勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


町長…白い三角巾に緑の服がトレードマークの女性。先代の町長である父の後を継ごうと必死。

シスター…教会で暮らす修道女。孤児院、不動産、司書など多くの職を掛け持ちしている。言葉に毒があるのはご愛嬌。



トビ…中央国正式な秘密部隊の一員。影で暗躍し、どんな命令でも断らない。しかし、その姿勢はやる気のなさが漂っている。


case:13   はじまりの部屋

……最近所長の様子がおかしい。

 

 

ここ一週間くらい特に違和感を覚える。普段は依頼がなければソファでゴロゴロしてコーヒーを飲んでいるだけで、私が何をしようと眼中にない。しかし、最近は私が出掛けようとすると、

 

『待て!何しに行くつもりだ!?』

 

玄関で通せんぼする。買い物だと答えると、

 

『分かった、俺が買いに行くからお前は家に居ろ!出るんじゃないぞ!?』

 

用もなくぶらぶらしに行くと告げると、

 

『だったら家に居た方がいいって!今日はアレだ……えーと……紫外線!そう、紫外線がヤバい!死人が出てるらしいし!』

 

なんて外出をさせてくれないのだ。隠し事をしているのは丸分かりだから理由を問い詰めてみても適当に誤魔化されるだけだった。

本気で止められるから仕方なく事務所に留まるけど、やれることなんてたかが知れている。まだ捨てていなかった分のファッション誌を何度も読み返し、減ることのないお菓子を貪り続けていた。どうやら無くなったら外に逃げられると思っているらしく、ハロウィーン以上に買い足しているみたいだった。まぁ、確かにその通りなのだけど。そのせいでまともに運動もできず、ちょっとお腹回りが笑えないことになり始めている。家から出られないロザの辛さがちょっと分かったような気がする。

 

そして今朝、私が起きて階段の下を見ると、ちょうどゼードが大きな荷物を背負って玄関の扉に手を掛けていた。いつもあいつは昼前くらいにならないと起きてこない。しかし、最近は寝ている間に私が外出するのを防ぐためか早起きをしていた。

 

「……何、出掛けるの?」

 

私はパジャマ姿のまま欠伸をして階段を下りていく。ゼードは必要以上に驚き、動揺して早口で喋り出した。

 

「ちょっとな。あ、明日の夜くらいまで帰らないから」

 

「……依頼?」

 

「えー……いや、違うけど……まぁな?」

 

「はいはい……」

 

明らかにおかしな様子で歯切れの悪い回答をする。不自然なのだけど、私も寝起きで若干頭の回転が鈍っているから特に気にはしない。

ゼードをスルーしてリビングに向かおうと後ろを通り過ぎる。あいつもふーっと息を吐いて扉を開いた。けれども、出たところで何かを思い出したのか、首だけこちらに覗かせる。

 

「あ、ミュゼ?」

 

「……何よ。聞こえてるから大声出さないで」

 

「もし誰か来ても、俺の居場所は知らないって言っといて」

 

「当たり前でしょ、私だって知らないんだから。教えてくれるの?」

 

「いや……」

 

「一体何なのよ?夜……朝逃げでもするつもり?」

 

その質問には答えずに、珍しく真面目な顔をして黙っていた。そしてゆっくりと顔を上げる。

 

「ミュゼ?俺が居ない間、久し振りに魔界帰っててもいいぞ?暫く戻ってないだろ?たまには皆に顔見せてこいよ。あ、それと昼くらいになったら外出ていいから。じゃ!」

 

「はぁ……?」

 

私が反応する前に一方的に扉を閉めてしまう。訳が分からない。リビングの窓から外を眺めると、逃げるように早足で去り、すぐに姿が見えなくなった。

ゼードはあんなこと言っていたけど、魔界へ戻っても今以上に退屈になるのが目に見えている。それどころかハインツにうるさくつきまとわれるだろうから、帰りたくないというのが本心だった。

 

キッチンへ入ると、どうやら朝食の用意はしていってくれたみたいで皿の上にサンドイッチが置いてあった。ミルクを温めてコップに注ぎ、皿と一緒にリビングへ持っていく。リビングは仕事の際には応接室として名前を変えるが、いつもはこうやって居住スペースとして利用されている。テーブルにそれらを置き、ソファに腰掛けてからサンドイッチを摘まむ。咀嚼をしてある程度細かくし、ミルクと共に流し込む。ミルクがじんわりと食道をあっためながら下りていくのを感じる。口から離したコップを両手で持ったまま太ももの上に置いた。そして一息ついてからぽつりと独り言を呟く。

 

 

「……アンタは何がしたいのよ」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

お昼過ぎ、折角許可されたのだから外を出歩こうと支度をしていた。わざわざ昼にしたのは何もゼードとの約束を守ろうとしたからではない。あの後のんびりボーッとしていたらいつの間にか日が昇りきっていたのだ。

微妙な寒さで上着を着ていくかどうか迷っていると呼び鈴が鳴らされた。今日明日はゼードも居ないし、私自身もやる気が起きないからこれが依頼目的のお客でも断るつもりで扉を開けた。もし、雑誌などの取材であっても同様だ。今では数も減ったが、時折勇者ゼードへの取材が来ることがある。門前払いか気分が良い時は一応受けているが、メインのことは話さないでのらりくらりと質問をかわしていた。でも、不思議なことに幾つか取材を受けたにも関わらず、実際に記事として出版されているところを見たことがないのだ。まぁ、あの応答を眺めていたら当然と言えば当然なのだけれど。

しかし、そこに立っていたのは町長とシスターだった。

 

「あら、珍しい組み合わせの二人ね。どうしたの?」

 

「ゼード君、出してください」

 

シスターはずっと笑顔であるものの、尋常ではない威圧を放っている。『笑顔で人を殺す』とはよく聞くけど、この場合は『笑顔"が"人を殺す』とイメージしてもらった方が分かりやすいと思う。この異常さは隣の町長からも窺えた。穏やかさが売りの彼女でさえ、この時ばかりは紫色のオーラを纏っていた気がする。

 

「……ゼードなら朝早くからどっかに出掛けたけど?暫くは帰ってこないみたいよ」

 

「……逃げられましたね」

 

「そのようですね……」

 

二人はお互いの顔を見合わせる。……もしも私が他人の心の中を読めていたとしたら、現時点をもって人の内部に棲む鬼を覗いてしまって人間不信に陥っていたに違いない。

 

「……あいつ何か、しでかしたの?」

 

この人たちを怒らせるなんてとんでもないことをやらかしたのだろう。それなら逃げるように飛び出していったのも納得できる。けれども、町長は苦笑いをしながら首を横に振る。

 

「いえ……逆に何もしなくてよかったんですけど」

 

「は?」

 

「ゼード君は明日の催しの主役――のはずだったのですよ」

 

「催し?ハロウィーンならちょっと前にやったじゃない」

 

「違います。……ミュゼさんにはちょっと居心地の悪いお祭りかもしれませんけど……」

 

「?」

 

 

お祭りの準備というだけあって町は人で溢れ返っていた。しかし、賑やかではあるものの騒がしいわけではなく、どこか厳粛な雰囲気も窺うことができた。純粋に楽しむ人の隣では祈りを捧げている老婆も居る。

 

そう、明日11月16日は一年前に魔王が倒された日のなのだ。

 

だから前日からこうして準備を行っているみたいだった。魔族の王が倒された祭りなのだから、私たち魔族にとっては居心地が悪いなんてものではない。けれども、ここの人たちを見ていると複雑な気持ちになる。皆、それぞれの表情をしているけど心のどこかに恐怖から解放された穏やかさが見えるからだ。魔族と人間の争いが収束したのは良いことなのかもしれないけど、魔王が倒されて全て解決というのは納得がいかない。勿論、魔王の命令でたくさんの人間の命を奪った。しかし、反対に人間だって大勢の魔族の命を奪ってきている。戦争を終わらせるためには仕方ないことだったとしても、どこか引っ掛かりを感じて止まない。

……こんなことを考えてしまうくらい、私もまだ割り切れていないのかもしれない。

 

「ごめんなさい……。気分悪いですよね」

 

隣に居た町長が私を見ながら申し訳なさそうにしている。心の中で思っていたのが、どうやら表情に出てしまっていたらしい。

 

「いえ、構わないわ。それに行きたいって言ったのは私だしね」

 

「そうですよ。郷に入っては郷に従えと言うじゃないですか。人間の町で暮らしている以上は慣れてもらわないと」

 

少し前を歩くシスターが言葉に毒を含みながら、会話に参加してくる。振り向いていないから顔は見えないけど、多分いつもの笑顔のままでしょう。そもそも、シスターが笑顔以外をしているところを見たことがない。

 

「……そうね」

 

 

「――俺たちを見捨てたあんな女神に祈りを捧げて何になるんだ!!」

 

突然、広場に怒声が響き渡った。それまで各々作業をしていたが、手を止め、声のした方向を眺めている。視線の集まる先には若い男と先ほど祈っていた老婆が居た。

 

「加護をしてくれるって話だったのに、全然助けてくれなかったじゃないか!女神がちゃんと俺たちを見ていてくれたら、親父や弟は死なずに済んだんだぞ!!」

 

「それは初代勇者に襲われて力が発揮できなかったからと聞きます。女神様も目の前で亡くなっていく人たちを見て、大層辛かったでしょう」

 

「その程度で動けなくなるようなものなのか!?どうせ人間を見限ったからに違いない!!」

 

「見限っていたら戦争には負けていました。見守ってくれていたから私たちは勝てたのです」

 

どうやら女神の加護が無かったことについて言い争っているみたいだった。実際、この加護が受けられなかったせいで、ここまで多くの戦没者を出したのだと小耳に挟んだことがある。私自身、女神なんてものはお目にかかったことがないので、存在自体曖昧なものなのだが。二人の口喧嘩を周囲の人々は黙って見ていた。誰も止めないことを見るに、皆どこかで両者の意見に思う所があったのでしょう。

そんな中に一人が前に歩み出た。町長だった。

 

「いい加減にしてください!今日明日は争いが終わったことを祝う日ですよ!その祭りの準備でケンカしちゃダメじゃないですか!だから……えっと、その……仲良くしてください!!」

 

町長は顔を真っ赤にして呼び掛ける。普段の彼女からは信じられないくらい大きな声だった。そんなに大きくはないけれど。それでも、彼女なりに町長としての役目を果たそうとしているのが分かる。そんな必死なのだから、周りの人々も彼女を認めたり、サポートしているのかもしれない。

 

「町長さん。……分かってる。分かってるんだが、女神が助けてくれていたら家族が生きていたんじゃないかと思ってしまうんだ!」

 

この男も頭では理不尽な八つ当たりをしていると理解しているのだろう。だからこそ、行き場のない悲しみをどこかに吐き出さなければ心がもたないのかもしれない。

 

「そっ……それは…………し、シスターさん!どうなんでしょうか?」

 

「あらあら、私ですか?」

 

問題を丸投げされたシスターは困ったように頭を傾げていた。……困っているのでしょうけど、目を閉じたままだから感情が分かりづらい。少し悩んだ後、また笑顔に戻って教会の者としての意見を述べた。

 

「信じるも八卦、信じぬも八卦、です」

 

「そんな星占い感覚で……。アンタ、仮にも聖職者でしょ?」

 

「そういうものですよ、神様なんて。それに私は廃れた教会を間借りしてるだけですから」

 

「よくシスターなんて名乗れたわね……」

 

「ミュゼさんはどうなのですか?"魔族"からの視点としてはいかかでしょうか?」

 

その瞬間、周囲の目が一斉にこちらを向いた。同じ町に暮らしているからある程度の理解は得てもらっているものの、完全には信用できるはずもない。その証拠にわずかに視線を逸らしている者や怪訝そうに見ている者も居る。現時点では平気でも、気が変わって人間を襲うかもしれない。私だったらそう思う。この町に来た当初も大変な思いをした。しかも、今質問されているのは私自身の問題ではなく、魔族としての意見なのだ。ここで変なことを言ったら、人間と魔族間の軋轢を生みかねない。

よくもまあそんな重要なことを私に振ってきたものだ。横目でシスターを睨みつけるけど、相も変わらずヘラヘラしているだけだった。町長は町長でどうにかしようとおどおどして挙動不審になっている。

 

(頼れるのは自分だけか……。こんな時に――……そうか)

 

私は不敵な笑みを浮かべて皆に言い放つ。

 

「居るかどうかも分かんない女神なんて私はどーでもいいわ」

 

「おい!!どうでもいいとは何だ!!」

 

近くに居た別の男が声を上げる。

 

「だってそうでしょ?肝心な時に助けてくれるとは限らないじゃない。なら、身近に居て頼りになる人にでも助けを乞えばいいんじゃない?例えば"ゼード"みたいな勇者とか。あ、ピース依頼事務所やってるんでよろしくでーす」

 

肝心な問題を上手くすり替えて、責任をゼードに押し付ける。魔族の言葉として勇者を持ち上げるような台詞、そして事務所の宣伝。人間なら魔族の王を倒したゼードを憎む人などほとんど居ないでしょう。我ながら完璧な受け答えだったと思う。周りに人が居なかったら高笑いしているところだった。

案の定、それに便乗して町長が終戦の立役者として勇者様を讃えましょう、なんて呼び掛けている。隣に居たシスターは前を向きながら、私にだけ聞こえる声で話しかけてくる。

 

「ミュゼさんも初めて教会に来たときは心配したものですが、人間界で上手くやっていけているみたいですね」

 

「アンタはそれでシスターとして上手くやっていけてるの?」

 

「ええ。おかげさまで」

 

シスターは人間界に馴染めているのか知るためにあえて私に質問を振ったのだろうか。…………いや、多分私の考えすぎでしょう。

町長の説得の甲斐もあって、その場の騒動はすぐに収まった。それから皆は明日の準備を再開したのだった。

 

明日11月16日は一年前に魔王が倒された日。

 

 

そして、私が"あいつ"と出会った日――――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「パパ?……もう、呼び出しておいてどこに行ったのよ」

 

私が部屋に入ると中はものけの殻だった。昼食後、謁見の間に来てほしいと言ってきたのは向こうなのだ。そのくせに本人不在とは一体どういう料簡なのだろう。

ここはだだっ広いだけで、玉座しか置いていない。時間を潰そうにも何もすることがなかった。仕方ないので、私は玉座に座り、肘掛けに腕をついてため息を吐く。

 

「全く……自分勝手なんだから……」

 

食後ともあって、満腹感でふわふわしてくる。このまま居眠りでもしてしまおうかと思っていると、軋んだ音を立てながら部屋の扉が開く。やっと来たかと待たされて不機嫌になりながらそちらに目を向ける。

しかし、立っていたのは見たこともない男だった。

 

「たのもーっと!……って、あれ?お前が魔王?」

 

「違うけど……。アンタ……誰?」

 

男はキョロキョロと辺りを見回している。口振りからするにこいつもパパを捜しているらしい。男は私の問い掛けに一切動揺する様子もなく、あっさりと言い放った。

 

「あ、勇者やってまーす」

 

勇者――人間が送り込んできた希望。私は前線に出たことはないけど、話くらいは入ってきている。魔族が人間界へ侵攻し、その対抗策として投入されたのが勇者。今は侵攻を休止しているため、人間側からの攻撃を退ける一方だった。それでも、人間と魔族の力は圧倒的で、魔界へ勇者が潜り込んできても簡単に払い除けていた。

その勇者が目の前に居る。情報は各地からここへ送られてくるはずだ。それもないまま、ここまで侵入されている。ハインツが騒いでいた気配もない。

 

「……どこから入り込んだの?」

 

「どこからって……玄関?つーか、お前は側近か何か?魔王捜してるんだけど、どこに居んの?」

 

「違うわよ。パ……魔王なら私も今捜してるの。……けど、その前にすることができたわ」

 

「ん?」

 

「アンタを"ぶち殺さなくちゃいけない"の」

 

私は玉座から飛び下り、両手を顔の前で構える。どうやってかは分からないけど、この勇者はここへ来た。それはつまり、パパを殺しに来たということだ。はいそうですか、と見逃すほど私も甘くはない。全力で害虫を駆除しなくてはならない。

勇者はぽりぽりと頭を掻きながら、顔をしかめる。

 

「あー……やっぱそうなりますよねー。できるだけ無駄な戦闘は避けたかったんだけど、"おにいさん"も好戦的だな」

 

「……ちょっと待って。おにいさん?」

 

「へ?そうだろ?お前、"男"だろ?」

 

私は錬成した土の塊を勇者へ向けて殴り飛ばす。勇者は慌てて横へ飛び退いた。

 

「うわっちょっ!?あぶねっ!!いきなり何すんだこの野郎!」

 

「私は女よ!!」

 

「うっそだぁ、またまたご冗談を。そんな平べったい胸の奴が女な訳ないだ――」

 

地面を強く蹴り、天井近くまで飛び上がると、振りかぶった右手で勇者を叩きつける。しかし、勇者も転がるようにして間一髪、私の攻撃を避けた。私の拳は勢いそのまま地面を殴り付け、床がめり込み穿たれる。

 

「待て待て!?これ一発でも食らったら即終了だぞ!?」

 

「殺ス……!」

 

「お前キャラ変わってね!!?」

 

私は立ち込める砂埃を気にも止めず、ゆらりと体勢を持ち上げる。勇者を睨み付けながら顔を上げていると、不意に後ろから声が聞こえてきた。

 

「そりゃ、てめーが悪いんじゃねーですかね?不用意に外見をいじるとコンプレックスをほじくっちまう可能性もありますから」

 

咄嗟に回し蹴りを放つが足は空を切るだけだった。声の主は大きく飛び上がり、玉座の前に着地した。その男はこの場に似つかわしくないラフな格好で、買い物帰りと言われても違和感はなかった。勇者の方もガチガチのプレートやアーマーなど装着しておらず、地味なコートを羽織っているだけだった。噂に聞いていた勇者御一行とはまるで別物だった。

 

(こっちの男、今の今まで気配がしなかった。魔法?……いや、その感知すらできなかった……)

 

ラフな男の方は私に気づかれることなく部屋に入り、真後ろに立っていたのだった。

勇者はパーティーと呼ばれる何人かのグループを作り、こちらに侵攻していると聞く。この二人もパーティーなのだろう。しかし、ラフな男はその考えを汲み取ったのか、薄ら笑いを浮かべながら話し始める。

 

「あー、言っときますけど、ゼード君の仲間じゃねーですよ、俺は。どっちかっつーと敵です。だからっててめーの味方でもねーですがね。言っちまえば監視者です。俺の目的はゼード君の死体を持ち帰るか、魔王の死体を持ち帰るかのどっちかなんで」

 

「……はぁ?」

 

「まぁ、そういう反応するのも分かる。監視されてなかったら真っ先にこいつぶっ飛ばしてたからな」

 

「そうは言っても、勇者がピンチになったら助けに入ったりするんじゃないの」

 

「しねーですよ。むしろ嬉々として見守ります。さっさとくたばってくれりゃあ俺の仕事も早く終わりますんで」

 

「……お前本当アレだな」

 

つまりこの勇者はたった一人で魔族四天王を倒してきたということか。おちゃらけているように見えるけど、本心は窺い知れない。

 

「建前上聞いておくけど、アンタの目的は何?」

 

「俺か?俺は魔王をぶっ倒して人間の王やこの悪趣味野郎に一泡吹かせることだ」

 

「悪趣味野郎って俺ですか?おーこわいこわい」

 

「……そんなこと?もしアンタが勝ったらそれこそ人類の救世主じゃないの?」

 

「救世主?んなもんなんかに興味ねーよ。なったとこで腹が膨れるのか?顔も知らねぇ奴らなんかに尊敬されても嬉しくも何ともねぇ。俺は俺の知ってる生活を守るだけだ」

 

私は勇者から目線を外して自分の手のひらを見る。そして息を吐いて、それを掴むようにぎゅっと握り締めた。

 

 

「だったら、私もこの生活を守らせてもらうわ!」

 

先に動き出したのは勇者だった。袖口から二本のナイフを取り出すと躊躇なく私へ向けて投げてきた。牽制のつもりだろうか。私は気にせず前へ進み、ナイフは地面から錬成した壁で防ぐ。接近した私は左、右、そして右の蹴り上げの三連撃。勇者は二撃をかわして、蹴りをバック転で回避しながら距離を取る。しかも、バック転の途中にナイフを飛ばしてきて追撃を封じてくる。ナイフはまた土の壁で防いだが、二人の距離は最初と同じくらいに戻された。この時点で偶然ここまでやって来たのでないと分かる。それくらい戦闘に慣れているのだ。

 

「なかなかやるじゃない。元々は王国の騎士団長でもやってたの?」

 

「馬鹿言え。誰があんな堅苦しい場所なんかに居られるかっての。それにそんな大層なことはしてねーよ。ここ何年かはムショん中だったしな」

 

「……下着ドロでもしたの?」

 

「おうおうおう。真っ先にそれが浮かぶとは俺も舐められたもんですなぁ、ええ?」

 

「あながち間違っちゃいねーですがね」

 

「ちげぇーよ!!?お前が言うと信じちゃうから本当止めて!!」

 

「そんな社会のゴミはゴミらしく埋められちゃいなさい!」

 

「あ、こりゃヤバいですね……」

 

私は真上に大きく飛び上がると、遅れて巨大な岩石が私の目の前まで浮かんでくる。それを下に居る勇者目掛けて蹴り飛ばした。しかも、ただぶつけるだけではない。衝撃が加わった途端、岩石は木っ端微塵に砕け、それぞれがハンドガンの弾くらいの大きさになった。そう、文字通り銃弾くらいの石が何千、何万と降り掛かるのだ。言うなれば、ショットガンがマシンガンレベルで連射されているのだ。そんなのを食らったら跡形には何も残らない。

 

しかし――。

 

「……うはー…………ぅおー……やべぇ…」

 

――どうして。どうしてあいつは"立っていられる"のだろうか。無論、無傷な訳がない。腕や足、顔からは真っ赤な血が滲み出ている。無数の石は避けられるはずもない。だからあいつは両手に持った二本のナイフで石を防ぐのではく、弾いたのだ。正面から受け止めるのではなく、受け流すように。それでも全部は弾けない。しかし、こうして死なずに立っていられるのは致命傷になる場所を優先的に守ったからだ。高速で飛んでくる弾丸を選別して弾くなんて人間ができる芸当ではない。勿論、魔族にもだ。

 

「……アンタ何者よ?」

 

「何度も言わなったか?ただの一般勇者だよ」

 

「ただの勇者がこんなことできるわけないじゃない。最近の勇者は勝手に選ばれただけで、戦いのイロハも知らないド素人だって」

 

「そこまでバレてんの?そりゃ人間側が勝てねーわけだ」

 

「はぐらかさないで!アンタは一体何なの?」

 

勇者は立っているのもやっとなのか、ふらふらしている。だけど、その表情は不敵な笑みを浮かべていた。

 

「名乗る程の者じゃねぇよ」

 

その瞬間、私は両手で地面を叩く。そのまま流し込めるだけの量の魔力を地面に送る。ラフな格好の男は察したのかジャンプをして天井装飾の天蓋にしがみつく。勇者はいまだによろめいていたが、はっと気づいたのか入り口の方へ飛び込む。

 

(逃げようったってもう遅い!!)

 

私が力を込めるや否や、謁見の間全体の床が2メートルほどのし上がった。ゆっくりではなく、瞬発的に。そのせいで、地面に居た勇者は天井に跳ね上げられ、打ちつけられ、床に叩きつけられる。これだけダメージを受けたのに悲鳴や苦痛の声一つ上げなかった。上げられなかったの間違いか。床に落ちた体勢のまま勇者は動かない。まるで糸の切れたマリオネットだ。身体の周りには血溜まりができている。

 

「あーあ、死んじまいましたかね、これ?」

 

「アンタはどうして事前に分かったの?」

 

「俺ですか?俺もちょっぴり魔法が使えるんで何となーく分かっただけですよ。ゼード君は使えねーみたいなんであのザマですがね」

 

「ふーん……。あいつ、ゼードって言うんだ」

 

「そうですけど、くたばっちまった野郎の名前なんか覚えてても仕方ねーんじゃないですか?」

 

「……そうね。"くたばってたら"だけど」

 

私の言葉の意味に気がついたのか、ラフな男が転がった屍を見る。正確には屍なりそこなったものを。

 

「……へー。案外しぶといんですね。見直しましたよ」

 

「…………うっせぇ」

 

私も冷静なふりをしていたけど、内心はかなり動揺していた。生身の人間があそこまで打ちつけられて平気なはずがない。ましてや立つことなんて……。

ゼードは生まれたての小鹿のように足を震わせながら、それでも立ち上がった。

 

私ははっと勇者の立っている地面を見る。

 

(くぼみ!?)

 

ゼードが居た場所は、地面が穿たれて凹んでいる。これは私が最初にゼードを殴りつけようとして外した跡だ。くぼんでいるとはいえ、僅か30センチくらい。それでもこうして生きているのには魔法の範囲効果が原因している。結論から言えば、私の計算ミスである。範囲魔法を使うときは、その効果範囲の物質や状況下も影響してくる。

例えば、小さな小屋の中に巨大な船を転移させてくるような質量限界は無視できないし、落下している状態のリンゴを停止させるような運動ベクトルをそのもの単体でねじ曲げることもできない。

しかし、ここ謁見の間は玉座があるただの広場のようなものだから、何も考慮せずに魔法を使用した。"30センチ"のくぼみなど気にせずに。だからこそ、ゼードはそこに飛び込んだのだ。範囲魔法から外れているとはいえ、そのくらいの誤差じゃ完全に逃れることはできない。案の定、あいつは打ち上げられ、叩きつけられた。しかし、その30センチがあいつの生死を分けたのだ。意図して飛び込んだのかは分からない。そもそもあいつは魔法が使えないらしいのだ。もしかしたら生まれ持った感覚なのだろうか。真意は不明だ。

考えに耽っていると、頭上からナイフが降ってきた。不意打ちではあったものの、難なく上に壁を錬成して防ぐ。

 

「……へぇ。それ屋根代わりにもなるんだ」

 

ゼードの手にはさっきまでの物とは異なった短剣が握られている。

 

「動けるどころか、反撃できるなんて驚きね」

 

「じゃあ、お前に勝ってもっと驚いてもらおうかね」

 

「ふふっ……立つのもやっとなのにどうやって驚かせてくれるのかしら」

 

「そこまで期待されちゃあ、俺も頑張らねぇとなぁ!!」

 

動くのもやっとのはずのゼードが真っ直ぐこちらに走って来る。事前にナイフを投げたりもしていない。その動作には一切の罠などは見られない。つまり、真っ向から攻めてきているのだ。それに気づき、私も右手の前に込められるだけの魔力で錬成した岩を展開する。それが限界値を迎えた瞬間、勇者へ向けて殴り飛ばす。最大まで錬成されたそれは、今から横に飛び退いただけではかわせないくらいの大きさになっている。こちらに向かって走っているなら尚のことだ。

 

「さあ、貫かれてぺしゃんこになりなさい!!」

 

「貫かれるのはお前の方だあああああああ!!!」

 

 

魔法は自分自身の"魔気"と、空気中に漂っている"魔素"を消費して使う。何か物質を核にするのならば別だが、今のように魔法だけで錬成したものは全てが魔法。つまり"物理的に切り裂く"なんてことは不可能なのだ。

 

そう――不可能――――なのだ――――。

 

 

ピシリ……!

亀裂――そう頭で認識した時には、3メートルを優に超える巨岩が音を立てて割れていた。その割れた向こう側には迫りくるゼードの姿があった。意味が分からない。魔法で創った岩を物理的に斬った。あり得るはずがない。呆気に取られていたものの、このままではなす術なく殺されてしまう。

 

死――恐怖――――。

これまで感じたことのなかった感情に、私は身体の震えが止まらなくなる。迫りくる死に私は思わず目を閉じた。全部の事柄から逃げ出すために。それでも死ぬのは嫌だった。瞼の裏で必死に救いを求める。そこに浮かんだのはパパ――魔王だった。

私は目を見開く。ここで諦めてしまったらパパも殺されてしまう。それだけは嫌だ。だとしたら、せめて、相討ち覚悟で臨むしかない……!

 

「うわあああああああああああああ!!!」

 

私は魔力を放出すると、勇者だけでなく、全方向に土で創った腕を伸ばす。それはもはや攻撃や抵抗ではなく、ただの暴走だった。脳で考えたことではないため、少し離れた場所で見ていたラフな男も避けるのに必死になっていた。考えていないから、動きが読めないのだ。

しかし、それにも対してゼードは意地汚い笑みを見せるだけだった。かわしもしない、避けもしない。ただ小声で呟いていた。

 

「……出番だ、クソメガネ」

 

勇者の言葉に呼応して胸の辺りが光ったと思ったと瞬間には、私は天井を見上げていた。ゼードの左の前腕が私の顎の下、首の辺りを押さえ組み伏せていたのだ。目の前にはゼードの顔がある。横目で見ると、右手で短剣を逆手に持って構えている。足掻こうにも、先に短剣が突き刺さるのが目に見えてしまっていた。

 

「……どうして?」

 

ゼードは私の目線に気が付いたのか、首から下げたネックレスを見下ろす。装飾品とは到底思えない歪な石。

 

「ここに来る前にクソメガネに貰ったんだ。一回だけ魔法を無効化してくれるお守りっつーことで。本当は魔王との戦いまで温存しときたかったんだけどな。半信半疑だったけどちゃんと機能してくれたじゃん」

 

説明をした途端、自らの役目を全うしたかのように石は砕け散った。粒子レベルにまで細かくなり、風の吹いていないはずの室内で跡形もなく消え去った。

 

「……私はどうするの?」

 

「命乞いってやつ?このまま俺を狙わないって約束してくれるなら見逃してやってもいいけど……どうせ人間の王がモンスターなんて根絶やしにするぞ?」

 

「もう魔王に勝ったつもりでいる気?」

 

そう私が質問すると、男は一瞬無表情になったが、すぐにいつもの表情に戻る。

 

「もちろん!」

 

回答を聞いて、どうしてだか私はため息が零れた。本当にどうしてだか分からない。どうしてこの時の私は笑っていたのかしら。バカでも移ったのかしら。

 

「あいにく、アンタとの約束なんて守るつもりはないわよ」

 

「……それ、どういう意味だか分かって言ってんの?」

 

「当たり前でしょ。……痛くないよう一思いにやりなさいな」

 

「…………分かった。先に地獄で待ってろよ」

 

 

そう言い残して、勇者は短剣を振り下ろした――――――――。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい」

 

「うおおっ!?……びっくりしたー。何でまだ起きてんだよ」

 

日付が変わって、祭りで賑わっていたはずの大通りも静かになった頃、忍び込むように玄関を開けると、さも当然のようにミュゼがソファに座っていた。

 

「さっきまでお祭りを満喫してたの」

 

「は!?お前祭りに出てたのか?何か酷いこと言われたりしなかったか!?」

 

「無いわよ。どうしたの?保護者気取り?」

 

「いや……そうじゃねぇけど。本当に平気だったのか?」

 

「何回言わせる気?大丈夫よ。アンタが思ってるより、この町の人たちは優しいわ」

 

「そっか……ならよかった。……あ痛っ!?」

 

リビングに入ってソファに腰掛けた瞬間、頭に何かが飛んできた。竹串だった。目の前でもごもごしている暴力女の焼き鳥の串だろう。ミュゼは口の中の物を飲み込んでから話し始める。

 

「アンタこそどこ行ってたの?随分と、お疲れのようだけど?」

 

ミュゼはこちらをじろじろと見つめながら、嫌味ったらしく質問をしてくる。と言うのも、このぼろぼろの身体を見て不審に思わない方がおかしいだろう。

 

「散歩だよ、散歩。で、帰り道で盛大にずっこけただけ」

 

「ふーん……。ま、いいけれど」

 

片肘をつきながらジト目で俺の目を見つめてくる。しかし、いつものようなしつこい追求はせず、テーブルの上のお好み焼きに手を伸ばした。

 

「アンタも食べる?晩ごはんまだでしょ?」

 

「……どしたの今日?いつもなら全部一人で食っちまうじゃん」

 

「いらないの?」

 

「いや……貰うけどさ」

 

腹が減っていたのは事実で、帰ったら残り物でちょいちょいと晩飯を作ろうと思っていたので、正直なところかなりありがたかった。俺はテーブルの上にこれでもかと乗せられている料理から、焼きそばのパックを持ち上げる。既に冷えてしまっていて、もさもさ感は否めないが空腹にはこれでも良いご馳走である。

ソースまみれのそばを啜っていると、ミュゼが焼き鳥のパックを膝に置いて、またこっちを見ていた。

 

「さっきから何だよ。気になって仕方ねぇんだけど」

 

苦笑いして問い掛けるが、ミュゼは下を向いて黙りこくっている。気になるものの、この状態のこいつには何を言っても無駄なので、向こうから話しかけてくるまでダルンダルンのそばを口に入れることにする。

頭の中の整理がし終わったのか、ゆっくりと顔を上げ、しかし目は合わせないで口を開いた。

 

「突然ですが、問題です」

 

「はぁ?」

 

あまりにも唐突すぎて変な声が出る。

 

「今日……もう昨日か11月16日は何の日でしょうか?」

 

「……俺が魔王を倒した日だろ?」

 

「じゃあ続いての問題です。……魔王を倒して後悔はしていますか?」

 

これはもはや問題ではない。ただの質問だ。それもミュゼ個人の。

 

「…………後悔してない、って言ったら嘘になるな。ただ、あの時はあれが最善だったと信じてる」

 

「……もしあの時に戻れたらどうする?」

 

「どうもこうもしねーよ。後悔した自分の上に今の自分が居るんだ。今さらやり直したくもねーし、やり直す気力もねぇ」

 

そう答えると、ミュゼはまた下を向いてしまった。と思った次の瞬間、ひっくり返るような勢いで笑い転げ始めた。

 

「お、おい!どうしたんだよ!!」

 

「ふふっ……ごめんなさいね。随分とアンタが真面目に答えるものだから……ふふっ!」

 

「はあ……?」

 

「ふー。残念だけど問題は外れ」

 

「外れって……昨日はその日だろ?」

 

「ええ、確かにそうよ。でも、私が望んでいた答えじゃなかったわ」

 

俺は訳が分からず、顔をしかめる。それでも尚、笑っていたミュゼは呼吸困難になりながらも正解を告げる。

 

「魔王の日もそうだけど、昨日は私たちが初めて会った日なのよ」

 

「あー、そういやそうだったな。つーか、そんなに経つんだな」

 

何故か急に小っ恥ずかしくなり側頭部を掻き毟る。すると、突然ミュゼがテーブル越しに手を差し伸ばしてきた。一瞬、訳が分からなかったがすぐに理解して、こちらも手を差し返して握手をする。一年も同じ屋根の下で暮らしていたら、ある程度相手の考えていることが分かるようになってくるものだ。

 

 

「「1年間お疲れ様です。来年もよろしくお願いします」」




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

ちょっと遅くなってしまいました。気力が湧かなかったり、短編に浮気したり、薬の副作用で思うように手が付けられなかったりと言い訳はたくさんありますが、無事投稿できて良かったです。

さて13話です。と、同時に1年目本編の最終話です。やっと勇者時代のゼードとミュゼの戦闘が書けました。この作品を書いていて1番楽しかったです。構想段階からこの場面は書きたかったシーンの一つだったので、こうして形にできて満足です。

次回なのですが、2年目開始――とはいかずに、ちょっと変わった視点から1年目の話のその後だったり、細かい伏線の回収をしていきます。全部こいつ一人で回収できてしまうので。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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