The_Chronicle_of_Marisa 作:霧子のエビの天ぷら
《祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。者ら双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。驕れるもひさしからず、ただ春の夜の夢の如し。猛きものもついには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。》
この幻想郷も同じで、全く変わらないものなんて私達が勝手に見ている妄想であって、そんなものはただの幻想のなのかもしれない───(八雲紫の日記 457冊目第895項)
間欠泉異変からちょうど10年経った冬、物語の扉はひっそりと開かれる。
小鳥のさえずり、妖精が飛ぶ時に生じる独特な音が耳に届く。眩しい朝の陽射しの中、半分、より正確には下半身が布団から投げ出された状態で霧雨魔理沙は目を覚ました。
「んぁ………もう朝か………眠ぃな、顔洗ってくるか」
洗面台に行き、それなりに冷やされた水でパシャパシャと顔を洗う。顔をそばに吊っていたタオルで拭き、鏡を見ると、いつもよりやや疲弊した、少し顔色の悪い魔理沙がいた。
(うへぇ……前より酷くなってやがる。うら若き少女の顔じゃないな、これは。ほかのヤツらにこんなもん見られたらなんて言われるか分かったもんじゃない)
ここ数日、風邪をひいたのだろうか、体がだるく、重い。しかしながら研究はしっかりと行っていたため、睡眠不足も継続していた。
はてさて、今日はどうしたものか。昨日寝る前に立てた予定をいまいちはっきりと思い出せなかった彼女は、書いておいたメモ帳を別室の机の上から探し出し、予定を確認する。
(ええっと、今日の予定は、『霊夢のところに茶を飲みに行く』、『里に行って食品の調達』、『アリスのところに行って昼食を食べる』、『パチュリーから本を借りる』…………フム、大体わかった。一応忘れた時のためにメモは持っていこう)
財布を持ち、買い物袋と八卦路を持った。靴の紐を結び直し、立て掛けていたコートを羽織り、手袋を嵌め、帽子を深くかぶりなおす。
時期は冬、いくら魔法力があるからとはいえど、元は人間。魔法力が多くない以上、防寒で節約する方が効率的だということは、日の目を見るより明らかだった。
八卦路は寝る前にはしっかりとメンテナンスを行うし、箒も同様に細かく整備する。だから、もう出かける際の心配事はないだろうと考えたが、なにか忘れていては不安だ。そこで、ぐるりと部屋を一瞥する。
気になったのは若干埃かぶってるところがあるくらいだったため、意気揚々と玄関に手を伸ばした。
───その直後である。
グニャリ、と視界が歪み、ドサッと床に、しかも積んでいた本を巻き込んでしまったため、かなり豪快に転んでしまったのだ。
「いっててて………あーくそう、派手にコケちゃったぜ……なっさけねえ」
視界の異常は比較的すぐに治まった。スクッと立ち上がり、パンパン、とコートと帽子についた汚れを目立たないが残っては困るので払い除ける。
コケた時に巻き込んでしまった本のホコリを軽く叩き落とし、ページを開いて読み始めてしまう前に積み上げていた場所に戻した。
(こういうの、自業自得って言うのかな………)
意気揚々としていた感情はどこへやら、一転して浮かない表情で足元に目をやる。
「まったく、ツイてないぜ……一体何に躓いたんだ?」
そう独り言を言い、足元を確認する。
しかし、そこにあったのは凹凸がほとんどない、躓く要素などどこにもない綺麗なフローリングの床板だった。屈んで、手で探ってみるが、そこに何かがある感覚はない。
(参ったね、こりゃ………)
何も無いところでコケるのは久しぶりだ。そして、何も無いところでコケる日は、大体いつも決まっていいことは起きなかった。だが、予定を変更するわけにもいかないわけである。
「さて、今度こそちゃんと出掛けますか」
箒を手元に呼び寄せ、左手でしっかりと握り、そのまま玄関を出た。
「………朝っぱらはやっぱり冷えるなぁ。体に良くないぜ、この寒さ………」
少し体を震わせ、体温を上げてから箒に乗る。
「それじゃあ、今日も行きますか」
今日最初の目標、博麗神社へ。長い付き合いの友である、博麗霊夢とお茶をするために、魔理沙は自宅を箒で後にした。