ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

9 / 60
後世の書籍「各国各時代、最も人心を照らした英傑たち」末節より抜粋

~以上の様に、特に公国内において「小さな剛拳」イヨ・シノンと仲間たちの活躍、伝承は事欠かない。しかし、彼の足跡を追う者がどうしてもぶち当たる疑問が存在する。
 あれほどに多くの人を救い、高き勇名を馳せて活躍した彼が──何故忽然と姿を消してしまったのか、という疑問だ。

 自らの故郷に帰る事が出来たのだ、と結ぶ物語は多い。
 妖精神に導かれて妖精郷へと去ったのだ、と信じる者も多い。
 人知れず引退し、平和な余生を妻子と共に過ごしたと歌う吟遊詩人も数多いる。

 しかし、彼ほどの人物が人知れずして去るなどと云う事をするだろうか。
 第二の故郷として彼が常に心を寄せていたリーベ村には、今でもイヨ・シノンがいずれ約束を果たしに戻って来るという言い伝えが伝わっていると聞く。
 彼は第二の故郷に一度帰省したが、「帰る方法が見つかったら再び訪れる」という約束は守られていなく、故に彼は今一度戻って来ると。

 私は不思議に思うのだ。
 彼の伝承には意図的に無視されている、絶対に描かれないし歌われない結末がある。
 
 彼は確かに英雄だった。誰よりも優しく強い偉大な人物だった。それは間違いないが──何故誰も彼の死亡については語らないのだ? 
 英雄譚の最後に華々しく散る英雄と云う結末は決して珍しくは無い。これだけ彼の活躍が、事実と創作の双方が伝えられているのに──何故死亡という結末だけが一つも見当たらないのだ? 

 妄想と揶揄されるだろう非常識な話だが、私はこう思ってしまうのだ。

 ──誰か、恐ろしく広大な範囲に影響力を及ぼせる絶対者が、彼の本物の結末を覆い隠しているのではないか、と。 



習練、旅立ち、道行

 ただっぴろい草原の只中で、イヨを取り囲むように六人の男たちが各々武器を構えている。対してイヨは拳と足に綿を詰めた革製のグローブとブーツを履いている以外、全く武装していない。イヨと男たちの表情は真剣そのものだが、殺気などの剣呑な雰囲気は感じられず、練習時独特の空気があった。

 

「行くぞ、イヨ!」

「何時でも」

 

 どうぞ、と言い切る直前、背後から飛来した練習用に鏃を替えた矢をイヨは勘で回避した。首だけを一瞬回してレンジャーであるアリブラの姿を視認する。彼女の表情には『これでも駄目か』と言いたそうな驚愕が浮かんでいる。

 

 六人しかいない時点で彼女が隠れているのは分かっていたが、護衛対象である馬車の上からの長距離射撃とは。離れすぎていて声は聞こえない筈なので、予め動作などでタイミングを伝えると打ち合わせていたのだろう。

 

「ちぇぇ──だっ!?」

 

 正面から大上段に切りかかってきた戦士のバッフスを足払いで地に転がす。彼の頭のすぐ横の地面に下段突きを入れて止めを刺し、斜め後ろに一足分ほど移動。隙を狙って突きを入れてきた二刀の軽戦士、ニルスの喉元に蹴上げを寸止めで入れ──

 

「──やれ!」

 

 残る四人の前衛と中衛が同時に切りかかって来た。それだけならば良いのだが、明らかにイヨごとニルスを巻き込む軌道を剣が、槍が、鎚が描いている。思わずイヨが眼前の優男を見ると、『どんな手を使ったって勝てばいいんだ! 流石にこれは無理だろ!?』とでも言いたげな顔をしていた。

 あなた達は此処までして一本取りたいんですか、とイヨはちょっと、いやかなり呆れるが、その執念については素直に称賛の思いを抱く。

 

「かぁっ!」

 

 だからと言って負けてあげる気は毛頭無い。イヨは負けず嫌いなのである。それに、手を抜いて負けたら相手に失礼だ。練習をしている意味が無くなってしまう。

 発動させたスキル【喝殺咆哮Ⅰ】の効果によって周囲の全員が気圧され、一瞬硬直する。有るか無きかの文字通り刹那の隙だが、イヨにとってはこの場の全員を叩きのめすのに十分な時間である。

 

「あっだ!」

「いでぇ!」

「おお──うっ!」

「づっ!」

「いぃった……い!」

「おっう!」

「あーあ、これでも駄目かーって、え、ちょ、あたしも──痛っ!」

 

 丁寧に一人一人の頭に拳骨を落とし、初撃が外れた時点で戻って来ていたアリブラにも間合いを詰めてちゃんと額にデコピンを入れる。因みに、誰もイヨの動きを捉えられていない。唯一反応している様に見えるアリブラも、場の流れで何となく察しているだけである。

 

「いくら今日で最後だからって、仲間を巻き込んで攻撃する人がありますか!」

「いや、言っとくが発案はニルスだからな?」

「そうそう、俺達は反対したって」

 

 口々に男勢が調子の良い事を言い出すが、その程度でイヨの怒りは収まらない。刃引きすらしていない武器が当たったら、隔絶した実力を持つイヨ以外は怪我では済まないのだ。

 

「最終的には同意して実行に移してるじゃないですか! 怪我をしたら如何するんです!」

「ええ~? そうしたらイヨちゃんが治してくれるじゃない? だからあたし達、安心して訓練してるんだよ?」

「本当に当たりそうだったら止める予定だったんだぜ? 案の定如何にかされちまったけどな!」

「でもやったぜ! 最後の最後で初めてイヨに武技を使わせたぞー!」

 

 いよっしゃあああ! と一方的に盛り上がっている七人の男女たち。彼ら彼女らは皆、イヨが同行させてもらっている商隊の馬車の護衛に雇われた傭兵たちだ。本人たち曰く、冒険者で云えば鉄か銀位の実力であるらしい。

 イヨがリーベ村を出てから、既に二週間が経過しようとしている。

 明日の早朝には公都に着き、イヨの初めての旅も終わりを迎える訳だ。

 

 

 

 

「イヨにーぢゃんいっぢゃやだ~!」

「こら! あんまりイヨさんを困らせるんじゃないの!」

 

 商隊の馬車の前で、イヨに足に縋りついて一人の幼い少女が泣きじゃくっていた。少女の母親は子をあやそうとしてはいるが、如何にも手を焼いている。子供と云うのは意外に力が強い。幼少期に特有の無限大の体力も相まって、どうしても引き離せなかった。

この光景はリーベ村滞在の最終日、つまりはイヨが同行する商隊が村にやって来る日に入ってからあちこちで繰り広げられていたものと全く同一である。イヨと親交を深めていた子供たちが代わる代わる彼に縋って泣きついているのだ。たった五日で良くここまで懐かれたな、と思われるかもしれないが、子供の友情に時間は関係が無い。子供たちにとってイヨは既に掛け替えのない親友であった。

 

 自分たちよりちょっとだけ年上で、いっぱい遊んでくれる大好きなお兄ちゃんなのである。

 

「泣かない泣かない。また来るから、その時までお利口さんにして待ってなさいね」

「ぼんど? イヨにーぢゃん帰っでぐるの?」

「うん! 故郷に帰る方法が見つかったら挨拶に来るし、そうでなくてもたまには遊びに来るよ。そうしたらまたみんなで追いかけっこしよう?」

 

 イヨは慣れた様子で少女を抱き上げ、背中をさすってやりながら優しく抱きしめる。七歳離れた弟妹が居た為、イヨは子供の扱いには熟達しているのだ。自身も割かし子供っぽい男なので、感覚が近いというのもあるが。

 それでなくともこの一日で村の子供ほぼ全員と交わしたやり取りである。話せばわかってくれる聞き分けの良い子供たちなので、さして手間取る事も無かった。

 

 いまだぐずりつつもイヨから離れた子供は母親と共に村人の輪の中に帰り、ようやっと出立の用意が出来たという事で、イヨは商人と村長、それに村人代表のリグナードとリーシャの下に歩んでいった。

 

「お待たせしてすいません。公都までの道行、よろしくお願いします」

「なんのなんの、問題ありませんとも。こちらこそ、護衛を引き受けて頂いて感謝しておりますよ」

 

 人の良さそうな顔をした小太りの商人、ベーブ・ルートゥはイヨの挨拶に自らもしっかり頭を下げて返礼とする。彼はここら一帯の小村や開拓村と契約を交わしている商人の一人であり、定期的に各村へ日用品の売買と契約栽培をしている薬草や作物の買い取りに訪れる男だ。

 村人たちから『数十のゴブリンとオーガをものともしなかった』『強力な妖精を召喚し、従える』『癒しの力を持った水を生み出す異教の神官』『冒険者になりたがっている』『面倒見が良い子供好き』等のイヨの人物評を聞き、有望株の若手と友誼を結ぼうという商人らしい目的を持ったためか、彼は非常にイヨに好意的である。

 まあ彼の人物評も『他の商人に商談でやり込められていないか心配』『高い値で買い取ってくれるのは嬉しいが、あれで儲けが出ているのだろうか』『良心的過ぎて商売に向いていない気がする』であり、取引相手である村人たちに商才を心配されるくらいのお人好しらしいので、見知った村人たちを助けてくれたイヨに純粋に感謝している可能性も大いにあるのだが。

 

「荷馬車には買い取った作物や薬草の入った壺が満載されておりますので、こちらで雇った傭兵方と交代で休む他は徒歩での移動となりますが」

「問題ありません、体力には人一倍自信がありますので」

 

 村で売る為の品が積んであった馬車に、今度は村で買い取った品々を載せて、途中幾つかの町と村を経由しつつ、公都まで行く訳である。当然の事ながら人が乗り込む隙間は無く──今回は村を襲ったゴブリンとオーガの武具類もある為、本当に余裕は無い──ベーブと御者たち以外は周囲を警戒しつつ歩く事になる。

 

 正直に言うとイヨはファンタジーの定番である馬車に乗ってみたくもあったが、曲がりなりにも護衛として雇われた訳であるし、徒歩の旅もそれはそれでファンタジーの定番中の定番なので、一切の文句は無かった。むしろ生まれて初めての旅らしい旅に大変高揚している位だ。

 

 その後も拘束日数がどうしたモンスター襲撃時の討伐数における活躍報酬はうんたら護衛の不備によって荷に被害が出た場合の被害額は報酬から天引きやらと細かい話はあったのだが、イヨに労働条件の交渉を行うほどの知識と気概が無かった為、速攻同意で終わってしまった。

 

「これからも末永くお付き合いしたいと思っておりますので、ベーブ・ルートゥの名をどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。困った事が有ったら公都の冒険者組合? 冒険者ギルド? でしたっけ? そこまでご連絡ください。そこに所属して冒険者をやる予定ですので」

 

 握手を交わし合った両者のうち、イヨにツッコミを入れる存在が三名いた。無論、村長とルードルット親子である。三者はそれぞれ苦笑気味に、

 

「イヨさん。冒険者組合、です。そして冒険者組合を通していない以上、契約に関する交渉は完全にあなた自身が果たすべき権利と義務です。そこまで話半分で頷くのはどうかと」

「村長のおっしゃる通りです。このお方は決して人を騙すような人物ではありませんが、それとこれとは別の話し。もう少し粘ってから頷くのが一般常識ですよ」

「ベーブさんの出した条件はかなり良いものだけど、あなたは全く考えずにはいはい言ってたでしょう? 駄目よ、商人なんて普通は海千山千の強者ばかりなんだからね」

「おおっとっとっと」

 

 考え無しの子供に注意する大人の如く──如くも何も完全にその通りなのだが──世間知らずなイヨに忠告を入れる三人である。純粋に心配して言ってくれているのが分かるだけに、イヨもちょっと反省する。

 

「や、良い人なのは分かったからこそ頷いたんだよ? そこまで考え無しじゃないよ?」

 

 前言撤回、やっぱり反省していない。リーベ村で受け入れられている人なら悪い人じゃないと思って、などと言い募るイヨに、三人はちょっと溜め息を吐いた。

 

「人格的な良し悪しと商売の事は別でしょうに……。やはり、もう少しその辺りのイロハを学んでから出発して頂きたかったですな」

「ええ、全く。いつか笑顔の詐欺師に騙されはしないかと心配でしょうがありません」

「強いのは間違いないけど、外見がこうだからねぇ……侮って吹っ掛けてくる輩もいるでしょうし」

「ふ、二人は兎も角リーシャは同い年でしょ!? なにその、幼い子供が心配だ、みたいな言い方!」

 

 たった五日間でリーベ村の日常に溶け込んだやり取りをこなし、四人と周囲のリーベ村住人は揃って笑い声を上げる。さっきまで泣いていた子供たちまでが笑っていた。

 

 和やかな空気を鑑み、今が頃合いだと判断したリーシャは、代表してイヨに告げる。

 

「イヨ!」

「はい!」

 

 男も女も幼子も老人も、村人全員が声を合わせて──

 

「いってらっしゃい!」

「行ってきまーす!」

 

 そうして、イヨはリーベ村を出発した。 その首に、村人たちからのプレゼントである風に舞う木の葉をイメージした木彫りの聖印、妖精神アステリアに仕える神官である事を示すものを下げて。

 

 

 

 

 リーベ村を出てからの旅路は、イヨにとってこの上なく刺激的で楽しいものだった。当たり前の事だが、常に移動している以上、景色も常に新しく変わりゆく。青い空に白い雲、といったこの世界の住人であったら見慣れたものですらイヨには目新しく、何処までも続く街道は大地の雄大さを知らしめてくれた。

 

 イヨの同僚に当たる七人の傭兵達も、イヨの素直な反応を微笑ましく見守っていた。彼らにとってイヨは余りにも幼く小さかったが、事前の情報を元にその装備品と身のこなしを見れば、自分達より強者である事は自ずと知れたのだ。

 ただ遠い異国から転移魔法で飛ばされて来てしまったという突飛な経歴をしているだけあって、イヨの知識の無さに彼らは本当に驚かされることとなった。

 仮にも冒険者になろうと云う人物が野宿の経験すらなく、旅も初めてで、自分で火を起こす事さえできないというのは本当に驚愕するしかない事だった。村で小耳にはさんだ『実はイヨは良いところの令嬢であるらしい』という噂がにわかに、いや絶対の真実味を持っている様に思えたくらいである。

 

 ただ、それで傭兵らがイヨを侮ったかと言うとそんな事は無かった。イヨが己の無知を全く隠すことなく認め、素直に七人の教えを乞うたからである。

 

 野営の時は地形条件を勘案しろ、起こした火を消す時は水では無く砂か土で消せ、夜中に戦う時は武器に炭や灰を塗って刀身の非反射処理を怠るな、といった細々とした約束事や常識を教える日々が続くにあたって、傭兵達はイヨを妹分として可愛がるようになったのだ。

 こう見えて十六歳です、そして男ですと云ったイヨの衝撃のカミングアウト──恒例行事とも言う──も済ませ、一行は非常に順調な旅路を楽しんでいた。

 

 一週間が過ぎて旅程の半分を消費し、モンスターによる襲撃を受けるまでは。

 

「十時の方向より敵襲―! オーガ二、ゴブリン四、トロール一! 全員武器持ち、飛び道具と魔法詠唱者は無し! 各員、戦闘準備!」

 

 小高い丘やちょっとした木立が多く、微妙に視界の利かない鬱陶しい場所を進んでいた只中の事である。時刻は夕暮れ時の薄暗くなり始めたばかりの頃。もう少しで街道に一定距離ごとに設置されている小屋が見えるからと、軽い無理をしていた時だった。

 十時方向と云えばほぼ進行方向の真正面であり、背を向けて逃げようとすれば来た道を戻る事になってしまうし、荷物を満載した荷馬車の動きでは背を見せた瞬間に追いつかれる。それに加えて直ぐに視界の利かない夜になる為、経験豊富な見張りの傭兵は即座の戦闘を決めた。

 

 イヨがこの世界に来てからニ週間もたたない内に、もう三度目の戦闘である。

 余りに頻度が高過ぎると思う向きもあるかもしれないが、ある意味でこれはしょうがない事でもあった。

 

 最近の公国は全体的に景気が良く、帝国との貿易における食料輸出なども上がり調子である。従来の商売の規模をより拡大する者、新たに商売を始める者も多い。また税率低減の煽りを受けて余り懐の裕福でない一般庶民にも『金を使って物を買う余裕』が生まれ始めており、商人たちの間には『売りに出せば出しただけ飛ぶように売れる』といった嬉しくてしょうがない悲鳴を上げている者たちも多いのだ。

 

 売れば売るだけ商売人とは基本的に儲かる訳で、出来る事ならもっともっとこの機会に儲けたいと思ってしまうのも人間の性である。しかし、機械による大量生産が可能でないこの世界において、品物とは人が手で作っているのだ。工芸品や食料品にしろ、農作地や職人は一朝一夕で出来るものでは無い。

 新たに人を雇っても一人前になるまで時間はかかるし、新たな畑を作ろうにも、それには人力で原野草原を開墾し、岩石や木の根を除去して畔を作らねばならない。まともに食物が取れるようになるまで何年もかかるのだ。

 それでも当然需要はあるし、生活を向上させたい思いは誰にでもある。商人たちからの『売れるからもっと作ってほしい。作ってくれただけ買い取る』という要望もあって、各農村では一気に開墾が進み、また今が好機とみて新たな開拓村を開く決意をした者たちも増えたのだ。

 

 長々と何が言いたいかと言うと──その畑や村を作ろうとしている『新たな土地』は無人なのであろうか? 確かに人はいないかもしれないが──普通、そこには人ならぬ者たちが住んでいるのである。

 

 人が生息領域を拡大しようとするという事は、人ならぬ者たちの土地を奪う事に他ならない。

 結果、公国内では人とモンスターのぶつかり合いが増えた。生息地から追い出されたモンスターや動物が他のモンスターや動物、そして人と衝突してその衝突が更に衝突を生み──と云う風に。

 それはそれで冒険者の需要増加という経済効果を生みもするのだが、単純な移動時の危険度で云えば随分と上がっているのであった。

 

「イヨ、この中ではお前が一番強い! トロールを頼ん──」

 

 だ、と油壷と火種を指し示した見張りの傭兵が言う前に。イヨは既に敵に肉薄していた。

 

 何せ彼の頭は単純である。敵を発見した、から、さあ戦おうになるまでが完全にノータイムだ。護衛の仕事を請け負った以上、人にも荷にも手を付けさせないのが自分の仕事、相手は倒せる相手だ、そして倒すしかない状況だ。ならば最速最短にて終わらせようという訳だ。

 

 戦う時に一番大事なのは駆け引きでは無い。先手を取り、そのまま相手に手番を譲らず、駆け引きすらさせずに一方的に圧倒的に磨り潰すのが最上である。

 審判が一々待ったをかけて仕切り直す試合では無いのだ。

 戦いだ。生存競争だ。双方に正当性が有り、どちらが勝ってもどちらかの理が折れ、どちらかの道理が通る。この世で最も後腐れ無き戦いである。

 

 傭兵達の眼がイヨに追いついたのは、彼の発動させたスキル【断頭斧脚】──効果はクリティカル率上昇、クリティカル時のダメージ増加──がトロールの首を刎ね飛ばした直後だった。血の尾を引いて落下する大きな禿げ頭が地面に衝突する前に、イヨは次の手を打つ。

 

 ──この世界のトロールはユグドラシルのトロールと同じか? 

 

 ユグドラシルにおけるトロールは再生能力を有する面倒な敵であり、生半可な攻撃力だと無駄に勝負が長引く相手だ。再生力でHPが元通りになる前に、それ以上のダメージを与えねばならない。

 

 ──再生能力はどの程度なのだ? 

 

 現実の生き物として考えるなら、首を刎ねれば即死である。普通は再生も糞も無い。

 

 ──この世界ではどうなのか分からない。

 

 剣と魔法の世界の生き物として考えるなら、ミンチにしても再生する可能性もあり得る。叩きのめした後、定石通りに酸か炎で焼く必要があるだろう。

 

 どちらにしろ確証は無い以上、殺せば普通に死んでくれるゴブリンやオーガよりも念を入れて、深めに殺しておく必要が出てくる。

 

 遥かな巨体の頭を目掛けて蹴りを放った直後故、イヨの身体は現在宙に浮いている。

 この場合、丁度目の前にトロールの胸がある訳だ。

 

 ごぎゃり、と。

 

 分厚い胸骨を貫通して肘までトロールに埋まったイヨの諸手貫きから放たれるのは、純然たる追い打ち、止めの一撃である。

 

 スキル【撃振破砕掌】。超高速の振動によって相手を破壊するスキルは、ユグドラシル時代においては肉バイブ拳などと云う不名誉極まりない俗称で呼ばれた事もあったが、その効果は防御力を無視すると云う凶悪な物である。しかも接触中は効果が持続する為、長く相手に触れればそれだけダメージを刻むことが出来る。

 

 わざわざ首を切り落としてからこのスキルを使用する辺りに、イヨの本気が伺える。

 肺と心臓を始めとする主要臓器に直接超振動による破砕を持続的にぶち込み続けると云う凶悪極まる攻撃を受けては、再生能力を持つトロールと云えでも再生が追いつかず、長時間の行動不能状態に陥る。

 

 体内のほぼ全てを液状寸前にまで破壊し尽くされ、トロールは仰向けに地面に倒れた。イヨは傭兵の一人が投げてよこした油壷の油をぶちまけ、着火した。

 

 ほんの数瞬で火炎を噴き上げて燃え盛る首なし死体を生産したイヨにモンスター達は恐怖し、傭兵達は畏怖を覚える。

 

 ──強いとは感じてたが、まさか此処までだったのか。

 

 傭兵らの心中はこうであった。アダマンタイト級という評価は決して行き過ぎたものでは無かった、と。

 

 残りのモンスター達がどうなったのかは、あえて描写するまでも無いだろう。

 

 こうして襲撃を退けた後、てっきりイヨは他の人達に怖がられるかと思ったのだが、意外にもそれは無かった。傭兵達は荒事になれているし、トロールを殺すのには徹底した破壊が有効な事も知っていたからだ。

 御者の中にはイヨを怖がる者も出たが、雇い主であるベーブ・ルートゥが物怖じせずイヨに接し、それに対するイヨの言動を見て考えを改めたのか、三日も経てば普通に話すようになった。

 

 そうしてイヨは次の日から、未来のアダマンタイト級と是非手合わせしたいと願う傭兵達と一緒に訓練をする事になったのである。

 

 




イヨは「武技? ああ、スキルの事をこっちではそう呼ぶんだ」と思い込んでいます。

妖精神アステリアについて

神像の多くは、優美な薄衣を纏った絶世の美女の姿で描かれます。
広大な自然を愛し、水や風と戯れる事を好んだと伝わっています。
その性格は自由奔放で気紛れ、感情の起伏が激しく嫉妬深かったと伝わっています。
太陽神を巡って月神と諍い、争ったという伝承が残されています。

教義は余り厳格ではなく、自然との調和を大切とし、自由と自己責任の重要性を説きます。

──自由と自己責任の重要性を説きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。