主人公は…小説タイトルから丸わかりですが、まだ名前は出ません。
感想お待ちしています。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
薄暗く、狭い部屋の中…一人の青年が荒く息を吐いていた。青年の両拳からは血がしたたり落ちており、頭部や腹部からも出血している。
「お、お前…こんなことして…ただで済むとぶぎ!?」
その青年の眼下に倒れている男性の顔を彼は渾身の力で踏みつけた。すると男性は力無く項垂れて息を引き取った。よくよく見ると男性は顔が異常に晴れ上がり、身体にも殴られた跡が大量に残っている。これらは全て青年が行ったことだ。その拳が割れて血が流れ落ちるまで男性を殴りつづけたのだろう。元々虫の息だったのが先程の足での一撃で完全に絶命したようだ。
「…はぁ…ぶぁ…!げほぉ…ごほぉ…!?」
青年は口から大量の血を吐き出す。腹部に追った傷…それは確実に青年の命を蝕んでいた。
「ふん…」
しかし、命の危機にあると言うのに青年ひどく落ち着いていた。まるで自身の死を受け入れるように。
「(…此処までか…まぁいい…目的は…果たした…)」
そのまま青年は床に膝をつく。その間にも腹部に追った傷から出血していき、意識が次第に薄れ始める。
「…がふ…(あぁ…死ぬときは意外と…あっさりしたものだな…)」
青年の意識はゆっくりとこの世界から消えて行った。
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「…う…あ…」
少しずつ、閉じられた瞼が開く。その命を全うしたはずの青年が眼にしたのは薄暗く、それでいてどこか神々しさを感じる神殿だった。
「…此処は何処だ?俺は…確か…」
倒れていた自分の身体を起こし、辺りを確認する。目につくのは黒い石で造られた円柱に怪物を象ったような石造。そして正面には誰も座っていない漆黒の玉座。
「(俺は死んだはず…なのに、傷が無くなっている?…と言うことは、此処は地獄か?)」
自分が負っていたはずの傷がないこと、すでに自分が死んだはずであると考える青年は現在いる場所が地獄なのではないかと考える。
「それは少し、違うね」
「っ!?」
突如青年の心を読んだかのような声がその耳に届く、それは非常に優しい声音だった。声のした方を振り向くと先程まで誰も座っていなかった玉座に誰かが座っていた。黒い髪に優しげな双眸、整った顔立ちの少年。その身に纏った黒い法衣、その姿は青年には見覚えがあった。かつて何度となく見た物語に登場した少年と瓜二つだった。
「…まさか…お前は…!?」
そこまで思い至った青年に、少年は笑顔を浮かべて首を横に振る。
「僕は君が思い浮かべてる少年とは似ているだけ、僕と彼は別人だ」
優しい笑みを浮かべて青年の考えを否定する少年。そんな少年に青年は困惑した表情を浮かべている。
「さて、まずは君の疑問に答えようか?此処は冥界、王の間…僕の名はハーデス、君達の言葉を借りれば「冥王ハーデス」と言った方が解りやすいかな?」
冥王ハーデス――ギリシャ神話に登場する死後の国、冥界の王にしてオリンポス十二神の一人。そして天空の大神ゼウスの兄でもある。
「(冥王ハーデス…普通では信じない…だが…)」
青年は自身が死んでいく感覚をしっかりと覚えている。熱を失っていく自分の身体と遠のいていく意識…アレを感じていると彼が言っていることは嘘ではないだろう。
「…お前がハーデスだとして…何故俺は此処に居る?冥王自らが俺を裁こうと言うのか?」
自分自身が犯した罪…青年はそれを自覚している。自らの手で人を殺したこと、そして…とにかく、青年自身が犯した罪を冥王自らが裁こうとしているのだと彼は考えた。だが、その考えは当のハーデス自身に否定された。
「違うよ、確かに君には罪がある。けれども、それは僕自身が君を裁く理由にはならないし君より罪深い人間はいくらでもいる」
「じゃあ…?」
「君にはある世界に行って欲しいんだ、そこで転生者を狩ってきてほしい」
「転生者…?」
青年の問いにハーデスは答える。曰く、「転生者とは神が死んだ人間に何らかの力を与える等して異世界に蘇らせること」であるらしい。だが、そこで青年は新たなる疑問を抱いた。
「俺に…お前達が蘇らせた人間を殺せと言うのか?」
それは余りにも不可解なことだった。折角蘇らせた人間を別の人間に殺させる――その意図がまるで解らない。
「…実を言うと、彼等を蘇らせたのは僕達じゃないんだ。彼等を蘇らせたのは邪神…その中でもそれほど位の高くない下級神だ。邪神達は適当に、不特定多数の人間を転生者としてある世界に転生させた」
「何だそれは…いったい何の目的があって…」
「それは僕等にもまだわからない。ただ、良くないことであるのは確かだ。生憎と、僕達神は現世に介入することはできない。だから君の様に死んだ人間から選んでその世界に行って欲しいんだ。そうして君に転生者を狩ってもらっている間、僕は他の神と協力して邪神の目的を探る」
そこまで説明されて青年はハーデスの意図を理解する。要は自分の代わりに邪神が転生させた転生者を冥界に送り返せと言うのだ。
「…成程、俺に神に代わって転生者を皆殺しにしようと言うのか?」
皮肉気に笑う青年に対し、ハーデスは溜息を吐いて否定の意を示す。
「そこまで極端なことを頼もうとしている訳じゃないよ。君に頼みたいのは転生者の中でも私欲に塗れ、自身の快楽のために他者を傷付け蹴落とそうとする者達を狩って欲しいんだ。新たな生を得て、静かに暮らそうとするもの。誰かを護ろうと力を振るう者まで狩って欲しいとは思っていない」
「…何故、俺なんだ?」
正直、青年には何故自分が選ばれたのが理解できなかった。死んだ人間を選ぶと言うのなら、自分以外にも山ほどいる。なのに何故自分が選ばれたのか、それが青年には解らなかった。
「それは君が、宿星の下に産まれたからだ。だから僕は君を選んだ」
「…宿星…?…だが俺は罪を犯した…その俺がその狩らねばならない転生者達と同じにならない保証はないぞ?」
「…ふふ…本当にそうなる人間なら、そんな問いかけはしないよ」
微笑んだハーデスが手を翳す、すると青年のすぐ横に異空間へと繋がる穴ができた。
「その先には君に力の使い方を教えてくれる人物がいる。そこで彼に師事を受けてからその世界に向かって欲しい」
「…もし、嫌だと言ったら?」
青年はハーデスに自身が断った場合の話をする。頼みを断った場合、ハーデスは青年にどんな仕打ちをするのか…それが青年は気になった。
「心配することはない…そのことを理由に君を罰するほど僕は狭量ではないよ。ただ、君が生前の罪を理由に新たな命を得ることを気にしているなら…罪滅ぼしとして向こうの世界の人間達を護ってほしい」
「…解った」
それだけ応えると青年はハーデスに背を向けて異空間への穴に入ろうとする。
「あぁ、後他にも伝えておくことがある。君は「リリカルなのは」と言うのを知っているかい?」
「…?なんだそれは?」
青年はハーデスの問いに疑問符を浮かべる。
「君は知らないようだけど、君の生前の世界にはそう言う物語があってね。君が行く世界はその世界によく似た並行世界なんだ。当然、ある程度の知識があった方が楽に動ける。君がそれを知っていれば良かったんだけれど…」
「生憎、それは俺は見たことも聞いたこともないな…」
「ふむ…まぁそれはそれでいい」
いいのか――内心でそんなことを青年は思う。だがハーデスはそんなことは知らずに新たなことを彼に告げる。
「じゃあ君には他の人間とコンビで行って貰おうかな?無論、君と同じように僕の頼みを承諾してくれた人間だ」
「…俺以外にもいるのか?」
「あぁ、僕の頼みを受けてくれたのは君以外にも数人いるよ。正直、一人で世界中をあちこち回るのは辛いものがあるからね」
苦笑いを浮かべるハーデスに青年は心の中で溜息を吐き、改めて異空間の穴を通ろうとする。
「それと最後に…君が僕の頼みを聞いてくれるなら、後は君の好きにすればいい。恋人を作り、その人と子を成すのも…それは君の自由だ。その事で誰も君を責めないし、責めさせはしない。だから、君は新たな生の中で幸せを探してみてくれ」
「………」
ハーデスの言葉に返事をせず、青年は異空間の穴の中へと消えて行った。