赤い薔薇は狂い嗤う 作:シルバー・ウィング
翌日の放課後。黒雪姫とタクムは荷物を家に置いてから来るというので、ハルユキは一人で家に帰った。
「……ただいま」
「おう」
ハルユキの帰宅にソファーに座っていた由仁子が相槌を打つ。
「残り二人は?」
「一度家に寄ってから来るって。あと二十分はかからないと思う」
「よし、何とか間に合いそうだな。クロム・ディザスターは、まだ動いてねぇ」
その言葉にハルユキはぱちくりと瞬きをする。どうやら由仁子は何らかの手段でクロム・ディザスターの動向を追っているようだが、そのためには当然、外部ネットに繋がなければならないはず。
「あの……グローバル接続して大丈夫なの? ここは赤の
自分の
「さっき一回だけ命知らずに≪乱入≫されたけどな。十秒でブッ飛ばして、他の奴らにもあたしの邪魔すんなっつっといたからもう平気だろ」
「そ……そうっすか……」
よくよく考えてみれば余計な疑問だったかもしれないとハルユキは思った。かの大レギオン≪プロミネンス≫の№2に一対一で勝てるバーストリンカーは、それこそ同レベル、もしくは≪純色の七王≫クラスのバーストリンカーでもない限りはもはや勝負にもならないだろう。それほどまでに、このスカーレット・レインの極大火力は尋常なものではなかった。
しかし、当然ながら対戦のメッカである新宿区や渋谷区に比べればこの杉並区は過疎区域であり、そこまでのハイレベルのバーストリンカーが現れる事はほぼ皆無であり、≪王≫もまた≪不可侵条約≫によって原則として自分の領土から出てくることはない。
つまり、今この区域で由仁子が警戒しなければならない相手は反逆者たる黒雪姫のみであるのだが……。
そこまで考えてから、ハルユキはふと、この目の前の赤毛の少女もまた潜在的には黒雪姫の討伐者となるべき人物だということに気が付いた。
「あの……ニコちゃ……ニコ。一つ訊いていいかな」
「なんだよ」
じろっと睨まれ、ハルユキはソファーの横に直立したままシンプルかつストレートに訊ねた。
「き、君は、黒雪姫先輩を憎んでないの?」
「……」
返ってきたのは長い沈黙だった。俯けられたその真紅の瞳はただひたすらに真剣みな色合いを帯びていて、その内面を読み取ることはできない。
「……わかんねぇ」
やがて、ボソッと告げられたその言葉にハルユキは半ば唖然と言葉を発した。
「わかんない……って、どういうこと?」
「わかんねぇモンは、わかんねぇんだよ。憎んでいると言われれば憎んでるし、憎んでないと言えば憎んでもない」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべるハルユキに、由仁子は苦笑する。
「たしかにあたしの最初の
「そ、そうなの……?」
「ああ。だからレッド・ライダーが討たれた事を知った時も衝撃こそ受けたが、古参からの連中と比べればそこまで悲しみに暮れたり狂乱もしなかったし、勃発した
だけどな、と由仁子はどこか悲しげな眼差しでハルユキを見据えた。
「あたしの今の
「……」
真剣な眼差しでそう告げた由仁子に、ハルユキは言葉を失った。というよりは掛けられる言葉を見つけられなかった。
なぜなら、同じく敬愛すべき
どうしようもなく切ない想いで一杯になった。だって、昨夜は黒雪姫も家に泊まって、一緒に夜ご飯を食べたばかりじゃないか。一緒に深夜遅くまでZ指定のレトロゲームであんなにも楽しく遊んだじゃないか。
それなのに、分かり合うことはできないのかと。
黒と赤は、永遠に分かり合うことはできなのかと――。
「「……」」
重々しい静寂が辺りを支配する中、来訪者を告げるインターホンの音が軽やかに響き渡った。
+++
「……来た!」
由仁子が鋭く声を上げたのは、黒雪姫とタクムがハルユキの家に上がって間もなくしてのことだった。
「チェリーが西武池袋線上りの電車に乗った! 今までのパターンからして、今日の狩場はブクロだ」
「池袋か。厄介だな」
軽く舌打ちした黒雪姫はどうする? と由仁子に問いかける。
「時間的にはまだ余裕はある。ここからダイブして≪中≫から行くか?」
「≪エネミー≫に補足されたら面倒だが……ま、このメンツなら大丈夫だろ」
「うむ」
≪中≫? ≪エネミー≫?
ちんぷんかんぷんなハルユキに、床に正座した黒雪姫が顔を向ける。
「……それではハルユキ君。キミに、我々バーストリンカーの真の戦場へとダイブするためのコマンドを教える。バーストポイントを10消費するが、問題はなかろうな?」
「え、ええ、10ポイントくらいなら。そ、それより真の戦場って……?」
「言葉通りだ。我々が≪加速世界≫と呼ぶものの本質がそこにある。いいか、私のコマンドのとおりに、続けて唱えろ。行くぞ……五代目クロム・ディザスター救済ミッション・スタートだ!」
そこで一度大きく息を吸い、背筋を伸ばした黒雪姫は凛と響く声音で叫んだ。
「アンリミテッド・バースト!!」
+++
ハルユキ達が加速するおよそ五分ほど前。練馬区某所の高層マンション最上階の一室、リビングルームに設置されたソファーにて。
「……そろそろ行っておきましょうか」
ぼそりと呟き、燃えるような赤髪を持つ彼女は静かに目を閉じると、唄うように唱えた。
「アンリミテッド・バースト」
彼女の聴覚に響き渡るは荒々しき雷鳴音。
物語は新たな展開に向けて、加速する――。