The_Chronicle_of_Marisa 作:霧子のエビの天ぷら
昨日までの曇天はどこへやら、今日は一転して素晴らしい晴天の日だと魔理沙は飛びながらそう感じた。
これから自分がやろうとしていることの期待が胸を満たし、それだけで寿命が伸びたような感覚がする。
進路上の障害はすべて蹴散らし自分の目的へと欲望の赴くままに向かっていくのは、かつて霊夢とともに前線に立ち異変を解決していった日々を彷彿とさせる。
いつもより好戦的な妖精たちを蹴散らし、道中で立ちふさがる妖怪の類を真正面から打ち負かし、時には神格さえにも恐れることなく真正面から挑んでいった。
(今思えば、その時の私は怖いもの知らずのただのバカだったな……自分が正しいと思ったことだけを信じて、ただまっすぐ進んでいって)
その結果地にたたき落とされたことも一度や二度ではなかった。その度に何がいけなかったのか研究し、次に戦う時は決して負けないように、常人の何倍とも取れるほどの努力をこっそりと積み重ねてきた。森に来る前、実家にいた頃のような誰かに守られるだけの生活はもうしたくなかった。
その時に積み上げてきたことが今生きている。突き進むために得た力が、舞うために培ってきたノウハウがあるから今こうやって目的に向かって飛ぶことが出来ている。死ぬことが怖くないわけじゃない、でも今はそんな恐怖は微塵も感じなかった。
心の中に昔懐かしい高揚を感じながら、魔理沙は妖怪の山へと飛んでいった。
日が昇り始めてまだ間もない頃、魔理沙は妖怪の山にある河城技術工房にたどり着いた。
「にとりー、居るかー?」
一見無人の工房の中で声を上げる。ここの主は一見はいなくてもどこかにいて作業をしていることが多いということをよく知っていた。
今回もどこかにいるのであろう、そう遠くない場所から声が聞こえた。
「なんだいなんだい朝早くに……新聞ならいつもの場所に───ん?おお、魔理沙!久しぶりじゃないか!」
「久しぶりだなにとり、元気にしてたか?」
「もちろんだよ。いやーお陰様で実験がはかどるはかどる!毎度毎度、新技術の実験台の提供と材料収集ありがとうね!」
「どういたしまして。──一個聞いていいか?」
「なんだい?」
「なんでタンクトップなんだよ。寒くねえのか?それにさっきから胸元結構見えてるぞ」
「おりょ?なんだいなんだい、こんなこと気にしていたのか…いいんだよ、どうせ実験してたら嫌が応でも熱くなってくるんだ。本当なら全部脱いでるところだよ。にしても、魔理沙もそういうこと気にする年頃になったんだねえ……どう?欲情する?」
「するかバカ。いいから服を着ろ服を、見てるこっちが寒い。あとな、私をいつまでも子供扱いするのやめてくれってもう6年前からずっと言ってるよな?」
「ちえー、つまんないのー。魔理沙にその気があるのなら、私はじめては魔理沙でもいいかなって思ってたんだけどなぁ……」
「あのなぁ……もういいや、言っても無駄な気がするし、本題に入るぞ」
にとりは壁にかけてあった厚手のコートをモゾモゾとめんどくさそうに着た。陶器のように白く美しい肌と黒いタンクトップを水色のコートの下に隠した後椅子に座って机に突っ伏した。
「んー………なんなんだいその本題って」
「例の頼んでおいたヤツ、出来てるか?」
「あ?……おぉ、アレか。ちょっと待っててくれ、確か奥にあったはずだから」
そう言うとにとりは再び奥に引っ込んでしまった。
約10分後、にとりが手に棒状のものともう一つ別の物体を持って戻ってきた。
「ほい、これだろ?───魔女の箒魔理沙カスタム仕様。ご注文通り、最高速度と旋回性を高めておいたよ。でもその分、ブレーキは効きにくくなってるし最高速に乗るまでにコイツだけならかなりの時間がかかるよ?」
「それでもいいさ、今の私にはこれが必要だからな。」
「………ま、理由は聞かないでおくよ。どうせまた何かやろうとしてるんだろう?」
「……ありがとなにとり。世話になった」
「───待ちな。まだこっちの話は終わってないよ」
「──あ?」
工房をあとにしようとしたまさにそのとき、にとりに呼び止められた。
「そいつは今の私ができるすべてを注いで作った最高傑作だ、そいつの能力を12分に発揮してもらわなきゃ困る」
「何が言いたいんだよ」
「ほら、こいつも受け取りな。これがあればそいつの能力は限界まで引き出すことが出来る。というより、こいつがなきゃその箒は普段魔理沙が使ってる箒よりも低スペックだぞ?」
そう言って渡されたのは、八卦炉だった。
「なんだこれ……いつもの八卦炉じゃないか」
「そう見えるだろう?でもね、そいつもまた、私の最高傑作の一品なんだよ」
「……性能は?」
「魔力消費量は従来のままで出力は1.4倍になったよ。こいつがあれば速度ゼロの状況からでも2、3秒でトップスピードに乗ることが出来る」
「ほぉ……大したもんじゃねえか」
「河童の技術力を舐めないで欲しいね。人間の科学技術が日々進歩しているように、私たちも日々進化し続けているんだよ。特化仕様にすれば、それぐらいは簡単だったさ」
「特化仕様ってことはあれか、攻撃とかには使えないのか」
「そうだね。使えない事も無いんだが、運が良くて両肩の脱臼、運が悪けりゃ反動を殺しきれずに両腕とおさらばだろう」
「そんなにか」
「あぁ。人体実験をするわけにはいかなかったから理論上だけどね。──元々今回の八卦炉は加速することだけを重視して設計を開始したんだ。その為にはその箒により多くの力を進行方向にかける必要があった。」
「その力で最大値をたたき出せたのが、反作用を利用することだったってわけか」
「その通りだ。今まで渡していた八卦炉は加速装置とマスタースパークの補助の両方を兼ねていたためその中身の4割強を衝撃吸収に使う必要があった。でも今回は衝撃を吸収するんじゃなくて充分に生かす方向に舵を切れた。あとは基本的な回路設計を見直すことぐらいだったよ」
「助かったぜにとり、サンキュー」
「礼はいいって。───こんな朝早くからここに来て箒を回収しに来たってことはなにかよっぽど急ぐ用事があるんだろ?早く行きな、魔理沙がここに来たことは黙っておいてやる」
「───すまない、恩に着るぜ」
そう言い残すと、魔理沙は慌ただしく、例の箒を使って飛び去っていった。その時に生じた風で少し工房の中が荒れたが気に止めるものは誰もいなかった。
「……はぁ、あっつ……」
厚手のコートを脱ぎ、さっき立て掛けていた場所に戻した。タンクトップの上半身に汗が滴る。
その汗を軽くタオルで軽く拭き取り、眼鏡をかけて一昨日の文々。新聞に目を通す。記事の見出しは、【霧雨魔理沙氏、買い物中に倒れる!】
内容は見出しのとおり、一昨日、魔理沙が買い物中に倒れ、意識不明に陥ったということだ。いつもはゴシップばかりのB級新聞として有名だったが、この記事だけは異質ともいうべきものを感じさせた。
普段は事件があっても、大体は嘘っぱちが混じっているものだったがこの記事だけはその感じがなかったのだ。新聞の記事を書く腕を上げたかと思ったが翌日の朝刊でいつもの様子に戻ったのでそんなことはないと判断したのであるが。
記事に書かれていた状態、突然の意識不明、吐血、そしてついさっきの出来事。魔理沙の身に何が起きているのか、これから魔理沙が何をやろうとしているのかは想像に難くなかった。
「あーあ、相談もしてくれないのか……魔理沙なりの優しさなのかなぁ……」
新聞をデスクの上に置きメガネを外した。
ふと、人の気配を感じた。1人や2人じゃない、かなりの大人数だ。
「やれやれ、今日は早朝だというのに来客が多いこった……ゆっくり朝食をとる時間もないじゃないか───一体何の用だ、まだ開店時間じゃないんだけど?」
「分かっているくせにそんな口をよくきけるわね」
「はて、私には何のことかさっぱりだね。──何しにきたんだアリス・マーガトロイド。それにパチュリー・ノーレッジ」
「ここにさっき魔理沙が来たわよね、どこに行ったか知らない?」
「いや?知らないね。仮に知っていたとしても、お得意さまの情報をそうやすやすと渡すほど私は馬鹿じゃないよ……それに」
「……?」
「本当にあいつのことを想ってるんだったら、追いかけるな、行かせてやれ」
「………どういうことよ」
「私はあいつがこれから何をしようとしているのかなんとなくだがほぼ全部理解したよ。理解したかこそ、私はあいつを行かせたんだ。ここまで言ってわからないようだったら本物のバカはお前らだな。揃いも揃って無能ばかりじゃないか」
「……言ってくれるじゃない、河童風情が」
挑発を受けたパチュリーが臨戦態勢になる。その様子をにとりはただ見下すだけだった。
「やめなさいパチュリー、ここで争っても意味は無いわ。それにここはあっちのホームグラウンド……何があっても不思議じゃない以上、ここで戦うのは不利すぎる」
「私もアリスの意見に賛成ですわパチュリー様。それにおそらく、この人は決して口を割らないでしょうね」
「おやおや、そっちのおふたりは理解が早くて助かるよ、まあちょっと向かってきてくれた方が楽しめるんだけどね。───人が死を悟った時に何をするのか、何をしたいと願うのか、考えたらそう難しい問題でもないと思うんだけど」
「にとり………あなた、一体何を……?」
「魔理沙とあんた達にしかわからないことがあるように、私にしか分からないこともあるさ。話す気は無いよ。───さあ、客人じゃないなら帰ってくれ。私はまだ朝食も食べてないんだ」
妖怪の山の川岸でアリス、パチュリー、咲夜、小悪魔の4人は休んでいた。
「魔理沙、どこに行ったと思う?」
「どこでしょうね。1発目はハズレ、か……彼女の時間はもうあんまり残されてないし、手遅れになる前に確保したいのだけれどねえ」
全員が考えを巡らせ、悩んでいた。そんななか、小悪魔が手を挙げた。
「あの、1つ思ったのですが……」
「なに、どうしたのよ小悪魔、言ってご覧なさい」
「は、はい。あの、霊夢さんに聞いてみるのはどうでしょうか」
「霊夢に?」
「はい、彼女は魔理沙さんとの付き合いは長いと聞きますし、彼女のカンなら今魔理沙さんがどこにいるのか分かるんじゃないのかと……」
「なるほど、巫女のカンか……ナイスアイデアじゃない」「ありがとうございます!」
「なら、すぐに移動しましょう。霊夢には私が話すわ。魔理沙と同じぐらい付き合いは長いからね」
「よろしく頼むわ、アリス。」
かくして一行は、博麗神社へと歩みを進めたのだった。
一方、箒を受け取った魔理沙は冥界にいた。
「よぉ、久しぶりだな妖夢。遊びに来たぜ」
「魔理沙!新聞で意識不明って聞いた時は大丈夫かと心配したけど、無事なようで良かったわ。上がってくでしょ?」
「あん?なんだか今日はえらく話が早いな……」
「今日はもうひとり来客があるの。もっとも、私じゃなくて幽々子様のお客だけど」
「ふぅーん……ま、いいや。それじゃあ遠慮なく上がらさせてもらうぜ」
長い階段を箒を使ってスムーズに上がっていく。にとりの言っていたとおり、最初はとても遅いペースではあったが。
冥界、白玉楼。そこには冬であるにもかかわらず、美しい桜が咲いていた。
「へぇ、ここ冬でも咲くようになったんだ」
「まだ試験段階だから、多分明日には全部閉じてるわ。そのうち永久的に咲かせるつもりらしいけど」
魔理沙がついた時には、白玉楼には既に2人いた。
「幽々子様、魔理沙さんがお越しになりました」
「そう、報告ありがとう妖夢。じゃあ、魔理沙の分もお茶の用意をお願いね」
「はい、少しお待ちを」
1人はこの白玉楼の主にして妖夢の主人、亡霊姫の西行寺幽々子だ。
「あ、妖夢〜お煎餅も追加でお願いね!」
「畏まりました紫様!しばしお待ちください!」
もう1人は幽々子と談笑しており、全く違う異質な雰囲気を漂わせる女性、妖怪の大賢者、スキマ妖怪こと八雲紫だった。
「なんだ、幽々子の客って紫のことか……」
「あらあら、誰だと思ってたのかしら?別に誰でもいいけど」
「久しぶりね魔理沙、直接言葉を交わすのはざっと12年ぶりかしら?元気にしてた?」
「見りゃわかんだろ。お前の方こそまだまだ現役って感じだな」
「そりゃそうよ、私は妖怪の大賢者なんだもの」
「失礼します、お茶をお持ちしました。」
「ちょうどいいタイミングね妖夢、ついでだからあなたも同席しなさいな」
「………畏まりました。では、失礼します」
妖夢と魔理沙が縁側に座り、お茶を飲む。
「しかし驚いたわね、まさか魔理沙が来るなんて」
「私もよ幽々子。まさか来るなんて、ねえ?噂をすればなんとやらってやつかしら?」
「噂?何の噂だよ」
魔理沙が聞くも、2人はくすくす笑って答えない。
「言ってもいいかしら……いいわよね、本人が前にいるんだし」
「じゃあ私が話すわ幽々子。こういうのは私が言った方が雰囲気出るじゃない?」
「それもそうね。じゃあお願いするわ紫」
楽しそうに、無邪気な少女のように2人が笑った。
そして、紫が口を開いた。
「今ね、こんな話をしてたのよ。───魔理沙はあと何日生きていけるのかしらって」
桜の花が風に吹かれ、白玉楼の庭じゅうに舞い散った。