赤い薔薇は狂い嗤う 作:シルバー・ウィング
「あれから二年半……か……」
「ン?」
練馬区にある洋菓子店≪パティスリー・ラ・プラージュ≫。美早に相対する席に座る女性の唐突の呟きに美早は首を微かに傾げる。
すると今まで頬杖を突いて窓の外を行き交う通行人をぼんやりと眺めていた女性は、その艶やかに映える赤い髪を柔らかく揺らしながら美早に微笑みを見せる。
その微笑みはまるで赤い薔薇の蕾が満開に開くその瞬間のように美しく、神秘的な儚さでさえ感じさせた。
「いえ……ちょっと昔のことを思い出してね……。ライダーがいなくなって大変だったけれど……辛かったけれど……美早たちが私に着いてきてくれたから――支えてくれたから、私は今こうしてレギオンマスターとしてあり続けられる。……その事を改めて実感していたのよ」
そして女性は再び窓の外を見やる。その赤い瞳は何かを意識して見ているのではなく、ただ漠然と外の光景を見つめていた。
この真紅の麗人の名は暁月華与。彼女こそが練馬、中野区を支配する赤の
その強さはまさに圧倒的の一言に尽きる。この穏やかな面持ちからは想像もつかないほど戦いにおいては苛烈にして冷酷になれる。最愛の友であった先代赤の王レッド・ライダーを失ってからは、その傾向がさらに顕著なものになった。
恐らく現加速世界最強は彼女だと、美早は考えている。一対一の
そして≪心意≫込みの
「わりぃ、遅れた!」
そんな美早の思考は、聞きなれた一人の少女の声によって遮られた。見れば、美早たちの座る席に燃えるような真紅の髪をツインテールにまとめた小学校高学年ほどの少女が息を切らしてやってきていた。
少女の姿を見て、華与が嬉しそうに笑う。
「遅いわよ、ニコちゃん。何かあったのか心配しちゃったじゃない」
「す、すみません!」
ぺこりと華与に頭を下げたこの少女の名は上月由仁子。プロミネンスの幹部の一人にして現時点で№2の実力を持つハイレベルのバーストリンカーである。
そのデュエルアバターの名は≪スカーレット・レイン≫。≪
しかし、今でこそプロミネンス幹部の一人である彼女も、二年半前まではしがないミドルレンジのバーストリンカーだったのだ。そんな彼女に秘められた才能を見抜いたのが目の前に座る暁月華与であり、由仁子は自分を引っ張り上げてくれた華与を心の底から慕っていた。
美早の隣に座った由仁子は座るなり美早の脇腹を軽く小突く。
「……なんで迎えに来てくれなかったんだよ!」
「……SRY。バイク、メンテに出してた」
「……ンだよ、ソレ!」
尚、今のこのやり取りからわかる通り、この上月由仁子という少女はもはや二重人格と言っていいほど表裏が激しい。美早は華与から、そんな由仁子の所謂お目付け役を頼まれており、何かと行動を共にすることが多いのである。
「ニコちゃんも何か頼んだら?」
「はぁい♪」
……本当に表裏が激しいのである。
由仁子が苺のショートケーキを頼んだところでカフェオレを一口飲んだ華央が口を開いた。
「さて。私が今日アナタたちを呼び出したのは、他でもない例の≪鴉≫クンの事だけど……≪親≫は誰かわかったのかしら?」
その問いかけに美早と由仁子は気まずく互いの顔を見合わせた。
例の≪鴉≫。それはつい先日、この加速世界に現れた新人バーストリンカーの
デュエルアバター名≪シルバー・クロウ≫。加速世界始まって以来、初となる
その衝撃の事実は瞬く間に加速世界中に広がっていき、数多のバーストリンカーが自らの
が、この
――杉並エリア……。≪親≫は誰なのかしら?
美早の脳裏によぎる、シルバー・クロウが現れ、間もなくして呟いた何気ないその言葉。その言葉に何とも言い表せない寒気を覚えたのは美早のみではなかった。
なぜならシルバー・クロウが初めてその姿を現したのは杉並区。当然、杉並区内にその現実の身を置いているのだろうが、その杉並区はかつての黒の
つまり、華与は一つの可能性を考えたのだ。
二年半前の戦いで生死不明だった黒の王が生き延びていた可能性を。
プロミネンスは密かにシルバー・クロウの親の正体を探った。今回、美早と由仁子が呼び出されたのはその結果報告という訳だが、その報告内容はこの目の前に座る女性の立場からしてみれば、とても思わしくないものだったのだ。
「ローズ……落ち着いて聞いてほしい」
美早は乾いた口を懸命に動かす。
「ここ一週間、
「!」
瞬間、華与の目がこれ以上ないくらい大きく見開かれた。辺りを冷たい沈黙が支配し、美早と由仁子は痛々しい思いに駆られる――が、次の瞬間、華与は穏やかに頷いた。
「そう」
そして、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預ける。その口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいた。
その光景が美早と由仁子には到底信じられなかった。
なぜなら黒の王ブラックロータスは、己の半身であったライダーの首を狩った張本人なのだ。二年半前のあの戦いで誰よりも死んでいて欲しかったまさに宿敵だったはずなのだ。
――なぜ、そんな顔ができる?
まるで新しいおもちゃでも見つけたような、無邪気で――けれども歪な笑み。
耐え切れなくなった由仁子がついに口を開いた。
「どうして……そんなに嬉しそうなんですか……?」
すると華与はきょとんと、一瞬何を言われているのかわからないといったように由仁子を見ると、やがてにっこりと微笑んだ。
「……二年半前のあの日、私はロータスを無限エネミーキルで殺そうとしたの。そっちのほうがロータスに苦痛と絶望を味あわせられると思ってね。けれど一瞬の隙を突かれてその姿を見失って、後悔したの。――ああ、やっぱり自分の手で殺していればよかったって……ね?」
とにかく私は……と華与は窓の外に目を向けて。
「――もう一度、アイツを殺せる」
「「……ッ!!」」
ぞくっ。思わずそう戦慄してしまう程その微笑む姿は罪深く――そして美しかった。
+++
「なんで……どうしてだよ……」
戦慄く由仁子の掠れた呟きが加速世界の空気の溶けて、消える。
「なんでっ、どうしてなんだよっ! チェリー!!」
由仁子は涙ながらに吠えた。かつて自分をこの加速世界に導き、共に戦い抜いてきた≪親≫の変わり果てたその禍々しき姿に向かって。
「――ルゥアアアアッ!!!」
獣のような唸り声と共に狂乱の刃が由仁子に向かい、振り下ろされた。