勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


スラー…スライム系のリーダー。ゼードにはスーさんと呼ばれている。物理が効かず、そっくりに変身が出来る。魔族四天王の一人。

ベルフェ…悪魔系のリーダー。皆からはベルと呼ばれている。魔力はピカイチだが、人語が話せない。魔族四天王の一人。

ゴラド=アーサ…ドラゴン族のリーダー。単純な物理攻撃力に加えて火の魔法も使える。戦闘バカでおつむが弱い。魔族四天王の一人。

レント…植物系のリーダー。非攻撃的であり、戦闘スタイルも待ち伏せて敵を誘い込むのを得意としている。魔族四天王の一人。


2年目
case:14   年末だヨ!心・技・体計力バトル!!


「さあさあさあ!皆様、大変お待たせいたしました!今年もこの時期がやって参りました!昨年はそれどころではなかったので、2年振り、そして記念すべき20回目!『年末だヨ!心・技・体計力バトル!!』のお時間です!!

毎度ながら司会進行は私、ローレライのアンゼリカがお送りします!お菓子同様、お飾り程度に思っていてください。何故なら、今日の挑戦者の方々は偉大も偉大!魔族四天王であります、レント様、スラー様、ゴラド様、ベルフェ様、そして魔王様の娘ミュゼさんに、魔王様を倒された張本人ゼードさんにお越しいただいております!!」

 

ほぼ満員である会場の魔族たちから、割れんばかりの歓声が上がる。その種族は多種多様で、普段いがみ合っている相手も、今日ばかりはその手を止めて観戦しに来ているのだろう――。

 

「ちょっと待てい!!」

 

「どうかされましたか?ゼードさん」

 

「どうかされましたか、じゃねぇよ!急に連れてこられたかと思えば、いきなり何?何なの?」

 

「だから『年末だヨ!心・技・体計力バトル!!』です」

 

「番組名聞いてんじゃねーよ!何が起きてるのか、こちとらさっぱりなんだよ!」

 

「まあまあ、ゼード。年越なんだから、楽しんだらどうだ?」

 

「その年越しを邪魔されたからキレてんだろうがぁぁぁ!!!」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

12月31日。今日は大晦日である。一種の一大イベントではあるが、ここヘーンフィオでは盛大に祝ったり、なんてことはしないらしい。あくまでしめやかに、だそうだ。正直な話、魔王討伐記念日で予算を使い果たしてしまったからだと、町長が申し訳なさそうに語っていた。第一回の開催であったから要領がイマイチ掴みきれていなかったのだろう。俺個人としては、そんなつまらない祭りよりも、年越しを大いに盛り上げてくれた方が嬉しかったのだが。

代わりといっては天秤が釣り合わないが、集会所で酒盛りくらいはするのだそうだ。まぁ、そんな小ぢんまりとした年越しも、たまにはいいかもしれない。

 

そう思っていた矢先、事務所で時間までのんびりしていた俺を、赤い鱗に覆われた腕がワープホールの中へと引きずり込んだのだった。

 

 

そして、現在に至る。

 

「急にそんなん参加しろって言われても、こちとら用事があるんで帰らせてください」

 

「あれー、おかしいですね?ベルフェ様が直々に出演交渉をして、許可を得ているはずなのですが」

 

「はぁ?」

 

アンゼリカの下半身は魚なので、彼女は水槽の縁から上半身を乗り出してこちらに視線を向けている。少し動く度に、水槽の水がチャポンチャポンと音を立てているが、マイクが高性能なのか声しか拾っていない。……いつかマイクが駄目になってしまいそうで怖いが。

俺は何のことかさっぱりで、思わず真横に居るベルの顔を覗き込む。ベルはどうしてなのか、あえてこちらに顔を向けないようにしている。

 

「キイテナイデスヨワタシ?」

 

「アンタ、良いって言ったじゃない」

 

そう声を上げたのは、隣のブースに居るミュゼだった。ミュゼは教壇のようなセットに肘をついて、横目でこちらを見ている。

 

「は?いつの話だよ?」

 

「ロザの家にワープホール作った時」

 

「…………へ?」

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。~~~~~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~。~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~~~~』

 

『……ミュゼ。通訳してくれ』

 

『……リンクいいってさ』

 

『それだけじゃねーだろ!?なんかもっと長い事喋ってたろうが!なに、何言ってんの!?お付きのなんだっけあいつ、ジュリアスだっけ?あいつ呼んで……いや、あいつもちゃんと訳さないからな』

 

『失礼ね。意訳だけど、いいって言ってくれてるわよ』

 

『本当だろうな。……まぁいいや。やってくれ、頼む』

 

 

「ほら?」

 

「ほら、じゃねぇだろ!?聞いてないに等しいじゃねぇか!!」

 

「ゼードが出てくれるって言ってくれたから、わざわざワープホール設置してくれたのよね?知ってる?ワープホール維持するのも中々骨が折れるのよ?」

 

ミュゼの言葉に完全同意と言わんばかりに、ベルがこくこくと頷く。

 

「半年前からアポ取ってたのに、今更断るなんて酷いことしないわよね?」

 

「ほぼ初耳なんだがな……。まぁ、いいや。町長たちには悪いが、どうせあっちでも酒飲んでるだけだったし」

 

「ゼードの問題は解決したわね。それで…………何で私まで出ることになってるのよ!!」

 

ミュゼが筐体を叩くが如く、セットをバンバンと叩く。威力が威力なだけに、慌ててアンゼリカが止めに入っているが、隣に居たゴラドまで真似をし始めているのだから、もう誰もあいつらを止められない。どうやら、自分まで参加させられるとは思っていなかったらしい。

 

「ミュゼさんが参加する理由は――」

 

「何よ?」

 

アンゼリカがそこまで言い掛けて、口を閉じてしまう。とりあえず、セットを破壊しようとするのを中止したミュゼは、奥歯を噛み締めている。

 

「……頭数合わせです」

 

「じゃあ、誰でもよかったでしょうが!!何で私なのよ!」

 

「そ、それは、ゲストが魔族四天王に勇者ですよ!?相応の方がミュゼさんしか居なかったんです!」

 

納得できなそうにギャーギャーと騒いでいるが、確かに実力的に見合うのはミュゼくらいしか居ないだろう。と言うか、俺を入れたせいで端数になったなら、そもそも俺を呼ぶ必要などなかったのではないかと、こちらもまだ完全には納得できていない。

何とかミュゼを鎮め、アンゼリカが進行を再開する。

 

「さて、毎年の恒例行事なのですが、ゼードさんはおそらく初めてだと思いますので、改めて番組の概要を説明します。この番組は、三チームに分かれ、心・技・体のテーマに沿ったゲームで勝負するといった内容になっています。それぞれのプログラムはその都度説明がありますので、それに従っていただければと思います。

そして、チーム分けなのですが、こちらの独断で勝手に決めさせていただきました。

ゴラド様とミュゼさんの『力こそ全てチーム』、ベルフェ様とゼードさんの『異文化交流チーム』、レント様とスラー様の『自然?チーム』です」

 

「ちょっと待て!」

 

声を上げたのは、ミュゼたちのブースのそのまた奥に居るスーさんだった。

 

「私らのチーム名だけ雑じゃないか!?」

 

「……正直に言えば、残りものなので」

 

「仮にも魔族四天王なんだが!?」

 

「仕方がなかったんですよ。他二つがほぼ確定なので。ゴラド様を物理的に押さえられるのはミュゼさんしか居ませんし、毎年協力していただいているベルフェ様の希望でゼードさんと同じチームに――あっ」

 

「~~~~!!?」

 

突然、隣のベルが立ち上がりながら何かを叫ぶ。その顔はマグマのように紅潮していた。言葉は分からないが、おそらく内緒のことだったのだろう。それに対して、観客が俺にヤジを飛ばしてくる。

 

「ベルフェ様をそんな近くで見られて羨ましい!!」

 

「勇者、そこ代われ!!」

 

「……勇者死滅しろ」

 

「おい、誰だ?今、『死滅しろ』って言った奴?後で覚えとけよ」

 

ベルはそこそこ人気があるらしく、魔族の中には熱烈なファンも多い。そんな彼女に、好意を抱かれているのは、いくら鈍感な俺でも分かる。そして、ビームが放たれそうなくらい観客から睨み付けられているのも分かる。

……これは、今日を無事に乗り切れる気がしないな。

 

「まあまあ、まだ何も始まってないから文句言ったってしょうがないって」

 

皆を落ち着かせるように声を掛けたのはレントだ。騒ぎ立てている中で、一人優雅に座っている。元々こいつは争いが好きではないらしく、こういったお遊びの競争にも大して興味はないのだろう。

 

「レント様、ありがとうございます。話を続けさせてもらいますと、この番組は会場で見ている方以外の目にも触れられるように、"魔法の鏡"を通して魔界のほぼ全土に映し出されています。毎年のようにご提供くださっているベルフェ様も、本当にありがとうございました」

 

ベルを横目で見ると、笑顔ではあるものの、明らかに疲れきっていた。相当な数の鏡を作ったのだろう。

 

魔法の鏡――魔力を注ぐことで、その鏡面に別の場所を映し出すことができるのだそうだ。原理はこれだけだが、微細な魔法の調節、継続できるくらい豊富な魔力が必要とされる。こんな芸当が可能なのは、ベルくらいしか居ないだろう。

……これは全部、以前ベルに教えてもらったことの受け売りなのだが。ちなみに、それを使って人間界に居る俺を監視しているらしい。プライベートを覗かれているようで、気分はあまり良くないが、人間界に居る間は手出し無用、ということで一応承諾はしてある。

 

その大変な魔法の鏡の製作だが、魔界のほぼ全土に行き渡るくらいの量ということは、かなりの作業量だったのだと想像がつく。これは後から聞いた話なのだが、この魔法の鏡の製作はほぼ二か月ぶっ通しで行われていたらしい。ここまで疲弊していたのも頷ける。

 

「では、早速プログラムの方に移りたいと思うのですが、異文化チームはお二方でコミュニケーションが取れないのはかなりのハンデになってしまいますので、通訳の方をお呼びしています」

 

その紹介と共に、背景のセットに円形の穴が空く。穴が空いたといっても、魔法で一時的に開かれたもので、実際にぶち抜かれたものではない。そして、そこから紺と白を基調としたメイド服姿の少女が現れる。皆の前に立つと、スカートを軽く摘まみ上げて挨拶をした。

 

「私はベルフェ様のお付きのジュリアスでございます。魔族語が無知の勇者の通訳として、この役目を仰せつかりました」

 

「うん……知ってた。どうせお前なんだろうな、ってのはなんとなく分かってた」

 

「いい加減に魔族語を覚えてくだされば、私が出向く必要も無いのですよ?」

 

「あー、はいはい。考えとく」

 

そんなつもりは一切無いが、一応検討するフリをする。それが向こうにも伝わってしまっているから、ジュリアスの機嫌が目に見えて悪くなっていた。

 

「さてさて、それでは第一種目!己の頭脳との勝負!知力でポン!

まぁ、簡単に言うと早押しクイズです。私が問題を読み上げますので、皆様は答えが分かり次第、目の前にある赤いボタンを押してください。……ゼードさんとスラーさんは、ボタン連打するのを一旦止めてもらえますか?」

 

説明の最中にボタンのSEが喧しいくらいに鳴っていたのを咎められる。目の前にこんなものを置かれたら、押してくれと主張しているようなものだ。押さない方が、ボタンに対しても失礼だろう。俺は遥か右方に居るスーさんとアイコンタクトを取り、親指を立てる。向こうも笑顔で、それに応えていた。

 

「敵同士で親睦を深めないでください。終わってからやりましょう、そういうのは」

 

「……一々こいつらに構っていたら、終わるものも終わらなくなるわよ」

 

さすがミュゼ。俺たちの扱いには慣れているようで、無視して進行するようにアンゼリカを誘導する。

そこで、俺のコートの袖が誰かに引っ張られるのを感じ、横に目をやる。すると、ベルが前髪に半分隠れている目でしっかりとこちらを見つめ、口を開いた。

 

 

「ゼード…………ガ……ンバロ…………ウ」

 

「ベル!?お前、人間の言葉喋れるようになったのか!?」

 

「最近、お屋敷を訪れたご友人様に習って、ベルフェ様も頑張ってお勉強されているのですよ」

 

俺、ベル、ジュリアスの順に座っているから、ここからではジュリアスの声しか聞こえない。ベルもそれほど大きくはないが、ジュリアスが小さすぎるのだ。その言葉にベルを再度見ると、客席の方を眺めている。俺も視線をそちらに移すと、見覚えのある顔が見えた。

ロザだ。こちらと目が合うと、苦笑いしながら手を振っている。ここからでは、点くらいの大きさでしか見えないが、あの鋭く尖った爪に赤髪はロザ以外に居ないだろう。

 

「ベルフェ様は、勇者のために人間の言葉を教わっているのです。勇者もこの向上心を少しは見習ったらどうですか?」

 

「本当か?」

 

ベルへ視線を戻すと、俯きながら顔を真っ赤にしてこくこくと頷いている。

 

「つーか、いつの間にロザもベルと仲良くなってたんだか。行動力凄いな、あいつ」

 

「ロザ様も訪れる度に、熱心に言葉をご教授されているのです」

 

「……ってかさ、お前が喋れんだから、お前がベルに教えればいいんじゃねぇの?」

 

「嫌ですよ。どうして私が?」

 

「~~!?」

 

言葉だけで、かなり小馬鹿にされているのを感じる。顔が見えていたら、思わず手を出していただろう。顔が歪むくらいに頬っぺたを引っ張って、黙らせてやっていたはずだ。

 

「さあ、始めますよ!第一問!魔王様が人工太陽を創り上げるのに掛かった月日は?」

 

問題が告げられた瞬間に、レントがボタンを押す。その証拠に『自然チーム』のブースが、明るく点滅する。あいつ、勝負事には興味が無いようなフリをしておきながら、こういうのは真面目に参加するらしい。

 

「3年と6か月」

 

「正解です!魔界に降りて来てから、この僅かな時間で完成させました!さて、第二問!――」

 

 

「今現在、常設してあるワープホールの数は?」

 

ベルがボタンを押し、周囲が光り輝く。

 

「~~」

 

「ベルフェ様は『74』と仰っています」

 

「正解です!ベルフェ様が管理していますから、サービス問題でしたね!12ブロックに6つずつ、そしてターミナルの巨大なものと、ロザさんのご自宅と魔界を繋ぐもので74つです!さて――」

 

「ターイム!!」

 

次々と繰り出される問題に対して、俺は思わずタイムアウトを宣言した。目を固く瞑り、眉間に皺を寄せている。

 

「どうかされましたか?ゼードさん」

 

「え、えとですね……問題ってこういうのばっかなの?」

 

「こういうの、と申されますと?」

 

「……魔界の常識問題」

 

「そうですね」

 

「ギブアーーップ!!!」

 

我慢の限界を迎えた俺は、高らかに敗北宣言をする。大声を出した瞬間に、身を乗り出してきたジュリアスにビンタされたが、そんな些細なことはどうでもいい。

 

「仮にもチームなんですから、勇者の都合で勝手にギブアップしないでください」

 

「だって、おまっ、これっ……人間の俺不利過ぎるだろ!!さっきから皆、楽しそうにわいわいやってるのに、俺だけ仲間外れされてるみたいじゃんか!?」

 

「…………めんどくせ」

 

「小声で言ってもマイク拾ってますよ、アンゼリカさん!!」

 

「……落ち着きなさい、ゼード」

 

全方向に噛み付いていた俺にミュゼが優しく語り掛ける。冷静にさせるように、悟ったように。

 

「安心なさい。私の相方のゴラドも、さっきから脳がパンクして参加できていないから、仲間外れは二人よ」

 

「何を安心しろと!?まるでゴラドと同レベルの頭みたいで余計に嫌なんだけど!あ、別にゴラドがバカって言いたい訳じゃ……聞いてないね」

 

ゴラドはさっきから出題されていた常識問題という難問に頭を抱え、今は知恵熱を出して身体から湯気が上がっている。

 

「そうですね。このままだと、ゴラド様の熱気で鏡が曇ってしまいそうですからね。次の種目に移りましょう!ベルフェ様、転移お願いします!」

 

その言葉にベルは立ち上がり、指を鳴らす。音と同時に視界がぐるぐると目まぐるしく回転し、いつの間にかさっきよりも広い会場に移動していた。そして、チーム毎にネットで仕切られている。つまり、俺はベルとジュリアスと同じネット内に居た。ネットの網目越しには、他のチームも来ているのが見える。

周りを見回していると、突然目の前にふわふわと何かが漂ってきた。反射的にそれをキャッチする。

 

「……グローブ?」

 

「それでは第二種目!己の腕との闘い!底力でパス!!

これから皆様には、5分間チームでキャッチボールをしてもらいます。ノーバウンドでキャッチできた回数に応じて、ポイントが加算されます。但し、魔法等は一切使用禁止です。使ってしまったら反則負けになってしまいますのでご注意を。これで、皆様の身体能力が分かる訳ですね!」

 

ネットの向こう側に居たアンゼリカが悠々とルール説明をしている。そのまた向こうには、観客の姿も覗える。

 

「あのさ、折角このメンバー揃えたのにキャッチボールなんかでいいの?俺が言うのもなんだけど、見た目的に地味じゃね?」

 

「……ゼードさん」

 

俺が質問すると、アンゼリカは渋い顔をする。そして、手招きをしてネット際へ来るようにジェスチャーしていた。仕方なくそこまで歩くと、耳打ちでこっそりと俺に告げた。

 

「……このメンバーだからですよ。例年はチーム対抗で、真面目に戦ったりしてもらっていますが、ここに居る人たちで戦ってもみてください。周囲への被害、とんでもないことになりますよ?それに、勝敗でそこの種族たちが暴れ出さない確証はありますか?」

 

「……すみませんでした」

 

ごもっともである。勝負と言えど、このメンツでは洒落にならない事態に発展しかねない。だから、あくまでお遊び、お祭り騒ぎ、とプログラムを考えなくてはならなかったのだろう。ただの馬鹿騒ぎではなく、真面目に構成されていると知り、俺も少しばかり本腰を入れようと気持ちを切り替えて二人の元へ戻った。

 

「それでは始めますよ!これならゴラド様もゼードさんも活躍できると思いますので!時間は5分間です!よーい、始め!!」

 

アンゼリカの掛け声と共に火蓋が切られた。ボールはどこだとキョロキョロしていると、ジュリアスの方からボールが飛んで来ていた。咄嗟にグローブを構えてそれをキャッチする。せめて一声掛けてから投げろと言おうとしたが、小さく舌打ちが聞こえたので無駄だと判断する。それにしても、女の子にしては腕力がある方なのだろうか。軽く40メートル以上離れているのに、ノーバウンドで投げてきた。魔族は人間よりも身体能力が優れていると聞く。ミュゼばかり見ていたから感覚が鈍っていたが、他の人も例外ではないらしい。

 

(活躍できるって言われたって、俺別に腕力がある訳じゃないんだよなぁ。ナイフはコントロール重視で投てきしてるから、威力なんてあんま気にしてなかったし)

 

そんなことを考えている時だった。隣から物凄い轟音が響いてきたのだ。何事かとそちらに視線を移すと、ミュゼとゴラドが豪速球を投げ合っていたのだ。ミュゼが力一杯ボールを投げ、それに対抗したゴラドがそれ以上の威力でボールを投げ返す。負けず嫌いのミュゼは更にその上――というふうに、どんどんスピードが速くなっていく。あれはもはや、キャッチボールではなく、ドッヂボールに近かった。当たったら文字通り即死である。

改めてチーム編成を、あいつらと一緒にしてもらわなくてよかったと心の中で感謝する。

 

「早く投げてください」

 

その言葉で我に返り、ベルへ向き直る。ただ、いくら相手が魔族だといっても、女の子相手に本気で投げるのは気が引ける。迷った挙げ句、山なりでボールを放り投げる。勿論、きちんと届くようにだ。動かずとも、その場でグローブを掲げるだけで捕れるはずなのだが、何故だかベルは前進してくる。そして案の定、ジャンプしても届かず、後ろに転がったボールを拾いに行く。

戻って来たベルだが、今度はジュリアスへ投げる番である。大きく振りかぶり、全く様になっていないフォームで投球した。軽い球であるのに、まるで重たい砲丸でも投げているかのようだった。勿論、そんなのでは遠くへ飛ぶはずもなく、5メートルにも満たずに落下してしまった。ジュリアスの手元に届く頃には、バウンドも収まり、ゴロを拾い上げる形になっていた。

 

(あれ?……もしかして)

 

一つの疑惑を胸に抱えたまま、感覚だけでジュリアスから投げられた球を視界の外でキャッチした。向こうもコントロールが良いのか悪いのか、寸分の狂いなく俺の頭部を狙ってくる。

今度はさっきよりも緩やかに投げてやる。ふわぁんとしたボールに対して、目に見えてあたふたするベルにアドバイスをする。

 

「落ち着け!そのままグローブ出せば捕れるから!!」

 

俺の声を聴いたベルは、目を瞑ったまま腕を前に突き出した。……グローブを下に向けたまま。そのまま落ちて来たボールは、グローブ(若干手首側)で跳ね、ベチンと頬にぶつかる。

ここでさっきの疑惑は確信へと変わる。

 

(もしかしなくとも、ベルって凄い運動音痴?)

 

ベルは涙目になりながらボールを拾い上げていた。当たった頬は、少し赤くなっている。手首もさすっているから、そこそこ痛かったのだろう。

観客からは、俺への強いブーイングが起こる。

 

「ベルフェ様の美しい顔に傷が付いたらどうするんだ!!」

 

「勇者、すぐに謝罪しろ!!」

 

「……勇者絶命しろ」

 

「おい、誰だ?今、『絶命しろ』って言った奴?お前だな。顔覚えたぞ。あと、ベルごめ――」

 

ジュリアスからのボールをノールックのまま、ベルへ謝ろうとした瞬間、危険を察知して後ろに反り返る。咄嗟だったために、受け身も取れず、そのまま背中から地面に崩れ落ちた。

 

「何をしているのですか、勇者。ちゃんと捕ってくださいよ」

 

「お前が何してんだ!!」

 

「……何の話ですか?」

 

「とぼけてんじゃねーぞ!!俺の後ろに転がってるダンベルは何だ?当たったら洒落にならんからな!?」

 

「それくらいで騒がないでください」

 

「それくらいで人間は簡単に死ぬから騒いでんだろうが!!日頃から命狙われるのは、うちの馬鹿力ペッタン娘だけで十分――」

 

そこまで言い掛けたところで、右耳に物凄い擦れた音が聞こえてきた。止まりかけのカラクリ人形のようにグググ……と顔をそちらに向けると、目と鼻の先でボールが回転している。ネットが無ければ直撃していただろう。

やっと今、回転が止まり、ポトンと地面にボールが落ちる。

 

「あら、ゴラドごめんなさい。思わず手が滑ってしまったわ。でも、すっぽ抜けて良かったわね。ちゃんと投げていたら、そのくらいのネット、突き破っていたと思うから」

 

ネットの向こうには妙に笑顔のミュゼが立っていた。少し離れているここからでも、殺気が伝わってくるほどだ。遠回しな殺人予告に俺は身体の震えを止めることができない。

そして、ボールを拾いに来たゴラドが、小声で俺に話し掛けてきた。

 

「……勇者も大変なんだなー」

 

「お前に心配されるようじゃ俺も終わりだな……」

 

 

「さて、番組も終盤!!続いての種目です!口は災いの元!攻撃は口撃!!

これから抽選で決めた二チームから一人を出してもらい、一対一の真剣勝負をしてもらいます。しかし、相手に手を出してはいけません。言葉のみで、相手の心を傷つけてください!」

 

ここまで何種目かやってきたが、人間界のバラエティと何ら変わりないものばかりだった。残念ながら、あまり俺に見せ場のようなものはなく、他のメンツが和気藹々と勝負しているのを傍観していた。ほぼ半分、目の前に集まっている観客と同レベルだ。

順位はあまり気にしていないようだが、自然、力、異文化チームの順と俺のチームが最下位であった。完全に足を引っ張っているのだが、ベルは俺と同じ立場でこうして賑やかしくしているだけで満足なのか、その横顔はどことなく楽しそうであった。……その横から向けられているジュリアスの黒い気配は、今は無視することにする。

そして、目立たないくせに首位をキープしている自然チームは、大方レントのおかげだろう。自ら参謀を名乗っているだけあって、こういう調整も上手いのだろうか。

 

「えーっと……つまり口喧嘩ってこと?」

 

「はい。言葉であればどんなことであっても構いません。暴言、暴露、罵倒。何でもありです!」

 

……前言撤回。人間界でこんなことやらしたら、放送事故待ったなしである。魔族はむしろそういったのを待ち望んでいるのか、どことなく観客がそわそわし始めている。司会のアンゼリカも今日一番のハイテンションだ。

 

「それでは引きますよー」

 

いつの間にか用意されていた箱に彼女が両手を突っ込む。そして、掛け声と共にドラムロールのSEが流れ始める。音の終わりと同時に手を引っこ抜いた。その手には黄色と緑のゴムボールが握られている。

 

「出ました!『自然チーム』と『力チーム』です!お二方のどちらが出るのかは、各チームにお任せします!」

 

どうやら俺たちの出番は次に持ち越されたらしい。イマイチ、ピンときていなかった俺にはちょうど良いチュートリアルになるだろう。

隣のブースでは、ミュゼがすっと立ち上がる。

 

「私が行くわ。アンタじゃ天地がひっくり返っても勝てないだろうしね。……まぁ、どうせ後でアンタもやるんでしょうけど」

 

「酷いなー、俺だってやる時はやるぞー!!」

 

確かに言い方は悪いが、ゴラドでは万が一、億が一にも勝てっこないだろう。……ただ一人を除いて。

 

「お嬢が出るのか。じゃあ、こちらは私が出よう」

 

……さて、水メンタルのその一人が名乗りを上げたぞ。ゲル状のまま、スーさんが前へ進み出る。相方のレントは苦笑いをしているだけで止めはしない。あいつはもう、負け試合だと思って愉しんでいやがるな。

 

「レント!言葉巧みに打ちのめすさまを、そこで見ておくといい」

 

(フラグ……)

 

「おうおう」

 

そう返して送り出してから、アンゼリカに向けて声を飛ばす。

 

「アンゼリカ、もう一つ水槽用意しといて」

 

「レント様、準備はバッチリです!」

 

負ける気満々じゃねぇか!そんなツッコミを何とか心の中で抑え、事の顛末を見守ることにした。

 

「お二方には、周囲からのアドバイスが貰えないように別室へ転移してもらいます。そして、そちらの様子はこの鏡で見ることができます。向こうの部屋はこちらで確認できますが、向こうからではこちらの声、姿は一切伝えることはできないようになっていますのでご安心を。それでは、移動した瞬間から勝負開始です。どちらかが、"参りました"と言うまで続きますので、是非頑張ってください!ではベルフェ様、よろしくお願いします!!」

 

アンゼリカの合図に合わせて、俺たちの後ろに巨大な鏡が下りてくる。そこには、一つの机と、それを挟んで向かい合わせになるように椅子が二つ置かれているだけの小部屋が映し出されていた。そして今日見るのは何度目か。ベルフェが指を鳴らすと、前方に立っていたミュゼとスーさんの姿が消える。いつの間にか、最低限の家具しか無かったはずの小部屋に二人が移っていた。

 

「さて、どうなるのか愉しみですね!」

 

とてもわくわくしながらアンゼリカがまくしたてるが、俺は気が気でならなかった。スーさんは生きて帰って来られるのだろうか。……メンタル面の意味で。

肝心のスーさんはにこやかにミュゼへ話し掛ける。

 

「お嬢、お手柔らかに頼むぞ」

 

しかし、対面するミュゼは苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言葉を漏らす。

 

「……近寄らないでくれる?ちょっと黙ってて」

 

「「……えっ?」」

 

思わず鏡の向こうのスーさんと、反応がシンクロしてしまった。これから口喧嘩を始める矢先に、その会話すらを拒絶したのだ。更にミュゼは室内だというのに、唾まで吐いている。

 

「お、おっと……いきなり先制攻撃か――」

 

「だから煩いって。それに、アンタベタベタしてて気色悪いのよね」

 

「は……ははは。ならば、違う姿になれば問題なかろう」

 

「そういう問題じゃないでしょ?変身したってそれは、変身した相手がどうかであって、アンタ自身じゃないじゃない。別にアンタがそれでもいいならそれでもいいんだけど、スラー自体は嫌いなままだからね」

 

「…………」

 

「誤解の無いように言っておくけど、スライム系に喧嘩売ってる訳じゃないのよ?スラー単体が対象だから。大体何なの?私のことお嬢お嬢って呼ぶくせに、敬う気なんてさらさらないでしょ?擦り寄って来てる感じが――」

 

「参りました!!!」

 

 

「はい!そこまでです!!」

 

スーさんが音を上げた途端にストップが掛かり、二人がこちらの会場に戻される。……正確にはミュゼと、液体状の何かである。もはやゲル状にすら身体を保てなくなっているのだろう。勝者のミュゼは、何事もなかったかのように自分の席へ戻る。スーさんはコテンパンにされて移動する気力すら残っていないのか、その場から動かない。いや、動けない。

そんな彼へチームメイトのレントが近付き、水槽を横にして掬うようにして詰め込む。そして、椅子の上に無造作に置いた。一応、観客へ見えるように配慮したつもりなのだろうが、ただの水が入った水槽が放置してあるようにしか見えない。唯一、赤い結晶のような核が浮かばず沈まずを繰り返しているので、判断はできるが。

 

「……スーさんは頑張ったよ。多分、俺でもギブアップしてたもん、あれ。……で、お前は何?一仕事やり終えたみたいな顔してるけど」

 

「あ、スラー?さっきの全部嘘だから気にしないでね」

 

「何だその取って付けたようなフォローは!?もう手遅れだかんね!?」

 

一応、俺もスーさんのフォローをしておく。いや、でも確かにこれは中々辛いものがある。俺も精神力が弱い訳ではないが、あそこまでミュゼにボロクソに言われたら、当分は立ち直れない自信がある。

……力でも、口でも勝てないとなると、そのうちピース依頼事務所の立場が逆転する日が訪れるのもそう遠くないかもしれない。こいつはなるべく、敵には回さないようにしておこう。

 

「いやー、秒殺でしたね!じゃあ、次行きましょう」

 

「感想それだけ!?そしてお前はお前で、何自然と進行しようとしてんだ!!」

 

「あ、こちらではアフターケアは行ってませんので」

 

「どこまでも投げっぱなしだな、おい!」

 

魔界ではこういったものがお茶の間に流れるのが普通なのだろうか。改めて、俺は魔界で生活できないと実感した瞬間だった。

 

「さて、いきますよ、さっき選ばれなかった『異文化チーム』は確定として、もう一チームを選びます!」

 

先に箱の中から赤いゴムボールを取り出す。あれが俺たちのチームのボールだったのだろう。そしてまたもやドラムロールが鳴り、彼女が腕を引っこ抜く。握られていたボールの色は、黄色。

 

「『力チーム』です。ミュゼさんは既に出られたので、強制的に次はゴラド様の出番になります。そして『異文化チーム』は、ジュリアスさんはあくまで通訳としての参加なので、ベルフェ様かゼードさんのどちらかでお願いします」

 

「あー、はいはい。どうせ負けるだろうしいいわよ」

 

「なめてもらっては困るぞー!この日のために特訓をしてきたからなー!」

 

「期待しない程度に見ておくわ」

 

隣からは雑談にも等しい会話が行われていた。そんなことより、問題はどちらが出るか、である。正直言って、ゴラド相手ならどっちが出ても負ける心配は無いだろう。しかし、そうなると最後はレントとの勝負になる。あいつはつかみどころがなく、どんな勝負になるか想像もつかないのだ。

 

「……ベル、俺行っていい?」

 

「…………臆したんですか?」

 

「……いや、だって……さっきの見せられたらさ、自信無くすって……」

 

「だからって、それをベルフェ様に押し付けるつもりですか?」

 

「……言い方は悪いがそうなるな。頼む、ここは俺に行かせてくれ!代わりに今度何か付き合うから!!」

 

「!?」

 

突然、ベルがあわあわし始めたかと思えば、すぐに深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そして、前髪に半分隠れた瞳でしっかりとこちらを見つめると、何か口にしながら強く頷いた。

 

「~~~~。~~~~~~~~~~」

 

「ベルフェ様は『分かったわ。私も頑張るからゼードも負けないでね』……チキン野郎、と仰っています」

 

「完全にお前の個人的意見が入ってたのが気になるが……おう、任せとけ!」

 

俺には対ゴラド用の必勝法があるのだ。絶対に負けるはずがない。

ブースの前に歩み出ると、先に居たゴラドを正面から睨み付ける。こうして間近にしてみると、ゴラドの大きさを強く実感する。約170センチの俺が縦に二つ並んでも、頭には届かないだろう。端から見れば、大人と子供みたいなサイズ差だ。真っ向勝負を挑んだら、まず勝ち筋すら見えずに負けてしまうだろう。だが、これは口喧嘩。ミュゼに負けず劣らず、俺もある程度の引き出しはあるつもりだ。

 

「準備はよろしいようですね。では、ベルフェ様お願いします!」

 

パチンという音と共に視界が回転する。そして、さっきまで鏡越しに見ていた小部屋へと移動していた。

もう勝負は始まっている。しかし、俺はあくまで冷静に用意された椅子に腰掛ける。対する巨大な赤いドラゴンは椅子のサイズが合わないのか、立ったままこちらを見下ろしている。少し相手の様子を窺ったが、向こうもこちらの出方を警戒しているようだ。だったら、こちらからアクションを起こさなければ事態は進展しないだろう。

 

俺はゆっくりと目を瞑ると、一呼吸で言葉を吐き出した。

 

 

「13×4=?」

 

「……かっ、掛け算だとー!?」

 

「……どうした?口喧嘩だぞ?言い返して来いよ」

 

「…………参りました」

 

 

「何、自慢げに帰ってきているのですか?」

 

「いやいや!!勝ったじゃん!!相手が言葉を返せなくなったら勝ちだろ?じゃあ、まごうことなき勝利です!!」

 

「あんなので勝って嬉しいのですか?」

 

「勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ」

 

戻って来た俺を出迎えたのは、勝利を讃える言葉ではなく、ジュリアスとの口喧嘩延長戦であった。隣のベルは苦笑いをしているだけで、俺を咎めるつもりはないらしい。

 

「アンタ、何回同じ手で負けるのよ」

 

「これでも足し算は勉強したんだぞー……」

 

「……27+8=?」

 

「……………………繰り上がりはちょっと待ってくれー」

 

「そんなので、よくあんなに自信満々に行けたわね……」

 

「どうして俺には指が20本しか無いんだー!」

 

「哲学的なこと言っても、アンタが馬鹿なのは変わらないからね?」

 

「えー、何とも言えない幕切れですが、最終戦へ移りましょう!残るは首位を走る『自然チーム』のレント様、そして怒涛の追い上げ『異文化チーム』のベルフェ様の対決です!!」

 

チーム内で分裂が起き始めていたところに、アンゼリカが司会として容赦なく進行をする。これ以上は、場外乱闘が勃発しかねなかったのでこの空気の読めなささはありがたくもあった。

そして、いよいよこの二人の口喧嘩の火蓋を落とされる。正直のところ、ベルもレントもその強さは未知数なのであった。俺が魔王を倒した後に、"魔界代表会"という名ばかりの争いをしたことがあったのだが、二人とは戦っていない。だから、純粋な戦闘力も精神の強さも分からないのだ。レントはゴラドやスーさんのように力を見せびらかさず、飄々としているし、ベルに至っては、まずまともにコミュニケーションが取れない。

 

前に出た二人は、互いを真っ向から直視している。二人は一見、人間と言われても信じてしまいそうになるくらい人型に近い。レントはエルフのような耳、ベルは悪魔らしい尻尾さえ見なければ区別は付かないだろう。そんな二人の勝負である。

しかし、ベルはあまり口が巧みではないのか、緊張しているのが見て取れる。相対するレントは、相も変わらずニヤニヤと普段の表情を崩してはいない。これだけ見れば、レントが有利そうだが、一体どんな勝負になるのかまだ予測はできない。

 

「おい、通訳なんだから仕事してくれよ?さすがに、口喧嘩で言葉分かんないと訳分からん」

 

「私とて職務を放棄するつもりは全くございません。実に不愉快ですが、仕事のため、そして無知の勇者のために精一杯尽力させてもらいます」

 

「……一々、トゲがあるんだよなぁ。はい、とか二文字で済む会話だろうが」

 

そんな会話を他所に、アンゼリカの開幕の掛け声が上がる。指を弾いたベルとレントは、先程の小部屋へ転移していた。

先に動いたのはレントの方であった。椅子を引き、自然に座る。そして、両肘をついて両手を重ね、その上に顎を乗せた。そこには戦う意思どころか、リラックスしているようにも見える。それから、立ったままであったベルに声を掛ける。

 

「座りなよ。俺はベルと争うつもりはないからさ。ただ、きちんと訊いておきたいことがあってね」

 

その言葉に訝しみつつ、ベルも椅子に腰掛ける。レントはそれを見届けてから、視線を僅かに逸らす。

向こうの部屋からこちらの会場を見ることはできない。それはさっき俺も行ったから、確実だ。それなのに、ベルから目を離したレントは鏡のこちらを見ているようだった。そして、あり得ない話ではあるが、俺と目線が合った瞬間ににやけていた口元を更に釣り上げた……ような気がした。

 

それからまたベルに視線を戻すと、レントは落ち着き払って口を開く。

 

「~~~、~~~~?」

 

「!?」

 

レントはこれまでずっと人間の言葉で話していたのだが、急に魔族語で話し始めた。これは別に、ベルに合わせている訳ではないだろう。以前、二人で雑談しているところを目撃したことがあるが、レントは人間の言葉で話していた。ベルも話せないだけであって、人間の言葉は理解することはできる。つまり、こいつはあえて魔族語が分からない相手に、会話の内容を聞かれないようにしているのだ。

その質問を聞いて、ベルは明らかな動揺を見せた。顔をこれ以上ないくらいに紅潮させ、二人しか居ないはずの部屋でキョロキョロと挙動不審になっている。

 

「何て言ったの?」

 

「…………」

 

「おい!仕事はするっつったろ!?まださっきの根に持ってるのか?」

 

「いえ……そういうつもりではなく……。これは…………ベルフェ様に許可を頂かないと通訳できません」

 

隣のジュリアスに説明を求めたが、断られる。上の相手にも堂々とした態度で話すのに、今はやけに歯切れが悪い。ジュリアスだけでなく、会場中、そして司会のアンゼリカまでもがざわついていた。ミュゼの方を覗うと、目が合い、深いため息を吐かれた。

そんなベルに追い打ちをするように、レントが言葉を続ける。

 

「~~~~~~。~~~~」

 

「~~……~~~…………」

 

言葉は分からなくとも、かなりベルがしどろもどろな受け答えをしているのが分かる。羞恥心が形となって顔に表れていた。それを確認したレントは、鼻を鳴らして意地の悪そうな笑みを浮かべる。そしてまた、俺を一瞥するとベルへ言う。

 

「~~~~~、~~~~~~~~~、~~~~~~~~~。~~~~~~?~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~。~~~~~~~~」

 

長いこと何かをレントが喋っていたと思ったら、信じられないことが起こった。ベルが両手で机を強く叩きながら立ち上がったのだ。ベルが物に当たること自体珍しく、ここまで怒りの感情を露わにするのは初めて目にした。そして、レントに負けじと普段の彼女からは想像もつかないような早口で言い返した。

 

「~~~~~~~!!~~~~~~~、~~~~~~~~~~~、~~~~~~~!!~~~~~~?~~~~~、~~~~、~~~~~~~~~~~?~~~~~~~~~!~~~~~。~~~~~、~~~~~~~~~~~~!!!」

 

言い放った彼女は、肩で息をするくらい熱が入っていたようだ。何かベルの心を大きく揺るがす言葉を聞いたのだろう。理解できない俺でも、ベルの意志の強さを身に染みて感じたからだ。

反論らしきベルの言い分を、レントは黙ったまま目を瞑って聞いていたが、突然大声で笑い出した。

 

「その言葉が聞けて満足だよ。参った、参った。参りました」

 

「??」

 

ポカンとした表情をしたベルを放置して彼は敗北宣言をする。そのまま立ち上がると、ベルに背を向けて右手を挙げる。

 

「ベルの気持ちは十分分かった。本人がどう思ってるかは知らないけど。……あー、あとこれ、魔界中の皆が見てたってこと、忘れてないよね?」

 

「…………!!?」

 

それまで、眉間に皺を寄せて怒った表情を見せていたベルが、ボッと破裂したかのように沸騰する。耳まで真っ赤にし、そのまま崩れ落ちて、鏡の見えている範囲からフェードアウトする。見えていないが、レントの肩越しの視線で机の下に潜り込んでしまっているようだった。

 

「ほら、ベルが魔法使ってくれないと戻れないからさ?」

 

「……~~~」

 

 

「ベルフェ様は『……皆の顔が見られない』と仰っています。……察してください」

 

俺もそこまで朴念仁ではない。ベルの好意も、ある程度は分かっているつもりだ。その手のことを、レントは誘発させたのだろう。……それも生中継で。戻って来られないベルの気持ちは、十二分に理解できる。ここに居る俺でさえ、居心地の悪さを感じるほどだ。観客からの鋭い視線も痛い。

俺が言うのもアレだが、それを言わせたレントは相当性格が捻じ曲がっているに違いない。試合に負けて勝負に勝った、というところか。

 

 

それから、ベルとレントが会場に戻って来たのは僅か20分後であった。

 

 

「ベルフェ様はそいつに惑わされてるだけです!!」

 

「勇者、すぐに首を吊れ!!」

 

「……勇者絶滅しろ」

 

「おい、誰だ?今、『絶滅しろ』って言った奴?お前――って、さっきの奴じゃねーか!!もう許さんから――うおっ!!?」

 

二人が会場に帰って来てから、ベルのファンは俺への怒りをより一層爆発させていた。現に今も、俺へ向けての暴言はまだましな方で、石やゴミが投げつけられている。そのため、ブースから離れてベルとジュリアスの二人に迷惑が掛からないようにしなければならなくなっていた。当のベルは、戻って来てから一度も俺と目を合わせてくれてはいない。

アンゼリカは、暴徒化した観客を抑えようと声を飛ばし続けているが、その耳には届いていないようである。

 

その時、会場が大きく揺れたかと思えば、セットを突き破って無数のツタが飛び出てくる。皆、それに驚き、各々の動きを止める。これだけの植物を操れるのは、この会場に一人しか居ないはずだが、それにしたって異常な数であった。その正体は二つ向こうのブースにある。

 

「「ちょっと静かにしてくれないか」」

 

その声はハモって聞こえるどころか、声質まで一緒だった。その理由は、そこにレントが"二人"居たからだ。正確にはレント本人と、レントの姿をしたスーさんであろう。スライム系の中には姿を変身できるくらい力の強い者も何人か居るらしいが、スーさんは真似した相手の能力すらもコピーできるのだ。そのため、間近でじっくり見たって、魔力を感知したとしても区別が付かないのだ。

 

「あ、ありがとうございます。レント様、スラー様」

 

「そんなことより、これを見てよ」

 

片方がアンゼリカに対応しながらまた魔法を使う。どちらが言ったのかは、まだ分からないが。また地面を貫いて出てきたツタは、何かを包み込んでいる。それは、大きな時計だった。時計の針は23時58分を指している。

 

「毎年毎年、賑やかしくやっている間に年を越してしまうからな。今年くらいは、しっかりとカウントダウンでもしようじゃないか」

 

喋り方で分かったが、こちらがスーさんだ。というか、いつの間に復活していたのだろう。レントも腕を組んで、うんうんと頷いている。

 

「そうですね。楽しいとつい時間を忘れてしまいますから。20回という節目の本日は、しっかりと決めましょう!それでは、残り10秒からカウントダウンを始めます!会場の皆様も、鏡の前の皆様も一緒にお願いします!!」

 

普段はバラバラのくせに、こういった記念や行事の時には異様な統率を見せる。俺もそんな一人だから馬鹿にはできないのだが。

言われた通り、10秒前からカウントダウンが始まり、2秒で一呼吸おいて皆が一斉に声を上げる。

 

 

「「「明けましておめでとう!!!」」」

 

 

その声と共に、辺りへ巡らされていたツタが料理や酒を運んでくる。

 

「スポンサーではないが、レントから皆にお裾分けだそうだ。ありがたく味わうといい」

 

「あたかも自分の手柄みたいに言わないでくれる?……まあ、そういう訳だから無礼講で楽しんでいってよ」

 

スーさんとレントの言葉を聞いて会場中の魔族たちが歓声を上げた。今日ばかりは、種族間のわだかまりも無く、盛り上がってほしいという粋な計らいなのだろう。性格は捻じ曲がっているクソ野郎だが、だから嫌いになれないのだ。

 

「うおおおー!ご馳走だー!!」

 

現れた食べ物を前にゴラドが突っ込んでいく。前に誰が居ようとお構いなしに、突き進むので若干パニックになっているが、本人はもう料理しか目に入っていないらしく、気が付いていないようだ。

 

「ミュゼ!まさか魔界で会えるとはな!!」

 

「アンタも来てたの」

 

ロザがステージへ上がって来て、ミュゼの元へ駆け寄る。ミュゼは今、彼女の存在に気付いた様子で、驚きつつも嬉しそうな表情をしていた。

そんな二人を見守っていると、急に誰かに肩を組まれた。勢いでふらつきながら横を見ると、俺と全く同じ顔がそこにあった。

 

「びっくりさせんなよ」

 

「スライムの姿でやらなかっただけましだと思ってくれ。私たちも飲み明かそうぞ!本日の主役二人だからな!」

 

言葉の意味を考えるよりも先に、目の前に二人の魔族が現れる。レントと腕を引っ張られて連行されてきたベルだ。レントは普段通りの笑顔をしているが、今はとても腹黒く感じる。一方のベルはまだ顔を合わせてくれないが、一緒に行動すること自体はまんざらでもないらしい。

 

「……ったく、ちゃんと旨いもん揃えてあんだろうな?」

 

「俺が用意したんだから当然でしょ!」

 

俺は小さく笑みを浮かべると、他の三人を連れて既に大騒ぎのパーティー会場へ下りて行った。

 

 

「魔族の行方不明?」

 

大分時間が経ち、会場の魔族の数もかなり減っていた。何人かは床で酔い潰れている。もうすぐ太陽――魔界だから人口太陽か――が起動する頃だった。唐突にレントがそんな話題を出してきたのだった。

 

「そう。魔王が倒されて、魔族が人間界に沢山行ったと思うんだけどね、結構な数が行方不明になっているんだよ」

 

「亡命したってこと?」

 

ミュゼが横から会話に参加してくる。一緒に行動していたロザもまだ残っていた。

 

「魔界と人間界は自由に行き来できるようになっているから、亡命の必要そのものが意味無いんだよ」

 

「単純に人間界へ移住したということではないのか?」

 

「そっちに行った魔族とは、一応どんな形であれコンタクトは取れるようにしてあるんだよ。それの数が、減ってるんだ」

 

「……前に魔族を狙った殺人とかあったから、そのせいかもな」

 

俺は三か月ほど前のことを思い出しながら、渋い顔をする。しかし、レントは首を横に振った。

 

「その件はこっちでも把握してるよ。けど、それを考慮しても数が合わない」

 

「何だ、そっちもだったのか。スライム系……いや、水属性の魔族も同じように人間界で消息を絶っているのが多い」

 

スーさんも、若干酔っぱらいながらそれに同意した。俺がベルの方を見ると、彼女もこくこくと頷いている。酒の力もあって、何時間かしたらやっと俺とも目を合わせてくれるようになっていた。ゴラドにも尋ねたかったが、床に転がっている一人だったのでどうしようもない。

 

「……まあ、その分だと火属性の魔族もそうだろうな。それにしても、行方不明かぁ」

 

 

「もしくは"誘拐"……とか?」

 

 

レントのその単語に、ぴくっと身体を震わせる。咄嗟に頭に思い浮かんだのが、ミュゼだったからだ。……そして、トビ。

あいつの方を見ると、向こうも反応していたのか、下を向いて何か考え込んでいるようだった。

 

「ごめんごめん。何かしんみりしちゃったね。さあ、飲みなおそうか!」

 

 

(魔族の行方不明にミュゼの誘拐予告……繋がってなけりゃいいんだけどな)

 

深く考え込もうとしていた頭を、ふるふると振る。今は考えていたって仕方が無い。対策を練ろうにもどうしようもないからだ。今日はレントの言う通り、楽しまなければ損ってものだ。

 

 

そう自分に言い聞かせて、グラスに三分の一近く残っていた酒を飲み干した。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

いよいよ2年目開始です。その最初が年末というのが何ともおかしな話ではありますが、魔王を倒した日を基準に1年目という節目を決めていたのでこうなってしまいました。

さて14話ですが、ギャグ回として書きました。魔族四天王の自己紹介も兼ねているのですが。これでより深くキャラが掘り下げられていればいいなと思う限りです。そして、久々(?)にゼードのみの視点で描いていました。そして今回のヒロインはベルフェってな感じでしたかね。そもそも本作のヒロインはミュゼなのか、という疑問もありますが。

今回をギャグとして書いたのは、次回から『王城激震編』が始まるためでもあります。そうなると専らシリアス、戦闘回になってしまうので、2年目の最初くらいは、という思いで書きました。

本当は1年目の修正作業が終わってから投稿するつもりでしたが、あまりにも5話で詰まり過ぎて目途が立たなかったため、こっちを先にしました。……2年目も修正作業も頑張ります。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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