赤い薔薇は狂い嗤う   作:シルバー・ウィング

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 かなり遅れました!
 すみません!


第8話

 アンリミテッド・バーストコマンドにより、≪無制限中立フィールド≫に降り立ったハルユキは黒雪姫や由仁子から簡単にこのフィールドに関するレクチャーを受けた後、飛行アビリティによってタクムを踏まえた三人を抱え、池袋の方角へ移動を開始していた。

 

 「ほら、ハルユキ君。あれを見たまえ」

 

 右腕に乗る黒雪姫が、細い剣の切っ先で東側を示す。

 言われるがままに視線を向けたハルユキは、視界に収めた()()()()の存在に危うく腕に抱えた黒雪姫と由仁子を落としてしまいそうになった。

 

 「うわっ……な……なん……!?」

 

 深い霧の流れる大通りをゆっくりと移動する巨大な影。

 全体のフォルムは四足獣のようだが、胴体はエイのように平べったく、頭のあるべきところから無数の触手を地面へと垂れさせているその姿はまさに異形としかいいようがない。長くたくましい脚の先端からは凶悪なまでに鋭い鉤爪が伸びる。

 

 「なんですか……アレ」

 「≪エネミー≫だよ。システムが生み出し、動かすこの世界の住人だ」

 

 黒雪姫の言葉に続けて、由仁子が声を潜めて告げる。

 

 「あんなでっけぇのにタゲられたらこのメンツでも手間取るだろうから見つかんないようにいけよ」

 「はい……って襲ってくるの!?」

 「エネミーって単語の意味から教えなきゃなんねぇのか?」

 

 その憎まれ口に反応する余裕もなく、ハルユキは慌てて高度を取った。異形の巨獣は上空の見物人に気づく様子もなく、ゆっくりと歩を進めている。

 

 「な……なんでそんな危ないものが設定されてるんです……」

 「なぜ、というか……つまり……」

 

 黒雪姫が答えかけ、口籠った。由仁子もタクムも同様に返答に窮した気配を発するので、ハルユキは首を傾げる。

 その時、脚にぶらさがるタクムが抑えた声で叫んだ。

 

 「あっ、ほら、ちょうど始まるよ。≪狩り≫だ」

 「か……かり……?」

 

 直後、爆発音が鳴り響き、巨大な獣は奇怪な雄叫びを迸らせた。

 思わず叫びそうになるのをどうにか堪え、よく見ると怪物のさらに向こう側に幾つかの小さな影がある。

 ≪エネミー≫かと思ったが違う。色とりどりの装甲をまとうあの人型のシルエットは――ハルユキ達と同じバーストリンカーだ。

 爆発音は通りの左右に並ぶビルの屋上から迸る幾条ものビームや実弾の火炎によってもたらされていた。

 ≪エネミー≫は雄叫びをあげるとビームの飛来するビルに向けて突進しようとするが、その直前で道路に陣取るバーストリンカーたちが一斉に中距離攻撃を放つ。立て続けの爆発に飲み込まれた獣は怒りの声と共にターゲットを変更し、路上に身をさらす数人へと突っ込んでいく。

 

 「あっ、危ない!」

 

 思わず叫んでしまう。巨獣の前脚がはるか上空から振り下ろされ、リーダー格を踏み潰した――かのように見えたが青銀色の重装甲を持つそのデュエルアバターは交差させた両腕で巨大な鉤爪を受け止めて見せた。

 とは言え、足を止めて正面戦闘するつもりはないらしく、荒れ狂う獣の猛攻を数人がかりでガードしながら徐々に後ろに退いていく。

 ビルから十分離したところで再度の屋上からの一斉射撃。巨獣の尻尾の付け根に命中した。どたどたと方向転換し、再びビルに突進する獣に今度は地上部隊が追いかけながらの近接攻撃を仕掛ける。

 

 「なかなかいいパーティーだな。ヘイト管理が上手い。あのリーダーは誰だ?」

 「確か緑のレギオンの幹部じゃねぇかな。パーティーは混成みてーだけど」

 

 黒雪姫と由仁子のやり取りを聞いたハルユキはようやく、眼下で繰り広げられている戦闘の内実を悟った。

 

 「そ、そうか……あのバーストリンカーたちは、その……エネミーっていうでっかい怪物に襲われてるんじゃなくて、逆にあれを狙って倒そうとしてるんですね」

 「そうだ。つまり≪狩り≫だ」

 「てことは倒せば経験値……じゃなくてバーストポイントが……?」

 「うむ、そういうことだ」

 

 頷く黒雪姫に続いて、ニコがぽんとハルユキの頭を叩いた。

 

 「もうあんたも解ったろ。この無制限中立フィールドにエネミーが存在する理由はつまるところそれがフィールドの存在理由ってわけだ。通常の対戦だけじゃなくて、ここで狩りをすることでもバーストリンカーはレベルアップすることができる。でもな……」

 「……その効率は対戦と比べれば著しく悪い。あれ級の大型獣を、全滅のリスクを冒して狩っても、同レベル大戦での勝利一回分……つまり10ポイント手に入るかどうかだ」

 

 説明を引き継いだ黒雪姫は、だがな……と言葉を続ける。

 

 「それは仕方のないことなのだ。この世界でエネミーを狩るのはバーストポイントを無から生み出す行為な訳だからな。つまり、あくまで対戦格闘ゲームであるブレイン・バーストにおいて、無制限中立フィールドでの狩りは本来、補助的なポイント供給方法でしかなかったのだ。しかし現在はそれがほとんど唯一の高レベルへと達する道となってしまった。理由は……」

 「相互不可侵条約……ですね」

 

 ハルユキは呟いた。

 

 「ハイレベルのバーストリンカーは、通常対戦したくとも他のレギオンの領土に殴り込むわけにはいかない。その理由となるべき≪領土戦争≫は条約のせいで機能していない……」

 

 遥か眼下で繰り広げられる激戦から離れ、再び北上したハルユキの足元でタクムが考え込むような声を出した。

 

 「マスター、でも正確にはまだあと一つだけありますよね。今の状況下でも高確率でポイントを稼いで、ハイレベル帯まで駆け上がる手段が」

 「え? タク、それって……?」

 「つまりさ……この世界にはエネミー以外にも狩りの対象が存在するんだよ。しかも、もっとずっと大量のポイントを持ってる獲物が……」

 

 一瞬考え込んでから、ハルユキは鋭く息を吸い込んだ。

 

 「そ、そうか……さっきの獣じゃなく、彼らのほうを……」

 

 生まれたわずかな沈黙を、黒雪姫が静かに破る。

 

 「そういうことだ。通常対戦では自レギオンの領土からほとんど出てこない故に挑みたくても挑めないバーストリンカーに、この場所でなら好き放題に襲い掛かることができる。しかも待ち伏せ、不意打ち、なんでもありだ」

 「そして、そいつを実行しているのがまさに≪チェリー・ルーク≫……いや≪クロム・ディザスター≫ってわけだ」

 

 低く由仁子が呟き、真紅のつぶらなレンズに覆われた両眼を前方へ向ける。

 すでに放射七号線である目白通りも越えつつある。目的地である池袋の中心部はすぐそこだ。

 

 +++

 

 目的地の直前まで来たところで、念には念を入れて地上から行こうと提案した由仁子の言葉に従い、眼前に広がる窪地のような場所に降り立とうとしたまさにその時だった。

 

 「ハル!!」

 

 足元でタクムが叫んだ。

 反射的に下を向いたハルユキが捉えたのは、地上に建ち並ぶビルの隙間から伸び上ってくる、眩いオレンジ色の火線だった。

 

 「……ッ!」

 

 悲鳴を上げる余裕すらなく、ハルユキは右斜め前方へ回避行動を取る。

 銀翼の脇を巨大な熱量が通過していくのを認識する間も無くハルユキは視界の隅で第二射を捉えていた。

 黒雪姫が低く叫ぶ。

 

 「まさか……クロム・ディザスターか!」

 

 それに対して由仁子が、緊張の中にも唖然とした響きのある声で答えた。

 

 「有り得ねぇ……早すぎる、出現までこっちの時間じゃまだまる一日はあるはずだ! それに、あいつにはこんな技は……」

 

 二人の会話をハルユキは絶叫で遮った。

 

 「降ります!」

 

 なぜなら先ほどの第二射に続き、三射四射と複数の光点が瞬くのが見えたからだ。一人ならまだしも、三人も抱えたこの状況下では避け切ることは不可能だ――。

 まずタクムが両腕を離し、地面を抉りながら着地する。直後に左右の腕から黒雪姫と由仁子が飛び出して軽やかに地面に降り立つ。

 そんな三人の中央にごちゃっと無様に墜落してから、ハルユキは慌てて跳ね起きた。先ほどのが敵の奇襲攻撃なのだとしたら、すぐさま追撃が来るはずだからだ。

 案の定、ざし、と小さな足音がハルユキの聴覚を叩いた。それと同時に着地したクレーターと思わしき窪地の西側の縁に一つの人影が現れる。

 あのシルエットは間違いなくバーストリンカーであり――

 

 「あれが……さっきの攻撃者……?」

 

 ハルユキは声にならない声で呟く。

 しかしほんの一秒後だった。そのすぐ右隣りに二つ目、三つ目と次々に影が現れたのは。

 

 「い……いったい……」

 

 タクムが低く呻く間にも人影は次々と増えていき、終いにはその総数は三十にも達した。

 クレーターの縁を埋め尽くすは大型、小型、遠隔、近接様々な種類のバーストリンカー。その特徴は多岐に渡るが、たった一つだけ共通するものがある。

 それは気配。無言で獲物を凝視する、狩人の気配。

 そんなバーストリンカーたちの間から最後に現れたのは、一際存在感のあるデュエルアバターだった。

 細長い四肢。身長はシアン・パイルをも超えるだろうが、その華奢さはシルバー・クロウなみだ。

 トランプのジョーカー札を彷彿とさせる見るものを不安にさせるフェイスマスク。そして装甲は――わずかなくすみも濁りもない、ウラン鉱石のような毒々しい――黄色。

 

 「!!」

 

 戦慄が走った。あれほど鮮やかな彩度を持つデュエルアバターはそうはいない。今まで見たことがあるのは闇の漆黒と、真紅の煌きを持つたった二人だけだ。

 つまり……つまりあのデュエルアバターは……。

 ハルユキの想像を裏付けするかのように、傍らに立つ真紅のアバターが、掠れた声を放った。

 

 「≪イエロー・レディオ≫……≪黄の王≫……なぜここに……」

 

 ≪ブラック・ロータス≫。≪フレイム・ローズ≫に続いて初めて耳にする第三の王。

 加速世界に七人しか存在しない、レベル9のバーストリンカー。

 しかし、上野から秋葉原にかけてを領土とする黄のレギオンがどうして今この池袋に――? そんな疑問がハルユキの脳裏に浮かび上がったその時には隣で由仁子が叫んでいた。

 

 「……てめぇか! てめぇが全部仕組んだのか、イエロー・レディオ!」

 

 激高した由仁子の叫びにイエロー・レディオはおどけたように肩を竦める。

 

 「仕組んだ……とはどういうことでしょう? 我々はただ、ふらふらと飛んでいる子虫を撃ち落してみただけですよ?」

 「あきらかにおかしいだろうが。こんなピンポイントに狙って……それもこんな大人数で襲って来やがって……どう考えても予め襲撃の計画を練っておかねーと、この無制限中立フィールドでの奇襲は不可能だろうが!!」

 

 由仁子のその台詞でようやくハルユキは由仁子の言わんとすることを理解した。

 そう。あまりにも不自然なのだ。この一千倍に加速されたこの空間において、このような大人数で待ち伏せをしていたことが。仮に内部でレギオンの構成員がハルユキたちを見つけていたにせよ、外部に連絡し、メンバーを集めて池袋に集合する時間的余裕はないはず。

 できるはずもない。予め、この場所にスカーレット・レインが現れるという情報を掴み、計画を練っていない限りは。

 しかし、イエロー・レディオに動揺の色は見られない。

 

 「仰る意味がわかりませんね? 私はただ、不可侵条約に反して私のかわいい配下を襲い、ポイント全損に追い込んでくれた赤のレギオンの何方に、その責任を取ってもらおうと出向いたまでですよ? ここ最近、うちの領土で傍若無人に暴れているあのデュエルアバターにはほとほと困っておりましてねぇ」

 「てめぇが蒔いた種だろうが! あたしを……いや、狙いはローズさんだな? ローズさんをこの場におびき出すために隠匿した≪災禍の鎧≫をチェリー・ルークに渡し、あいつを唆して、条約違反の無差別攻撃に走らせたんだろう!」

 

 由仁子の言葉にイエロー・レディオはおどけたように言った。

 

 「たしかに責任を取らせるならレギオン構成員の不始末はその長である赤の王の首を以てして償わせたい思いはあります。それは認めましょう。けれど≪鎧≫の隠匿とは? ≪鎧≫はずっと昔に消滅したはずですよねぇ? ……そのチェリー・ルークとやらが勝手にまた作ったんじゃないですか?」

 「てめぇ……!」

 

 レディオのあからさまな挑発に由仁子がもう我慢がならないかのように足を一歩前に踏み出す。

 

 「許さねぇ……てめぇだけは絶対に……許さねぇぞ!!」

 

 今にもあの固定砲台を召喚してしまいそうな勢いの由仁子を、意外にもイエロー・レディオはその極細の腕を上げて止めた。

 

 「少し待ってください。たしかにあなたをこの場で処刑し、採算を取るのは矢房かではありませんが……あなたも今、この場で死にたくはないでしょう?」

 「あぁ? なに言ってやがる?」

 「見逃してあげようということですよ。いくらあなたが赤のレギオンのナンバー2だからと言って、あなたの首自体にはそれほど魅力はありませんし……どうやらもっと大きな獲物が釣れたみたいですしね……」

 「まさか……」

 

 イエロー・レディオは頷いた。

 

 「ええ、そうです! 加速世界最大にして最悪の裏切り者――≪黒の王≫ブラック・ロータス……彼女の首を差し出せば今この場は見逃してあげてもいいということですよ! あなたもあのフレイム・ローズの下に仕える者ならばレッド・ライダーを失った彼女の憎しみと悲しみは重々理解しているはずでしょう!」

 

 その言葉にハルユキの背筋が凍りついた。

 おそらく、このイエロー・レディオは≪災禍の鎧≫を利用し、最初は赤の王の首を狩るつもりだった。理由は簡単、自らがレベル10に上り詰めるための五つの首級の一つとするためだ。≪鎧≫を利用すれば他のレギオンの王の首を合法的に狩ることは簡単なことのはずだった。

 しかし、予想外のことに現れたのは赤の王ではなく、スカーレット・レイン。これでは当初の目的である王の首を狩ることはできない。

 だが幸いにもこの場にはもう一人、王の姿があった。加速世界における最大級の裏切者であり、賞金首である黒の王ブラック・ロータスの姿が。

 つまり、イエロー・レディオは今この場を以てしてあくまで合法的に黒の王の首を寄越せと言ってきているのだ。加速世界最大の裏切者を野放しにしておくことはできない……黄の王の大義名分はそういったところだろうか。

 

 「我々が代わりに晴らしてあげますよ……彼女(フレイム・ローズ)の悲しみを……レッド・ライダーの無念を……」

 「……」

 

 右手を差し伸べるように突き出してくる黄の王に由仁子は立ち尽くしたまま言葉を発しようとしなかった。

 冷や汗が流れる。このままではマズいということは重々、ハルユキも理解している。思わず背後に立つ黒雪姫の姿を見てしまいそうになるが、その前に由仁子が静かに口を開く。

 

 「……たしかにあたしの王はこの黒の王のせいで心に途方もない傷を負った……それは変えられないし、変えるべきでもねぇ事実だ……」

 

 静かに発せられたその言葉にまさかとハルユキは前に立つ由仁子の姿を見やる。思い返されるは今日、黒雪姫やタクムが訪れる前に交わした二人きりの会話の時に告げられた、あの言葉。

 

 ――それでもあたしは、あたしの大切な人を傷つけた黒の王(ロータス)を許すことはできねぇ……絶対に。

 

 許すことはできない。由仁子はそう言っていた。

 由仁子の赤の王に対する忠誠は筋金入りのものであることは理解している。そしてそんな由仁子ならば今、この場で≪鎧≫の救済という自身の目的を放棄して、黄の王に黒雪姫の首を狩らせる道を選ぶのではないか――?

 しかし、そんなハルユキの心配は杞憂に終わった。

 

 「だがそれとこれとじゃ話は別だ。あたしはこいつらに恩がある。あたしのレギオン(プロミネンス)が黒のレギオンに対して敵対しているということはこいつらも理解しているはずなのに……今宵、こうしてあたしに協力してくれた……だからあたしも今、この場でロータスの首は狩らせねぇ! 絶対に!」

 「ニコ……」

 

 由仁子のその凄絶な宣言にハルユキは心を打たれた。そしてつい先ほどまでの自分を恥じた。

 由仁子はそこまでの覚悟を持って今、この場に臨んでいたというのにそんな彼女の覚悟を軽く見るような考えをして恥ずかしい、と。

 

 「そうですか……それは残念ですねぇ……」

 

 自らの提案を否定されたというのにも関わらず、黄の王から動揺や焦りのようなものは感じられなかった。

 むしろ、こうなることを望んでいたかのような……そんな気さえ感じられる。

 

 「あなたの高潔な心意気は理解しました。私の慈悲を受け取って貰えなかったのは残念ですが……」

 

 わざとらしい、その言葉。

 猛烈に嫌な予感がハルユキの背筋に走る。

 

 「余裕ぶっこいてる暇、てめぇにあるのか? レベル9でこそねぇが……あたしは王に負けるつもりは微塵もねぇし、こっちにはレベル9の王がいる。その陣容は王一人に対しての陣容であることは明らかだ……レベル9(クラス)二人を相手にその陣容で勝てると思っているのか?」

 「たしかに二人相手は想定していませんでしたし、あなたの実力が王に極めて近い位置にあることは重々理解しています。……けれどそれは二人で戦えたらの話でしょう?」

 

 小さな違和感をハルユキは覚えた。

 そういえば黒雪姫はなぜずっと沈黙しているのか。普段の彼女なら、黄の王が現れたその途端、由仁子以上の勢いで食って掛かっているはずでは?

 さっと後ろを振り向いたハルユキが見たのは――。

 両手の剣をだらりと下げ、まるで何かを恐れるかのように項垂れる漆黒のアバターの姿だった。

 

 「ロータス……?」

 

 黒雪姫の異変を感じ取ったのか、由仁子も肩越しにこちらを見つめていた。

 

 「私はね、ずっと、ずうっとこんなふうにあなたに会える日を心待ちにしていたんです、ロータス。長いことポケットにしまい続けていたこのささやかなプレゼントをあなたに差し上げるためにね!」

 

 芝居がかった仕草でまっすぐ差しのべられた黄の王の指先に、何か四角いものがちかっと光るのをハルユキは見た。トランプカードと同じようなサイズだが、模様などは見当たらない。

 イエロー・レディオは器用に指先で弄んだ後、ぴんとカードを弾く。

 地に音もなく突き刺さったそれを見て、傍らの由仁子が低くささやく。

 

 「リプレイファイルだ」

 

 直後、カードの表面が眩く輝き、真上に円錐形の光を放出した。

 そうして空中に提示された立体映像には、これまでに見たことのない一人のデュエルアバターが映っている。

 赤い。

 そのフォルムこそオーソドックスな人型だが、そのバランスよく盛り上がった装甲は、これ以上はあるまいと、そう断言できてしまうほどの純粋な赤に輝いている。

 スカーレット・レインの紅とはまた違う、言うなれば情熱の赤。

 このデュエルアバターは、まさか――

 

 「先代……≪レッド・ライダー≫」

 

 思わず掠れ出た、由仁子のその言葉。

 黒雪姫が一歩後すざり、呻くように言った。

 

 「やめろ……やめろ!」

 

 半透明の立体映像が動き出したのはその時だった。

 

 +++

 

 リプレイファイルの内容は、二年半前のあの時……≪相互不可侵条約≫が締結されたあの時のものだった。

 黒の王が不意討ちで抱き締めるように赤の王の首を切り落としたあの時の――。

 

 「やめろ……やめろ、やめろ……!」

 「せ……せん、ぱ……」

 

 反射的に呼びかけた自分の声が、激しく震えていることにハルユキははっと息を詰めた。

 黒雪姫はわずかにハルユキを見たが、すぐに顔を反らし、何度も首を左右に振った。

 

 「ハルユキ君……わたし、は……」

 

 黒雪姫の鏡面ゴーグルから光が消えうせたのはその時だった。

 まるでブツンと電源が切れたロボットのように、漆黒のアバターから力が抜ける。

 がしゃん、と乾いた音を立てて、その華奢なアバターを地面に伏せさせた黒雪姫の姿に、ハルユキは途方に暮れることしかできない。

 

 「せんぱい……先輩?」

 

 そんなハルユキの聴覚に、由仁子の痛々しい呟きが響き渡ってくる。

 

 「……≪零化現象≫……! ロータス、あんた……そこまで……」

 

 そんな由仁子の言葉の意味がわからず、問いかけようとしたハルユキは、響いた高らかな笑い声を聞いて身体を強張らせた。

 

 「くくく……ふふふ、くふふはははははははははは!!」

 

 嘲笑の主は、クレーターの縁よりこちらを見下ろす黄の王のものだった。

 

 「くふふふふ……やはりね。あなたはまだこの裏切りを引きずっていると思っていましたよ。そこまで期待通りに零化してくれるとは、むしろ残念ですらあります……その程度の覚悟でよくもレベル10を目指すなどという大言を吐けたものですね、ブラック・ロータス!」

 「き……さま……」

 

 ハルユキの喉から軋むような呻き声が漏れ出る間にも黄の王はクレーターいっぱいに声を張り上げる。

 

 「それでは、我がカーニバルの最終演目、楽しんでいただきましょうか!――攻撃用意! 目標は裏切りの王、ブラック・ロータス! 邪魔する雑魚も容赦なく潰しなさい!」

 「くそっ」

 

 一言毒づき、由仁子が可憐なアバターの両手を広げた。

 

 「来いっ、強化外……」

 

 しかし、さっと伸びたタクムの腕が由仁子の肩を押さえた。

 

 「駄目です、スカーレット・レイン! 武装を展開したら、あなたは機動力を失って離脱できなくなる!」

 

 そんなタクムの腕をすぐさま振りほどき、前を見据えた。

 

 「いんだよ、ソレで」

 「え……?」

 

 由仁子は今に攻撃態勢に入る黄の軍勢を睨みつけながら言葉を続ける。

 

 「元はと言えばあたしのせいであんたらをこんな状況に巻き込んじまったんだからな、その責任を取らねぇとあたしの腹の虫が治まらねぇ。――殿くらいはきっちり務めてやる。あんたはクロウとロータスを連れて、サンシャインシティのリーブポイントから脱出しな」

 「ダメだ、そんなの!」

 

 そんな由仁子の言葉をハルユキは半ば反射的に否定していた。

 

 「仲間を置いて逃げるなんて、絶対嫌だ!」

 

 赤と黒は相容れない。

 由仁子の話を聞いて、ハルユキは自分と由仁子との間にたしかな壁があることを感じた。

 それでも。

 それでも由仁子とハルユキは理由は何にせよ、一晩を共に過ごした。

 一緒にご飯を食べて、一緒にゲームをして――。

 その時、本当に楽しくて浮かべた笑顔は絶対に偽物じゃないから――。

 そんなハルユキを由仁子は静かに、じっと見つめていたが、やがてはぁー、と重くため息を吐いた。

 

 「……仲間、か」

 

 由仁子はやれやれといったように言葉を続ける。

 

 「ここに来る前、あんだけ拒絶してやったのにあんたって奴は――筋金入りのバカだな」

 「ぐっ! でも僕は少なくともニコのこと、仲間だって信じてる!」

 「意外ときなくせーんだな、お前」

 

 苦笑気味のその言葉。ぶっきらぼうに由仁子は告げる。

 

 「なら、好きにしな」

 

 その向こうで、イエロー・レディオが高らかに腕を掲げ――そして振り下ろした。

 

 「攻撃、開始ッ!!」

 




 次回、決戦です。
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