オーク提督と艦娘達のハートフルストーリーです。の予定です。世界観は大分ふわっふわしてるのでフィーリング重視で。合わないと思ったらブラウザバックしくよろです。

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リランカ島へ向かう武蔵と大和と提督のお話です。今回取りあえずさわりだけで。フィーリングフィーリング。


リランカ島攻撃支援作戦

歌が聞こえる。

 

紺碧の海と空が四方全て、水平線の果てまでも続く大海原の中心で、誰かの歌が聞こえた。

 

「―――I’ve already fallen. I can’t drive my head.It’s that fall in you.」

 

碧い海の上に浮かぶ鋼の島。否、巨大な戦艦の甲板上、古龍の首のように天を睨む主砲群。

 

その砲台の上に寝転がっている女が、空を見上げて、歌っていた。

 

この時代、海は既に安全な場所ではなくなっていた。

 

深海から表れた正体不明の攻撃的侵略者たちによって世界の海は奪われている。そこに踏み入るの者を”彼女ら”は一切例外無く攻撃し、沈めていく。

 

今や海とは、魔境に等しい意味である。好んでそこに赴く人間は一人としていない。

 

にも拘わらず、洋上に浮かぶ巨大戦艦の上で、その女は歌っていた。恐れるものなど何一つない、まるでこの場所こそが己の居場所なのだと誇示する様に。

 

「―――I’ve already fallen. I can’t drive my head.It’s that fall in you.」

 

目を閉じたまま、女はただ一つのフレーズを繰り返す。

 

どこまでも、どこまでも堕ちていく。貴方の下へ。何も考えられない程に、どうしようもなく堕ちていく。貴方の中へ。

 

閉じられた瞼、金色の睫と黄金の髪を潮風が撫でる。

 

褐色の肌は降り注ぐ陽光を受けて眩しく輝いていた。

 

美しい女だ。とても人間とは思えない程の美しい女だった。

 

桜色の唇が一層熱を込めて口ずさむ。まるで愛を囁く様に情熱的だ。

 

「―――It’s that fall in you.―――fall in you.……」

『武蔵』

 

女が目を開けた。

 

磨き抜かれた紅玉の様な瞳が、ガラス越しに空を見上げる。

 

武蔵と呼ばれた女、大和型二番艦の戦艦娘・武蔵は、ゆっくりと立ち上がり大きく体を伸ばした。

 

こきこきと首を鳴らし、欠伸を噛み殺すと、目をごしごしと乱暴に擦った。

 

成人男性より頭一つ二つ高い威容ながら、仕草は妙に幼い。

 

『武蔵。聞こえていますか』

 

先程と同じ声が武蔵の頭のうちに響く。実際には艦橋に設えた通信機から発せられる音声が船体である「戦艦武蔵」とリンクした武蔵の感性によって、あたかも脳内に直接響く様に思わせているのだ。

 

武蔵は肩を解す様に揉むと、声に応じる。

 

「聞こえているぞ、姉貴」

『ならすぐに返事をしなさい。何かあったのかと心配するでしょう』

 

声の主は武蔵の姉妹艦であり、実姉でもある大和だ。

 

普段はその名の通り大和撫子を形にしたような女性だ。何事にも動じず淑女然と振舞い、楚々とした上品な佇まいを崩さぬ姉だが、今はその声に少なからぬ棘を感じる。

 

理由は分かっていたが、武蔵はわざと空呆けてみせた。

 

「姉貴が私を心配するとは珍しいな。雨でも降るんじゃないか?」

『私が貴方の心配などしますか。殺しても死にそうにない顔をしておいて』

「ひっでぇなぁ」

 

笑いながら答える武蔵に、大和の声が僅かに低くなる。

 

『…御父様が心配なさるのです。余計な事をして、御父様の御心に波風を立てないで』

「あーいよ。悪かったって。あんまりいい天気だからさぁ、昼寝してたんだよ」

『貴方はという人は、本当に…』

「姉貴もさぁ、艦橋にばっか籠ってないで偶には日の光に当たってみたらどうだ?日陰に籠ってばかりじゃカビが生えるぞ」

『ッ…武蔵!真面目に―――』

 

激昂しかけた大和の声が不意に途切れた。

 

訝る武蔵の声に、その時耳慣れた声が聞こえた。

 

『武蔵』

「!  お、おう…親父殿か。何か用かい」

『作戦中だ。司令官と呼べ』

 

低く太い、獣の唸り声にも似た声。感情の機微を窺えない平坦な声だった。

 

しかし、その声を聴いた武蔵はこの上ない安堵と僅かな胸の高鳴りを覚える。

 

艦娘としての機能か、それとも…。

 

『武蔵。問題はないか』

「おう。何時でもいけるぞ」

『龍鳳から連絡があった。20キロ先に深海棲艦の水上打撃部隊。その数キロ前に友軍の水雷戦隊。このままの速度なら半刻と経たず接触する』

「水上打撃部隊ねぇ…」

 

提督からの情報に、武蔵は逡巡する。

 

武蔵が所属する艦隊、即ち提督の率いる第09護衛艦隊は、その名の通りに艦隊決戦の護衛が主任務だ。

 

今も武蔵を含める支援艦隊の面々が決戦の海域へと向かっている。本日の任務はリランカ島の敵航空基地、そこを攻撃する艦隊の護衛と支援だった。

 

つまりは潰走中の友軍を救う理由は無い。少なくともそのような命令は提督に下されていない筈だ。

 

決戦支援に向かう途中という事情も鑑みれば、ここで徒に燃料や弾薬を消費するわけにもいかない。

 

ややもすれば肝心の護衛に間に合わなくなる。そうなっては本末転倒だ。

 

となれば味方と敵打撃部隊を迂回するのが本来取るべき選択だろうが。

 

「で、親父殿の御命令は?」

『ぶっ殺せ』

 

武蔵は思わず笑った。全く自分の予想通りの答えだったからだ。

 

「本気か?親父殿。私達へ下された命令は、リランカ島空襲部隊の護衛だった筈だ。その他の部隊への攻撃や支援は命令に含まれていないぞ」

『我々の航路を深海棲艦が塞ぐ形で直進して来るのだ。迂回している時間は無い。先行している浦風、浜風、大鳳との合流が間に合わなくなる。そうなっては護衛はどのみち失敗だ』

「筋は通ってるがねぇ…」

『不服か』

 

武蔵は顎を撫ぜた。

 

提督の命令であれば艦娘に拒否権は無い。にも関わらず、その決定に対して須らく肯定が出来ない。

 

艦娘としては異常だが、理由は単純である。武蔵と大和が単なる部下ではなく、提督の家族であるからだ。

 

つまりは単なる我儘である。

 

「確認しておきたいんだがな、親父殿よ」

『何だ』

「よもやとは思うが、情けではあるまいな?」

『阿呆抜かせ。お前は俺を博愛主義者か何かと思っているのか』

 

僅かな間も無く答える提督に、武蔵は噴き出す。これも予想通り答えだった。

 

そうだ。この男はそういう男だ。

 

愛だの正義だの倫理などでは断じて動かない。

 

自分が為すべきことは自分だけが知っている。そしてそれを決して忘れない。そういう男だ。

 

『俺の仕事は深海棲艦をブチ殺す事だ。潰走中の味方を無視しても、目前の敵を見逃す理由は一つも無い。それはお前たちにも言える事だ。他に何か確認したい事はあるか』

「いいや、無いぜ」

『では支度しろ。一撃で残らず殲滅して部隊と合流する。無駄弾を使うなよ』

「はっはー。了解だ。親父殿」

『…司令官と呼べと言った』

 

不機嫌そうな声が遠ざかり、代わって予想通りの大和の声が飛んでくる。

 

『武蔵!!御父様になんて口の利き方を!ああもう、どうして貴女はいつもいつも―――』

「耳元でがなるなよ姉貴。あんたの不機嫌な声は神経に響くんだ」

『真面目に聞きなさい!御父様は―――』

「通信終るぜ」

 

大和がまだ何か喚いていたが、武蔵は構わず通信を切った。

 

感情的になった相手との意志疎通は無理だ。それがあの姉とあっては猶更。

 

良く出来た姉なのだが、如何せん提督の事になると視野が狭くなりがちなのが玉に瑕だ。

 

やれやれと鼻を鳴らしながら、武蔵は船体に神経を巡らせる。

 

各砲座と機銃、電探と偵察機、機関・動力部。各所に付いた妖精が異常なしの報告を告げてくる。

 

武蔵はにんまりと笑った。

 

提督にはああ言ったが、武蔵自信目前の敵を見逃す気はさらさら無い。

 

例えば提督が否やと言っても、武蔵は構わず敵部隊を攻撃しただろう。

 

理由は単純である。武蔵も提督と同じだからだ。

 

己が為すべき事を為す。その為だけにここにいる。

 

かつて父に守られるだけだった弱い娘はもういないのだ。

 

ここにいるのは、戦艦武蔵の魂を持つ艦娘、武蔵だ。

 

砲弾を装填し、動作確認に左右に首を振る主砲と蠢く対空機銃の山。

 

それを見ながら武蔵は歯をむき出して笑う。

 

「――捲土重来」

 

戦うべき時が来た。そして自分は戦える。それがこんなにも嬉しい。

 

「さぁ、始めよう。戦争だ。戦争の時間が来たんだ」

 

 

 

大和は全く不機嫌だった。

 

「戦艦大和」の広い艦橋、その指令室から外を睥睨しながら、その端整な容貌は怒りに歪んでいる。

 

大海原を悠々と進んでいく「戦果大和」の周辺には、砕かれ沈んでいく深海棲艦の残骸が浮沈している。

 

戦闘は文字通り一瞬で終わった。

 

龍鳳が制空権を確保し、敵の旗艦の位置を特定すると同時に大和が砲撃。一撃で粉砕している。

 

混乱した敵部隊を武蔵の砲撃が次々と沈めていく。会敵から一分と経過しないうちに敵部隊は殲滅された。

 

文字通りの一方的な虐殺だ。戦果としては大戦果の類だろう。

 

にも拘らず、大和の顔は晴れない。

 

妖精が数匹、気遣う様に肩に乗ってきたが、大和は煩わし気に手で払った。

 

悲鳴を上げて転げ落ちる妖精を、横から差し出された大きな手が受け止める。

 

白詰襟と手袋に身を包み、海軍帽を被った中背の男。血を吸った様な赤黒いマフラーが目を惹くその男。

 

大和と武蔵の提督であり、父親でもある。

 

その男が厳しい目で大和を睨んだ。大和は思わず身を竦める。

 

「大和」

「はい。御父様」

「妖精達を粗末に扱うな。いつも言っている事だ」

「はい…」

「俺は水上機乗りだった頃から”メカニックには敬意を払え”と叩き込まれた。彼ら無しには戦えないからだ。それはお前達も同じだ」

「…はい、申し訳ありません。御父様」

 

「俺に謝ってどうする」と提督は手に乗せた妖精を差し出す。

 

大和は差し出された妖精をそっと受け取った。

 

掌の上の妖精は、大和をじっと見上げてくる。

 

その頭を指先でそっと撫でながら、大和は頭を下げた。

 

「…ごめんなさい。貴方に八つ当たりしてしまいました。許してくれますか…?」

 

妖精は飛び跳ねて頷くと、大和の手に抱き付いた。

 

満足した様に大和から離れると霞を掻く様にして姿が消える。

 

自分の持ち場に戻ったのだろう。

 

それを見送って、提督が再び大和の顔を見る。

 

「不服があるならば俺に言え。妖精に当たるなよ」

「不服など、ありません」

「では何か。苛立つという事は、不服や不満があるのだろう。言え」

 

提督の言葉に、大和は視線を床に落とした。

 

複雑な感情が胸中を堂々巡りしている。

 

本来、人間より遙かに優れている筈の艦娘の思考。膨大な弾道予測の答えを一瞬で導き出す演算能力。あらゆる恐怖も躊躇いも押し殺し、忠実に任務を遂行する感情抑制。

 

それらが全く機能していない。

 

引き結んだ口からは言葉が一欠けらも出てこなかった。

 

苦し気に唸り提督を見つめる大和の瞳を見て、提督の顔に僅かに困惑の色が浮かぶ。

 

意図せず零れた大和の涙を、提督の指がそっと拭った。

 

「大和」

「…………」

「聞け。これは艦隊指揮官としてではなく、お前達の父としての言葉だ」

 

顔を上げた大和に提督はゆっくりと頷く。

 

「武蔵の事だな」

「…………」

 

大和は答えない。

 

提督は小さく息を吐くと、大和に椅子に座る様に促す。

 

大和が腰を下ろすと、提督はその横に立ち、そっと大和の髪を梳いた。

 

子供の頃から幾度となく頭を撫でてくれた父の手。

 

真っ白な手袋の下には、無数の戦傷で歪に膨れている手がある。

 

大和はその手が大好きだった。あの手に触れられるだけで、どんな不安も恐れも消えてしまう。魔法の手だ。

 

猫の様に目を細める大和に、提督は話しかける。

 

「武蔵をな、あまり嫌ってやるなよ」

「…………」

「あれはな、お前や俺が思っているよりずっと責任感の強い奴だ。自らの課せられた使命を果たそうと必死なのだ」

「…………」

「それを悟らせまいとして、わざと道化を装っている。時には必要十分以上にな。お前にはそれがふざけている様に見えるかも知れんが、そうじゃあないんだ」

「…………」

「お前や仲間達を守ろうといつだって必死だ。大和型という名はそれ程に重い。艦隊全ての命運を勝手に託されてしまう程にな。それを無意識に背負ってしまう程に」

「知っています」

 

提督の手が止まる。大和は構わず続けた。

 

「あの子が人一倍、気負う性格だと言う事も、それを人に知られたがらないというのも知っています。私はあの子の姉ですよ」

「…そうか。そうだな」

「あの子が私や御父様を心配させまいとして、わざと明るく振る舞っているのも。私には気付かない事も、出来ない事も、何時だってあの子がしてくれていた。その事で、御父様があの子を頼りにしている事も知っています。私には言わない事でも、あの子には話しているという事も」

「…………」

「御父様は―――、御父様は、あの子ばかり大事になさいます。私の事など…」

 

髪を梳いていた提督の手が、不意に離れた。

 

大和が目を開けると、提督が大和の前に屈んでいた。

 

「お前達には、済まないと思っている。例え適性が出たにしろ、艤装を負わせるべきでは無かった。まして大和型など。呪いにしかならん」

「御父様。私は―――」

 

言いかけた大和を、提督が手で制した。

 

「俺の願いはただ一つだ。この長い戦争の終わりを、お前と武蔵、そして皆が揃って無事に迎えられる事だ。その為に全てを賭す覚悟がある。例えばお前達に恨まれたとしても、その先の平和な世界にお前達が生きられるならばそれでいい」

「…………」

「俺を恨め。憎め。呪ってもいい。だがな大和、武蔵を憎むな。お前の仲間を、決して裏切るな。背を預けるべき仲間が信じられない奴が、どうして生き延びられるというのだ」

「…………」

「大和」

 

提督は大和の肩を掴み、真っ直ぐに目を合わせて言う。

 

「必ず生き残れ。武蔵と共に。仲間達と共に。何があってもだ。それだけを忘れるな。いいな」

「…それは、提督としての命令ですか」

「違う。言った筈だ。お前達の父としての言葉だと」

「…………」

「生き残れ。何があっても」

「…はい」

「お前達を愛している。お前達だけが俺の生きる希望だ」

「はい。御父様。私達もいつも御父様を想っております」

 

大和がせがむ様に両腕を広げると、提督は少し躊躇いながらも大和を抱きしめた。

 

提督の大きな背に腕を回し、しっかりと抱きしめながら、大和はその顔を見る。

 

血の気の薄いゴツゴツとした提督の顔には、岩の様な皺が幾重にも刻まれていた。

 

窪んだ眼窩は影が深い。鼻は大きく骨が高い。大きく分厚い耳たぶが海軍帽の端から覗いている。

 

人間離れした顔だ。実際に、彼は純粋な意味では人間ではない。

 

深海棲艦の出現と同時に世界中で確認されだした亜人と呼ばれる種族の一つ。

 

豚頭人(オークマン)と呼ばれる亜人だ。

 

驚異的な生命力と回復力を持つ極めて強靭な肉体を有する。と同時に、素手で深海棲艦や艦娘を無力化出来る稀有な提督でもある。

 

その恐るべき戦闘力とは裏腹に、彼自身は全く堅実かつ常識的な方針で艦隊を運用してきた。

 

それにより群を抜いた戦果を上げ、幾つもの勲章受けながら、それを誇示する事は決して無い。

 

提督は勲章や階級へ格別の意味を見出さない。他人の評価に興味が無いのだ。

 

提督が今も戦い続ける理由はただ一つ。深海棲艦への底知れぬ恨みと憎しみだけだからだ。

 

―――強い人なのだと大和は思う。

 

何があっても己の信念を曲げず、それに殉じる事すら厭わない。

 

この人は放っておけば、きっと地の果てまでも戦いと敵を求めて、たった一人で歩いて行くのだろう。

 

自分の歪んだ生き方を自覚し、それを誰にも押し付けず、ただ己一人のものとして抱えて死んでいく。

 

―――寂しい人だと大和は想う。

 

かつて、血と油に塗れながらも幼い自分達姉妹を抱きかかえてくれた手。戦場を走り抜けた足。

 

幾つもの死線を超える度に、仲間達を地獄から救い出す度に、その体に刻まれる傷は無数に増えていった。

 

豚頭人の稀有なる快復力ですら完治せず、消えない程の深い傷を幾つも負いながら、それでも戦う事だけはやめなかった。

 

たった一つの幸い。僅かな希望だけを頼りに、戦い続けて来た。

 

自分は一体、この人に対して何をしてやれるのだろうと大和は考える。

 

大和型適性。超々弩級戦艦の器として、世界最強の暴力を手にした。

 

それを自在に振るい、深海棲艦という埒外の怪物を何千万と海洋に屠り、栄光と賛辞に彩られた道を歩んできた。

 

―――しかし。

 

どれだけ優れた頭脳もどれ程恐ろしい力も、この世で最も愛するただ一人の相手、その苦悩をすら拭えはしない。

 

父よ父よ、と呼ぶ自分達姉妹を言葉では叱りながら、けれども嬉しそうに微かにはにかむこの人を。

 

英雄よ怪物よと祭り上げられ畏れられ、世界中の人間達の希望を押し付けられながら、それでも自分達が何より大事だと言ってくれたこの人を。

 

どうすれば救えるのか。

 

それがどれほど傲慢で思い上がった考えだとしても、大和は願わずにはいられなかった。

 

提督は、父は、平和な世界に皆が生き延びるのが望みだと言った。

 

けれど、きっとその皆の中に、提督自身はいないのだ。

 

それが大和には何よりも悲しかった。

 

誰より多く傷を負い、沢山の命を掬いあげながら、けれどもその当人が救われる事を望んでいない。

 

こんな酷い話は無い。

 

「大和…?」

 

提督の声に、漸く現実に意識が戻った。

 

「どうした。どこか具合が―――」

「いえ、違います。問題ありません。大和は大丈夫です」

 

何時の間にか泣いていたらしい。

 

心配そうに覗いてくる提督の目から、大和は慌てて顔を背ける。

 

目が腫れているかもしれないし、あまり泣き顔を見られたくない。

 

「済みません。少し、お化粧直しに…」

「ああ。うむ。よいぞ、気にするな。俺が移動する」

「いえ、それには及びません。直ぐに、そう、直ぐに済みますから」

 

立ち上がりかけた提督の肩に「行くな行くな」とばかりに、わらわらと妖精達が集まって来た。

 

提督は根負けしたように両手を上げると、椅子に再び腰を下ろした。

 

妖精が持ってきた化粧台の前で一人格闘している大和の後ろで、通信機が唐突に鳴り響く。

 

大和が船体とリンクして指示する前に、提督が通信機に触れた。

 

「09艦隊、旗艦大和。指令室の大久だ」

『龍鳳です。先行していた大鳳の艦載機と接触、合流します』

「浦風と浜風もいるか」

『はい。浜風が早く撃たせろと喚いています。元気なものですよ』

 

困った様に言う龍鳳に提督は苦笑する。

 

「そいつは重畳だ。作戦海域に着くまで乱射するなと言っておけ。着いたら好きなだけ撃っていいともな」

『了解。伝えます』

 

提督はコンソールを操作し、通信を「戦艦武蔵」へと繋いだ。

 

「武蔵」

『あいよ。こちらでも確認してるぜ、親父殿。09艦隊、揃い踏みだな』

「司令官と呼べ。艦隊は旗艦大和を中心に輪形陣。お前が先鋒だ。遠慮はいらん。出会い頭に思い切りかましてやれ」

『鉄砲玉ってわけか。いいぜいいぜ、好きだねぇそういうの。任されたぜ親父殿よ』

「司令官、だ」

 

溜息を付きながら、提督は全艦に手早く指令を出していく。

 

「龍鳳。大鳳」

『はい、提督』

「味方の部隊は空母機動部隊だ。とはいえ練度はこちらの比にならん。尻についた卵の殻も取れていないヒヨコ様達だ」

 

通信機の先で小さく噴き出す声が聞こえた。大鳳が笑っているらしい。

 

「大鳳。お前の攻撃隊が頼みだ。敵の航空隊を一機残らず叩き落とせ。味方には毛ほども掠らせるな」

『了解しました。新しく頂いた六〇一航空隊の力、お見せしますよ』

「期待している。龍鳳」

『はい、提督』

「大鳳が露払いを済ませた後がお前の出番だ。目的のリランカ島航空基地に味方と効力して絨毯爆撃を行う」

『了解です』

「とはいえ味方は素人だ。わざわざ歩調を合わせて遅れても詰まらん。構わんから速攻で食ってしまえ」

『ふふっ…。了解しました、提督』

「浦風」

『はいはーい』

「攻撃隊を出している間、空母は完全に無防備だ。お前達以外に守ってやれる奴はいない。頼りにしているぞ」

『りょーかい。うちに任しときっ。みぃーんな守っちゃるけえ』

『提督!浜風は?浜風には何か無いのですか!?』

「お前は矢鱈と撃つな。以上だ」

『そんな!提と―――』

 

通信を切って、肩を撫でる提督の手にそっと触れる手があった。

 

提督が振り向けば、大和が微笑んでいる。

 

先程の取り乱した様子は微塵も残ってはいない。

 

大和型の名を背負うに足る堂々した姿だった。

 

「やれるな。大和」

「無論です。全て、御父様の御心のままに」

「作戦中だ。司令官と呼ばんか。全く…」

 

言いながらも提督は嬉し気に笑う。

 

艦隊は大和を中心に、真っ直ぐにリランカ島を目指す。

 

第〇九護衛艦隊。

 

不死身と呼ばれた提督に率いられた常勝不敗の艦隊。

 

幾千万の敵を沈め、その数倍数十倍の味方を救った伝説の艦隊。

 

その数知れぬ逸話の一つが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 




ひとまずこんな感じです。ここまで読んで下さった方、有難う御座います。次回作があれば、いずれまた。

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