勇者と魔娘の3年間   作:碓氷 修夜

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☆登場人物
ゼード…ピース依頼事務所の所長。過去に勇者として魔王を倒した経験あり。

ミュゼ…魔族の娘。今はピース依頼事務所に住み込みで働いている。


case:15   分断の大穴

カランカランカラン!!

 

 

手持ちのベルが目の前で振られ、大きな音を立てる。一瞬、何のことだかさっぱりで、ポカンとしていたけれど、店主のおじさんが周囲に伝えるかのようによく通る声を出す。

 

その声の聞いた往来の人々が、立ち止まってこちらを見たり、笑顔で拍手をしてくれたりしている。

 

 

そして、私はおじさんから二枚の紙切れを貰った――。

 

 

「モンベリアン日帰りペアチケット?」

 

「そう。町内会の福引で当たったの。二等賞だったかしら?」

 

事務所に戻った私は、買ってきた荷物をキッチンの床に置きながら言う。ゼードは先に渡しておいたチケットをまじまじと眺めていた。

 

「ま、町内会の予算じゃこんなもんか」

 

「どこなの、モンベリアンって?」

 

「エンゲの少し行ったとこ」

 

「すぐそこじゃない」

 

「だから言ったじゃん。こんなもんか、って。……つーか、お前らが襲った町の一つだろうが」

 

「そうなの?……私は侵攻計画にはあんまりかかわってないから詳しくないのよ。細かく知りたかったら、パ――魔王や魔族四天王に訊きなさいな」

 

ナチュラルに言い直したつもりだったが、それに反応してゼードはこちらをくるりと向く。それも、異様なまでに目を輝かせている。

 

「わざわざ気を使わなくていいんだぞ?言いやすいように、魔王のこと"パパ"って呼んでても」

 

「……うっさいわね。それに、そうやって呼んでたら私の素性がバレるでしょ?」

 

「それもそうか。…………で、お前は何してんの?」

 

「何って、旅行の準備よ」

 

「え?お前これ行くの?」

 

「え?行かないの?」

 

ゼードはてっきり、こういうことにはすぐに飛びつくのだと思っていたのだけど、本人はあまり乗り気ではなかったらしい。チケットをテーブルに置いて、背もたれに寄り掛かる。

 

「モンベリアンって言うほど何も無いぞ?お前らが襲ったのが不思議なくらい。あるとすれば……温泉くらい?」

 

「いいじゃない、温泉」

 

そう言うと、ゼードは目に見えてつまらなそうな顔をしてこちらを見る。

……正確には、私の顔より少し下を見ながら。

 

「……ラッキーイベントも無さそうだし」

 

「どこ見て言った、おい?目線上げなさい」

 

「まぁ、たまにはのんびりするのもいいか」

 

「いっつも事務所でゴロゴロしてるじゃない。あ、あと向こうに着いたらガイドが付くらしいわよ」

 

急にゼードが難しい顔をする。しかし、すぐに自己解決したのか、納得したように声を漏らす。

 

「あー、ってことは"大陸の大穴"でも近付けんのかね」

 

「何、その大穴ってのは?」

 

「んー、ただの巨大な穴だよ。底が見えないくらい深いから、底無しとかって言われてるんだけどな。危ないから、普段は近付けないようになってんの。つっても、本当にただの穴だから見たって何も面白くなさそうだけど」

 

ふーんと、とりあえずの反応だけ返す。底無しの穴ね……。もし、かなり深かったら地底の魔界にまで続いているのかしら。

 

「行くんなら準備しなさいな。期日は明日だから」

 

「明日!?おいおいおい。期限間近なのを無理やり押し付けやがったな」

 

「良かったわね、暇な私たちで」

 

「……まぁね」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「どうもです!あたしがガイドのハンです。よろしくお願いしますよー!」

 

汽車から降りてすぐに出迎えてくれたのは、コートで着ぶくれした元気の良い女だった。ゼードは若干気圧されたのか、「お、おう……」と小声で呟いている。私は汽車の中で存分にお弁当を食べていて満足していたので、多少のことではこの幸福感を邪魔できはしなかった。

それにしても、町内会の景品であったのに、汽車で個室が用意されていたのには驚いた。前回使ったときは、グドに気を使ってわざわざゼードが高い料金で取ったらしいけど、今回も優雅な時間を過ごせるとは思ってもみなかった。しかし、今回は汽車で四時間程度だったために、そこまで長く満喫できた気はあまりしない。

 

「本当は余すとこなく観光させてあげたいんだけどねー。日帰りでしょ?あんまり回れないなぁ。どっか行きたい所とかある?善処するよ。あ、でも大陸の大穴は行くからね。じゃないと、あたしの存在意義が無くなるから」

 

どういう意味なのか分からずに小首を傾げていると、隣のゼードが代わりに説明してくれた。

 

「大陸の大穴は、文字通り大きな落とし穴なようなもんだからな。普段は誤って落ちないよう、近付けないようになってるんだ。だから、今回は観光で行ってもいいようにガイドが付いてるんだろ?な?」

 

そうハンへ促すと、にっこり笑顔で頷いた。

 

「はい、その通りです。詳しいですねー。お兄さん、前に来たことあるの?」

 

「いや、初めてだけど噂くらいはな」

 

そう言いながら、ゼードは地面にリュックを置く。そして、凝り固まった肩を解すかのようにぐるぐると回していた。けれども、今日は日帰りの旅行なので荷物はさほど多くない。着替えや調理器具が無いだけ、かなり軽いはずだ。

以前、ウェデントへ向かった際のゼードのリュックは容量オーバーでパツンパツンになっていたけれど、今はぺちゃんこに潰れていた。そんなに少ないから、別のバッグを勧めたのだけれど、どうやら手荷物を入れる物はこれ一つしか持っていないのだそうだ。

 

私はちゃんと容量に見合った、小さめなバッグを持って来ている。中身は化粧ポーチ、サングラスをしまう眼鏡ケースやらタオルが入っていた。化粧なんてものは、興味なんて全く無かったけれど、ロザに色々と吹き込まれて、最低限の物は持ち歩くようになっていた。と言っても、リップやコンシーラーくらいしか入れていないけれど。

 

「今日、そんな寒いか?」

 

異常なまでに厚着をしているハンにゼードが問い掛ける。ハンは苦笑いしながら、腰に手を当てた。

 

「あたし、寒がりだからさ!」

 

「汗かいてんじゃん」

 

「寒がりでもあり、暑がりでもあるからね。体温調整がしやすいように、普段からちょっと多めに着込んでるのさ。それより、どこ行きたい?」

 

大袈裟にハンは首元を扇ぎながら、私たちに質問する。ゼードは何も答えるつもりはないようで、汽車の中で鈍った身体を伸ばしていた。

 

「じゃあ私、温泉行きたい!」

 

「つーことだから、どっか良さげな旅館でもある?めっちゃ遠い秘湯とかは勘弁してくれよ」

 

「そう言うと思って、良い温泉手配してますよー。勿論、近場のやつね」

 

「そりゃありがたい。ってか、温泉しかねーもんな」

 

「いやいや、意外と隠れた名物もあるよ。串焼きとか、饅頭とか」

 

「ほー、そりゃいかにもミュゼ好みなラインナップで」

 

「……勝手に私を食いしん坊キャラにしないでくれる?」

 

「汽車ん中で弁当三つ食らい尽くしたのは、どこのどいつだっけ?」

 

私の名誉のために弁解させてもらうと、"ちょびっとだけ"他人より食欲があるだけだ。食に興味があるだけなのだ。だから決して、大食いなどではない。断じて。

 

「あとは、水のオブジェとかですかね?」

 

「水のオブジェ?」

 

それはゼードも初耳だったようで、顔を上げて反応を見せる。

 

「魔王軍が占領した証にでもと設置していったんでしょう。それで、撤去するのも費用が無駄に掛かるんで、今は観光名所として放置してるって訳です」

 

確か最西端の町、ウェデントにも火のオブジェが置いてあった記憶がある。あの時は霧がかかっていてよく見えなかったけれど、今ならしっかり見られるはずだ。しかし、ゼードは全く興味をそそられなかったのか、きっぱりとそれを断る。

 

「時間もそんなに無いんだろ?だったら、温泉でのんびりしてーなー」

 

「はい!…………お兄さん、お兄さん?」

 

ハンはこちらを一瞥すると、ゼードに近寄り小声で話し始めた。しかし、その声は私にもしっかりと聞こえる大きさだった。あえてわざと、聞こえるように喋っているのだろう。

 

「ご用意したのは、なんと混浴ですよ。これはもう獣化待ったなしだね!!」

 

「アレに欲情なんてする訳ねーだろ。お前も入ってくれれば――あ、やっぱいいや」

 

「……どこ見てんだ?お客と言えど、セクハラで訴えるぞ」

 

ハンの胸は、私が言うのもなんだけど、大変小ぶりであった。収穫の際には、間違いなく一瞬で商品にならずにはじかれてしまうでしょう。それくらい小さいものだった。

 

「あたしはミュゼよりは遥かに大きいでしょ!?」

 

「待って。それは聞き逃せないわ。絶壁とは一括りにしないでほしいわ」

 

「煩い、ストーンヘンジ。胸がすとーんなだけに」

 

「上手くないからね?胸も無いのに脳みそも無いの?」

 

「あー、クレインには悪いけど、ロザみたいな胸の大きい娘と入りたかったなー」

 

いがみ合っていた二人が、その言葉を皮切りに一斉に矛先をゼードへ向ける。ギラリとした四つの眼光が、その背中を射抜かんばかりに突き刺さる。

 

「そもそもの原因はアンタだからね?」

 

「お兄さんは全国の悩める女子を敵に回してんだよ?」

 

「んな、どんぐりの背比べしててもしょうがねーだろ?ほら、温泉早く行こうぜ」

 

その言葉に、二人は顔を見合わせる。そして、軽く頷くと、ゼードの背後に迫り寄った。そのまま、力の限り握り締めた拳を肩甲骨の下辺りに叩き込んだ。二人の攻撃を両足だけでは支えきれなかったゼードは、そのままの体勢のまま前方に吹っ飛び、自由解放されている足湯に頭を突っ込む形で漸く止まった。

その様子を見て、さっきまで喧嘩腰だった二人はガッチリと握手を交わした。

一方のゼードは、溺死寸前で頭を水面から上げ、ゲホゲホと咳込んでいた。

 

「……まさに"双璧"をなす、だな」

 

 

それからまた、二人でゼードの頭を踏みつけ、足湯に沈めたのは自明の理であった。

 

 

「あー……羽休めに来たはずが、何か生傷が増えている気がしてならん」

 

先に温泉へ入っていた俺は、肩までお湯に浸かっていた。露天風呂が混浴になっているらしく、是非そちらへ行ってほしいとのことだった。やましい気持ちなど端から無かったため行かなくてもよかったのが、この風呂から海の見える絶景というだけで、訪れたかいがあったというものだ。

 

ハンの話だと、この温泉には神経痛、関節痛、筋肉痛、切り傷や火傷の効能があるらしい。飲泉――温泉を飲めば違った効能もあるらしいが、誰が入ったか分からない温泉を飲むというのも中々勇気がいる。うちみにも効くらしいので、さっき殴られた痛みが少しでも引いてくれると嬉しいのだが。

 

「……ゼード?もう入ってるの?」

 

「ああ、居るよ。早く来いって」

 

外に繋がる扉を開けて、ミュゼが入って来た。胸から下をタオルで隠し、転ばないように気を付けてこちらまでやってくる。俺も下半身にはタオルを巻いている。タオルを湯船に浸けるのはマナー違反かもしれないが、この旅館では着用が義務付けられていた。一応、観光街ということもあって、普段混浴に慣れていない人でも親しみやすいように工夫しているのだろう。

俺とて、ミュゼの貧相な胸など見ても気が滅入るだけであった。

 

「……今、とても失礼なこと考えてなかった?」

 

「全然?」

 

こいつはたまに読心術を心得ているのかと勘違いするくらい、勘が良い。

ミュゼは温度を確かめるように片足をお湯へ浸けてから、ゆっくりと身体を落ち着かせる。

 

「ふぁー……あったかいー……」

 

「……お前さ、髪上げたりしないの?」

 

「何が?」

 

俺も小耳に挟んだ程度だから詳しくはないが、女子ってのは湯船に髪が浸らないように髪を上げて風呂に入るらしい。しかし、こいつの長い銀髪は、まるでクラゲのように水面へ広がっている。髪質が悪いのも当然であろう。

 

「どうせ髪洗うんだし、濡れても問題ないじゃない」

 

「うん……お前のそういうおざなりな所、嫌いじゃねーわ」

 

俺は縁の岩に両腕を掛け、天を仰ぐ。露天風呂だからできる醍醐味の一つでもある。しかも、今日は晴天であるため雲一つ無い空が拝めていた。夕刻になりかけの、橙色でも青色でもない、中間くらいのグラデーションが、これまた綺麗だった。ミュゼも事務所より遥かに広い浴槽を堪能しているようで、しっかりと足を伸ばせるのが嬉しくてたまらなそうだった。

 

互いがそれぞれ満喫していたものの、ずっと無言という訳にもいかなかった。初対面ならまだしも、ミュゼなら尚更だ。

 

「……よくよく考えてみれば、一緒に暮らしてるくせに、あんま腹を割って話したことなかったよな」

 

「どうしたの、突然?」

 

「いやさ、お前も指示とは言え、半強制的に人間界へ来た訳じゃん?そこんとこ、どうなのかなって……?」

 

「アンタにしちゃ随分と歯切れの悪い質問ね。私は別に何とも思ってないわよ?むしろ、ハインツにとやかく言われないだけこっちの方がましね」

 

「本当に?」

 

しつこく訊いている俺に疑問を持ったのか、ミュゼが額に皺を寄せる。

 

「……何をそんなに疑ってるか分からないけれど、これは本当よ。向こうじゃ、そんなに交友なんかもなかったしね」

 

「そっか……。いや、俺だったら結構堪えるなー、って。何回か行ったけど、魔界には住めないなぁって感じたし」

 

「それは、勇者として周りから見られてるからじゃないの?」

 

「それ言ったら、隠してるとはいえ、お前だって魔王の娘だぞ?……あっちはなんつーか、俺の居場所じゃないって感じがするんだよ」

 

「は?何それ」

 

自身でさえ何を言っているのか訳分からなくなり、温泉のお湯を手で掬い、顔に掛けるようにして洗う。そのまま、ポタポタと顎から滴が垂れるのを肌で感じながら、大きなため息を吐いた。

 

「俺にも分かんねー。ただ、ミュゼもそういうの思ってたら、こっちに居るの辛いのかなぁ、って……」

 

「邪魔だってこと?」

 

「誰もそんなこと言ってねぇだろうが。ただ、お前が後悔してんなら、俺も考え直さなくちゃいけねーかなってさ」

 

滴が完全に流れ落ちていなかったため、目を瞑っていた俺は周りの様子が見えていなかった。しかし、確実にミュゼが黙り込んでしまったのを気配で感じる。

そして、目を開けようと瞬間にお湯が掛けられた。

 

「わぶぅ!?おまっ……何すんだ!」

 

顔を拭いながらミュゼを睨み付けると、目を閉じて口をキュッと締めていた。暫くの間、黙ったままだったが、ゆっくりと目を開け、俺に向き直って笑い掛ける。

 

「私は私の意志でここに居るの。アンタが気にすることはないわ。それに私……適応力はある方だしね!」

 

そう言い放って、勢い良く立ち上がった。

 

 

――巻いていたタオルを湯船に落として。

 

「…………」

 

「………………」

 

ミュゼが悲鳴でも上げてくれていたら、何とか取り繕うことができたのだが、あまりにも突然のことに素っ裸のまま茫然としてしまっていた。かなり気まずい。ここは俺が何かしら喋って、誤魔化さなくてはならないようだ。

そして、咄嗟に俺が口にしたのは――――。

 

 

「……きっ、綺麗な板ですね」

 

 

言わずもがな、鉄拳を右頬に叩き込まれ、俺も生まれたままの姿できりもみ回転しながら、天然石の床に落下した。

 

 

「――準備――良好――。今、――は温泉に――――――頃で――――。これで、――――はある程度――――う。これ――、目的地――――います。そこにあたし――――置いてあり――――ので、――――。そろそろ、――――が上がって――――――一旦切り――」

 

 

「あー、良いお湯だったー」

 

私は肩に掛けたタオルで、半乾きだった髪を拭いながら外へ出る。入口の傍には、ガイドのハンが壁に背中を預けながら立っていた。私を見つけると、すぐさま近寄って来て声を掛けてくる。

 

「お待ちしておりましたー。どうだった?」

 

「ええ、とっても気持ち良かったわ。お湯加減もちょうどよかったし」

 

「気に入ってもらえたならありがたいです。あれ、お兄さんは?」

 

ハンは私の半歩横にずれると、旅館の中を覗いた。私も肩越しに後ろを見ると、顔をさすりながらゼードが歩いて来ていた。

 

「あ、お兄さんもどうでし――どうしたの、その頬?」

 

ハンはゼードの真っ赤に腫れた頬を不思議そうに眺めながら質問する。ゼードは涙目になりながら、ブーツを履いている。

 

「え?アレだよ。……風呂場でこけたの」

 

「お兄さん、意外とどんくさいねー。どうだった?貸し切りで混浴なんて、やることやっちゃいましたか?」

 

「するか!うちの事務所下ネタ禁止だから、ミュゼに変なこと吹き込むなよ」

 

「まあまあ、ちょっとしたジョークですよ。じゃあ、そろそろ今日のメインイベント!大陸の大穴へ向かいましょう!!」

 

「つっても、ただの穴だろ?場所も知ってるから、さっさと行こうぜ」

 

ゼードは痛みを気にしているのがバレたくないのか、二人をスルーしてさっさか歩いて行ってしまう。まだ、手で押さえているくらいだから相当痛かったらしい。私も手加減無しで殴ってしまったことは反省しているけれど、あいつもあいつでもっと気の利いた台詞が言えたはずだろう。

……まぁ、全面的に悪いのは私なのだけど。

 

「あ、そりゃそうなんだけど!ガイドの私が居ないと入れない――」

 

「待って」

 

先へ進んだゼードを追いかけようとしたハンを、反射的に呼び止める。急に呼ばれて驚いたのか、よろめきながらこちらを振り返る。

 

「どうかしました?」

 

「……さっき、私が出てくる直前までアンタ、誰かと話してなかった?」

 

私がそう質問をした瞬間、その場の雰囲気が変わった。正確には、ハンから発せられる"気"が変化したのだ。彼女は黙って下を向いている。そして、そのままの状態で口を開いた。

 

「…………どこまで聞いてた?」

 

「え……?いや、話し声が聞こえただけで、内容までは聞いてなかったけど……」

 

若干圧されながらそう答えると、さっきまでの状態が幻覚だったみたいに、彼女が顔を上げて、ぱあっと笑顔になる。

 

「すみません。彼氏と電話してたんですよー。一応仕事中だから、誰にも言わないで?」

 

「え、ええ。いいけど……」

 

「ごめんね。じゃあ、私たちも行きましょう!」

 

ハンはそう言い残すと、小さくなりつつあるゼードの背中を追いかけていった。さっきの彼女は一体何だったのかしら。確実に一般人の出すような"気"ではなかった。しかし、感じたのは一瞬だったから、もしかしたら私の勘違いかもしれない。

 

……今は難しいことを考えていても仕方ない。私はその大穴の場所を知らないから、置いて行かれてしまったら合流することが不可能だ。だから私も、二人の後を走って続くのだった。

 

 

大陸の大穴へ続く道は、なだらかな山道になっていた。山道と言っても、緑は何も無く、岩肌だけがこちらに姿を見せている。ガイドが居ないとここを訪れることもできないため、さっきまでの賑やかだった観光街と比べると、ここは無人の岩山であった。正確には、俺たち三人だけ。

モンベリアン自体、あまり観光名所が少ない上に、訪れる人は大体が温泉目当てなので、わざわざ大陸の大穴を見に来る人の方が稀なのだろう。名前が付けられているものの、実際はただの穴で面白みも何もない。それに、今回はミュゼが福引で当てたから無料だったが、ガイドを雇うのにもそれなりに金が掛かる。そんな金を払ってまで、危険でつまらない場所になんて来たくもない。

一応、日帰り旅行のコースに指定されていて、ハンの仕事の意味が無くなってしまうから来ているが、本当だったら温泉から上がってそのまま汽車に乗り込みたい気分であった。

 

道の途中に、鎖が一本引かれているだけの簡易なバリケードが設置してあった。真ん中には、『立入禁止』と書かれた看板も置かれている。ハンはそれを、全く意に介さず鎖を外した。

 

「さあ、入ってください。また、閉めとかないと他の人が入って来て怒られちゃうんで」

 

言われるがまま、俺たちは鎖の内側へ進入した。俺たちが入り込むと、ハンは鎖を閉め直す。

 

「行きましょう!すぐそこなんで」

 

「……何か凄い嫌な感じがするな」

 

「多分、穴から強力な魔力が放出されてるのよ」

 

隣を歩いていたミュゼが、感知でもしているのか、自信ありげに答えた。それに続いてハンも雑学を披露する。

 

「そうですよ。たかが大穴と思われがちだけど、そこから大量に魔力が噴き出てるの。だから、知る人ぞ知る、パワースポットのようなものなんだよ」

 

魔力について全く無知な俺でも、何か感じ取れるくらい強力なものなのだろう。心なしか空気中もピリピリと神聖なオーラを纏っている気がする。根拠は何も無いが。

 

少し歩くと、拓けた空間へ出た。それ以上先へは進めない。というより、ここが終着点だったからだ。目の前には、直径60メートルはあろうか、巨大な大穴が口を開けていた。その中身は、底が見えないどころか、数メートル下も覗くことができなかった。見ていると吸い込まれそうになり、平衡感覚さえも狂わせてしまうほどである。この漆黒は延々と続いていそうな気もした。

 

「あまり近付かないでくださいね。何かあったら責任問題になっちゃうんで。時折、自殺のために飛び下りる人も居るくらいですから」

 

ハンはガイドのくせにあまり近寄りたくないのか、離れた壁の傍に立っている。志願者でなくとも、ずっとこの深淵を覗いていれば、いつの間にか飛び込んでいてもおかしくはない。それくらいの、強い何かを感じる。これが魔力というものなのだろうか。改めて、魔力の凄さ、そして恐ろしさを味わったような気分だった。

一緒に居たミュゼは、穴の中をじっと見つめ、何か思い耽っているようだった。それはまるで、懐かしいものを見つめるような目つき。しかし、それはあり得ない。ミュゼが人間界へ来たのは、俺が魔王を倒して連れてきたのが初めてだったはずだからだ。

 

「……俺はもういいや。これ以上ここに居ると、何かしらの変な気に当てられそうだわ。お前はまだ見てるか?」

 

俺の問い掛けに、少し遅れてミュゼが反応する。

 

「…………いいえ。私ももう満足よ。ここへ来られて良かったわ」

 

「そうかぁ?俺には分からんけど、魔力の供給とかできたん?」

 

「まぁ……そんなところね」

 

俺たちは大陸の大穴から離れ、ハンの方へ歩いていく。二人が近付くと、ハンも背伸びをしながら迎える。

 

「もういいんですか?中々来られないよ」

 

「いーや、もう十分。満足っす。早く立ち去らないと、俺が飛び込まない自信も無いしな」

 

「そりゃ困りますね。じゃあ行こっか」

 

そう言いつつも、ハンは左腕を天に伸ばしたまま動こうとしない。これは、俺たちが先に行けということなのだろか。管理のために、後始末か何かしらすることがあるのだろう。俺も覗き込んでいて、凝り固まった首をこきこきと鳴らしながら、来た道を引き返す。ミュゼも俺の斜め後ろからついてくる。

 

 

その瞬間、後方から強烈な殺気を感じ、振り返りながら大声を出す。

 

「ミュゼ!後ろだ!!」

 

ミュゼも声に反応して咄嗟に振り向いたが、一撃を受けて身体をくの字に折り曲げた。いつの間にか、ハンが3メートルほどの長さの槍を手にしていて、ミュゼを突いていた。尖った槍穂ではなく、反対にある柄の下部分の石突きで突いたため、貫かれずに済んだようだ。だが、打撃のダメージも大きく、みぞおちに入ったのか気絶をしてしまっている。そのまま地面に倒れ伏してしまうところだったが、ハンが上手く槍を操り、ミュゼを物干し竿に干すように引っ掛ける。

 

勿論、俺も黙って見ていた訳ではない。ミュゼよりも先に気付いた俺が、庇おうと一歩踏み出そうとした時、寸前で自衛へと移ったのだ。近くの高い岩の上から、大男が刀を振り下ろしてきていたからだ。鞘から抜いていなかったため、斬られる心配は無かったが、それでも十分の打撃技になる。反射的に取り出したナイフで、上手く受け流したつもりだったが、それでも衝撃で腕がじんじんしている。

 

「暑っちー……脱いでいいですか?」

 

「ああ。もう構わない」

 

ハンが大男に尋ね、コートを投げるように脱ぎ捨てる。その下から現れたのは、大男と一緒の丈の長い深緑色のコートだった。コートの上にコートを着ていたのだから、暑いのは当然だろう。

 

「何だお前ら?ペアルックなんかして。恋人?」

 

「違う違う!何度か新人が行ってるから、知ってるでしょ?」

 

「新人?」

 

「トビの野郎だよ!」

 

「……っつーと、ハクジュンの連中か。んで、ミュゼを攫いに来たってことか」

 

疑問を一つ一つ紐解いていっていると、大男がハンに説明をする。

 

「トビは制服を着ないからな。知らないのも無理ないだろう」

 

それを聞いたハンは、渋い顔をしながら舌打ちをする。先程のガイドをしていた時とは、まるで人が変わってしまったようだ。

 

「あの野郎……。新人のくせに舐めてんな」

 

「そっちで勝手に話を進めんな。誘拐にお前らが来たってことでいいんだよな。それにしちゃあ、トビの気配がしねーみたいだけど?」

 

俺の疑問に大男がこちらに身体を向け直し、後ろ手でに組んで、待ての姿勢を取る。

 

「トビは気配が察知されてしまうだろうからと、今回の作戦は自粛した。正式に王から、この娘っ子を連れてくることを命令されたからな」

 

「あんのクソジジイか……。それにしても珍しいな。あいつのことだから、意地でも俺を殺しに来ると思ってたんだが」

 

「それはわんにん同意だ。あいつなりに何か考えでもあるのだろう」

 

「へー。嫌な予感しかしねーな。……で、お前は誰だよ?ナチュラルに会話に参加してきたけど、暗殺仕掛けてきたことは結構根に持ってるからな」

 

悪意たっぷりに皮肉を述べると、大男はピンと姿勢を正し、俺に向かってお辞儀をしてきた。形だけのものではなく、様になっているため、普段から礼儀には厳しいのだろう。そして、頭を戻すと、高らかに声を上げ、名乗り始めた。

 

「わんや、イツキと申す。これでもハクジュンの頭領を務めている。先程、不意打ちしたのは大変申し訳なく思っている。任務の遂行のため、致し方ないことだと諦めてくれ」

 

イツキと言った大男は、まるで極東の島国に居る"もののふ"と呼ばれる雰囲気を醸し出した男だった。頭を下げている時も、何もしていない今も、その動きに一切の無駄が無く、隙も無い。

 

「ハクジュンの頭領ってことは、トビの上司な訳だな。なら、あいつにバーカって伝えといてくれ」

 

「……貴様の遺言はそれで十分か?」

 

「は?」

 

「わんやこれからこの娘っ子を城まで連れて帰る。邪魔をしないならば、貴様には一切手を加えるつもりはない……だが、無論そのつもりはないのだろう?」

 

「そりゃ、『誘拐しまーす。はいどーぞ』なんて訳にはいかねーだろ。そんくらい考えろや」

 

イツキとの会話に飽き飽きしてきたのか、ミュゼを吊るしたままのハンが横やりを入れてくる。

 

「いつまで雑談してんですか。標的は手に入れたんでさっさと、このお兄さん殺して帰りましょうよ」

 

「ああ、そのつもりだ。だから、わんにん刀を使ったのだ」

 

そう告げると、腰に戻していた刀を鞘から抜刀すると、切っ先を俺にではなく空へ向ける。その姿勢が、特殊なのであった。まるで刀を頭の前で立てているような姿。70センチ以上の刀が、まるで天を貫こうとしているようだ。銀の刀身が夕陽を浴びて、薄気味悪く輝いている。

左拳が右頭上部に来て、右拳は高い所を掴むように伸ばし、肘すらも真っ直ぐにしていた。足は右足を大きく踏み出して、踵が浮く程度につま先立ちをしている。俺もそれほど詳しくはないが、こんな型をしている"もののふ"は初めて見た。あそこから振り下ろされる一刀は、とてつもない威力を含んでいることだろう。

 

しかし、それは刀対刀などの近接武器相手に限る。生憎と俺は、ナイフという飛び道具を持っている。佇まいこそ隙は無いが、投てき武器の前にはその姿勢を崩さなくてはならないだろう。そうすれば、いつしか隙が生まれるはずだ。ハンが加勢してくると話は別だが、そのつもりなど毛頭ないようで、完全に緊張を解いてしまっていた。

そう思考を巡らせながら、袖口のナイフに手を掛けた瞬間、イツキが口を開いた。

 

「わんぬ流派は『一撃必殺』の精神を尊んでいる。だが、任務によっては相手を殺すことは許されない。だからわんや、こう言い換えている」

 

一旦、イツキはそこで言葉を止めた。そして、一呼吸する。その言葉の続きを聞くつもりなど、さらさらなかったが、そこで俺の身体に異変が表れた。

 

突如として、俺の身体が前方へと引き寄せられたのだ。そのスピードは、10メートルはあった俺とイツキの距離を一瞬で詰める。何が起きたのか分からないのに加え、無理な体勢で引っ張られているので、袖口のナイフを掴むこともままならない。

 

無抵抗のまま、イツキの太い腕で掲げられていた太刀が俺の首元目掛けて振り下ろされる――――。

 

 

「『一撃必当』と――」

 

 

痛みと共に世界がスローモーションになって、ぐるぐると回る。俺の身体から流れ出た鮮血が、陽に当たってキラキラと光る。しかし、それは綺麗なんてものではない。噴き出した妙に鮮明な血液が、視界を覆い尽くしてしまったからだ。

 

 

そして、その衝撃で弾き飛ばされた俺は、大陸の大穴へと飲み込まれていった――――――。

 

 

「ホールインワンですね」

 

「どちらかと言えば、チップインだろう」

 

「それにしても、よくぶっ飛びましたね」

 

「ハン貴様、わんぬ一振りであいつが落ちたとは思っていないな?」

 

「え、どういうことです?」

 

刀に付着した血痕を布で拭ってから、イツキは納刀した。そして、ハンの方に向き直り声を掛ける。

 

「娘っ子、起きているのだろう?」

 

このまま気絶したフリをしているのも悪くないと思ったけれど、バレてしまっているならもう演技している意味も無い。私は槍に両手を掛けて、重心を後ろにずらして自立する。

 

「起きてたんなら、早く起きてよ。重かったんだから」

 

「女同士だけど、気軽に体重のことは言わない方がいいわよ。これ、忠告ね。あいつがもう少し粘ったら私も加勢しようと思ったんだけど、秒殺されちゃったからね。このまま運んでもらおうかと考えてたの」

 

イツキはじっと私のことを眺めたまま、黙りこくっている。まるで、品定めをしているかのように。そして、ハンへと視線を戻した。

 

「おい、貴様。この娘っ子の魔法が見えたか?」

 

「魔法なんていつ使ってたんですか?」

 

ハンは不思議そうに小首を傾げる。けれども、口ぶりから察するにこのイツキという男は私のやったことに気が付いているようだった。

 

「……アンタには見えてたようね」

 

「目の前の獲物を横取りされれば、それは気付くだろう。横取り、というより間一髪救った、の方が正しいか」

 

イツキがゼードを断ち斬る寸前、魔法で創出した小さな土塊をゼードの脇腹に当て、吹っ飛ばしたのだった。超高速でぶち当てたものだったから、あばら骨が何本か逝ってしまったかもしれないけれど、そうでなければイツキの一刀で確実に真っ二つにされていたでしょう。

 

「でも、どっちにしろ穴に落っこちたんだから死んだんじゃないですか?」

 

「……どうだろうな。ここがどこに繋がっているかにもよるだろう。……それにしても、娘っ子」

 

そう言って、イツキは私の目を再び見据える。それは、軽蔑でも威嚇でもなく、面白い遊び道具を見つけたような目だった。

 

「貴様を王が連れて来いと言ったのも、理解できる気がするな。尤も、王が貴様の本当の価値を知っているのかは分からないが」

 

イツキは不敵な笑みを浮かべると、岩山を率先して下り始めた。

 

「さて、戻るとしよう。貴様も馬鹿な真似はしないだろうな?」

 

「ええ。私も相手の戦力は見極められているつもりだし、犬死にするつもりもないわ」

 

「そうか。念のため、ハンは娘っ子を監視しておけ」

 

「承知です。手を煩わせないでよ?」

 

そして私は、前後を挟まれる形で連行されていく。去って行く前に、ちらりと大陸の大穴を一瞥してから、この場を後にしたのだった。

 

 

(頼むわよ…………ゼード……)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

壇上には鎧を着こんだ男と、両手を手錠で自由を奪われている男が居た。その罪人こそ、俺の生みの父親であった。毎日見ていた姿とはかけ離れ、とてもやつれているように見えた。民衆の中に混じって、俺もその姿を見上げていた。その眼は、憎悪一色。

こんなのが、自分の親だと思うと恨めしくて恥ずかしくて堪らない。俺や近隣の子供たちに剣を教えていた尊敬できる父親は、遥か遠い昔のように思えて仕方なかった。

 

精神も肉体もやつれていたかつての父は、群衆の中から俺を見つけると、突然生気が戻ったかのような顔つきになった。

 

(そんな顔を見せられても、もう俺の中に前の父さんは居ないんだよ……)

 

考えに耽っていると、処刑人の男の言葉を聞き逃して途中からしか耳に入って来なかった。

 

「――この男は女神様から天命を授かり、勇者となった。しかし、その女神様を降ろした妻ごと切り伏せたのだ」

 

――そう、この男は名誉ある勇者として女神様に選ばれたのに、母さんごと女神様を斬ったのだった。言わば、父さんは"人類の裏切り者"なのであった。しかし、人柄も良く人気もあったため、何か深い理由があったのだと噂されているが、それは本人にしか分からない。俺だって、父さんがそんなことをしたなんて信じたくもない。父さんと母さんが口喧嘩している食卓は一度たりとも見たことはない。それどころか、とても仲の良いおしどり夫婦として、近所でも有名であったのだ。女神様にだって、毎日祈りを捧げていたくらいの信仰者だった。

 

だが、現実が目の前に広がっている。罪人として繋がれている父がそこには居る。

目を背けたくなる光景だが、父さんと母さんが居なくなってから味わった苦しみのためにも目を離してはいけない。独りぼっちになった俺へ、周囲の人々から向けられるのは決して生易しいものではなかった。道を歩けば暴言を吐かれ、家に籠れば壁に石を投げつけられる。そんな毎日に俺自身も壊れかけていた。

だから、そんな諸悪の根源が処刑される瞬間くらい、この目に焼き付けておきたいのだ。

 

手順通りに処刑の準備が進められていく。手錠を外され、代わりに両手と首を晒し台へ入れられる。その上には、斜めの刃が待ち構えている。所謂、ギロチンという執行装置だった。そんなうちに、俺の頭の中へ言葉が響いてきた。幼い頃から聞いていた声。それはまさしく、父さんの声だった。

父さんは剣の達人であると同時に、ある程度の魔術も心得ていた。だから、これはテレパシー的なもので俺に話し掛けているのだろう。今更、裏切り者の言葉など聞きたくなかったが、頭の中へ勝手に忍び込んでくるので耳を押さえても意味が無い。

 

 

しかし、その言葉は俺の心情を一転させるには十二分だった。俺はその場でガタガタと震え出した。端から見れば、残酷な処刑道具を目の当たりにして脅えているようだが、そうではない。父さんが、どうして女神様……いや、女神を降ろした母さん犠牲にし、そして人類を敵に回してまで殺そうとしたのかを聞いてしまったからだ。最後に父さんは、これだけの犠牲を払っても女神にとどめを刺せなかったのを後悔していると呟いた。

 

俺は我慢できずに、大声を張り上げる。

 

「待っ――――!!!」

 

その声が届く前に、処刑人が手にしていた紐が離されてしまった。抑えていたものが無くなり、刃が自然落下していく。

周囲は大罪人の処刑に歓喜していた。

 

だが、その中で俺は一人、当初とは異なった思いを胸の中に秘めていた。

 

 

――それから僅か二日後、王暗殺未遂で地下牢へ投獄された青年が居た。

 

 

瞼を開くと、そこには見覚えのない天井が広がっていた。腹筋と腕を使って起き上がろうとしたところ、右半身に激痛が走り回る。見ると、上の服は脱がされ、大袈裟なまでに包帯が巻かれている。右腕を見下ろすと、どうやら斬り離されずに済んだようでしっかりと繋がっていた。

 

「痛っつー…………」

 

「まだ、あまり動かない方がよろしいですよ?」

 

痛みを堪えながら、声のした入り口を見るとジュリアスが立っていた。扉の音に気が付かなかったのは、魔法で穴を空けて入って来ていたからだった。

 

「ここ、どこだ?」

 

「ベルフェ様のお屋敷ですよ。よくもまあ、くたばらずにしぶとく生きてたものです。瞬時に助けてくださったミュゼ様とベルフェ様に感謝なさってください。ベルフェ様は勇者の意識が無い間、傍で面倒を看ておられたのですよ?」

 

「そっか……ありがとな」

 

「感謝のお気持ちは本人に伝えてください」

 

そうきっぱりと言うと、今度は扉を開き、部屋の外へ声を飛ばす。

 

「ベルフェ様ー。勇者、生きてましたよー」

 

その言い方はどうなんだとつっこむよりも先に、上の階からドタバタと足音が聞こえてきた。そして、ひときわ物凄い音が鳴ったかと思ったら、ベルが階段を転がり落ちてきた。ギャグのような落ち方ではなく、一歩間違えば後遺症が残りそうなくらい盛大に降って来る。しかし、何事もなかったかのように起き上がると、俺のベッドの傍へ駆け寄ってきた。

 

「ゼード……ダイ…………ジョウ……ブ?」

 

「いや……俺は大丈夫だけど、お前が大丈夫か?頭から血、出てるぞ?」

 

俺を心配して駆けつけてくれたのだろうが、今はベルの方が酷い怪我を負ってしまっている。額から流れ出る血がカーペットを汚してしまっていた。そんな彼女を椅子に座らせ、ジュリアスは慣れた手つきで包帯を巻いていく。

 

「お気を付けください。後で掃除するのは私なのですから、これ以上無駄な仕事は増やさないでくださいませ」

 

包帯を留め終えるのを待つと、俺は改めてベルにお礼を言う。

 

「ありがとな、ベル」

 

彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、こくんと頷いた。

 

「それと、約束も守ってくれたんだよな?人間界に居る間は手出しするな、ってのも」

 

「そうですよ。勇者を監視しながら、ドキドキハラハラしつつ、魔界へ落ちた瞬間にこちらへ転移させたのです。それから実に不本意ながら、怪我の手当てをさせていただきました」

 

「ジュリアスもサンキューな」

 

俺は包帯の上から傷跡をなぞる。痛むのは右上半身だが、実際に斬られているのは右鎖骨の辺りから下に8センチほどだった。長さこそはあるが、傷はそこまで深くないらしい。腹にコルセットの如く巻かれているのは、ミュゼから受けた弾丸のせいだろう。

 

暫く自分の身体の状態を確かめていたが、はっと思い出したかのようにベッド脇の二人へ質問する。

 

「俺はどのくらい眠ってた!?」

 

「……丸二日ですね」

 

チッと舌打ちをすると、尻を軸にしてベッドから足を下ろす。正直、これだけの動きでも酷い痛覚が俺の意識を奪おうとしてくる。

 

「~~~~~!」

 

「ベルフェ様は『まだ起きちゃダメ!』と仰っています」

 

「大丈夫…………動けるっちゃあ、動けるな……。それより、他の魔族四天王を呼んで来てくれないか?……大事な頼みがある」

 

激痛に耐えながら、決死に言葉を絞り出す。少しでも気を抜くと、また気を失い、今度いつ起きられるかが分からないからだ。必死の形相と、止めても聞く耳を持たない俺の姿を見て、ベルは大きなため息をつく。

 

「……~~~~~~」

 

「ベルフェ様は『……レントの言うとおりね』と仰っています」

 

「…………は?」

 

「いやー、どうもー!」

 

その疑問を解決するよりも先に、開けっ放しだった扉から緑髪の男が入って来る。そのお気楽さは、紛れもなくレントだった。その後ろには、スーさんとゴラドの姿もある。スーさんも続いて部屋へ入るが、ゴラドは扉の大きさが小さすぎて入れそうもない。仕方無しにジュリアスが魔法で大きな穴を空けてやって、漸く全員が一つの部屋に集まった。

……さすがに狭い。

 

「どうしてお前らがここに居んだよ!?」

 

「ゼードが完膚なきまでに叩きのめされたって聞いて、飛んで来たんだよ」

 

「……本当性格悪いな」

 

「――って言うのは、冗談で……」

 

こいつが言うことは全部本当には聞こえず、全部嘘にも聞こえない。本質に迫ろうとするくらいなら、雲でも掴もうとしていた方が有意義な時間を過ごせるだろう。

 

「起きたら何かしらのお呼び出しがあるだろうと思って、先に待たせてもらってたんだよ」

 

「……その間、ベルフェ様のお屋敷で食器を舐めなさっていた請求のことでお話もありますので、後ほど」

 

「抜け目ないねー、ベルのメイドさんも」

 

レントは笑いながらジュリアスの肩を叩いているが、彼女の方は心底嫌そうな表情を見せている。隠す様子もなく、真横のレントを直視しながらメンチを切っている。そこまでされて止めないレントもレントだが。

 

「何でベルフェも包帯巻いてるんだー?」

 

「…………~~~」

 

「よく分からないが、そうかー」

 

一向に進展しない場に耐えきれなくなったスーさんが、本題へ切り出す。

 

「それで、頼みとやらは何だ?」

 

「あぁ……」

 

俺は痛む身体を奮い起こし、ベッドから立ち上がる。二日ぶりだったからかフラフラし、倒れそうになるが、両手で腿をパンと叩く。右腕を動かしたのを後悔しつつ、しっかりと両足で立つと、皆へ向けて頭を下げる。

 

 

「俺の力だけじゃ足りないんだ。だから、お前らの力を貸してミュゼを助けてくれ!無論、断ってくれても構わない。これは俺の我が儘でもあるからな。負け戦だって分かってても、俺一人で王城に飛び込むつもりだ。……それくらい、死を覚悟したって、ミュゼを助けたいんだ!頼む!!」

 

ここまで誰かに本気で頼み事をしたことが今まであっただろうか。そのくらい、短い言葉に俺の思いを籠めて皆に語り掛ける。

 

黙ったままだった部屋の沈黙を破るように、レントがゆっくりと頭を下げたままの俺に近付き、ポンと肩に手を置く。

 

……右肩に。

 

「痛い痛い!!馬鹿野郎!!!ぜってーわざとだろ!!」

 

「ごめんごめん。無意識だった。……でもさ、そんなことお願いする必要は無いんじゃないかな?

"ゼードが魔王になってさえくれれば"」

 

レントは嫌味ったらしく笑顔を見せる。確かに魔王になってしまえば、"頼み"ではなく、"命令"としてこいつらを動かせる。

しかし、俺は冷静にその言葉を払いのける。それではダメなのだ。

 

 

「アホか、お前は。ミュゼを助けるってことは、王都に乗り込むんだぞ?それじゃあ、魔族側の侵攻になってまた同じことの繰り返しになんだろうが。だから俺はお前らに、"知人"……いや、"仲間"として頼み事をしてんだよ。んなことも分かんねーのか?」

 

レントはその言葉を聞いてまた軽く笑う。小馬鹿にしたようなものではなく、自分の予想通りの答えが返ってきて、満足をしているような。そして、他の魔族四天王へ振り返ると、大袈裟に両腕を開く。

 

「と、いう訳らしいんだけど、皆はどうかな?魔王でもない、勇者という"敵"でもあり、"仲間"でもあるというゼードの頼みは?」

 

 

その問い掛けは、まるで演説のように、民衆を活気付けるように。植物系のリーダーらしさが、その言葉だけでも十分実感できた。他の皆は黙って、強く頷く。頭の弱いゴラドでさえも。

全員の様子を窺ってから、レントは俺へ向き直る。

 

「勿論、俺もオッケーだよ。楽しいことになりそうだからね。よろしく、"親友"」

 

言いながら、レントは俺を気遣ってか、左手を差し出してくる。取って付けた言葉に鼻で笑いながらも、俺はその手をしっかりと握った。




ここまでお読みいただきありがとうございます。

初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりでございます。
碓氷 修夜です。

15話です。いよいよ『王城激震編』が始まりました。今回はやりたいことを詰め込んだ回でもあります(笑
温泉に戦闘、そして魔族四天王との結託。正直、短い文字数で連載している作品ならば三話分ぐらいに区切れるなー、と思いながら書いてました。しかし、今まで長い文章で書いてきているのにここから短くするのはなー、と纏めてしまいました。それが良いのか悪いのかは分かりませんが。

内容の方へ触れますと、いよいよミュゼが王国へ攫われてしまいました。ここから、ミュゼの視点、ゼードの視点、それから他のメンバーの視点から物語が大きく動いていくと思われます。さて、現王カルドレアがミュゼを必要としている理由は、一体ゼードたちは難攻不落のセントクルス城をどう攻めていくのか、様々な角度から物語が進行していく……はず。
楽しみにしててください。私も楽しみです。


それでは改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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