The_Chronicle_of_Marisa 作:霧子のエビの天ぷら
午前11時。
日がだいぶ高くまで昇り、次第に過ごしやすい気温へと変化していく時間帯であると同時に商店は午前のかきいれ時を終え、屋台はこれからがかきいれ時であるという大事な時間帯だ。
その事も相まってか、人里はかなり賑わっていた。
店先で客の呼び込みをする八百屋の主人、黙々と魚を捌く魚屋の堅物オヤジ、買いに来た親子連れに笑顔で手を振る肉屋の女将………十人十色ともいうべき人々が店先で努力を重ねていた。一方客の方はというと、談笑しながら買い物に取り組む主婦、子供と一緒に買い物を楽しむ男性、更にはカップルと思われる若者………とこちらも多種多様であった。
(さて、今日は何を買いますかね……)
魔理沙は手を顎に当て、軽く俯いたり空を見上げたりしながら、冷蔵庫の中身を思い出しつつ歩く。
記憶に残っている限り、昨日は鍋をしたはずだ。俗に言う《一人鍋》というヤツに挑んでみたのだ。意外と楽しめたことを今でも覚えている。水炊き鍋だったので鍋のシメにうどんでも入れてくおうと思ったが、肝心のうどんが無いことに気が付きまだ冷蔵庫の中で眠っている。あと、昨日の鍋に入れた具材、豚肉や白菜はほとんど食べ尽くしてしまったのを八百屋の前を通り過ぎた時に思い出した。踵を返してすぐさま八百屋に向かう。
「へいらっしゃい!お、魔理沙ちゃんじゃねえか、久しぶりだなぁおい!元気にしてたか?」
「アンタは私の親かっての……ま、ぼちぼちといったところだよ」
八百屋を訪れてから僅か20秒後、早くも店主に見つかった。
「そいつは良かった。で、今日は何をお探しなんだい?今の時期だったら白菜もいいが、今朝入荷した白カブも甘くて絶品だ!魔理沙ちゃん相手なら、安くしとくよ?」
「ありがとう。昨日鍋を作ってな、白菜が切れちゃったからそれの買い直しにきたんだ。白菜を半分に切ったやつを1つ、あとはそうだな……人参3本、大根半分と、シメジを1パック貰おう」
「毎度ありー!占めて料金、3円だよ」
「おいおい、そんなに安くていいのか?普段なら5円は取るだろ、採算合ってないんじゃないか?」
すると、八百屋の主人は豪快に笑う。
「ハハハハッ!なぁに、いいってことよ!魔理沙ちゃんはうちのお得意様だし、今日はいい取引があったんだ、持ってきな!」
つられて魔理沙からも笑みがこぼれる。
「フフフ、それじゃあその値段で買わせてもらおう。ありがとな!」
「今後共ご贔屓に!」
八百屋から去ろうとした時、誰かに呼び止められた。
「あ、ちょっと魔理沙ちゃん、待ってちょうだい」
さっきの八百屋の奥さんだった。
「あれ、どうかしましたか?なにかお困り事が?」
「ううん、困り事はないわ。そうじゃなくて、コレ持っていきなさい」
そう言って渡されたのは四角いタッパーだった。
「奥さん、これはいったいなんですか?」
「ナスの味噌漬けよ。今年はいつも以上にいいものができたからお裾分け。いつも利用してもらったり、困り事解決してもらってるお礼だと思って、受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます奥さん!大事にいただきます!」
「いいのよそれぐらい。それじゃあまた今度ね」
こうして魔理沙は、白菜、大根、人参にシメジとナスの味噌漬けを持って八百屋を後にした。
八百屋からみちなりに40メートル進んだ道の先にある場所に魔理沙が行きつけとする肉屋がある。ここの肉屋の女将は、魔理沙が
魔理沙との付き合いはもうかれこれ16年になるから、初めてであった時が30歳としてももう46は超えてるはずだが、その美貌が衰えるということを知らない。メーク術を教えてもらおうと魔理沙は直談判したが、あっさりと断られた。それ以来どうしているのか度々観察して技術を盗もうとしているのだが、その糸口は未だに全く掴めないでいる。
「いらっしゃ………って、魔理沙じゃないの。いらっしゃい、またメーク術聞きに来たの?」
「前断られた時にそれはもう諦めたよ……今日は肉屋の客としてきたんだ。今日はどんな肉が入荷したんだ?」
「そうねぇ……今日入荷したのは牛バラ肉、豚ロース、鳥の胸肉、あとは羊肉ね。今日入荷じゃないけどそれ以外にも牛肉の燻製と生ハムが入ってきてるわよ。必要なら切り落とすけど、どれがいい?」
「ふむ……そうだなぁ。鶏胸肉、鶏もも肉、牛肉の燻製を50グラム、あとは豚ロースを100グラム、合い挽き肉を100グラム貰おうか。あと……なんだ?羊肉って……旨いのか?」
女将が肉を種類ごとにパック詰めをしながら魔理沙の質問に応じる。
「ええ。かなり美味しいわよ。たしかにちょっとクセはあるけど、安値の割に牛肉に匹敵すると感じてるわ。どうする?羊肉も買っていく?」
「女将がそこまで言うなら貰おうかな。羊肉を30グラム追加で」
「了解、少し待ってて頂戴」
女将が店の奥に引っ込んで数分後、手に牛肉の燻製をパック詰めしたものと思われるものを持って戻ってきた。
「これで全部……っと。それじゃあ魔理沙、お会計。今日は全部合わせて6円36銭ね」
「小銭が足りないな……お釣りお願い」
「了解、7円と6銭で………はい、70銭のお釣り。」
「ん、サンキュー」
「客商売として当然のことだし、ありがとうと言われても反応に困るわ。──あ、そうそう、魔理沙」
「ん?どうしたんだよ藪から棒に」
「ちょっと珍しいお肉が手に入ってね。業者さんの話によると、水牛っていう牛の仲間みたいなんだけど……こんど一緒にどうかしら?」
「え、いいのかそんなに貴重なお肉?もちろんいただくぜ」
「ふふ、分かったわ。時間が決まったら連絡するわ。また来てちょうだいね」
「おう、ありがとなー!」
かくして魔理沙は、またひとつ増えた今後の楽しみに胸を踊らせ、肉屋を後にしたのだった。
その後も豆腐屋、精米業者の出店、製麺所に向かい、豆腐、精白米と玄米、うどんを入手した魔理沙は、今日の夕食をどうするかを考えていた。
季節が冬真っ只中であることを考慮し、昨日の鍋の残りにうどんを入れて食べようか、それとも白米が手に入ったこともあるから雑炊にするものありかもしれない。いや、今日はそれ以外にも紅魔館に行く予定があった。本を借りるついでにフランの弾幕ごっこの相手をしてやって、その後紅魔館でレミリアたちと共に食事をするのも悪くは無い。
そう考え、竜神を象った石像を通り過ぎ、箒を手元に呼び寄せた直後のことである。
───グニャリ。朝よりもずっと大きく、かつ激しく視界が歪む。方向感覚が喪失し、前後左右がわからなくなる。激しく頭が痛み、足取りがおぼつかなくなる。それだけではなく耳鳴りも酷い。目が潰され、耳が潰され、鼻が潰され、脳そのものが崩れさる感覚が魔理沙を支配した。
そして、箒を雪の上に落とし、本人もまた、雪の上に倒れ込み、意識を失った。彼女が持っていた買い物鞄からいくつかの野菜と、肉が入ったタッパーが散乱した。地面に降り積もった雪が無防備で体力の減っている魔理沙の体力を容赦なく削っていく。
その様子を目撃した里の住民は大慌てである。いつものように買い物を済ませ、自宅に帰ろうとした矢先に女性が買った野菜や肉の入ったタッパーを撒き散らし、雪の中に倒れ伏したのだ。
「お、おいアンタ!大丈夫か?」
体を揺するが返事はない。息はかろうじてしているものの今にも消えそうな程にか細い、まさに風前の灯という表現が最も似合う状況だった。
その事実の危険性をすぐさま判断した里の住民は大声で周囲の人間に助けを求めた。
「だ、誰か来てくれ!女性がひとり倒れて意識がねえ!」
「お、おいマジかよ!?」
「誰か自警団と慧音先生に連絡を!」
「棒と布地でタンカーを作れ!寺子屋まで運ぶぞ!!」
あっという間に救援隊が結成され、魔理沙の周囲は人々で溢れかえった。
「そっちにある野菜を取ってこっちへ!」
「荷物も寺子屋に運びましょう!」
「買い物袋と財布は私たちが持っていくわ!箒をお願い!!」
「ちょっと、八卦路置いてってるわよ!」
里の住民が連携し、この事態の収拾に当たったため比較的すぐに大きな騒ぎは収まった。
魔理沙は寺子屋へと運ばれた後に、上白沢慧音の自宅へと運ばれる流れとなった。
魔理沙が慧音の家に運ばれてからかなり時間が過ぎ、時刻は日没間際となった。
「う、あ……あれ?なんでこんなところで寝てるんだ……?」
目を覚ました魔理沙が、部屋をぐるりと見回す。
それなりに広い和室で、中には魔理沙が寝ていた布団以外には囲炉裏とやかんがあるぐらい。他にはこれといったものはない、シンプルな部屋だった。
ゆっくりと体を起こし、部屋の襖を開け窓から外を見る。あれだけ高かった日はいつの間にやらだいぶ傾き、夕焼けの美しい空となっていた。目を貫く太陽の明かりに、思わず目を閉じる。
スーッと襖が開き、誰かが入ってくる。
「……なんだ、もう起きていたのか。よく眠れたか?魔理沙。お前が倒れたって時は心配したが、無事に目を覚ましたようで何よりだ」
「まあこれといった外傷もなかったしな。服も厚手のものに着替えさせたし、遅かれ早かれ目を覚ましていただろう」
「慧音………妹紅……ここ、お前らの家だったのか」
「正確には私の家だぞ魔理沙。妹紅の家は一応人里から離れた竹林にまだあるからな」
そう答えたのは青白い髪を長く腰のあたりまで伸ばし、青を基調とした服に身を包む美人の女性──寺子屋で教師をしている半妖、上白沢慧音である。
その恵まれたプロポーションの良さから里の住民からだけではなく、時折寺子屋の生徒からもラブレターを貰っているとの噂が絶えない。
「まだ安静にしていろよ……外傷がないとはいえ、お前は意識を失って倒れたんだ。もう少し安静にしておいた方がいい」
藤原妹紅がそう言い、魔理沙を部屋の中に呼び寄せ、布団に入るように催促した。
「いや、もう大丈夫だ。さらに寝ると帰って頭が痛くなる」
「それもそうだな……でもずっとそこにいるわけにもいかないだろ?こっちに来なよ。夕食を用意してある」
「妹紅の言う通りだぞ魔理沙、何があったのかは知らないが、お前は一応病人なんだ。また倒れられては困る」
「……そうか、ありがとうな。それじゃあ遠慮なくいただくことにするよ」
囲炉裏のある今に移動した3人は仲良く共に食事を囲んでいた。
夕食は、煮魚や漬物、味噌汁白米……といった具合に典型的な和食だった。
夕食を終え、3人は互いに箸をおき、食器を流し台に持っていく。
その後、煌々と照る火を囲んで食後の会話、もとい、慧音と妹紅の両名による魔理沙に対する尋問が行われていた。
「なあ魔理沙、午前中にあった時はそんな様子じゃなかったよな?何があったんだよ?」
「何って……特に何も。ただの睡眠不足だよ、最近研究続きであんまり寝てないし」
「本当にそれだけだったらいいんだけどね……里の住民に話を聞くところによると、そんな様子は感じられなかったって言ってたぞ。何かの病気のサインじゃないのか?」
「流石にそれは心配しすぎだぜ慧音。私に限ってそんなこと………あるわけないだろ?」
「ならいいのだが」
「心配性だなぁ慧音は。魔理沙がこういってるんだから大丈夫だろ」
「妹紅まで………あ〜もう、わかったわかった!お前のこと信じるぞ。それはそうと魔理沙、今日はもう遅い、今は逢魔ヶ刻だし、これからさらに夜も深くなるだろう。どうだろう、今日はうちに止まっていかないか?妹紅も今日はうちに泊まっていくといい。これからあの竹林に帰るのはいくらお前でも危険だ。」
「え、いいのか慧音?」
「私としては異論はないな。この病人、目を話すと脱走しそうだ。」
「勿論だとも。私も妹紅と同意見でな。お前が無茶しないかの見張りってところだ」
「つくづく信用ねえなぁ私………まあいいけどさ」
「決まりだな。二人共、風呂は既に沸かしているから先に入ってきなさい。その間に私は着替えを用意する」
「おお、至れり尽くせりじゃねえか、ありがたいねえ」
「なんだ、慧音も一緒に入らねえのか?」
「もともと一人暮らしを前提に建ててるんだ、私の家の風呂に3人は狭いだろ………」
「ふぅん、せっかく久しぶりに慧音のナイスバディが拝めると思ったんだが……」
魔理沙がそういうと、慧音は一瞬で赤面し、腕で胸を隠す素振りをした。
「なっ………き、貴様!私のことをそんな目で見ていたというのか!?」
「そういう目で見てるやつは多いよ、慧音が気が付かないだけで」
「なぜ否定しないんだ妹紅!?!?」
涙目になりながらも妹紅に訴える。
「なんでって………そりゃあ、なぁ?」
その言葉を受けて妹紅は魔理沙の方向に目を向けた。
「逆にそういう目で見れない事の方が不自然じゃないか?女性教師にそのプロポーションって……バッチリだぞ」
魔理沙がそういうと、さらに顔を赤くする慧音。
しまいには半泣きになって怒鳴った。
「知るかバカっ!もうお前ら口を開く前に風呂に入れーっ!!!」
慧音の絶叫が、夜の里にこだました。
翌朝のことだ。朝食を食べ終えた3人は、慧音の家の玄関にいた。
「ありがとよ慧音、妹紅。おかげで助かったぜ色々と」
「礼なら里の住民に言ってくれ。彼らがいなきゃ、私はなんにもできなかった」
「私も慧音と同じだな。そう堅くなるな、こんなご時世だから助け合って生きていくのは当然だぞ」
2人の別れの挨拶を聞きながら、荷物を持って箒で宙に浮く。必要な設備がなかったためメンテナンスこそできてないが、家に帰るまでは十分に持ちそうだった。
「それでも礼を言わなきゃ私の気が済まない。本当にありがとう、里の奴らにもそう伝えておいてくれ」
「了解した」
「困った時はいつでも来いよ?竹林で倒れられても今回みたいに発見される保証はないからな」
「肝に銘じておくよ。───じゃあな!」
一段と高く飛ぶと、一気に加速して魔理沙は帰って行った。
帰り道。
(昨日は晴れてたんだがな……今日は曇り空か。予定狂っちゃったなぁ。ま、いいか)
「とりあえずこの荷物を置いて、アリスのところに出かけるとするか!待ってろよーアリスー!!!」
冬場のまだ冷える空の中、次なる目的を胸中にしまい、一心不乱に帰路へと急ぐのだった。
慧音と妹紅は魔理沙が去ってからしばらく、家の中に入ることは無かった。
「中に入ろう、ここは冷える」
「あぁ、そうだな」
慧音の家、囲炉裏の中にある薪がバチバチと音を立てて燃える。明るく燃え盛る炎を挟んで、慧音と妹紅は無言で向き合っていた。
しばらく会話が始まらず、重苦しい空気が場を支配する。その場で口を先に開いて均衡を破ったのは妹紅の方だった。
「……なあ慧音、アレどうすればいい?私たちは何が出来る?」
「アレ?……ああ、コレのことか」
慧音が懐から取り出したのは、《血にまみれた何か》が入ったビニール袋だった。その袋はしっかりと閉じられ、中の物体は液体とも固体とも言い難い流動性を持っていた。
「アイツ何も言ってなかったけどさ、明らかにやばいよな」
「だが、本人が大丈夫と言うんだ。私たちはその言葉を信じる他ないだろう」
「それはそうなんだがなぁ。流石に心配だ」
「確かに。──一応、医者のところに持っていくか。妹紅、お願いできるか?」
「医者……永遠亭か。任せろ、必ず届ける」
燃え盛る炎を挟んだ2人は決意を新たにし、それぞれの行動を開始する。
予測される最悪の結末を、なんとしても回避するために。