The_Chronicle_of_Marisa 作:霧子のエビの天ぷら
「…………師匠?」
淡い紫色をした長い髪を持つ女性が少し黒みがかかった長い髪を持つ女性の顔を覗き込んでいた。
「師匠、大丈夫ですか?体調が優れないのでしたら私が診察を変わりますから、今日はもう休まれた方が……」
「あら、言うようになったわねうどんげ。それじゃあ今度1日任せてみようかしら?」
「い、1日ですか!?」
「そこまで言うんだもの、それぐらいできる自信はあるのでしょう?」
「………も、もちろんです、もちろんですとも!」
「とりあえずその冷や汗を拭きなさいなうどんげ。……本当に大丈夫かしら……あ、それとねうどんげ、体調のことで私のような蓬莱人に聞くのは無駄骨になるから止めておきなさい」
手拭で汗を拭きながら苦笑いをする淡い紫色をした長い髪を持つ女性。名前は鈴仙・優曇華院・イナバ。長いので略されることが多いがイナバというのは種族としての名前であり、その名前で呼ぶ存在はほぼいない。
そんな彼女を見ながら額に手を当て、一つため息をつく聡明そうな女性は八意永琳。幻想郷で最も迷いやすいと言われる場所、迷いの竹林の奥地にある病院兼薬局、《永遠亭》のチーフドクターである。もっとも、本人曰く、あくまでも一介の薬師に過ぎないとのことだが。
「ところでうどんげ、例のアレ、分析終わったかしら?」
永琳がカルテをチェックしながらそう尋ねた。
「はい、大体は終わりました。血液型はA型でRHは
「ウイルス関係の検査は?」
「麻疹や風疹には引っかからず、インフルエンザウイルスも検出されませんでした。幻想郷特有の最近による感染も見られません。ですが、唯一マイコプラズマ肺炎のウイルスだけが少し検知されました」
永琳は鈴仙からの報告を受け、少し考える。
「うどんげ、血痰の原因それだと思う?」
「………いえ、そうは思いません。何か別の原因があるかと」
「その理由は?」
永琳がカルテを机の上に置き、椅子に座ったまま回転して鈴仙の方向を向く。
「……今回検出されたマイコプラズマ肺炎のウイルスは通常型がほとんどでしたが、そのどれもがいわゆる幼体の状態です。流石にレベル3に相当する血痰は出さないかと。それと、一部ですが………亜型のウイルスがありました」
亜型、と鈴仙が口にした瞬間、永琳の肩がピクリと反応を示した。
「亜型?そいつの効果は?」
「通常なら咳のみですが、今回発見した亜型はウイルスに対する抵抗力を低下させるものでした。この亜型ウイルスですが、まだ調査段階だったあのケースに酷似してませんか?」
「あぁ……癌細胞との接触による突然変異か。確かにあの研究で取れてるサンプルの中にもそんなデータがあったわね。となると………」
目を瞑り、手を顎に当て少しの間考えを巡らせる。今起こってうる症状から考えられるすべてのケースを想定していく。その後、永琳は先程にもまして凛とした表情を見せた。
「………まずいわ。うどんげ、この患者───魔理沙は今どこにいるか大至急調べて!」
「えっ!?わ、わかりましたけど………なんでそんなに焦ってるんですか!?」
「いいから早く!モタモタしてると、魔理沙が死ぬわよ!」
「……!!了解です、大至急!」
その瞬間である。ドタドタドタ、と慌ただしくウサミミの生えた女性が駆け込んでくる。
「せ、先生………!!はぁ、はぁ………き、急患です!魔理沙さんが、霧雨魔理沙さんが紅魔館で倒れ、高熱にうなされてるからすぐに来て欲しいとのことです!」
「───!!!うどんげ、ここは任せるわ!玉兎はてゐを呼んできて、うどんげの支援をするように言ってちょうだい!万一敵襲があった場合は姫様に指示を仰いでちょうだい!」
そう言い残すと、永琳はそばに置いてあった手荷物を持ってあっという間に出かけていった。
(お願い、間に合ってちょうだい……!!)
永琳は焦る気持ちをなんとかいなしつつ全速力で紅魔館の方向へと一直線に飛んでいった。
紅魔館正門前。
「紅美鈴さん!」
門の前でそわそわしていた美鈴がその声で永琳の方向を向く。
「八意先生!!!お待ちしておりました!」
「患者の、魔理沙の場所は?」
「本館2階第6号室です」
「………あぁーっもう!!!めんどくさいところに搬入してくれちゃって!紅さん、私をそこまで飛ばしてください!!!」
「えぇ!?せ、先生、正気ですか!?」
「患者の緊急事態よ、なりふりかまってられないでしょ!それに、魔理沙にはあの異変の時の恩をまだ返せてないんだから!」
「……分かりました、では、私の腕に乗ってください」
一切の助走をつけず飛び上がり、何事もなく美鈴の腕の上に着地する永琳。その顔色には焦りがにじみ出ていた。
「それじゃあ行きますよ先生!!!途中で振り落とされるマヌケなことしないでくださいよ!」
「いいから早く!」
美鈴には物理戦闘における独自の考え方があった。
相手に対し一撃で的確なダメージを与えるにはどうすれば良いのか、日々の修行の中考えを巡らせていた。その長きにわたる考察と数多の試験により彼女はある結論にたどり着いた。
──ダメージを与えるには、力だけでは足りない。
──力と、一撃で相手の装甲の薄い箇所を打ち抜く正確性、それに加え相手が反応できないほどの速度。さらに、相手の気質を読み、反する気質をぶつけること。
これが、美鈴が編み出した最高のダメージを一撃で与える方法である。
気質を読み、操る程度の能力。それをフルに使うことで可能にできる最高火力の一撃。
気質を読み、相手に打つ場合は相反するもの、吸い寄せられる気質を拳に纏えばいい。
なら、高速で投げ飛ばすにはどうすれば良いか?
気質を読み、全く同一の気質をぶつけることで普段の数倍も早い速度で投げ飛ばせる。
その方程式は、一瞬にして美鈴の頭の中で組み上がり、実行されていた。
美鈴の腕に青白いオーラが纏われる。
「ぶっ飛べ、ロケットラリアットォォォォォ!!!」
美鈴の左腕が、速度を持って横に振るわれる。
そして、妖怪の筋力、腕を降ることで発生した速度と遠心力、さらに気質による反発力が重なった結果、最高時速数1000キロという速さで、戦車の砲弾のように永琳は目的の部屋の窓ガラスへと飛ばされていく。
その行為によって生じた衝撃波は凄まじく、美鈴の足元の大地に巨大なクレーターを作り、紅魔館の壁や森の木々をなぎ倒し、暴風を生んだ。
凄まじい音が発せられ、その音は幻想郷のかなりの位置にまで届けられた。
飛ばされた永琳は窓ガラスと自分の体が接触した瞬間に、蓬莱の薬を服用することで後天的に得ていた能力(詳しくはEx-Episode_01にて)、《永遠と須臾を操る程度の能力》を発動、窓ガラスが割れてから自分が壁にぶち当たるまでの時間の須臾を永遠に引き伸ばす。伸ばされた時間の中でいつものように行動で来るのは、この場では使用者である永琳を除いて他はいなかった。
永遠に引き伸ばされた時間の中で完全に砕け散り、格子だけになった窓の枠を掴み、力の限り強く握る。
そして能力の使用を解除し、永遠を須臾に戻す。
数1000キロで突っ込んできた何かが窓ガラスを完膚なきまでに砕いたかとおもうと次の瞬間には窓枠にぶら下がっていた。壁が壊れないようにかなり強化されている紅魔館の壁にわずかにヒビが入った。
「だ、誰……!?」
状況が良く飲み込めないまま、魔理沙のそばに付き添っていたアリスが何かに向かって尋ねた。
「八意永琳───あなた達が探していた医者よ」
掴んでいた手をはなし、何事もなかったかのように軽やかに床に着地する。
「ここから先は私の番よ。部外者は退いてなさい」
アリスを退かせ、聴診器を胸に当てる。
(今のところまだ喘息の症状はなし………亜型ウイルスがほとんどなかったのが功を奏したのかしら?でも、相手はおそらく肺癌……既に転移が始まってる可能性があるし、このままの生活を続けていたら恐らく肺炎にも……)
聴診器を外した永琳は、持ってきたカバンから必要な道具を取り出し、素早く点滴スタンドを組み上げ、魔理沙の腕に点滴を開始する。
しばらくした後、永琳はふぅ、と一息付き、荷物を持って立ち上がる。
「しばらくしたら目を覚ますでしょう。私は水を飲んでるから、魔理沙が目を覚ましたら呼んでちょうだい。あとその時にパチュリーも同席させること。いいわね?」
「……ありがとう永琳、助かったわ」
「私は魔理沙に恩義がある、今回はそれに少しだけ報いただけ。それに患者の手当をするのが私の仕事だもの」
そう言い残すと、永琳は部屋の外へ出ていった。
そして、日が沈み始め、修復された窓ガラスから西日が差し込み始めた時、魔理沙が静かに目を覚ました。
「あれ………アリス?パチュリー?なんで私寝てるんだ?」
「良かった、目を覚ましたのね!」
「まったく、心配させて………あの薬師に感謝しなきゃね。」
「………すまない、心配させちゃったみたいだ。───なあアリス、永琳はどこだ?あいつだろ?手当してくれたの」
「そういえば魔理沙が目を覚ましたら呼ぶように言ってたわ」
「それなら1階の食堂でしょう。呼んでくるから少し待ってて」
パチュリーが部屋を出た後、少ししてパチュリーと永琳が戻ってきた。
「連れてきたわよ」
「まあだいたい予想通りの時間といったところね。魔理沙、私には恩義を感じる必要は無いわ。私はあくまでもあなたへの恩を返したに過ぎないし、これが私の仕事なのよ。それよりも自分の周りの存在に感謝することね、彼女達の迅速な手当がなかったら、今頃は三途の川を渡ってる最中だったはずよ」
「そっか……ありがとな、パチュリー、アリス、咲夜」
「それより永琳、目が覚めたら呼んでって言ってたけど、何の様よ。なにか伝えたいことがあるの?」
「そうね……魔理沙だけに言うのもなんだと思ったから集まってもらったわ。」
夕日を眺めつつ、永琳はなにか決心したかのように語る。
「インフォームド・コンセント。そういえば通じるかしら?」
その言葉に反応したのは魔理沙の体を支えていた咲夜だった。
「インフォームド・コンセントって、あれですか?患者が手術するかどうかを自分の意思で決定するっていう………」
「そう、そのインフォームド・コンセントよ。魔理沙、あなたは今すぐ入院して、ウチで精密検査する必要があるわ。」
「精密検査……?」
魔理沙が怪訝な表情を浮かべる。
「そうよ、精密検査。まだ疑いの段階だけど……あなたの身体は肺癌とマイコプラズマ肺炎を併発してる可能性があるの」
「肺癌……!?」
「魔理沙は知らないだろうけど、昨日の夜、魔理沙が上白沢慧音の自宅で就寝中に血痰を吐いたの。その血痰を保存していたやつを妹紅から受け取ってね。分析してみたら通常のマイコプラズマ肺炎ウイルスとは別に亜型ウイルスも検出された」
永琳は魔理沙を見ながら、教え諭すかのように言葉を続ける。
「亜型ウイルスは体内に侵入したウイルスががん細胞と接触、形質が大きく変化することで発生するわ。それが見つかった。しかも、併発がマイコプラズマ肺炎ってことは……」
「肺癌の可能性が高い、と……」
「待ってくれ、なんで肺癌って言い切れるんだ!?喉なら食道癌の可能性だってあるだろう!?」
「……魔理沙、あなた何か食べた時に吐き気を感じたりしなかった?」
「………感じなかった」
「私が食道癌を否定した理由はそれよ。普通食道癌なら食べた時に吐き気を催すはず……でも妹紅からの報告はなかったし、あなたが今ないと証言した。だから私は食道癌ではないと断定したの」
永琳の話を黙って聞いていたパチュリーが口を開いた。
「大体はわかったわ。でも、それわざわざ私たちにも聞かせることかしら?」
「そうね、本当にこれだけだったら、ね」
「………どういう意味よ」
「本題はここからよ。魔理沙、貴方は手術を受けるべきだわ」
「………仮に受けたとして、治る確率は?」
魔理沙が恐る恐る尋ねる。
「高く見積もって3割。癌の進行具合にもよるけど、完治の可能性は1割ないぐらいね。」
「………受けなかったら?」
「そう遠くないうちに三途の川を渡ることになるでしょう。だから今他の人がいる前で話したのよ。手術を受けて延命措置をとるか、取らないで死を受け入れるか、一人で決めるには荷が重いでしょう」
窓ガラスから差し込む西日に目を細め、さらに言葉を続けた。
「考えて、悔いを残さない選択肢を選んでちょうだい。どっちを選ぶか決めたら永遠亭に来なさい。………いい返事、待ってるわ」