水銀転生   作:卵かけ御飯用醤油

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覚えている人も少ないと思いますが、久しぶりの投稿です。
問題児の設定的にこの水銀よりやばそうな奴もいますね。
つまりはこの水銀が挑戦者となるわけです。
あとは———わかるな


未知との遭遇

  逆廻十六夜は歓喜していた。

  退屈のない非日常を、人生を彩る刺激を求めて手にした未知への切符。

  召喚に応じ、目にした宏大な大地に胸を躍らせた。空を飛ぶ胡散臭い男に兎耳の女、同じく召喚された者たちに期待を抱いた。

  凍りついた世界が、熱をもち、大きく胎動するような気さえしていた。

  そして、その感動は終わらない。

 

「ははっ、いいぜ。最高じゃねえか、この世界」

 

  落下の際に目についた世界の果てらしき場所。神話上の生物を目にしながら、鬱蒼と連なる樹木の間を駆け抜けた先にいたのは、

 

『む、これは珍しい。水神である我が住処へ赴くとは、試練でも受けに来たのか? 人の子よ』

 

  己の身長を優に超える巨大な体躯を持つ白蛇であった。背後に見える大滝とも相まってその様は壮観ともいえる。

  自然と口角が上がり、顔には獰猛な笑みを浮かべている。

  水神。所謂ファンタジーの存在との会合は十六夜の探求欲にさらなる火をつけた。

 

 ———もっとだ。もっと楽しませろ

 

  語らいか。知恵比べか。はたまた、決闘か。

  どれを選んでも面白そうだ。だが、ここで選ぶなら一つしかないだろう。

  せっかく、存分に暴れられそうな場所なのだ。この機会を逃すなど、損でしかない。

 

「試練ね、そいつも面白そうだが。まずは水神サマとやらに聞きたい」

「ほう、何を問うのだ?」

「実に単純な質問だぜ。———あんたは俺を試せるのか?」

 

 ———まずは、小手調べだ。

 

 心地よい高揚感と共に、十六夜は拳を振り上げた。

 

 

 :

 

「なんと未知と輝きに満ちた光景。ああ、素晴らしすぎる」

 

  そして、ここにも一柱。溢れんばかりの幸福感に包まれているものがいる。

  十六夜の魅力的すぎる誘いも惹かれたが、まずはということで街にきた水銀だ。

  彼は今、逸る気持ちを抑えきれず単独行動をしている。

  むろん、こっそりである。

  彼としては、案内を受け、他人の評価を交えながらというのも好ましく思うのだが、この時ばかりは抑えきれなかった。

  それだけ魅力的なのだから仕方がない。

  黒ウサギとジンは犠牲になったのである。

 

  して、水銀はというと、活気に溢れる街の人々の合間を通りながら、いたる所を観察していた。

  見慣れぬ文字、建造物。そして、住まう人々に目を引かれる。

  人間だけではない。獣人や精霊、天幕を見るに吸血鬼のような怪異まで居るのだろう。

  素晴らしき哉、素晴らしき哉。

 

「お、美形の兄ちゃん。一つどうだい? 今朝仕入れた新鮮なやつだぜ!」

「む?」

 

  水銀が賛美に耽っていると、近くの屋台から声をかけられた。

  彼が目をやると、人のよさそうな獣人の男が手招きをしている。見るに八百屋のようだ。

 

「ほう、これは中々」

「だろう! この辺りの土地は豊かでな。いいもんが仕入れやすいんだ」

 

  豊かな品揃えや、商品の一つ一つ、そして街の雰囲気から察するに、ここは農耕地としてよほど成功を収めているらしい。

  貧困に苦しんだかつての大戦時とは、雲泥の差である。

  さて、ここまで来たのだから、何か買わねばと思うのだが、

 

「すまない、店主。あいにく持ち合わせがなくてね」

 

  この水銀、無一文なのである。店主は少し残念そうにしながら、また寄ってくれと笑顔で送りだす。

  改めて、彼の人の良さを感じた。実に美しい輝きだ。

  店を後にしたあと、また辺りを散策する。

  フラフラ。フラフラと歩き回り、人気の少ない開けた場所に出た瞬間。

  水銀はおもむろに後ろを振り返った。

 

「して、私に何か用事でもあるのかな」

 

  そこにいたのは、奇抜な和服らしきもの着た白髪の幼子であった。

  しかし、それを認識したのは少ししてから。

  というのも、彼女を目に収めた瞬間———水銀の目は灼かれた。

  これは、比喩であるが、また事実でもある。

  それほどだったのだ、彼女の輝きは。

  太陽で在りながら夜を司り、精霊でありながら神威を宿す。

  未だ体験したことのない未知ではあるが。

  故に———水銀は勿体ない(・・・・)と思う。

 

「おんし、一体どこのコミュニティじゃ?」

 

  その体躯には似つかわしくない口調ではあるが、今はどうでもいい。

  彼は今、未知への高揚感で一杯なのだ。

 

「どこのコミュニティといわれてもね」

「惚けるでない。それほどの神格じゃ、何か目的があってこの外側にやってきたのじゃろ?」

 

  有無を言わさぬ剣幕。しかし、彼は飄々と疑問を呈する。

  知らないものは、知らないのである。来たばかりの水銀とって、この世界の知識は散策中に耳にしたことと、見たものしかない。

  謂わば、赤子と大差ないのだ。

 

「と言われても、召喚されたばかりで何もわからないのだが」

「なに?」

「先ほど黒ウサギというものに呼ばれてね。この世界にやってきた次第だよ」

 

  彼女、白夜叉は予想外の返答に面を食らう。というより、黒ウサギに呼ばれた?

  確かに、彼女はコミュニティの窮地を救うため召喚を行ったが、あれは人を呼ぶもののはず。

  なのに、こやつは呼ばれたといった。

 

「その話、真か?」

「もちろんだとも」

 

  胡散臭い雰囲気も相まって、謀っているようにも感じるが、嘘と断じるには判断材料が足りない。

  この男をどうするか迷った末、

 

「はあ、黒ウサギに直接確認するしかないの」

 

  放置するとはいかないので、黒ウサギを探すことにした。

  己が監視に付けば問題ないだろうという判断の元である。

 

「私は階層支配者(フロアマスター)の白夜叉じゃ。放置するわけにもいかんらの、監視させてもらうぞ」

「ああ、かまわないとも。私はカール・クラフト。よろしくたのむよ。———ところで」

 

  ガシ。

 

「語感から察するに、あなたはここに詳しいのだろう?」

「あ、ああ。というか近い! 近い!」

 

  とてつもない速さである。これも執念のなせる技であろうか、一瞬にして距離を詰める水銀。恐るべし、未知への執念。

 

「丁度よい。一人では限界があってね。この世界に明るい者を探していたのだよ」

「ま、まて。案内するとは一言も言って……」

 

  言い切る前に彼女は水銀に引きずられていった。

 

 

 




被害者一号

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