頂きに挑む:王の賛辞たる一撃

 イヨと武王は双方、対手の打倒を目指して動き出した。

 

 身目にも明らかにタイプが違う二者だが、外見ほど差異は大きくなかった。

 まず二人は挑戦者と王者、挑む側と受ける側で、見るもの全てが初見の武王と事前に情報を収集し対策を練り作戦を立ててきたイヨ。違いと言えばそれくらいである。

 

 武王の強さは非常にシンプルだ。

 一撃一撃が五体を砕くほど重く強く、眼にも止まらぬ程速く、超重量級の身体と装備は防御などせずとも生半可な攻撃を無効化し、炎や酸による攻撃以外ならミンチになっても治る再生力を持つ。

 

 それでいて持てる力をストレートにぶつけてくる重量級戦士タイプ。

 物理的な面において全ての能力が高度に纏まっている。イヨと比して技量が拙いという事実はあるものの、種族的長所を鑑みれば本来技術など必要としないと表現する方が正しく、肉体能力だけでも無類の強さであるがその上一定の技術まで持っているとするのがより実際的であろう。

 

 対してイヨは同じく殴る蹴るが取り柄の正面戦闘タイプであり、技術的に勝っている代わりに肉体が圧倒的脆弱で特殊能力の類も無い。装備面でも優れていると思われるが、それで差が埋まるほど容易い相手では無かった。

 

 シンプルであるが故に、武王もイヨもその強さを発揮できる状況において盤石であり揺らぐ事が無い。詰まる所、この開けた場所で一対一という状況においては実力で遥か優越する武王が圧倒的優勢であるという事だ。

 

 褒美として賜るイヨの武装が神聖属性を帯びた物となる事が決まった為、イヨが私財で求めたのが【火足炎拳】──アイテムボックスの中から幾つかの財宝を取り出し、または売り払い、四つの冒険者チームに依頼を出し、各分野において公都随一と呼ばれる職人たちの手によって製作されたもの──炎の属性を持つ武器。

 

 ミンチになっても元通りになるという再生能力を打ち消してもなお、武王の体躯は雄大であり強大である。種族的長所の内たった一つを失効させた所で形勢の偏りは逆転などしない。

 

 もし対戦相手ではなくモンスターとして武王を見た場合、イヨは『接近戦は嫌がらせと足止め程度にしておいて主な攻撃はベリさんが上空からファイヤーボール、弱ってきたら袋叩きでいこう』と判断しただろう。

 

 防御面において四十レベル相当を誇るデスナイトよりは遥かにぶっ叩きやすいのだが、反面攻撃はかなり辛い。完全物理タイマン仕様の装備品類によって元よりは遥かに差は縮まってはいるが、それでもなお不利だ。

 イヨが経験した一レベル分の能力値の上昇がなければかなり不味い戦いになっただろう。たかが一レベル、されど一レベルだ。たった一レベルでも差が縮まっている分、一割前後は不利が軽減している。

 

 適応力が高く多数の亜種が存在する種族ゆえ一言にトロールと言っても色々なのだが、大抵は身体的なステータスが高く、特に筋力の値が伸びやすい。亜人種と人間種では元々ステータスの次元が違う。

 

 人間種の中でも初期ステータスが平たく特徴らしい特徴が余りない、つまりどんな職業に就くかによってどんな方向にでも成長し得る人間と種族によって千差万別な亜人種や異形種。

 

 それぞれの種族の得意分野で比べて見れば同じレベルでステータスの値に二倍三倍の差が付く事は全く珍しくない。ただ長所があれば短所あり、メリットがあればデメリットがあり、何かを得れば何かを失うのがユグドラシルだ。

 百レベルに到達し、名にワールドを冠する職業に代表されるいわゆる強い職業に就き強いスキルを覚え、装備を整えてプレイヤースキルを磨く。そこまで行けば単純なステータスの高さは絶対的な物では無くなっている。

 

 ユグドラシルでは異形種は一般的に人気が無かった。一番数が多かったのは人間種だ。亜人種はまあ中間である。

メ リットがあればデメリットもある。高いステータスに多様な種族特性、特殊能力の代償。一部の街に入れなかったり一部NPCに敵対行動を取られたり相性の悪いワールドに居るだけで様々なマイナス補正を受けたり。

 種族ごとに向き不向きが尖っている場合が多く、一部のステータスがとても高ければ一部のステータスはとても低かったり、そもそも種族によってはある方面の職業に就けなかったりするのだ。特化型にしろ万能型にしろ、突き詰めてハマれば爆発力も持続力もがあるが単に制約が多いとして忌避する者も多かった。

 使いこなすのが難しいとか、結局強い職業には就けない場合が多いとか、単に外見がキモいとかだ。なんとなくで選ぶには考える事が多くて大変なのもあったかもしれない。その点人間種は全般的に取れる選択肢が多く後からでも方向修正が楽だし、人数が多いだけあって参考となる情報も手に入りやすかった。

 

 ユグドラシルでは。

 

 ──パワーとスピード、ウェイトは裏切らない。満足に動ける範囲でデカければデカい程良い。

 心技体で一番重要なのは並び順から見ても分かる様に体である。心も技も身体という土台あってこそ。肉体無くして心は無い。人の心は、思考は身体の一部である脳にあるのだから。肉体無くして技は無い。身体の動かし方が技そのものなのだから。

 優れたフィジカル無くしてメンタルもテクニックも何もあったものでは無いのである。戦いに耐え得る身体があるという前提で初めて技量の高低や心の強さは話題に上る。極端な話強い心や技術など相応に優れた肉体があったら要らないのだ。

 逆に、病んだ肉体死に掛けの肉体に強い心や優れた技術などどう足掻いても宿らない。脳が衰えれば心も衰える。動かない肉体では技もクソも無い。老いと病はどんな達人も老人、病人、死人に変える。

 未だ強者たる力量を保っている特異な年長者たちでさえ己の衰えはとくと自覚する所であるし、要するにまだ強さを保っていられているに過ぎないのだ。

 

 優れた肉体に優れた精神が宿ってくれたらどんなに良い事か、という言葉が歴史に残っている事からも明らかである。仮に人格がクソでも殴り合いが強けりゃそれでイケる時代というのは、手を変え品を変え程度を変えなんだかんだ現在まで続いているのだ。

 

 何故心技体の内上から二つが尊ばれがちなのかと言えば、後天的に努力で獲得し得るものだからだろう。持ち合わせている肉体を筋トレでマッチョにする事は出来ても、身長を三十センチ伸ばして臓器の処理能力を上げ骨格の形状を変え筋肉の質を良くする事などできやしないのだ。ならば持たざる者は上二っつに賭けるしかない。努力するしかない。

 

 そして努力した所で格闘技を習ったチビマッチョと趣味は読書なひょろノッポなら前者の勝ち目も相応にあるかも知れないが、格闘技チビマッチョと格闘技デカマッチョではやっぱり不利なのであった。

 スポーツの世界にはこんな言葉がある。『どんな名コーチも身体は与えてやれない』。およそどの競技にも言える言葉だろう。逆に、『身体さえあれば後は周囲が伸ばしてやれる』とも。

 

 不平等がないように、公平に競い合えるようにルール化がなされた界隈でさえそうなのである。

 

 どの世界においても上に行けば行くほど全てを持っている者同士の戦いになる。ただデカくて運動神経が良いだけではなく器用で柔軟で不屈で屈強で努力家と言う風に。ジャイアントキリングに必要なのは上に立つ側の油断か劣る側の幸運、そもそも両者の実力が近い事。それらの内どれかもしくは全部だ。そもそもの総合力がかけ離れていれば万が一など起こらない。

 

 少女に見える程の低身長で細身でついでに可愛い顔立ちという戦う上でハンデにしかならない特徴を持ち合わせて生まれたイヨはそう思っているし知っているし味わっている。

 

 そして、その優劣は転移後の世界でも無くなってはいない。レベルや職業構成にステータス、装備等が数値化して比べられない為詳細は不明だが、およそ三から六はレベル差があるだろうガルデンバルドとイヨの能力値が肉体能力に限っては僅差である事からもそれが分かる。

 

 才能と素質、努力、環境。ゲームであるユグドラシルではゲーム性故にプレイヤーの能力に関与しない排除された個人差、個体ごとの揺らぎが、この現実の異世界と文字通り生身の肉体を持つ事となったプレイヤーにはある。

 同じ職業構成同じレベル同じ装備のユグドラシルプレイヤーと此方の世界の人々が戦う場合、あるいは勝負を決めるのはその揺らぎかも知れない。生まれつき、そして鍛えあげた肉体と精神の特性と特徴、その上下の幅が。

 

 要するに何が言いたいかと言うと、三十一レベルという低レベル帯であり習得しているスキルが少なく、強いスキルも無いイヨでは種族差から来るステータスの差が実に大きく響くという事だ。

 一レベルのトロールと人間による殴り合いほど悲惨かつ致命的では無いが、きついかきつく無いかで言うと断然キツイ。

 

 百レベルまで育てばさして大きいものでは無くなる単純なステータスの差が、余りにも高く立ちはだかる。そりゃあ亜人種や異形種が強い訳だ。そりゃあ竜や巨人が強い訳だ。デカい奴が弱い訳は無い。なにせ生まれつき強いので生き残りやすく故に更に強くなりやすい。環境的に弱肉強食故本当に弱い奴は死ぬので生き残っている奴らはなにかしらの強者である。

 

 今のイヨはゲーム産なりに自分の肉体を持っているので、それを鍛える事は出来る。

 

 だがイヨは大きい上に頑張って強くなった奴相手に、小さいけど頑張って強くなった奴が敵わないという現実的な現実を良く知っている。前衛系の三十レベルたる魔人超人の身体能力に、この細く小さく柔らかい子供の様な肉体をどう鍛えても雀の涙程度のプラスにしかならないと思い知っている。

 実際、現実では敵わなかった。イヨが全てを兼ね備えた真の天才でいられたのは小学校高学年までだった。自分の外見はイヨにとってコンプレックスでは無かった。ただ、何時でもこの身体は長所で、短所で、個性的に過ぎる個性だった。人並みの成長を望んだ事くらい、イヨにだってあったのだ。あるもので戦うしかないという現実と向き合っただけで。

 

 篠田伊代の身体能力は非常に高かった。異常なほど高かった。『小ささの割に』考えられないほど優れていた。伊代ほど小さく伊代ほど強い選手は他に居なかっただろう。いわゆる恵まれた体格を持つ同年代の少年と比べれば絶対的に劣っているとしか言えなかっただけで。

 

 ああ、異形種の文字通り異形の身体でさえ慣れれば問題なく操作できるユグドラシルというゲームにおいて、イヨは何故『操作しやすいらしいから』なんて理由で現実と相違ない肉体を形作ってしまったのだろうか。

 

 ゲームの中でこそ、夢見る程に憧れた大きくて強い身体を持ってみればよかったのに。そういう身体なら鍛える意味があった。恐らく素の肉体能力、レベル、職業補正などからなる総合的なステータスの値において、時間を掛けて身体を鍛える意味も見いだせた。

 小学校高学年生並みのこの身体に搭載できる最大限の筋肉など、相手の身長が十センチ高く、同じ位鍛えていればそれだけでほぼ完全に負ける。肉体面においてイヨを下回る者など世の中にそうそういない。結局の所イヨの強さとはレベルに由来する強さなのだから。

 

 肉体と関係の無い数値で能力値の高さが保証されている以上、イヨは肉体能力の向上を切り捨てた。得られる成果が見合わないからだ。ポーションや治癒魔法の使用を制限し、訓練の強度と密度を落としてまで小さい身体の少ない筋肉を後生大事に鍛える意味が見出せなかった。

 確たる意志としてそう決めたのはデスナイト騒動以降である。イヨは既に高校生の篠田伊代ではなく、部活の大会で成績を残す為に鍛えている訳ではない。強くなる為に、依頼を達成する為に、敵を確実に葬る為に、『強さ』の獲得の為に決めた。

 

 筋トレよりレベルアップを目指した方が確実に強くなれる。

 筋トレに構わずポーションや治癒魔法を使って鍛錬の密度を上げた方が強くなれる。

 

 地球でなら生涯に一度や二度体験できるかどうか、体験した後は確実に障害が残り戦えなくなるほどの大怪我でも、そんな大怪我の可能性がある過酷な訓練でも好きなだけできる。此方の世界の人間でもコネや費用、常識の問題でそんな鍛え方をする──出来る──者はそうはいないのだ。

 

 そう、いっその事身体はこのままでいい。肉体に関係なく保証されている能力値という条件を前にして、こんな小さな身体に構っている暇がない。身体を大きくする努力だけはしておいて念願叶って大きくなったらその時こそ鍛えるだろうが、今の小さな身体でいる限り、むしろより軽量で、的が小さく、柔軟で可愛い方がいい。イヨの強みは能力の大部分が肉体と無関係である点にある。

 

 『幼く可愛らしい女の子』『滅多に見ない美しい少女』『育ちの良さそうなご令嬢』──そう見える今のままでいい。イヨは己の容姿すら武器にして見せる。勝つ為に。

 

 この世界にテレビもネットも無い。『アダマンタイト級冒険者イヨ・シノン』の情報がどれだけ出回ろうと初見で素性を知られる事など実質的に有り得ないのだ。実際に見知っている人以外、イヨを見てイヨだと判断する事は出来ない。

 イヨの様な戦士はまずいないがイヨの様な背格好の娘っ子は何処にでもありふれている。プレートなど服の下に隠してしまえ。髪や目の色など苦も無く変えられる。伝聞の情報が広まろうと紛れる事は容易い。あえてそう主張しなければイヨはまず前述の様な無害で可愛いだけの元気で優しい女の子にしか見えないのだ。なんならゲーム時代ではネタアイテムだった性転換の薬を使って本物の少女になってもいい。

 

 ──可愛いと思ってくれていいよ! 

 ──可憐だと見惚れてくれたら嬉しいな!

 ──戦えない、容姿が取り柄の弱い生き物だと見做してくれれば最高だね!

 ──だってその評価はその油断は、対手の首を圧し折る上で余りにも貴重で得難い時間と契機を僕にくれるもの!

 

 勝利の為の強さが欲しい。実戦で勝つ為の強さが欲しい。その為ならば戦士然とした外見などいらない。正々堂々たる敗者となって人々を守れないより、狡猾な狩人として敵を抹殺できた方がずっと良い。

 

 事実武王ですらもイヨの外見からその強さ、戦闘方法を類推する事は出来なかった。イヨの方が弱いからする必要も無かったのかも知れないが。

 

 初手で【アーマー・オブ・ウォーモンガー】を重装化した判断は正解だったと言えよう。

 

 うなりを上げて襲いくる武王の棍棒。先端部分に規則的に配置された突起が打撃力を集中させ威力を上げる工夫の施された代物だ。装備品としての質ではイヨが勝るが、その巨大さと重量、何より使い手の能力が圧倒的な威力の差となっている。

 

 武王の鎧と外皮の防御力を貫く為に攻撃特化の軽装鎧形態を用いる案も事前の段階では考えていたのだが、それを実行していたらイヨは武王の攻撃を受けずとも捌くだけでダメージを負っていただろう。軽装化した【アーマー・オブ・ウォーモンガー】は鎧の癖に──そんな風に作ったのはイヨと友人であるが──なんと防御力が下がるのである。その状態で直撃を喰らったら二発か三発で死にかねない。致命的な一撃ならば確一で死亡も無いではないだろう。

 

 デスナイトも大概だったが武王は更に大きい。身長百五十センチ少々のイヨより七十センチほど大きいのがガルデンバルドで更に十センチ大きいのがデスナイトで、更に更に一メートルくらい大きいのが武王である。

 

 トロールの平均と比べても大柄であろう。人より大きい生き物はかつての地球に数多く実在したらしいが、人より大きい人型常時二足歩行生物はいなかった。少なくとも人と同じ時代には。

 

 同じ人型同士でも、その戦い方は対人とは大きく異なる。イヨの戦い方は纏わりつき、躱して打つという一言に尽きる。武王は反対に、離れて打つ、だ。

 

 大きな獲物を使っている場合、近すぎる対象に全力の攻撃を行う事は出来ない。バットや木刀で自分に密着している相手を殴るのは難しい。全力でとなるとほぼ無理だ。加速距離がほぼゼロだから殴ると言うより押すに近いし、武器の半ばから先端辺り、棍棒の場合打撃部で打たねばまともな威力は出ない。

 しかも、相手の大きさは自分の半分以下で至近距離を保ったまま前後左右を俊敏に行き来して手足の指とかをめっちゃ殴ってくるのだ。人間が小猿と戦うサイズ比である。

 

 天頂から流星の破壊力を伴って降り注ぐ棍棒の一撃を、イヨは足運びと手元の捌きで避け、流す。わざわざ初手で高く遠く殴りにくい顔面と肩口を狙ったのが効いている。僅かながらも視覚に支障を来している武王の一撃はほんの僅かに狙いが甘い。見えにくい分だけ、それを補正する当て推量が混じっている。利き腕側の肩の不如意がキレに影を落としている。その分をカバーする為に本来必要とされている分より多くの力を込めて武器を振るっている。

 

 イヨは自身の動きが武王にどう見られているか、その動きを捉える為武王がどう動くかを察知し、動きの緩急と欺瞞で武王の理解と解釈に揺さぶりを掛けていく。

 

 対戦相手の僅かな劣化と細かい工夫。満点の一撃と比較してほんの僅かな差がイヨの有るか無きかの余裕となって命を繋ぎ、反撃の機会をくれている。まあぶっちゃけ武王は今の所手癖のまま全力攻撃を繰り返している状態なので、理由としてはそれが一番大きいのだが。

 

 イヨが躱し、透かし、捌き、棍棒が地を打つ度に、イヨが反撃する度に観客が絶叫する。

 

 武王の攻撃を躱している。武王を一方的に叩いている。──武王より強い? 武王に勝つのか? 武王が──負けるのか。

 

 観客の大多数を占めるのは実際的な戦闘の知識や経験を持たない一般人だ。一部のマニアや目利きを除いた彼ら彼女らの大多数は実際の実力の上下や勝敗より何よりかにより、見応えのある試合を見て盛り上がりたい人々なのである。

 

 絶対の王者たる片方の攻撃は空振り続け、初見の挑戦者たる片方は殴り続ける。そういう人々がそんな光景を見れば前述した様な考えに至るのも無理は無かった。特に武王はその強さ故に、既に過去のモノとなった前武王との戦い以来接戦や劣勢を見せた事は無いのだから。

 

 目にも止まらぬ一撃が地を揺らし空を切る度、場内に響き渡る重い金属音。躱しざまに撃ち込まれるイヨの打拳である。棍棒を握る武王の指を、イヨの肘や拳が迎え撃っている。

 

 如何に巨人の剛力と言えど、総身の膂力が込められた四肢先端と武器を握る手指一本の比べ合いならば前者が勝る。

 

 そして、隙を見てイヨの蹴りが武王の足指や足首を叩いている。その些細な、しかし確実に拍子を乱す蹴りを嫌った武王が棍棒で足元を薙ぎ払い、足蹴りでイヨを踏みつぶそうとする。

 

 大きな武器は描く軌道も大きい。初動が掴めれば小柄かつ俊敏たる利点を生かし、内に入り込む事で避けられる。武器攻撃は兎も角蹴りなどカモであった。

 

 回避を優先している為、足元を定めて全力攻撃を行う訳にはいかない。常に動き回る中で実現し得る最大を打ち込んでいく。一発一発は些細な威力だ。だがしかし、それは十、二十と積み重なった時、大きな意味が出てくる。

 

 武王とデスナイトの総合的な力量はほぼ同程度──殴り合えば武王が勝ちそうだが──と思われる。

 武王は速く重く強いがデスナイトより柔い。この綱渡りを続けた先に、遥か遠くとも間違いなく勝利があった──武王がこのままやられていてくれるなら、だが。

 

 そして、当人同士も含めた全員が分かっている。んな訳ねぇ、と。

 

 格下がなんか必死に頑張ってる程度で負ける王者がいるはずは無い。現在筋力的な意味で全力を出している武王が、己の持ち得る全知全能の全力を発揮し始めた瞬間、この一方的な殴り合いは立場が逆転する。

 

 そしてその瞬間はすぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 『俺の強さは種族の特性からくる強さであり真の強さではない』──その様な考えを抱く位であるから、武王には技や鍛錬というものに対する信仰の様な想いがあった。

 それは現在より遥かに弱く──それでも大抵の生物よりは強く──狭い世界観と拙い口調で街道に陣取っていた頃からのものだ。

 

 更なる強さへの執着。その為に自ら望んで鍛錬を積み、強者を求め戦う感性。ただ生きていく為には不要な苦労を望み、自分から進んで死の危険を求める、そうまでして強くなりたいという生物の本能にすら勝る欲求。

 

 生まれついての強大さに不足を感じ、更なる強さ、更なる速さ、更なる硬さ、更なる巧みさを求めた結果が今の武王だ。『元からすごく強い奴が一杯練習して強い武器防具を持ったら凄まじく強くなった』というある種当たり前である種残酷な存在。

 

 しかしそれでもゴ・ギンは、自分は強いと知りつつもその強さに満足しない。どころか、前述した様に自分の強さを真の強さではないとすら言ってのける。無双の高みに立ちながらも自らをそう評してのける考えは、前向きな努力となって彼をさらに強くしている。

 

 種族特性に由来したものが大きいから真の強さではない。

 

 これはもう完全に武王の信条というか、彼の拘り、価値観からくる物の見方と言える。個人的な問題である。彼の求める理想、目標が余人の想像の及ばぬほど高いから、自分に感じる不足の大きい点を挙げてそういう考えに至るのだろう。

 

 イヨ辺りと討論すると『強さに種類や分類、程度、高低はありえたとしても真とか偽とかなくないですか?』なんて形で価値観の違いが露わになるだろう。イヨの世界観において偽物の強さというものが存在し得るとしたらそんなのはゲームパワーで戦ってる自分自身に他ならない。

 

 偽物だろうと本物だろうと勝敗はそんなものとは関係なくつく。勝った方が勝者でありその対戦において強者であるという形で。

 

 何が言いたいかと言うと、今武王はイヨに対して感動と称賛を抱いているという事だ。

 

 こんなにも弱い生き物がこんなにも強く戦っているという事に心の底から感心していた。まるでタネの分からない手品を見ている様だった。

 

 ──歳は幾つだ? 人間の寿命から考えて、雑に十歳から二十歳の間として十五歳だとすれば、戦歴はどうあがいても十年が精一杯だろうに。

 

 技量は自分──武王とは比べ物にならない程高い。武王の見識では到底理解の及ばぬ完成度、高次元。

 肉体能力は低い──だがやはり人間としては異常な剛力頑健さ。装備品の効果などを考慮しても異常であり、本当に人間かどうかも疑わしい位である。

 自らの振るう棍棒と具足を打ち合わせた感触からするに、装備品の質もイヨ・シノンが上である。オスクから与えられた装備品とて現実的に入手し得る最上級品である事を考慮すれば、素直に羨ましくなる程の武装だ。

 

 奇しくも武王にも近しいストレートな強さ。

 

 この三点を単純に比べれば二対一でイヨ・シノンに軍配が上がる──では三点を合わせた総合力ではどうか。武王が遥かに上だ。戦士としてどちらが強いかと言えば、武王の方が二段も三段も勝る。

 

 イヨ・シノンは武王より弱い。武王とも戦える稀有な戦士だがそれが事実。このまま成長を続けてくれれば五年後十年後にはもっと良い戦いが出来るかもしれない、そういう将来性込みでなら大有望株であろう。

 

 現状は武王の方が強い。最初から分かり切っていた事。しかし、これはどうした事だろう。

 

 当たらない。全力を込めた打撃が当たらない。初撃以降、当たらないが積み重なる。

 

 当たる、当たった、と思う。しかし、実際はすり抜けたかのように地を叩く。そして必ず、武王の手指、少なくとも四肢末端に反撃が打ち込まれる。これほど小さな体でどうやって、という速く重い一撃が。

 

 ──すごいな。

 

 弱いのに。

 

 小さく強い身体を生かした立ち回り、高い技術を生かしたいなし、捌き、受け、流し、小さくしかし確実な回避。人間と戦うたびに目の当たりにしてきた弱く強い者の戦い方──その最上級。

 余りにも武王とは体格が違い過ぎるが故そのまま使う事は不可能だが、学ぶところの多い技術だ。

 

 ──余程俺を学んだのだな。

 

 武王とイヨ・シノンを比べて後者が勝る点。事前の情報収集とトレーニング。武王は少しでも不利な状況を作る為に、対戦相手の事など何一つ知らないままこの場に立った。当然、挑戦者たる相手は武王に打ち勝つべく今まで組まれた試合、知れ渡っている武王の強大さを調べ上げ、分析し、対策を立てる。

 

 ──お前の気迫を肌で感じるぞ。

 

 弱者たるイヨ・シノンから、それでも迸る戦意。意気軒高。完全かつ完璧にこの一戦に向けて調整してきている。

 

 総合的に見てイヨ・シノンは弱く、武王は強い。しかしそれでも、現状は完全にイヨ・シノンが攻め立てている。燃え上がる火焔を伴った打撃によって小さく確実なダメージを身に刻まれているのは武王の方だ。

 

 要するに、ベストコンディションながら『今回の相手はどれだけ耐えてくれるか、少しでもまともな戦いはできるだろうか』『また何時もの様にあっさりと苦戦のくの字も拝まないまま勝ってしまうのではないか』『弱い相手からでも何か得る物を得て糧にせねば』と考えている武王。

 

 値踏みするべく取り合えず全力だけ出している王と、恐らく人生でも最高のコンディションで死力を尽くし、勝利を掴まんとしている挑戦者の差。それがこの勇戦の正体。

 

 ──すごいなイヨ・シノン。

 ──しかと覚えたぞ、お前の名前。

 ──今まで戦った相手の中でも三本の指に、いや、人間に限定すれば紛れもなく最強だ。

 ──お前ならばクレルヴォとも良い試合が出来るだろう。

 

  武王の知る最強の敵であった前武王との比較。それは惜しみない最上級の称賛である。

 

 ──戦っている感じがする。

 

 今の所戦いになっている。それも、現状己が不利な戦いに。

 

 癖がついていた。弱い挑戦者との退屈な試合からでも、得る物を得る為、学ぶ為の癖。始まってすぐ相手が潰れて何一つ得る物が無いまま終わり、にならないような戦い方をする癖。相手の全てを見ておこうとする癖。失望に囚われない様に、前に進もうとする努力。

 傍から見ればそれは、相手の全てを受け止めてなお上回り圧倒するという王者の戦い方でもある。

 

 退屈に飽いて、夢見る程に切望した『強敵』には及ばないまでも、その片鱗を宿した存在が今、目の前に。

 

 兜の下、武王の笑みは深まる。少しずつ、少しずつ深まる期待感。上向く意識。向上するテンション。

 

 ──どこまで戦ってくれるんだイヨ・シノン。

 ──お前はどこまで俺に付き合ってくれるんだ?

 ──俺がこれ以上を出した時、その時でもお前は壊れないでいてくれるのか?

 ──お前にも今以上があると、そう思ってしまって良いのか?

 ──お前はもっと、頑張ってくれるよな?

 

 鈍色に身を包んだ小さな姿に、武王は初めて興味や楽しみでは無く戦意を抱く。

 

 その瞬間、眼に見えるのに目に留まらない動きをしていたイヨ・シノンの姿が、遅く感じた。

 

 武王は思う。引きつる様な肩の痛み。焼かれて僅かに白く濁った眼。これが傲慢の代償であればよい、と。驕り高ぶっていたという現実を、苦戦という形で俺に突き付けて欲しい、と。

 

 ──これくらいなら他に出来る奴もいた、もっともっとだ。

 

 俺の方が強い筈なのに弱い筈のコイツに負けてしまったとか、すごく苦しい戦いになってやっとの事で息も絶え絶えになりなけなしの知恵を絞ってどうにか勝利するとか。久しく味わっていないそういう感じが欲しい。

 

 初撃を交わした瞬間、イヨは『ただ潰されるだけの敵未満』から『対戦相手として見てやっても良い』という評価を得た。

 武王の中でイヨの評価が再び改まる。好敵手、少なくともその候補足り得る可能性を持つ存在だと──

 

「──〈剛撃〉」

 

 武王の肉体に戦意という炎が宿り、戦士の真価たる一片を垣間見せたその瞬間。直撃を受けたイヨは吹っ飛んでいた。

 




特典小説で明らかになった設定で色々と作品内の描写が原作設定と大きく食い違う事も多くなってきたのですが、取り合えずはこのまま進行します。
イヨの行動がかなり変わってしまう設定もありましたが、投稿済みの部分を修正するより続きを書く方向で逝きたいと思います。もしかしたら途中で原作準拠の設定を採用して以前までと描写が変わってしまう事もあるかも知れませんが、ご容赦くださいませ。
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