勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。勇者の前は罪人?

ミュゼ…先代魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


case:09   カエラレヌ心

「……また西の方で魔族が殺されてたって。物騒ねー。アンタの二ヶ条、全く意味をなしてないじゃない」

 

「うっせぇ。皆が皆、俺みたいに誠実なわけないだろ。ルールは破るためにある、なんて抜かしてる奴だって居るんだからな?」

 

「今すぐ『誠実』って言葉を訂正して全生物に謝りなさい。……それにしても、この子たちもいつまでも人間界に留まってないで、さっさと魔界に戻ってればよかったのにね」

 

「まぁ、居心地がよかったとかどうせそんな理由だろうよ。というか、お前がファッション誌以外を読むなんて珍しいな」

 

「あら?私だって世間に興味くらいあるわよ」

 

「どうせ売り切れだったから代わりに買ったんだろ?」

 

「…………」

 

「おい……」

 

「どした、ガキんちょ?」

 

「ちょっとはこっちの稽古見てくれてもいいんじゃねーの!?」

 

「こちとら慈愛の精神で稽古つけてやってんだぞ?この灼熱地獄ん中、わざわざ外に出てるだけ感謝してもらいたいね」

 

「ゼードは日陰で寝っ転がってるだけじゃないか!しかもさっきまで爆睡してたじゃん!」

 

「休めるときに休んどくのも大事だからな。ほら、見てみろ。ミュゼなんて陽に当たりすぎてもう真っ黒に――わぶぅ!?おまっ……砂は止めろ!!」

 

「生まれつきよ。…………誰か来たわ」

 

「ぺっぺっ!……んあ?」

 

 

「あのー……すみません。ピース依頼事務所の方たちですか?」

 

「そうですけど……えっと、どちらさ――あー、もしかして何かご依頼ですか?」

 

 

「はい……どうか私たちをウェデントまで連れて行ってもらえませんか!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

9月下旬。月を跨いでも、やる気を根底から削ぎ落としにくる暑さはいまだ健在である。むしろ、8月のこれ見よがしに激しく照らしつけてくるものとは打って変わり、じわじわと蒸されるような暑さになった分、余計にたちが悪い。

最近はおもだった依頼もなく、自堕落に暑さを凌ぐ日々を送っていた。ときたま、レイグがふらりとやってきては剣の稽古をつけてくれとせがんでくる。最初のうちはそれとなしに断っていたが、そのあまりのしつこさに根負けし、通りを隔てたはす向かいの空き地で面倒を見てやっている。勿論、真面目にやるつもりはないので適当に考えたメニューを与え、自分は木陰で横になっている。何故かそこにミュゼもついてきて、俺の近くで読書に没頭していたりもする。

 

「ゼードって魔王を倒した勇者なんだろ?」

 

「"元"勇者だ。間違えるな。……だからなんだ?」

 

「何かイメージと違うなーって。僕の中の勇者像はでっけぇ剣とか、素手で格闘したりとか、凄い魔法使ったりとかだったんだよ」

 

「んなの個人の勝手だろ。それとも何か?強さは武器の大きさに比例するとか思ってんの?」

 

「そうじゃないけど……やっぱ地味だなーと」

 

「お、ナイフのどこが地味なんだ?言ってみろ」

 

「なに、年下相手に突っかかってるの。それにレイ?ゼードは大剣を"使わない"んじゃなくて、"使えない"のよ。腕力ないから」

 

「うわ……ダッサ。ゼードも稽古する?」

 

「うるせーな!お前も黙ってその棒振っとけばいいんだよ!」

 

睨み付けると、やれやれとため息を吐いて持っていた木刀を虚空に向けて振り下ろす。そしてまた頭の上まで持ち上げると、再び叩き付けるように腕を下ろす。しかし風を切ってぶんぶんと音を鳴らしていたが、2、3回反復すると肩に担いで止めてしまった。

 

「……つーか、さっきからずっと素振りしかしてないんだけど。何か他にないの?これぞ修行!みたいな」

 

「……はぁ?お前、修行して必殺技習得とかできると思っちゃってんの?…………マンガの読みすぎっしょ」

 

「い、いいじゃん!そういうのに憧れるお年頃だよ!?やっぱ使えたらかっこいいじゃん」

 

「傷が浅いうちに現実見よう、な?」

 

「夢くらい見させてくれよ!!?」

 

そうやって、無為に時間を過ごしていた。今日だってこのまま日が傾き始めるくらいまでレイグに付き合い、帰って夕飯を食べて寝るだけだったのだ。

 

 

しかし、今日はそんな"いつも通り"を一人の女が打ち砕いてきたのだった。

 

 

稽古を切り上げてガキんちょを教会に追い返すと、代わりに依頼人を連れて事務所に戻る。女を応接室代わりのリビングに案内してソファに掛けてもらい、自分も向かいのに座る。この時間帯は俺のソファががっつり日向になり、窓から容赦ない光線が突き刺してくるが、客人を前にして文句も言ってられない。

客――女はウェーブがかった金色の長髪でぱっちりとした青色の瞳でこちらを見ていた。髪の長さは肩甲骨のあたりまでなので、ミュゼよりも若干短いくらいだ。背丈が140センチくらいで童顔だからか、どことなくフランス人形の雰囲気を漂わせていた。

 

「……えーっと、改めてお聞きしますけど、ご依頼は何ですか?」

 

「はい、ウェデントまで連れて行ってほしいのです」

 

「どうしてそんな所に?あそこには何もないんじゃないですか?」

 

「ウェデントは私たちの故郷なんです。どうしても最後にもう一度見てみたくって……」

 

「最後?」

 

「もう長くないんです……」

 

「至って元気そうだけど?」

 

キッチン側の壁に寄りかかっていたミュゼが口を挟んできた。普段は依頼人が訪れると、自分のソファが取られてしまうので二階に居場所を求めに行ってしまう。しかし今日は、珍しくこの応接室に残って話を聞いている。

 

「あ、私は大丈夫なんですけど……」

 

「"ツレ"のほうですか?」

 

「ツレ?」

 

「さっき言ってましたよね。『私"たち"を連れて行って』って。他にも誰か居るんでしょ?」

 

「はい……もう一人」

 

「今はどこに?」

 

「町の外で待っています」

 

「は?何故?」

 

「……人に見られたくないそうで」

 

「……訳ありってことか。まぁ、うちに依頼来るのはそういう連中ばっかりだからな」

 

「自覚はあるんだ」

 

「そりゃな。普通だったらどっかしらのツアー業者に頼むだろ?行くだけなんだし。……まぁ、あそこに行くツアーなんてないかもしんねーけど」

 

そう言ってから女に目線を移す。その視線に気づいたのか、こくんと首を縦に振る。

 

「ご想像の通りです」

 

「……金はあるんですよね?」

 

「引き受けてくれるんですか!?」

 

「まぁ、先約が入ってるとかそういうのないしな。……つっても、全く素性が分かんねーまま行くってのは勘弁してくれ。もしかしたら指名手配犯だった、とかもう止めてくれよ?」

 

ぱあっと笑顔になったばかりの表情が一瞬にして曇る。そのまま下を向いて、額に皺を寄せていた。二分ほど逡巡していたが、やっと決心がついたのだろう。今にも泣きそうな顔をゆっくりと上げた。

 

「……分かりました。でもっ……!嫌な顔はしないであげてください……グドが悲しむので…………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「グド!大丈夫だった?」

 

女に連れられ、俺たちは北の郊外まで足を運んだ。なだらかな田園が広がっており、人影はほとんど見られない。強いて挙げるなら、口いっぱいに草を頬張って咀嚼している放牧された羊くらいなものか。その中をうねるように道路が通っているものの、やはり利用者も一日に数人居るかどうかだ。

向こうに見える山脈を越えると積雪地方へ繋がっている。ここからでも、山頂付近が白く覆われているのが分かる。避暑しに行くにはうってつけの場所かもしれないが、隔てている山々が想像以上に険しく、たどり着くまでの消耗が激しすぎるのだ。だから余程の理由がない限り、わざわざ雪山へ赴く理由がないのだ。

この町で暮らしている俺自身でさえ、以前ノーエンスに向かった際に一度通ったことがあるくらいだ。もっとも、その一回も馬車の中で熟睡していたから記憶にはないが。それに懲らしめてからはスノーウルフたちも息を潜めているのか大人しくはなっているが、絶対に安全とはまだ言い切れない。

 

そんな舗装されていない道路脇の突き出た岩陰に隠れるように、一人の老夫が居た。シートを敷きその上で胡坐をかいている。どこか怪しげな雰囲気を醸し出していたが、顔につけたウサギの面が特に異彩を放っている。

 

「あぁ……話はどうだった?」

 

「今、一緒に居るよ」

 

寄り添うように座った女がそう声を掛けると、老夫は少し上を見上げてきょろきょろし始める。

 

「すみません……ここまで出向いてもらってしまって……」

 

「いや、構いませんよ。どうも、ピース依頼事務所の所長です。会いたくないってことだったけど、こっちも依頼人との信頼関係で成り立ってる商売ですから。悪いけど来させてもらいました」

 

「所長さん自ら……我が儘を言ってしまってすみませんね」

 

「…………目が見えないのか?」

 

さっきから正面で向き合って会話をしているはずなのに、老夫は声を頼りに居場所を探ろうとしているのか何度も顔を動かしていた。

 

「よくお分かりで……実を言うと目だけじゃないんです……」

 

そう言うと、被っていた面を掴んで頭の方へ持ち上げた――。

 

 

「アンタ……その"顔"……!?」

 

ミュゼがあまりの驚きで思わず声を上げた。無理もない。面の下にある"それ"は――――。

 

 

――醜く崩れ去り、もはや顔として原型をとどめていなかった。

 

「……どうですか…………酷いもんでしょう?すみませんね……こんなものをお見せしてしまって。こんな"なり"をしているもので……あまり人前に姿を現すのが得意じゃないのですよ」

 

老夫は蓋をするかのように面を被り直す。

 

「……それは火傷か?」

 

「はい……5年前に…………」

 

「そっか……。俺はゼード、こっちはミュゼ。快適とは言えないだろうけど、ウェデントまで送り届けてあげますよ」

 

「本当ですか!?」

 

女が興奮してぐいっと身体を乗り出してきた。老夫も嬉しそうだが、どこか後ろめたさがあるのか斜め下を向いている。

 

「ゼードさん……こんな姿の私を連れ歩いて……事務所の評判が下がったりしないでしょうか?」

 

「んー?お面被ってたら見えないし、お金もらえたらそんなの気にしねーよ。そこんとこドライだから」

 

「……ありがとうございます。……私はグド……そして彼女はリディです。…………どうかよろしくお願いします」

 

 

そう言うと、依頼人の二人は深々と頭を下げた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……何してるの?」

 

リディたちと出発を二日後に取り決め、その日は解散した。二人はどこに泊まっているのかしら。あの様子だと、グドはあまり町には入らないようにしているに違いない。町中の宿屋には泊まれないでしょうから、やっぱり外で野宿かしら。リディもきっとそれに付き合っているでしょう。事務所に来ないかと誘ってはみたものの、大方の予想通りに遠慮して断られてしまった。

結局そのまま事務所に戻り、荷造りをしている時だった。ゼードが階段下の物置を掘り返し、リビングまで物が散乱していた。

 

「いや、探し物」

 

「見れば分かるわよ。何を探してるのって」

 

「うーん?まぁ……いいじゃん」

 

「……何でいっつも教えてくれないの?」

 

「だってさ、先に言っちゃったら面白味に欠けるじゃん?」

 

「別に面白さは求めてないわよ」

 

「それにもし見つからなかったら、変に期待させても悪いじゃん?」

 

「もっと他のことに気を遣いなさいよ」

 

「だから言わん」

 

「まあ、いいけれど……」

 

そのまま所長はどんどん奥の方へ潜り込んでいく。私も平静を装ってバッグに荷物を詰め込んでいるものの、気にならないわけがない。一回、興味本位で収納スペースの扉を開いたことがある。不用意に開けた私も悪いけど、まさか自宅でガラクタの山に飲み込まれて身動きが取れなくなるとは想像もしていなかった。しかも、ちょうどそこにゼードが帰ってきたものだから、何とも情けない醜態をさらす羽目になってしまった。それ以来、自分ではドアノブに手を掛けようなどとも思わなかった。

だからたまにこうしてゼードが中を覗いてると、興味がそそられるのは仕方ないことでしょう。

 

(……人間界にも大分慣れてきたと思っていたけれど、全然見たことない物ばっかりね)

 

そこら中に転がっているガラクタは珍しい物ばかりだった。潰れたゴム製のドーナツ、三本足の長いバズーカのようなカメラ、細長い二枚の板と二本の槍がセットになったもの――何に使うか全く予想できない。

 

「お?あったあった!」

 

不用品の海で素潜りをしていた所長が陸に上がってきた。手にはホルスターが二つ握られている。

 

「アンタ銃なんて使わないでしょ?」

 

「まー見とけって……」

 

そう言うと、慣れた手つきで自分のベルトに通し始める。一分もしないうちに左右両方の腰にホルスターが装着された。

 

「どーよ!」

 

「どうって……コスプレしたかったの?」

 

「ちげーよ。ちょっと細工がしてあってな……こうすんの」

 

近くに置いてあったリュックからナイフを二本取り出し、そのままホルスターに収納する。

 

「あー。成る程ね」

 

「コート着てないからなー。代わりにこっから抜きゃあいいんだ。一本ずつしか入れられねーけどな」

 

「珍しく準備がいいじゃない」

 

「珍しくってなんだ、珍しくって。つっても、前に使ってたやつなんだけどな」

 

「見たことないけど?」

 

「お前に会う前だったからそうだろうよ。あの頃は金なかったから、ナイフも消耗品じゃなかったしな」

 

「今も大事に使ってくれればいいんだけどねー」

 

「うっせ!そもそも戦闘になるような事態が起きなきゃいい――おい、ちょいちょいちょい。今何入れた?」

 

「何って……お菓子だけど?」

 

「子供かっ!遠足じゃねーんだから。それより、ハンカチは持ったか?」

 

「お父さんかっ!」

 

「誰が魔王だ」

 

「いや違っ……そうなんだけど、そうじゃないわよ!」

 

「あ、あと鍋も持ってった方がいいな。道中に店無いだろうし」

 

急に思い立ったかのようにキッチンへ歩き出そうとした。あと食材も持ってくかー、なんて小言で話している。

 

「待ちなさいよ。行く前にこの発掘した化石たち片付けなさい」

 

「……ったく。しゃーねーな」

 

子供なのはどっちだか。自分で出したくせにぶつぶつと文句を垂れながら道具を拾い上げる。手に掴むや否や、かなり乱雑に物置へガラクタを投げ込む。また出すことを考えていないのか、とりあえず入れておけばいいという短絡的思考が丸見えだ。しかし見境がないから、多分丁寧に扱わなければならないものまで投げ込んでいる。

 

「アンタねガッシャーンいってるわよ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「アンタさ思考の回路がいってるわよ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「アンタのリュックもはいってるわよ」

 

「バッカ!早く言え!!……めっちゃ下の方じゃん!?うわっ、めんどくせー!!」

 

慌てて掘削作業に逆戻りするゼードを横目に、淡々と荷造りを再開する。と言っても、会話をしながら準備を進めていたのであらかた用意は終わっており、後は自室にある着替えや小物を入れるだけである。

私はゼードを素通りし、階段を上って二階に向かった。

 

「おまっ……馬鹿!足音で揺らすなって――ってうわああああああ!!?」

 

上り終えるのと同時に一階から物凄い音がしたけれど、面倒なのでかかわらないことにしましょう。自業自得、自業自得。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ウェデントはこの大陸の最も西にある町だ。……いや、正確には"あった"町と表現したほうがいいだろうか。過去のものになってしまった理由は、5年前の魔王侵攻が原因だ。当時、魔族の存在はあまりメジャーではなかった。たまに見かけ、人間に被害を及ぼすクマやサメとほぼ同等くらいの扱いでしかなかったのだ。そのイメージを一変させた人物こそが、かの魔王なのだ。

何の前触れもなく、突然町に大量の魔族がなだれ込んできたのだった。それは異なる4つの町を襲い、一日から数日の間で壊滅に追いやってしまった。中でもウェデントは侵攻の爪痕がとりわけ大きく、現在も人が住めるような状況ではないと聞いている。

 

……もう5年も前の出来事なんだよな…………。

 

 

「ただいまー」

 

「…………ミュゼ、お前その弁当何個目だ?」

 

「4……5個目ね」

 

「食いすぎだろ!!さっき行ったら、車内販売のお姉さん苦笑いしてたからな?」

 

俺たちはまず一日かけてミヴィルへ汽車で向かっている。ウェデントには東海岸寄りの自分の町からでは何日かかるか分かったものじゃない。けれども幸いなことに、その途中のミヴィルまで汽車が通っている。そのためには中央国から乗り込まなければいけないのだが……正直、あまり良い思い出はない。まぁ、個人的な問題なのでそこは我慢して行くしかない。それに城に寄るわけでもないから、比較的気持ちは楽だった。

 

「すみません……個室なんて用意してもらって……」

 

「ん?ああ、別に。座って寝るのが嫌だっただけだよ。それに、お前もあんまり人に注目されるのは避けたかったんだろ?」

 

「……ありがとうございます」

 

「あー、それと、こっから何日間か一緒に行動するんだ。あんまり堅苦しいのはお互い無しでいきましょうや。そういうの苦手なもんでね」

 

「でも……」

 

「まぁ、難しく考えないで自由にしてくれていいってことだよ。リディもそういうことで」

 

「分かりました」

 

向かいの上下二段のベッドに座っているグドとリディを見下ろしながら話す。リディは腰掛けながらグドの肩に両手を置いて寄り添っている。グドは相変わらずウサギの面はつけたままなので、表情を読み取るどころか顔さえ見えない。真下に居るミュゼはガツガツと料理を掻き込んでいた。枕の脇には空になった弁当箱が積み重なっている。大食いというわけではないが、食に関心があるらしく、初めて見る食べ物なんかには目がないのだ。……まぁ、普通うよりは全然食べる方だとは思うが。

 

「そういや、お二人さんはどういう関係で?カップル?」

 

「えっと――」

 

「そうですよ」

 

のんびりとした喋りのグドが珍しく、きっぱりと言い放つ。左手でリディの肩を抱き寄せ、右手で優しく頭を包み込む。されるがままのリディは恥ずかしそうに俯いてしまっていた。

 

「……ごちそうさま?自分で言っといてなんだけど、結構歳の差があるよな?」

 

「愛情の前には多少の差異など関係ありません……。それを言ったら……ゼードさんとミュゼさんだって――」

 

最後まで言い終える前に、ミュゼが喉に詰まらせたのか、はたまた別な理由かは分からないが、思い切り咳き込む。俺も手を滑らせ、二段ベッドの上から落下する。猫のように受け身をとってなんとか生還を果たしたが。

 

「だっ、大丈夫ですか!?」

 

「あっぶな!?……冗談でも止めてくれよ。そういうんじゃないから、全く違うから」

 

「……ぷはー!!」

 

ミュゼは手元に置いてあった水筒の水を流し込んで、呼吸を整えていた。俺はわざわざ上に戻るのも面倒なので、そのまま床に座り込んで続ける。

 

「こっちの話はいいんだよ。それより魔王襲来の時の話聞かせてくれないか?あの頃あんまり世間のことに詳しくなかったからさ。…………あー、勿論無理とは言わん。つーか、嫌な思い出もあるだろうからやっぱ忘れてくれ、悪かった」

 

純粋な好奇心でつい口に出してしまったが、二人はその一件で故郷を追われてしまった身であるし、グドに至ってはその戦火によって顔を焼かれてしまっている。決して綺麗な記憶ではなかっただろう。自分の軽率な言動に途中で気付いて後悔する。

 

「……いえ……大丈夫ですよ。私の体験談でよければお話しします……」

 

グドは意外にもこれを承諾してくれた。けれども、どういった心持ちなのかはその面の上からでは判断することは出来ない。

 

「ありがたいけど、無理しなくてもいいんだぞ?」

 

「お気遣いなく……これは私が話したいだけですから……。そうは言ってもあまり詳しくお話はできないかもしれないですが……。…………あの日も普段通り霧の深い日でした」

 

「霧?」

 

ミュゼは漸く落ち着いたのか、蓋を閉めながら疑問を呈する。魔族だからか、人間界の地理にはあまり詳しくはないようだ。

 

「ウェデントの南には広大な炭鉱があって石炭の産出量が飛び抜けていました……。だから消費量も多く……燃やした際にあがる煙が町を覆っていました。……加えて……昼夜の気温差も大きく霧が発生することも多かったので……」

 

「だからウェデントには『石の町』とか『霧の町』とかっていう別称も多かったんだ」

 

「へぇー、『霧の町』ねぇ」

 

「……霧が出ていますと20メートル先も見えないですからね……日常的にランタンを持って行動していました。そのせいで被害が大きくなったのかもしれません……。急にどこからか叫び声が聞こえてきたんです……。周りの人たちは何かあったのかと声の聞こえてきた方向に走っていきました……。けれども……人々が向かった霧の中から入れ違いになるように……たくさんの魔族が湧いてきたのです」

 

「急に?」

 

「はい……急にです。……突然現れた魔族たちは……人も……私のような魔族も……見境なく襲いました」

 

うんうんと真剣に聞いていたが、その一言に驚愕する。

 

 

「え……ちょっ、ちょっと待って!お前魔族なの!?」

 

「あれ……リディから聞いていませんでしたか?」

 

「いや、初めて聞いたけど……」

 

思わずリディを見るとあわあわと目が泳いでいる。

 

「だって、あまり言いふらさないほうがいいいかなって……ごめんなさい」

 

悪いことをして怒られてしまった犬のようにしゅんとしてしまっていた。垂れ下がった耳や尾っぽでも見えてきそうだ。

そんな彼女の頭に、グドが優しく手のひらを乗せる。

 

 

「僕のためを思って黙っててくれたんだよね……ありがとう……」

 

「迷惑かけちゃったよね……」

 

「ううん……僕はむしろ嬉しいよ。……でもちゃんとゼードさんたちには謝っておこう?」

 

「うん……。黙っていてごめんなさい」

 

「…………まぁ、気にしてないから大丈夫……デスヨ?」

 

何故だろう……謝罪をされているのに、この胸のむかむかする感じと虚しさは……。随分前に弁当を食べたっきりだった口の中が無性に甘ったるく、閉じていることすらままならない。いっそのこと、リュックに詰め込んであるインスタントコーヒーの粉をそのまま流し込んだほうがマシなのではないかという、ぶっ飛んだ考えすら脳裏をよぎったほどである。

そんな砂糖を吐き出している俺の背後から、平時と変わらない声のトーンでミュゼが話しかけてきた。

 

「あら?知らなかったの?」

 

「え、知ってたの?」

 

「そっか。魔力感知できないのよね」

 

「何で言ってくれなかったの?」

 

「聞かれてなかったから?」

 

「……分かった、この依頼終わったら二人で反省会しよう。お前とはしっかり話しておかなければならないことがありそうだ」

 

いくら一緒に住んでいたって、言葉にしなければ伝わらないこともあるというのをしっかりと肝に銘じておいてほしい。そもそも、そういうことはちゃんと上司である俺に報告してもらわなければ困る。

 

「あー悪ぃ、脱線しちゃったな。続きどうぞ」

 

「……魔族であると分かっても気にされないんですね。嫌悪感を覚える人だって少なくはないですから……」

 

「そりゃあ、慣れてるっつーか。見飽きてるっつーか?うちにも脳と胃が直結してるつるぺた魔族が居――痛った」

 

「……この依頼終わったら二人で反省会しましょう。アンタとはしっかり話しておかなければいけないことがありそうね」

 

どうやら向こうも話し合いたいことがあったみたいだ。しかし、俺の知っている反省会とミュゼが言っている反省会では、若干ニュアンスの違いがあるようでならないが。完全に据わっている彼女の目を見ないようにしながら、飛んできた空の弁当箱を拾い上げる。

 

「……まあ、そういうことで私も魔族だから安心してくれていいわよ」

 

ミュゼは掛けていたサングラスを外して、金色の目を覗かせる。

 

「今はいいけど、他の人に見られねーようにしろよ?」

 

俺の言葉に不服そうな顔をして口を尖らせる。その証拠にサングラスを指に引っ掛けてくるくると回していた。

 

「やっぱりミュゼさんも魔族だったんですね。どこかグドと同じ気配がしていました」

 

「そういうお前も魔族なのか?」

 

「私は……違います。私――」

 

「そういえばお話が途中でしたね。どこまで話しましたか?ああ……襲い掛かってきたところですね」

 

グドは疑問を自己解決すると、一呼吸おいてから続きをぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……襲い掛かってきた魔族に対して……私たちは成す術がありませんでした。……道路は血で染まり……持っていたランタンは地に落ち……白い霧に覆われていた町は一瞬にして真っ赤に変色してしまいました……。私は当時……店を構えていたのですが……降ってきた瓦礫で身体の自由が奪われ……身動きの取れないまま顔を焼かれてしまいました。私はこのまま死を待つだけだと諦めていました……。しかし……そんな私を救ってくれたのがリディだったんです……」

 

「…………」

 

あまりの悲惨さに俺は何も答えることができなかった。グドは出来事だけをかいつまんで語っているようだが、その光景を想像するとそれはまるで"地獄そのもの"だっただろう。目を覆いたくなるような景色を、顔を失い、ずっと見ていなくて済んだ、というのは皮肉になってしまうだろうか。

 

「だから私はリディを――ごほっごほっ!!」

 

言葉の途中でグドが突然咳き込み始めた。リディはすぐに正面へ回り込み、背中をさすりながら耳元で「大丈夫?」と声を掛けている。最初は乾いた咳だったが、次第に水音が聞こえてきた。よく見ると面と顎の隙間から血が溢れてきていた。

 

「お前っ……!?」

 

「……初めに言ったと思いますが、グドはもう長くないんです。最期は故郷のウェデントで迎えたいという願いを……どうしても私は叶えてあげたいんです!」

 

言いながらもリディは面をずらして、口周りをタオルで押さえてあげている。それでも拭い切れないのか、あっという間に赤く滲んでいく。

咳が治まるのを見計らって、肩を貸すようにしながら二人は立ち上がった。

 

「すみません、ちょっと洗面所お借りします」

 

「……手伝おうか?」

 

「いえ……私一人で大丈夫です。今までだってずっとグドを支えてきたんです。もう少しだけ……あとちょっとだけ……頑張らせてください」

 

「……分かった。何かあったらすぐ呼んでくれよ?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

軽く頭を下げると、グドのペースに合わせてゆっくりと歩いていく。

 

 

寄り添い――支え合う二人が扉を開けて出ていくのを、俺たちはじっと見送っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あいつらまだ来ねーのか?」

 

一晩明けて終点のミヴィルに到着した。ミヴィルにはこれといったものは何もない。大きな市場が開かれているくらいか。しかし、中央国と南西にある軍事国を繋いでいる唯一の町なので自然と人は多くなる。この二つの国は長年にわたって水面下でいがみ合っており、直接結んでいる線路はない。けれどもそれでは不便だという声も大きく、お互いに譲歩し合った結果、経由をすれば一応行き来はできるようにはなったのだ。それでも厳しいチェックは受けることになるが。

 

「女の子同士で話したいこともあるんでしょう……」

 

汽車が停車したら、急にリディがミュゼと二人で話したいことがあるからと、男性陣は外に追い出されてしまった。時間を潰そうにも、女性陣を置いて遠くにも行けないので、こうやって手持無沙汰で待ちぼうけを食っているのだ。

 

「お前はもう体調大丈夫なのか?」

 

「はい……ご心配をお掛けしました」

 

「ならいいんだ」

 

昨日は戻ってきてからずっとグドを安静にさせていた。リディに詳しく尋ねると、グドは肺をやられてしまっているようで、喀血もこれが初めてではないらしい。人並みに生活はできているものの、あまり無理はさせられないらしい。

何往復かしたが会話は弾まず、黙り込んでせわしなく動いている人たちをぼんやりと見ていた。常に流れている人波を眺めていると、立ち止まっている自分がまるで世界に取り残されてしまったかのよな錯覚にとらわれる。ふと横を見ても、表情の乏しい作り物のウサギがシートを敷いて座っている。俺も案内の看板に寄り掛かりながら、腕を組んで佇んでいた。

 

とても長い数分間の後、やっと二人が汽車から降りてきた。

 

「何してたんだよ?」

 

「秘密よ。アンタに話す必要もないでしょ?」

 

「……ま、いいけどさ」

 

「なに?拗ねてるの?」

 

「何で?……早く行こうぜ」

 

俺は背中で看板を押した勢いで立ち上がる。グドはリディに手を貸してもらっている。

 

「……馬車でも借りるか?」

 

「いえ……問題ありません」

 

「つっても、ここから歩いて丸二日くらいかかんだぞ?体力持つか?」

 

「……いくら腐っても私も魔族の一人です。……このくだらないプライドに免じて……我が儘を聞いてもらえないでしょうか?」

 

「まぁ、構わないけどさ……。リディ、本当にやばくなったら勝手にいろいろするからな。それだけは了承しといてくれ。さすがに命には代えられないだろ?」

 

「……分かりました」

 

不本意ながらも納得してくれたみたいなので、このまま先に進むことにする。正直、健康体の俺でさえこれから歩いて二日、というのは考えただけで足が重くなる。しかし、グドにああ言われてしまった手前、俺が泣き言を漏らすわけにもいかない。腹を決めて行くしか――。

 

 

「……どうしたの?」

 

後ろを振り返っていた俺にミュゼが怪訝そうな顔をしながら話しかけてきた。

 

「あ……ああ。何でもない。よーし、出発すっか!」

 

俺ははっと我に返り、頭をふるふると振る。そして床に置いていたリュックを背負い直し、肩を回すと、先頭に立って歩き始める。

 

 

目的地は、『霧の町』ウェデント――――。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

すっと物陰から現れた男が、ゼードたちの背中を睨みつけながらぽつりと呟いた。

 

「――モンスター、か……」

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

9話です。今回は短編っぽい話の前の部分です。一話完結にしようと思っていたのですが、量的に微妙だったので分けさせていただきました。一話にまとめてもよかったのですが、駆け足になると新キャラに感情移入できないまま終わってしまうかなと考えた次第でございます。その分、日常会話を増やしたので、会話ばっかりの回になってしまいました。

今回はグドを通じて魔王が動き回っていた頃の話が出てきました。後の部分は一体どんな結末が待っているのでしょうか。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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