ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。勇者の前は罪人?
ミュゼ…魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。先代魔王の娘?
レイグ…街の悪戯っ子。行き過ぎた悪戯はもはやコミュニケーションだと思っている。
キャッシ…レイグの悪戯仲間の女の子。不幸体質。
ロー…レイグの悪戯仲間の男の子。楽天家。
メルド…レイグの悪戯仲間の男の子。無口でぽっちゃり。
「待って待って待って待って!!」
「何よ。ここまで来てうるさいわね」
「聞いてなかったって!!」
「言ってないもの」
「本当、マジで金払うから辞退させて!退場させて!!」
「……アンタ、さすがにお金で解決するのはどうかと思うわよ」
「無理だって!!これはマジで無理なんだって!!」
「勇者だったらこんくらい何とでもなるでしょ?」
「勇者関係ねぇから!!こればっかりはダメだから!!」
「いちいち喧しいわね。ほら行くわよ」
「待って!!置いてかないで!!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
8月初旬。もう季節はすっかり夏である。強力すぎる殺人太陽光線は直接当たらなくとも、じわじわと体力を奪っていく。建物の中に居てこれだけ暑いのならば、玄関の外はどんな地獄が待っているのか想像しただけで気が滅入る。昼間外出することは、すなわち死を表すと言っても過言ではない。
ピース依頼事務所も窓を全開にして風を呼び込もうと必死だが、入ってくるのは生ぬるい熱風だけである。
「あぢー……ミュゼ、何か飲み物持ってきて」
俺は愛用しているソファがちょうど日向になる時間帯のため、廊下に避難していた。床にうつ伏せになって全身で冷たさを求めている。
「……自分でやりなさいな。もう怪我だって治ったでしょ?」
ミュゼのソファは日陰だからそこに居るが、暑いのには変わらないらしい。ファッション誌で扇いで風を送っている。
「あっつあつのコーヒーなら淹れてあげてもいいけれど」
「冗談でもその表現は止めてくれ。想像しただけで暑くなる」
「……そうね。ごめんなさい」
憎まれ口製造機のミュゼですらこの有り様だ。相当参ってしまっているみたいだ。俺も寝転がっていた床がぬるくなってしまったので、寝返りを打って冷たい場所を探す。
「ってかこの暑さで包帯ぐるぐる巻きのままだったら生き地獄だったよな」
「本当、暑くなるようなこと言うの止めてって……」
6月にトビに襲われてからほぼ一か月の間まともに動くことも出来なかった。ミイラ男のようで見るに堪えなかっただろう。
ふと、トビとの戦闘を思い出す。あの夜はどう足掻いても手も足も出なかった。しかもあいつは、おそらく手を抜いていた。何度か奴が戦っている姿を見たことがあるが、さながら暗殺者のように一撃で敵を仕留めるスタイルであった。あの時は俺との戦いを愉しむためにわざと時間をかけていたに違いない。だから俺は生きている。町長が助けてくれたとはいえ、全身にクナイが刺さっていたのだ。こんなすぐに復帰出来るわけがない。その証拠に医師から奇跡的に傷が浅かったと言われていた。トビほどの実力で、あれだけ刺して仕留められないというのはおかしすぎる。
『今回は殺さないでおいといてやりますよ。今度会う時までに強くなってて俺を愉しませてくださいね!』
そう、文字通り俺は生かされただけに過ぎない。もし――いや、もしかしなくてもまたあいつと戦うことになるだろう。だからと言って勝てる自信は全くない。何かしらの策を練っておく必要がある。現時点では何も浮かんでいないが。
また体温で床が温まってしまったので、ごろごろと転がっていると呼び鈴が鳴らされた。
「ミュゼー、出てくれー」
「どう考えたってアンタの方が近いでしょ」
「身体がまだ痛いからさ」
「リハビリよ、リハビリ」
どれだけ言っても定位置から動く様子はない。涼しさを求めるのに専念してしまっている。まぁ、俺も身体が痛いというのも嘘なのだが。渋々と立ち上がり玄関へ向かう。
「ったく、飯もまともに作れねーのに。こんくらいやれよ……」
「聞こえてるわよー」
「はいはーい。すみませんねー今日はお休みなんですよー」
ミュゼを無視して玄関の扉の前に立つ。休みというのは面倒だからではなく、まだ俺が本調子じゃないため大きな依頼は断っていたのだ。いくつか簡単なものは、ミュゼが勝手に受けていたみたいだが。金属製のドアノブを握った瞬間に太陽の熱によって熱くなっていたのを感じ、扉を開くこと躊躇ったが、さすがに出ないわけにもいかないので意を決して開く。
「おい、ゼード。来たぞ!」
見覚えのある子供が立っている。ガキんちょ――レイグだった。
俺は全く表情を変えずに扉を閉める。
「誰だったのー?」
リビングからミュゼが声を飛ばしてくる。
「ピンポンダッシュだったから気にすんな。さぁ、のんびりしよう!」
「へー、最近のピンポンダッシュは凄いわね。鳴らしてから逃げるんじゃなくて、扉バンバン叩いてくるのね」
「いや、これはアレだよ。カブトムシが扉に向かって体当たりしてきてるんだよ」
「おい!開けろよ!!」
「へー、最近のカブトムシは凄いわね。人間の言葉が話せるくらいに進化してたのね。……いい加減開けてあげなさいよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい、ガキんちょ。稽古は当分無しだって言っただろ?」
来客のレイを応接室へ入れてあげ、私の向かいのソファに座らせた。日向だからとても暑そうだけど、全く気にしていないみたい。そりゃそうか。わざわざこんなクソ暑い中歩いてきたんだから。
ゼードが言っている稽古というのは、剣の稽古だ。エイプリールフールの一件以来、レイは時々事務所を訪れては稽古をつけにもらいに来ていた。なんでも以前から剣術には興味があったらしい。ゼードのは剣術と言っていいものなのかは不明だけど。鬱陶しそうにはしているものの、なんだかんだ教えているから面倒見はいいのかしら。
「知ってるよ。今日は別の用事があってきたんだ」
「何?暑くないこと?暑いなら動かんぞ」
「……こっち見てくれとは言わないけど、せめて起き上がってくれねーかな」
ゼードはさっきと同じように廊下に寝そべっている。唯一違う点は仰向けになっていることぐらいだ。
「いいじゃねーか。自分ちなんだし。お前も客じゃないし」
「……まぁ、いいけど。今日来たのはイベントの宣伝にな」
「「イベント?」」
思わず二人の反応が被る。
「うちの教会でイベントを開くんだ。よかったら二人も来てくれたらなって。あ、これチラシね」
「えー……めんど……」
「行ったらなんかあんの?」
「あの……チラシぐらい見てくれよ!!ミュゼさんも目の前に出したんだからもうちょっと興味持って!?」
私は仕方なくテーブルの上に広げられたチラシを見下ろす。群青色の紙に赤い文字でイベントについて書かれている。
「あら、面白そうじゃない。2Gかかるみたいだけど」
「はぁ?わざわざ行ってやるのに金取んのかよ!」
「シスターにはいつも迷惑かけてるから、ちょっとぐらい恩返ししたいんだよ!」
「まず迷惑をかけない方法を考えたほうが効率的じゃねーか?……まぁ、俺もシスターには世話になったしな。たまには顔見せに行くか」
「え?来てくれる!?」
「でも外あっついからなー……」
「真夜中から始まるみたいよ。多少暑さは和らぐんじゃないかしら?」
「……へいへい。分かりましたよーだ。行ってやるよ」
「ほんと!?やったぁ!!」
レイは子供らしく飛び回って嬉しさを表現している。ゼードは五月蠅そうにごろんと寝返りをうってうつ伏せに戻る。私はその光景を一瞥してから、チラシに視線を落とした。
(これは何か一波乱起きそうね……)
――――――――――――――――――――――――――――――――
ガキんちょが帰ってから数刻後、漸く日が沈む。もう大分日も長くなったものだ。暗くなってからも十分暑いが、約束してしまった以上行かないわけにもいかない。欠伸をしながら外出の準備をする。
「……ちょっとちょっと!何してるのよ?」
「はぁ?何って?」
「その手に持ってるものよ!」
ミュゼが俺の手に掴んでいるものを指さす。いつも外出する際に着ている袖口の広い黄土色のコートだ。
「この暑さでコート着ていくつもり?」
「え、だってこれないとナイフ取り出せないじゃん。それにもう俺のトレードマークみたいなもんじゃん?」
「だから着てくわけ?見てるだけで暑くなってくるから、しまいなさい。それに戦う訳じゃないんだからナイフも必要ないでしょ?」
「いやいや、何時なんどき襲われるかわかんねーし。皆だってこれ着てないと俺だってわかんねーかもしれねぇじゃん?」
「どんだけ記憶のリソースそのコートに費やしてんのよ」
「とにかく、これは譲れな――」
「……燃やすわよ?」
「いやー最近暑くなってきたからこれはもう卒業かなー!クールビズ最高!!」
「よろしい。さ、行きましょ」
ミュゼが玄関の扉を開けて外へ出ていく。……目がガチだったぞ。あのまま意地を張っていたら、本当に燃やされかねなかった。ああまで言われてしまったら、もう当分この愛用のコートに袖は通せないだろう。また涼しくなってくるまでクローゼットで留守番しておいてもらおう。次に羽織れるのは一体何ヵ月後になるのだろうか。
遅れて外に出ると、風があって思ったよりも暑くはなかった。ただ生ぬるいので、決して心地よいとは言いがたい。先に居たミュゼは、昼間堕落しきって鈍っていた身体を解すように伸びをしながら俺を待っていた。俺に気付くと、そのまま歩き始める。
「どう?久々の外の感想は」
「感想も何も、いたって異常なしだわ」
「身体はもう痛くない?」
「……なんだよ。気持ち悪いな」
「私だって心配くらいするわよ?もう大丈夫なのね」
「あぁ。いつも通りだ」
「よかった。じゃあ、今晩から今まで通りアンタがご飯作りなさいよ?」
「……そういうことか。はいはい、了解ですよ。いい加減お前の作る飯にも飽きたしな」
「しょうがないでしょ。アンタが文句ばっかり言うんだから」
言われてみれば確かに一月ほど、家にこもっていたことになる。包帯まみれで動けなかったのだが。その間は慣れないながらもミュゼが家事全般をこなしていたのだ。普段やっていた家事といえば、食洗機に食器を投げ込むことだけだったから、そりゃもう大変だった。
他愛ない会話をすること20分。目的地の教会にたどり着いた。同じ町とはいえ、ほぼ反対側にある教会にはあまり立ち寄ることはない。そもそも神への信仰が薄れてしまった世間では、訪れる人の方が少ないだろう。
教会の前には何人かの住民とシスターが立っていた。他の住民は男女の比率が半々だった。どうやらカップルが多いみたいだった。理由は全く分からないが。
「あら、お待ちしておりました。ゼード君、ミュゼさん」
俺たちを見つけるや否や、深々とシスターがお辞儀をする。紫色の修道服でベールの下にちらっとだけ見える金髪。そして常に笑顔を絶やさない。そのせいで、一度も彼女の目が開いているところを見たことがない。
「おう。久しぶりだな。来てやったぞ」
「そうですね。お家をご紹介した以来ですね。たまには本業の図書館に来てくれてもいいのですよ」
シスターは形だけで、実際は色々と職を掛け持ちしている。今の事務所を不動産屋として紹介してくれたり、王都の方で図書館の司書をしていたりする。
あとは仕事ではないが、エセ孤児院もこの教会で開いており、レイグとかのガキんちょどもがここで寝泊まりをしているみたいだ。
「本なんてあまり読まねぇからなー。……ってか、それが本業でいいのか?」
「稼ぎが一番良いのはそれですから。事務所は最近いかがですか?」
「ゼードがボロ切れになっていたおかげで、ここ一か月まともな仕事はなかったわ」
「あら。まだそんなやんちゃをやっているのですか?」
「今回のは自分から頭突っ込んだわけじゃねぇよ。通り魔に襲われたようなもんだから」
「最近の通り魔は勇者をボコボコに出来るんですね。気を付けます」
表情一つ変えずに皮肉めいた事を言う。この人はこうやって笑顔で毒を吐く。悪意があるのかないのか。
「……なんかイベントやるんだってな。そういやガキんちょたちはどこだ?」
「もう準備をしてますよ。では時間も時間ですので移動しましょうか」
「移動?教会ん中でやるんじゃないのか?」
「あら?何をするのかご存知ないのですか?」
「そういえばアンタはレイが持ってきたチラシ見てなかったわね」
「でしたら着いてからのお楽しみということにしましょうか。さあ、こちらです!」
シスターは集まった人々に聞こえるように大声で呼びかける。そして先頭に立って進んでいく。俺たちもそれに着いていくが、道中に小声で隣のミュゼに問い掛ける。
「なぁ、一体何やるんだ?教会のイベントつってたから話延々と聞かされたり、あわよくば飯出してくれてパーティーでもすんのかと思ってたんだけど」
「そんなわけないでしょ。レイが準備してるって言ってたじゃない」
そう言い放つと立ち止まった俺を置き去りにして歩いて行った。ふとエイプリールフールを思い出す。エノスの洞窟で常軌を逸した罠の数々。……どうしてだろう、無性に家に帰りたくなってきた。
「こえー……」
「何やってるのよー。早く来なさい」
向こうでミュゼが手招きしている。まぁ、多分大丈夫だろう。シスターも居るから前みたいに危うく命を落としかける、なんて罠とかは設置していないはずだ。思わず袖口に手を入れてナイフの本数を確認しようとしたところで、いつものコートを着ていないことを思い出す。念のため、懐に短剣は入れてあるが出来れば取り出す機会がないことを望む。
俺は皆に追い付くために、重い足に鞭打って駆け寄った。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「おい……これって…………」
俺は目の前の光景に思わず絶句する。
「お待たせいたしました。教会主催、"肝試し"でございます」
終着点は教会の裏にある墓地の入り口だった。裏の墓地とは言うが、森の中に後から作ったのか周囲は木々で覆われており、昼間でも鬱蒼としている場所であった。元々居心地はよろしくないものだったが、さらに今は蝋燭やら十字架やら素敵なデコレーションが施されている。
「クオリティはレイグを中心とした子供たちが手掛けたので、あまり期待しないでいただければ幸いでございます」
住民たちは少なくとも一回はガキんちょの悪戯の被害に遭っている。その手の込みようは身をもって体感しているわけだ。けれども所詮は子供の作った罠。そんな不安に思うことは――。
「それとこの墓地は幽霊が出るなんて噂もありますね」
「――帰る」
「あら、もうお帰りですか?暑い中わざわざお越しいただいたのに。でも、ゼード君の事務所もお忙しいでしょうから引き留めるのも申し訳ないですね」
「金払ってわざわざ驚かされるなんて馬鹿らしいだろ。それにお化けなんて居るわけないじゃん。おとぎ話じゃあるまいし。な、ミュゼ?」
「私は幽霊信じてるけれど?」
「何で!?いやいや、だってアレだよ……あ、魔族だろ?そうだろ?」
「……怖いの?」
「ばっ、馬鹿言ってんじゃねーよ!!こ、怖いわけねーじゃん!?そんなの信じてねーだけだし!!」
「じゃあ参加しても大丈夫よね。私あんまりこういうの得意じゃないから、アンタを頼るわ。事務所の用事もなくて暇だからちょうどいいでしょ?」
「いやいやいやいや!?それとこれとは話が違うじゃん!!信じてないけど、そういうわざわざ危険を冒すことはないんじゃないですかね?信じてないけど」
「危険なの?」
「きっ……危険じゃねーし!!」
「はーい、ピース依頼事務所さんご案内でーす」
「待って!!わかった、俺が悪かった!せめて心の準備をさせてください!!お願いします!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「ミュゼ……正直に言う。俺はお化けが怖い」
「ええ、なんとなく分かってたわ」
「だからさ、今からでも遅くない。帰ろう」
「お断りよ。幽霊なんてアンデット系の魔族で見慣れてるでしょ?」
「全然違う。どのくらい違うのかというと、自分で作ったおにぎりと買ってきたおにぎりくらい違う」
「例えが微妙過ぎて分かんないわよ」
「つまり――」
米の結合具合を一から十まで語ってやろうと思った矢先、近くの草むらががさがさと音を立てる。
「びゃああああああああああああ!!」
「うっさいわね!」
どうやら風で草同士が擦れただけだったみたいだ。
「なんだよ……驚かせやがって……」
「ねぇ……離してくれない?」
ふと手元を見ると、思わずミュゼの手を握っていたみたいだった。
「……怖いから掴まってちゃダメ?」
「アンタ……勇者というか、男としてどうなのよ?」
「もう恥とかどうでもいいわ!一刻も早くゴールしよう!!」
ミュゼは大きくため息を吐くと、手を引いて先に進み始めた。
「……あんまりもたれ掛からないでくれる?暑苦しいんだけど」
「俺は暑くない!おかげさまでさっきから震えが止まらん!」
「怖いからでしょ?汗だらだらよ」
「これは冷や汗だ」
辺りは墓地なだけあって、明かりなんてものは最初にシスターに手渡された小さなランタンしかない。俺は両手が塞がっているので、ミュゼが持っている。……まぁ、ミュゼの手と裾を掴んでいるからだが。
「ここの町の大きさにしては凄いお墓の数ね」
「確か、王都で死んだ勇者や住民も埋まっているみたいだからな。景観が悪くなるとかで、向こうに墓地は作らないらしい。だから一番近いこの街に運ばれてきてるんだそうで。……これだけ大勢死んでんだよ」
「…………」
「4年前は少ししか墓なんてなかったけどな。つーことはそれだけ魔族に――ぎゃあああああああああ!!」
「雰囲気ぶちこわしね。どんだけ風に驚いてるのよ?」
「急に音がしたらビビるだろうが!雰囲気うんぬん言うんだったら早く帰らせてくれ!」
「アンタが寄り掛かってくるから歩きづらいんでしょうが!」
「だって――」
その時、ガチャガチャと変な音が聞こえてきた。風の音でも草木の擦れる音でもない。とても言葉では言い表せないくらいに気持ち悪い音だった。思わず二人の足も止まる。原因を突き止めるとかそういった次元の話ではなく、俺はただただパニックになっていた。
次の瞬間、俺たちの目の前に何かが降ってきた。結構なスピードであったのに、地面に叩きつけられることなく、数十センチ上のところで浮遊している。
その正体は――"骸骨"だった。
「ああああああああああああああああああ!!おいでなすった!ミュゼ!ミュゼ!!」
あまりの恐怖で何故か隣に居るミュゼを大声で呼ぶ。もう冷静な判断など出来るはずもない。しかし、そのミュゼは一切動じず、微動だにしていない。……いや、あまりにも平然としている。
不自然に思った俺はその顔を覗き込む。
――気絶していた。白目を剥いて意識を手放していた。
「ミュゼええええええええ!!?なんでお前が先にリタイアしてんの!!?さっきまで全然平気そうだったじゃん!!そんな裏切りあるぅ!?」
どれだけ耳元で叫んでも意識を取り戻す気配はない。どれだけ揺すっても頭がぐらぐらと動くだけだ。目の前の骸骨は相変わらずかくかくと、自分の骨を鳴らしている。
「ヘルプ、ヘルプ!!?誰か助けて!!こうなったら――」
――ミュゼを見捨てて逃げる!俺は手を放し、そのまま来た道を逃げ帰ろうとした。しかし、腕が動かない。気絶しているにもかかわらず、握った手を離そうとしない。
「てめっ……!このっ……!離せ!!くっそ、力強えーなこいつ!!」
指を引き剥がそうとしてもびくともしない。がむしゃらに腕を振り回してもこっちの肩が外れそうになるだけだ。そんなことをしている間に、ふらふらと漂っていた骸骨がゆっくりとこっちに迫ってくる。
「みゃああああああああああああ!!こっちくんな!!」
俺は思わず目をつむる。いっそのこと俺もこのまま意識を失えばいいのに、しぶとく俺の中に留まり続けていた。
しかし、どれだけ真っ暗の瞼の裏を見て待っていても、骸骨に襲われる様子はない。おそるおそる目を開けると、もうそこには何も居なかった。
「はは……あははははははは……」
自分でもわけのわからない笑いが零れ出す。あー、帰りたい。
「ん……んんっ……」
立ったまま気絶していたミュゼが、目を覚ます。
「ミュゼ、起きたか!?なんでお前が先に気絶してんだよ!得意じゃなかったのか!?」
ミュゼは俺を見ると、さっきの俺のように笑い始める。その顔はあり得ないくらいに青ざめている。
「ふふっ……最初から言ってるでしょ。得意じゃないって」
「じゃあなんで参加したの!?馬鹿なの!?」
「一回くらいこういうのに来てみたかったのよ……」
「馬鹿だろ!お前やっぱ馬鹿だろ!!」
「うっさいわね!!アンタだって苦手なくせに!少しは私をエスコートしてくれたらどうなの!?」
「自分で蒔いた種だろうが!自分でなんとかしやがれ!俺はもう帰るからな!!」
「待ちなさいよ!!」
そう言い争いながら俺たちはばっと後ろを振り返る――。
――真後ろに居た骸骨と目と目が合う。
「「どうもこんばんわ……」」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「どうしたのレイ?元気ないけど」
僕とキャッシは草むらの陰に隠れて客を待っていた。もう始まったはずだが、なかなか姿が見えない。退屈そうにしていると、キャッシが心配そうに話し掛けてくる。僕はそんな彼女を横目で見てため息を吐く。
「だってさ、客に楽しんでもらうから危害加えるなって……そんなスリルのない肝試しある!?」
「いや、普通の肝試しは危害どころかギミックもないはずなんだけどね。まぁ、肝試しっていうよりは屋外でやるお化け屋敷って感じだけどね」
元々は僕らだけでこれを企画していた。驚かせ、怖がらせ、それでいてお金も稼げるなんて自分ながらに良いアイデアだと思った。しかし、それがシスターにバレて教会公式という形になってしまった。公式なのだからくれぐれも怪我人なんかは出すな、と遠回しに釘を刺されたのだった。ああ見えてシスターは怒ると怖い。怒っている時も笑顔は絶やさないが、あの人は笑顔のまま人が殺せるタイプの人間だ。僕の怒らせてはいけない人ランキングではミュゼさんを抑えての堂々トップを飾っている。だから下手な真似は許されない。
それでもこうやって"罠"を仕掛けているのは一応許可が下りているからだ。「ある程度のスパイスは重要です」なんてシスターは言う。
「今時こんな子供だましで怖がったりすんの?実際に危険が及ばないと怖くないでしょ」
「レイだってまだ子供でしょ……?」
「つーか、まだ来ないの?大分経ってるような気がすんだけど」
「うん。遅いよね」
小声で会話をしながら、じっと獲物が来るのを待つ。暫くすると、遠くから叫び声のようなものが聞こえてきた。
「なに……今の?」
「なんかめちゃくちゃビビりの客が来てるみたいだな。こんなクオリティ低いのに――」
「おーい!」
近くから聞こえてきた呼び声に顔を上げると、茂みに隠れながらローとメルドこちらに駆け寄って来ていた。二人は前半の罠を担当していたはずだ。
「バッカ、大声出すなよ。バレるだろ。というか、持ち場離れて何してんだよ?」
「それどころじゃないんだよ!すっごい面白いんだよ!」
ローは興奮しながら語る。そのせいで肝心の何が面白いのかがよく分からない。
「はぁ?わけわかんないこと――」
「「あああああああああああ!!!!」」
突然の絶叫に驚き身体をビクッと震わせる。と、同時に向こうから猛スピードで目の前を横切って行った。速過ぎて一瞬しか見えなかったが、あれはピース依頼事務所の二人だろうか。
「追いかけよう!」
ローに促されるまま後をついていく。一体どれくらいの速度が出ているのか、走って追いかけているのに距離は縮まるどころか離されていく一方だ。
必死で追いかけていくと、漸く二人の姿をしっかりと捉えることができた。……何故か地面に崩れ落ちている。こっちの姿を見られないようにこっそりと近づき、道端の植え込みの陰に隠れながら様子を窺う。
「何へたりこんでんのよ!あいつに呪い殺されるわよ!!」
「腰抜けた……立てん」
「…………」
「待たんかい、こらぁ!!」
「離しなさい……!その腕引き千切るわよ!!」
「俺のこと置いて逃げようとすんじゃねぇ!!」
「アンタこそ、『俺がここで食い止める』くらい言ったらどうなの!?」
「食い殺されるのはお前だけで十分だコノヤロー!!」
ローとメルドは笑いをこらえるので必死だが、僕とキャッシは呆然と目の前のあまりにも情けなさすぎる大人たちを見ていた。
「なにあれ?」
「あの二人すっごくひびりなんだよ」
ローは息をするのも苦しそうに笑い転げている。依頼事務所の二人をもう一度視界に戻しても、まだギャーギャーと暴れている。
「お前ちょっと戻って骸骨野郎見てこいよ!!」
「嫌に決まってるでしょ!また振り返ってそこに居たりしたらもう……ダメじゃない!?」
「安心しろ。その頭はもう既にダメになってるから!もう手遅れだから!」
「ダメ人間には言われたくないわよ!」
ダメな大人二人を見て、僕は何を思ったのか。こんな大人にはなりたくないという反面教師としての格下げか、大人でもこんな子供らしい一面を持っていたのかという新たな発見か、それとも少しばかり抱いていた尊敬の念が薄れていく軽蔑か。……どれも違う。僕が思ったことは――。
今度からこの二人にする"悪戯"の方向性はこっちにしようという確固たる決意だった。
僕は無言で手元のカラクリを操作する。バチッと火花が散り、道の両側の木に通した針金から吊るしてある布に着火させる。ネタが分かっていればただ布が燃えているだけだが、知らない人――恐怖で冷静な判断ができない人が見ると――。
「きゃああああ!ウィルオウィスプ!!」
「熱っ!?何これ、ヒトダマ!?」
――と言った具合になる。ミュゼさんは気絶して、そのまま尻餅をついていたゼードの上に仰向けに倒れこむ。
「重っ!?またか!!どけっ……熱っ……わあああああ!?」
吊るしていた布が外れてしまったらしく、ゼードの顔のすぐそばに落ちた。熱が伝わってきているみたいだが、ミュゼさんにのしかかられているのと、腰が抜けてうまく力が入らないのか、死に際の虫のように手足をバタバタと動かしてもがいている。……これは危害を加えていないよな?不可抗力だし、想定外だから。あえて言えば、あんな所に倒れこんでいるあの二人が悪い、うん。
☆
その後も罠を作動させる度に、絶叫のハモリが墓地に響き渡った。もう敏感になりすぎておかしくなっているのか、ひっそりと前方を横切ったネズミにさえ悲鳴を上げていた。こちらもあまりの反応の良さに、もうバレるの覚悟で大爆笑していた。
「あー、お腹痛い。レイ、次はどうする?」
ローが腹をさすりながら尋ねてくる。
「そうだな……墓を揺らすトラップ――いや、地面から手が湧き出るのでもいいな」
「急に爆竹鳴らすだけでも腰抜かしそうだけどね」
「よし!首吊り人形落とそう!」
「おお、いいね!!」
怯えきっている二人をよそに、僕たちも僕たちで盛り上がっている。墓地中へふんだんに仕掛けた罠を操作するのが楽しくてたまらなかった。
そんな僕らの後ろで突然蠢く音がした。それまで騒いでいた僕らは一瞬にして黙り込んだ。それもそのはずだ。そっちには何も設置していないから音がするのはおかしいのだ。他の客が順路を間違えて来てしまったのか?……いや、僕らの後ろには延々と深い森が続いているだけだ。迷ってこっちに出てくることなどあり得ない。だったら動物か?時折、小動物は見かけるが背後の気配は僕よりもずっと大きい。じゃあ、一体何なのか。
僕らは意を決して、その正体を確かめるべく後ろを振り返った――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あまりにも恐怖を感じすぎて、一周回って少し冷静さを取り戻していた。でも、ちょっとでも気を抜くと精神が崩壊しそうになるのは相変わらずのままだった。
「叫びすぎて喉いてーわ……」
「一か月分の体力を消費した気分ね……」
「あっ!?」
「何よ!?」
「ああ……」
「ただの石ころじゃない!!」
「もうダメだ……本当今すぐ帰らせて。事務所じゃなくていいから、とにかくここから脱出したい。お前、なんか魔法使ってワープとか使えねぇの?」
「出来たらとっくにしてるわ。そもそも、こんな精神状態じゃ魔法なんて発動できないわよ」
「ちっ……肝心な時に使えねーな」
「魔法自体使えねーアンタにだけは言われたくないわよ」
ミュゼも落ち着きを取り戻したようで、いつもの憎まれ口のたたきっぷりも復活している。
「つーかさー、お化けなんているわけねーから今回もどうせガキんちょどもの悪戯だろ?お化けなんていねぇし」
「……まぁ、あの子たちが何かしてるのは確かだろうけれど」
「どこに居んのかわかんねーの?さすがにもう気力もたんぞ」
「言ったでしょ、魔法使えないって」
「そんくらいはやれないん?ちょっとくらい」
「ボンッ!ってなるわよ」
「何が!?頭が!?」
「……町が」
「町ぃ!?そんなスケールで爆発すんの!?」
「とにかく魔法は――」
「「「ああああああああああああああ!!」」」
「「あああああああああああああああああ!!!」」
くだらない話をして恐怖を誤魔化そうとしていると、突然道端の茂みから何かが大声をあげながら飛び出してきた。完全な不意打ちだったために、俺とミュゼも絶叫する。しかし、すぐに飛び出してきたのがガキんちょどもだと分かると、ほっと胸を撫で下ろした。
「何だよ、お化けじゃなければ……あれ?」
俺はガキんちょどもに強がって気丈に振る舞おうとしたが、俺達には目もくれず脇を駆け抜けていく。
「どうしたのかしら?」
「どうせトイレだろ」
「皆青ざめた顔してたけど……」
「よっぽど我慢してたんだろ」
特にあいつらには興味がない。どこに行こうが関係ない。むしろ居なくなってくれた方が変に警戒する必要がなくなって、こっちとしては願ったり叶ったりだ。
ふんと鼻を鳴らして先に進もうとすると、ガキんちょたちが飛び出てきた茂みがガサガサと揺れる。どうやらまだ一人残っていたらしい。
「おい、他の連中はさっさとどっかに行っちまったぞ。ほら出て来い」
俺の呼びかけに答えたのかそうじゃないのか、ガサッとひときわ大きな音を立てて少しだけ姿を見せる。最初に見えたのは腕だった。それも地面に乗せるような形で。こいつはほふく前進でもしているのか。
「何してんだよ。馬鹿なことしてねぇで――」
「ちょっ……ちょっと……!」
ミュゼが俺のシャツを引っ張ってくる。そして反対の手で持っていたランタンでその腕を照らす。……さっきまで暗くてよく見えていなかったが、出てきた腕には土がべったりと付いており、泥だらけだった。そう、まるでたった今墓の下から這い出てきたように――――。
同じ結論に至ったのだろう、俺はミュゼと顔を見合わせる。
「あ、いや!やっぱり出てきたくなかったら無理しなくていいんじゃないかな!?そのままくるっと回って一回転!お家に帰ろう!!金払うから!!」
「ハウス!もう一度土に還りなさい!!」
しかし"それ"は俺たちの頼みを聞く様子は一切なく、どんどん姿が露わになってきた。次は反対の腕。そして頭。うつ伏せになっているから顔は見えないが、その髪も泥まみれだった。
逃げようにも足が動かない。俺たちは一歩も踏み出すことが出来ずに、"それ"を見下ろしていた。いつの間にかミュゼと抱き合っていたが、こいつもガタガタと震えている。じわりじわりと俺たちの足元に迫ってくる。
そして、"それ"の右手がミュゼの足首を捕まえた。
「~~~~~~~~~~!!!?」
あまりの恐怖で魔族語が出たのか、よく分からない言葉で叫び声をあげた。ふらっと力が抜けたかと思えば、また気を失った。
「ミュゼ!?おい、しっかりしろ!!」
乱暴に揺すっても目を開かない。今夜だけで何回気絶しているのだろうか。
俺もそんなことを考えている余裕はなかった。ミュゼを掴んだまま、今度は左手で俺の足首を握ったのだった。
「ひゅあああああ!!?離せ!離して!離してくださいっ……!!」
どれだけ懇願しても、その手でがっしりと俺たちの足を掴んで離さなかった。さらに"それ"はうめき声にも近い声で何かを発する。
『…………食う……腹ガ………………』
「ダメダメ!!食べないで!そうだ!野郎の肉なんて食っても美味しくないって!!代わりにミュゼあげるから!!だから俺は食わないで!!!」
動揺して、あろうことかミュゼを差し出して命乞いをする。緊急時は本性が現れるというが、この"元"勇者、最低である。勿論、離してくれるはずもなかった。パニックは限界値を超え、暴れることも諦めた。
再度"それ"は何か語り掛けてくる。先ほどはよく聞き取れなかったが、次に"それ"がしゃべった言葉はなんとか聞き取ることが出来た。
「お……腹が空いて動けない……な……何か…………食べ物を……」
「…………は?」
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「いやー!また野垂れ死ぬところだったよ、ありがとう!!」
さっき這い寄ってきたゾンビ――もとい行き倒れに定評のあるクレインは教会のテーブルでガツガツと貪るように食事を摂っていた。
「お前マジでふざけんなよ……」
隣ではゼードが恨めしそうにぎりぎりと歯ぎしりをしている。わりと本気で怒っているみたい。
「仕方ないでしょ。僕だって迷いたくて迷ってるわけじゃないし、餓死するなんてまっぴら御免だよ」
「だからって何でエノスに行こうとしてこっちに来てるんだ?真逆だろうが!」
「おっかしいな……。何度も行ってるからそろそろ地図無しで行けると思ったんだけど」
「頭ん中の方位磁針狂ってんの?」
「はもへ(かもね)」
「食いながら喋んじゃねーよ!」
多分、クレインには何を言っても意味がない。素直に聞いていたら、ロザが胃を痛めることもないでしょうに。
「あらあら。そんなにがっつかなくてもまだありますよ」
シスターが料理を両手に乗せながら近付いてくる。そしてクレインの前に皿を置く。クレインは目を輝かせながら、運ばれてきたばかりの料理に手をつける。
「悪いな。こんな時間に飯作ってもらっちゃって」
クレインだけでなく、私たちの分の料理まで作ってくれていた。しかもとても美味しい。クレインがばくばくと口に運ぶのも分からないでもない。ゼードも申し訳なさそうにスプーンでスープを掬って口の中に入れる。
「いいのですよ。きちんとゼード君にはお代をいただきますから」
その言葉に飲み込みかけていたゼードがむせる。気管に入ったのか、げほげほと大袈裟なくらいに咳をしている。
「金とんのかよ!?」
「ええ。しっかりと三人分払ってもらいますよ」
「ちょっと待て!何で全員分払うんだ!ミュゼはともかく、この変態の分までってのはおかしいだろ!!」
「そちらのお方はお客様ですから、お金はいただけません」
「俺は客じゃねーのかよ!?」
「いろいろと面倒見てきましたから、お客というよりも弟のようなものでしょう?」
うぐぐ……とゼードが珍しく言葉を詰まらせる。実際にかなり世話になっていたのかもしれない。
「あ、生憎と僕は今一文無しだから」
「金ねぇくせになんで偉そうなんだお前」
「猟師の僕は食べていくのも難しいくらいに貧乏なんだよ。その分、君たちは沢山仕事があって財布が潤ってるんでしょ?」
「仕事は沢山ないけど、お金ならあるわね」
「お前も何言ってんの!?」
「事実でしょ?報酬いっぱい貰ってるじゃない。あ、私もお金無いわよ。所長に預けてあるから」
「どの道払えるのはゼード君だけだったみたいですね」
「……ったく、分かったよ」
渋々と懐から財布代わりにしている麻布を取り出す。
「締めて800Gでございます」
「高いわ!ぼったくりだろ!!」
「あら?これでも十分良心的だと思いますけれど」
「どこがだよ!そんなに高そうなもん無ぇだろ!?」
「時間が時間ですから深夜料金なんですよ。本当は1000Gくらいしてもおかしくないですが、弟のようなゼード君だから800Gに割り引いているのですよ?」
「くっそ……。はいよ」
「はい。確かにいただきました」
やはりシスターには頭が上がらないみたい。
取引が終わってのんびりしていると、扉を開けてレイたちが戻ってきた。皆、疲弊しきった顔をしている。
「お帰りなさい。きちんと楽しんで帰っていただけましたか?」
「うん。そりゃもう……」
「貴方たちが呼んだ人たちですからね。途中で投げ出したりしてはいけませんよ」
「はいはい……。疲れたからおやすみ」
「おやすみなさい。しっかりと休んで疲れをとるのですよ」
そのまま立ち止まることなく、隣の部屋に入っていった。あれからずっと墓地で罠を作動させていたみたい。交代もないから、心身ともに疲れ切っているみたいだった。
「さて、そろそろ僕もロザの所に行こうかな。君たちが抱き合っているのを見たら、ロザが恋しくなっちゃったよ」
その言葉に今度はゼードと私がむせる。
「あらー」
「ちょっと待て。それは誤解を招く」
「抱き合ってたじゃん。ラブラブしてたじゃん」
「……勘弁してちょうだい」
「……そういう感情は一切持ち合わせてないから」
「いいよいいよ、隠さなくたって」
「……早くロザん所に行ってやれ」
「うん、言われなくとも。シスター、ご馳走様でした!」
「はい。お粗末様でした」
席を立つと走って一目散に外へ飛び出していった。一刻も早くロザに会いたいという気持ちが身体に表れているようだった。
……後にロザから聞いた話だと、この日家には来なかったらしい。どうやらクレインはまた迷って、別の場所で行き倒れそうになっていたみたい。
「……俺たちも帰るか」
「そうね……。帰ってぐっすり寝たいわ」
あまりにもいろんなことが起きすぎて、私の身体も悲鳴をあげていた。多分、ゼードも同じでしょう。
すると席を立とうとする私たちをシスターが呼び止める。
「待ってください。……ゼード君、久しぶりに挨拶してから帰ったらどうでしょうか?」
「挨拶?」
私は意味が分からずに言葉をオウム返しする。ゼードの方を向くと、いつになく真剣な面持ちをしていた。
「……あぁ。そうだな」
☆
「ねぇ、一体どこまで行くの?」
「もうちょい」
私たちは再び墓地へやって来ていた。正直もう近寄りたくもないと思っていたけれど、朝日が昇り始めて多少明るくなった今では辺りが鮮明に見えて、夜中ほどの不気味さは感じられなかった。さっきは暗くてほとんど何も見えなかったけど、太陽に照らされているこの時間ではそこかしこに仕掛けられていた罠が丸見えだった。持たされたランタンは自分を明るくすることで、周りの暗さを強調させる働きもしていたみたい。
ゼードは肝試しで歩いた墓地をさらに奥へ進んでいく。その間、私が話し掛けなければ一切自分から言葉を発しなかった。私もその雰囲気に飲み込まれ、途中からは黙って後をついていった。
「よし、着いた」
暫く歩いて墓地の一番隅っこで立ち止まった。どうやらここが目的地らしかった。そこにあったのは、一つの大きな墓だった。
ゼードはゆっくりとそこに近づき、目の前でしゃがみ込んだ。
「久しぶり、父さん」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。
8話です。今回はナイフも魔法も出てこない日常?回でした。主人公二人の弱点?が分かった回でもありました。新たにシスターも登場し、今後濃ゆいキャラとして引っ掻き回してくれると思います。
普段私は小説を執筆する時は、一気に書いては日を置いて、アイデアを貯めてまた一気に書く、といった方法でやっているのです。今回肝試しの場面を全て一日のノリで書いたのですが、最後に誤字脱字のチェックをしている時に、なんて『!』の多さなんだ、と。その場のテンションで書くので日を跨ぐと以前書いた部分の崩壊っぷりを再確認することが多々あります。おかげで考えていた部分が書けずに修正に時間がかかったりするので大変です。
やっぱり、しっかりと構成して書き始めないと駄目ですね。
さて次回は、一個戻って7と8話の間の番外編を書こうかと思っています。概要はミュゼが動けないゼードの介抱をしたり、ロザがワームホールを通って魔界に行ったりする予定です。
それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。