The_Chronicle_of_Marisa   作:霧子のエビの天ぷら

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第14話 思いを胸に

 冬場特有の乾いた冷たい風は強弱のリズムを刻みながら不規則に髪を揺らす。魔理沙の病室に入った時は日が傾き少し経ったと感じる程度だったがいつの間にやら完全に日が沈み、空には橙、紫、青、黒からなる美しいグラデーションを見せていた。

 

 「魔理沙、話って何?私も話したいことはあるけど、あなたの話を先に聞いてあげるわ」

 「そうだな……時間が惜しい、すぐに本題に入ろう」

 1枚の手紙とメモを手に取り、アリスに投げ渡す。

 「これは?」

 「アリスにはこの手紙をメモに書いてある宛先に届けてもらいたい」

 「……なんで?手紙を届けるなら郵便ポストに出した方が……」

 「それじゃあちと遅いな。この手紙はできる限り早く届けてもらいたいんだ」

 「期限は?」

 「今日はもう夜も遅くなりかけてるし、面会時間も終わってる。明日までに届けてくれ」

 「……わかった。それまでには何とかするわ。でも、来るかどうかはこの人次第よ?」

 「百も承知だ。でもきっと、あの人はここに来るはずだ」

 「……そうなることを願っているわ。ねえ魔理沙、ひとつ聞いてもいいかしら?」

 「こっちの用件は終わったからな、いいぜ。そっちも話したいことがあるって言ってたしな」

 「なんで紅魔館から逃げたの?」

 「なんで、か……難しい問いだな」

 魔理沙はアルミ製の窓サッシに両手をついて窓の外を眺めた。

 「強いて言うなら……やり残した事があったから、かな?」

 「やり残した、事……」

 「この幻想郷に産まれて26年生きてきた。その間、色々なやつに世話になってな………そいつらに何の挨拶もなくってのは、ちょっと忍びなくてな」

 「……それだけ?たったそれだけの為に?」

 「怒るなよアリス……強いて言うならって言ったろ?他にもいろいろと細かい理由はあるさ。一番大きい理由がそれだったってだけさ」

 「……どれだけ心配したと……」

 「わかってるさ。それも含めて、ごめんなさい、だぜ。私もこんなことすれば道半ばで死ぬかもしれないってのは分かってた」

 「……なんだか、心配して損した気分よ」

 「悪いな。でも私はお前と違う道、人間として生きる道を選んだんだ。後悔はしてない」

 「まったく、あなたって人は……ほんと、人間らしいわね……」

 「お褒めに預かり光栄だぜ」

 「なんだか毒抜けちゃったし、もう私は帰るわ──手紙の件、確かに頼まれたわよ」

 「ありがとなアリス……おやすみなさい」

 「お大事に」

 

 「アリスさん、ちょっといいですか?」

 魔理沙の病室を出た途端、鈴仙に声をかけられる。その声量は小さく、いかにも内緒話といった雰囲気だった。

 「鈴仙……?どうしたのよ急に……」

 「実は、おり言って頼みたいことが……調合室まで来てもらえますか?ここだと、魔理沙さんに聞かれる可能性が……詳しい話はそこで」

 「……よくわからないけど、だいぶ深刻なようね?」

 「まあ、それなりには……」

 

 

 

 

 

 永遠亭、調合室。主に漢方薬の調合を行う部屋でそこまで危険性はないが、万一のため薬品類には触れないように、と鈴仙に釘を刺された。

 「……よく来てくれたわね、アリス」

 「久しぶり、というべきかしら?何の話なのよ、魔理沙に聞かれたくない話って……気になるから早く話してくれない?永琳先生?」

 「私としてもそのつもりよ。……残された時間は、あまり無いもの──優曇華、例の資料を」

 「はい。アリスさん、詳しくはこちらの資料に目を通しながら聞いてください」

 「単刀直入に言うわ。その資料に書かれてある茸を探して欲しいの。できるだけ大量に」

 「……これ、魔力増強効果のある古典的な呪術茸じゃない。なんでこんなものが必要なわけ?」

 「……その資料の裏面を読んで見なさい」

 そう促され、アリスは紙を裏返した。

 「……なに……これ……」

 「……魔理沙の身体から観測できた魔力量から計算した、残りの魔力量よ」

 「有り得ないでしょこの数値は!?!?なんで……なんでたった数時間で魔力量が半分以下になってる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)の!!」

 「やっぱり、アリスから見ても異常事態か……恐らくだけど、あの娘の血痰から亜型のマイコプラズマ肺炎ウイルスが検出されたことが関係しているわ」

 「亜型の……マイコプラズマ肺炎……?」

 「最近の研究で分かったことなんだけどね、癌細胞にマイコプラズマ肺炎ウイルスとかの病原菌が接触すると突然変異を起こして亜型になることが分かったの。マイコプラズマ肺炎ウイルスの場合の症状としては、通常型が風邪に近い症状なのに対して、亜型は肉体の抵抗力を著しく低下させる──言い換えるなら、白血球数を著しく低下させる効果が予めわかってた」

 「……なるほど。でも、それとこれとの繋がりが見えないのだけど?」

 「そうね……これだけなら、ね。アリス、あなたなら魔力の根源が体のどこにあるか分かるんじゃない?」

 「どこって……腹部よ。より正確には小腸の辺りだけど……それがどうか──」

 それがどうかしたの、とは口に出なかった。言葉が止まり、焦点がぶれ始め、口がワナワナと震える。

 「やっと気がついたようね。魔力量がここまで急激に減衰した理由……恐らくだけど、もう既に癌の転移がおきてしまったと見るのが正しいでしょう。……笑えるわよね、ここまで最悪の症状になるなんて……まるで誰かが魔理沙を殺すように仕組んだみたい。一応明日は精密検査をするつもりだけど、多分この予測は当たってる。そしてこのまま対策を取らずに過ごしていたら……」

 「魔力枯渇が起きる。もしそのことに気が付かないまま魔理沙が魔法を使ったとしたら、生命力を大きくすり減らして、死ぬ」

 「そのための解決策として呪術茸が必要。この危険を回避する手っ取り早い方法は、魔理沙の魔力量を増やすしかないってわけ」

 「……期限は?」

 「そうね………このペースなら魔力枯渇まであと2日かしら。それまでに多く持ってきてちょうだい」

 「わかった、すぐに行くわ。3キロあれば少しは持つかしら?」

 「3キロなら今の状態ならおよそ2ヶ月と言ったところね。無論、今後も病状悪化の恐れが大きいから……ざっと1ヶ月半、と言ったところかしら」

 「そう、3キロで1ヶ月半……魔理沙のこと、頼んだわよ」

 「任せなさい。私の誇りのかけて、彼女はあなたが戻ってくるまで生かしてみせるわ」

 こうして、爛々と星たちが輝く夜空の中をアリスは1人で駆けていった。

 

 「うどんげ」

 永琳が凛々しい顔で尋ねる。

 「どうかしましたか師匠?」

 「魔理沙への投薬、プランBに切り替えて。抗癌剤投与を開始するわ」

 「……わかりました」

 「ねえうどんげ」

 永琳が今度は少し寂しそうな表情を浮かべ尋ねる。

 「稗田阿求の時はたった5日しか変えられなかったけど、今度はどれぐらい伸ばせるかしら?」

 「……わかりません。今回も、蓬莱の薬は効きませんから。でも、いつか訪れる結末は覚悟しておかなければならないでしょう」

 「それもそうね……まさか、蓬莱の薬のデメリットが、こんなところで大きな枷になるなんて思いもよらなかったわ」

 「師匠……」

 「蓬莱の薬の使用条件、寿命が3分の1以上残っていること。……フフ、私も詰めが甘い。作った時にこんな致命的な欠点に気がつけなかったなんて、依姫や豊姫に顔向けできないし、オモイカネの名が泣くわ」

 「……そ、そんなことは……!」

 「あら、慰めてくれるの?ありがとう、うどんげ……でも、時間は待ってくれないし、事実は変わらない。なら、足掻くために出来る限りのことをするだけよ──戻りましょう。少し長居しすぎたわ」

 「……はい」

 その様子をみていたのは、夜空に浮かぶ大きな月だけだった。

 

 

 

 

 

 人里にあるある店件住宅の前にアリスは来ていた。

(魔理沙との約束……ちゃんと果たしたわ。どう動くかは、受け取った人次第ね)

 しっかりとポストに投函したアリスは、そのまま急ぎ足で去り、森のほうへと向かっていった。月下の夜、時刻はおよそ夜の10時の事である。

 

 手紙が投函されてから数十分後、誰かが手紙を引き出し、家の中へと持っていく。そのまま一つの書斎に入っていき、中にいる1人の金髪の女性に手紙を渡した。

 「有梨沙様、お手紙が届いております」

 「手紙?誰から?」

 「差出人は……嘘か真かは図りかねますが、霧雨魔理沙と書かれてあります」

 「………わかった、机の上に置いておいてちょうだい」

 「畏まりました、では失礼いたします」

 仲居の女が下がった後、手紙を手に取り文面に目を通す。

 

 拝啓

 霧雨有梨沙様

 

 23年ぶりですが、おり言って話したいことが出来ました。永遠亭1号店334番の病室に来てください。すべてそこでお話いたします。

 

 敬具

 差出人、霧雨魔理沙

 

 

 

 

 

 この手紙を読んだ後にその金髪の女性は少しもの哀しげな表情を浮かべ、何も言わずに着ていた和装の懐に手紙をしまい込んだ。そして茶を一杯飲み、再び読書を開始した。

 

 

 

 

 

 永遠亭の病室では、魔理沙が月明かりを浴びていた。

 カタカタと風が窓ガラスを叩き規則的な音を立てる。

 不意に右手を軽く握ってみたり閉じてみたりしてみた。一件何も変わっていないようだったが、それでも大きな違和感を魔理沙は感じていた。

 「眠れないのかい?」

 「……まあな」

 「だとしてもベッドに横にならないのは感心しないな。まだ寝ていた方がいい」

 「長生きの秘訣ってやつか、てゐ?」

 「いやいや、そんなにたいそれたものじゃなくてね………ただの一般論さ」

 「……そっか」

 「明日、来るんだろう?」

 「だろうな」

 「どうする気だ?」

 「どうもしないさ。会って、事実を伝えるだけ」

 「……大変な一日になるぞ」

 「承知の上さ」

 「止まる気は無いんだな」

 「もう止まれないよ。止まれるタイミングはとっくの昔に終わってるんだ」

 「……そうかい。なら、私もちょっとだけ尽力させてもらおうかね」

 「そいつはありがたいな。縁起がいいのは嫌いじゃない」

 「といっても、万一の時に追い出すぐらいだがね」

 「十分さ。それだけで十分だよ」

 「礼ならいらないよ。あんたには散々世話になったんだ。うさぎからの恩返しなんてそうそう見れるもんじゃない、素直に受け取っておきな」

 こうして夜は更けていく。

 アリス、永琳、鈴仙、そして魔理沙──各々がそれぞれの思いを胸に秘め、嵐の前の静けさともいうべき夜が静かに過ぎ去っていった。

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