The_Chronicle_of_Marisa   作:霧子のエビの天ぷら

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第9話 決めるべき覚悟

 桜の花びらが舞い散る中、紫が言った言葉に魔理沙と妖夢は黙り込んだ。魔理沙はまるで相手の様子を伺うかのようで、妖夢は言ったことが信じられないといった様子で目を丸くしている。

 

 「あらあら、そんなに驚くことかしら?新聞にも載ってることなのに……」

 「妖夢、あなた新聞読んでないの?」

 「も、申し訳ありません幽々子様!読みはしたのですがにわかに信じ難い事だったのでいつものゴシップかと……!」

 「あらら、そんなんじゃまだまだ半人前ね。信じられないのなら調査に行くことも出来たでしょうに」

 「あと魔理沙?ちょっと話したいことがあるからこっちに来なさい。幽々子、妖夢には悪いけど……」

 「解ってる。こんな話、妖夢に聞かせるわけには行かないもの───妖夢?」

 「は、はい。何でしょうか」

 「悪いけど、少し席を外してちょうだい。私は魔理沙と紫の3人で少し話したいことがあるの」

 「………わかりました。正面玄関にいますので、何かがあったらいつでもお呼びください。紫様、幽々子様のことよろしくお願い致します」

 「はいはい、任されました」

 「では、失礼します」

 

 

 「なあ紫、幽々子。わざわざ妖夢を追っ払ってまで話すことってなんだ?」

 「───魔理沙、今から聞くことに正直に答えてちょうだい」

 「あ?」

 「あなた、いつまでそうやってるつもりなの?」

 「質問の意図がよくわからないな」

 「そのまんまの意味よ。私たちの前でいつまでそうやって痩せ我慢しているつもりなのかって聞いてるの」

 「……はは、流石にバレてたか」

 「何千年幻想郷で人間を見てきたと思ってるのよ。あなたの体がどんな状態なのかは見ればわかる。急にここまで来た理由もなんとなく察しがつく」

 「紫とは別に1つ。このあとはどうするつもりなの?もう、長くないんでしょ」

 

 魔理沙は縁側に腰掛け、桜並木を眺めた。

 「紫の質問から答えようか。──ずっとだ。私は最期の最期までずっと隠し続けるぜ。あいつらに心配かけたくないからな。次に幽々子の質問だけど………地底に行ってみようと思う。さとりには間欠泉異変の後も色々と世話になったからな。死ぬ前に挨拶にな」

 「そう、それがあなたの答え……」

 「ほんと、バカねあなたも………本当に良く似てるわ」

 「似てる?誰にだよ?」

 「誰でもいいでしょ別に。それと、隠すこといい加減やめた方がいいわよ。逆に心配されるわ」

 「……」

 「少なくとも、あの娘はもう気がついてるわよ。相当苛立ってるみたい」

 「あの娘?」

 「霊夢よ。あなたの病気のことも、もうあなたの寿命が長くないことも全部お見通し。さすが、長い付き合いなだけはある。伊達に年月を重ねてるわけじゃないのね」

 「そうか、霊夢にはもう……バレてるか」

 「何年だっけ?」

 「互いに3歳の時からだから、もう23年になるな」

 「結構長いのね。そりゃ互いにわかるようになるわけだ」

 「はぁ………霊夢に見つかったらなんて言われるかわかったもんじゃないぜ」

 「退治されちゃうかもねえ」

 「冗談きついぜ幽々子………私何もしてねえっての」

 「もう既に脱走してるじゃない」

 「あ、そうだった……」

 

 

 

 

 アリス、パチュリー、咲夜、小悪魔の4人は博麗神社に来ていた。

 「あー……なんか今日は客人が多いわね。しかもめったに見ない顔ぶれと来た。一体何の用?」

 「霊夢……今日は聞きたいことがあるの」

 「いいけど、後で情報料として賽銭入れて行きなさいよ?」

 「あなたが答えてくれた内容に見合う額は払うわ」

 「あっそ───で、聞きたいことって?」

 「魔理沙が脱走した」

 「───は?」

 「魔理沙が紅魔館から脱走したの。状況的に夜に逃げ出したと見て間違いないわ。足跡はなかったから多分箒で飛んでいったのでしょうけど。今どこにいるかあなたのカンでわからない?」

 「まあずいぶんとむちゃくちゃ言ってくれるわね……私は巫女であって探偵とか予知能力者のたぐいじゃないのよ?」

 「お願い……あの娘は本当はまだ安静にしてなきゃダメなのよ……」

 「言われなくても分かってるわよそれぐらい。魔理沙のことで、私に分からないことはないんだから」

 「随分自信満々なのね」

 「伊達に23年も付き合ってないってことよ」

 

 「で、結論は?魔理沙はどこにいるの?」

 「分かるけど教えないわ」

 「……は?」

 パチュリーはその言葉に唖然とし、二の句を紡げなかった。

 「知ってるけど教えないってどういう事よ、あなた、あの娘がどんな状況かわかって言ってるの!?」

 「無論承知よ。むしろそれが大きな理由ね」

 「………何が言いたいの」

 「あんた達、ここに来る前ににとりの所に言ったわよね?」

 「なんでそれを知ってるんですか!?」

 「あいつの工房の匂いは少し独特だからね。あんな匂いは幻想郷でも嗅げることはほぼ無い」

 「確かに私たちは河童のところに行ったわ霊夢。でもそれがどうかしたの?」

 「咲夜、あなたも鈍いわね……主のこと以外となるとここまで鈍感とは。───あの工房で、にとりからなにか言われなかった?」

 「たしか、放っておいてやれって……」

 「にとりも気がついたみたいね、魔理沙が何をなそうとしているのか。私やアリスほどじゃないけど、長い付き合いなことはある」

 「でも、それがどうかしたの?」

 「アリス、あなた本当にわからない訳?そんなはずないわね、少し考えればあの娘を知っている者には誰にでも出せる結論だもの。となると、その目を曇らせているのは認めたくない、受け入れたくないっていう心かしら?」

 

 アリスは何も答えない。

 「どうやら図星のようね。情けないったらありゃしない」

 「なにが、何が言いたいのよ博麗霊夢!」

 「まだ理解出来ないのねパチュリーは。魔法使いもたかが知れてるってか」

 「あなたねえ……!!」

 パチュリーが霊夢の胸ぐらをつかむ。

 「すぐそうやって熱くなる……だからあなたには真実が見えて来ないのよ」

 「──ッ!」

 突然、パチュリーの腕から力が抜けて霊夢が解放された。腕には、何本か針が刺さっていた。

 「封魔針。これで最短でも10分は力が入らないでしょうね。アリス以外は分からず屋みたいだし、答え教えてあげるわよ、特別に。このままじゃいつまで経っても魔理沙の真意は分からないまま、踏みにじることになるでしょうし」

 

 神社の縁側に腰を下ろす。そして、さも当然のことのように言った。

 「あの娘はね、今決別の旅に出てるのよ」

 「決別の旅?」

 「自分の過去との決別、この世との決別でしょう。死ぬ間際になった人間がよくやることよ。思い出をめぐり、振り返り、いい人生だったって思ってから死んでいくの」

 「じゃあ魔理沙も?」

 「そうよ。そして、その行動は誰かが止めるべきじゃない。自由にさせて、好きなところに行かせてあげるべきよ。だから私は教えられないって言ったの。あの娘の……魔理沙の最後を飾る旅、好きなようにさせてあげたいじゃない」

 「それが、あなたの答え……?」

 「そうよ。まあそのことを知ってても行くなら止めないけど、どうなっても知らないわよ」

 「……魔理沙が死ななければ私たちはどうなってもいいわ。だから教えて霊夢。あの娘は、魔理沙は今どこに?」

 風が吹き、枯葉が冬の空気を切り裂いて舞った。

 

 「どうしても、魔理沙のところに行きたいのね?」

 「ええ。今のあの娘を放っておくなんてできない」

 「そう………」

 霊夢は急須から緑茶を注ぎ、一息ついた。

 「魔理沙は今は冥界にいるわ。あそこは色々と融通が効く場所だし、魔理沙のお気に入りでもあるの」

 「冥界………白玉楼か。そこにいるのね!」

 「ありがとうございました霊夢様!賽銭、入れておきますね!」

 「ありがとね小悪魔」

 「また会いましょう霊夢。この件が終わったら今度はお嬢様を連れてくるわ」

 「はいはい、あまり期待しないで待ってるわよ」

 

 慌ただしく4人が飛び去っていった後、霊夢は1人、縁側で茶をすすっていた。

 「行っちゃった……か。まあもう冥界にはいないでしょうけど」

 

 

 

 

 「魔理沙、もう行くのね?もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」

 「悪いな幽々子。知ってのとおり、私にはもうあまり時間が無いんだ。妖夢によろしく言っておいてくれ」

 「魔理沙、分かってるわよね?白玉楼から地底に行くには……」

 「直通ルートがあるからそれを使え、だろ?」

 「流石に忘れてはないか。そうしなかったら山まで引き返すハメになるわよ」

 「はいはい、分かってるって。ありがとな紫」

 「別に私は何もしてないけど……そうだ魔理沙、今度会ってまだ生きてたらマヨヒガに招待するわ。橙に魔法使いの戦い方を教えてあげて欲しいの。それがあの娘がさらに強くなる糧になるでしょうし」

 「あ?私でいいのか?」

 「もちろんよ」

 「いいけど、報酬は高いぞ?」

 「あの娘に授業料に高いも安いもあるもんですか」

 「契約成立だな。それじゃあまたな!」

 

 「あら速いこと」

 「それがあの娘の良さよ。生き急ぐぐらいで丁度いい、それぐらいの速度で生きている方があの子は輝くわ」

 「あらら、まるで親みたいな口ぶりね紫?」

 「私のお気に入りよ?それぐらいは、と言いたいところなんだけど、これ霊夢の受け売りなのよね……」

 「ほんと、いい人に恵まれてるわね魔理沙は。羨ましいわ」

 「全くね──私もそろそろ行くわ」

 「あら、もう行っちゃうの?もっとゆっくりしていきなさいよ」

 「用が済んだらすぐに帰ってくるわよ、心配性ねあなたも」

 そう言い残し、紫はスキマの中に入って、どこかに消えてしまった。

 

 

 

 

 紫が降り立ったのは博麗神社だった。

 「あぁ、紫か。最近よく来るようになったじゃない」

 「ヒマなのよ、私も。最近これといった事件も、大きな取引もないしね」

 「あんたは事件だらけだった8年前までが一番良かったってわけ?私はゴメンだけど」

 「何も無い日よりは退屈しなくて済むじゃない?」

 「何も無い平和っていいものよ?」

 「あらそう?にしても霊夢、あなた案外冷たいのね」

 「はぁ?何の話よ」

 「魔理沙のことよ。あなた、もう冥界には、白玉楼にはいないってなんとなくわかってて敢えて言ったわよね?」

 「それが何か?」

 「意外と冷たいのね」

 「私は聞かれた質問に答えただけよ。今どこにいるのかとは聞かれたけど、これからどこに行くのかとは聞かれてない。私を非難するのはお門違いじゃなくて?」

 「それもそうね。──これからどうするの?」

 「ここで待つわ。魔理沙はいずれ魅魔のところに行くはず。そのためにはここの裏山に入る必要がある。私にはそれを見送る義務がある……」

 「……受け入れるのね、あなたも」

 「幻想郷はすべてを受け入れる。新たな出会い、新たな生命だけでなく、誰かとの別れ、誰かの死も分け隔てなく受け入れる。そうよね、紫?」

 「……そのとおりよ、よく分かってるじゃない霊夢」

 「受け入れるって、こんなにも残酷なのね。全てを受け入れることが必ずしも良いことでは無いってことぐらいは薄々感づいていたけど、それがこんなにも辛いことだなんて……」

 「それでも、私たちはこの世界を、幻想郷を守らなきゃいけない。私たちは私たちの人生を、私たちの一生を幻想郷と幻想郷に住まうすべての者達のために捧げなければいけない。たとえ、自分や誰かの命を犠牲にしたとしても……」

 「言われなくてもわかってる。たとえそれが20年以上の付き合いの友人の命であっても幻想郷のために犠牲にしなければならない。それが、私たち楽園の管理者の運命……」

 霊夢は悲しそうな表情を浮かべ、涙をこらえるように緑茶を飲み干した。

(魔理沙、あなたは、あなただけでも最期の一瞬まで輝くことを諦めないでちょうだい。それが、私と霊夢の願いよ……)

 空には雲が、風の赴くままに流れていた。

 

 

 

 

 それからおよそ30分後、アリスたち4人は白玉楼の前にいた。

 「妖夢、ここを通してくれないかしら?」

 「アリスさん、一体何のようですか?用件によっては、あなた達全員をここで切り捨てなければなりませんが……」

 「……魔理沙がここにいると聞いてね。あの娘を連れ戻しに来たわ」

 「………わかりました、少しお待ちください」

 そういうと妖夢は、半霊を残して白玉楼の中に入っていった。

 

 それからおよそ20秒後、妖夢が戻ってきた。

 「幽々子様から立ち入りの許可が降りました。幽々子様のもとまでご案内いたします。ついてきてください」

 「……案外あっさりなのね?」

 「相手はあの紫にも匹敵するレベルの実力者よ、決して気を抜かないで」

 「魔理沙さん、まだ無事でしょうか……?」

 「安心しなさい小悪魔、あの娘はそう簡単にくたばるタマじゃないわ。きっとまだ生きてるわよ」

 

 白玉楼内部。そこには妖夢と、桜を眺める幽々子が待ち構えていた。

 「幽々子様、客人が来ました」

 「そう───よく来てくれたわね、歓迎するわ」

 「直接会うのは初めてかしら?噂はかねがね聞いてるわよ西行寺幽々子」

 「紅魔館の魔法使いにも知られているなんて、意外と顔広まってるのね?」

 「御託はいいから、本題に入るわよ。時間が無いの。───魔理沙はどこ?」

 

 その問に幽々子はクスクスと含み笑いをするだけだった。

 「あなたは、魔理沙の居場所を知ってるのか知らないのか、答えてちょうだい!あの娘に残された時間はもう少ないのよ!」

 「そう、知っててここに来たのね……仲間想いなのはいいけど、かえって自分の首を絞めないか心配ね」

 「あんたねえ……!!」

 「まあここまで頑張ってきた御褒美として教えてあげましょう。私は居場所を知ってるわ、むろん、魔理沙の余命が幾ばくもないことも、彼女の病状もね」

 「じゃあ……!!」

 「でも教えてあげない」

 

 全員が絶句した。

 「あなた達は彼女を連れ戻しに来たんでしょ?なら、あなた達自身が考えなきゃダメじゃない。誰かに頼って、始めから答えを求めているようじゃ、あの娘には、魔理沙にはいつまで経っても追いつけないままよ」

 「………」

 「あなた達にはきついことかもしれないわ。でもこの先、あなた達の身には今以上にもっと苦しい、もっと厳しい現実が立ち塞がることになるでしょう。その時今のあなたたちのままじゃ対抗することも出来ずに押しつぶされてしまうでしょうね。だから、今は誰かに頼っちゃダメ、あの娘を救いたくば、自分の頭で考えて行動をしなきゃあの娘を本当の意味で救い出すことにはならない。──そうよね、紫?」

 「話の途中だったからバレないと思ってはいたんだけど……やっぱりバレちゃったか」

 スキマが開き、中から紫が出てきた。

 

 「おかえりなさい紫、意外とかかったのね」

 「色々と積もる話もあるのよ」

 「で、どうだった?話し合いの結果は」

 「霊夢は既に覚悟を決めてたみたいよ、流石は博麗の巫女、というべきかしら───で、そちらの方たちは?」

 「たまたま来た客人よ。魔理沙を探してるみたい」

 「そう、ここまで来たってことは」

 「ええ、まだ覚悟は決まっていないみたい」

 「先が思いやられるわね、ほんと……」

 

 紫はアリスたちに向かって歩を進め、一人一人の顔を覗き込んだ。

 「……これじゃあダメね。今のあなた達には魔理沙の居場所を教えてあげることは出来ない。もし教えて欲しいのなら、それ相応の覚悟は決めてもらわないと」

 「覚悟、ですって……?」

 「そうよパチュリー、今のあなた達が魔理沙を追いかけたところで追いつけはしないし、もし万一追いつけたとしてもあの娘を余計苦しめるだけ……それに、もう死んで、この広い幻想郷のどこかで静かに眠っているかもしれない。それを見た時に受け入れられる覚悟…あなた達にはあるの?」

 

 冥界特有の冷たい風が木々を揺らし、アリスたち4人の頬を静かに撫でた。

 

 

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