The_Chronicle_of_Marisa   作:霧子のエビの天ぷら

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最終話 The_Last_Page_of_Her_Life

 時刻は夕方だったはずだ。しかし、今はすっかり暗くなり、遥か上空には懐かしささえも感じるようになってしまった月が浮かんでいる。

 

 どれほど眠っていたのだろうか、状況が把握できない。誰書いてくれたら良かったのだが、今となってはすっかり誰も居なくなってしまったようで、人影や気配を一切感じない。

 

 瞼は重く、今にも閉じてしまいそうだったが気力を振り絞って少し意識して瞼を大きく開けることにした。まだ辛うじて腕は動く。ペタペタと周囲を触って確認するが予想に反してケーブルが多い。どうやら寝ている間に増えてしまったようだ。

 

(今度はどこがイカれたんだ……?耳、じゃないな、普段通り聞こえる。というか、胴体にこの量だと……)

 

 遂に肺か心臓かでもイカれたのだろう。肺に至っては元から癌の巣窟だったのにまだ壊れる箇所があったのかと感心する。

 

 自らの心拍数を確認しようとして首を傾け──そこで異変に気が付いた。見えない訳ではないが、霧でもかかっているかのように見えにくい。視界がぼやけている。ところどころ見える範囲はあるが、それでももう、6割の視野がほぼ完全にロストしている。その中の1割は黒く染まってしまっている。このままではそのうち失明してしまうだろう。

 

──ちょうどその時である。

 

 ドクン。心臓が大きく高鳴り、息苦しくなる。胸が一気に締め付けられる感覚とともに、汗ばみ、意識が奪われていく。

 

 薄れゆく意識の中で魔理沙の耳に微かに聞こえたのは、心電図のアラートだけだった。

 

 

 

 

 

(必要な道具は揃った。術式の構造、目的、メリットとデメリット起動方法も完全に把握した。時間的猶予はまだあるはず。なのに──)

 

 飛んでいるアリスは焦っていた。どうしようもないほど、今までにないほどに。襲っているのは正体不明の不安、もっと急がなければ手遅れになってしまうのでは無いのかという、かつて無いほど強力な不安と焦燥感に駆られていた。

 

(今は考えてる暇はないわ、できる限り早くあの娘のところに行かなくちゃ!)

 

 森から里の上空を通過して、竹林へ。そこから真っ直ぐ北東に進み、切り開かれた竹林の一角に着地。その時の衝撃で集めた道具を地面に落としてしまった。

 

 「!あぁぁぁっもう!!こんなところで時間を食ってる場合じゃないのに……!!」

 

 焦りがあるためかいつも異常にもたついてしまった。そのことにさらに苛立ちながらも荷物を詰め込み、病院の中に駆け込む。そして、受付をスルーしてまっさきに魔理沙の病室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

(……あそこは確か、魔理沙の病室よね?なんであんなに人だかりが…まさか、そんな!?)

 急いで駆け込み、ICU正面の大きな透明ガラスから中を覗き込んだ。

 

 そこでは、魔理沙に対し──懸命に心臓マッサージが行われていた。魔理沙の体の奥にある心電図が示している数字は63、心臓マッサージがない場合では彼女の心臓が既に機能停止しているということが嫌でも分かった。けたたましく鳴り響くアラート音がその事実を何度でも告げてくるからだ。

 

 数分後、魔理沙の心臓は懸命なマッサージのおかげか否か、なんとか拍動を再開した。マッサージをしていた医者、八意永琳の額には玉のような大粒の汗が浮かんでいた。

 

 「せ、先生!一体、なにが……!?」

 「……あぁ、アリスさん。いらしていたのですか。大事には至りませんでしたがどうやら、心筋梗塞が起こってしまったようで……」

 「心筋、梗塞……?」

 「心臓病の一種です。今回はなんとか超えることが出来ましたが……言いたくはないですが、恐らく……今夜が、山場かと」

 「……先生、あの娘の……魔理沙のそばにいてもいいですか?手が届くところに……」

 「……構いませんよ。そちらの方が、彼女も喜ぶことでしょう」

 「ありがとうございます先生……」

 

 アリスはそれだけを口に出して、ICU内部の魔理沙の元へと駆け寄っていった。

 それを見送った永琳は、もはや何も言うまいと何かを悟ったかのような表情を浮かべた後に表情を引き締め、歩き去った。

 

 「魔理沙、入るわよ」

 ベッドの上に横たわるそれは何も答えなかった。無機質に心電図の指し示す音だけが響いている、もの寂しい空間だった。

 「あのね魔理沙、聞いてよ!私凄いこと発見しちゃったわ!あなたの病気を治す方法、見つかったのよ!」

 ピクリ、と微かにだったが腕が反応した。どうやら聞こえている様だ。

 「聞こえているなら話が早いわ。今からこの魔法を使って、私はあなたを助ける。あなたはまた、自由に大空を羽ばたけるようになる」

 目が、うっすらとではあるが開いた。

 「ちょっと待ってて、今準備をするから……」

 その時である。パチン、と音が響いた。

 

 今までにないくらいに強い力で、とても人間の、しかも病人の力とは思えないほどに強い力で握られて、作業が中断されてしまった。

 「ま、魔理沙……?何をして……?」

 その後、魔理沙の口がもごもごと小さく動いた。

 「───」

 「なに、何を言っているの?」

 友の言葉を聞くために耳を口元に近づける。

 「もう、いいんだ……もういい、んだぜ……アリス……」

 「もういい……?もういいってどういうことよ!」

 「……その、言、葉の……意味のま、まだ……気持ちだけで十分だ。それだけ有難く受け取っておくさ」

 「魔理沙……」

 「もう、十分だ。もう十分……なんだよ……人として、生き、人として死を、迎える……これが私の、選択だ……これが、私の……運命、だったんだよ」

 掠れた小さな声で魔理沙がそう言った。

 

 「……」

 「……アリス」

 「……何?」

 「……霊夢のこと……よろしく、頼む。あいつ……見かけ、より……弱いから、さ……私の、代わりに……支えてやって、くれ……」

 「……何よ、遺言みたいな事言っちゃって」

 「そう、いうな……私からの、お願いだ……引き、受けて……くれるか?」

 「フフフ……もちろんじゃない。当たり前よ」

 「それと、さ……あ……んまり、早……く、来る、な……よ……?──それだけ、だ。おやすみ、アリス」

 

 

 

 

 

 博麗神社では、紫、藍、霊夢の3人で花火大会が開催されていた。とはいえ、博麗神社にあったものはせいぜい線香花火ぐらいのものでとても慎ましかったのではあるが。

 

 重たい空気が場を支配する中、霊夢が線香花火に火を着けながら口を開く。

 「ねえ紫、人の生命ってさ、花火みたいなものよね」

 「……??」

 「準備には膨大な時間がかかる。でもそんなに長い時間かけて準備したにも関わらず、輝くのはたったの一瞬だけ……」

 「確かに、言われてみればそうね……」

 「だから花火は好きよ。その中でも……線香花火は一番好き」

 「……線香花火が……?」

 「まるで……人を、見ているみたいだもの。徐々に力を蓄え……大きくなって、最高に、まで高めて……大きな、とっても大きな、火花の花を咲かせる。……人間の一生と、同じよ」

 「霊夢……?」

 「泣いている、のか……?」

 「泣いてなんか、いないわよ……っ──だから、思いを馳せるの。私の近くにいて…、死んでしまった人たちを。彼らの人生を、彼らの一生を線香花火に見立てて」

 

 大きく膨らんだ線香花火からは火花が大量に飛び散り、巨大な花を咲かせていた。

 「あの娘はとりわけ美しかったわ。私が一時期彼女の才を憎むほどに……あの娘とは長い付き合いだったけど……これで終わりね。寂しいなぁ」

 「そう……もう、いいのね?」

 「いいわよ、もう……初めから無理だって、永遠なんて存在しないって覚悟……してたもん」

 大粒の涙を目尻に浮かばせつつも霊夢は、狂気性など全く感じない、可愛らしくも儚い笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

(まったく……私は幸せ者だよ……色々と無茶もやってきた。その全てがいい結果になったとはいえないけど……それでも、そのおかげで私は、こんなにいい友達に看取ってもらえるんだ……色々とやりたいことは残っていたけどそれでも。そうだとしても。──私は、この道を選んでよかった……)

 

 だんだん視界がブラックアウトしていく。音が頭の中に響くような感覚がして、病院特有の匂いも感じなくなり、体が動かなくなった。

 

 不意に、強い眠気に襲われた。そして、理解した。

 

──迎えが、来たのだ、と

 

 そのまま受け入れ、眠るような感覚で、瞼をそっと閉じた。

 

 

 

 

 

 ──おやすみなさい、魔理沙……よく、頑張ったわね

 

 線香花火が小さくなり、石で作られた参拝道にぶつかって、弾けた。

 

 

 

 

 

 西暦2XXX年3月XX日、20時48分。

 1人の人間が、静かに、その短い一生に幕を下ろした。

 

 享年、26。

 

 

 

 

 

 

《普通の魔法使い》霧雨魔理沙──死亡

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