勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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※今回はcase:12とcase:13の間の物語です。ネタバレやそれまでの物語を踏まえた内容が出てくるおそれが御座いますので、case:12をお読みいただいた後にご覧いただくことをオススメします。

☆登場人物
ロザ…エノスの古城に住む女性。手が二回り程大きく、赤く鋭く尖っている。バラが大好き。

クレイン…魔法が効かない特殊体質の男性。ロザにしつこく付き纏っている。方向音痴で変態。


ミュゼ…魔王の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。先代魔王の娘?


ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。

ジュリアス…白と紺のメイド服を着た魔族。ベルフェの直属の部下。人語が話せないベルフェの代わりに通訳として登場。


case:12.5  Courier of love.

「ロザー?居る――って何してんのよ、アンタ?」

 

11月1日。昨夜はハロウィーンで様々な仮装をした人々が町を練り歩いていた。白い布を頭から覆った幽霊や、ベルのようなとんがり帽子を被った魔女なんかがあちこちに見受けられた。けれども、ピース依頼事務所……正確には所長のゼードは未参加だった。あいつ曰く、「お化け嫌いなのに、何でわざわざ見に行かなきゃいけねーんだよ」とのこと。ハロウィーンは幽霊を見るための催しじゃないのだけど、説得しても無駄でしょう。それでもお菓子をいつもより多めに買い溜めていたのは、この日のためだったのだと予想できた。案の定、私が簡単な仮装を済ませて出掛けようとしたところに、レイ率いる孤児院の面々が事務所の扉を叩いていた。

そんな賑やかな夜が明け、何故かお菓子のご相伴に預かった私は食べきれなかったものを持ってロザの屋敷にやってきていた。今考えれば仮装集団に紛れさせてロザを外に連れ出せていたかもしれない。来年こそは誘ってあげようと思いながら玄関の大きな扉を開けると、エントランスにクレインが座り込んでいたのだった。

 

「ミュゼー……」

 

顔を上げたクレインは目を赤く泣きはらしていた。私に気付くや否や、両手を伸ばしてこちらに走ってくる。一見昨日の仮装ゾンビを彷彿させられたけど、正直そんな悠長なことを考えている間もなかった。私は迫ってくる変態に対して思わず、左の正拳突きを放っていた。運動の方向を180°反転させたクレインは後ろに吹っ飛んでゴロゴロと転がり、階段にぶつかって漸く止まった。

 

「あ……ごめんなさい。無意識で……」

 

「だ、大丈夫……。僕も気が動転してたよ……」

 

何事もなかったかのようにのそっと起き上がると、そのまま階段の途中に座る。悲しいことに、どこか殴られ慣れているように感じた。普段からロザに殴られているのだろう。……こう言うとまるでロザが悪者みたいだけど、今も自然に不法侵入をしているなど罪を犯しているのはクレインの方だった。

私は屋敷に上がり込み扉を閉める。家の主が居ないから私も不法侵入になってしまうのかしら。

 

「どうして私が殴る前から泣いてたのよ?」

 

「それなんだけどね、ロザが暫く家を空けるって……」

 

「外に出――ああ、魔界に?」

 

「そう。向こうでちょっと用事があるんだって」

 

「ふーん……魔界で、ねぇ……」

 

そう呟きながら手に持っていた紙袋に目を落とす。中には大量のお菓子が入っていた。クレインと食べるというのもおかしな話だから、持ってきたこれも無意味になってしまった。

 

 

(仕方ないから事務所で食べようかしらね……)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔界へ食料を貰いに来た私は、食料庫へと向かう前にハインツの部屋に向かった。前に好きなだけ持って行っていいと言われたが、さすがに無言で持ち去っていくのは気が引けたからだ。部屋の扉をノックすると出掛けてはいなかったようで中から声が聞こえてくる。よく聞き取れなかったが拒絶の意ではなさそうだったので名を告げてから入ることにした。

ドアノブを回して中を覗くと、私はあまりの光景に思わず声を上げてしまった。部屋は床が見えないほど物が散乱しており、ハインツ自身も引き出しに頭を突っ込んで中身を物色していたからだ。

 

「な、何をしているのだ!?」

 

私の声に反応してハインツはキュポンと頭を引っこ抜いた。

 

「申し訳ございません。このようなお見苦しい姿を見せてしまって。少しばかり探し物をしていまして……。食料でございますか?それでしたらご自由にと……」

 

「一応、確認を取っておこうと思ってな。……私も手伝おうか?」

 

「いえ、私一人で大丈夫でございます」

 

提案をやんわりと断ると、急にハインツは眉間に皺を寄せてじっと黙って何かを考え始めた。やがて顔を上げると、おずおずと質問を投げかけてきた。

 

「……ロザ殿、これから数日の間に大きな予定は入っておいででしょうか?」

 

「前にも言っただろうが、私は向こうでは自由に動けないのだ。家での予定など予定のうちには含まれない」

 

「つまりお時間がおあり、と?」

 

「まぁ、そういうことになるな」

 

「…………差し支えなければ頼みごとを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

立ち話は何だからと私は二つ隣の部屋で待機するように言われた。つまりは長話になるくらいの内容だということだろうか。しかしそれはそれでありがたかった。最初に魔界を訪れてから何度か食料を貰いに来ていたが、代わりとなる手伝いという手伝いを頼まれたことは一度もなかったのだ。ハインツは本当に城のあらゆることを一人でこなしてしまっているみたいで、遠慮などではなく私に頼むことがなかったのも事実なのだろう。それはそれで仕方ないのだが、私自身もタダ飯を食らっているように感じてあまり良い気分ではなかった。だからこうやって役に立てることは嬉しかったし、同時にホッとする気持ちも少なからずあった。……まだ役に立てると決まった訳ではないが、私なりに精一杯努力はしよう。

待機に指定された部屋はさほど広くはなく、テーブルが二つに椅子が三脚あるだけだった。さしずめ使用人の休憩室か何かだろう。……使用人といってもハインツしか居ないのだから、ハインツの休憩室か。だが彼の自室には生活感があったから、ここはあまり利用されていないのかもしれない。それにしては埃一つ溜まってはおらず、清潔に保たれていた。管理がしっかりと行き届いている証拠だろう。そんなことを考えながら私は一番手前の椅子を引いて腰を落ち着けた。

 

暫くしてハインツがノックをしてから部屋に入ってきた。待っている間、向こうから大きな音が続いていたので自室を片づけていたのだろう。彼の名誉のために言っておくと、普段の部屋は余計なものなど机の上にさえ乗っていないくらい、とても綺麗に整頓されている。だから空き巣にでも入られたかのような有り様を見て、私も驚きが隠せなかったのだ。

ハインツの手にはポットとカップと一口サイズのタルトが乗ったトレーが置かれている。

 

「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません」

 

「そこまで丁重にもてなしてくれなくたって良いのだがな。こちらが縮こまってしまうよ」

 

「いいえ、ロザ殿はミュゼ殿の大切なご友人様でございますから。それとも甘いものはお嫌いでしたか?」

 

「いや、大好物だ。ありがたく頂戴しよう」

 

ハインツは慣れた手つきで私の目の前に紅茶と菓子を用意する。どこかで嗅いだことのある香りだとは思ったが、一口啜ってから確信する。この紅茶はミュゼが私の家に持ち込んでいる紅茶と同じものだ。彼女があちらで好んで飲んでいたのは、元々こちらで口にしていたからなのだろう。

軽く唇を潤してから本題へ切り出す。

 

「……それで、頼みごととは?」

 

「はい。大変恐縮なのですが、8-5ブロックのベルフェ殿の元へ"その包み"を届けてはもらえないでしょうか?私が運べばいいのでしょうが、手が放せない私事がございまして……」

 

ずっと気になっていたのだ。この部屋にはいくつかのテーブルと椅子しかない。しかし、その片方のテーブルに真っ赤な箱のようなものが置かれていたのだ。おかしな部分は全くないのだが、異様なまでに存在感を放っていたそれをなるべく視界に入れないように別のテーブルに着いたのだった。それでもチラチラと横目で見てしまうくらい不自然に放置してあった。

 

ベルフェ――ベルというのはこの魔界に来られるよう私の家にワープホールを設置してくれた奴だろう。あの時は会話をする前にいなくなってしまったから、どのような性格の持ち主なのかは分からない。しかし、一度見ているのだ。姿も分からない相手に届けるとなると大変そうだが、今回は見たことがある相手なのだ。そう考えるとそんなに難しいことではないかもしれない。

 

了承するとハインツは箱を持ってきて、私の目の前に差し出した。受け取ると想像していたよりも重量感があり、紙製なのか爪が引っ掛かってしまえば裂けてしまいそうだった。

 

「これは一体何が入っているのだ?」

 

「……ロザ殿、人にはプライバシーというものがございます。ベルフェ殿のことをお思いになるのであれば、お聞きにならないでください」

 

「そ、そうか……すまなかった」

 

余程他人には知られたくないものだったのだろう。気にはなるが、私もデリカシーが全くないわけではないのでこれ以上の穿鑿は止めることにする。だが、ハインツは『ベルフェ殿のことをお思いになるのであれば』と言った。ということは、中身はベルフェの私物や口外できない情報なのだろう。何にせよ、私が答えにたどり着くことはあり得ないだろうから忘れることにする。

 

「持っていくのは構わないのだが、8-5ブロックというのはどこにあるのだ?何分魔界というものを全然知らなくてな」

 

「そうでしたね。地図をお持ちしますので、少々お待ちください」

 

ハインツは軽く頭を下げてから部屋を出ていく。また一人になった私は、何となくの予測を立ててみることにする。先ほどの会話で彼は私の予定を気にしていた。つまり、そこそこの距離がある場所なのだろう。何日か掛かるくらいの。

――と、考え始めて一分としないうちに足音が聞こえてきた。持ってくるのに暫く掛かると思っていたが、随分と手近にあったみたいだ。扉を押し開けてきたハインツの手にはくるくると丸められた紙が握られている。

 

「お待たせしました」

 

入ってくるなり紐をほどいて、紙をテーブルの上に広げ始めた。広げた四隅には紙が巻き戻らないように重しを乗せる。そこに描かれていたのは魔界の地図だった。何の変哲もない地図であるが、その隅々には小さな文字が書き込まれている。魔界語というのだろうか、見たこともないような文字であるから一文字たりとも読むことができない。私がそれを見ているのに気づいたのか、申し訳なさそうに鼻の先を掻いている。

 

「使い込んでしまっているので、少々見づらいかもしれませんが……」

 

「それは全然問題ない。だが……」

 

そこで一旦言葉を区切ったのに疑問を持ったのかハインツが座っている私を見下ろす。

 

「何か不備がございましたか?」

 

「あ、いや……そうではないのだが……ここは人間界ではなく魔界だよな?」

 

「…………何をおっしゃっているのですか?」

 

「すまない、以前向こうで見せてもらった地図と瓜二つだったから……」

 

その地図はクレインが初めて私の家に迷い込んだ時に見せてもらったものとほぼ一緒だったのだ。見たのはかなり前ではあるが、印象に残っていた東の海に浮かぶ独特な形の島国もそこには載っていた。ハインツは納得したように声を漏らすと一つ咳払いをして解説し始めた。

 

「ロザ殿は魔界がどこにあるのかご存じですか?」

 

「どこに?それはどういう意味だ?」

 

「そのままの意味です」

 

「?いや、知らないが……」

 

「魔界は人間界の"下"にあるのです」

 

「下?」

 

「文字通りですよ。人間界の地下深くにこの魔界が位置しているのです」

 

「地下だと?それでは別世界とかそんなものではなかったのか!?」

 

「ええ、正真正銘同じ世界です。これを知っておられる方は少ないですが」

 

今まで魔界というのは元々私の居た世界、人間界に続く三つ目の世界だと思っていた。それが覆されたのだ。想像していた世界が一つ減り私の世界が少し近づいたと思う反面、世界間を自由に行き来していたからもしかしたら戻れるのかもしれないという期待が遠のいた瞬間だった。しかし、あまりにも規模が大きすぎてにわかには信じがたかった。

 

「だが、太陽は!?窓の外は雲で覆われているが、太陽が無いわけではないだろう!?」

 

城を暗雲が包み込んでいて外の景色をあまり覗くことはできないが、もし太陽が無ければ完全に暗闇の世界で何も見ることはできないだろう。本当に地下に存在しているならば、日の光など魔界には届かない。

 

「太陽はありますよ。魔王様が創造した"人工太陽"がございます」

 

「じんこっ……!つ、作れるものなのか?」

 

「私たち一般人では到底無理な話でしょうね。魔王様のお力があったからこそ可能だったのです」

 

思わず屋内に居るのに空を見上げる。勿論、視界には天井しか映らないが私はその先にあるだろう"人工太陽"を想像した。常軌を逸し過ぎていて容易に思い浮かべられないが、きっと途方もない仕事量だっただろう。

顔を下ろすとハインツは黙って目を瞑っていた。どこか遠い過去を思い出すような優しい顔。彼にとってとても偉大な人物であったのは言うまでもないだろう。一方で私はそんな偉人が何故わざわざ人間界へ侵攻したのか疑問に思ったが、穏やかなハインツを見ると口に出すことをはばかられた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

結局昨日は食料だけを受け取り人間界へ戻った。長旅をするのに色々と準備が必要だったからだ。"何故か"居たクレインに何日か家を空けることを説明して、今日また魔界へのワープホールを潜ってきていた。……クレインにはいい歳なのに泣きじゃくられたが。

今日また魔界を訪れるとハインツが例の箱と地図と手紙、そしてランタンを用意して待っていた。地図は昨日のものとはまた別のものらしかった。試しに開いてみると、びっしりと書かれていた文字はなく紙質も異なっていた。しかし、新たに購入したわけではないらしくどこか埃っぽい。おおよそ、また部屋を荒らしていたら偶然出てきたのだろう。わざわざ交換するということはあの地図が余程大事だったのか、書かれていた文字が外部には見せられない内容だったのか。

 

私はまず魔王城を出て6-1ブロックに向かうように言われた。この○-●ブロックというのは○を方角と時計を重ねていて、それを細かく区分したものが●らしい。大陸のほぼ中心に位置している魔王城を基準として、北を12ブロック、そこから30°毎に1ブロックずつ分けているのだそうだ。つまりこれから行く6ブロックは南、最終目的地の8ブロックは南西南にあるのだ。分かりやすく言い換えるならば、○が国、●がその中の都市といった具合だろうか。

どうやらずっと歩いていかずとも途中にワープホールがあるらしく、それで一番近い6-1ブロックへ行くように言われたのだ。そこで"アークェラ"という人物に会って案内してもらう。事情は手紙に書いてあるから渡せば親切にしてくれるだろう、とのこと。まさか人捜しの前に人捜しをすることになるとは思わなかったが、厚意に甘えて食料を貰っているのだからこのくらい手伝わなければ割に合わない。正直、これでも足りないくらいだろうが。

 

今まで何度も魔界を訪れていたが、こうして城の外へ出るのは初めてだった。……といっても、人間界と景色は何ら変わりはない。少ないが木々も生えていて、時折人――魔族ともすれ違う。本当にここが地底なのか疑いたくなってしまう。雲がかかっているから直接は見られないが、確実に太陽も存在している。作り物とは信じられない。

すれ違う人もごく自然に魔法を使い、私の腕や持ち物を入れた血液の球体を見て驚きもしない。まるで私の居た世界のようだ。あちらでも人々は日常の一部として"能力"を使っていた。どちらかと言えば人間界よりも魔界の方が私の知っている世界に近いのかもしれない。腕を見て避けられない分、こっちの方が私に合っているのかもしれないが。

 

魔法で思い出したが、魔王城を取り巻いていた暗雲もおそらく魔法で創り上げたものだろう。城を出て真っ先に目に飛び込んできたそれは高速で動き回っていた。視界に"もや"が掛かる感じではなく、"雲"がそこにある、といった印象を受けたそれは自然現象ではなかったと思う。恐る恐る爪先で触れてみると、痛みはおろか触れた感覚すらなかった。どうやらあの暗雲は私が洞窟の入口を血液で隠しているのと似たような魔法なのだろう。なぜ不可視にしないのか、なぜ常に流動させているのか――疑問は尽きないがきっと理由があるのだろう。

私のように入口だけならまだしも、巨大な城全体を覆っているのだ。その力は計り知れない。術者はハインツなのだろうか。しかし、彼が魔法を使っているのを見たことはない。もしかしたら使えないのかもしれない。だとしたら、今は亡き魔王の力が今も継続しているのだろうか。仮にそうであれば――人工太陽も健在なのだからきっとそうなのだろう――魔王はまるで"無茶"を詰め込んでできた人物だ。"あり得ない"を形にするような奴なのだ。できたハインツが心から尊敬しているのも頷ける。私だって実際に会っていたらまともに顔が見られないくらいに敬っていたに違いない。……それを負かしたゼードは一体何者なのだろうか。

 

 

そして何故私はランタンを持たせられたのだろうか。

人工太陽は夕刻になると活動を徐々に停止して疑似的に昼夜を区分するらしい。だとしても6-1ブロックへは多く見積もっても2時間掛からずに到着するはずだ。昼過ぎに着くのだから明かりなど到底必要ない。その後のことを考えてくれたのかもしれないが、それほど暗くなるならどこかに泊めてもらうし、最悪この血液の球体の中に潜り込んで眠ればいい。前にも述べたが、私の能力は防御に特化している。寝込みを襲おうにもまず指一つ触れられないだろう。だから夜に出歩く必要がないからランタンを持っていく必要性が感じられなかった。当のハインツに問うても見れば分かる、と理由は教えてもらえなかった。荷物になると思いながらも押し返すのも忍びないので仕方なく持ってきていた。荷物になるといっても、球体にしまい込むだけだから別に構わないのだが。これはきっと備えあればなんとやらということなのだろう。

ついさっきまではそう思っていた――。

 

まるで空間が断絶されているかのように、私の数歩先には延々と暗闇が広がっていたのだ。これは比喩でも何でもない。屋外なのだがその場所から風呂敷に包まれたように真っ暗で、光という光が一切合切隔絶されていた。ハインツがランタンを持たせた理由はこれだったらしい。球体から取り出して明かりを点ける。まだ明るい世界に居るのにぽわあっと周囲が温かくなるのを感じた。今まで意識しなくても、頭上で照らしてくれていた太陽が存在しない世界というのはこんなにも冷たく、そして不安定なものなのだと思い知らされた。

私は暫く立ち止まっていたが、意を決して光の届かない世界に足を踏み入れた。初めてワープホールに飛び込んだ時も不安でいっぱいだったが、今は不安というよりも得体の知れない恐怖に鳥肌が立ちっぱなしだった。

 

中も勿論真っ暗で、明かりが無ければ目の前に壁があっても分からないくらいだろう。しかし変わっているところはそれくらいで、他は明るい世界と同じような風景だった。あえて言うならば、植物が少ないくらいだろうか。それでもエノスの丘よりはあるから取り分けて問題にするような事柄でもない。

暗闇に入って五分くらい慎重に、でも確実に進んでいた私はピタリと足を止める。頭の真後ろからカチャリと機械のような音が聞こえたからだ。音、私が立ち止まるのと同時に"そいつ"が声を浴びせてくる。

 

「……おい、何者だ貴様?」

 

視界が悪くて分からなかったが、神経を集中させると周囲にはたくさんの人の気配がする。いや、たとえ視界が良くても気づかなかったかもしれない。それくらい今まで感じられなかったのだ。取り囲んでいる奴らがどれだけ戦闘に長けているのかが理解できた。銃、だと思われるものを突き付けられるのも当たり前だろう。見知らぬ人が領地へ入り込み、そのうえ見つけてくださいと言わんばかりにランタンで居場所を強調してくる。警戒しない方がおかしいだろう。

私は自ずから両手を耳元まで挙げて敵意が無いことを示した。どんな攻撃を仕掛けてくるかは不明だが、おそらく私の能力の前では傷一つ付けられないと思う。それはゼードとの戦いでも証明されている。だが、今日は争いに来たのではない。そもそも攻撃をしのぎ切ったとしても、反撃の一手が存在しないから戦闘になるようなことは避けたいまでもある。

 

「勝手に侵入したことに関しては素直に詫びよう。私は魔王城のハインツに指示されてアークェラという者に会いに来たのだ。その証としてハインツからの手紙も預かっている」

 

できるだけ丁寧に、かつ簡潔に述べる。ざわっと周囲が反応したがすぐに真後ろの奴が喋り出した。

 

「その手紙というのを見せてもらおうか。どこにある?」

 

私は浮かべていた球体を手元まで下ろし、中から手紙を引き裂かないように注意してつまむ。球体に驚いたのか、周囲の警戒が一層強まったのを肌で感じたが気にせずに取り出した。そして肩越しに後ろへ差し出した。

 

「これだ」

 

「……床に置いて十歩前へ進め」

 

どれだけ信用されていないのだと顔を歪めたが、言われた通りに手紙を地べたに置く。そのままゆっくりと歩き出すと、後ろの奴もぴったりと銃を構えたままついてくる。動き終わるや否や、別の誰かが置いた手紙を走り取っていく。小声で何か話しているのが聞こえるが、その内容までは分からない。

 

 

「よぉ、何か騒がしいと思ったら。そこの可愛いお嬢ちゃんを解放してやれよ」

 

突然聞こえてきた声。誰のものかは分からなかったが、それはすぐに判明した。

 

「アークェラ様!?」

 

「俺様に用があんだろ?じゃあ自由にしてやれ」

 

「し、しかし!まだ何者なのか――」

 

「そんな可愛い子が危ない訳ないだろ。それに、もし襲われたとして……俺様が負けると思ってるのか?」

 

 

「俺様の部下たちが失礼したな」

 

「いや、こちらこそ許可なく入り込んだんだ。留置されても文句は言えない」

 

前を歩くアークェラは、タキシード姿にもう少しで地面へすってしまうくらい長いマントを着用していた。そして閉じていてもはみ出ている二本の犬歯。上のだけ鋭く伸びていて、一見人間と間違えそうになるがその特徴的な牙だけが魔族なのだと実感させてくれた。

近くに来て分かったことだが驚くくらいに色白だった。私も最近はずっと日に当たっていないから十分白いのだが、彼はその比じゃない。この暗闇の中で生活をしているのだから当然なのだろうが。

 

「随分謙虚なお嬢ちゃんで。俺様はアークェラ。以後、お見知りおきを」

 

「ああ、私はロザだ。よろしく頼む」

 

アークェラは華麗にターンするとそのまま私に向かってお辞儀をしてきた。私もそれに続いたが……何故だろう。礼儀正しいはずなのにハインツのような堅苦しいものではなく、正反対の印象を受けた。柔らかいどころか、むしろ慣れ過ぎていて胡散臭さ満点の――。

 

「それで俺様に用があるって聞いたんだけど?もしかしてデートのお誘い?」

 

「残念ながら違う。さっき部下から手紙を受け取っていたと思うが、それに用件は書いてある」

 

「あー、そうだったそうだった。えーっと、ロザちゃんからのラブレターは、っと……」

 

ポケットをまさぐると引き抜いた手に四枚くらいの手紙が握られていた。その中からハインツからのを見つけると、残りはまたポケットにしまい込む。行動の無駄なく封を切って、ニコニコしながら文字を追っていく。しかし、読み進めるうちにその顔からは笑顔が消えていく。読み終えるとはーっと大きなため息を吐いて、手紙を振り払うように投げ捨てる。一瞬でよく分からなかったが、手から離れたように見えた時にはどこからも手紙が消え去っていた。魔法、なのだろうか。それにしては何も感じなかったが……。

 

「あのじいさんのパシリか。ちょくちょくワープ借りに来るんだったら城に置いてもらえばいいのに。ロザちゃんも災難だったな」

 

「いや、私が望んで申し出たことだ。ハインツには世話になっているからな」

 

「そ。まあ使うのにこちらとしては何の負担もないからいいんだけどよ。……っと、ワープ使うならこっちか。それとも俺様の家寄ってお茶でもしていく?」

 

「……遠慮しておこう。ベルフェに一刻も早く届けねばならないからな」

 

「そりゃ残念。それよりロザちゃん、さっきの俺様かっこよかったか?ヒロインのピンチに駆けつけたヒーローって感じで。颯爽と屋根の上から現れてさ」

 

「えっと……助けてくれたことには感謝しているが、暗くてよく見えなかったのだ」

 

「あーしまった。外部の人はこの暗さじゃ見えなかったか。ロザちゃんも見ていたらきっと惚れちゃってただろうなぁ」

 

振り向きながら流し目で私を見てくる。

……分かった。この男は遊び慣れているのだろう。しかも自信家。さっきの胡散臭さはきっとこれだ。正直、あまりこういったタイプは苦手なので話題を変えることにする。

 

「だ、だが、どうしてここはこんなにも暗いのだ?まるでここだけ異世界のようだったぞ」

 

「昔はどこもこんな感じだったんだよ。それが20年くらい前だったかな?魔王が人工太陽作って明るくなってさ。種族によっては居心地が良くなったんだろうけど、俺様たちみたいに日光が苦手なのも居たんだ。だからそういった種族の領地には光を届かないようにしてもらったわけ」

 

「そうか、そういった奴も居るのだな。この火も消した方がいいか?」

 

「その光にやられるほど、軟弱じゃないさ。他に聞きたいことある?」

 

「いや、特にはない」

 

「じゃあ次はこっちの番だ」

 

しまった、と後悔したがいずれこうなっていただろうと早い段階で諦める。ワープホールに着くまでずっと質問攻めしていれば、とも思ったがどこにあるかも分からない場所までずっと話を続けるのは難しすぎる。

 

「……ああ、私に答えられる範囲であれば」

 

「よーし、ロザちゃんの趣味とかにも興味があるけどまずはこれだな。

……ロザちゃんは人間か?」

 

 

その質問に私は思わず足を止める。……いや、正確には動かなくなったというのが適切か。人間だとバレるのは一番の懸念事項だったからだ。あまり実感はないが、人間と魔族は戦争をしてあちらは言うなれば敗戦国なのだ。しかも魔王が倒されてからまだ一年経っていないと聞く。傷は癒えるどころか塞がってすらいない状態だろう。そんな中を出歩くのは自殺行為にも等しい。しかし、私の姿は皮肉なことに人間よりも魔族に近い。ボロを出さなければ気づかれることはない……はずだったのだ。

だが、久しぶりに自由に外を歩き回れる嬉しさで舞い上がっていたのだろう。そんなことを一切忘れて、純粋に魔界を堪能してしまっていた。

 

「……な、何故?」

 

「美白だったから同族かと思ったんだけど、魔界自体あまり知らないみたいだったからな。でも、一番の理由は――」

 

ドキンと心臓が言葉と一緒に止まりかける。暑くもないのに汗が頬を流れ落ちる。拭おうとさえも思わないほど緊張していた。私は空気中に分散させていた血液を掻き集めて攻撃に備える。

アークェラは口角を上げて、強調するかのように長い犬歯を見せて笑うと続きを話し始める。

 

 

「魔界に居たならこんな可愛いお嬢ちゃん、俺が放っておく訳ないだろ?」

 

「…………は?」

 

私は目を丸くしていた。人間と知ってもなお、彼は私に対して敵対心どころか好意を寄せている。演技の可能性も捨てきれないが、不意をつかれて馬鹿みたいな反応しかできなかった。アークェラはそんな私の心を読んだのか、疑問点を紐解いていく。

 

「魔族って結構ドライだからそんな身内とかじゃなきゃ敵討ち、なんてことはしないんだ。その様子だとどっちの"ターミナル"にも行ったことないみたいだからさ」

 

「ターミナル?」

 

「言っちゃえば、人間界と魔界の交流地だ。6-6ブロックにはそういう場所があるんだよ。それでお次にロザちゃんが向かうのもそこ」

 

「何故だ?ベルフェは8-5ブロックに居ると聞いたのだが」

 

「正解。けど、残念ながらここからは直通してないんだよ。だから一旦、ターミナルにワープしてもらってそこからベル様の元に向かうんだ」

 

「そうなのか」

 

「俺様はこの後デートが入ってるからついていってあげられないけど、分かりやすく看板なんかも立ってるから迷う心配はないはずさ。もっとロザちゃんの個人情報聞きたかったんだけど、着いちゃったみたいだからな。それは今度会った時の楽しみにしておこうか」

 

私はこの男を誤解していたみたいだ。初めはただの軟派な奴だと思っていたが、そんなことはない。根は真面目で面倒見が良い。勿論、こんな短時間で全てを理解できるほど薄っぺらい性格ではないだろう。もしかしたらこれが彼が異性を誘う手口なのかもしれない。どちらにせよ、この男をより知るためにはもっと話してみなければ分からないのだった。

 

「ああ。帰りにでもお邪魔させてもらおうか」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

魔族の人は何故具体的なことを口にしてはくれないのだろう。

ターミナルは案内標識などが出ているらしいが、ベルフェの家の場所までは当然出ているはずがない。だからアークェラに家の外見などの特徴を聞くと見れば分かる、とのこと。完全にデジャヴである。

 

アークェラに見送られてターミナルと呼ばれる6-6ブロックへワープした私は、あまりの賑わいっぷりに目を白黒させた。目がチカチカしているのは急に明るくなったことも少なからず影響しているだろう。驚いた理由は人が多いことだけではなく、魔族の他に人間も多く見受けられたからだった。今日は見慣れないものに遭遇しすぎて驚きっぱなしだ。

どちらかというと人間の方が多いかもしれない。魔族が開いている出店で人間が品定めをしている。中には、あの太った商人のように人間側の出店もあるみたいだが。その広場の一角にはひときわ大きなワープホールが開いていて、そこから大量の人間や魔族が出たり入ったりしている。おそらくあそこから人間界と魔界を行き来できるのだろう。アークェラが『人間界と魔界の交流地』と称していたのも頷ける。見て回りたい気持ちでいっぱいだったが、あくまで私は"贈り物を届けに来ている"のだ。本来の目的を忘れてはならない。……しかし、送り届けた帰りにちょっと寄るくらいなら誰にも咎められないだろう。だから私は言われた通り、絵や数字で表現された看板を頼りに8-5ブロックに向かうワープホールへ急いだのだった。

 

 

黒煙が晴れた瞬間にアークェラの言っていた意味が理解できた。ハインツもアークェラも説明するのが面倒で細かい内容の言及を避けていたわけではなかった。"説明する必要がなかった"からなのだ。

視界に飛び込んできたのは巨大な城。間違えて魔王城に戻ってきてしまったのかと勘違いするほどだった。ここには暗雲が渦巻いていない代わりに大きな城門が待ち構えていた。

そして門番と思わしき男が一人――。

 

「……君はこの冥界への門を潜るというのか?」

 

全身を黒い鎧でガチガチに固め、手には柄だけで2メートル近くある鎌を地面に突き立てている。頭には兜ではなく、骸骨を模した被り物を付けていた。

 

「私はハインツから頼まれてベルフェにこの包みを持ってきたのだ。この城にベルフェは居るだろうか?」

 

「居る――と言われれば居る。居ない――と言われれば居ない。君は一体何を標として存在の証明を行っているんだい?」

 

「えっと……すまない。意味が分からないのだが……」

 

私は最初、言葉が通じていなくて意思の疎通が図れていないのだと思った。すると門番は渇いた笑いを浮かべ再度口を開く。

 

「失礼。君には少し難しい借問だったようだね。君が予想した通り、ここは悪魔の王が棲まう城塞だ」

 

「……つまりベルフェが居るということで合っているか?」

 

「如何にも!だが、己の身を慮ってほしい。一歩でもこの門を跨いで土に足を着けてしまえば、刹那の如くその風貌は地獄へと早変わり――」

 

 

「……何を仰っているのですか?」

 

突如として背後から聞こえてくる声。振り返ると、黒煙から今まさに女の子が現れたところだった。白と紺をベースとしたメイド服……恰好から察するにこの城に仕えている者だろう。

 

「あ、ジュリアス様!」

 

「勝手にベルフェ様のお屋敷を地獄への入口扱いしないでいただけますか?」

 

「だって……失礼。荘厳なモニュメントを表現する為に、僕の聡明な脳細胞が科学反応を起こしてしまっていたようだ」

 

「何が聡明な脳細胞ですか。本当にお持ちだったら自分のキャラクターくらい一貫性を保ってください」

 

ジュリアスと呼ばれた少女は言葉に若干の棘があるものの、その表情は凛としたまま崩れない。彼女はそのまま門番に向けていた視線をこちらに移す。

 

「先ほどは私たちの門番がご無礼を働きまして大変申し訳ございませんでした」

 

「いやいや、全然構わない。口ぶりからしてここはベルフェの城で間違いないのだな?ハインツからベルフェへ届け物があるのだ」

 

この説明も今日で何度目だろうか。誰かに会う度に言っているような気がする。それに対して、ジュリアスはこくんと頷く。

 

「はい、その通りでございます。事情は理解しました。ご案内いたしますのでついてきていただけますか?」

 

「ああ、お願いする」

 

ジュリアスは何事もなかったかのように門――城に向かって歩き出した。それに気づいて門番が門を開こうとし始めるが、開き始める前にジュリアスが門の目の前にまで到達してしまう。しかし、まだなのに彼女はスピードを緩める気配はない。そしてそのまま門を"歩き抜けた"。まるで幽霊が壁をすり抜けるみたいに。だが正確には、門に穴が開いてそこを通過しただけにすぎない。実際に穴を空けたわけではないだろう。魔法で一時的に空間に穴を作ったのだと思われる。私も門番には悪いが、その穴を通って敷地内に入り込む。私が通るのを待ってからジュリアスは穴を閉じた。……門番に対して捨て台詞を残してから。

 

「……減給です」

 

「え?あ、ちょっと待ってくださ――」

 

「さあ、こちらです」

 

門の向こうから門番の悲痛な叫びが聞こえてくるが、全く意に介さずにジュリアスは屋敷へ進んでいく。彼はもうさっきの小難しい口調ではなく、普通の言葉で謝罪している。何かフォローしようか迷ったが、結局一言も掛けずに彼女の後を追うことにした。

 

 

城の中へ入って暫く歩いているとジュリアスが一つの扉の前に立ち止まった。ノックをしてひと声かけてからドアノブを捻る。さっきまでは扉であろうと壁であろうと穴を空けて最短距離で進んでいたが、きちんと主の前では身の程をわきまえているのだろう。

扉を開けるとそこには室内であるのにとんがり帽子を被った女が――倒れていた。

 

「――って、大丈夫か!?」

 

「はい。疲れて就寝されているだけかと思われます」

 

女は以前私の家で見掛けことがあった。彼女がベルフェだろう。あの時と比べて随分と疲れ切った顔をしている。ジュリアスは寝ていると言っているが、一見すると殺人現場にしか思えない。テーブルの上には食事が手つかずのまま置かれ、椅子はひっくり返っている。何者かに毒を盛られ、もがき苦しんだ後に息絶えたワンシーンだと説明されたら何の疑いもなく信じるだろう。部屋中に置かれている大量の鏡が一層の謎を深めていた。

 

「本当に!?大分やつれているみたいだが……」

 

「今は年末に向けてお忙しいようですから」

 

「では日を改めた方がいいのではないか……?」

 

「いいえ、その必要はございません」

 

ジュリアスはベルフェの傍にしゃがみ込むと乱暴に身体を揺する。

 

「ベルフェ様、起きてくださいませ。お客様が折角遠いところ足をお運びになってくださったのですよ?何のうのうと生き……寝ていらっしゃるのですか?」

 

前言撤回。身の程をわきまえていたらこんなに恐れ多いことできないはずである。私は慌てて言葉で止めに入る。

 

「やめてあげてくれ!また出直すから!今はゆっくり寝かせてあげて!!」

 

「止めないでください!私の愉し……ご厚意に甘えてくださいませ!!」

 

「さっきからちょこちょこ本音が零れてるぞ!」

 

「空耳です。ほら、起きてください!お客様がお待ちですよ!!」

 

「分かった!もう止めないからせめて優しく起こしてあげてくれ!!そんなに強くしたらむち打ちになるから!!というか私をダシにしてストレスを発散するのはやめろ!!」

 

そんなことをしているとベルフェが目を覚ました。……身体を好きなように弄ばれ、耳元で大声で騒がれたら起きない方がおかしいか。叩き起こされるよりも酷い仕打ちである。彼女が一体何をしたというのだろうか。

起き上がったベルフェはげっそりとしている。立ち上がる元気はないようで、そのままぺたんと床に座っていた。

 

「ベルフェ様、漸くお目覚めですか。こちらはロザ様でございます。ハインツ様からお渡ししたいものがあるそうではるばるいらっしゃいました」

 

「……~~~~~、~~~?」

 

「え?」

 

私は知らない言葉に思わず聞き返してしまった。確か前もゼードが分からなくてミュゼに通訳をお願いしていたような気がする。

 

「ベルフェ様は『私がベルフェよ、それで渡したいものって?』と仰っています」

 

「ありがたい。こちらの言葉は分からなくてな。ちょっと待ってくれ、これだ」

 

私は球体から赤い箱を引き上げ、ベルフェに差し出す。手紙やランタン同様、慎重に。危ないからなるべく尖った爪を向けないように注意する。受け取ったベルフェは外見では何か分からない様子で首を傾げている。

そして中身を覗いた瞬間、目を見開いて勢いよく蓋を閉めた。そこには、さっきまでのボロ雑巾のようにくたびれていた彼女は居なかった。速すぎて何が入っていたのかは分からなかったが、とても人には知られたくない物だったのだろう。覗いた後の彼女は傍から見ても分かるくらい明らかに動揺していた。顔を紅潮させて大量の汗を浮かべている。ハインツがプライバシー云々について語っていたのも頷ける。

 

「出過ぎた真似で失礼ですが、中には何が入っていたのですか?」

 

「~!?~~~~~~~~~~~」

 

ジュリアスは通訳をしてくれなかったが、多分大体の内容は察することができる。どうやら誤魔化しているのだろう。目に見えて平常心が弾け飛んでいるから無意味に近いが。

話も途中にベルフェは箱を持って戸棚へ向かう。一刻も早く隠したい気持ちでいっぱいだったのだろう。しかし、冷静さを欠けていた彼女はあらゆることに不注意になっていた。少し捲れていたカーペットに躓き、両手で持っていた箱のせいで手が出せずに顔面から倒れ込む。しかも中途半端に倒れる寸前で手をつこうとしたため、箱に対する意識が薄れ、盛大に中身をぶちまけた。何一つ守れなかった。あまりにも派手に転んだので、見るつもりはなくてもぶちまけた物が視界に入ってきてしまう。

 

転んだ拍子に飛び出てきた中身は……また手紙?それも大量の。

 

――と脳が判断した瞬間、大量の手紙はいつの間にか消え去っていた。見るとベルフェがさっきよりも赤面してふーふーと息を荒げている。その手にはどす黒いオーラを纏っていた。多分咄嗟に魔法で隠したのだろう。……転ぶ前に箱ごと消していたらこんな惨事は起きなかったと考えるのは酷だろうか。

彼女のためにも今の出来事は見なかったことにしようと心に決める。だが、隣の見た目と正反対の真っ黒メイドは思い出したかのように声を上げた。

 

「あ、思い出しました。先ほどの手紙は"恋文"ですね」

 

「こ、恋文!?」

 

忘れようと思ったのだが、他人の恋愛話と聞いてつい反射的に反応してしまった。

 

「はい。ラブ・レターです。全部勇者へ宛てたものです」

 

「勇者というと……ゼードか!?」

 

「よりにもよって魔族の仇敵にベルフェ様は一目惚れいたしまして、魔王様が倒されてから魔界に留まった一か月の間に情熱的なアピールをされたのです。しかし、勇者ときたら魔族語が話せもしない、読めもしない、馬鹿の三拍子でございますから全ては空振りに終わってしまったのです。私個人としてはあんなのに惚れるなんて甚だ疑問なのですけれども」

 

「ふおぉー!!熱いなベル――」

 

私は興奮しながらベルフェに目をやった。と、そこで口をキュッと閉じる。ベルフェが更に真っ赤になりながらポロポロと大粒の涙を流していたのだ。一瞬にして血の気が引き、やってしまったという重い罪悪感がのしかかってきた。

 

「よ、よし!この話はもうやめ!何か違うことを話そう!!」

 

「懐かしいですね。あの時のベルフェ様は恒常的にそわそわしていて、恋する乙女っぷりに見ていたこちらまで恥ずかしくなってしまいました」

 

「やめやめ!!ちょっとお前は黙れ!!」

 

「きゅんきゅんしちゃいますね!」

 

「だーまーれー!!本当……マジに――何笑ってんだ!!!おい、ベルフェ?大丈夫、大丈夫だから、な?そういう経験は誰だってあるから!!!」

 

 

 

結局その日はベルフェの城に泊めてもらい、彼女が立ち直れるまで慰め続けていた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

12.5話です。今回はロザ視点での魔界散策回でした。色々と説明しなければならないことが多くて、会話文が少なくなってしまったと反省しています。代わりに悪魔系のメンバー数名が新登場、既存組は深くキャラクターの掘り下げができたので今回はそっちがメインかもしれません。
書いていて思ったのですが、ロザはとことん真面目だな、と。ピース組は単体でもギャグ、シリアス両方いけるのですが、彼女一人ではギャグは書けないですね。誰かと絡んで性格の横幅が見えてくるというのが彼女の魅力でもあるのかもしれません。

全体としては、あと本編一つ、番外編一つで1年目終了でございます。なので実質的に次回が1年目のラストになりますかね。楽しみにしていてください。私も楽しみです。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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