赤い薔薇は狂い嗤う 作:シルバー・ウィング
茜色に染まる加速世界。なだらかな丘の上には二つの人影があった。
片やオーソドックスな装甲を持つ、カーボーイハットをかぶった男性型デュエルアバター。
そしてもう片方が、薔薇の花びらを模したようなドレスアーマーを身にまとう、女性型デュエルアバター。
性別も形状も違うそれぞれのデュエルアバターであったが、その二人の装甲はどちらも純色の≪赤≫に染め上げられていた。
「本当にそれでいいのか、ローズ?」
「ええ。聞いたところによると、他の
「なんか照れるな、そういうの」
そんなやり取りを交わす二人の間を加速世界の穏やかな風が通り抜けていく。二人はしばし、何の言葉も交わすことなく地平線の向こうに沈みかかった緋色の太陽を見つめていた。
やがて≪ライダー≫と呼ばれたデュエルアバターが、≪ローズ≫と呼んだデュエルアバターに静かに向き直る。
「ありがとうな、ローズ。今まで一緒に戦ってきてくれて。お前は我が
差し出された右手をローズは惚けたように見つめ、やがて軽く噴き出す。
「なによ、いきなり。気持ち悪い」
「へっ!? そ、そうか……?」
容赦のない言葉にたじろぐライダー。ローズはそんなライダーを見て再びおかしそうに笑うが、やがてひどく優しげな眼差しを向けて彼の差し出した右手を握った。
「私もよ。ライダー」
「お……おうっ!」
夕日が沈んでいく地平線を背景に固く繋がった二人の手。その光景は二人がこれまで幾重にも及ぶ戦いを切り抜け、育んできた友情を超えた絆があることを物語っていた。
「んじゃあ、そういうわけで。一足先にならせてもらうわ。――レベル9」
「ええ」
このかけがえのない絆がもうすぐ断ち切られてしまうことを……この時の二人は知る由もなかった。
+++
「ライダーが……死んだ……?」
一言そう呟き、固まるその姿を赤の
「
「……
「……」
ただ真実を確認するかのごとく問いただしてくる彼女の、無感情なまでのその声音に美早は言葉を失う。
此度、≪純色の七王≫によって開かれた七王会議。その議題は≪レベル9同士に課せられるサドンデスルール≫について。
それはつい先日、加速世界で同時に前人未到のレベル9に到達した七人の王に課せられた悪夢のようなルール。曰くそれは一度でもレベル9同士の戦いで敗れれば、己が持つ≪ブレイン・バースト≫を強制的に永久アンインストールされるということ。つまり一度でも負けてしまえばもう二度とこの加速世界の大地をその足で踏むことができなくなるということだ。
しかもそのサドンデスルールにはまだ先があった。サドンデスがルールの条項その一だとするならば、このルールは条項その二と記されるモノだった。
それはこの加速世界の
曰く≪レベル10に到達した者はこのプログラムの製作者と邂逅し、その意味と究極の目的を知らされる≫ということ。
しかし、レベル10に到達するのはレベル9のバーストリンカーの首を五人刈り取らなければならないのであり、そのレベル9同士の戦いには前述したとおり、サドンデスルールが課せられる。
つまり加速世界を治める七人の王は戦争か停滞、そのどちらかを選ばなければならなかった。
美早は今日の会議で≪不可侵条約≫が結ばれるだろうと主であるレッド・ライダーから聞いていた。その言葉の意味するところは言い方は悪いかもしれないが、純色の七王は加速世界の
故に美早は驚愕した。会談の途中、黒の王が他の王を裏切り、赤の王の首を落としたという事実を聞いた時。
しかし、何時までも驚愕に浸っているわけにもいかず美早はただちにここプロミネンス№2の、言うなればサブリーダーである≪フレイム・ローズ≫に連絡を取ったのだ。
「…………パド。今から全レギオンメンバーを招集しなさい」
「……!」
レッド・ローズのその言葉に美早は目を見開く。
純色の≪
すなわちローズは己の半身を失ったようなものなのだ。いつ≪
それなのにも関わらず今、ローズはこうして静かに言葉を発している。なら今、こうして彼女を支えているものとは一体――
「!!」
こちらに背を向け、歩き去っていくローズ。彼女がこちらに背を向ける時、美早は一瞬だが確かに見た。
赤黒く身体から立ち上る≪
それは怒りや悲しみを当に超越した、本当の絶望だった。あまりにもどす黒い、憎しみの
それはこの加速世界ではまだ少数の人間しかその存在を知ることのない≪
いけない――このままでは――――。
しかし足が前に出ない。喉がカラカラに渇き、言葉を発することができない。フレイム・ローズのあまりに濃密な負の
「ローズ……」
結局、美早は立ち去っていくローズの後姿をただ見送ることしかできなかった。
+++
「――レッド・ライダーはたしかに死んだ。≪情報屋≫に聞いたからソレは間違いないわ」
赤の
瞬間、ブラッド・レパードによって集められ、それまで赤の王の加速世界退場の噂の真偽を確かめあっていた赤の
「ロ、ローズ……、やっぱしその噂は本当なのかよ!?」
一人のデュエルアバター――プロミネンス幹部の一人、マーマレード・スナイパーの問いかけに、ローズは静かに頷きを以て答えた。
「そ、そんな……!」
崩れ落ちるスナイパー。その波紋がほかのメンバーにも伝わっていく。その光景は如何にライダーの人望が厚かったかを表していた。
そんな中、ローズの言葉が再度、響き渡る。
「私は今、二つの道を考えているの。一つが今、この場でライダーの跡継ぎを決める。二つ目がこの
――考える時間を上げたいところだけど今、決めて。
広場には沈黙が広がる。ローズの言葉の意味は理解できていた。すなわち、このプロミネンスは今現在、他の五王との不可侵条約を結べてはいない……つまり、早く陣形を立て直さなければ、他の
はじめはポツリ、ポツリと。しばらくして喧噪が辺りを飛び交い始める。
およそ十五分後、
「わかったわ。それじゃあ、次は跡取りを決めるけど……誰か候補者はいる?」
「いや、やっぱそれはローズ以外、いないんじゃねーの?」
「え?」
スナイパーのその台詞に周囲も肯定の意を示して頷きを見せる。
ローズは首を傾げた。
「私……?」
「ああ。もとからプロミの№2だし、頂点がいなくなったら二番目が繰り上がるのは必然だろ?」
「今だってまとめ役を買って出てくれてるしな」
「赤の
ほかのメンバーも次々に肯定の意見を述べていき、ローズはそんな光景をしばらく呆然と見つめていたが、やがて静かに首を横に振った。
「私には無理よ。レギオンマスターなんて……」
「なっ、どうしてだよ!?」
周囲からもローズほどふさわしい奴はいないだろ? と疑問の声が上がる。
ローズはしばらく顔を俯け、黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「……私に責任があるのはわかってるわ。仮にも№2という立場なら、いざというときは皆を率いていかなければならないということも……周りから頼られれば、その想いに応えていかなければならないということもわかっている……」
そこまで述べたところで語尾が震えていることに気づき、さらに気づく。ローズの拳がこれ以上ないくらい固く握りしめられ、細かく震えているということに。
一呼吸置いた後、ローズは言葉を吐き出した。
「けれど私は許せない……どうしても許せないのよ……。ライダーの首を狩った黒の王を――≪ブラック・ロータス≫を。……憎しみが何も生まないことはわかっている……それでも私はこの胸の内に湧き起こるこのどす黒い
アナタたちをそんな私の個人的な復讐に巻き込みたくない。そんなローズの無音の想いをレギオンメンバーは読み取った。
レッド・ライダーとフレイム・ローズ。純色の≪赤≫と、それに極めて近い≪焔≫を冠する二人のバーストリンカー。
レギオンメンバーは知っていた。二人がどれだけ互いを想いやり、支えあってこのプロミネンスを導いてきたかを。
ライダーがボケをかましてローズが冷たく突っ込みを入れる。そんな些細なやり取りを交わす二人の姿を見ていると、自然と笑顔がこぼれた。何よりあたたかい気持ちになれた。
そう。このプロミネンスは二つの赤を中心に結束していた一つの家族だったのだ。
あの眩い宝石のような思い出は、もう二度と戻ってはこない――悲しみ……そしてあまりの憎しみに心に傷を負ったローズの、そのあまりに痛々しい立ち姿を見てこの場の全員がそう悟った。
「個人的な復讐なんかじゃねぇよ」
そう言葉を発したのはスナイパーだった。
「俺たちはライダーとローズのやり取りを傍から眺めているのが好きだったんだ。あんな何の気兼ねもなしに言葉を掛け合っててさ、なんか家族みてーって感じでさ。とてもあたたけー気分になれた……」
言うや否やダン! とスナイパーは壇上に飛び乗り、見上げる全レギオンメンバーに向けて叫ぶ。
「尋常な勝負ならまだしも、あの野郎――黒の王は神聖な会談で汚ぇ手を使ってライダーを狩りやがった! 奴はもう誇り高きバーストリンカーじゃねぇただの裏切り者だ! 俺達は、敬愛すべき
「「「オオオオオオオオオオッ!!!!!」」」
レギオンメンバーは鬨の咆哮でスナイパーの呼びかけに答える。
その光景を唖然と見つめるローズにスナイパーは告げた。
「俺たちは一心同体。――付き合うぜ、ローズ」
+++
その後、結局フレイム・ローズは二代目の赤の王となった。
王となったローズはまず最初に配下に向けて告げた。
自分を気に入らない者、復讐に巻き込まれたくない者は脱退してくれても構わないと。
しかし、誰一人として抜ける者はいなかった。皆、己のバーストポイントの最後の一ポイントまでローズのために戦い抜くと心に決めていたのだ。
その後、新生・プロミネンスは即座に黒を除く五大
それが後に語り継がれることになる≪赤黒戦争≫の始まりだった。戦いは壮絶の一言に尽きたが、結果はプロミネンスの圧勝。黒の
そんな戦線の、常に最前線で戦っていたフレイム・ローズの強さは、人として超えてはならない一線を越えてしまったような、まさに≪鬼神≫の如し強さだったという。
こうして黒の