勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。勇者の前は罪人?

ミュゼ…先代魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


アニキ…街のごろつき集団のリーダー。ゼードに会って改心したか?


case:12   願いを聞かせて

「待って待って待って待ってぇぇええ!!!」

 

「待ったら死ぬって!!」

 

「じゃあ、ぼくに構わないで!!!」

 

「お前が勝手についてきてんだろぉ!!」

 

「だったら"一つ"使ってくれればいいじゃん!!!」

 

「こんなことに使うのはもったいないじゃん?」

 

「命の危機だよ!!?」

 

 

「居たぞ!!こっちだ!」

 

 

「「ぎにゃああああああ!!!」」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

10月の下旬。あれだけ猛威を振るっていた残暑も落ち着き、町の街路樹も鮮やかに色付き始める。早いものは、自由に伸びている枝から赤や黄の雨を降らせてくれる。勿論、眺めているだけでもこの季節は満喫できるだろうが、全てを楽しむには大通りの店へ出向くべきだろう。

 

店先には取れたてのカボチャやジャガイモなど、旬の食べ物がこれ見よがしに並べられる。俺はあまり大通りへは足を運ばないが、ミュゼが目についたものをよく買ってくるので、どんなものが出回り始めたのかそれで知ることもできる。……買ってきておいて、調理するのは俺なのだが。

まぁ、メニューが浮かんでくるという点ではありがたい。毎日作っていると、さすがに頭が煮詰まって、思いつかなくなってくる。そこで、あいつが何の考えなしに買ってきた食材を見て、作るものを決めるのだ。ミュゼだってその食材が食べたくて持ってきただろうから、Win-Winの関係であるのは間違いない。この際、向こうサイドがかなり得をしていることは気にしてはならない。

 

美味しいのは野菜だけではない。フルーツなんかもしっかりと熟れていて、噛んだ瞬間から甘味が口一杯に広がっていく。……おっと、想像しただけで涎が溢れてきそうになる。特に感じるのは、裏通りに居ても漂ってくる焼き栗の匂いだ。広場に屋台が出ているらしく、甘くて香ばしいのが風に乗って飛んでくる。何とも卑怯な方法で、誘われてしまったら買わざるを得ない。

俺個人としては質の良いブドウが収穫されて、美味いワインが製造されることを願うばかりだが。

 

 

ここまで長々と秋の魅力について語ってきたが、肝心の俺はというと、事務所のソファに寝転がっていた。暑さが和らいだと感じた頃には、少し肌寒くなってしまっていた。こんな憂鬱な気分になる日は、家でじっとしているのが一番である。そうなると俺の場合、年中ずっと引き籠りになってしまうが。一方ミュゼは、俺が昼前に起きてきた時にはもう既に姿はなく、元気に外へ繰り出しているみたいだった。あいつにとっては、季節の差なんてそれこそ些細な違いでしかないのだろう。

 

今日は鉛色の雲が空一面に広がっている。おかげでこうやって横になっていても、窓から日光が射し込んでくることはない。次第にうとうとしてきて、このまま寝てしまおうかと思い始めた。そんな中、ふと窓の外の逆さまになった景色を何気無く視界に入れた瞬間、俺は思わず飛び起きていた。

 

巨大な肉塊の化け物が窓にへばりついて、こちらを覗いていたからだ。……失礼、人外扱いしてしまったが、改めて見ると体積の大きな巨漢だった。

 

 

「……来てたんなら言ってくれよ」

 

戸棚から菓子を取り出しながら、ソファに座らせた男に話し掛ける。男――アストルの体重でソファがかなり軋んでいる。まるで悲鳴を上げているみたいだ。アストルはカラフルなハンチングを被り、肩から大きな鞄を下げていた。ふくよかすぎるその身体に、着ている衣服は今にもはちきれそうになっている。

 

「他用のついでに足を運んだだけですから。人気がなかったのでてっきり不在だと」

 

「だからって窓から中を覗くかね、普通。……で、今日は?腰の薬がまた無くなったのか?」

 

戻ってきた俺は適当に見繕ってきた菓子を机の上にばら撒いた。それを遠慮なしにアストルが包みを開けて口いっぱいに頬張る。アストルは商人をしていて、各地から定期的に依頼の連絡を寄越してくる。持病の腰痛の薬を届ける仕事だ。そんなもん薬屋に頼めばいいだろうと一度愚痴ったことがあるが、本人曰くうちに頼んだ方が早いのだそうだ。皮肉にもその頻度と相まって、ピース依頼事務所で最多の依頼人でもある。言ってみれば、常連、お得意様だろうか。

そんなに気温も高くないはずなのに、顔に浮かんだ汗を拭いながらアストルが白い歯を見せる。

 

「おかげさまでストックはたんまりとありますよ。そもそも用事は勇者様じゃないんです」

 

「"元"勇者だ。間違えるな」

 

「まあまあ。東部に来たのはある噂を聞いたからです」

 

「……噂?」

 

俺は眉間に皺を寄せながら、向かいのソファに腰掛けた。

 

「ちょっと前から"魔法の箱"がパッパルキアに落ちたという目撃情報がありまして。あ、行ったことあります?パッパルキア」

 

「まぁ……」

 

パッパルキアはここから南東、つまりエンゲの南側に位置する広大な森林だ。おそらくこの町など4つくらいすっぽりと収まってしまうだろう。人の手があまり加わっていないため、植物たちが伸び伸びと育っている。そんな山の幸を求めて森へ足を踏み入れる人も多い。だから、あまりに広すぎて一度入ったら二度と出てこられない……なんて話題はあがったことすらないだろう。むしろ野生の動物たちの鳴き声に混ざって、人間の穏やかな会話が聞こえてくるのも珍しくない。

 

「"魔法の箱"っつーのは何ぞ?」

 

「あれ?ご存じない?」

 

アストルがわざとらしく声を上げる。俺はその反応に少しムッとしたものの、知らないことは事実であるから強がっても仕方がない。素直に小さく頷いた。

 

「それは何千年も昔からあるけれど、始まりは誰にも分からない。人類やモンスターよりも前、もしかしたらこの世界が創造されるよりも前から存在――」

 

「長くなる?その話」

 

「えぇ」

 

「じゃあいい」

 

そう吐き捨てると、わざとらしく頬杖をついて窓の外に視線を移す。興味が無くなったわけではない。ただ、話を長々と聞くのが面倒になっただけだ。どういったものなのかを知りたいのであって、誰も由来を話せなんて言っていない。それが分かってほしくて、そっぽを向いているもののあえて気がつくようにチラチラとアストルの方を見ていた。

丸々とした男も何となく察してくれていたようで、目を細めて笑っている。

 

「その箱はなんでも所持している人の願いを三つ叶えてくれる、という話なんです」

 

「願いを?そんな魔法聞いたことないぞ」

 

「魔法、とは言ってますけど魔法じゃないでしょうね。魔法より魔法している、魔法とはまた別の力です」

 

まとめようとする度にどんどん頭の中がこんがらがっていく。思わず目眩がしてきて、人差し指と親指で目頭を押さえつける。

 

「あり得るのか?おとぎ話みたいなそれは」

 

「えぇ、自分も紙に書いた妄想だと思っていたんですけどね。調べてみたら、なんとこれが実在していたんですよ」

 

「勿体付けて話さなくていいから。結論結論」

 

「いいじゃないですか。ロマンに溢れる物語ですよ?確かに何人かが魔法の箱のおかげで一晩で大金持ちになっただとか、一躍有名人になっただとかそんな記録があったんですよ。……しかし、その後すぐに当人たちには災難が降り掛かっているんです」

 

「は?」

 

「詐欺に遭って一文無しになったり、命を落としたり。願いを叶え切った箱は災いを残してどこかに消えてしまうらしいんです。……だから魔法の箱は"願いを叶えてくれる不幸の箱"、なんて言われていたりもするみたいです」

 

「不幸の箱……か」

 

只で願い事を叶えてくれるなんてうまい話はないということだろうか。それとも幸せにはバランスがあって、願い事で幸福がもたらされたから、調和を図るため不幸が一気に押し寄せているのか。どちらにせよ、先に願い事で釣って良い思いをさせた後に地獄へ叩き落とす。作った奴は相当に性根がねじ曲がっているに違いない。

 

「……で、そんな逆パンドラボックスが森に落ちたって?」

 

「そうなんですよ。三日前に話を聞いたんでもう見つかったかと思っていたんですけど、森周辺の様子からするにまだみたいですね」

 

「お前もそれ目当てでわざわざ来たのか?」

 

「いいえ。惹かれますがきちんと商談でですよ。発見されていたら一目見ておきたかったんですけどね。…………そこで物は相談なんですけど――」

 

「断る」

 

「……まだ何も言ってませんよ」

 

言わなくても変なことを考えているのは明白だった。相談を持ち掛けたようと間を空けた瞬間、口元がグイッと吊り上がったからだ。……笑っていたから当然なのだが、例えるなら白い笑顔がどす黒い笑顔に早変わりした。

 

「どうせ箱を探せとかって言うんだろ。やだよ、何が起こんのか分かんねーのに」

 

「でも三つも願いが叶うんですよ?」

 

「その後に不幸が待ってんだろ?……第一、箱自体いまいち信じられねぇし」

 

「それを確かなものにするためにもお願いしますよ。勇者様なら不幸が訪れてもきっと退けられますって」

 

「何の根拠があって言ってんだよ。……そんな気になるならお前が行きゃあいいじゃねーか」

 

「自分は商談がありますので。それが終わっても次の商売で今度は南に行かなくてはならないんですよ。自分で動ければよかったのですが、仕事が忙しすぎるのでそれはできません。いやー、残念で残念でたまりません。

……ところで勇者様?この後のご予定は?」

 

「…………」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「おいおい、何だこりゃ……」

 

結局あのまま押し切られ、パッパルキアへ探索に来る羽目になってしまった。けれども、あれだけ箱を見たいと言ってきたのに、もし見つけたら願い事は俺が使っていいんだと。アストルは情報が事実なのかを知りたいだけみたいで、願いの方にはあまり興味がないらしかった。全く、欲があるのかないのか。……小声で「早死にしたくはないですから」と漏らしていたのはきっと気のせいだったのだろう。

いくら広いとはいえ、森でサバイバルするつもりはないので最低限の荷物しか持ってきていない。また涼しくなってきてお気に入りのコートを解禁したから、ナイフの束を持ち歩く必要もなくなったからだ。ナイフはいつも通り袖口に収納してある。意気揚々と着込んだものの、歩いていると暑くなってきてコートの下は若干汗ばんでいた。

 

依頼されたものの出来ればという話だったので、適当に二、三時間ほど探したら諦めて帰ろと思っていた。本当に必要だったとしても、日が沈んだ森は非常に危険なのでどっちにしたって長くは居られない。俺としても乗り気ではないから初めからモチベーションはあってないようなものだった。しかし、森に着いた俺はあまりの光景に愕然としていた。

 

 

「……どこのテーマパークですか、これ?」

 

パッパルキアは山菜の収穫に訪れる人が多いと言っていたが、これは一線を画していた。どこを見ても人、ひと、ヒト――。植物目当てならば背中なんかに大きな籠を背負っているものだが、そんなのはほとんど見られない。つまりこいつらは皆、魔法の箱を目的にやってきているのだ。

 

(……俺が来なくても早いうちに誰か見つけんだろ)

 

そうしたらアストルも好きなだけ見せてもらえばいい。あまりの人の多さに気が滅入ってうつむいてしまった。入口まで来たものの途端にやる気を失い、華麗にUターンを決めて我が家に戻ることにする。まさか探すどころか探す前に諦めることになるとは思ってもいなかった。

斜め下を向きながらくるっと反転したら、後ろに居た人にぶつかってしまった。俺は慌てて顔を上げる。

 

「あっ、すんませ――」

 

謝罪の言葉を吐き出していた口が止まってしまう。いや、口どころか身体全体が硬直する。

見上げた視界に入ってきたのは、頬に生々しい縫い跡が残るスキンヘッドの男だった。

 

「何や――にいちゃんどっかで見たことあるなぁ」

 

「き、気のせいじゃないですかー?あはははは」

 

「いーや絶対見たことある。どこだっけなぁ」

 

「人違いっすよー!ショタイメンデスカラー」

 

「あ、思い出した」

 

「だからちげーって言ってんだろ!!初めましてだから!!?」

 

 

「何やってんだ?」

 

声のした方へ向くと、がたいの良い男が立っていた。傷の男もそうだが、あっちにも見覚えがあった。金の短髪に、ごつごつとした腕。相手も俺に気付いたのか、ぴくっと眉を動かしてからのっしのっしと歩いてくる。

 

「……久しぶりだな、兄ちゃん」

 

「どうも。ごろつき勇者サマも収穫祭か?アニキさんよ」

 

今年の2月に町長からの依頼で町のごろつきを懲らしめることがあった。こいつはそのリーダー格の男だ。前回はそんな観察する時間がなかったから急にどこかから武器のハンマーを持ち出したように思えたが、よく見ると右肩の後ろに少しだけ柄の部分が伸びていた。

 

「ああ、どうやら無理難題を聞いてくれるって話だ。あんたもだろ?」

 

道理で人込みの中にガラの悪い連中が混じっていたわけだ。箱を探しに来ているのか一般人にメンチ切りに来ているのか分かったものじゃない。

 

「俺はちゃーんとした依頼ですー。不確かなマジックボックス探しに来られるくらい暇なんですね、勇者サマは」

 

完全にブーメランである。しかし、突っ込みを入れる奴が居ないので気づかれる心配は無い。何故こんなにも煽っているのかというと、以前のコロッケをまだ根に持っているからだ。とりわけコロッケが大好物なわけではないが、食べ物の恨みは恐ろしいのだ。……自分で説明していてどんどん小物感が増していくのは何なのだろうか。

 

「そういや最近大人しいけど、まだごろついてんの?」

 

「人を相手に狩るのは止めた。またあんたみたいのに絡まれたら敵わんからな。だったら波風が立たないのを標的にすればいい」

 

「お前……まさか魔族を?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

アニキは顔色一つ変えずに淡々と受け答えする。肝が据わっていると言えば聞こえはいいが、もっと他の有意義なことに役立ててほしかった。……いや、こいつのことだ。どうせ闘い以外のことには気力を見せないタイプだろう。思い当たる節があるので何となく肌で感じられる。

二人の静かなる探り合いは不意の激痛によって中断させられた。会話に集中していた俺の背中に鈍い痛みが走ったのだ。手で押さえながら視線を動かすとごろつきどもが数人こちらを睨んでいる。足元には飛んできたであろう、握りこぶしより一回り小さな石が転がっていた。

 

「おめぇはまた茶々入れにきたのか!?」

 

「なわけねーだろ。こっちにちょっかい出してきたり依頼受けたりしねー限りはお前らなんかにかかわりたくもねぇよ、バーカ!!」

 

「偶然アニキに勝ったからって調子に乗んなよ!大体おめぇは女に比べてそんな強くなかったしな!」

 

「はぁ?あれは全然本気出してねーし!俺が本気出したらちょっとした天変地異起きるし!」

 

「……難しい言葉覚えたての子供やん」

 

「聞こえてんぞハゲ」

 

「どした?ビビッて身体動かねーのか?」

 

「上等だこの野郎!表出ろ!」

 

「……表やん」

 

この所長、煽り耐性0である。叫びながら石を拾い上げ、ごろつきどもにリリースしようとする。俺の腕力じゃ大した威力は出ないだろうが、構わずに振りかぶった。

 

 

ゴッ!!

 

石が指を離れるよりも先に何かにぶつかった。その状態のまま恐る恐る振り返ると、真後ろに居たアニキの額にクリーンヒットしている。しかも指の間からはみ出た石の部分が当たっているので、簡易メリケンサックみたいになっている。アニキの額からスーッと血が垂れてきた。対する俺も額には汗が浮かび、スーッと血の気が引くのを感じる。そして微動だにしないまま大男が仰向けにバタンと音を立てて崩れ落ちた。

 

「「「アニキー!!?」」」

 

ごろつきどもが俺の脇を抜けてアニキの元へ駆け寄った。俺は顔面蒼白になりながらよろよろとそこから後ずさりをする。あまりの動揺に口が上手く回らない。

 

「い、いや……これは不運な事故であってですね……?そんなつもりは全く……はい……あの本当…………ごめんなさい」

 

しかし、10歩も下がらないうちにまた誰かとぶつかった。今度ばかりは相手の顔を見ずとも、誰であるかは容易に想像がつく。……悲しいかな、ついてしまうのだ。

 

 

「一体どこに行くんだ?あんちゃん」

 

地獄の追いかけっこのゴングが鳴った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「はぁっ……はあっ……!!」

 

けもの道というのはどうしてこんなにも曲がりくねっているのだろうか。ごろつきどもから逃れるために咄嗟に森へ飛び込んだが、急な坂道が現れたりと歩くだけでも莫大な体力が持っていかれる。さらに地面を突き破って出てきた根っこに躓いたり、青々とした草木に身体を叩かれたりしているから走ってきただけでボロボロになっている。度々山菜や箱を探している人に遭遇したが、呑気に「見つかりましたかー」なんて日常会話を交わしている暇などありもしない。向こうは今晩の夕食や明日の大金持ちを期待しているのだろうが、こっちとしては一時間後に五体満足でいられるかという絶体絶命のピンチなのだ。

 

満身創痍になってはいるものの結果的に森へ逃げ込んだことは正解だったと思う。散々疲れただの痛いだの言ってきたが、その木々などの緑がこうやって身を隠してくれているのだ。後ろを追ってきた奴らはスピードについてこられず置き去りになり、既に中で箱の捜索していた奴らは声は聞こえても姿を植物に邪魔されて捉えることができない。ヒロイストのように金持ちなわけでもないだろうから無線を持っているとも考えにくい。パッパルキアの広さも味方してくれていた。逃げる方向さえ間違えなければずっと森で逃げ回ることも可能だ。隙を見て逃げ帰ることもできるだろう。

 

(まだ声聞こえる。いい加減諦めてくんねーかな。……いや、悪いのは俺だけど。素直に出ていったら何されるか分かったもんじゃねぇからなー。……こんなことになるなら無理にでも我を通して家で寝てればよかった)

 

草陰に隠れて息を整えながらぼんやりと考える。後悔したってもう戻って選択をやり直したりなんかできない。何をやっているんだろうと急に冷静になり突然虚無感に襲われた。目の焦点を合わせずにため息を吐く。

 

 

どれくらい経っただろうか。遠くから怒鳴り声は聞こえるものの、近くに気配がなかったのでその場所のまま動かずにいた。このまま乗り切れるんじゃないかなんて思っていたが、そう甘くはないらしく足音が近づいてきた。まだそんなに近距離ではないが、念のため移動することにする。地べたに座り込んでいた腰を上げ、軽く土を払ってから行動を開始した。

 

「……ったく、めんどくせーな。次は木に登ってやり過ご――へっ?」

 

思わず愚痴が零れ出てくる。気づかれるおそれもあったが不満の一つや二つ言わないとやっていられなかった。

そんな時だった。しっかりと地面を踏みしめていた足の裏から突然感覚が消えたのだ。脳が理解する前に視界がガクンと下がり、木の葉で埋め尽くされる。そのまま葉っぱと土まみれになりながら世界が回転する。数秒間ずっと全身を打ち付けられて漸く地面に転がった。

 

「ぺっぺっ!!痛ってぇ…………。はぁ、ついてねぇな……」

 

口に入り込んだ土を吐き出す。口どころか服の中にまで入ってきていて気持ちが悪いなんて表現では足りなすぎる。身体中も痣だらけになっているだろうが、幸いなことに大きな怪我はないみたいだ。

頭を振って髪の間に引っ掛かっている土を払うと辺りを見回して状況を確認する。上を見ると天井の一部が空いていてそこから光が降り注いでいた。……どうやら大きな穴があったらしく、それに気づかないで見事に数メートル落下したようだった。分からなかった理由は上に落ち葉が降り積もって穴を隠してしまっていたからだ。誰かが仕掛けた罠というわけではないらしく、クマかなんかの動物の巣穴のようだった。もう長いこと使われている様子はなく完全に空き家だ。入口が葉で塞がれてしまっていたのも頷ける。

 

あまりに唐突だったために叫び声も上げられなかったが、もしかしたら落ちた衝撃で気づかれてしまったかもしれない。痛む身体に鞭打って、手をついて上体を起こして座った姿勢まで持ち上げる。次は立ち上がろうともう一度腕に力を籠める。

 

コツン……

 

踏ん張るために動かした手に何か触れる。それは小さな小物入れだった。10センチ四方の木製の立方体で上部には紋章のようなデザインが施されている。留め具は壊れていて蓋が少し開いていた。覗いてみても空っぽのようだった。立つのを後回しにして座ったまま木箱を持ち上げる。思ったよりも軽く、振ってみても音はしない。……音を聞くために近づけていた耳に冷気を感じる。目を横にやると、なんと小物入れから煙が出ているではないか。驚いて咄嗟にそれを放しゴトンと床に落ちたが、噴き出ている煙は止まらない。嫌な予感に身体の痛みも忘れて飛び起き、いつでも袖口からナイフが取り出せるように身構えた。そして、煙が大きくなって――。

 

 

「ジャジャーン!!呼ばれてやってきたよー!!!」

 

――中から十代後半くらいの男の子が現れた。

 

 

「……誰?」

 

「ちょっとちょっと!!?呼び出しておいてそれはないんじゃないの!!?」

 

「いや呼んでないし。テンション高くてうっせぇし」

 

「うっせ……!?お兄さんだって願い事があるから呼んだんでしょ!!?」

 

「願い事……?」

 

こいつは突然どっかから湧き出して何を言っているのだろうか。しかし聞き覚えのある言葉に引っ掛かりを感じ、腕を組んで考え込む。すぐにはっと目を見開いて地面に倒れている小物入れを拾い上げる。

 

「お前、このきったねぇ箱が魔法の箱か!?」

 

「汚い言わないでよ!!!アンティークだから……って、そこ壊れてんじゃん!!?」

 

破損した留め具を指して大声を上げる。俺は慌てて騒ぎ立てるこいつの口を手で押さえて黙らせる。

 

「静かにしろ!バレるだろ!!……これ元から壊れてたぞ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

絶望した表情で地面にへたり込む。なんか何から何までオーバーな奴だった。

 

「……で、お前は誰なんだよ?」

 

「え……?ぼく?ぼくは魔人だよ」

 

口を開けて放心していたが問い掛けで我に返った。そして変なことを口走る。

 

「魔人?魔族じゃないのか?」

 

「うん。ぼくは願いを叶える魔人さ」

 

「えーっと……ランプの魔人的な?」

 

「そんな感じ」

 

「……嘘くせぇ」

 

「何で!!?」

 

「まあいいや。仮にお前が魔法の箱の魔人だとする」

 

「仮じゃなくて本当なんだけど……」

 

「じゃあなんだ、願いを叶えてくれたら俺も不幸になるってことか?」

 

そう聞くと魔人はわざとらしく、はぁーと深いため息をつく。そのままジト目になりながらこちらを見てくる。

 

「そういう噂もあるみたいだね。でも、それは当人たちが勝手に自爆してるだけだからね」

 

「どういうことだ?」

 

「言っちゃえば、願い事をした人は皆馬鹿だったんだよ。お金持ちにした人はあまりの嬉しさに周りへ言いふらしてたんだ。そうしたら当然だよね、やっぱり強盗に入られた。寝たきりだった人の難病を治してあげたときは寝る間も惜しんで外で遊んでた。疲れ切ってふらっと寝ちゃって、そのまま凍死とか。勿論、箱を巡って争いなんかも起きたよ。……そのせいでぼくは疫病神扱いさ」

 

「じゃあデマってことか」

 

「どうだろう。実際不幸になってるんだからあながち間違いじゃないかもよ」

 

魔人は薄く笑う。その表情には見下しているからとか滑稽だとかそんな感情は含まれていなかった。正確なのは本人にしか分からないだろう。もしかしたら本人でも分からないかもしれないが、俺にはただ諦めてやけになっているだけにしか見えなかった。

 

「……ほら、お兄さんもさっさと願い事言ってよ」

 

「いまだに信じられてないんだけど、本当に何でもできんのか?」

 

「あ、ルール説明忘れてた」

 

「ルール説明?」

 

「何でもっていうのは語弊があって、いくつかはできないこともあるんだ。まず、願い事は三つまで。だから叶えられる数を増やすってのはできない。あとは誰かの命を奪うってのもだめ。人だけじゃなくて動物のも。箱の所有者が三つ叶える前に死んじゃったら権利が移行するとか他にもたくさんあるんだけど一番重要なのは、運命線上に存在していないものは叶えられないってこと」

 

「運命線?」

 

「うん。人っていうのは平行する線の上に居るんだ。普段はその線を真っ直ぐ進んでいるんだけど、ある時ほかの線に乗り換える場所があるんだ。一般には人生の分岐点とかって言うのかな。それで乗り換えた線をまた真っ直ぐに進んでいくんだ。この平行する線は無限にあって、想定できないような線――可能性もあるんだ。大金持ちになるものとか反対に貧乏になるものとかね」

 

「なら俺が女になりたいとかって言っても運命線とやらがないから叶えられないわけだ」

 

「それは大丈夫みたいだよ」

 

「あんの!?運命線!?」

 

どうやらこの先、俺が女になる可能性もなくはないみたいだ。将来のことなど真剣に考えたことなどなかったが、ちょっと真面目に悩まなくてはいけない。どうすれば可能性を可能性のままにしておけるのかを。

 

「運命線上に存在していない未来なんてほとんどないから、気にしなくてもいいんだけどね」

 

「……なんか若いのに難しいこと知ってんだな」

 

「若いっていっても多分お兄さんよりもずっと長く生きてるよ。……魔人になる前までなら断然年下だろうけど」

 

「ん?魔人になる前って生まれた時からずっとじゃないのか?」

 

「そうだよ。元々はお兄さんたちと同じ人間だったんだから」

 

「は?」

 

「ぼくはアンティーク品が大好きで、骨董品を蒐集するのが趣味だったんだ。お金がなかったから大体は眺めてるだけだったけど。19のある日、ふと入った路地裏に初めて見るアンティークショップがあったんだ。中に入ってみるとそこには魅力的な品々が並んでた。そこで一番気になったのがこの箱だった」

 

魔人は俺が掴んだままだった小物入れを指す。

 

「正直装飾も凝っていないし、そこまでの年代物にも見えなかった。でも、それからは何とも言えない魅力を感じたんだ。それで手に取って蓋を開けてみると、中から魔人が現れたんだ」

 

「前任の魔人か?」

 

「うん。そして彼女は言ったんだ。『願いを三つ叶えてあげる』って。ぼくは最初に"お金が欲しい"って頼んだよ。そうしたら骨董品がたくさん買えるから。二つ目に可愛い彼女が欲しいって頼んだ。あの頃は思春期真っただ中だったからね。そして、最後に……」

 

そこまで言って魔人は閉口してしまう。斜め下を向いてじっと虚空を見つめている。その表情はお世辞にも晴れているようには見えない。やがて腹を決めたように頷くと、顔を上げて真っ直ぐ俺に向き直る。

 

「"不老不死になりたい"って」

 

「……何となく分かった。不老不死ってのがその魔人だったわけだ」

 

「うん。だから今もこうして魔人としての役割を全うするためにこの小さな檻に何百年も閉じ込められているんだ」

 

 

今分かった。さっきこいつが俯いていた時……いや、ずっと抱えている感情が。こいつは"後悔"しているんだ。己が魔人になってしまったこと――自分が叶えた願いによって人が不幸になってしまったこと――。一番近くで見ていたのはなによりこいつじゃないか。

 

「……さ、お兄さん願い事をどうぞ?」

 

「……つっても、俺特に願い事なんてねーんだよな」

 

「えっ……。何かあるでしょ、お金持ちでもいいから」

 

「言うほど金に困ってるわけでもないんだよ。多分他の人と比べると稼いでる方だと思うし」

 

「これだから金持ちは……。じゃあ彼女は?」

 

「お前と一緒にするな。当分結婚なんてするつもりはねーからいいの」

 

「結婚と彼女はまた別じゃん!!!え、お兄さん彼女いないの?」

 

「いない。でも、いらんっつってるだろ?」

 

「そんなこと言ってるといつまで経ってもできないよ?」

 

「うっせーな。お前みたいな発情期と一緒にすんなって」

 

「発情期じゃなくて思春期だよ!!!」

 

ひとしきり突っ込みを入れた後、さっきまでの威勢はどこへいったのかおずおずと話し掛けてくる。

 

「じゃ、じゃあ……何もないんだったらぼくをここから解放してくれたり……してくれちゃったり……」

 

「はぁ?何で俺の願い叶えてくれるのにお前の願いを聞かなきゃいけねーんだよ。そしたらお前四つ目の願い事になんじゃん、ルール違反じゃん」

 

「そ、そうだよね……あはは……。でも何かしら願い言ってくれないとぼくこのままだし――」

 

「しっ!ちょっと静かに」

 

唇の前に人差し指を立て、反対の手を魔人の顔の前に突き出す。俺は真剣な眼差しで穴を見上げる。微かに人の気配がしていたからだ。外で見つかっても最悪エンドレス鬼ごっこができるが、この巣穴の中で見つかったらまずい。まさに袋小路だ。魔人も何か察してくれたのか黙っていてくれているし、このまま息を殺してバレないことを祈る。

やがて近づいてきた足音が遠くなり、そして聞こえなくなった。漸く緊張の糸を解き、ふーっと呼吸を再開する。

 

「……何だったの?」

 

「いや、実はささっきからこわーいお兄さんたちに追われてるんだよ」

 

「何で?」

 

「大したことじゃないんだけど、ごろつきさんたちのリーダーを殴って気絶させちゃったんだよね」

 

「大したことだよ!!?どうしてそうなっちゃったの!!?」

 

「わざとじゃないんだ!あれは不運な事故であって、誰も悪くないんだ!!」

 

「いやいやいやいや!!!お兄さんが全面的に悪いでしょ!!?」

 

「まあまあ。やっちゃたことは仕方ない」

 

「やっちゃったって何!!?殺っちゃったの!!?」

 

「殺してはねーよ!!いいからひとまずここを出よう。ここで見つかったら逃げられん」

 

ごちゃごちゃ騒いでいる魔人を無視して穴からの脱出を試みる。巣穴として作ってあるだけあって、急ではあるが登れないことはないみたいだった。持ちっぱなしだった箱をどうするか迷ったが、置いていくのもアレなので袖口にしまう。出っ張りに足を掛けていけば何とかよじ登れそうだ。やっとの思いで登りきり、胸から上を穴の外へ出して新鮮な空気を吸う。深呼吸をして目を開けると、一人のごろつきがぽかんと俺を見下ろしていた。

 

 

「あっ……どうも?」

 

「居たぞー!!!」

 

大声で仲間を呼んだ瞬間に、男のズボンの裾を掴んで穴の中に引きずり落とす。下では魔人が驚いて変な声を上げている。無理もない、突然見知らぬ男が上から降ってきたら誰だってびっくりする。俺は急いで穴から這い上がり、中に居る魔人へ手を伸ばして引き上げる。

 

「訳分かんないんだけど!!?」

 

「例のごろつきさんだ」

 

「馬っ鹿じゃないの!!?」

 

「じゃあ、俺はここで」

 

俺は右手を顔の横まで挙げて、穴のそばで四つん這いになっている魔人を一瞥する。そして一目散に駆け出す。

 

「え……?待って待って待って待ってぇぇええ!!!」

 

 

「お前不老不死なんだろ!捕まっても大丈夫じゃん!!」

 

「死なないだけであって痛覚はあるよ!!?」

 

「俺についてくる必要はねぇだろ!!」

 

「呼び出しておいて敵中に置き去りは酷くない!!?」

 

穴の中に居た間に森全体に人員が行き渡っていたのだろう。逃げても逃げてもごろつきと遭遇する確率が高くなっていた。アドレナリンで誤魔化してはいるものの身体への負担もかなりのもので、特に左肩がズキンズキンと痛む。

 

「魔人だったらどうにかできねーのか!?」

 

「だったら願えばいいじゃん!!?」

 

右斜め前から怒号が聞こえてきたので咄嗟に左へ進路を変える。魔人も頑張って俺の後を追ってきている。待ってやる義理はないが無意識に気を遣ってペースを若干落としたりチラチラ後方を確認してしまう。そのせいもあって確実に追い詰められていた。詰むのも時間の問題だった。こうなってくるともう勿体ぶっていられる余裕など消え失せていた。

 

 

「分かったよ!!"俺の事務所に飛ばしてくれ!"」

 

 

ゴッ!ドン!!

 

「いってー!?おぉー…………」

 

突然尻の骨が砕けるような痛みが襲ってくる。涙目になりながら尻をさすっていると、ふと異変に気付く。さっきまでの緑色は視界から消え去り、見覚えのある扉が目の前にあった。

ピース依頼事務所の玄関だ。それだけじゃない、左を向くと毎日のように見ている応接室があってソファや菓子が散らばったままのテーブルもある。紛れもなく自宅だった。

 

「どう?本物だったでしょ?」

 

「あぁ……。けどさ、階段の途中に落とすのはどうなのよ」

 

階段下の物置の前から魔人が手すり越しに俺を見上げている。危険な目に遭わせた仕返しと言わんばかりに意地汚い笑みを浮かべている。……初めてこいつが年相応の表情をしているのを見たかもしれない。

 

「事務所のどこまでは指定されなかったからね。屋根の遥か上空でもよかったんだよ」

 

「勘弁してくれ……」

 

ソファに移動しようと腿の横に手をついて立ち上がろうとしたところで思い留まる。自分のあまりの汚れっぷりに気が付いたからだ。当然だろう、森を駆け回り土や落ち葉まみれになりながら落とし穴に落ちたのだから。もう既に周囲に土が零れているがこれ以上被害を増やさないために極力動かないことにする。ミュゼが居たらグチグチ言われていただろう。……というかまだ帰ってきていないのか。応接室の時計を覗くと8時10分前だった。こんな時間まで出掛けているのは珍しい。

 

「あー疲れたーもう今日はなんもやる気にならねーや」

 

「……というか、結局使うんだったらもっと早めに言ってくれればこんなに疲れなかったのに」

 

「使わないに越したことはないだろ?」

 

「温存させたまま死んじゃった人も居たんだけど?」

 

「うわぁ……。じゃあとっとと使っちゃったほうがいいな、これ。"夕飯にカボチャのスープ作って"」

 

「うん。そうした方が……え?今なんて?」

 

「だから"夕飯にカボチャのスープ作って"。二つ目の願い事。昨日ミュゼが買ってきたやつ半分残ってたはずだから。それともカボチャとかも命を奪うってのに該当すんのか?」

 

「しないけど……え?……本当に?」

 

「何がさ?」

 

「本当にそれでいいの!!?巨万の富をも手に入れられる願い事の一つだよ!!?そんなくだらないことに使っちゃっていいの!!?」

 

魔人は俺の頭がおかしいんじゃないかといった具合に責め立てる。

 

「くだらないって、食べなきゃ死んじゃうだろ?今疲れ切ってるから料理できないの。それとも何か?できないってのか?」

 

「…………分かったよ」

 

しぶしぶ承諾したのと同時に台所から美味しそうな匂いがここまで漂ってくる。まごうことなきカボチャスープの香りだ。

 

「……こんなにしょーもないことに力使ったの初めてだよ」

 

「おう、サンキューな。……さーって、最後の願いはどうすっかな」

 

「別に無理して使わなくても……」

 

「使えって言ったのはお前だぞ?」

 

「そうなんだけど……もっとあるじゃん?」

 

「うーん……何も思いつかないや。しゃーねーからお前のことでいいや」

 

「え!!?解放してくれるの!!?」

 

魔人は前に乗り出して手すりの柱の間からにゅっと顔を突き出してくる。

 

「こえーよ!それにそれはお前の願いだろ?そんなん自分でなんとかしろ。一応俺の願い事なんだから違うことだ」

 

しゅんとして顔を引っ込める。そのまま俺に背を向けて座ってしまった。俺はこめかみを押さえながら考え込むフリをする。そしてゆっくりと手を離して魔人を見下ろす。

 

「よーし、決めたぞ」

 

「……はい、どうぞ?」

 

 

「"お前を三つ目の願い事を言う直前に戻してやる"」

 

「えっ……」

 

魔人は目を丸くしながらこちらを振り返る。

 

「年上ってのは年下の面倒を見てやるもんだ。けど、答えは与えない。ヒントを与えるんだ。でも俺はお前の面倒なんて見てやるつもりなんてねぇ。答えもヒントもやらねぇよ。だったら俺は、お前にチャンスを与えてやる。普通の人は後悔したってもう戻って選択をやり直したりなんかできない。そのチャンスを、な。言ったろ?自分でなんとかしろ、ってさ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「随分遅くなっちゃったわね……」

 

辺りはもう真っ暗だ。夏から秋にかけてみるみる日の入りが早くなっている。つい一月前であればまだ太陽が残っていただろうけど、今日はもう沈みきってしまっていた。本来こんな遅くまで外出するつもりはなかった。しかし急に購入するものが増えてしまい、じっくりと品定めをしていたらこの時間になってしまった。

 

事務所に着くと外からでも夕食の匂いがしてくる。今晩はカボチャのスープかしら。ウキウキしながら鍵の掛かっていない玄関の扉を開ける。

 

「ただいまー――うわっ!?…………何してんのよ?」

 

扉を開けてすぐ目の前にある階段に所長が座っていた。しかも暗がりに一人ぼっちで。わざわざ出迎えするような人じゃないでしょうと気味悪く思いながら、上がってすぐに明かりを点ける。

 

「おかえり。飯は鍋ん中入ってるから」

 

「アンタはもう食べ……え、汚いんだけど。どうしたの?」

 

さっきまで暗かったからよく分からなかったけど、明るくなって現れたゼードは泥まみれだった。

 

「どうもこうも……いや、何でもない。ただ畑にダイブしただけだ」

 

「気温の変化で頭馬鹿になっちゃった?いいからシャワー浴びてきなさい。……やっぱ動かないで。籠持ってくるから先に服脱いじゃって」

 

「そうしてもらえると助かる。部屋汚れるから動くに動けなかったんだ」

 

「どうやって入ってきたのよ……。あ、まだ脱がないでね。粗末なものなんて見たくないから」

 

「粗末って何だよ!お前が想像してるより立派だからな、ご立派だからな!!」

 

「アンタが何想像してるのよ。貧相な体つきってこと。……お風呂出たら渡したいものがあるから時間空けといてね」

 

後半の言葉に反応して突然立ち上がり、6段くらいあった階段を一気に飛び越し私の目の前へ降りてきた。

 

「何なに、プレゼント?」

 

「いやぁ!汚いから近づかないで!!」

 

「渡したいものって何だよ?」

 

「そうよ!プレゼントだからっ!!」

 

思わず繰り出していた右フックが完全にゼードの左頬を捉えた。ゴム毬のように弾き飛んだゼードは壁にぶつかり家全体を揺らす。

 

「い……今くれ……」

 

「嫌よ。汚れるじゃない」

 

「俺にくれるんだから別にいいじゃねーか」

 

「気分的な問題よ」

 

それでもしつこくせがんでくる所長に根負けしてバッグから紙袋を取り出す。取り出した瞬間に、ひったくる勢いで私の手から奪い取った。

 

「何かな何かなー。日頃のお礼?」

 

「誕生日プレゼントよ」

 

「へ……?」

 

うるさいくらいに動いていた身体が一瞬にして止まる。顔だけこっちを向いてアホみたいにぽかんと口を開けている。

 

「明日は何日?」

 

「27日……」

 

「だからよ。……本当は日付変わってからが良かったんだけど」

 

「え……だって、お前に誕生日いつか話したことあったっけ?」

 

「ないわよ。けど、親切な人が教えてくれたのよ。今日初めて知ったわ」

 

また黙り込んでしまったけど、今度はすぐに動き出して紙袋の中身を確認する。中から出てきたのは深緑色の手袋だった。私がついさっきまで悩みながら選んだものだった。

 

「結構考えたんだからね。アンタそのコート気に入ってるから、それに合いそうなの選んだのよ。どうせ機能性重視だから手袋だとナイフが持ちづらいとかって言うんでしょうけど、そこは我慢しなさい。……ちょっと!何か言いなさいよ!?」

 

言い訳を長々と喋っている間、ゼードはずっと手袋を見つめたまま黙りこくっていた。ぞんざいに扱われることも視野には入れていたけど、無言は予想していなかった。何も言ってくれないとそれはそれで不安になってくる。

 

「ミュゼ……お前の誕生日いつだ?」

 

「え……?2月の19日だけど……」

 

「分かった、覚えとく。……ここ何年も誕生日にプレゼントなんて貰ったことなかったけどやっぱ嬉しいもんだな!」

 

「そ、そう?なら良かったわ」

 

変に身構えていたから、普通に喜んでもらえて逆に拍子抜けしてしまう。でも心から嬉しそうな姿を見ていると、こっちにも実感が湧いてくる。時間を掛けたかいがあったものだ。

手袋を紙袋に戻すと、鼻歌をうたいながら廊下を歩き始めた。

 

「ちょっと、泥!先にシャワー浴びなさいって!!」

 

「おっと、そうだった」

 

通り過ぎた風呂場へくるりと方向を変える。浮かれすぎてさっきのことも頭から飛んで行ってしまっているみたい。

方向転換の勢いでゼードの袖口から何かがゴトンと床に落下した。ナイフよりももっと厚みのあるものだった。

 

「何?その汚い箱」

 

ゼードはゆっくりとそれを拾い上げ、私に向かって見せるとニヤリと笑った。

 

 

「ちげーよ。これはアンティークだよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「坊や、最後の願い事はなに?」

 

「……お姉さんは魔人でいることは楽しい?」

 

「私は色んな人を見ることができるから好きよ。それに人の願いを叶えてあげるのも好きなの」

 

「どんなに醜い部分だとしても?」

 

「……ええ。中にはそういう人もいるけれど、優しい人だっているわ」

 

「そっか……。うん。ぼく決めたよ。最後の願い事は"さっき言った二つの願い事はやっぱなし"で」

 

「……いいの?」

 

「うん。もう願い事を通してたくさん学んだからさ!!!」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。


12話です。今回は比較的ギャグでしょうか?久々に読み切りを書いた気がしますが、case:08でも書いているんですよね。でもやはり後に響く伏線を考えなくて済んだり、ギャグ特有のごり押しできる勢いといいますか、自由に書けて伸び伸びできた気がします(笑

それとどうでもいいような小ネタではありますが、case:01の一番最初にゼードと話していた相手はアストルだったりもします。なので、今回はどことなく1話とリンクしていたり。追いかけられたりとか。

次回は番外編というかロザ視点のお話をば。ピース依頼事務所の二人はほとんど出番はないかと……。魔界回はロザの役目みたいになっていますが、近いうちに事務所組も行かせる予定です。その前に1年目が終わると思いますが。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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