The_Chronicle_of_Marisa 作:霧子のエビの天ぷら
「ようこそ、幻想郷内最大の図書館、魔法の叡智、そのすべてが詰められし場所にして我が居城、ヴワル魔法図書館へ」
幻想郷内の三人目の魔女、パチュリー・ノーレッジが誇らしげにそう述べた。
パチュリー・ノーレッジ。紅魔館の魔女、紅魔館のナンバーツー、主レミリアに対抗し、豊富な魔術によって凶暴な妹すらも飼い慣らすといわれるほどの大魔法使い。アリス・マーガトロイドが《技の魔女》だとすると、パチュリー・ノーレッジは《力の魔女》という評価が妥当だろう。
「話は通しておいてくれたようねパチュリー。おかげでなんのトラブルもなくつくことが出来た………でも正直言って護衛のメイドは不要だと思うわ」
「万が一のことを想定しての備えよ。もしあなた達が
「あらブラックだこと。紅魔館ってこんなにブラックな職場だったかしら?」
「あなたが勝手にホワイトな職場だと考えていただけじゃなくて?あのワガママ姉妹の下で働くというのに、考えが甘いわ」
パチュリーはアリスとなにか意味あり気な会話を重ねる。その様子はまるで互いの腹の中を探りあっているかのようで、二人の間には得体の知れない緊張感が生じていた。
その中でパチュリーが不意に魔理沙に視線を移す。
「で、なんで
「なんでって聞かれても返答に困るな。強いて言うならたまたまアリスと飯を食って行き先が同じだったから一緒に来ただけだぜ。」
「後者はともかく、前者はわざとじゃなくて?───まあいいわ、無駄に追求して体力を減らすなんて馬鹿者のする所業よ」
そう言うとパチュリーはなにやらぶつくさと詠唱を始める。机の上の書物が積み上げられていない場所に魔法陣が浮かび上がる。どこからともなく風が吹き、魔力の波が髪をはためかせる。刹那、閃光が視界を覆い──視界が晴れた頃には机の上には、机の上の本より一回り大きな、半透明で美しい翠色をした物体が現れた。
「呼び出し成功、品質も上々ね。後で小悪魔には
「………??なあパチュリー。何なんだこれ?かなり魔力が強い物質のようだが……」
「ねえパチュリー、これってもしかして…………エメラルドタブレット?」
目を驚愕と興奮の色に染めながらアリスが言った。
「え!?エメラルドタブレットってあのエメラルドタブレットか!?マジかよ!」
「ご明察。でもその様子から察するにどうやらオリジナルは見たことはないようね?」
「世界でもトップクラスに有名な魔道書の1冊だもの、とてもじゃないけど一介の人形師に出せる値段じゃないしその危険性から外でもあまり公開されてないものよ。見ていることの方が稀だわ」
「んで?お前さんはそんな高価な魔道書を使って何をやろうっていうんだ?」
「そうね、それについて話しましょうか。──今回は、こいつの翻訳を行うわ。」
少し溜めてパチュリーがそう言い放った後、少しの間静寂が包んだ。
「翻訳って………どういうことだよ。魔道書は8割が英語表記で翻訳の必要はないって…」
「エメラルドタブレットは普通ではないということよ。それぐらい分かりなさいバカ魔理沙。それに、今回の場合は翻訳というよりも解析に近いわ。文字自体は英語表記だから問題無いのだけど、問題は構造にあるのよ」
「構造に?詳しく説明してもらえるかしら」
「無論そのつもりよ。そのために呼んだのだから───この魔道書、エメラルドタブレットには表面だけじゃなくて内部にも沢山文字が刻まれているの。その構造自体は単純なんだけどね……問題はその数」
「おいおい……まさかとは思うがその数50超えてたり……」
魔理沙が額に汗を浮かべながら言ったその言葉にパチュリーは若干目の色を変えた。
「あら、察しがいいのね魔理沙。見直したわ──ご名答、その層の数は54層」
「「54!?」」
魔理沙とアリスが共に驚き叫ぶ。
「そんなに驚くことでもないでしょうに……こいつは目視だけじゃ5層より先は見えないわ。だから魔術的プロセスで読み解けるようにするの」
「それにかなりの魔力が必要だから手伝えってことね………」
「ええ。報酬としてはこれの中にある知識、
パチュリーのその言葉を受けたアリスはクスクス、と笑い出した。
「……面白い、実に面白いじゃない。──いいわ、その条件飲みましょう。私も知識は欲しいわ──私の理想のために、ね。魔理沙、あなたはどうするの?」
ニッと好奇心に満ちた笑みを浮かべる魔理沙。
「いいぜ、私もその条件を飲む。というかここで降りるのは魔法使いの名が泣くだろ?」
「決まり、ね。それじゃあ使う術式について話すわ。初めは小悪魔を交えた3人でやるつもりだったけど、魔理沙が加わるなら小悪魔にはサポートに回ってもらいましょう。方法は三式連結型魔法分解法を使うわ。あとはっと……」
パチン、とパチュリーが指を鳴らす。するとどこからともなく三角錐を作るようにして円柱が出現した。
「今回は補助装置としてピラータイプアーティファクトを使うわ。三種類の異なる波長の魔法を調整して威力をより高めるために使うつもりよ。術式の行使中はこのピラーから手を離さないで」
「了解よ」
「チャッチャとやっちまおうぜ」
「それじゃあ小悪魔も呼びましょうか。───小悪魔!例の件を始めるから魔理沙の方にサポートに入ってちょうだい!」
「了解ですパチュリー様!」
上から飛び降りてきた小悪魔が何事もなく着地し、魔理沙の背後に回る。
「パチュリー様、術式の準備完了しました!いつでもいけます」
「───それじゃ、始めるわよ。手をアーティファクトに当ててちょうだい」
パチュリー、アリスの順でアーティファクトに手を当て、高ぶる鼓動を抑える。だが、魔理沙がなかなか手を当てようとしなかった。目はどこか虚ろで焦点が合わず、足元も若干ふらついていた。
「───理沙?ねえ魔理──?」
アリスの呼びかけも魔理沙の耳には上手く届かない。
徐々に、徐々に思考が奪われ、視界が闇に染まっていく。
──つい最近、こんな体験があった気がする。
しかしそれさえも思い起こせない。霧がかかったかのようにぼやけ、掴もうとしても空気のように手をすり抜ける。
「───魔理沙さん?大丈夫ですか?」
小悪魔に肩を掴まれて前後に揺さぶられるまでその状態は続いた。
「お、おぅ!?ど、どうしたんだ?」
「次、魔理沙の番よ。早くてを触れてちょうだい」
「あ、あぁ……そうだったな。すまない」
「………??」
そしてようやく、魔理沙もアーティファクトに手を当てた。
エメラルドタブレットを中心にして構築された魔法陣から光が放たれ、図書館を照らす。
そこにアーティファクトを経由してパチュリー、アリス、魔理沙の順番で魔力を注ぎ込む。
「アーティファクト稼働率40%、術式起動率98%!状態は良好です!」
「了解よ。なにか異変があったら教えてちょうだい!」
3人からの魔力供給を受け、アーティファクトと術式は徐々にその出力を増大させていく。
淡かった光は徐々にその色を濃くしていき、エメラルドタブレットの中にある情報を読み込み、解析していく。1層、また1層と情報は解析され、このまま無事に終わると誰もが思っていた。
だが、43層目で問題は起きた。
「パチュリー様!出力レベルが低下してます!これ以上の下落は危険です!!」
「アリス、意識持ってるでしょうね!?」
「あなたじゃあるまいし、そんな馬鹿なこと……」
フラ、フラと揺れ動く影。そして───
ドサッ。
魔理沙が意識を失って倒れた。
「チッ………!!小悪魔!ここでシャットダウンして!!これ以上は無理、解析を中止するわ!」
「了解です!」
「………!!魔理沙ぁ!!」
術式への供給を終了させると、アリスはすぐさま魔理沙の元に駆け寄り、頭を少し起こす。
(熱っ………なんて酷い熱、このままじゃ命が危険だわ!)
「パチュリー!!酷い熱を出してる、すぐに氷嚢の準備を!!」
「そんなもんここには置いてないわよ!───咲夜!聞こえてる!?」
「ここにいます。なにか?」
さっきまで何も無かった空間から突如、十六夜咲夜が現れる。
「魔理沙が倒れた。酷い熱を出してる、すぐに氷嚢の準備をお願い」
「それなら、2階の第6号室に既に妖精メイド達に準備させてあります。緊急時の点滴も用意させましたから、そっちに運びます」
咲夜が魔理沙をお姫様抱っこの形で抱き抱える。
「私はこれで。お二人もすぐに来てください」
そう言い残すと、魔理沙ごと咲夜はその場から消え去った。
「2階の第6号室、ね。アリス、すぐに行くわよ。あと小悪魔!永遠亭への連絡をお願い。回線は緊急時用の非常回線を使ってもいいわ。迅速に頼むわよ」
「あの、魔理沙様大丈夫でしょうか……??」
「それを判断するのは私たちじゃなくて医者の仕事、でもどっちにせよヤバそうなことに変わりはないわ。とにかく!任せたわよ小悪魔!」
「は、はい!お任せ下さい!」
「魔理沙、お昼はそんな様子なかったのに………どうして……!!!」
「アリス、解析開始前に魔理沙が少しボーッとしてたの覚えてるかしら?」
パチュリーが険しい顔のままアリスに尋ねる。
「え、えぇ。覚えてるわよ。でもそれが何か……」
「その時にはもう既に熱を出し始めていたのでしょうね。そしてなんとなくだけど、病気自体は発症してからかなりの日がたっているはず」
「え………それってつまり……」
「魔理沙のやつは、こうなる可能性を予想してて隠してたってことよ……!!何考えてるの、あのバカ……!!とにかく、私たちも魔理沙のところへ急ぐわよ!」
「わ、わかった!」
アリスとパチュリーはすぐさま飛んで、図書館から本館へと移動した。
「もしもし、永遠亭ですか!?紅魔館の小悪魔です。はい、急患です。八意先生に大至急来て頂きたいのですが……」
紅魔館本館、2階第6号室。そこには咲夜だけでなく、アリスとパチュリーも詰めかけ、眠る魔理沙の様子を心配そうな顔でのぞき込んでいた。
「一応、現段階で可能な限りの応急手当はしました。意識は直に戻るかと思います」
「そう、ありがとう咲夜。いつも助かるわ」
「お気になさらず。それが私の仕事ですから」
「……ねえ咲夜、気になってることがあるんだけど。いいかしら」
アリスがベットの横にある椅子に座り、魔理沙の寝顔をのぞきながら言う。
「何よアリス、藪から棒に」
「魔理沙は予定になかった急患のはずよね?急患だったのに、なんでもう応急手当の準備が出来てるの?ここは使用人の部屋で、病室ではなかったはずよね。いくら何でも手際が良すぎない?」
「はぁ?アリス、あんた何言って………まさか」
アリスの言葉を聞いて、パチュリーははっとした表情を浮かべる。
「咲夜、あなたまさか………知ってたの?魔理沙がこうなるってこと」
その問いに、咲夜は答えなかった。
「知ってなきゃこの対応はできないものね……ねえ、なんで知ってて隠したのよ?私の大事な友達の危機を!なんで隠したのかって聞いてんのよ!!答えなさい咲夜!!!!」
完全に頭に血が上ってしまったパチュリーが、怒りを顕にして咲夜に詰め寄る。
だが、咲夜は答えなかった。
「そう、レミィの指示なの………もうあなたに用はないわ」
そう言い残し、パチュリーは部屋から出て行ってしまった。
「あ、ちょ、ちょっとパチュリー様!?」
小悪魔も後を追うようにして部屋から出ていった。
部屋に残されたアリスと咲夜の間には重い沈黙がのしかかっていた。
その沈黙を、アリスが破る。
「………で、実際のところどうなのよ。」
「どう、と言うと?」
「本当にレミリアの指示なのかどうかってことよ。私にも聞く権利はあるはずよ」
その言葉を聞いて、少し申し訳なさそうにして咲夜が口を開く。
「…………その通りよ。今回の準備はお嬢様の指示でやったわ」
「………彼女はなんて」
「今日は死人が出るかもしれないから、気をつけろ、と。」
「………アイツらしいわね。全く、何考えてるんだか」
そう言うとアリスは黙り込み、眠っている魔理沙の手を優しく握りしめた。
紅魔館本館本館3階廊下。
パチュリーは、窓から庭を見下ろすレミリア・スカーレットを発見した。足音を立てて近寄り、声をかける。
「ねえレミィ。話があるんだけど」
「珍しいわね、あなたが私に話があるだなんて」
レミリアは、一切振り向かず、ポーズを変えずパチュリーに応対する。
「で、話って何のことかしら。また新しい書物の輸入?それとも────魔理沙のこと?」
なんでもないことかのような口ぶりでレミリアはそう言った。
「何で知ってるか、って顔してるわねぇパチェ。当たり前じゃない。咲夜に指示を出したの───この私、レミリア・スカーレットなのだから」
バサッと大きな羽音をたててこちらに振り向き、鋭く尖った八重歯を見せつけるかのように口角を上げた。同時に、付近に雷が落ちた。
次の瞬間、パチュリーはレミリアの首を掴んで押し倒し、床に組み伏せ首を絞めていた。
「レミィ………あなた、何をしたのかわかってるんでしょうねぇ……?」
「あらやだ、怖い怖い」
その状況で、首を締められているにもかかわらず、レミリアは表情を一切変えず余裕すらも見せていた。
その様子を見たパチュリーの手に入る力が大きくなり、さらに首を締めあげる。
「あなたは、私の………私の友達を、私の親友を傷つけ、倒れることを知っててなお放置し、彼女を危険に晒した!!!このことが、どういうことかわかってるの!?答えてよレミィ。いや、答えなさい!レミリア・スカーレット!!」
大声で叫び、首を絞めあげるパチュリーを、レミリアは冷やかな、まるで虫けらを見るかのような目で見つめた。
「………お前の言いたいことはそれだけか」
「なんですって……?」
「お前の言いたいことはそれだけかと聞いている!」
直後、パチュリーの腹部にレミリアの肘が突き刺さり、胃と肺の中の空気を無理やり押し出す。たまらずパチュリーは手を離してしまった。
そして、逆にパチュリーが押し倒され眼前には1本の槍が突き立てられていた。
「確かに、私はあなたには伝えなかったわパチェ。でも、あなたに伝えていたら、この運命は変えられた?」
冷徹に、冷酷に言葉を突きつける。
「答えはノーよ。あの状況であなたに伝えていたら、まず間違いなく外に連れ出したでしょう。病院に行かせるためにね。そして、準備に時間がかかる転移陣よりも確実な、魔理沙の箒という方法をとるでしょう。でもね、その時点でアウトなのよ。」
「いったい………どういう、こと……??ちゃんと説明して……!!」
「言葉通りの意味よ。あのまま外に連れ出していたら、その道半ばで魔理沙は意識を失っていたわ。そうすると応急手当もできない。そしてそのまま、あなたの目の前で魔理沙は死ぬことになる。場所は──森の中ね。」
「………!!!」
「私はそうならないために、魔理沙の生命を少しでも伸ばすためにできる最善の一手を取ったに過ぎないわ。現にほら、魔理沙はまだ生きてる。違うかしら?」
「そ、それは……!!」
レミリアは
パチュリーの口から激痛による悲鳴がこぼれた。
その様子を見たレミリアは更に腕に力を込め、情け容赦なくパチュリーの肉と骨を抉っていく。
その様子を確認したレミリアはそのままパチュリーの顔に自身の顔を近づける。
「これ以上私を怒らせるな………不本意だが、お前の命を消し飛ばすはめになるかもしれん。他のやつならもうとっくに3回は八つ裂きにしているところだ。でも、お前は私の古い友人だ。
力任せに槍を引き抜く。その時、肉と鮮血が少し飛び散った。血が滴る槍をスペルカードに戻し、ポケットに収納したレミリアは、蹲るパチュリーに背を向けて歩き去ってしまった。
それから少しして、悲鳴を聞いた小悪魔がパチュリーの元に駆けつけた。
パチュリーは風穴の空いた手を床につき、手から血を垂れ流しながら咳き込んでいた。
「パチュリー様!大丈夫ですか、しっかりしてください!なんで……なんでこんな……!」
床に出来た血だまりに膝をつき、パチュリーの背中をさすって呼吸を促す。咳き込みが収まったパチュリーは、悔しさと激痛に顔を歪め、風穴が空き血が滴る手で強く、床を何度も叩いた。やり場の無い怒りをぶつけるように。