勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。勇者の前は罪人?

ミュゼ…先代魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


グド…過去の事故のせいで顔を火傷で失った魔族の老人。顔にウサギの面を付けて隠している。西の町まで送り届けてくれるよう依頼した。

リディ…ウェーブがかった金髪とぱっちりとした青い瞳が特徴的な少女。グドと一緒に依頼をしてきた。


case:10   トオザカル心

「霧が濃くなってきましたね……足元が悪いので気を付けてください」

 

「全然ぬかるんでないじゃん?」

 

「いえ……いたるところで石炭を採掘していましたから……普通の地盤よりも弱くなっているのです。……砂を入れて補強していたみたいですが……それでも時折陥落事故は起きていました」

 

「……それ、気を付けてどうにかなるの?」

 

「足を取られないようにと……私が一番気を付けるべきでしたね」

 

「ま、いざとなったらミュゼが魔法で何とかしてくれるさ」

 

「アンタ、どれだけの労働を強いるつもりよ。……それよりも、"アレ"を気にした方がいいんじゃない?」

 

 

「……まあな」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

私とゼードは依頼人のグドとリディを連れて、ウェデントに向かっていた。汽車でミヴィルまで行き、そこからは徒歩で目的地を目指している。歩き始めて20分もしないうちに、霧が視界を遮ってきた。どれだけ進んでも晴れるどころか、ますます濃くなっていく。数メートル先に居るグドとリディの背中が、目を凝らしてやっと見えるくらい。先頭の所長なんて影も形も見えない。だからなるべく会話を途切れさせないようにして、お互いの居場所を確認し合っていた。

 

「"アレ"……とは何ですか?」

 

リディに支えられながら進んでいるグドが私たちに問い掛けてきた。ゼードが答えてくれるだろうと、あえて私は口を開かない。

 

「んー……今は多分大丈夫。けど、何か危なそうな奴が居るんだよね」

 

「危なそう、ですか?」

 

「物凄い殺気立ってこっち見てんの。……あ、でも見てるだけだから。襲ってくる様子はないかなー、なんて」

 

二人を不安がらせないようにああやって誤魔化してはいるけど、正直いつ攻撃してきてもおかしくはない。でも、位置的にかなり離れているから不意討ちはないでしょう。……今のところは。

 

「まぁ、気にしなくていいんじゃないかな。近づいて来たらミュゼが教えてくれるだろうし」

 

「さっきから私を頼りにしすぎじゃない?」

 

「でも確実に場所分かるっしょ?」

 

「そうだけど……アンタも警戒してなさいよ」

 

「はいはい、してるしてる」

 

「平気……なのですか?万が一ということもありますし……」

 

「うーん、けどさー汽車降りてからずっとだけど、一定の距離保ってるだけなんだよね」

 

「そんなに前から!?」

 

リディが思わず声を上げた。真横からの大声でグドもびくっと身体を震わせる。

 

「あれじゃね?お二人さんがくっついてんの見て、嫉妬した奴がついてきてんじゃね?」

 

「……しつこすぎでしょ。何かあったら私たちがどうにかするから、アンタらは気にしなくていいわ」

 

「ありがとうございます……」

 

「ま、のんびり話しながら行きましょうや」

 

雑談をしながら、私は一定時間ごとに魔力を放出して相手を探知する――距離は約2キロ。魔力は感じないし、銃のような遠距離を攻撃できる武器も持っていない。そうなると、本当に私たちを見ているのかどうかも怪しい。杞憂で終わればいいのだけど。

 

意識をこちらに戻すと、いつの間にか雑談の内容はここらの土地についてみたいだった。

 

「へー。そんな珍しい鉱石も採れたんだ。今はもう採ってないのか?」

 

「どうでしょうか……。私も長いこと離れていますから……。ただ……ザックダランが探鉱事業を引き継いでいる……という話を聞いたことがあります。あそこはウェデントから移り住んだ人が多いですから……」

 

「あの国は外に情報出さねぇからなー。そういやグドは店やってたって言ってたけど、何売ってたんだ?」

 

「…………そうですね……雑貨…………でしょうか?」

 

「インテリア的な?オシャレだな。リディは?」

 

「私ですか?えっと――」

 

「リディは小物を売り歩いていました」

 

「お、おう……。じゃあ二人とも同じような感じ?」

 

「ゼードさんはウェデントに来たことはあるのですか?」

 

「え、俺か?ないな。旅行なんてしたことなかったからな。家の仕事で手一杯だったし」

 

「……依頼事務所ですか?」

 

「いや、親がやってた畑の手伝い。放置して出かけられんからな」

 

「農家さんでしたか……ご両親はお元気で?」

 

「いーや、ちょっと前に死んじゃったよ」

 

「そうでしたか……知らなかったとはいえ……すみません……」

 

「別にいいさ。そっからいろいろやって、この仕事やってんだけどね」

 

「大変だったんですね……。ミュゼさんはウェデントには……?」

 

聞き役に徹するつもりだったけれど、話を振られてしまったので仕方なく閉じていた口を開いた。

 

「初めてよ。魔界の生活の方が長かったからね」

 

「あ、居たんだ。会話に参加しないから、てっきりどっかではぐれたかと」

 

「アンタが警戒しとけって言ったんでしょ」

 

「で、奴さんは?」

 

「相変わらずよ」

 

 

念のためにもう一度魔力を放出しようとした時、前から咳が聞こえてきた。はっきりと断定はできないけれど、十中八九グドのものでしょう。小声で心配するリディの囁きも微かに聞き取れる。それに気づいて、ゼードも足を止めたみたいだった。

 

「ちょっと休憩していくか。結構歩いたしな」

 

「ごほっごほっ!!……すみません」

 

「どうせぼちぼち休憩しようと思ってたからちょうどいいよ。ミュゼ、シート持ってきたよな?」

 

「アンタのに入らないからって押し付けたんでしょ。それに、これそんなに大きくないから二人で座ったら狭いわよ」

 

「私たちのもありますから、繋げましょう」

 

持っていたバッグを汚れなど気にせず地面に置き、中身を漁る。目当てのものを探り当てると、そのまま近づいてきていたゼードに投げて渡す。視界はゼロに近く、何も声掛けせずに投げたのに、難なくそれをキャッチした。目で見るより、感覚でやってのけているのでしょう。洗濯物を伸ばすようにシートを振って広げると、私のスペースなんか気にせずにリュックをどかっと落とす。隣では同じようにリディが広げていて、グドはお面を少しずらし、その隙間から水を飲んでいた。

 

いつの間にかゼードは手ごろな石ころを集めてきていて、シートの四隅に置いたり、かまど代わりに並べたりしていた。そして荷物の中から薪や火種用のボロ布を取り出すと、テキパキと火をおこしていた。

 

「慣れてますね」

 

「んー?まぁ、一時期野営してたしな」

 

この野営というのは、おそらく勇者時代のことでしょう。てっきり、勇者というほどだから各地で特別対応でもしてもらっていたのかと思っていたけれど、そうでもないみたい。火が安定すると、またリュックから何かを引っ張り出した。

 

「鍋?もう夕食にするんですか?」

 

意気揚々と掲げているのは、事務所の棚の奥で埃を被っていた小さな鍋だった。普段はもっと大きな鍋が使われるから、実際に役目を果たしているのは2、3回見たことがあるかないかぐらい。何をしようとしているのか理解できてしまった私は、呆れながら邪魔なリュックを退けて座る場所を確保する。

 

「違うわよ。こいつはただお湯を沸かしてコーヒーが飲みたいだけよ」

 

「おっ?さっすがー、分かってんじゃん」

 

「アンタの頭の中にはそれしか無いでしょ?」

 

会話をしながらも着々と準備を進めている姿を横目に、私はさっきミヴィルで購入した干し肉を串に刺していた。

 

「ミュゼさんは食事するんですね……」

 

「お腹空いちゃったからね」

 

「汽車ん中で散々弁当食ってたろうが!」

 

 

「……魔力を使うと……お腹も減りますから…………」

 

水を流し込んである程度落ち着いたのか、グドが深呼吸をしながらトークに戻ってきた。

 

「グド!!大丈夫……?」

 

「うん……ありがとう……」

 

腕を掴んで心配するリディの頭を撫でながら返答しているけど、どこかまだ苦しそうな感じがする。

 

「……本当に大丈夫か?」

 

「はい……ご迷惑をお掛けしました……」

 

「いいって。けど、休憩はしていくぞ?まだ沸いてねーし、俺の足もパンパンだしな」

 

「……分かりました」

 

「もうちっとここに留まるから。ミュゼは辺り見とけよ?」

 

「はいはい。私の休憩は考慮してないのね」

 

「すみません……。私も魔法が使えればよかったのですが…………」

 

「お前は使えねぇのか?……いや、使えても使わせんけどさ」

 

「昔は使えたのですが……今は使えなくなってしまいまして……」

 

「使えなくなった?魔力切れ……とはまた違うのか?」

 

ゼードがちらりと私を見てくる。すぐに説明を求めているのだと察した私は、ため息をつきながら炙っていた干し肉を引っ込める。

 

「魔法ってのは無限じゃないのよ。自分自身の"魔気"と、空気中に漂っている"魔素"っていうのを消費して使うって前に話したわよね?どっちも使うと減って魔力も衰えるけど、時間が経てば自然と回復していくのよ。体力だってそうでしょ?ずっと走ってると無くなっちゃうけど、少し休めばまた走れる。

……でも、正確には違う。魔気は完全に使い切ってしまったら、もう元には戻らないの。イメージとしては身体の中に魔気を溜めておく"器"があると思って。普段はそこから少しずつ中身を取り出して魔法を使うの。けど、使い果たすっていうのは、その"器"ごと取り出すってことなのよ。回復しようにも、それを溜める"器"はもう身体の中には残ってないの。だからもう二度と、魔法が使えなくなっちゃうってこと。……使い切るなんてそうそうないことだけどね」

 

鼻から息を吐きながら、片目を瞑ってグドを見る。目が見えないはずだけど、何か感じ取ったのかばつが悪そうに顔を背ける。

 

「……はい。ミュゼさんのおっしゃる通り……私の中の魔素は全て使い果たしてしまいました。……と言っても……元から魔法は得意ではなかったのですが……」

 

「使い切るなんて緊急事態っつーと……やっぱ魔王襲来の時か?」

 

「……そうです。…………それでも結局は……リディに助けてもらいました……」

 

当の彼女はそんなこと耳には入っていない様子で、ぎゅっとグドを固く抱きしめている。

 

「そんな思いしたのによくウェデントに戻れるな」

 

「……それでも……私にとってはたくさんの思い出の詰まった故郷ですから……」

 

「そういやグドは人間界の生まれなのか?」

 

「いえ……魔界ですけど……?」

 

「じゃあ、故郷はそっちの方なんじゃないのか?」

 

「領土争いから逃れるためにこちらに来ましたから……あちらに戻っても帰る場所などないでしょう……。何十年も前の話ですからね…………。ミュゼさんはどうして人間界に来られたのですか……?」

 

「わはひ?ほうへ……」

 

良い感じに焼けた干し肉に噛みつきながら、串を外している最中だった。どうしようかと一瞬止まったけど、口に詰め込むことを優先させた。即答できなかった質問の答えを咀嚼しながらゆっくりと熟考する。味が無くなるくらいまで噛み続けて、漸くぴったりの言葉を見つけた。名残惜しいけど、ごくんと口の中を空にしてから回答をした。

 

 

「……人質?」

 

 

「「え……?」」

 

「おまっ……誤解を招くから止めろって!!?」

 

私の返答にグドはもちろん、抱き着いていたリディまでもが驚いて私たちを見た。ゼードはあまりの動揺で手に持っていたインスタントコーヒーの袋を取り落としていた。まだ封を切っていなかったのが幸いかしら。

 

「大体合ってるでしょ?」

 

「欠片も合ってねぇよ!!違うからな!?」

 

「ま……まあ……人には人の事情というものがありますから……」

 

「そ、そうですよ……!送り届けてくれるなら私たちは気にしません!」

 

「だから違うんだって!!その妙に『大丈夫、信用してますから』って雰囲気は止めてくれ!!心にくるから!……いや、違うんだけどね!?」

 

弁解で口を開く度に、二人の心が遠ざかっていく。それはもう、面白いくらいに。

 

 

私はその光景をあたかも部外者のように眺めていると、飛ばしていた魔力に反応があった。

 

「……ゼード」

 

「いやマジで誤解だって!?お前からも何か――」

 

「ゼード!……11時の方向から魔力反応よ」

 

「……さっきの覗き魔か?」

 

「違うみたいね。大きな魔力反応の他に7匹居るわ」

 

「敵……ですか……?」

 

「さぁ?まだ分かんねぇな。お前らはそこでじっとしてろよ」

 

ゼードは既に両手でホルスターにしまってあるナイフに手を掛けている。私も立ち上がって意識を集中させた。相手もこっちに気付いているみたいで、寄り道せず真っ直ぐ向かってきている。

 

向こうの姿が見えるまで4分くらい。緊張状態が続いていたからか、とてつもなく長く感じた。誰も口を開かず、黙って来るべき時に備えていた。

 

 

そして、複数の足音と共に霧を掻き分けて"その姿"が露わになった――――。

 

 

 

「「「うわっ……」」」

 

お互いの姿が確認できた瞬間に、先頭の男と私たちは思わず嫌悪感を示した。

 

「……何でてめぇらがここに居んだよ」

 

「それはこっちの台詞だ。揃いも揃って、夜逃げでもしてんの?」

 

そして間髪入れずに悪口を叩き合う。苦虫を噛み潰したような表情からも、双方心底嫌がっているのが見て取れる。事情の知らない後ろの部下たちやリディたちは何事かとざわめいていた。

 

「オラは仕事だよ」

 

「俺もだよ」

 

「最近モンスターが襲われる事件が多発しててな、今日はその見回りだよ。……もしかして、てめぇが犯人じゃないよな?」

 

「こっちは依頼で来てるだけだっつーの。え、結構前からその事件起きてるよね?まだ解決できないんですかー?」

 

「うるさいな。この霧のせいで思うように捜せないんだよ。……魔物娘も元気そうだな」

 

「……ええ。お巡りさんも」

 

私も何とかぎこちない笑顔を作り、受け答えをする。

 

「後ろの爺さんと娘っ子もこの辺物騒だから気をつけろよ?特に爺さんと魔物娘はな。……あー、だからより物騒なこいつに頼んだのか」

 

「はいはい。お気遣い痛み入るんで、さっさとどっかに消えてください。お前の顔見てたら休憩にならねーからな」

 

「……いちいち引っかかるな、てめぇは。こっちも暇じゃないからな、失礼するよ。行くぞ!てめぇら!!」

 

男が大声を出すと部下たちはピシッと姿勢を整える。ゼードはあえて背を向けるようにして座り込んでいる。もう話すことはないとでも言いたげに、これ見よがしにそっぽを向いていた。

しかし男たちが歩き始めてすぐに、まるでたった今思い出したかのように声を上げる。

 

「そういや例の犯人かどうかは知らないけど、さっき変な気配がしてたな」

 

「……変な気配?」

 

「どこだっけ?」

 

「今はしないけど、ちょっと前までは4時の方向から殺気を感じたわ」

 

「……そうか。情報提供感謝する」

 

男は訝しげな表情を見せたけど、こほんと咳を一つして礼儀正しく応答する。そのまま向き直ると、一切私たちのことは眼中に入れずに去って行った。後ろの部下たちは人によって、会釈をしたり、敬礼をしたり、完全に無視を決め込んでいったりもしていった。

 

喧しい足音が完全に消えると、グドが話し掛けてきた。

 

「……あの……さっきの方々は?」

 

「あー、ザックダランの警察だよ。つっても、大陸全域で活動してるみたいだけどな」

 

「……お知り合いだったようですが……」

 

「知り合いというか……天敵というか……腐れ縁というか……。ま、あの野郎は忘れて、のんびり羽休めするとしようぜ」

 

ゼードは若干冷えてしまった鍋を火に戻す。それ以上の回答は得られないと悟ったのか、グドも追及はしない。

 

それから十数分間は何事もなく、しっかりと身体を休めることができた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……は?何て?」

 

「ですから、夜間の見張りは私に任せてもらえないでしょうか?」

 

日が暮れかかってきてそろそろ野宿できそうな場所を探している時だった。リディが突然このような申し出をしてきたのだ。

 

「えっと……一応こっちも依頼受けてるし、前金ももらっちゃってるから仕事らしい仕事をだな。お前たちはゆっくり休んでくれていいんだぞ?俺たちが交代で見張りするし」

 

「いえ……どっちにしたってグドが心配で眠れないでしょうから。お二人こそ明日に備えてください」

 

「でもなぁ……お前だって普段ぐっすり寝られてねぇんじゃねーか?こういう時くらい……」

 

「それは……」

 

予想外のことで俺が髪を掻き回していると、後方からミュゼの声が飛んできた。

 

「別にいいじゃない、リディがやってくれるなら。アンタだって三度の飯より昼寝が好きって、日頃言ってるからちょうどいいじゃないの」

 

「いやいや。そうだけどさ……こっちの立場としてそれは大丈夫なん?」

 

「依頼主がそう言ってるんだから」

 

「我が儘言ってしまってごめんなさい……。でも……お願いします!!」

 

俺は上を向いて息をふぅーっと吐く。霧がかかっているせいか星も、月さえも見ることができない。

 

「……分かったよ。けど、何かあったらすぐに知らせてくれ」

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

「でも、その前に――」

 

途中まで言いかけたところで、俺は緊張して溜まった唾を飲み込みながら左側を見下ろす――。

 

 

――――思わず足のすくんでしまう深い崖を。

 

「安心して眠れる場所を探してからでもいいですかね!?」

 

濁った霧に覆われ、陽が上手く射し込まないとはいえ、その崖の下はどす黒い煙が渦巻いているように感じる。谷底からは気持ちの悪い風が吹き上がってきていて、まるで獲物を今か今かと口を開けて待っているようだった。

微かに水音が聞こえてくるから、吸い込まれるような空間の最奥には川でも流れているのだろう。しかし、いくら下が水だからといって、落ちたらただでは済まないだろう。唯一の救いは、崖まで2メートルくらい離れているから、壁に手をつきながら歩いてさえいれば、足を踏み外す心配はなさそうだった。

 

「前は……夜や霧の濃い日でも通行できるように明かりを灯していたのですが……」

 

少し見上げると、壁には点々と燭台が設置されていた。しかし、もう何年も手入れがされていない様子で、錆び付いたり、欠けたりしてしまっていた。

 

「ここらは炭鉱だらけだったんだろ?……ちょっとくらい道直しとかないと危なかったんじゃないか?」

 

「いえ……移動手段は船が多かったのです。人の往来も……石炭の運搬も……そこの川に船を浮かべていましたから。陸路でウェデントを訪れる人の方が少なかったかもしれません……」

 

俺は思わず小声で「今も船が出ていれば、こんなところ通らずに済んだのに」と愚痴を溢す。廃れてしまっているのだから船が出ているわけがないのは分かっているが、不満を漏らさずにはいられない。かといって、無い物ねだりをしても仕方がないので足を動かすことに尽力する。

 

 

「……ねぇ」

 

気を紛らわせるために次の話題を考えていると、ミュゼが話し掛けてきた。今度はさっきの様子とは打って変わって真剣な声色だった。いつも気怠そうなこいつにしては珍しい。

 

「どした?何か反応あったか?」

 

「反応があるどころか……"消えてる"のよ」

 

「はぁ?どういうことだ?」

 

「私の飛ばした魔力があちこちで消されてるの。それも一つや二つじゃなくて、何百――何千って場所で!」

 

「そんなことあり得るのか?」

 

「魔法の妨害だったらあり得なくもないけど、そんな気配しないし」

 

ミュゼの焦りようから、只ならぬ事態なのだと悟る。場所が場所だが、緊急の会議をしようと思わず立ち止まろうとした時、グドが喋り出した。

 

 

「……もしかしたら……"魔納石"かもしれません……」

 

「……あー、さっき話してたアレか」

 

新手の攻撃なのかと身構えていた俺は、納得して肩の力を抜いた。何故だか、気を張っていたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。しかし、ミュゼはまだ事態をうまく飲み込めていないみたいで混乱しているようだった。

 

「マノウセキ?なにそれ?」

 

「お前グドの話聞いてなかったのか?」

 

「……私は真面目に働いてるの。集中切らさないように会話してるだけ凄いと思いなさい」

 

俺は純粋に疑問を述べただけだが、あいつは小馬鹿にされたと勘違いしたのか少しムキになって言い訳をしていた。先頭と最後尾という位置に霧で尚更お互いの姿を見ることはできないが、ジト目になって頬を膨らませている光景が目に浮かぶ。

そんな奴のためにグドはもう一度説明を始めてくれる。

 

「魔納石は魔力を吸収する石なんです……。あちこちに埋まっているはずですから……探知のために飛ばした魔力がそれに吸われてしまったのかもしれません……」

 

「それも掘り起こしてたの?」

 

「メインは石炭ですから……ですが……採掘の際に一緒に掘り出されることは珍しくはありませんでした。……それでも魔納石自体に値はつかないので……廃棄されていました」

 

「それだけ聞くと高く売れそうだけどね」

 

「吸収できるといってもそれほど大量には取り込めませんから……。それに……入れたところで取り出す方法がありません……」

 

「つまり、"魔力効果の持ち運び"もできないのね」

 

「……その通りです」

 

「何だ、その魔力効果って?」

 

今度は自分の知っている内容になったからか、さっきまでの様子から一変して、どこか自慢げに説明し始めた。

 

「例えば火の魔法を瓶に詰めるとするじゃない?そうすると、蓋を開ければ火が出てくるし、瓶越しでもほのかに温かいでしょ。でも、魔納石とやらはそれらの効果が一切ないってこと」

 

「……吸収量も限られているので身を守ってくれるわけでもありません。石そのものは綺麗なので……アクセサリーなどにはできるかもしれません……」

 

「魔法を妨害する石、ねぇ……」

 

ミュゼが全員にわざと聞こえるように呟く。誰に向けた言葉でもないようだが、その嫌味っぽい言葉に反応せざるを得ない。

 

「……何見てんだよ」

 

「霧で見えないでしょ?」

 

「視線感じんだよ!言いたいことがあるならはっきり言え」

 

「別にぃー」

 

妙に含みがある応答に引っ掛かりを感じたものの、それ以上は無視して進むのに集中する。一刻も早くこの危ない道を抜けたかったからだ。

 

 

それから5分くらいで、右側の壁が無くなり道幅が広くなってきた。どうやら、漸く一歩ごとに寿命が縮む道ともおさらばらしい。

 

「おっ!やっと終わりだな。いやー落ちそうでハラハラし――」

 

 

と、右目の隅っこで何かが動くのを感じた。壁が無くなって開けた空間から、何かが俺目掛けて伸びてくる。日は完全に沈んでしまっているのに、鈍く輝くはがね色の細長い物体――。

 

完全には把握できなかったが本能で"それ"を感じ取り、すんでのところでかわす。あまりにも突然だったために、リンボーダンスのように上体を反らしてでしか避けられない。

 

「――っぶね!!?」

 

 

高速で目の前を通過する――"剣"だ。

獲物が引かれるのと同時に、俺も腰からナイフを抜きながら体勢を立て直す。相手は霧に潜んでいるようで、姿を捉えることができない。左側は崖なのでそこからは攻撃を仕掛けては来ないだろうが、それ以外のどの方位に居るのか全く目視ができない。

 

「ゼードさん!?」

 

「お前らは動くな!ミュゼはこいつらを守りながら奴の場所を探れ!!」

 

追撃をナイフで弾きながら指示を出す。どうやら剣の扱いには慣れていないようで、がむしゃらに突き出されているだけみたいだった。しかし、霧の中での戦闘には長けているのか、確実に気配は感じるものの姿を現す様子は一切ない。ミュゼも魔納石の影響でなのか、居場所の特定にはまだ至ってはいない。

 

「ゼード!こっちよ!!」

 

ミュゼの声に振り向くと、今まさに霧から剣先が伸びてグドたちを襲おうとしていた。汗が頬を流れ落ちるのを感じたが、構わずに踏み込む。だが、気が付いたところで庇える距離ではなかった。どれだけ速く動いたって、剣が貫き通す方が先だ。そして、そのまま剣が伸びて――。

 

 

――ガキン!!

真っ直ぐ伸びていた剣が、急に地面から突き上がった土の壁にぶつかった。予想外の出来事に相手は動揺したのか、動きが一瞬鈍ったが、すぐに慌てて剣を引っ込める。追撃を許さないように、俺たちはグドたちの前へ滑り込む。

 

「……狙いはどうやらこの二人みたいね」

 

「いや、多分例の魔族を襲ってる奴だ。……お前も気を付けろ」

 

「私を誰だと思ってるの?」

 

そう言い放った瞬間に、剣がミュゼの首元へ向かってくる。それを眉一つ動かさずに壁を展開させて防ぐ。

 

「……ね?」

 

「そういう自慢はいいから、この状況をどうにかしろよ。迂闊に動けねーし」

 

口元に手を当てて考え込んでいたが、何か閃いたのかピクリと頭を上げる、

 

「……じゃあちょっと危ない橋を渡りましょうか?」

 

「は?」

 

俺に意地悪な微笑みを見せると、自らを守っていた盾代わりの壁を取っ払った。そして、その土を自分の腕に纏わせた。

 

「……ロザの真似?」

 

「まあいいから見てなさいよ」

 

言い放った途端、またミュゼの頭目掛けて剣が突き出される。瞬時に腰を落としてかわしたが、特に状況を打開するようなものではない。

 

「何してんの?」

 

「いいから黙って見てなさい」

 

「いやっ……!だったら先にあいつ黙らせてくれよ!?」

 

俺……というより、後ろに居るグドを狙った一撃を叩きながら悲鳴に限りなく近い大声を出す。

 

「大丈夫……ですか?」

 

「ああ!大丈夫、のっ!はずなんだけ……どっ!こいつーがっ!!」

 

会話中でも一切の遠慮なしに攻撃が繰り出される。隣を見ると、ミュゼが張り手で剣を防いでいた。土まみれの手だからどうということはないが、傍から見ると滑稽だ。

 

「お前遊んでんじゃねーよ!!」

 

「ちょっと待ちなさい!タイミング計ってるんだから!!」

 

「何だよ!タイミングって――」

 

その一瞬の隙をつかれたのか、これまで全て手のひらで押し返されていた刃がするりと両手を潜り抜けた。そのまま切っ先はミュゼの胸へ――。

 

――しかし、刺さるか刺さらないかというギリギリの所でピタリと剣が止まった。まるで時間が止まったようにも見えるが、今にも動き出そうとふるふると震えているのが現実だと決定付ける。

 

 

いや――"止まった"んじゃない――――"止めている"んだ。

 

ミュゼの両腕ががっしりと剣身を掴んでいた。自らを貫こうと差し迫った剣を、だ。いくら土を纏っているとはいえ、迫りくる凶器に尻込みしてしまって普通ではできそうもない。そもそも、体重を乗せた突きを途中で食い止める程の力を要していなければ不可能の芸当だった。

力比べをしながら徐々に上の方へ持っていく。拮抗しているようだが、ミュゼの顔に焦りはない。それもそのはずである。突きが受け止められている時点で、どちらの力が勝っているのかは言葉にするまでもないだろう。

完全に頭上まで押し上げると、今度は力のベクトルを反転させて、勢いよく引っ張った。剣を竿にして、霧の中から相手を釣り上げるつもりだったのだろう。だが、相手は膠着状態になった時点で見切りをつけてあまり力を入れていなかったのか。それとも単純にミュゼの力が強くて手元からもぎ取られたのかは判断できないが、剣だけが引っこ抜かれる。強引に姿の見えない敵から武器だけを奪い取って見せたのだ。

しかし、その反動で体勢を崩して後ろによろける。勢い余って真っ暗な崖の方へ――。

 

 

「……お前さ、俺が支えなかったら落ちてたんだからな?」

 

「あら?実際落ちてないんだからいいでしょ?」

 

腕の中に居るミュゼが目を瞑りながら、表情一つ変えずに言い放つ。お礼の一つくらい言ったらまだ可愛げがあるというのに。

 

「ってか、よく剣を掴もうとか考えたよな。ミスってたら死んでたぞ?」

 

「アンタがどうにかしろって言ったんでしょ?」

 

「いや……言ったけど。発想がぶっ飛び過ぎてんだよ!ギリギリだったからな?あと少し押さえるの遅れたらシャレになってないからな!?」

 

「うっさいわね。平気だったんだからいいじゃない」

 

「……貧乳だったから当たらなかったものの――痛った!!?足がっ!あしっ!!足踏んでるって!!」

 

ミュゼは黙ったまま、すっと俺から離れる。しゃがみ込んでじっと耐えていたグドたちはまだ緊張が抜けないのか、そのままの状態で心配そうに声を掛けてきた。

 

「……お怪我は無いですか?」

 

「たった今、右の甲を砕かれたくらい……」

 

「敵はもう大丈夫なんですか?」

 

「これ置いてどっか逃げちゃったわね」

 

握ったままだった剣をぽいと地面に投げ捨てる。持ち主の居なくなったただの鉄くずは、小石にぶつかったのか、からんと金属特有の甲高い音を立てて地面に転がる。大事にされていた様子もなく、刃こぼれや錆が目立つ。剣自体も高価なものではなく、商店で大量に並べ売りされているような一般品だった。もし本当に大事にされていたり、高価だったら簡単に手放したりもしないだろう。まぁ、普段使っているナイフもクランガンに安く仕入れてきてもらったもので、消耗品扱いをしているから、俺もあまり他人のことは言えないが。

 

「お前、本当これ、歩行に支障が出るからな!?」

 

「大袈裟過ぎでしょ。それに加減はしてあるから、歩くとじんわり激痛が走るくらいに抑えてあるわ」

 

「それ支障出てますよね!?……ったく、加減の方向性間違えてるだろ」

 

俺たちのいつも通りの様子を見て落ち着いたのか、二人のこわばっていた表情も弛んできた。……いや、グドは面をしているから見えないが、何となく雰囲気が。

 

「よーし。不安も去ったし、早いとこキャンプできそうな場所見つけようぜ」

 

「アンタはカフェインが足りなくなってきただけでしょ」

 

苦笑いをしながら、グドたちが立ち上がる。

 

 

 

ガコッ……!!

 

唐突過ぎて一瞬、何が何だか理解できなかった。今まで見えていた景色が、まるで天に昇っていくように動いたのだ。……いや、違う――。

 

 

――"俺たちが落下しているんだ。"

 

 

気持ち悪い浮遊感――。

 

立ち込める砂埃――――。

 

 

口から漏れ出す悲鳴――――――。

 

 

ここらの地盤は採掘によって脆くなっていた。そんな場所で、仕方がないとはいえ、戦闘のために暴れたのだ。トドメを刺したと言っても過言ではない。

急に立っていた足場が無くなり真下に落下する。普通ならば、なすがまま谷底に落ちてしまうだろう。だが、俺たちは伊達に何度も死地を脱してはいない。ミュゼはいち早く行動をに移し、自分の足元に土を展開していた。

 

けれども、依頼人の二人はどうだろうか。日常生活ではまずあり得ない事態に対応できるわけないだろう。運良くグドは近くに居たミュゼに手首を掴まれ、宙ぶらりんになっているが無事のようだった。この緊急時だ、お年寄りを労われなんて言っていられる場合でもない。しかし、いつも一緒のはずのリディの姿がどこを捜しても見つからない。

 

「リディーーー!!!」

 

「ちょっと!?暴れないで!!」

 

助けてもらっているグドが叫びながら、崖下に向かって手を伸ばしている。あまりに必死なので、ミュゼが掴んでいなかったら躊躇なく飛び込んでいたに違いない。グドが呼びかけている方向に視線を動かすと、落ちていく大量の土塊の中に一点、金色に光るものが見えた。

 

リディだ。

地面陥没の衝撃で、二人は繋いでいた手を放してしまったのだろう。背中から落下しながらも、さっきグドと結んでいた右手はこちらに向かって掲げられている。……しかし、ここからではどれだけ手を伸ばしたって届きそうもない。ミュゼの魔法だって同じだろう。

辺りは崩れていく大地が谷で反響して、物凄い騒音を奏でている。だが、大声で叫び続けているグドの声がはっきりとここまで届いてくる。声はもう嗄れ、もはやまともな言葉にさえなっていない。

 

……それでも、声を発することを止めようとしない。無意識なのかもしれない。

それほどまでに――彼女を愛している――のだろう。

 

 

 

俺は上に居るミュゼを一瞥した。グドの腕を放さないよう真剣なはずなのに、不思議とその一瞬の視線に気づいたのか目が合ってしまう。しかも、一言も喋っていないにも関わらず、俺の考えを感じ取って目を丸くしている。

 

 

『何考えてるの……?』

 

 

騒音のせいで本当にそう言ったのかは分からない。それには何も答えず、にかっと笑顔だけで返す。

そして、飛び上がれば戻れたであろう地面を思い切り蹴って、自ら"下"に向かって飛び降りる。

 

一瞬で最高速に達し、他の何よりも速く落下する。

いくら障害物にぶつかっても――いくら髪に砂が混じっても――一直線に目的地――へ突き進んでいく――。

 

 

そして俺たちは底の見えない奈落へと飲み込まれていった――――。

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

10話です。いよいよ話数が二桁になりました。番外編を含めた投稿数ではもう少しありますが、本編では10話目です。
投稿はなるべく2週間に1話くらいのペースで頑張りたかったのですが、最近体調が優れずに遅れてしまいました。加えて、前回の後書きでは今回で終わりだというような書き方をしていましたが……終わらなかったですね。いかんせん筆がのってしまって、収まりきらなくなってしまいました。申し訳ありません。

次回はもっと早く投稿できるように頑張りますので、もう少しお付き合いくださいませ。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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