赤い薔薇は狂い嗤う   作:シルバー・ウィング

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第6話

 黒の軍団(レギオン)構成員の最後の一人、≪シアン・パイル≫こと黛拓武を交え、話し合った結果、放課後ハルユキの自宅にてスカーレット・レインと黒雪姫の邂逅が決定した。

 ということで放課後、タクムは幼馴染のチユリと帰るということなので必然的にハルユキと共に彼の自宅に向かうことになった黒雪姫であったが、その内心は穏やかなものではなかった。

 

 スカーレット・レイン……赤の軍団(レギオン)プロミネンスの幹部……。

 

 蘇るは二年半前のあの時の記憶。黒雪姫が先代赤の王レッド・ライダーの首を落とし、その後に引き起こされた加速世界始まって以来最悪規模と称された黒の軍団(ネガ・ネビュラス)赤の軍団(プロミネンス)の総力戦――。

 当時、≪もう一つのクリア条件≫と詠われていた≪無制限中立フィールド≫の≪帝城≫攻略。全ての王の首を狩ることを失敗した黒雪姫は会談後、一縷の望みを賭け、レギオンメンバーと共に帝城攻略に挑んでいた。

 黒雪姫は思いもしていなかったのだ。≪王≫を失ったプロミネンスがあんなにも早く態勢を立て直し、攻め入ってくるなんて。

 まさに神の悪戯としか思えないようなタイミングの悪さで帝城攻略中に背後から挟み撃ちという形で奇襲されたネガ・ネビュラスは、前方を帝城の門を守る≪超級≫エネミー、後方をプロミネンス自慢の遠距離火力に阻まれ、総崩れとなった。

 幾重もの時間が流れた。プロミネンスの執念は凄まじいものがあり、ネガ・ネビュラスの構成員は戦域から離脱することもままならず、やがて一人、また一人と加速世界から退場していった。

 黒雪姫はそんな戦況を打開しようと死にもの狂いで四肢の剣を振るったが、それでも超級エネミーの猛威を己に引き付け続けることが精一杯で……まさに焼石に水にしかならなかった。

 やがてネガ・ネビュラスの戦線が完全に崩壊した頃、黒雪姫は幹部集団≪四元素(エレメンツ)≫の一人である≪スカイ・レイカー≫というバーストリンカーに抱えられ、どうにか戦域を離脱した。

 己のしでかした罪の重さに必死に耐えながら――。

 そして、最寄りの離脱(リーブ)ポイントまでどうにか来たとき、()()はいた。

 

 ――久しぶりね……ロータス。

 

 憎しみの赤黒き≪心意≫の焔を静かに湛えた二代目赤の王が。

 黒雪姫にその首を断たれたレッド・ライダーの唯一無二の存在であった、フレイム・ローズが。

 黒雪姫はなす術なく敗れた。かけがえのない存在であったライダーを失って、彼女の心の内に生まれた≪破壊≫の心意の威力はまさに絶大で、黒雪姫の≪心意≫など何の抵抗にもならなかった。

 手足をもがれ首と胴体のみとなり、もはや戦闘不能状態となった黒雪姫をフレイム・ローズは――

 

 ――永遠の苦しみの果てに惨たらしく死になさい?

 

 エネミーの巣食う魔の洞穴に投げ入れた。

 

 ――あはっ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 

 そこからの記憶は定かではない。

 凄まじい痛み。そして、餓鬼(グール)型エネミーに喰い散らかせられる黒雪姫の姿を眺めながらけたたましく笑うフレイム・ローズの声が聴覚に張り付いているのみ。気が付いた時には黒雪姫は加速世界から離脱していた――。

 黒雪姫はひたすら恐れていた。己の復活が加速世界全体に知れ渡った今、フレイム・ローズは何を思っているのかということを。

 そして考えた。もし、≪スカーレット・レイン≫が自分のリアルを割る為に送り込まれてきた刺客なのだとしたら。自分を今度こそは確実に殺すために送り込まれてきた刺客なのだとしたら――。

 話したかった。その可能性を。自分の身を守るために。もうあのような恐怖を味わいたくはなかった。

 だが、それはできない。

 

 ハルユキ君を……ハルユキ君だけは守らないと。

 

 黒雪姫のかけがえのない≪子≫であるハルユキはスカーレット・レインにリアルを割られている。もし、黒雪姫が欲求を拒んだら、腹いせにハルユキのリアル情報をばらまくかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。

 無論、スカーレット・レインにもこちらにリアル情報をばらまかれるリスクは大いにあるが、プロミネンスは義理堅いことで知られる。メンバーがリアルアタックでポイント全損と知った暁には軍団(レギオン)総力を以て仇討ちに走るだろう。そこまでのリスクを負ってまでリアルアタックを仕掛けようと考えるバーストリンカーは皆無であり、故にスカーレット・レインのリアル情報はそこまで決定的な対抗策にはならない。

 つまり、黒雪姫にはもはや、会うことしか選択肢が無かったのだ。

 

 「あの……別に何も面白いものもないフツーの家ですよ。ペットもいないし」

 

 マンションの一室にたどり着いたハルユキが扉を開ける前にこちらに振り向く。

 

 「そうか。いや、問題ない。毛の抜ける動物は嫌いだ」

 

 内心に抱えた不安や葛藤をどうにか悟られまいと己の内に抑え込み、黒雪姫はいつもと変わらぬ調子で頷いた。

 

 

 +++

 

 

 ≪ザ・ディザスター≫。

 加速世界の黎明期、≪クロム・ディザスター≫という名のバーストリンカーが所有していた≪強化外装(エンハンスト・アーマメント)≫の名称である。

 その性能は最強の一言に尽きた。

 あらゆる防御を容易く貫くその圧倒的攻撃力。

 あらゆる攻撃を跳ね返すその圧倒的防御力。

 あらゆる存在を追随するその圧倒的機動力。

 本来なら併用できないはずのそれらすべての要素を≪鎧≫は兼ね備えていた。

 しかし、そんな最強の≪鎧≫には一つの大きな欠点があった。

 それはその使用者の精神に異常を来たせること。如何な高潔なる精神を持つ者であろうとも、≪鎧≫の使用者は例外なく狂暴かつ残虐な狂戦士(バーサーカー)へと変貌させられてしまう。

 加速世界が始まって以来、四度に渡って≪鎧≫は討伐された。しかし、いくら消滅させようとも≪鎧≫は必ずまた新たな持ち主を見出し、その精神を乗っ取り、加速世界に再び新たな恐怖と破壊をもたらす。

 やがて、≪鎧≫は絶望と無秩序の象徴としてこう呼ばれるようになった。

 

 ≪災禍の鎧≫と――。

 

 

 +++

 

 

 スカーレット・レイン――≪上月由仁子≫と名乗った女の子から、粗方の話を聞き終えたハルユキはだらだらと脂汗を掻きながらもごもご口を動かす。

 

 「ぼ、ぼぼぼ僕に足止めさせようっていうんですか!? そ、そのっ≪災禍の鎧≫を!」

 「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くはないと思うが」

 

 にこり、と笑いかけてくる黒雪姫にハルユキはわたわたと高速で首を横に振る。

 

 「むむ無理ですよ! レベル8のスカーレット・レインが負けた相手ですよ!? 僕なんてパッと捕まれて、喰われて終わりですよ!」

 

 そんなハルユキの援護射撃かどうかはわからないが、軍団(レギオン)の参謀役であるタクムが口を開く。

 

 「たしかにスカーレット・レインの話に乗るには無理がある。マスター、我々はたった三人の軍団(レギオン)なんです。このスカーレット・レインが我々を騙し討ちにしようと罠を張っている可能性は〇ではないんですよ?」

 

 タクムの言葉に黒雪姫はたしかに、と頷く。

 

 「その危険性は私も考えたさ。大体、≪災禍の鎧≫を断罪するのではなく、救済しようという話自体に無理があるしな。具体的な案も無しにその話に乗るというのはあまりにも愚かで滑稽な考えだ」

 

 だがな、と黒雪姫は言葉を続ける。

 

 「どのみち我々に拒否権はないのだ。このスカーレット・レインにリアルを割られたその時点でな。それに仮にこの依頼がうまくいく場合、天下のプロミネンスの大幹部に借りを作っておくことは悪いことではあるまい」

 

 その言葉にハルユキはハッ、と悟る。

 ――そうだ……スカーレット・レインの後ろには赤の王――あのフレイム・ローズがいるんだ……もし、この依頼を断って、スカーレット・レインがその腹いせに僕たちのリアル情報を報告したら……。

 ただでさえプロミネンスはネガ・ネビュラスを敵視しているのだ、瞬く間に大軍で攻め入ってくることは目に見えていた。

 タクムもハルユキと同じ考えに至ったのか、クッ、と歯ぎしりしている。

 自分のせいで軍団(レギオン)が危機に陥っているという現実にハルユキは内心で必死に黒雪姫とタクムに向けて謝罪の言葉を述べた。

 そんなハルユキの内心を読み取ったのかどうかは定かではないが、ハルユキに気にするなといった目配せをした黒雪姫は由仁子に向けて告げる。

 

 「お前の話には乗ってやろう。だが、その代わりに……」

 「わーってるって。プロミネンス№2の名に賭けてアンタらのリアルは喋らない。――たとえそれが赤の王相手だったとしてもな」

 

 その言葉には上月由仁子という少女の≪覚悟≫が込められているような気がした。

 自分が忠誠を誓う(マスター)を裏切ることになる形となったとしても、チェリー・ルークを≪鎧≫の支配下から救い出すのだという彼女の強い覚悟が。

 由仁子の言葉に黒雪姫はよし、と頷くとしかし、と僅かながらに眉を寄せる。

 

 「しかしながらどうやって、クロム・ディザスターを待ち伏せするのだ? 広大な無制限中立フィールドでの待ち伏せが容易ではないことは貴様なら重々承知しているだろう」

 「……アンタらに迷惑をかけるつもりはねぇ。あたしが責任を持って時間と場所を特定して見せる。今はまだ、恐らく明日の夕方……としか言えねぇが」

 「ほう。それができるのだな?」

 

 黒雪姫の含みのある問いに、由仁子はぐいっと肯定して見せた。

 

 「ならば任せよう。明日の放課後、再びここに集合し、≪無制限中立フィールド≫にダイブする。それでいいな、ハルユキ君、タクム君」

 「はい!」

 

 タクムが即座に返事を返す中、ハルユキの頭は一つの疑問で一杯だった。

 ――無制限中立フィールドって……ナニ?

 

 

 +++

 

 

 「……そう。やはり≪鎧≫は明日の夕方頃に……」

 『大変だったンだゼ。これまでの≪鎧≫の出現パターンを一から分析して、次に加速するであろう時間帯を絞り込むのは』

 「その事に関しては本当に感謝してるわ。報酬はウンと弾むから、また次回も頼むわね」

 『まぁ、ローズさんはオイラにとってもお得意様だからナ~。報酬が弾むンならこれからも生きのいい≪情報≫をどんどん提供していくヨ』

 「ふふっ、ありがとね。――ところで依頼していたもう一つの≪件≫についてなんだけど……」

 『黒と赤を除く五大軍団(レギオン)の動向を教えて欲しいだっけ? コッチもバッチシ調べてあるヨ~』

 

 ――同日の夜、練馬区某所の高層マンション最上階のベランダにて音声通話を行っていた一人の女性のやり取りにて。

 

 

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