The_Chronicle_of_Marisa   作:霧子のエビの天ぷら

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第16話 儚き生命は何の為に?

 あの日、魔理沙が母親と病室で再会を果たしたあの日からの体調は周期的に変化していった。

 

 生理とは一切関係なく、良い日と悪い日を平面軸で表したのならば波の形、いわゆる余弦波の様相を示していたのだ。1週間体調が良い状態が続けばその翌週にはほぼ確実に体調が良くない日が続いているといった具合である。

 

 その過程で感じてきた不安、自分はいつまで生きられるのだろうかという不安を魔理沙はひっそりと抱えていた。そして、決して誰にも──例え霊夢であろうとも──悟られまいとして日に日に気丈に振る舞い、そんな不安を来客の誰にも感じさせなかった。

 

 そんな日々を過ごしてかなりの時間が経った。院内の所々が紅白に彩られた聖夜、正面玄関に門松、各病室に小さい熊手が届けられた、雪による反射光が眩しい新年の両方をベッドの上で迎え、そろそろ春の便りであるリリーホワイトがそろそろ現れてもおかしくない時期になった。

 

 「失礼するわよ。今日の問診と体温チェックの時間よ」

 「……おはよう鈴仙。検温からだよな?」

 「そうよ、だから脇に体温計挟んで、1分じっとしてて」

 「……はいはい」

 「……ねえ魔理沙」

 「……なんだよ、藪から棒に」

 「地味にでかい胸元のぜい肉が邪魔。セクハラされたくないなら自分でやって」

 「……なんか、ちょっと怒ってないか?」

 「気のせいよ。私より大きいからって……別に、嫉妬したり怒ったりする訳ないじゃない」

 「……やっぱ怒ってるな」

 

 それからおよそ1分30秒後、検温は無事に終わり、問診となった。

 「体温は……35.7℃……今日は少し低い、か……問診を始めます」

 「よろしくお願いします」

 「質問には正直に答えてくださいね。無理に答える必要は無いですけど。問診事項以外にも気になった箇所があれば気軽に質問してください。まずはじめに、起きたときの気分はどうでしたか?」

 「……少し、体が重かったかな」

 「前日と比べては?」

 「……前日比だと、かなり」

 「食欲はありますか?」

 「……無いな。コップ1杯の水だけで一日生きていくことができそうだ」

 「体で動かしにくい場所は?」

 「……あれ?え、ウソ、なんで……?」

 「……魔理沙?どうかした?」

 「足が……足が動かない……!」

 「………ちょっと失礼するわ」

 

 カルテとペンを左手に、右手で魔理沙の布団を捲る。

 「!!これは……」

 「な、なあおい鈴仙、私の足、どうなっちまったんだ……?」

 「……知らない方が身のためよ。正直いって……ヤバすぎる」

 入院当時はまだ白く美しかった魔理沙の足は痙攣を起こしているにも関わらず緑の混じった深い黒色──細胞の壊死を起こしていた。

 「私は師匠を呼んでくる。でもおそらく、いや、99.99%の確率で緊急オペになるはずよ」

 「なっ!?」

 「とにかく、今はじっとしてなさい!布団めくるのは論外よ!」

 鈴仙の今までにない焦り様に圧倒され、魔理沙の体が少しすくんだ。それと同時に、正しく脱兎の如き速度で鈴仙は病室から飛び出していった。

(なんだよ一体……私の体に、何が起こってるんだ?)

 既に足の感覚は死んでいる。だが、痺れている感覚とも少し違い、今までに体感したことのない得体の知れない違和感に襲われる。

 「ち、ちょっとぐらいなら……見てもいいよな?」

 そう呟き、足を隠す布団に、両手を伸ばした。

 

 「し、師匠!」

 「うどんげ……?どうしたのそんなに慌てて……」

 「ハァ、ハァ……き、緊急事態です!334号室に来てください!」

 「334号室……魔理沙か!」

 「時間がありません、早く!」

 「何が起きてるか、走りながらでいい?」

 「はい、掻い摘んでですがお話します」

 いつもは冷静な2人の尋常では無い焦りようにほかの兎たちが驚き、あっけに取られてる間に2人は病棟の廊下を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 「うどんげ、何があったのか簡単に教えてくれる?」

 「はい、実は──」

 鈴仙が説明を始めようとした、次の瞬間。

『ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 病院中を震動させる絶叫が響いた。

 「!!この声は……!」

 「あれだけ忠告したのに……!」

 「話はあと、とにかく急ぎましょう!」

 「はい!」

 

 

 

 

 

 ドアが壊れてしまうのではと思うほどの勢いでドアがスライドされ、病室に永琳と鈴仙が飛び込んでくる。そしてその視界には──細胞が壊死し、黒ずんだ足を両目でしっかりと見つめ、その顔を覆い隠すかのように手を広げ、爪をくい込ませた魔理沙の姿があった。魔理沙の表情からは正気は一切感じられず、非常に強い怯えが見て取れる。

 「これは……!!」

 「魔理沙……見ない方が身のためだって言っておいたのに!」

 「な、なんだよ……おぇっ…!」

 ゲホゲホ、と数回咳き込む。最後に一際大きく咳き込んだら、その口からかなりの量の赤い液体が溢れ、水色の服と純白のシーツを汚した。その後も幾度となく咳き込み、その度に口の奥から全く同じ液体が、まるで滝のように溢れでた。

 その様子を視認した永琳はすぐさま近くのナースコールを押した。

『はい、こちらナースステーション』

 「てゐ、一度しか言わないからよく聞いて」

『……何事?』

 「いまから緊急オペを行う。全身麻酔、オペ室の準備、メスと334号室の患者の輸血準備!急いで!」

『了解。3分……いや、1分で準備が終わる、そこから一番近い第2手術室に運んでくれ。ICUは執刀中に手配しよう』

 「それじゃあ頼んだわよ。10秒で運ぶから──うどんげ、第2手術室でオペするわよ、先に行って準備!」

 「は、はい!」

 鈴仙が部屋を出たと同時に怯える魔理沙を抱き抱え、能力を発動。0.01秒の須臾を永遠に引き伸ばし、その間に第2手術室の前へ移動、その段階で能力を解除する。瞬間的に自動ドアが永琳の存在をキャッチしドアが開いた。

 その中ではせっせと慌ただしく、しかし正確に準備がされていた。

 

 「患者が来たぞ!」

 「急げ急げ!」

 「八意先生、ここに寝かせてください!」

 非可動式の台座に乗せられ寝かせる。

 「ちょっくら失礼しますよ!」

 「大丈夫、絶対助けます!」

 「麻酔、完了。先生、準備終わりました!」

 「器具も問題なしです」

 「輸血パックも問題ありません。4L用意しました」

 「師匠、いつでも行けますよ!」

 「グッドタイミングようどんげ──では只今より緊急手術を行います。患者の体力は少ない、足の切断だけを行うわ。それ以上はおそらく、患者の体力がもたない……各員、全力を尽くしてちょうだい」

 「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 

 

 

 「これで最後っと……時間は?」

 「開始からおよそ3時間です」

 「流石ですね師匠、見事な手さばきでした」

 「魔理沙が頑張ってくれたおかげよ。そうじゃなきゃ、このオペは成功してない」

 「失礼するよ〜」

 気の抜けた声とともにてゐが入ってくる。

 「手術は無事成功したようだね?なによりだ」

 「先輩!お疲れ様です」

 「おう、お疲れさま。オペの片付けとっととやって、業務に戻りなよ。患者は待ってくれないよ?」

 「てゐ、ICUは?」

 「準備できたよ。3号室のベッドが空いていたからそこに準備してある。それと、お客さんが来てる」

 「……分かった。患者をICU3号室に運んでちょうだい」

 「いえっさー」

 「で、来客ってどなた?」

 「さぁ?名前は聞いてないよ。なんか凄くおっかない雰囲気の人だった。人じゃないけど」

 「おっかない?まさか……」

 

 

 

 

 

 ナースステーションに永琳が足を向けると、そこには誰かが押し迫っている光景が見えた。足がない、かつ特徴的な新緑の長い髪……誰なのかが理解するにはそう時間がかからなかった。

 「なぁ、さっきから言ってるだろ?魔理沙はどこに居るんだ?」

 「ご、ごめんなさい……分かりません……」

 「分かりませんだぁ!?」

 「失礼、そこのあなた」

 「あぁ?」

 「せ、先生!た、助けてください……!」

 「やっぱりあなたでしたか、魅魔さん。魔理沙に面会希望ですか?」

 「おぉ、八意先生じゃないか。話が早くて助かるよ」

 「申し訳ありませんが、今は面会することはできません」

 「……はぁ?」

 「見ていただければわかります。どうぞ、ついてきてください」

 腕をつかみ、半ば強引に魅魔を連行していった。

 

 

 

 

 

 ICU3号室の前。ガラス越しに2人は眠る魔理沙を見つめている。ガラス越しに微かに伝わる心拍数を示す音だけが虚しくかつ無機質に響く。

 「先生……これはいったい……?」

 「両足が壊死してしまっていました。先程の緊急手術で両足を切断し、輸血をしましたが、またいつこうなるかは……」

 「会話することは?」

 「口からかなりの出血が見られました。喉をひどく損傷している可能性もあります。起きるまでわからないというのが事実です」

 「目を覚ますのはいつごろに?」

 「麻酔が切れるのは遅くとも明日の昼になります」

 「それまで、彼女のそばにいても?」

 「……入室は許可できませんが、それでもいいなら」

 「構いませんよ。待つのは慣れてますから」

 「ありがとうございます先生」

 

 そこから先には会話は無かった。魔理沙につながれた人工呼吸器を通じて呼吸をする音、心電図が奏でる電子音、少しだけ春の陽気を纏った風がICUの窓を叩く音だけが無機質に響いていた。

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、博麗神社では霊夢が空を見上げていた。まだ少し冷えが残る空を見上げていた。

 「掃除、まだ終わってないんじゃないの?」

 「……紫、何か用?」

 「掃除に身が入ってない。珍しいわね?」

 「……良いじゃない。たまにはこんなこともあるわよ」

 「嘘ついた。魔理沙のことが気になってるんでしょ?」

 「別に。あいつのことが気になるわけないじゃない」

 「ツンデレかしら…可愛いところあるじゃない。どうせまたいつものカンでしょうけど、後悔する前に行った方がいいんじゃないの?わざわざ裏世界とのゲートを開けて、魅魔を表世界に出したのも気になってるから。いや、正確には死期が迫っている気がするから、確認のためにも行かせた……」

 「……人が死ぬのはいつだって突然よ。人であるが故の、妖怪や魔法使いとは違った命の儚さがある。ある人は病気、ある人は事故、ある人はほかの人に殺されたり……形は様々だけど、共通しているのは終わりが突然来るということ。そんなこと、当の昔から分かりきってる。だから、終わりに備えなきゃいけない。終わりに備えて、未来へ繋ぐために、ね」

 「だから行かない、と?」

 「フフフ……紫ぃ、私……もう、魔理沙と話せないのかな?もう二度と、あの娘と笑いあったり、喧嘩したり、背中を守りあったり出来ないのかなぁ……?」

 そういう霊夢の顔には大粒の涙が流れ、無理して作った笑顔のために、頬が若干ひきつっていて、見るに耐えないものだった。

 

 幻想郷で強大な力を持つ博麗の巫女がこの時だけは、ただの人間に戻って、長く付き合ってきた親友との悠久の別れにその目を赤く腫らし、泣きじゃくった。

 

 

 

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