The_Chronicle_of_Marisa   作:霧子のエビの天ぷら

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第12話 いざ逝かん、最期の戦いへ

 カラカラと鬼灯が嗤う。時刻は昼頃だったというのにこのあたりはもう既に日が半分沈んでいた。

 「おや、もう日が沈んでしまうね…少しだが、話したいこともある。立ち話もなんだしとりあえずは家に来な」

 「構いませんよ、私も魅魔様に話しておきたいことがありますし」

 

 

 屋敷の内装は独特であった。クルクル回る歯車が壁を作っているかと思いきや少し歩けば次はコンクリート製の壁を見ることが出来る。壁が変わる度に新しい柱時計を見ることが出来、そのすべてがバラバラの時間を指していた。

(相変わらず、変な世界だ……)

 「不思議かい?壁が異なる事に時間が異なっているのが」

 「表の世界ではそんなことはありませんでしたからね。とはいえ、20年前とそれほど変わっていないのもあって困惑はそこまで感じません」

 「そうか。魔理沙、今回はどれぐらいいるつもりだい?」

 「そうですね……用件が終わったら直ちに帰りますよ。私はもともとここにいてはならないのでしょうし」

 「そんなことは無い、好きなだけいてくれて構わないぞ。そっちの方があいつも喜ぶだろう」

 「そういえば彼女は?」

 「まだ元気にやってるよ。何なら呼ぼうか?」

 「いえ、結構です。お気遣いなく……」

 「なんだなんだ、えらく固くなったな魔理沙……昔のお前はもっと態度は柔らかかったはずだが?」

 「それだけ私が大人になったということです。いつまでも子供扱いはやめていただきたい」

 「そいつは失礼──おっと、ここだ」

 「ここって、食堂じゃないですか」

 「そうだ、今日は色々話したいのでな。それに腹も減った。飯を食いながら続きを話そう」

 「依存はありません」

 部屋に入り、小さなハンドベルを摘んで左右に振る。その澄んだ音色を聞いてかメイド服を着た妖精が飛んできた。

 「飯の用意はできているか?ああ、そうだ、2人分だ。……そうか、では大至急頼む」

 話している魅魔に、目で座れ、と言われたような気がして適当な席に腰を下ろす。

 

 しばらく待っていると食事が運ばれてきた。しっかりとした硬さの、温かみのあるフランスパン。海老とカブと大根をマヨネーズで和えたサラダ。胡椒が少しかかったポタージュスープに具材の大きな、暖かで食欲をそそる匂いを放つビーフシチュー、ドリンクにはグラスに注がれた白ワイン。文句のつけようのない洋食だった。

 「……いただきます」

 アツアツのビーフシチューをスプーンに取りほおばると口の中が火傷しそうになるほどの熱さだったが、同時によく煮込まれた肉から旨みが溢れビーフシチュー独特の甘味と酸味の両者と調和していく。

 火傷しそうになった口を冷ますために次はサラダに手を伸ばした。茹でた直後であろうと考えられる海老の身が口の中で豊かな弾力を発し、アボカドの食感と混じりあいさらに食欲を増進させる。どちらも文句のつけようのない逸品だと魔理沙は思った。

 

 「おー、よく食うねえ、腹減ってたか?」

 「この、ビーフシチューとサラダが……美味しくって……!!」

 「ほぉ、そいつは良かった。あとでメイドたちに言ってやんな、きっと喜ぶよ。お代わりもあるから欲しかったらいつでも言いな」

 「ありがとう、ございます……!」

 「あーあーあー、口元にシチューついてるぞ。拭いてやるから動くなよ」

 「そ、それぐらい自分でできます!」

 「全く……どれだけ大きくなっても子どもだな魔理沙は。まあそこがいいんだけど……」

 自分の席に座り直し、ゆっくりと白ワインをあおる。

 それにつられて魔理沙も白ワインを口にした。

 

 「そういえば魅魔様が話したいことってなんですか?」

 「ん?あぁ……そうだな、もう言っていいか」

 紙ナプキンで口もとを軽く拭き取る。白ワインをグラスに注ぎ直した後、改めて魔理沙の方に向き直る。

 「魔理沙、あんた幾つになった?」

 「今年で26になります」

 「そうかそうか、もう26か……なるほど、どおりで…」

 「な、何ですかその意味ありげな笑みは……」

 「いやぁ?色々とデカくなって色っぽくなってきたなぁって思ってさ」

 「!?」

 「あんた、彼氏とか旦那とかできたのか?」

 「ブッ!」

 盛大に白ワインを吹いた。直後、顔が一気に紅潮する。

 「な、ななな何言ってるんだ!?」

 「え、居ないの!?」

 「むしろなんでいると思ってたんだ!」

 「あんたそのプロポーションだし?顔も悪くないし?絶対誰か捕まえてると思ってたんだけどなぁ」

 「み、魅魔様がオッサンみたいになってる……!」

 「あぁん?何か言った?」

 「い、いえなんでもないです!」

 「居ないんだったら早く捕まえなよ?じゃないと、婚期逃すぞ?」

 「私はいいんです!」

 

 魔理沙の方を向いていた魅魔はいつの間にやら食事を再開させている。

 「魔理沙もどんどん食べなよ。食い物は熱いうちが勝負だ」

 「う……わ、わかりました……」

 しぶしぶ、と言った感じで魔理沙も食事を再開させた。

 「そういえば、魔理沙の話って何だったんだ?その話をしに来たんだろ?」

 「……その件は、もういいんです。もう解決しましたから」

 「……そうか、ならいいんだ」

 少し寂しそうな表情を浮かべたが、魔理沙の視界には映ることは無かった。

 「今日はもう遅い。部屋もあるし、寝酒も用意してある。今日はうちに泊まっていくといい」

 「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 魅魔が再び手元のハンドベルを左右に振り、澄んだ音を響かせる。メイドが現れ、綺麗に食べ尽くされ空になった食器が下げられていく。

 

 

 

 

 泊まる部屋に案内され、浴場で体を清潔にした魔理沙は箒と八卦路のメンテナンスを終え、独りで夜風に当たっていた。

 裏世界特有の、森とは違った純粋な魔の性質を持つ風が火照った体から熱を徐々に奪っていく。

 魅魔に会った本来の目的はまだ達成されていないが、今日の会食の時の魅魔の様子を見ると、その目的は成さなくてもいいと魔理沙は思っていた。

(まったく、あんな状況で、あんないい笑顔を向けられて……世話になった師匠に自分はもうすぐ死ぬなんて、言えないぜ)

 だがどうしようもなくモヤモヤする。何かが腹の中で渦巻いて入るがそれが口から外に出されることが無い、消化不良にも近い感覚だった。そのせいか、心は落ち着き自分の運命を受け止めているはずなのに何度も何度もため息が漏れた。

 

 「おいおい、うら若き少女がどうしたってんだいそんなにため息ついてさ。せっかくの美貌が台無しだぞ?」

 「魅魔様……」

 不意に、後ろから魅魔に声をかけられた。

 「聞かれてましたか……」

 「悪いね、盗み聞きのつもりは無かったんだが……なにか悩み事?」

 「あ、いえ。別にそういうわけでは……」

 「……あっそ。じゃあさ、私の寝酒に付き合ってくれよ」

(コイツまだ飲むのか!?食事の時ボトル1本一人で空けてたのに……!!)

 「飯の時とは違って今回はウイスキーだよ。いいだろ?ちょっとぐらい付き合ってくれよ」

 「ま、まあいいですけど……」

 ウイスキーが空けられ、2人のグラスにゆっくりと注がれていく。

 「「乾杯」」

 互いのグラスをぶつけあい、同時にウイスキーをあおった。

 「かぁ〜!やっぱりウイスキーはサイコーだね!」

 「確かに……初めて飲んだけど悪くない……」

 「だろだろ?こいつは私のお気に入りの1本でな、いつかお前と飲む日のために取っておいたんだよ」

 そう言うと一気に飲み干し、更にグラスにウイスキーを注ぐ。

 その後、魔理沙と同様に魅魔も欄干に上半身を乗り上げ、夜空に浮かぶ大きな満月を見上げた。

 「……魔理沙」

 「……なんですか」

 「ありがとね、今日は来てくれて」

 月を見上げ、魔理沙の方向は見ずに魅魔は口を動かす。

 「今日来てくれなきゃどうしようかって思ってた。最悪、異変を起こしてその結果霊夢に封印されることになったとしてでも魔理沙に会うつもりだった」

 「………」

 「でもこうして会えて、一緒に酒を飲めてる。私にはもう、あんたのことで思い残すことはないよ」

 「魅魔様……どうしてそこまで」

 「魔理沙の病状を知っているからさ」

 「!!なんでそれを……」

 「私が何年あんたのことを見てきたと思ってるんだ?何を隠しているのか、どこが悪いのか、なぜ隠しているのかぐらいはすぐにわかる」

 酒を飲み、魅魔は言葉を紡ぎ続ける。

 「こっちの時間で40年ちょっと一緒に過ごしてはいなかったけど、私はその間もずっとお前のことは見守り続けてきた。地獄に行こうが、天界に行こうが、月に行こうが、どこでも陰ながら見守ってきたさ。分からないわけがないだろう?」

 「そんなに長く……?じゃあ、なんで今まで一言も……!!」

 「あんたの人生はあんたの物だ。私の仕事はあんたがまだ4歳のガキの頃、魔法学の道を示した時点で終わってるのさ。それ以上、私が介入するべきじゃない、その方があんたのためだと思ってさ」

 「ハハ、やっぱり……魅魔様には勝てないな……」

 「そんなことは無いさ。魔法の技術や知識、扱う才能は既に私を超えていると言っても過言ではない。今なら、本気を出したあの魔界人とも充分渡り合えるだろう」

 

 魅魔はグラスを欄干の上に置き、魔理沙を胸元に引き寄せ、抱き締めた。

 「優しいな、お前は……」

 「み、ま様…?」

 「誰よりも優しくて、自分が一番傷ついているのに誰にも心配をかけまいとして必死に隠してる。そして、誰よりも努力家で、常に周りに気を使っている。でもな魔理沙、私の前では、私と2人っきりの時は我慢しなくてもいいんだ。無理に大人ぶらず、子供のように振舞っていいんだ」

 「お……母…さ……っ!」

 「……まだ抵抗があるか?お母さんって呼ぶことに。自分の産みの母親のことがまだ忘れられないか?」

 魔理沙は魅魔の胸元で少し泣きながら、何も喋らず頷いた。

 「そうか……残りの時間は短いかもしれないが、無理して呼ぶ必要性はないんだ。呼べなくっても、怒る奴はどこにもいない。仮にいたとしても、私がぶっ殺してあげる。だから、今日はもうお休み、魔理沙」

 その後、魔理沙は自らの感情をすべて押し出したかのように、こらえていたものが溢れでたかのように魅魔の胸元で泣き続け、そのまま眠りについた。

 

 眠った魔理沙をベットに移したあと、魅魔は月光の元誰かに電話をかけていた。

 「あー、もしもし?」

 相手は誰なのか、知るものは魅魔だけだ。

 「……ええ、今はぐっすりと眠っている。疲れもたまっていたのでしょう。うん、そうよ。よくわかってるじゃない、あなた、そんなにあの娘と仲良かったっけ──神綺?」

『あの娘は愛娘のお気に入りの娘だからね、少し調べてたのよ』

 「あら、あの娘はあんたには渡さないよ。なんたって、私の一番弟子だからね」

『私は取らないわよ。取るとしても娘の方じゃないかしら?』

 「あんたの娘ってそっちの気があったの?」

『さあね。性癖までは興味無いわ。うちの愛娘が電話する度にその娘の名前が出てたものだからそうじゃないかなと思っただけ』

 「気になるなら、あんたも1回直接聞いてみれば?いい発見があるかもよ?」

『フフ、考えておく、とだけ言っておきましょう。──じゃあね魅魔。良い夜を』

 「そっちこそ」

 

 ブツ。ツー、ツー、ツー……どうやら、電話が切れたようだ。その後すぐに、再び誰かに電話をかける。

 「もしもし」

『これはこれは、あなたからわざわざかけてくるなんて珍しいですね。医薬品の不足でもありましたか?』

 「今日の用件はそっちじゃありません。魔理沙のことだって分かってるんじゃないんですか、八意先生?」

『あら、お見通しでしたか。流石は裏世界の主にして魔理沙の師匠、言うべきでしょうか?でも、あなたから掛けてきてくれたということは……』

 「ええ、恐らく明日にはそっちの方へ戻ると思います。色々吐き出せたようですし」

『それはありがたい。重病の患者に夜逃げされた上、これ以上フラフラされたら私の胃に穴があきますわ』

 「医者の不養生、という言葉もありますから、十分にご自愛ください」

『その気遣いだけで十分です。明日、迎えを出しましょうか?』

 「いえ、その必要は無いでしょう。あの子はおそらく自分の家に戻り最期の別れを告げた後にそちらに向かう筈ですから」

『随分と自信たっぷりなようで』

 「あの娘のことは大体分かってますから。伊達にあの娘の親代わりを務めていたわけじゃありません」

『流石ですね』

 「いえいえ、それほどでも」

『では、明日はベットを用意してお待ちしております。面会謝絶の時間もあると思いますが……』

 「承知しております」

『ありがとうございます。私はこれで失礼いたします』

 再び電話が切れた。

 

 ベランダから部屋に戻り、月光に照らされた少し血色の悪い魔理沙の寝顔をじっと見て、頭を軽く撫でた。

 「あと何回、この娘の寝顔を見られるのかねえ……」

 自嘲気味に笑いながら、魔理沙の隣のベットに潜り込み、魔理沙を抱きしめるような形で魅魔も眠りについた。

 

 

 

 

 

 翌朝、魔理沙はいつもの服に着替えて館の正門の前にいた。

 「もう行くんだね?」

 「ええ、お世話になりました」

 「しみったれた挨拶はまだ先でいいだろう?私もまた面会に行くさ」

 「それでは、また」

 「ああ、ちょっと待ちな」

 懐から1冊本を取り出した。

 「こいつを持っていきな、私からのプレゼントだ」

 「ありがとうございます。なんですかこれ……?」

 パラパラとページをめくってもそこに文字はなく、真っ白だった。

 「そいつはな、あんたのために私が作った魔道書だ」

 「魔道書?これが?」

 「今はただの白い紙の束かもしれないけど、日記帳の代わりに毎日なにか書くといい。この本が真にお前を認めた時、こいつは名実ともにお前だけの本になる」

 「私だけの……魔道書……」

 「その時にその本の真名も出るだろう。愛してやってくれ」

 「ありがとうございます。最後までお世話になりました」

 「また会おう」

 「もちろんです。また会う時まで、生きていたらの話ですが」

 2人はしっかりと握手を交わし、互いに抱きしめあった後に別れた。

 

 

 

 

 

 「あら、おかえり魔理沙。もういいの?」

 「ああ、もういいんだ。ありがとう霊夢」

 「そう……行くのね?」

 「ああ、やりたかったことはもう、全部終わったからな」

 「……色々と吹っ切れたようね」

 「お陰様でな。覚悟も出来た。怖くないって言ったら嘘になるけど」

 「御見舞はちゃんと行くから」

 「あまり期待せずに待っておくよ。あと、すまねえな、弾幕ごっこの約束、守れそうにない」

 「いいのよ別に。あれが口から出たデマカセってことぐらいすぐわかったし。いいから、早く行きなさい」

 「ああ。ありがとうな霊夢。今まで20年ちょい、いろいろと助かったぜ」

 それだけ言い残し、魔理沙は箒で飛び去った。

 「結局、私は取り残されるのか……お婆ちゃんと同じね」

 ポツリとつぶやき、うっすら涙を浮かべ、肩を震わせながら神社の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 「来たぜ、永琳」

 「待ってたわよ魔理沙。とりあえず診察を受けてからね。点滴をうつから」

 「準備がいいな」

 「来ることは察しがついてたから。予め用意しておいたのよ」

 「さすがは月の頭脳だぜ」

 「医者やってるものなら誰でも予測できるわよこれぐらい。いいから、さっさと入りなさい」

 

 その後、魔理沙は触診、聴診、CTスキャンを受けた後に個室の病室に入院することになった。魔理沙の本当の最期の戦いが遂に始まったのである。

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